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6021-6024: アートの国オランダからの便り 2020年7月18日(土)

July 20, 2020

No.1009 朝の感謝の念_A Feeling of Gratitude in the Morning

 

本日の言葉

My suggestion or advice is very simple and that is to have a sincere heart. Tenzin Gyatso
 

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本日生まれた10曲

 

 

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タイトル一覧

6021. アテネでの古書店巡りに思いを馳せて

6022. 今朝方の夢

6023. 涼しげな土曜日の午後に

6024. ボディ·マインド·ソウル·スピットのホロン構造:「ソウルメイト」と「スピリットメイト」

 

6021. アテネでの古書店巡りに思いを馳せて

 

時刻は午前5時半を迎えた。今朝は5時前に起床し、その時にはまだ辺りは薄暗かった。どうやら日照時間のピークは過ぎ、ここから少しずつ日の出が遅くなっていくのだと思われる。

 

今日は晴れとのこだが、今は少しばかり薄い雲が空全体を覆っていて、まだ朝日を拝むことができない。天気予報を見ると、もう少ししたら雲が晴れてくるようなので、しばらくしたら朝日が街に降り注いでくるだろう。

 

今日から週末を迎えたが、いつもの通り、何も変わることなく、創作活動と読書の双方に打ち込んでいく。来週の木曜日からはいよいよアテネ旅行が始まる。4ヶ月ほど前に実現する予定だったこの旅行を今からとても楽しみにしている。

 

この半年間、一度も公共交通機関を利用しなかったので、フローニンゲンからスキポール空港までの列車の雰囲気はどのようなものなのかを確認したいし、現在のスキポール空港の稼働状況なども確認したい。

 

いつもフライトの前に使っているラウンジは利用可能とのことだが、セルフサービスではなくて、コロナの影響で飲み物も食べ物も注文式に変わっているようだ。アテネ行きのフライトは昼過ぎなので、空港に早めに到着し、3時間弱ぐらいをラウンジで過ごしたいと思う。

 

今回の旅行からはiPad Proを持参して絵を描けることが嬉しい。これまではラウンジで日記の執筆や作曲実践を行っていたが、そこに絵を描くことが今回から加わった。

 

旅先においても、iPad Proであれば携帯しやすいので、アテネの古代遺跡や博物館などにも気楽に持っていくことができ、休憩がてらその場で絵を描いたりすることができるだろう。旅と創作活動がこのように連動していることを嬉しく思う。

 

今回のアテネ旅行は、また自分の創作活動に大きな刺激を与えてくれるだろう。そしてそれは創作活動だけではなく、その他の探究や実践にも必ず影響を与えてくれるはずだ。

 

真の学習は自分を変えてくれる。それと同じように、真の旅は自分を変えてくれるものなのだと思う。

 

フローニンゲンの夏はとても涼しく過ごしやすいのだが、それでもほぼ毎年北欧諸国に旅行に出かけていた。今年はそれが必要ないぐらいにフローニンゲンは涼しいようなので、8月はフローニンゲンで過ごそうかと思う。

 

9月に関しては、少し前の日記で言及したように、スイスのアスコナやドルナッハに滞在するかもしれない。あるいは、オランダの国内旅行として、モンドリアン美術館にそろそろ足を運びたいという思いもある。

 

日本への秋の一時帰国は10月の半ばであるから、それを考えると9月はオランダの国内旅行にとどめてもいいかもしれない。そのあたりはもう少し考えよう。

 

アテネ旅行から帰ってきてからでいいので、オンラインを通じて書籍を購入するだけではなく、フローニンゲンの街の中心部にある古書店ISISに行こう。久しぶりに店主のセオさんと話をしたい頃合いだ。

 

夫婦で経営しているこの古書店はいつも雰囲気が良く、店内で流れているクラシック音楽も心を落ち着けてくれる。古書店に訪れた際には、倫理学·道徳学·価値論の書籍を求める。

 

ロールズやハーバマスの書籍で持っていないものがあれば、オンラインではなくセオさんの店で購入してもいいだろう。美学の書籍については2年前に大量購入したのだが、それ以降また良い書籍が入っているかもしれないので、美学関連の書籍も確認してみよう。

