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5861-5863: アートの国オランダからの便り 2020年5月28日(木)

May 30, 2020

No.499 真正な気持ち_An Authentic Feeling

 

本日の言葉

We should be just like a lamp that comes in and illuminates the room inside our own minds. Hsuan Hua
 

下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(8点:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

アート・ギャラリー

 

本日生まれた10曲

 

 

本日生まれた曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

本日生まれた曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています(2020/4/26より、投稿を再開しました)。

 

タイトル一覧

5861. 今朝方の夢

5862. 初夏の爽やかな香りが漂う朝に:日本の夏とつながりの回復・涵養

5863. 良縁と運に恵まれた人生と大いなる世界からの問いかけ

 

5861. 今朝方の夢

 

時刻は午前6時に近づこうとしている。この時間帯はもう辺りはすっかり明るくなっており、朝日も昇っている。今、朝日が赤レンガの家々を照らし始めているところなのだ。

 

爽やかなフローニンゲンの朝。それを形作っているのは、優しく吹き抜ける清々しいそよ風と、小鳥たちの清澄な鳴き声である。そうした朝を毎日味わうことができる幸福。

 

起床直後からそうした幸福感に包まれ、そこから就寝にかけても私は絶えず幸福感に包まれているような気がする。そうした毎日を過ごすことができていることに感謝をしよう。

 

そして、幸福感を感じている状態から生み出される種々の形を曲や絵として表現し、共有していこう。絶え間ない表現と共有を続けていくこと。それが自分の人生だ。

 

今朝方は印象に残る夢を見ていた。いつものようにそれを振り返り、そこから早朝の創作活動に入っていこう。

 

夢の中で私は、アメリカの西部劇で出てくるような街にいた。そこは人や店が少なく、とてもこじんまりとしていた。

 

あるバーのような店の前を通り過ぎようとした時、砂埃が舞い上がり、それが左の目に入ってしまった。すると、左の目から涙が溢れてきて、涙を拭おうとしたところ、後ろから日本語で話しかけてくる女性がいた。

 

左向きに振り返ったのだが、そちらの目は砂埃で開けることができず、すぐにその女性を確認することができなかった。みると、それは小中高時代の女性友達(NI)だった。

 

彼女は親切にも、小さなハンドタオルを私に渡してくれ、それで涙を拭くようにと述べてくれた。彼女の親切心に甘え、ハンドタオルを受け取り、涙を拭ったところで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面は、巨大なショッピングモールの中に私はいた。ただしそこでは、店は全て閉まっていて、どうやらそこで学校の卒業式があるようだった。

 

ショッピンモールを学校が貸し切り、そこで卒業式とその後の立食パーティーを行うような段取りになっていたのである。店は全て閉まっているはずなのだが、どういうわけか、アップル社のマックの最新版を購入することができるような計らいがなされていて、多くの店員が各フロアに散らばっていた。

 

私はすでに最新のマックを持っていたのだが、ソフトウェアのアップデートに関して何か抜け漏れがないかを確認するために、近くの休憩テーブルで作業をしていた店員の男性に話しかけた。店員が私のマックを確認すると、ソフトウェアのアップデートは必要ないとのことだが、もっと動作を軽くすることができると言う。

 

その店員の方が私のパソコンをいじっていると、パソコン内に匿名の何人かからのメッセージがひっそりと隠れていて、それらのメッセージを開けて見せてくれた。卒業祝いのメッセージもあれば、何世代も後の後輩が、私の高校時代の成績が極めて優れていたことに言及し、私のこれからの活動·活躍を楽しみにしているという好意的なメッセージがあった。否定的なメッセージは何もなかったので、それらのメッセージを消去する必要はないかと思い、そのままにしておくことにした。

 

その後、立食パーティーの時間がやってきた。ショッピングモール内には、高校時代の3学年の全員がその場にやってきていたので、その場はとても混雑していた。フロアの1階から3階ぐらいにかけて長蛇の列ができており、みんな食べ物をもらおうとしているようだった。

 

私は特にお腹が減っているわけでもなく、また見た感じあまり質の高い食事ではなさそうだったので、水だけをもらい、もし何か食べ物を食べたくなったら、果物類だけいただこうと思ってさらに上のフロアに向かった。するとそこで、サッカー部のキャプテンの友人に出会った。

 

実は彼からはサッカー部に関する紹介の挨拶とその司会進行の仕事を任されており、パーティーの前に、小中高時代の友人(SS)と一緒にその仕事をドタキャンしてしまっていたのである。

 

私に仕事を任せた彼はとても怒っていて、彼を宥めるようにして話を聞いている自分がいた。そこからも立食パーティーに付随した諸々のイベントが行われることになっていたが、やはり私はこうした人が多い場所や騒がしい場所があまり好きではなく、残りのイベントに参加することをせずにもう帰ろうと思った。フローニンゲン:2020/5/28(木)06:16

 

5862. 初夏の爽やかな香りが漂う朝に:日本の夏とつながりの回復・涵養

 

