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5679-5683: アートの国オランダからの便り 2020年3月31日(火)


本日の言葉

So the secret is just to say “Yes!” and jump off from here. It means to be yourself, always yourself, without sticking to an old self. Shunryu Suzuki

本日生まれた14曲

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タイトル一覧

5679. 瞑想実践としての作曲と絵画の創作

5680. 日記の執筆・作曲・絵画創作の勧め

5681. 幼児から始めよう

5682. 今朝方の夢

5683. 絵画作品からのインスピレーション:無駄な行為の削除

5679. 瞑想実践としての作曲と絵画の創作

今朝は午前5時に起床し、今は午前6時を迎えた。サマータイムに入ったこともあり、まだこの時間帯は辺りが暗い。そんな中、寝室から窓の外を見た時に、街の中心部にある教会がライトアップされていた。

教会の片側だけが黄金色に輝いており、早朝の時間帯にあのように輝いている教会を初めて見た。毎日あのようにライトアップされているのだろか。それとも今日は何か特別な日なのだろうか。

今の外気はマイナス2度と低いが、室内はそれほど寒さを感じない。もうヒーターをつけることなく過ごすことができている。これも日中の太陽光のおかげである。それによって部屋が暖かくなっているのだ。

とはいえ、今も湯たんぽをお腹に忍ばせながらこの日記を書いている。就寝時と起床直後に湯たんぽを使うことはまだしばらく続くだろう。

そのように思っていたが、来週の月曜日から気温が上がるようであり、最低気温も10度近くまで一気に上がる。フローニンゲンで生活をして4年ほど経つため、その経験からすると、ここで一度暖かくなり、また気温が下がるという傾向があることを知っている。

いっときほど春の暖かさを感じ、そこから5月末まで寒さが残り、その後にようやく暖かくなってくる。そのような傾向があるかと思う。

昨日、リズムやメロディーはどこから降ってくるのかについて考えていた。作曲上、やはり良いリズムを持ったメロディーを生み出すことが一番難しいと言えるかもしれない。

リズムだけが生み出されても、それが良いメロディーになるとは限らないが、メロディーの構成要素としてリズムは不可欠のため、良いリズムの条件とその創出方法に関心がある。そもそもリズムとは何なのか。そのあたりの哲学的探究をしていきたい。

そうした探究はもちろんながらメロディーに対しても行いたい。良いメロディーがいきなり生まれてくることに越したことはない。そのため、リズムからメロディーを創出していく道と、メロディーをいきなり創出していく道の双方を探っていこう。

日々作曲やノートに絵を描いていると、脳の状態や意識状態の観点からすれば、作曲や絵画の創作は瞑想実践と同様の働きを持っているものなのではないかと気づいた。もちろん相違点も様々あるが、意識変容作用に関して同じような効果がありそうだということがわかる。

作曲に従事している最中や絵を描いている最中には、ある種の瞑想状態となり、言語を司る脳の働きが抑制され、それ以外の脳の部位が大いに活性化されているように感じる。作曲に従事している時や絵を描いている時の脳の状態の研究は探せばいくらでも出てきそうなので、そうした研究論文にもアンテナを張っておこう。

今日の作曲実践では、普段通り、原型モデルに対して世界の様々なスケールを活用して曲を作ったり、ハーモニーの理論書の譜例を参考にして曲を作っていく。また、昨日から本格的に始めた、絵画作品に喚起されたものを曲にしていくことも今日も行う。

1日に少なくとも1作品ほど絵画を参考にして曲を作っていく。今日はオディロン·ルドンの何かしらの作品を参考にしよう。すでに書斎の机にはルドンの画集を2冊ほど置いており、その準備はもうできている。フローニンゲン:2020/3/31(火)06:25

5680. 日記の執筆・作曲・絵画創作の勧め

空がダークブルーに変わり始めた。自宅の目の前の住宅街の中を何台かの車がゆっくりと走り抜けていく。

小鳥たちは高らかな鳴き声を上げ、1日の始まりを祝福している。私たち人間の中で一体何人の人たちが、あの小鳥たちのように1日の始まりを祝福しているのだろうか。私は1日の始まりを祝福する人であり続けたい。

あと数ヶ月ほどすると、フローニンゲンでの生活も5年目となり、欧米での生活は9年目となる。気がつけばそのような年数が経っていたが、まだ9年程なのだという感じもする。

