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5729-5733: アートの国オランダからの便り 2020年4月13日(月)

April 15, 2020

No.37 空上で躍動するタツノオトシゴ_Dynamic Seahorses in the Sky

 

本日の言葉

Every day when we wake up, we try to steer our good intentions, thinking I will live this day in a more positive manner. I must not waste it. Tenzin Gyatso
 

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アート・ギャラリー

 

本日生まれた14曲

 

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タイトル一覧

5729. 日々の小さな前進

5730. 今朝方の夢

5731. 今朝方の夢の続き:忘れられたものを取り戻すために

5732. 人類絶滅後の知的生命体の会話を聞いて

5733. 独自の音言語と絵画言語の獲得に向けて

 

5729. 日々の小さな前進

 

時刻は午前6時を迎えようとしている。今、うっすらとだが、空がダークブルーに変わり始めている。

 

今日から新たな週を迎えた。先週と同じようでいて、異なっている雰囲気。先週と異なっているようでいて、同じような雰囲気。そうした相反する雰囲気に包まれている自分がいる。

 

今週も自分の取り組みを少しだけ前に進めていこう。気張る必要はなく、毎日少しだけ前進していけばいいのである。

 

昨日までは暖かい日々が続いていたが、今日と明日は気温が下がる。今日の最高気温は8度とのことであり、日中は太陽が出るとのことだが、それでも気温は上がらない。明日もまた同じような気温であり、明後日からまた少し暖かくなる。

 

一昨日や昨日に考えていた雑多なことを改めて言葉の形にしておこう。早朝の作曲実践においては、毎朝最初にコラールを1曲作ることにしていたが、その曲の調を変えて様々なことを試すためにもう1曲ほど準備運動としてコラールを作ってみようと昨日思った。

 

バッハのコラール、とりわけ4声のコラールを参考にしてから早くも1年半経っていることに昨日気づいた。まだ参考にしていないコラールが50曲ほどあり、今1日に2曲ずつ参考にしているから、来月あたりで一通り全てのコラールを参考にしたことになる。総数は、2声のコラールが69曲、4声のコラールが371曲であった。

 

若かりし頃のルドルフ·シュタイナーが、カントの『純粋理性批判』を何度も繰り返し読み込むことで哲学的思考の基盤を築き上げていったように、バッハの楽譜を何度も参考にすることで作曲上の思想的·技術的基盤を確立していこう。

 

バッハの音楽の何かが自分を捕らえ続けている。それが一体何なのかは、バッハを参考にし続けることでしか見えてこないだろう。

 

毎晩夕食後に、範を求めている何人かの作曲家の曲を参考に、曲の原型モデルを作成している。そしてその翌日にそのモデルを用いて、あれこれ実験的に曲を作っている。

 

全ての原型モデルが自分を打つものだとは言えず、自分を打つものに関して言えば、それを何度も繰り返し活用していくことを考えてみよう。それを用いて多様な実験をしていくのである。

 

仮に今後もう少し長い曲を作ろうと思った時においても、今の鍛錬はきっと活きてくるはずだ。短い曲を無数に作ることを通じて、自分の好む音を見出していく。またそれを音の宇宙から自分の手で刻み出せるようにしていく。

 

作曲を始めたのは30歳を過ぎてからであったし、絵画の創作を始めたのはつい最近だ。それらを始めるのを待った自分がいたのか、待たされた自分がいたのかはわからない。ただし、それらの実践に乗り出していくためにそれだけの年月がかかったことだけは間違いない。そして、それだけの歳月は決して無駄ではなかったことを知る。

 

少しばかり強い風が早朝のフローニンゲンの街を吹き抜けていく。その風に小鳥たちの鳴き声が乗っている。フローニンゲン:2020/4/13(月)06:11

 

5730. 今朝方の夢

 

今朝方は午前3時に1度目を覚ました。だがそこで完全に起床するのではなく、トイレを済ませてからあえてもう1度眠りについた。目覚める前に見ていた夢の続き、あるいはまた別の夢が見られると直感的に思ったからである。