時刻は午前6時半を迎え、赤レンガの家々が朝日に完全に照らされるようになった。今日の空は雲ひつなく晴れ渡っていて、小鳥たちが気ままに空を飛んでいる。彼らの姿を眺めている自分もまた気ままなのだ。

 

内側の気の流れるままに進行していく毎日。気の種類と量にあった活動にただただ従事することで進行していく日々。私は彼らと同じく、気の赴くままに生きている生命だったのだ。

 

初夏の爽やかな香りが漂う朝。その爽やかさを言葉で表現することは難しいが、私は毎年当地での夏の清々しさに感動してしまう。特に、旅に出かける際の朝に感じる清らかな風は強く印象に残っている。

 

それは自分をそっと送り出してくれるような優しさがある。なるほど、今年の春に予定していたアテネ旅行が夏に延期になったことは、きっとそよ風がその時期に自分をアテネに送り出そうと考えてくれているからなのかもしれないと思った。彼らは私をアテネに運んでくれ、そしてフローニンゲンに戻ってきた際には、再び優しく自分を包んでくれるだろう。

 

セミの鳴き声が聞こえてくるような日本の夏をもう体験することはないのかもしれないとふと思ってしまった。好んで夏に日本に帰ることはないであろうから、もしかしたら、自分の人生においてもう日本の夏を味わうことはないのではないかと思ってしまったのである。

 

日本はこれから夏に向かっていく。ひょっとすると、もう随分と気温が高くなっているかもしれない。気がつけば後少しで6月なのだ。

 

今日のフローニンゲンの最高気温は16度であり、最低気温は4度と肌寒さを感じさせるぐらいの気温である。仮にもう日本の夏を体験することができなかったとしても、日本の夏に関する記憶は自分の内側に存在し続けている。

 

だが、そうした記憶もここ最近は抜け落ちていっているように感じる。ただし幸いなこととしては、抜け落ちせていく記憶があればあるだけ、記憶が濾過され、夏の純粋な思い出だけが残り始めているように思う。

 

その他にも先ほど、形而上的な世界はひょっとすると、私たちそれぞれに固有の叫びを上げることを託しているのではないかと思った。叫びの根源と促しは、そうした世界に存在していて、それは自己の最奥部分とつながっている。

 

つながりの回復と、つながりの涵養。自己の最奥につながること、そして自己を超えた世界とのつながりを深めていくことの大切さを改めて思う。フローニンゲン:2020/5/28(木)06:54

 

5863. 良縁と運に恵まれた人生と大いなる世界からの問いかけ

 

時刻は午後7時を迎えた。振り返ってみると、今日もとても従事していた。ここ最近はもう、なぜ日々がこれほどまでに充実しているのかを考えるのではなく、それがそれとして絶えず今ここにあることの中で感謝の念を持つことだけをするようにしている。

 

そして、自分が充実感を持ったり、感じたりするのではなく、自己そのものが充実感そのものであることを今一度確認するようにしている。こうした充実感に合わせて、また人生が新たな方向に、しかもそれはこれまでにないような幅と深さを持って動き始めていることに気づく。

 

協働者のある方が「自分は運が良い」と述べていたが、私も全くそうである。自分は良縁と運に恵まれて今ここにこうしているのだと思う。

 

2020年というのは、自分にとってまた大きな転換点の年であるように思える。ここから人生がどのように動いていくのか。それは多分に未知であるが、良縁と運の導きに従うまでである。

 

本日のオンラインミーティングの中で、長年山伏修行をされておられる方から教えていただいたのだが、山伏の言葉で言えば、まさにこれから起こることを全て「受けたもう」の精神で受け入れていく。絶えず充実感と幸福感と一体となり、良縁と運の働きに従っていれば、全てを受けたもうの精神で受け入れていくことができるに違いない。

 

今日は先ほど、イギリスから数冊の書籍が届いた。アマゾンの箱に入っていて、運ばれてきたとには随分と重たく感じた。今から箱を開封したいと思う。

 

先日購入した、精神分析学、群衆心理学、インド音楽に関する書籍などがこの箱に入っているはずである。6月以降はまた時間を作って読書に励もうと思うので、それらの書籍を読むことが今から楽しみだ。

 

本日の正午に行われたミーティングの中で、そう言えばもう一つ印象に残っていることがある。それは、今回のコロナの一件は、世界が私たちに何かを伝えようとしてきたのではないか、という観点である。

 

ここで言う世界とは、多分に形而上学的な世界とでも言えるだろうし、自己を超えた大いなる世界と言えるかもしれない。いずれにせよ、今回の一件が私たちに突きつけてきた問いやメッセージがいかなるものなのかについて、立ち止まって考える必要があるのではないかと思う。さもなければ、私たちは今回の件から重要な学びを得ることができず、結果として人間社会がさらに一歩広く深い世界になっていくことができなくなってしまうだろう。

 

世界は私たちに何というメッセージを投げかけてきたのか。それを一人一人が考えていくことはとても大切なことのように思える。フローニンゲン:2020/5/28(木)19:28

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