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6002-6005: アートの国オランダからの便り 2020年7月14日(火)

July 16, 2020

No.978 雨の落ち葉_Fallen Leaves of the Rain

 

本日の言葉

The right art is purposeless, aimless! Eugen Herrigel

 

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本日生まれた10曲

 

 

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タイトル一覧

5998. 新しい不動産屋へ

5999. 今朝方の夢

6000. 清々しいノーダープラントソン公園を散歩して

6001. 節目を迎えて:関係性とコミュニケーションの歪みの是正に向けて

 

6002. 実践的かつ規範的なメタ理論の構築に向けて:アブダクション思考の活用

 

時刻は午前6時を迎えた。昨日は天気がとても良かったが、今朝は午前中から夕方まで小雨が降るとのことである。実際に今も空には雲がかかっていて、今朝は朝日が拝めそうにない。

 

昨夜、メタ理論について少しばかり考えていた。そのきっかけを生んでくれたのは“Metatheory for the Twenty-First Century: Critical Realism and Integral Theory in Dialogue”という書籍だ。

 

昨日はハーバマスの“Knowledge and Human Interests”の初読を終え、夜に上記の書籍を読み始めた。本書には敬愛する哲学者のザカリー·スタインの論文が収められていて、彼の論文を読みながら、メタ理論について少しばかり考えていた。

 

メタ理論と一口に言っても様々なものがある。例えば、システム理論のような学際的なメタ理論があり、批判的実在論やインテグラル理論のような哲学的なメタ理論があり、メタ心理学のように領域固有のメタ理論がある。

 

今私が関心を持っているのは、実践的かつ規範的な霊性学と美学であり、それらを架橋するようなメタ理論を構築していくことである。メタ理論には様々な種類があるため、今自分が関心を架橋する実践的かつ規範的なメタ理論を構築することも何らおかしなことではないのではないかと思う。

 

実践的かつ規範的なメタ理論は、既存の科学的理解や既存の慣習を超える形で、これからのあるべき人間や社会に関する規範を明示する。そしてそれは、私たちが人間や社会を理解する方法を再創造するものである。霊性学と美学を架橋するようなそうしたメタ理論を一生涯を通じて構築していければと思う。

 

そういえば、ハーバマスの書籍を読んでいる最中に、チャールズ·サンダース·パースが述べる「アブダクション」について考えていた。アブダクションとは端的には仮説的な思考様式のことを指す。

 

自分の日々の日記は、知らず知らずのうちにそうした思考方法を用いていることに気づく。ハーバマスが述べるように、それは説明仮説を形成するものであり、知の領域を広げていくものである。

 

説明仮説は検証可能性を有する。そうした仮説を日々形成し、日々検証していく。今日もまたアブダクション的な思考で日記を執筆していこうと思う。それは日記の執筆に留まらず、作曲実践や絵画の創作にも活用できるだろう。

 

今日もまた新しい可能性に向かって自己を開いていき、小さな発見と学びを得られるような1日にしたい。フローニンゲン:2020/7/14(火)06:22

 

6003. 今朝方の夢と教会旋法の響き

 

時刻はゆっくりと午前6時半に近づいて来ている。まだ雨は降り始めていないが、今日は気温が低くなる。最高気温は18度、最低気温は9度とのことである。

 

今日は昼過ぎに1件ほどオンラインミーティングがあるが、それ以外は自由に使える時間のため、創作活動と読書に励んでいこう。1日にではなく、1週間に2件ほどのオンラインミーティングが理想であり、今週はまさにそうした理想的な週である。今のところ来週もそのような形で1週間を過ごせそうで何よりである。

 

今朝方はそれほど印象に残る夢を見ていなかったが、ぼんやりと記憶に残っていることがあるので、それらについて書き留めておこう。夢の中で私は、ある女性の知人が見知らぬ男性と仲良く話している場面に遭遇した。2人は交際関係にあるのかわからないが、とにかく楽しげに話をしていた姿を覚えている。

 

その他に覚えていることと言えば、夢の中の私は、実際に通っていた高校の教室にいて、英語の授業を受けていたことである。授業が終わってから、先生と2、3何かについて話をしていたように思う。それは英語に関するものだったか、進路に関するものだったかだと思う。

 

今朝方の夢で覚えているのはそれぐらいしかない。今朝方の無意識の世界は落ち着いていたようだ。あるいは、夢を生み出す以外の形で何かが働いていたのかもしれない。

 