 

夢の中で私は、大学時代のサークルのOB会のようなものに参加していた。フットサルの練習をした後だったのか、なぜか私たちOBは、コート脇の自販機の前にたむろしていた。学年がバラバラのOBたちがそこに集っており、多くは私が入学したときに上の学年にいた先輩たちだった。

 

1度全員で輪になって話をしようということになったのだが、同じ学年のあるメンバーが、自販機の前で真剣な表情をして大量のエネルゲンを購入している。缶やペットボトルの様子からすると、それはポカリスエットでもアクエリアスでもなく、間違いなくオレンジ色のエネルゲンだった。

 

友人は一体誰にそれを配ろうとしているのだろうかと思うぐらいに、大量のエネルゲンを両手一杯に購入していた。彼がエネルゲンを購入し終えてから全員で話始めようと私たちは暗黙の了解で思っており、その場にいた全員が黙って彼を待っていた。

 

すると、彼は一向にエネルゲンを購入することをやめる気配がなかった。それを察してか、ある先輩が私のところに歩み寄ってきて、私に話しかけてきた。その先輩は私よりも1学年上であり、大学を卒業した後に名門投資銀行に就職し、そこでM&Aなどの業務に従事していた。

 

その先輩と一緒に地べたに座りながらお互いの近況について話し始めると、先輩は突然英語を話し始めた。先輩は大学3年生ぐらいから真剣に英語を学び始めたのを私は知っており、卒業後、インベストメントバンカーとして英語を活用してきたのだろうと思われるぐらいに英語が流暢だった。あの独特な日本語訛りがほぼ消えていて、その流暢さには私も驚いてしまうぐらいだった。

 

すると、私の左横にまた別の先輩が座っていて、その先輩が「英語なんて話すなよ」と英語で話した。その先輩は私よりも3つ学年が上であり、その先輩は学部を卒業した後も大学院に残っていたので、かなりの時間を一緒に過ごした。

 

その先輩は金融工学を専攻していて、卒業後は大手の邦銀に就職し、そこで自分の専門性を活かした仕事をしているようだった。その先輩もまた数年間ほどロンドンに駐在経験があったのだが、その先輩曰く、ビジネス上の大事な話は全て通訳をつけていたと述べており、また家族と一緒にロンドンに行ったためか、英語がそれほど上達しなかったとのことである。確かに、私の右横にいる先輩と比べてみると、英語力の差は明らかだった。そこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私は遊園地の探検型アトラクションの世界の中にいた。そこで大学1年生の時に仲良くなった友人(TY)と遭遇し、彼が面白い乗り物に乗っていたので、その乗り方を教えてもらった。

 

フリスビーのようなディスクからUFOのような円盤形の乗り物が現れ、それは海の上をホバリングすることもできるし、空を飛ぶこともできた。そんな乗り物の乗り方について彼から教わった。

 

誰かがその乗り物が収められているフリスビーのようなディスクを乱暴に扱ったためか、UFOのような円盤になった際に、少々傷が見られた。それによって、思うような操縦ができないとのことだったが、彼の操縦技術は見事であった。

 

しばらく彼から操縦に関するレクチャーを受けた後に、再びアトラクションの世界における探検を続けようと思った。ある箇所に到着した時に、そこから先は、ある敵のようなキャラクターと戦い、それに勝利しないと先に進めないことになっていた。

 

私はそのキャラクターと戦う気が全くなく、そのキャラクターを倒さないと先に進めないのであれば、もうこのアトラクションから外に出ようと思った。そう思ったところで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2020/4/13(月)06:30

 

5731. 今朝方の夢の続き:忘れられたものを取り戻すために

 

時刻は午前6時半を迎えた。ここ最近はこの時間帯になると朝日が昇り始めるのだが、今日はちょっと曇っているためか、少し薄暗い。室内では明かりをつける必要があるほどの暗さだ。

