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5942-5944: アートの国オランダからの便り 2020年6月30日(火)

July 2, 2020

No.839 朝のミクロコスモス_A Morning Microcosmos

 

本日の言葉

There is no need for temples; no need for complicated philosophy. Our own brain, our own heart is our temple; the philosophy is kindness. Tenzin Gyatso, 14th Dalai Lama
 

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本日生まれた10曲

 

 

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タイトル一覧

5942. 対話を通じた真理の発見と自己発見:アボリジニーアートとのつながり

5943. 今朝方の夢

5944. 肌寒いある夏の日の振り返り:血の通った表現物を共有し続けること

 

5942. 対話を通じた真理の発見と自己発見:アボリジニーアートとのつながり

 

時刻は午前6時半を迎えた。今朝もまた昨日と同じく、空には雲が覆っていて、朝日を拝むことはできない。

 

昨日から再びぐっと冷え込み始め、今日は再び長ズボンを履いて過ごしている。天気予報を見ると、冴えない天気がこれから1週間ほど続き、その期間は軒並みひんやりとした気温になるようだ。

 

今日は午後に、街の中心部の美容室に行くことになっている。先月の中旬にようやく髪の毛を切ってもらうことができ、そこから早いもので6週間ほど経った。

 

今日もかかりつけの美容師かつ友人のメルヴィンとの会話は盛り上がるだろう。どのような話題がその場で取り上げられるのか、今から楽しみだ。

 

午後に出かける際も気温が低いため、今日は長袖を来て外出しようと思う。自転車に乗っている人たちはジャケットを羽織っていたりするのだが、歩く場合にはそこまで必要ないだろう。

 

髪を切ってもらったら、その足でコーヒー専門店に立ち寄り、深堀のコーヒー豆を2種類ほど購入しようと思う。

 

昨夜は少しばかり、午前中に行ったある画家の方とのミーティングについて回想していた。その方とはこの秋に対談講演会をさせていただくことになっていて、当日の対談が今からとても楽しみなのだが、その楽しみの根源にあるものについて考えていた。

 

昨日のミーティングの際にも感じたのだが、その楽しみの根源には、お互いの相互作用によって生み出される真理の開示とお互いにとっての自己発見があるように思われる。真理も自己も、階層性を内包したものであり、それはコンテクストを含めて、諸々の条件が揃ったときにその瞬間に固有な形として姿を表す。

 

つまり、絶対的な真理や絶対的な自己というものは存在しておらず、それは外部環境を含めた他者との相互作用によって姿を露わにするものであり、とりわけ深い対話が実現されると、これまで見たことのないような次元の真理と自己が顕現するということだ。

 

昨日の対話ではそのようなことを実感しており、その方との対話を通じて、私自身も色々と自己発見があった。当日の対談においてどのような真理と自己が姿を表すのか。その点はとても楽しみである。

 

その後、その画家の方が私の絵に対してコメントをしてくださったときに聞いた「アボリジニーアート」について改めて調べていた。アボリジニーには読み書きに用いる文字がないらしく、絵を描くことが彼らにとっての大切なコミュニケーション手段だったそうだ。

 

言語を超えた形でのコミュニケーションに関心を持っていたことが思わぬ形で繋がっている。また、アボリジニーアートには原始的なエネルギーが内包されていて、そうした絵に近しいものを知らず知らず描いている自分は、自分の内側にある原始的な感覚を呼び覚ますプロセスにあるのかもしれない。

 

その他にも興味深い点としては、アボリジニーの人々は、大自然を崇拝し、自然界には精霊が存在すると信じている。このあたりの自然信仰的なあり方は、自然の中で育ってきた自分にも多分にある。

 

そうした自然信仰的な考え方との一つして、「ドリーミング」と呼ばれる考え方をアボリジニーの人たちは大切にしている。それは「夢」を示すものではなく、彼らの固有な時間感覚を指し、自然界における天地創造のドラマを辿る行為のことをドリーミングと呼んでいるとのことだ。

 

彼らには過去や未来という時間の概念はなく、代々受け継がれてきた祖先たちの物語は、時間を超越したものとして認識されているようなのだ。先祖から受け継いだ神話的な物語は、過去の出来事ではなく、現在そして未来へと続くとものだと考えてられており、それは今この瞬間もドリームタイムとして脈々と生きているものだと認識しているそうだ。

 