アートの国オランダは1つの永住拠点となった。デカルトやスピノザが生活をしていたライデンも魅力的なのだが、今のところ、フローニンゲンに長く拠点を置き続けようと思う。

オランダで生活をしていると、つくづく教育や精神風土が人間形成に与える影響は大きいと思わされる。日々オランダ人と接していてそのように思う。いかような人間形成がなされているかをここで全て語ることは難しいが、オランダの教育とこの国の精神風土は、間違った方向に人間形成をしないような力があることだけは確かである。

ここ最近、日記を執筆することを通じて変わっていく友人や知人たちの姿を見る。私自身が日記を毎日執筆することを通じて大きく変化してきたという経験をしているため、時に日記の効用について話すことがこれまであり、その話以降実際に日記を書き始める友人や知人たちが増えた。

皆一様に、書くという行為を通じて、いかような出来事が人生に降りかかってきたとしても、それと向き合いながら充実した日々を送っているように思える。書くことは大なり小なり、自己及び外界を客体化させ、観察者的な自己の状態にいざなう。そうした状態を日々短い時間でもいいので体験し、それを積み重ねていくことによって、ゆっくりとだが着実に変容に向けて歩んでいる姿が見受けられる。

書くという行為は時に——あるいはほぼ常に——、認識空間上のアトラクターの周りをグルグル回っているような形でなされるが、書くという行為の継続は、1つのアトラクター状態から次のアトラクター状態に移行させる力がある。既存のアトラクター状態というのは既存の発達段階に他ならず、移行先のアトラクター状態というのは次の発達段階に他ならない。

フローニンゲン大学の大学院のコースの中で、アトラクターと発達に関する論文を読んだ時に、特定領域の発達的飛躍が起こる前にエントロピーが増大し、発達的飛躍後、エントロピーが減少していく発見事項を興味深く思ったのを覚えている。

書くという行為とエントロピーの増大·減少について考えさせられる。今このように執筆している日記の中において、書き出しから中盤に向かっていく過程は情報的エントロピーの拡大現象が起こり、文章の終結に向けてそのエントロピーは減少しているのだろうか。

だとしたら、1つの日記の中にミクロな発達現象を見出すことができ、そうした日記を毎日執筆し続けることによって中期的なメソの発達が起こり、長期的なマクロの発達が引き起こされるというのも納得がいく。

知性を涵養し続け、高度な知性を獲得した過去の偉人たちが一様に日記や手紙などの書くという行為を習慣にしていた理由もわかるような気がする。彼らは発達を希求して文章を書いていたわけでは決してないだろうが、書くという行為が結果として彼らの知性を育む1つの大きな要因になっていったのである。

日記を毎日綴り始めてからまだ4年間ほどであり、数も今回の日記で5679と非常に少ない数だが、そうした微々たる量の日記を執筆することを通じて、自分自身の変貌の様子も見て取ることができる。また、そうした変貌よりも何よりも、日記を執筆することによって、毎日が充実感に溢れるということが日記を継続して執筆することの最大の良さである。

正直なところ、充実感という言葉だけでは括れないようなことがこの4年間の欧州生活の中にあったが、実存的な危機の中にあっても書くことをやめず、逆に書くことによってそうした危機から脱却できた自分がいるように思える。

書く行為に内包された治癒と変容の作用には本当に驚かされる。実は、書くという行為の次に勧めたいものがある。それは作曲と絵画の創作である。

立派なものである必要は全くなく、自分の内側の感覚を自分だけの曲や絵に表現していくこと、それを書くことの次に勧めたい。絵画の創作に関していえば、私はまだ本格的に絵を描いていないが、それでも毎日少なくとも1つ、水筆色鉛筆で作曲ノートに小さな絵を描き続けてきた。

作曲に関しては、俳句のような短い曲を日々作り続け、曲を作るという行為と絵画の創作行為は、文章を書くことでは実現できないような治癒と変容の作用がある。近々、デジタルアートの創作に本格的に着手し、作曲と絵画の創作を通じて、自己がいかように治癒されていき、いかように変容を遂げていくのかを観察·記録していきたいと思う。フローニンゲン:2020/3/31(火)06:53