 

小麦若葉のドリンクを飲み干し、次に大麦若葉のドリンクを飲もうと思って、レンジを使ってまずは白湯を作ろうと思った。白湯が出来上がるまでの短い時間、書斎の窓辺に近寄って、外をぼんやりと眺めていた。

 

目に入ったのは赤レンガの家々だった。赤レンガの家々を見てみると、明かりが灯っている家が一軒もなかった。

 

そう言えば、いつも私が起床する時間は外の世界が真っ暗であり、どの家も明かりが灯っていないことに気付いていた。ひょっとすると私は、大抵毎日、この街の誰よりも早起きをしているのかもしれない。

 

誰よりも早く起床し、誰よりも愚直に自らの取り組みを前に進めていくこと。それを日々行っている自分がいるような気がした。

 

だが、そもそも「誰よりも」という形で他者と比較する必要などないのであるということにも気付いた。自分は自分固有の人生を生きているのだから。

 

他者が混入する比較級が内包された構文の遡上に言葉を乗せるのはやめよう。そのような構文を用いて生きようとするのは、よほどの馬鹿か、自らの固有の人生を生きていない者だけだろうから。

 

夜が明けぬ早朝未明に、今日もまた音楽を聴きながら短い時間だが踊りを踊っていた。すると、何かが自分の心に触れ、突然涙が溢れてきた。涙を誘ったものが何だったかを探ってみると、夢の中の心象風景と同時に、人間の生きる姿に心が打たれたようだった。

 

とても何気なく、それでいてとても尊いこと。家族を持つということ。子供を育てるということ。それらの何気ないことがとても尊いことのように思われ、神妙な気持ちになってしまったのだ。突然溢れ出した涙を拭った時、私はまた独り書斎にいた。

 

先ほどまで夢について振り返っていたように思う。午前3時に1度目覚めた後に再度眠りの世界に戻ってみた時に見た夢についてはまだ書き留めていなかった。それらの夢についても書き留めておきたいと思う。

 

夢の中で私は、奇妙な生活空間にいた。それは奇妙としか表現できないほどの、一風変わった生活空間だった。複数の店が一か所に集まっており、その居住空間においては、生活上必要なものが全て揃うようになっていた。

 

私は美容室に行って髪を切ってもらおうと思っていたのだが、今回はかかりつけの美容師が海外旅行に出かけており、彼の店は閉まっていた。そうしたことから、今回は別の美容室に行こうと思った。

 

美容室に到着すると、本日自分の髪を切ってくれる女性が現れた。見るからにしてパワフルな女性であり、後々話を伺ってみると、彼女はアフリカ系イギリス人とのことだった。だが、彼女の家系は一般的な欧米人と同じく非常に複雑であり、先祖を辿ると、祖先はいろんな国の人のようだった。

 

一応彼女の国籍はイギリス人とのことだが、外見や雰囲気を含め、あまりイギリス人という感じがしなかった。彼女の祖先には日本人もいたようであり、幼少期の頃に日本で少し過ごしたことがあったそうであり、彼女の日本語はとてもうまかった。

 

彼女の第一印象から力強さを感じただけではなく、とても優しい人なのだという印象を受けた。しかしながら、彼女の店は相当に繁盛しており、そのせいか、彼女は少し苛立っているように思えた。

 

散髪台に案内され、席に腰掛けたところ、切った髪が服にかからないようにするためのエプロンのようなものをかける素振りを見せず、彼女はいきなり私の髪を切ろうとした。実際には、最初のハサミが入った。

 

私は、あのエプロンのようなビニールをかけてくれと彼女にお願いしたところ、とても面倒臭そうにそれを取りに行った。彼女のそのような態度に違和感を感じ、さらには最初にハサミが入った瞬間に、何か心がこもっていないように感じ取られてしまったのである。そうしたことから私は、髪を切ってもらうことをせず、もうそこで帰ろうかと思った。

