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5840-5842: アートの国オランダからの便り 2020年5月20日(水)


No.429 黄昏前の気持ち_A Feeling Before the Dusk

本日の言葉

The man who seeks his own welfare, should pull out this arrow: this arrow of lamentation, pain, and sorrow. Majjhima-Nikaya

下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(7点:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

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本日生まれた10曲

本日生まれた曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

本日生まれた曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています(2020/4/26より、投稿を再開しました)。

タイトル一覧

5840. アテネ旅行の延期とここ数日間の睡眠の質について

5841. 今朝方の夢

5842. 霊性の物質化の進行

5840. アテネ旅行の延期とここ数日間の睡眠の質について

時刻は午前6時半を迎えた。今朝もまた、空には薄い雲がかかっている。朝日を拝むことはできないが、その代わりに小鳥たちの鳴き声はいつものように聞こえてくる。今、彼らの鳴き声に耳を傾けている。

落ち着いた心。今日もそれを持って自分の取り組みに励みたい。

今週の月曜日から「一瞬一生の会」の第2期が始まったことに伴って、ここ数日間は随分と補助録音音声を作成していた。昨日もいくつか音声ファイルを作成していて、合計すると1時間以上1人でいくつかのテーマについて話をしていたように思う。

発達測定に関するテーマについても話をし、このテーマは様々な角度から取り上げることができるので、昨日は私が知っている範囲の6つぐらいの発達測定手法を取り上げ、それぞれの特徴について紹介した。

今回の参加者の皆さんが実務家であるという点から、そのアセスメントを受けること、ないしは組織に導入することを前提に、各アセスメントの費用的な側面についても言及した。今日仮に音声ファイルを作成するのであれば、仮に新たにアセスメントを開発するのであれば、どのような手順で開発がなされ、どれだけの時間と費用がかかるのかについて言及したいと思う。

それに加えて、自分自身がアセスメントの開発についてどのように考えているのかを、自分の心の問題、開発上のテクニカルな問題、アセスメントを開発して世に送り出した時の社会の問題などについても言及したいと思う。

数日前に、6月末に予定しているアテネ旅行が実現しそうだと述べたが、昨日にまたしても航空会社からメールがあり、フライトがキャンセルになってしまった。これでもう3度目である。

それを受けて、今度は真剣に、いつアテネに行くのが良いのか考え始めた。これまではフライトのキャンセルの都度、1ヶ月ずつ伸ばして来たが、それがことごとくキャンセルになった。今回は1ヶ月よりもさらに先に伸ばそうと思ったが、この意思決定はおそらく少し前の段階でしていた方が良かったのかもしれず、むしろコロナがもう落ち着きを見せているこの状況においては、ここでもまた1ヶ月伸ばすことで問題ないかもしれない。

私の街でも先日からようやく接客業の店が開き始め、明日ようやく髪の毛を切れる。街にも活気が戻って来ており、人々の表情も明るい。

そうした状況にあることを考慮に入れて、ホテル側も何回でも予約変更が可能だと親切に述べてくれていることもあり、近々航空会社に連絡して、7月末にフライトを変更してもらおう。当初は、アテネを訪れるのにお勧めの春の時期に行こうと考えていたのだが、7月末となると随分と暑いアテネを体感することになりそうだ。

7月末のアテネ旅行が無事に実現したら、春のアテネには呼ばれず、何らかの理由で夏のアテネに呼ばれたのだと考えよう。きっとそういう運命だったのだ。

その他に書き留めておくこととしては、この2日間は諸々取り組むことがあり、夜の就寝準備の直前までパソコン画面と向き合うことになり、それが明らかに睡眠の質に影響していることが改めてわかった。

もちろんこの2日間も早く就寝していることは確かであり、起床後も心身の状態が悪いわけでは決してないのだが、いつもの最善の状態ではないということだけはわかる。そうしたことから、今夜からはやはりパソコン画面を就寝前に見つめすぎないようにし、9時半から就寝に向けた準備をすることは徹底して守りたいと思う。

