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6067-6069: アートの国オランダからの便り 2020年8月2日(日)


No.1102 空の裏側_The Back Side of the Sky

本日の言葉

Suffer what there is to suffer, enjoy what there is to enjoy. Regard both suffering and joy as facts of life. Nichiren Daisho

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本日生まれた7曲

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タイトル一覧

6067. フローニンゲンに戻って来てからの2日目の朝より

6068. 映画『美しき緑の星』を観て:今朝方の夢

6069. ファスティング2日目を振り返って

6067. フローニンゲンに戻って来てからの2日目の朝より

フローニンゲンに戻って来てからの2日目が始まった。時刻は午前7時半を迎え、今、朝日が街に降り注いでいる。

今朝方起床したのは午前6時半過ぎであり、昨夜の就寝が午後9時頃であったことを考えると、昨晩も随分と睡眠を取っていたことになる。ベッドの上に横たわると、すぐに入眠することができ、途中で目覚めることもなかった。

やはり見慣れない土地に旅行することは、精神的な高揚感だけではなく、精神的な緊張感も伴うため、心身が見えないところで疲れていたのだと思う。朝の目覚めに関しても、少しばかりだるさがあった。ちょうど昨日からファスティングを始めたこともあり、ファスティングの好転反応と旅の疲れの双方があったのだろう。

目覚めてから、いつもと同じように身体運動を行ったところ、だるさはどこかに行き、普段通りの状態に戻った。とは言え、日常のペースを取り戻すために、今日もまたゆったりとした形で過ごしていこうと思う。

ゆっくりと創作活動と読書を進めていく。それを無理のない範囲で行っていく。

明日は午後から小雨が降るらしいのだが、週明け早々の明日には、すぐに銀行に行って、新しい銀行のカードを発行してもらおうと思う。雨が止むのを見計らって、午後2時半か3時ぐらいに銀行に到着するようにしよう。

上の階に住んでいた日本人のピアニストの友人が日本に戻ることになり、昨日から新しい住人が住み始めた。比較的若いオランダ人の男性のようである。

彼は友人と一緒に引っ越しの作業をしており、少しばかり部屋の改装をしていたのか、昨日は機械音が聞こえて来た。諸々の作業音が聞こえて来たが、こちらとしては全く迷惑とは思わず、むしろ彼らが時折笑い声を出しながら楽しそうに引っ越し作業を進めていることに対して肯定的な気持ちになった。

彼らにとっては、引っ越しや改装作業を自ら行うことは喜びの感情をもたらすクリエイティブな活動なのだろうと思った。午前中から始まった引っ越し作業も、夕方を迎える前にひと段落したようだった。そのようなことが昨日あり、一晩明けた今は、またとても静かな世界が広がっている。

アテネではほとんど聞くことができなかったが、今、小鳥たちの鳴き声が聞こえて来ている。彼らの鳴き声にどれだけ癒されることか。またどれだけ心が平穏になることか。小鳥たちがそばにいてくれることに対して、本当に感謝の念しかない。

旅から戻って来て、これまで以上に良質な水を多く摂取するようになった。旅の最中にミネラルウォーターをよく飲んでおり、それが肌の状態を含め、心身に良い影響を与えていることがわかったので、フローニンゲンに戻って来てからも水を積極的に飲むようにし始めた。

これまでも水の大切さについて理解はしていたが、以前よりも多めに水を飲むことにした。また水に加えて、海洋系の良質な塩も健康に良いことがわかり、ファスティング中の今はそれを入浴後に舐めるようにしている。朝と夕方には味噌を舐めているので、適度に塩分を摂取していることになる。

それでは、今日からまたゆっくりと自分のリズムで生活を営んでいきたいと思う。フローニンゲン:2020/8/2(日)07:45

6068. 映画『美しき緑の星』を観て:今朝方の夢

昨晩、ハーグに住む友人から教えてもらった『美しき緑の星』というフランス映画を視聴した。この映画は、長らく私が問題意識を持っていた人間としてのあり方や社会のあり方についての問題提起を見事に行っていた。

生活習慣や人間関係など、現代社会はそれらが歪なものになってしまっているのだが、それらが当たり前のものとして受け止められるようになってしまっていることは1つの問題だろう。それはもう無意識の次元において受容されていて、行動や発言も全てそうした歪められたあり方によって生み出されてしまっている。

フローニンゲンに戻って来て、自宅周辺の空気の綺麗さを思った。確かに、目の前には通りがあるのだが、そこを通る車の数は少なく、何よりも道端には数多くの木が植えられており、それらの木が空気を浄化してくれているように思う。

映画の中でも、フランスの街中の空気の汚さが描写されており、車などによる排気ガスが人間の心身にどれだけ悪影響を与えているかが暗に指摘されていたように思う。また、食べ物に関しても、緑豊かな惑星から地球にやって来た主人公が、現代社会の化学薬品まみれの食べ物を口に入れて吐き出し、「こんなものを食べていたら、そりゃあ病気になるわ」と述べていたことも印象に残っている。

人類の歴史上、現代という時代は、もちろん様々な技術が進歩しているのは間違いないが、何か重要なことを見落とし、そして間違った方向に進んでしまったようである。今、その歪みが種々の問題を生み出し始めており、それに気が付きつつある人たちが徐々に現れている。

世界を美化していくこと。それは今私が探究している実践美学が目指すものであり、今回その映画を友人に勧められたこと、そしてそれをすぐに視聴したことは、これもまた何かの導きだろう。

映画の最後に、緑豊かな惑星の人々が静寂の瞑想を行っていたことがとても印象的だ。そして、最後には全員が大笑いするというシーンがあった。あれは、「大悟徹底」を象徴しているのではないかと思った。