 

もう帰るという旨を彼女に伝え、髪を切ってもらってもいないのに、代金だけはきっちり請求された。その生活空間には今はいないかかりつけの美容師の店以外に他に美容室がなく、それもあって、私は最後まで彼女に髪の毛を切ってもらうことにした。

 

髪を切る方も髪を切ってもらう方も、お互いに気分良くいることが大事かと思ったので、私は冷静になって、彼女の話を聞いてみることにした。すると、見る見るうちに彼女の苛立ちは消えていき、最初に私が思っていたように、彼女がとても他人思いの優しい自分であることがわかったのである。

 

そこから私たちはお互いに打ち解けながら会話を楽しんだ。そこで夢の場面が変わった。

 

最後の夢。それが妙に心に残っていて、起床直後の涙を誘発したのもこの夢が一因だったのではないかと思う。

 

夢の中で私は、その夢の半登場人物であり、同時に半観察者だった。その夢は大学時代の女性友達に光が当てられていて、私はその夢の中にいながらも、同時に彼女の生き様を眺める者でもあった。

 

ひょんなことから彼女は地元に戻り、第二の人生を生き始めたようだった。大学卒業後しばらくしてから結婚し、子供をもうけたが、夫婦のすれ違いから離婚をしたようだった。

 

離婚後しばらくして彼女は地元に戻った。彼女の住んでいる場所はとても長閑なところであり、冬は雪が積もる。春には、厳しい冬を乗り越えた生命たちが躍動する。そんな場所に彼女は住んでいた。

 

私は夢を眺める者として、彼女の生活風景を見守っていた。片親として子育てをしながら仕事を含め、孤軍奮闘している姿には心打たれるものがあった。大学時代の彼女を知っている自分としては、彼女がこのようにたくましく生きられるとは思ってもいなかったのである。

 

季節はまだ雪解け前のようであり、彼女は可愛らしい男の子を幼稚園に連れていくために、その子を自転車の後ろに乗せて田んぼ道を走っていた。私の耳には2人のやり取りが聞こえてきており、彼女の息子に対する言葉掛けは、彼を立派な人間にすると思わせてくれるものだった。

 

彼女がこのような田舎で生活をしていることが自分にはあまり信じられなかった。数年前に一度、彼女と話をしたことがあった。その際には、今の会社に残っていれば安泰であり、何か特別な仕事をしなくても、1500万円ほどの年収が得られると述べていた。

 

そのような発言をした彼女に対して私は、そんなはした金のために会社に残って人生を無為に過ごすのは馬鹿げていると述べたことを覚えている。自分の人生という貴重な時間をその程度のカネに明け渡してはならないと伝えたのである。そんなやり取りがあったのを思い出しながら、私は彼女が一生懸命に子育てをし、自分の取り組みに従事する姿を見守っていた。

 

現在の彼女は何をしているのだろうか。それが気になっていた。

 

彼女は大学時代に非英語圏に留学をしており、英語に以外にも外国語が扱える。そんな彼女はさらにそこからイタリア語を学び始めたようであり、現在はイタリア語を使った仕事をしているようだった。それ以外にも、私が最も驚いたのは、彼女がイラストレーターとして活動していることだった。

 

時間が巻き戻され、夢を眺める者としての私は、彼女の幼少時代の出来事を眺めていた。彼女は幼少時代から様々な才能に恵まれていたようであり、いろいろな表彰を受けているようだった。その中でも、彼女は絵に関して1度世界的に有名な賞を得ているようだった。その賞の名前は「マジャール賞」というらしい。

 

最初その名前を聞いた時、数年前に訪れたブダペストの街並みが思い出された。そこにいるハンガリー人、つまりマジャール人の姿が想像されたのだ。

 

そうした連想の世界に浸った後、再び私は彼女の幼少時代の出来事の世界の中にいた。そこで彼女が、無限大に絵を描こうとしていたことを知って驚いた。驚きと共に多大な共感の念がそこにあった。