5681. 幼児から始めよう

空が開かれていく。空が明るい世界に向かって開かれていく。このように、人生における眺望が開かれていって欲しいと小さく祈る。

小鳥たちの鳴き声。それはそうした自分の祈りの代弁歌のように聞こえてくる。

今日も自分の取り組みに打ち込んでいこう。絶えず独りではないという独りの形で自分の取り組みを前に進めていく。

絶対的に孤独であることは孤独さを超える。独りである我の殻の先に出てしまえばいいのだ。そうすれば、このリアリティのありとあらゆるもの、森羅万象が自己となる。

いや、その境地においては、自己も神羅万象も1つになるがゆえに、自己も神羅万象もないのである。

昨日、昨年の夏にビザの取得のためにズヴォレの移民局に立ち寄り、担当してくれた中年女性と会話を楽しんでいたことを思い出す。その際になぜか私は、話の流れからその職員の方に、「あなたはクリエイティブだから大丈夫」と励ましたのを覚えている。その方は謙遜して、自分はそれほどクリエイティブではないと述べていたが、その発言に対してまたいくつか言葉をかけていたのを覚えている。

つい先ほどの日記の中で、日記の執筆·作曲·絵画創作の勧めについて書いていたように思う。日記の執筆、作曲、絵画の創作と聞くと、私たちは勝手にそのハードルを上げがちであり、実践に躊躇してしまうかもしれない。

思うに、無駄にハードルを上げる必要はないのである。大抵の人間は、幼少期に形成された超自我の管理下にいまだに置かれており、超自我の抑圧的なメッセージに自己を従える形で生きている。それがその人の創造性や自己表現をどれだけ制限していることか。

日記の執筆、作曲、絵画の創作の3つを行うことは大変のように思えるかもしれないが、絵日記を書きながら、鼻歌を歌えばいいのだ。それなら幼児でもできることである。

そこから始めることの意義と重要性について考えていると、幼児でもできることから始めるというのは自分に向けた励ましの言葉でもあるように思えてくる。

天啓が降ってきたザルツブルグの街を訪れたのは今から3年前のことだ。ザルツブルグを訪れた直後の私は、作曲に関心は持っていなかった。そんな中でモーツァルトの生家を巡ったり、モーツァルト博物館を巡っていた。

モーツァルトには確かに音楽的な才能があったことは間違いないが、博物館に所蔵されていたモーツァルトが幼少期の頃に書いた楽譜を見ると、それは同年代の子供では決して書けないものなのだが、結局は幼児のそれであることに変わりないと思ったことを覚えている。

あのモーツァルトですらも、発達プロセスをゼロから歩んでいたのである。いかような発達領域においても、私たちは発達の低地から歩みを進めていく必要がある——対象領域がこれまで修練を積んできた領域と隣接していれば、ある領域で涵養した能力や知性を他の領域に代替適用が可能であるという現象もあることは確かだが——。

あのモーツァルトですら、そうした低地から出発していたことを知れば、新たな実践に乗り出していく心理的なハードルが下りはしないだろうか。これから本格的に始めていくデジタルアートの創作に関して、私はあえてロマン主義的な発達観を掲げて、幼児の段階に退行していこうと思う。すなわち、幼児の段階を大切にし、幼児が描くような絵画から出発しようと思っているのだ。

日記の執筆、作曲、絵画の創作を多くの人たちに勧めたい。その効用を多くの人に感じてもらいたいという思いが自分の中にあるようだ。

そうした思いが届かない人もたくさんいるかと思う。多くの大人たちは、もう絵日記を書くことや鼻歌さえ歌えなくなっているような状態に陥っているのかもしれない。創出することを忘れた人間に、より良き明日の世界が創出できるはずはない。フローニンゲン:2020/3/31(火)07:19

5682. 今朝方の夢

開かれゆく世界。朝日に照らされた新たな世界がやってきた。

時刻は午前7時半を迎えようとしている。今、フローニンゲン上空は晴れ渡っていて、鳥たちが気持ち良さそうに大空を舞っている。

赤レンガの家々の向こう側にある道路を見ると、いつもより車の数が増えているように思える。コロナウイルスも落ち着いたのだろうか。ここ数日間はニュースを見ておらず、コロナウイルスの状況がどのようになっているのかは不明である。

単純に今日は月曜日であるから···と書こうとしたら、今日は火曜日ではないか!というツッコミを独りで入れつつ、今日もまた自分のライフワークを前に進めていこうと思う。

昨日の朝は記憶に残る夢を見ていなかったが、今朝方は少しばかり記憶に残る夢を見ていた。夢の振り返りを終えたら、今日も早朝の作曲実践を楽しみながら進めていきたい。

昨日は、作曲の学習と実践をするためにもう飯を食べるのを止めようと思ったのだが、それはかなり極端かと思い、それは思いとどまった。だがそれくらいに今は作曲の学習と実践に打ち込みたいと思う自分がいる。