食べ物を消化するかのように、その日の体験を夢を見ることを通じて整理するのでなく、何か深層的な形での治癒が行われていたのかもしれないという見方もできる。なぜなら、夢を見るのはサトル意識の状態であり、夢を見ないというのはそれよりもさらに深いコーザル意識の状態であって、深層的な治癒はそうしたコーザル意識の状態で起こるからである。

 

そのようなことを考えてみると、昨夜の私は、体験の整理というよりも、深層的な治癒を体験していたと言えるかもしれない。

 

昨日、数日前から取り掛かり始めたハーモニーの書籍を参考にして、作曲実践をしている時間があった。ちょうど該当の章が教会旋法を用いたハーモニーを扱っていて、その響きに色々と感じるものがあった。

 

理由はよくわからないが、教会旋法の響きが今の自分の美的感覚に何かを訴えかけてくる。昨日の段階で教会旋法に関する全ての譜例を参考にできたわけではないので、今日の作曲実践ではその続きに取り掛かろうと思う。

 

教会旋法を用いたハーモニーの響きの性質と構造をまた少し理解できたらと思う。この日記を書き終えたら少しばかり絵を描き、そこから作曲実践に取り掛かる。

 

今日の自分からどのような絵と音が生まれるのか楽しみであり、それを通じて自分がどのような新しい発見や気づきを得ていくのか、そして自分がどのようにまた少し変化するのかを楽しみにしている。フローニンゲン:2020/7/14(火)06:37

 

6004. インテグラル理論や日本で普及する成人発達理論の盲点:

発達に伴う規範性の議論と実践

 

時刻は午前9時半を迎えた。早朝にいつものように絵をいくつか描き、4つほど曲を作った後に読書に取り掛かった。昨夜より、“Metatheory for the Twenty-First Century: Critical Realism and Integral Theory in Dialogue”という書籍を読み進めており、先ほど、かつて私がジョン·エフ·ケネディ大学で在籍していた統合心理学プログラムで教鞭を奮っていたション·ハーゲンス博士が執筆した論文“Developing a complex integral realism for global response: Three meta-frameworks for knowledge integration and coordinated action”に目を通していた。

 

タイトルにあるように、ハーゲンス博士は、3つのメタ理論を比較し、さらなる知と実践の創造に向けて、それらを統合しようとするメタ·メタ理論の方向性を示している。ここで取り上げられている3つのメタ理論とはそれぞれ、ケン·ウィルバーのインテグラル理論、ロイ·バスカーの批判的実在論、エドガー·モリンの複雑性理論である。

 

それぞれのメタ理論には強く焦点が当てられている人称言語的領域があり、同時に希薄な人称言語的領域がある。例えば、ウィルバーのインテグラル理論は1人称的な探究に最も焦点が当てられていて、次に2人称的領域、最後に3人称的領域に焦点が当てられている。バスカーの批判的実在論は、2人称の領域に最も焦点が当てられていて、次に3人称的領域、最後に1人称的領域に焦点が当てられている。モリンの複雑性理論は、3人称的領域に最も焦点が当てられていて、次に1人称的領域、最後に2人称的領域に焦点が当てられている。

 

今朝方の日記でも言及していたように、メタ理論には様々な種類があり、そして様々なものがある。ジェームズ·マーク·ボールドウィン、チャールズ·サンダース·パース、ジャン·ピアジェ、ヨルゲン·ハーバマスらも優れたメタ理論を提唱していたことを見逃すことはできないが、ここで改めてハーゲンス博士の論文を読んでいると、昨今のインテグラル理論や成人発達理論を取り巻く日本の状況については少し注意をしなければならない点があるように思う。

 

人間発達を探究している者であれば、多種多様な発達モデルが存在していることは理解しているだろうが、今日本で紹介されている発達モデルというのはその極々一部に過ぎない点にまず注意する必要がある。そしてさらに重要なことは、日本で紹介されているそれらの理論は、ウィルバーのインテグラル理論と関係したものであり、ハーゲンス博士の論文で指摘されているように、インテグラル理論がそもそも1人称的な領域に強く立脚して人間発達を捉えている点に注意しなければならない。

 

より具体的に述べれば、その問題とは、人間発達及び社会の発達に伴う規範性に関する議論の希薄さにあると言えるだろう。発達に伴う規範性というのは、発達とは本来何であるかという議論から出発して、同時代の社会·文化的·制度的な観点を考慮して、人間や社会の発達とはいかなるものであるべきかを扱うものである。