 

彼女が幼少期に描いていた画用紙や自由帳のようなものが大量にあり、私はそれらを眺めていた。その中に一つ、未だ完成していない1枚の絵があった。どうやら彼女はその絵を完成させるために地元に戻ってきたのではないかと私は思った。

 

失われていたもの。幼少時代に情熱を注いでいた忘れられたものを、もう一度取り戻すために彼女はここにいるのではないかと思った。

 

そう思った瞬間に、再び私は現在の彼女の生活を眺める者になり、彼女が子育てに孤軍奮闘しながら、新たな人生を懸命に生きる姿がまた目に飛び込んできた。すると妙に心を揺さぶる音楽が流れてきて、私は目を覚ました。フローニンゲン:2020/4/13(月)07:22

 

5732. 人類絶滅後の知的生命体の会話を聞いて

 

 

人類絶滅後の知的生命体の会話が、どこからともなく聞こえてくるかのようだ。

 

早朝の作曲実践をし終えた後、少しばかり物思いに耽っていた。いつか自分がこの世から消えるということが確実であるというその確実性に黙ってしまった。

 

いつかテクノロジーがさらに進歩を遂げ、肉体と脳を切り離すことによって、より寿命が伸び、さらにはいつか、意識そのものの抽出及び保存が可能になったとしても、いつか人類という種は滅びてしまうのではないかと思った。

 

そのようなことを考えていると、いつか母方の叔父とどこかの街を散歩していた時のことを思い出した。あれは東京だったか、大阪だったか。その時の叔父の話が妙に印象に残っている。

 

叔父は大学時代に家庭教師をしていたことがあるらしく、教えていた高校生がある時からどこか変だということに気付いたらしい。何やらその高校生は宇宙人と交信ができると述べ始めたとのことだった。

 

少し様子がおかしいなと思っていたところ、それからしばらくしてその高校生は踏み切りで自殺をしたとのことだった。

 

私たち人間は今、例えば絶命した恐竜や原始人などを研究したりしている。現代人から見たら、恐竜などの知性はやはり人間よりも低いとみなしがちなのではないだろうか。実際に多くの恐竜は、動物の知性の域を超えることはなかったが、中には共同生活を送っているような比較的高度な恐竜がいたことも知られている。

 

しかしそれでも、恐竜の知性はたかがしれていると私たちは思うかもしれない。であれば、今後数十万年後、数百万年後、あるいは数億年後に人類が絶命し、その後に知的生命体が誕生したとして、しかも仮に人間よりも高度な知性を持っているとしたら、今の私たちをどのように思うのだろうかと気になった。

 

未来の知的生命体の子供:「先生、かつてこの星に人間という生命体がいたと聞きましたが本当ですか?」

 

未来の知的生命体の先生:「ええ、本当よ」

 

未来の知的生命体の子供:「信じられないのですが、人間という生き物がいた世界にはカネと呼ばれるものがあって、人間はそれを貪るように求めて生きていたようですね」

 

未来の知的生命体の先生:「ええ、そうね」

 

未来の知的生命体の子供:「しかもカネを求めるために、お互いに殺しあったりしていたということが教科書に書かれています。人間という生命体はそんなにバカだったのでしょうか?」

 

未来の知的生命体の先生:「ええ、残念ながら、それぐらいにバカだったようね」

 

人類滅亡後の高度な知性を持つ生命体は、きっと人間の愚かさに驚くに違いない。しかし、共同生活を営んでいた恐竜たちにもきっと愛があり、そこに人間の心を揺さぶるドラマがあったに違いない。

 

私たち人間はとんでもないほどに馬鹿で愚かであるが、人類絶滅後の生命体の心を揺さぶるような生き方をしてみる必要があるのではないだろうか。

 

未来の知的生命体の会話が聞こえてきた後、顔を上げると、そこには曇り空の世界が広がっていて、微風が吹いていた。心の世界を再度覗き込むと、自分はどうやら踏み切りを渡り切ったことを知った。フローニンゲン:2020/4/13(月)08:43