ちょっとしたことなのだが、その僅かな差が明らかな質的な差を生み出していることは観察から一目瞭然であり、最良の治癒をもたらしてくれる睡眠の質を確保することは常に意識しておきたいと思う。フローニンゲン:2020/5/20(水)06:56

5841. 今朝方の夢

近くで小鳥が鳴いている。心地良いリズムと心地良いメロディーを持った鳴き声。それは自分の心を深く安らかにしてくれる。

安らぎの中で安らぎとして前に進んでいくこと。今日もそうした1日になるはずだ。

フローニンゲンもようやく暖かくなり始めており、今日の最高気温は20度近くになる。来週には25度近くに達する日もあるようだ。

フローニンゲンは夏でもそれくらいの気温が最高気温であり、夏の数日間だけかなり暑い日もあるが、基本的にはここからはもうあまり気温が上がらないように思える。

今年もまた夏がやって来るのか。私がフローニンゲンにやって来たのも夏の時期であったから、新たな夏を迎えるたびに、いつも感慨深いものを感じる。

時の循環過程と関係なく、自分の内側には常に情熱の塊のようなものがあるが、この夏はそれをより一層目覚めさせてくれるに違いない。創りに創ること。この夏はそうした夏になる。

昨日はあまり印象的な夢を見ていなかったが、今朝方はいくつか記憶に残る夢を見ていた。夢の中で私は、オランダの雰囲気を感じさせる街にいた。しかしそこは今住んでいるフローニンゲンではなく、港のある街だった。

オランダは平地の国であり、高い山はないのだが、その街には山と海があった。私はその街の旅館に宿泊していた。ホテルではなく、日本風の民宿のようなものがあって、そこに滞在していたのである。

その日は観光に出かけようと思っていたので、民宿の外に出てみると、そこに1台の観光バスが止まっていた。すると中から、いつもお世話になっているフローニンゲンの街の中心部のオーガニックスーパーに務める店員のメイに似た女性が出て来た。

彼女の横には彼女の兄らしき人物と妹らしき人物がいた。私は2人に微笑みかけ、手で挨拶をした。2人はそれに対して同じように笑顔で挨拶を返してどこかに行った。

バスから降りて来たメイが、私に何かを手渡して来た。見ると、メッセージカードと電話番号だった。メイ曰く、彼女の妹が私の誕生日を知っていて、彼女は日本人に関心があるとのことであり、今度私と話をしたいとのことだった。

今すれ違った感じだと、メイの妹はまだ高校生ぐらいの年齢のように思えたが、話をしてみたいとのことだったので、後日彼女に連絡をしてみようと思った。すると次の話題として、メイがこれから旅館の近辺のガイドツアーをしてくれると述べ、私もそれに参加しないかと声を掛けてくれた。私はその申し出を有り難く思い、ツアーに参加することにした。

旅館の前にはツアー参加者がすでに集まっており、大半はオランダ人だった。その中に、2人ほど日本人がいて、見ると、小中学校時代の友人(YU & SI)だった。

私は2人に声を掛け、その場で立ち話をしていると、いつの間にやらツアーが始まっていて、私たちはその場に取り残される格好になった。もうツアー参加者たちの姿はどこにも見えず、私たちは仕方ないので、旅館に戻ることにした。

すると、ちょうど雨が降り始め、道が見る見るうちに浸水し始めた。私たちはなんとか一難を逃れ、旅館の中に入ることができた。

旅館の入り口近くには、併設されている体育館につながる道があり、体育館を覗いてみたところ、中で誰かが剣道をしていた。そこで夢の場面が変わった。

次の夢の場面では、私はどういうわけか、母からコーチングを受けることになっていた。セッションの時間は朝の9時からということで、早めにセッションの行われる場所に行って待機していた。