 

来週末から滞在するアテネでも古書店を巡ろうと計画している。アテネ市内には相当な数の古書店があり、すでにいくつかの店については調べている。古代遺跡や博物館を巡るのと合わせて、古書店巡りも行い、そこで良書との出会いがあればと思う。フローニンゲン:2020/7/18(土)06:02

 

6022. 今朝方の夢

 

時刻は午前6時を迎えた。今朝は無風であり、世界がとても静かだ。絶え間ない静けさの中にあって、日々自分の取り組みを少しずつ前に進めることができている。

 

こうした日々の小さな前進は、自分の人生を少しずつ深めることに寄与している。自分の取り組みを遮るものや煩わしいものが一切ないこの環境に本当に感謝している。

 

今朝方もまた印象に残る夢を見ていた。夢の中で私は、バスの中にいた。走っているバスの窓から見える景色を確認すると、そこはどうやら地元のようだった。地元といっても、日本の両親がいる場所と大学院留学をしたカリフォルニアが混ざり合っているような場所だった。

 

実際にバスの中には日本人と外国人が半分半分乗車していた。ふとバスの前方を見ると、ジョン·エフ·ケネディ大学時代にお世話になっていた、ヴァニース先生がいた。彼女は、私が在籍していたプログラムのトップを務めていて、キャンパスビジットの時からお世話になっており、合計で2年半ほどの付き合いがあった。

 

ヴァニース先生は私の存在に気づき、バスの前方から私に向かって問いを投げかけた。バスの中は静かであり、小さな声を発しても十分に後ろまで聞こえるような不思議な音響空間を持っていた。

 

ヴァニース先生からの質問は、人生の最後の瞬間の過ごし方に関するものだった。その質問を受けた時、私はまさに昨夜覚醒状態の時にそのことについて考えていたと気づいたのである。

 

今この瞬間のように、覚醒状態から夢について思い出すことは頻繁にあっても、夢の中の夢見の状態から覚醒状態中の体験について思い出すことは滅多にない。その点について驚きがあった。

 

ヴァニース先生の質問に答える前に、先生はふと、バスの天井を指差した。見るとそこに、自分が発見した物理法則の数式が吊り革広告のように掲載されていた。その横には、誰か別の人が発見した数式が掲載されていた。

 

私は、自分が発見した数式がそこに掲載されていることを嬉しく思った。その余韻にしばらく浸った後、先生からいただいた問いに答えようと思った。真摯に、かつ誠実に答えようとすればするほどに感動が込み上げてきて、思わずに言葉に詰まった。

 

ちょうどバスが停車し、日本人が続々と降りていき、バスの中には少数の外国人と先生だけになったので、そこから私は英語で回答することにした。全て話し終えると、先生は優しく微笑んでいた。そして、先生はスッとどこかに消えた。

 

次の夢の場面もまたバスの中だった。先ほどとは異なり、今度は完全に地元を走っているバスの中にいた。どうやら私は実際に通った中学校に通っているようであり、学年としては3年生だった。

 

現在修学旅行中であり、その旅行が終わりに向かっていて、自宅に戻っている最中だった。そのバスは観光バスではなく、一般のバスであり、同学年の友人はほとんど乗っていなかった。

 

バスの進行方向に向かって腰掛ける椅子ではなく、通路を挟んで対面式で腰掛ける椅子に私は座っていた。私の左右には友人がいて、そのうちの1人が私に話しかけてきた。何やら、親友(KF)が自分にメールをしたとのことであり、それを確認して欲しいとのことだった。

 

私はカバンにしまっていたガラケーを取り出し、メールを確認しようとした。インターネットがちゃんとつながっているか心配に思ったが、別にネットに接続されていなくてもメールを確認することができるようだった。

 

メールを確認すると、確かに友人からのメールが届けられていた。すぐにメールを開くと、「今夜の夕食をうちで一緒に摂らないか?」とのことだった。それはとても有り難い申し出だったのだが、今日は自宅でゆっくりしたいと思って、また次回にして欲しいとお願いする返信をした。

 