つまり、そこでは究極的な悟りに至った時に伴う笑いが生じ、人類が今抱えている問題に対して明晰な自覚的意識を持ち、それを受け止めながらにして問題の解決に向かっていくことを願ったシーンだったのではないかと思ったのだ。この映画は色々と考えさせられることが多かったため、またどこかのタイミングで視聴したい。

今、有機八丁味噌をスプーン大さじ一杯ほど舐めた。それを口に入れ、今ゆっくりとその味を味わっている。ファスティング中において、朝の八丁味噌と、夕方の玄米味噌を舐めることは大きな楽しみである。どちらの味噌も味わい深い。

それでは、今朝方に見た夢について振り返り、そこから創作活動と読書に取り掛かっていくことにしよう。夢の中で私は、オランダから引き上げ、日本で再び生活することになっていた。正直なところ、日本で心身の適応ができるかどうか相当に不安だった。

私は、日系の大手の会社に転職することになっていて、生活拠点は都内に構えることにしていた。すでに内定をもらっていながらも、日本で生活をすること、そして何より会社組織で働くことが大きな不安であった。

日本で落ち着いた生活ができるとは思えなかった私は、内定をもらっていた会社に連絡をし、会社で働くことを辞退することにした。フリーランスの仕事が引き続きあったので、そもそも会社で働くこと必要などなかったのだ。

会社に辞退のメールを送り、幸いにも、自分がまだオランダで生活できることに気づいたのである。具体的には、滞在許可の有効期限がまだ十分にあったのである。それにもかかわらず、なぜ私は日本に帰ろうとしたのかとても不思議だった。

いずれにせよ、引き続きオランダで落ち着いた生活ができることがわかり、途轍もなく安堵した。すると、私の近くに、小中高時代の親友(SI)がいた。

彼は日本のメディア関係の会社で仕事をしていて、私の密着取材をしたいとのことだった。彼と私は小さい頃からとても仲が良く、彼は私がどのようなことを考えながら日々生きているのか、そして私がどのような性格なのかをよく知っていた。そんな彼が、オランダでの私の生活ぶりを取材したいと述べて来た。

私はもちろん気乗りせず、とは言え友人からの相談であるから、話を聞いてみた。そこで私からの条件としては、10分間の取材で150万円であれば引き受けることもできると伝えたところ、彼の上司が私のことを知っているらしく、色々と配慮のある条件設定をしてくれているようだった。

とは言え、予算は1回の取材で150万円とのことであり、その取材がどれくらいの時間がかかるものなのかを聞いた。すると、取材の時間は1時間とのことであり、拘束時間はそれだけのようだった。

私は親友からの頼みということもあり、10分150万円の設定で1時間900万円を請求するのではなく、むしろ1時間35万円にまでこちらから引き下げて取材の協力に応じた。

すると親友は私にお礼を述べ、やはり35万円ではなく、当初の予算金額の150万円を受け取ってくれと述べた。そのようなやり取りがあり、いざ取材を始めようとした時に、気がつけば私はプールの中にいた。

そこは大きな一軒家の庭にあるプールのようだった。そこで私は腰まで水に浸かっていて、空を仰ぎみながらくつろいでいた。フローニンゲン:2020/8/2(日)08:25

6069. ファスティング2日目を振り返って

時刻は午後6時半を迎えた。今日は昼前に雨が少し降ったが、それが止んで以降は素晴らしい天気となった。明日も午前から午後にかけて雨が降るようだが、雨が止む夕方に、街の中心部の銀行に行き、失ったカードの再発行をしてもらおうと思う。またその帰り道に、火曜日に終える予定のファスティングの回復食を作るための材料を購入しに、オーガニックスーパーに立ち寄ろうと思う。

今日はファスティングの2日目であり、少しばかり好転反応があった。若干頭痛がしたり、体のだるさがあったのだが、午後にはそれが治った。

私たちは日々の生活において、気づかない形で化学物質を身体に取り入れてしまう。それは食べ物からであったり、外気を通じてである。そうした毒素に加えて、脳内にもゴミのような細胞が溜まってしまうらしく、ファスティング はそれらを除去する上で非常に有効である。

ヨガの言葉で、「腹八分で医者いらず」「腹六分で老いを忘れる(若返り遺伝子の「サーチュイン遺伝子」の活性化を思わせる)」「腹四分で神に近く(画家のジョアン·ミロが断食を通じて神秘的な知覚世界を認識していたことを思い起こす)」というものがあるが、これまでのファスティングを通じて、それらの言葉が意味することを実感している。明日はファスティング3日目となり、さらにデトックスと治癒が進むことだろう。

今日はバスカーの教育思想に関する書籍を読み終え、ハーバマスの主著の1つ“Communication and the Evolution of Society”に取り掛かり始めた。前者の書籍を読む中で、「社会の真の発達は、脱成長によって実現される」というバスカーの言葉が印象に残っている。

私たちの社会は、成長を追い求めるが、短絡的な上昇欲求に基づいていくら成長を求めたとしても、社会の真の発達がもたらされないというのは皮肉なことであるし、それに気づけないこともまた社会の皮肉である。

今回のアテネ旅行の最中に、それが本当に取り組むに値する課題なのかを見極めることの大切さについて考えていたことがある。個人としても組織としても、そして社会としてもリソースが限られている中で、何が本当に取り組むべき課題なのかを見誤ってはならない。

個人や組織の成長課題に対してもそうであり、社会問題に対してもそうである。それが本当に取り組む必要のあるものなのか、それが本当に一番重要なことなのか。それらを捉える慧眼を養う必要性を個人·組織·社会に対して感じる。

それでは、今の自分が取り組むべき課題はなんなのだろうか。フローニンゲン上空に輝く夕陽を眺めながら、ぼんやりとそれについて考えている。フローニンゲン:2020/8/2(日)18:57

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