しかし、時間になっても母は現れず、どうしたものかと思っていたところ、セッションの時間が随分と過ぎてから母が現れた。どうやら寝坊をしてしまったようだった。

セッション開始の時間を過ぎていたが、母は特に謝ることをせず、まだ眠たそうな顔をしていた。すると、いつの間にかその場にいるのが母ではなく、コーチングに携わっている私の知人に変わっていた。

母からコーチングを受けるのか、それとも知人からコーチングを受けるのか、どちらなのか頭が一瞬混乱したが、彼女もまた眠たそうな顔をしていて、セッションの時間に遅れてやって来た。母も知人も、セッション開始時刻から随分遅れて姿を現し、謝りもせずに引き続き眠たそうな顔をしていた。

それを見て信頼が置けないと思い、2人からコーチングセッションを受けることはもうやめにしようと思った。そこで目が覚めた。フローニンゲン:2020/5/20(水)07:20

5842. 霊性の物質化の進行

時刻は午後7時半を迎えようとしている。今日は午後を迎えてから、青空が広がり始めた。そして今も太陽の光が燦々と輝き、新緑が輝いている。

数日前に日記を随分と多く綴っていたことが影響してか、ここ数日は日記の執筆が落ち着いている。おそらくは先日に集中的に日記を執筆したこと以外にも、あの日以降連日、「一瞬一生の会」の補助教材として音声ファイルを作成していたことも要因として考えられるだろう。今日もいくつかの音声ファイルを作成していた。

本日の午後に、カート·フィッシャー教授の追悼論文集と20世紀の和声学に関する書籍が届いた。前者については、いくつか非常に重要な論文があり、それらを取り上げながら音声ファイルを作成していこうと思う。

後日改めて書き留めておきたい論点としては、アメリカコロラド州のナローパ大学の創設者であるチョギャム·トゥルンパが提唱した「霊性の物質化(spiritual materialism)」の問題と、ダーウィン的進化論を前提とした文化と制度の問題が挙げられる。それらの論点は、今回のコロナの件を皮切りにしてますます重要になるように思われる。

霊性への関心の高まりは歓迎するものであったとしても、それが物質化され、道具主義的な観点で捉えられてしまうことを危惧することに加え、隣人愛と慈愛の精神が喪失し、ある特定の精神風土や制度に適応できない者を容赦なく切り捨てようとする社会のあり方にも危惧を覚える。

前者の論点については、チョギャム·トゥルンパの主著“The Sacred Path of the Warrior, Cutting Through Spiritual Materialism, and The Myth of Freedom”を読みながら理解を深めていこう。

私たちの自我の恐るべき特性。それは自我の保存と肥大化のためであれば、全てを道具のように利用しようとすることである。そうした自我の特性が、霊性の物質化の大きな根元にある。

今回のコロナの一件を経て、内面領域への関心が高まったとしても、それを直ちに喜べないのはその点にある。自我のそうした道具主義的な性向。それに絡めとられてしまっては、真に霊性を開発していくことなどできないだろう。

自我の皮肉な特性。自我は本来、空(くう)なのだが、自我は空であるはずの自身をより良きものに飽くなき形で改善しようとする。言い換えれば、本来存在かつ非存在であるはずの自我は、自身をまるで物質のようにリアルにそこに存在するかのように自身を認識し、自身の存在の保存に向けてありとあらゆる手段を講じようとする。その結果なされるのが自我の肥大化である。

自我がより健全な形で発達を遂げていくことには好ましい側面があるにしても、この現代社会においては、そうした方向性よりも、自我を肥大化させ続ける方向性の方が遥かに大きな位置を占めている。

霊性の開発とは本来、自我の肥大化を意味するものではなく、むしろの逆のものであるはずだ。まさにピアジェが述べている通り、健全な自我の発達とは、自己中心性の縮小過程なのであり、飽くなき形で自我を肥大化させ続けていくことでは決してない。

自我を発達させていくというのは、空なる自我を永遠に磨き続けることではなく、むしろそうした衝動を手放し、自我の発達ゲームから降りることを意味するのではないだろうか。フローニンゲン:2020/5/20(水)19:41

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