すると、バスは目的地のバス停で停車した。そこから自宅までは数百メートルであり、ついでに自宅の横にある学校の様子を見てから帰ろうと思った。

 

バス停からとぼとぼと歩き始めると、後ろから私を呼ぶ声がして、振り返ってみると、小中学校時代の友人(RK)だった。彼は自転車に乗っていて、私を後ろに乗せて家まで送り届けてくれると言う。それは有り難かったので、自転車の後ろに乗せてもらうことにした。

 

そこから自宅まではさほど距離がなかったので、すぐに自宅周辺に到着した。そこで降ろしてもらうときに、彼にはお世話になったので、バスに乗る前にスーパーで購入したアメをお礼としてあげようと思った。

 

パックには結構な量のアメが入っており、手を入れてもらって好きなものを1つどうぞと述べた。すると彼は、2つアメを取り出した。私は2つでも構わなかったので、彼に味の違う2つのアメをあげ、そこで別れた。

 

自宅に向かう前に、まずは山道に面したテニスコートの様子を確認した。するとそこでは、同学年の友人たちが上半身裸でテニスをしていた。時刻はもう夕暮れ時だったのだが、彼らにとっては相当に暑かったのだろう。

 

テニスコートの横を通り、グラウンドを眺めると、低学年の生徒たちが、サッカーやバスケをして楽しんでいた。バスケのコートには1年生がいて、彼らはまだ小さく、練習をしている姿が可愛らしかった。また明日から彼らにバスケを教えたいという思いが高まり、少しばかり彼らの練習風景を眺めていた。

 

その後、校舎のある方に向かっていくと、そこで驚くべき光景を目にした。そこにあったはずの校舎がなくなっていて、先ほどとは別のバスケコートができており、リングが物凄い高さになっていた。

 

そのコートを通り抜けると、見たことのないような古さの校舎が続々と建っていて、その様子は圧巻であった。いつの時代に使われていたのかわからないような古さの校舎には汚さを感じることはほとんどなく、むしろ歴史を感じさせた。それはどこか中世の城のような建造物のようにすら思えた。

 

とは言え、そうした古い建造物に取り囲まれてみると、その場全体がお化け屋敷のように薄気味悪いものに思えたことも確かである。歩いてきた方向からして向かって右側の校舎には、巨大な絵画がいくつか飾られているらしく、後ほどそれらを見てから自宅に帰ろうと思った。そこで夢から覚めた。フローニンゲン:2020/7/18(土)06:34

 

6023. 涼しげな土曜日の午後に

 

時刻は午後2時を迎えた。つい先ほど仮眠から目覚めた。

 

今日の仮眠では特にビジョンを見ることはなく、ベッドの上に横になったらすぐに深い意識状態に入って行った。そこで治癒がなされ、目覚めたときの目覚めも良かった。

 

今朝は起床してすぐの時間帯には少しばかり霧がかかっていたが、午前中の早い段階から晴れ間が広がり始め、今も晴れている。とは言え、常温で保存しているココナッツオイルが、寒さのために液体ではなく固体の状態になっている日々が続く。うだるような暑さで参ってしまうよりも、今の気候が快適なのは言うまでもなく、その点については感謝をしよう。

 

午前中に、チョギャム·トゥルンパの“The Sacred Path of the Warrior, Cutting Through Spiritual Materialism, and The Myth of Freedom”を読み終えたので、ここからはジャン·ゲブサーの主著“The Ever-Present Origin”を読み進めていく。今この瞬間に関心のある章をとりあえず読んでいきたいと思う。

 

読書がひと段落したら1度作曲実践を行い、そのあとは入浴までの時間を、「一瞬一生の会」の補助教材として音声ファイルを作っていこうと思う。気がつけばこの教材も130の音声ファイルとなり、時間に換算して40時間(2400分)ほどの分量となった。

 

来週の月曜日が折り返しの第3回目のクラスであるから、全6回のクラスが終わるときには相当な量の教材になっているように思える。このような形で1人で話をすることもまた、自分にとってはまたとない学習機会になっている。

 

日々読み進めていく読書の内容を文章に書くだけではなくて、話をすることを通じて自分の血肉にしている。こうしたアウトプットの場があることに感謝をしたい。

 

