No.480 空の瑞々しさ_Viridescence of the Sky
本日の言葉
There is an important connection between happiness and tolerance, to the extent that fewer prejudices are tantamount to more happiness. Matthieu Ricard
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本日生まれた12曲
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タイトル一覧
5857. 今朝方の夢
5858. 脳・心・魂の次元におけるジャンクフード:絶えず政治的なアセスメント
5857. 今朝方の夢
時刻は午前5時半を迎えた。早朝のこの時間帯は、空にうっすらとした雲がかかっている。
辺りはすっかり明るくなっているが、今日は輝く朝日を拝むことは難しそうだ。昼あたりから太陽の姿を見ることができそうだということが天気予報を通じてわかる。それを楽しみにしてこれから過ごしていこう。
今朝方もまた夢を見ていた。いつものように夢について振り返り、その後少々絵を描いてから早朝の作曲実践に取り掛かりたい。今日は昼前にオンラインミーティングが1件あり、それ以外の時間はいつものように全て創作活動に充てたいと思う。
夢の中で私は、以前勤務していた進学塾にいた。その塾は帰国子女向けのものであり、様々な場所にある校舎の中でも、私はロサンゼルス校にいた。私は一度その塾を辞め、再びそこに戻ってきたようだった。
ちょうどその日は、新しい学期が始まる時であり、校舎の中には新鮮さが漂っていた。生徒たちがやってくる前に、校舎にいる先生たちは色々と事務的な準備をしたり、授業に向けた準備をしていた。
その校舎の校長先生は私が戻ってきたことを喜んでいて、これから授業があるにもかかわらず、私にウィスキーを差し出してくれた。ウィスキーの瓶をもらったわけではなく、私の机には小さなフラスコ瓶のような容器があり、校長先生はそこにウィスキーを少々注いでくれた。私はそれを一口飲み、持ってきたカレーをレンジで温め、それを食べながら自分の授業の準備に取り掛かった。
私がその日に担当する最初の授業は、小学校4年生の国語であり、そのテキストを探したが、なかなかそれが見つからなかった。テキストを探していると、2人の女性が校舎の扉を開けて中に入ってきた。
どうやら2人はこれから採用面接を受けるようだった。一方の女性は私よりも少し若く、もう一方の女性は私よりも少し年齢が上のようだった。
何か個室に入って面接をするのではなく、共有スペースのような場所で面接が始まり、私を含め、他の先生たちも面接に加わった。2人が担当する強化はユニークであり、片方の先生は音楽とダンスを、もう片方の先生はプログラミングか何かを担当することになっていた。
先生たちの担当科目の一覧表が手元にあったので再度それを眺めると、校長先生は今年からファイナンスも受け持つことになっており、それには驚かされた。そんなものまでここで教えているとは思ってもいなかったのである。
2人の面接が終わると、ちょうどそのタイミングで2人の生徒(兄と妹)と彼らの母親が入ってきた。どうやら休暇中に、家族で南国に出かけていたそうなのだが、母親が「60日間の休みは大変充実していました」と言うところを言い間違えて、「60年間の休みは大変充実していました」と述べたので、その場にいた全員が笑った。
さすがに60年間の休みは長すぎるだろうと思ったのである。言い間違えた母親本人も可笑しくなったようであり、大いに笑っていた。そこから母親も含めて、2人の生徒に休みの体験について話をしてもらった。
その後、受け持つ授業の時間が迫ってきていたので、準備の詰めに入った。すると、もう生徒たちがどんどん校舎にやってきて、授業の開始を迎えた。
教室に入ると、私は別の先生が担当する教室に入ってしまい、その場ですぐに謝って、自分の担当する授業の教室を探した。授業のない先生が親切にも私の教室の場所を教えてくれ、ようやく教室に入ることができた。
教室に入ってみると、思っていた以上に生徒がいて、そして彼らはとても元気そうだった。授業の開始と共に、最初はみんなに自己紹介をしてもらおうと思った。
彼らは全員現地校に通っており、こうして日本人だけで授業に参加できることを嬉しく思っているのか、幾分興奮気味のようだった。教室の一番後ろの席に座っている男の子が突然キーボードで歌を歌い始めた。
そこから随分と教室が賑やかになり、いったん静かになってもらうようにこちらから声をかけ、ようやく自己紹介を始めることができた。そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2020/5/26(火)06:08
5858. 脳・心・魂の次元におけるジャンクフード:絶えず政治的なアセスメント
時刻は午後7時を迎えた。つい先ほど夕食を摂り終え、今再び書斎に戻ってきた。
穏やかな夕日がフローニンゲンの街に降り注ぎ、小鳥たちの鳴き声が爽やかなそよ風に乗ってここに届けられている。
今日もまた自らのライフワークに取り組む1日であった。今朝の起床は午後5時とゆったりしていたが、それくらいの時間に起きたとしても、今日は十分に自分の取り組みに従事する時間があった。時間のみならず、自分の取り組みに集中できていたことの方が大切かもしれない。
脳、心、魂の次元におけるジャンクフードを避けるようにした穏やかな生活が実現されている。目には見えない次元のジャンクフードで溢れたこの現代社会において、そうした生活を実現させていくことは難しいが、現代社会が私たちにフィードしてくるそれらのジャンクフードは、自分の取り組みに集中して取り組むことを阻害することを考えた時、そうしたジャンクフードの存在に自覚的になり、意識的にそれらから離れるように心がける必要があるだろう。
SNS、ニュース、広告など、意識を散漫にする物から意識的に距離を置くことが大切だ。さもなければ、絶えず意識が外に向かい、辺りをキョロキョロと見回すことだけをして生きている生き物のようになってしまう。
昨日も雑多なことを考えていたが、その中でも発達測定に関することについて言及していたように思う。IQテストを始めとする標準化アセスメントは、そもそも軍事目的で開発され、その背後には優生学的(eugenic)·能力主義的(meritocratic)·エリート主義的(elitist)な発想に基づく政治的な側面があったことを忘れることはできない。
現在のアセスメントについても多分に政治的な要素が混入しているのである。端的には、それは一部の人間たちが社会を管理·改変していくために作ったソーシャルエンジニアリング的なツールであることを忘れてはならない。
標準化アセスメントは確かに、それがアセスメントであるがゆえに、必ず何かしらの客観的真実を開示する。しかしながら、それは絶えずリアリティのほんの一部しか映し出していないことを念頭に置いておく必要があるだろう。
ケン·ウィルバーと並ぶ統合思想の提唱者であるロイ·バスカーの言葉を借りるのであれば、アセスメントというのは常に「部分的なリアリティ(demi-reality)」しか照らし出していないことを見落としてはならないのだ。
昨日、アテネのホテルに連絡をしたところ、本日返信があった。幸いにもホテルは来週からオープンするとのことであり、ギリシャ政府の対応として、7月からようやく空港が稼働し始めるとのことであった。
ホテルの担当の方曰く、政府の対応は頻繁に変わるためにそれも確定事項ではないとのことだが、この調子であれば、7月末にはアテネに行けそうである。明日あたりにフライトの変更をし、ホテルに再度連絡をしてリスケをしてもらおうと思う。フローニンゲン:2020/5/26(火)19:31