 

5733. 独自の音言語と絵画言語の獲得に向けて

 

うっすらとした雲が空を覆っている。灰色の雲は太陽を遮り、今日は夕日が見えない。天気予報によると、明日も今日と似たような天気になるようだ。

 

今日は午後に少しばかり太陽が照る時間があり、その時間は日光浴を少しばかり楽しんだ。日々の日光浴によって、身体に太陽のエネルギーが宿っている。

 

就寝前にはベッドの上で、広大な宇宙空間に想像を巡らせて、その広大な空間とエネルギーの授受を行っている。数日前の日記で言及したように、今は宇宙空間さえからもエネルギーを一方的にもらうようなことはしていない。そこには相互互恵関係があり、私からもエネルギーを提供している。

 

今日もまた、まるで音日記や絵日記を絶えず作っているかのよう創作活動に取り組んだ。音日記や絵日記という表現は正しいように思う。

 

寝食の時間を除けば、ほぼ全ての時間を内的感覚のトレースと形象化に充てている。内的感覚を言葉·音·絵のいずれかの形で四六時中形にしている。こうした生活を続けていく。

 

それによって、自己を救済してみようと思う。そして自己救済から他者の救済につなげていく。

 

利他的な日々の活動。それを常に心がける。1人の人間の救済を、より多くの救済に結び付けていく。

 

午後にふと、いついかなる時でも音楽を創り、絵を描きたいという思いから、精神空間内により鮮明な楽譜とキャンバスを構築しようと考えた。ひとたびそれが精神空間内に構築されれば、いつどこで何をしていてもその空間内で音楽と絵を創ることができる。

 

それらのイメージを鮮明にするためには、密教的な修練方法の原理を使えば良いかと思われる。そのようなことを考えた後に、自然言語と同様に、音言語と絵画言語で自由自在に喋ることができるようにしようと思った。

 

英語の発話と同等、いや母国語の発話と同様の流暢さを持って音言語と絵画言語を使いこなせるようになっていく。そのために、音と絵の創造技術を磨いていく。

 

その実現は、自分なりの発話語法の獲得と等しい。一人一人に固有の発話語法があるように、自分独自の発話語法を作り上げていく。これは早朝に考えていたことにもつながる。

 

早朝には、自分にしかできない筆使いがきっとあるはずだと思って絵を描いていた。実践を通じてそれを探求していく。探求しながらにして、それを作っていくのである。

 

今日もいくつかの絵や曲を創り出したが、生み出された絵や曲は、自分の内面世界をくまなく表しているように思う。そこには自分の内的感覚が色濃く現れていて、人柄を含めて、嘘をつくことができないかのようである。

 

自分のありのままが表に現れてくる。それが「表現」という言葉の本源にあるものなのかもしれない。

 

それに加えて、表に現れたものの中には、さらなる発達の可能性のようなものも内包されているように思える。発達後の次の姿は、今この瞬間の中にあり、それは表現を通してより具現化されていくのである。

 

ふと絵を描きながら、特殊なシンボルを描き、そこに自分のエネルギーを込めて行こうと思った。実はそう思うよりも先にそれを行っている自分がいた。

 

レイキのシンボルは人に明かしてはならないと言われているが、そうしたシンボル的なものを絵の中に込めて、作品に触れてくれた人に何かしらのエネルギーを届けていく。それは曲においても同じである。

 

絶えず自分のエネルギーを微量ながらでも込めていく。デジタル空間内に構築される音や絵の大伽藍は、巨大なエネルギーの集積体とみなすこともできる。そのエネルギーが何かしらの治癒と変容を促すものであればと願う。

 

そのような思いを持ちながら、今夜もまだ時間があるので、明日に備えて曲の原型モデルを作り、就寝前には再度絵を描きたいと思う。フローニンゲン:2020/4/13(月)19:29

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