アボリジニーたちがアート作品を残すことによって、文化的記録を行っているのと同様に、自分も言葉·音·絵を通じた自己の人生の記録を継続していきたい。日々十全に生きたという物語の記録をこれからも続けていこう。フローニンゲン:2020/6/30(火)06:55

 

5943. 今朝方の夢

 

時刻はまもなく午前7時を迎えようとしている。冷たいそよ風がフローニンゲンの街を通りにくけてゆく。そよ風の歩調に合わせるかのように、静かな時間がゆっくりと流れている。

 

自分はそうした静かな時の流れの中にいて、そこで鹿威しのように水を受け取り、水を再び外に流す。自己は鹿威しのような存在なのかもしれない。このイメージは初めて浮かんだものであるため、また考えを巡らせてみよう。

 

今朝方もまた印象的な夢を見ていた。夢の中で私は、父と大学のOB·OG会に参加することになっていた。場所は海を見晴らせる地方のリゾートホテルだった。

 

ホテルに到着し、早速講演会場に向かった。会場は、ホテルの1階にあった。父と隣り合わせの席に座ると、ある大企業の社長の先輩が挨拶を始めた。その方は父よりも幾らか年が上のようであり、私はその社長のことを知っていたので、父がその社長の名前を私に尋ねてきた。一応父もその社長のことは知っていたのようなのだが、念のため名前を確認したかったようだ。

 

私は、手元の会報誌にも社長の名前の記載があることを父に伝えたが、小声でその社長の名前を教えた。社長の背後には、大きく開放的な窓ガラスがあり、そこから穏やかな海を眺めることができ、その景色は圧巻であった。

 

講演会が終わった後、父をホテルに残して、小中高時代の親友(SI)と、眼鏡をかけた見知らぬ若い小柄な男性と外出することにした。何か飲み物を買いに近所のコンビニへ行こうと思ったのだが、近くにはコンビニがなかったので、コーヒーチェーン店に行くことにした。

 

店に到着すると、まだ午後の5時半過ぎなのだが、店員たちがもう店を閉めようとしていた。店員2人はアメリカ人の小学生ぐらいの男の子であり、早々に店を閉めて早く帰りたそうにしていた。

 

私は店内に置かれていたガラス張りの冷蔵庫から水のボトルを取り出し、近くに置かれていたグラスを手に取った。すると、店員の男の子の1人が、もう店を閉めると言って少々怒り始めた。私は彼を宥めながら、水を買ってすぐに店を出ていこうと思った。

 

すると続々と客が店に入ってきて、結局まだ店を閉めることはできなさそうだと思った。私の親友は少し遅れて店の中に入ってきて、ソファにくつろいで飲み物を飲み始めた。見ると、彼は2Lぐらいのペットボトルに入った炭酸飲料を飲んでいた。

 

私もそこで少しくつろぎ始めたのだが、ホテルでの夕食の時間が迫ってきていると思い、親友にそろそろ帰ろうと述べた。父が迎えに来てくれるとのことだったので、その待ち合わせ場所に向かうことにした。

 

先ほどまで一緒にいた眼鏡を若い男性とはどこかではぐれてしまったのだが、彼は近くの社宅に住んでいて、そこに戻ったようだった。すると気がつけば、親友と私はその社宅の敷地内にいた。

 

父との待ち合わせ場所は、社宅の敷地の外の通りだった。親友は自転車を持っていたので、それを近くの公民館に置きに行く必要があるとのことであり、私は彼に父との待ち合わせ場所で会おうと伝えた。

 

すると親友は、足早に自転車を置きに公民館に向かって行った。眼鏡の男性が住んでいるであろう社宅の棟が見えてきた時、社宅の庭に、木の茂みがアーチを作っていて、不思議なオブジェのような形でそれがそこに存在していた。

 

私はせっかくなのでそのアーチをくぐって行こうとしたが、最後の箇所が子供しか通れないような狭さになっていたので断念した。その棟の向こう側には、子供たちが遊ぶには随分と広い公園があった。そこで私はジャングルジムに上り、親友の現在地を確認しようと思った。

 

すると突然、ジャングルジムのポールが外れてしまった。危うく転倒してしまうかと思ったが、なんとか無事に着地した。

 

その後、近くにあった滑り台へ移動することにして、滑り台の頂上から親友の様子を見ようと思ったら、背後にその彼がいて、彼と一緒に滑り台を降りて、父との待ち合わせ箇所に向かった。

 