現在、霊性学、美学、音楽理論、倫理学、批判理論といった少なくとも5つの分野に関する修士課程に同時に在籍しているような感覚で、毎日専門書と向き合っている。現在は学術機関に所属していないので、有料ジャーナルを無料で読めるような環境にいないため、専門書を読み進めることが多いが、それでも探究は十分に深まっている。

 

ここから数年ほどそれら5つの分野のそれぞれに関して、修士号レベルの知識を獲得し、博士課程の進学に向けて準備を進めていこうと思う。正式に大学院から授与した修士号は今のところ3つだが、そこから非正式な形で修士課程レベルの知識をさらに5つの領域において獲得しておけば、納得のいく博士論文が執筆できそうだ。

 

いずれの領域に関しても参照するのは専門的な書籍であり、決して質の低い情報を得ることのないように気を付ける。それらの領域は自分にとって大切なものであるから、できるだけ良質な知識を得るようにしたい。

 

また何よりも、食実践と同じく、どのような質の知識情報と触れるのかが、自分の精神空間に大きな影響を及ぼすことからも、目に触れる知識情報の質には細心の注意をしたいと思う。フローニンゲン:2020/7/18(土)14:27

 

6024. ボディ·マインド·ソウル·スピットのホロン構造:

「ソウルメイト」と「スピリットメイト」

 

時刻は午後7時を迎えた。今日もまた非常に充実した1日を過ごすことができた。

 

午後にふと、ボディ·マインド·ソウル·スピットのホロン構造について考えていた。その中で、改めてソウルとスピリットの違いについて考えていた。

 

その違いとして、上位のホロン階層が下位のホロン階層に影響を与えるという「下向因果(downward causation)」の観点で言えば、ソウルは私たちのマインド(思考·感情·意思)に影響を与え、スピリットはソウルに影響を与える。

 

この違いに関しては聖書についても言及があり、聖書にはその他にも、ソウルではなくスピリットが神を認識する働きを持つと書かれている。その点において言えば、ソウルは人間のマインドが持つ見えない特質(思考·感情·意思)に影響を与え、スピリットはソウルでは認識できない高次元の現象を認識する働きを司っていると言えるだろう。

 

そのようなことを考えていると、マインドはボディに影響を与え、ソウルはマインドに影響を与え、スピリットはソウルに影響を与えるという関係が見えてくる。もちろん、そうした下向因果だけではなく、上向因果(upward causation)も存在しているため、それらのホロンは相互作用している点も忘れてはならない。

 

そうした上向因果の大切さを示唆するのが、古くからの格言である「健全なボディには健全なマインドが宿る」というものだろう。これをさらに上位のホロン階層に適用すれば、「健全なマインドには健全なソウルが宿る」「健全なソウルには健全なスピリットが宿る」ということが言えるだろう。

 

そのようなことを考えていると、やはり下位のホロン階層の健全さをいかに確保するか、そして下位ホロンという土台をいかに堅牢なものにしていくかが大切だということを改めて思った。

 

そこからは、現代社会の人間関係と上記のホロン構造とを絡めて考えていた。現代人は、どうしても人との会話をマインドの次元に留まって行いがちであり、人を物質や機械のように扱う光景に遭遇することがよくある。

 

ここでは人との関係性というものをボディやマインドの次元まででしか捉えていないことが見えてくる。それらよりもさらに高次元のソウルやスピリットの次元での人間関係が希薄なのではないかという問題意識が芽生える。

 

「ソウルメイト」という言葉があるが、実際にそのような交友関係がある人は稀であろうし、「スピリットメイト」になると、そもそもそのような言葉を聞いたことがないぐらいにそうした交友関係を築けている人は稀だろう。

 

現代の人間関係は、「ボディメイト」や「マインドメイト」どまりなのではないかということが見えてきて、ここにおいても現代社会における人間関係の質の低さが窺える。

 

ソウルやスピリットの次元での対話と人間関係の構築。そしてソウルメイトやスピリットメイトがいるような豊かな交友関係。それらが実現している社会に思いを馳せる。フローニンゲン:2020/7/18(土)19:32

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