 

インテグラル理論や今日本で知られている発達理論をそうした観点で眺めてみれば、規範性の観点が大きく欠落していることに気づくだろう。規範性の観点と議論の欠落は、発達に伴う歪んだ実践や歪んだ言説を生み出すことにつながってしまう。

 

幾分認知的な負荷がかかるかもしれないが、私たちはウィルバーのインテグラル理論や成人発達理論の盲点に自覚的になり、他のメタ理論を参照しながら——哲学者のザカリー・スタインが推奨しているように、ロイ・バスカーの批判的実在論はインテグラル理論の盲点を補完するメタ理論として有力である——、人間発達や社会の発達に関する議論と実践をより包括的かつ豊かなものにしていく必要がある。

 

規範性に言及したメタ理論を探究することが難しければ、少なくとも発達とは何であり、現在置かれているコンテクストの中において、あるべき発達とはどのようなものなのかについて考えを巡らせてみることが重要だろう。フローニンゲン:2020/7/14(火)10:01

 

6005. エンリケ·ダッセルの善の思想

 

時刻は午後7時を迎えた。ちょうど今し方夕食を摂り終えた。

 

今日は時折小雨がぱらつく1日だった。幸にも明日は晴れるようなので、街の中心部にあるオーガニックスーパーに出かけたい。

 

詩人の石原吉郎がかつて述べた、「見たものは見たと言え」という精神で、体験したものは体験したとして言葉·音·絵の形にしていく日々が続く。知覚体験の1つ1つもまた貴重な存在者なのだ。

 

彼らに居場所を与えるためには、それを体験した都度ふさわしい言葉·音·絵を提供していく必要がある。それらは彼ら自身でもあり、彼らの居場所でもある。

 

1つの体験の訪れは束の間の出来事であり、それは儚い。まさにそこに存在者の命の尊さを見る。

 

本日もまた、今日という日に自分のもとにやって来てくれた存在者たちに、可能な限り精一杯の言葉·音·絵を与え、彼らが形になってこの世界に現れるようにしていたように思う。明日もまたそうした1日になるだろう。

 

真善美の探究、とりわけこれまでの自分にとって盲点となっていた善と美の探究の日々が続く。今日は、善と倫理に関する興味深い仕事を残している思想家エンリケ·ダッセル(1934-)に出会った。

 

ダッセルはアルゼンチンとメキシコの2つの国籍を持っており、博士論文として取り上げたのはエマニュエル·レヴィナスとのことであり、彼は長きにわたって倫理について探究をしていたことがわかる。彼の思想で興味深いのは、倫理を形而上学的に扱っているのではなく、グローバル化したこの現代社会の具体的な状況と課題に紐付けて倫理思想を展開している点であり、また彼の出身国である中南米の観点から、グローバル化した現代社会における倫理上の問題を扱っている点である。

 

来月はヨルゲン·ハーバマスの書籍を多く購入しようと思っているのだが、それらに加えて、ダッセルの“Philosophy of Liberation“と“Ethics of Liberation: In the Age of Globalization and Exclusion”を購入しようと思う。彼は多作な著者だが、英語に翻訳されているものは少なく、おそらく日本語ではまだ一冊も翻訳出版されていないのではないかと思う。 

 

こうした善や倫理の探究を、実践霊性学や実践美学と紐づけて行うことはもちろんだが、成人発達理論やインテグラル理論とも逐一対応づけて探究を行う。今朝方も、ピアジェが述べる「規範的事実」という観点から、高度な発達段階の特性について考えていた。

 

具体的には、歪んだ規範的事実を内側に集積した形で高度な認知的発達を遂げると、そうした歪んだ規範性に基づいて行動をしてしまうという危険性について考えていた。しかもその行動は、高度な認知的発達段階から生み出されるものであるから、その影響力は広く社会に及ぶ危険性がある。

 

いかなる発達領域であろうとも、高度な発達を遂げていく際には、必ず善を司る領域の発達がなければ、それはとても危険なことである。発達を盲目的に希求しがちなこの社会において、仮にそれを許せるとするならば、善や美の領域における発達だろうか。

 

それらの発達は個人と集合の双方で欠落しており、善と美の発達であれば私たちはより高次元の段階を求めてもいいように思えてくる。この点についてはまた改めて考えていこう。フローニンゲン:2020/7/14(火)19:24

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