すると、親友と私は気がつけば、フットマッサージ屋にいて、私は足のマッサージを受けていた。担当してくれたのは若い男性であり、彼はオーディーオブックで私の監訳書の内容を聞いてくれていた。

 

私が監訳者だと気づいているのかわからなかったので、本の感想を聞くがてら、マッサージが終わったところで監訳者であることを名乗った。すると、彼は私が監訳者であることを知っていたようだが、仕事中はあえて話しかけないようにしてくれていたようだった。

 

そこでどういうわけか、ある世界的に有名な戦略系のコンサルティング会社のコンサルタントたちの知性の話になり、彼らの知性がさほど高くはないという点について彼と話をしていた。彼もそのように感じているらしく、最後は彼と笑顔で別れた。

 

マッサージ屋を出たときにも、穏やかな海が遠くの方に見え、心が大いにくつろいでいった。フローニンゲン:2020/6/30(火)07:19

 

5944. 肌寒いある夏の日の振り返り:血の通った表現物を共有し続けること

 

時刻は午後7時半に近づいてきている。今、小雨がパラついていて、今日は夕日を拝むことができない。

 

今日は本当に寒さを感じる1日であり、明日からは7月を迎えようというのに、午後に街に出かけた際には上に羽織るものが必要なぐらいだった。私は長袖で出かけたのだが、道ゆく人たちはジャケットなどを羽織っていて、彼らの方が格好としては正しいぐらいであった。

 

本日午後に街の中心部に出かけたのは、かかりつけの美容師のメルヴィンに髪を切ってもらうためだった。予約した時間よりも数分ほど早く店に到着すると、私の前の客が突然キャンセルをしたらしく、メルヴィンはソファでくつろいでいた。

 

お互いにすぐに挨拶を交わし、そこからいつものように様々な話題に花が咲いた。話はオランダの国内におけるコロナの状況や、オランダの政治についてなど多岐に渡っていた。

 

様々な話題を取り上げる中で、一貫してメルヴィンは自身の思想から言葉を紡ぎ出しており、それにはいつも感銘を受ける。彼は思想家として人の髪を切っているのだ。いつもそのようなことを思う。

 

会話の中で、“epiphany(顕現、洞察)”や“revelation(天啓、啓示、顕示)”という意味深い言葉がメルヴィンの口から出てきたので、店を出る前にそれらの単語を彼の手帳に漢字で書き留めて渡すと、とても喜んでいた。

 

メルヴィン曰く、ここから2週間は今日のような肌寒い日が続くらしいが、晴れた日のどこかでストリートバスケをしようということになった。何やら新しいバスケットボールを購入したらしく、それが店に置かれていて、前々からバスケを一緒にしたいと話をしていたので、近々バスケを楽しみたいと思う。

 

メルヴィンの店を後にしてからは、そこから歩いてすぐのところにあるコーヒー屋に立ち寄り、オーガニックのコーヒー豆を2種類ほど購入した。

 

メルヴィンに言われて月間天気予報を確認したところ、本当にここからしばらく肌寒い日が続くようだ。例年は8月に数日間ほどとても暑い日があるのだが、今のところの8月の予報には30度を超えるような日がない。もちろん天気は変動性の産物であるから予測が外れることもあるだろうが、今年は例年よりも冷夏なのかもしれない。

 

午前中に改めて、呼吸においては吸うよりも吐くことが大事であるのと同じく、取り入れたものをいかに形として外に出していくかが大切であることについて考えていた。もちろん私は心身に取り入れるものはできる限り良質なものにしており、そこから良質なものを外に形として生み出せているのかについて考えていたのである。

 

この点については、偶然ながら、今朝方読んだハーグに住む友人の日記の内容と重なっている。友人がそこで書いていた内容は大変面白く、その洞察は秀逸だと思った。

 

排水管の詰まりから、水ではなくお湯を流し始めたというエピソードから始まり、そこから自分自身がこの世界に提供するものの質を考えてみたときに、エネルギー量の低い水ではなく、エネルギー量の多いお湯のようなものを提供できているのかという問いかけがそこでなされていた。

 

私自身も、冷たい表現物ではなく、自分の実存的·存在的な何かが滲み出している血の通った表現物を生み出したいと常々思っている。その巧拙は問わない。とにかく、エネルギー量が高く、自分の血の通った表現物を形として共有し続けていきたいと改めて思った。フローニンゲン:2020/6/30(火)19:41

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