今後はそこに絵画の創作を加える。その題材として、外の世界に出かけて写真を撮影したいと思っており、そうなってくると、外に出ていく楽しみがまた1つ増えるかと思う。

撮影された写真は、客観的物理リアリティの静止画に過ぎないが、そうした写真を眺め、そこから自分がどのようなイメージを主観的リアリティの中に生み出しているのかを観察·記録する上でも、写真から絵を描いていくことも1つのアプローチとして持っておこうと思う。

絵画の創作に関するアイデアは膨らむ一方であり、それについて書き始めたらキリがない。今は夢について振り返ろうとしているところだった。

夢の中で私は、実際に通っていた中学校の体育館の中にいた。今から部活が始まるようであり、1学年上のバスケ部の先輩たちと一緒に練習をすることになった。

私は1学年上の先輩たちと仲が良く、その日は副キャプテンとドリブルの練習をしていた。先輩のドリブルは力強さがあり、独特のリズムを持っていて、相手に取られることがほとんどなく、それでいて相手を抜き去る素晴らしいドリブルだった。

私は隣にいた同学年の友人に、副キャプテンのドリブルを真似したらどうかと提案した。私はすでに自分なりのドリブルスタイルがあったから、副キャプテンのドリブルの真似をしようとは思っていなかったが、参考になることは積極的に取り入れるようにしていた。

その後、スリーポイントシュートの練習が始まり、それを終えたところで紅白戦となった。最初私は、同学年のメンバーと1学年上の先輩たちを混ぜてチーム編成するのかと思っていたら、外部から他校の生徒たちがやって来て、彼らと紅白戦をすることになった。

私はスタメンの1人として1学年上のチームに入り、そこから他校との紅白戦が始まった。そこで私は、物凄いジャンプ力を発揮して、ダンクシュートを次から次に決めていった。

もはや誰も止めることのできない高さでジャンプするものだから、相手チームのメンバーのみならず、こちらのチームのメンバーも唖然としてたが、それでも私はお構いなしに独りでダンクシュートを次から次へと決めていった。今朝方はそのような夢を見ていた。

この夢を振り返ってみたときに、現実世界において、お構いなしに自分の取り組みを独りで前に進めている自分はいるが、ダンクシュートのようなものを打ったとことも、決まった試しもない。常に小さなシュートの連続であり、しかもそれはゴールに決まることはおろか、リングにすらかすっていないような状況かと思われる。それでも今日もこれから独りでシュート練習をするかのように、作曲の学習と実践を始めていく。フローニンゲン:2020/3/31(火)07:42

5683. 絵画作品からのインスピレーション:無駄な行為の削除

時刻は午後8時半を迎えようとしている。今、フローニンゲン上空の空は、夕日で輝いている。遠くの空は薄い青色と黄色が混じっていて、その上空の空は紫とピンクが混じったような美しい色に輝いている。

今日は夕方にふと、そろそろ断食がしたくなってきたと感じた。本来であればアテネ旅行から帰ってきてから行う予定だったのだが、アテネ旅行が延期になってしまったこともあり、今どうしようかと考えている。

とりあえず、今は様子を見ているが、旅から帰ってきた都度断食するという習慣は踏襲していこうと思う。断食を通じて感覚を研ぎ澄ませ、日々の創作活動により一層打ち込んでいく。

今日は午前中に、クロード·モネとオディロン·ルドンの画集を眺めながら曲を作った。やはり画集を参照すると、特殊なインスピレーションが得られる。

手元にある画集を片っ端から眺めていき、様々な画家の多様な作品からインスピレーションを得ながら作曲をしていこうと思う。参照した絵画作品については、画集に作品番号を書き込み、記録していく工夫をすることにした。

近々街の中心部の古書店に足を運び、画集を購入しようかと考えている。画集を参考にしながら曲を作ることの楽しみが加わったため、旅先の美術館で画集に出会うこともまた新たな楽しみとなった。

画集に加えて、折を見て、久しぶりにフローニンゲン郊外の楽屋に散歩がてら行き、新たに楽譜を購入してもいいかもしれないと思った。もちろん、今参考にしている楽譜は多岐に渡っており、まだまだ参考にしてない楽譜が無数にあるのだが、楽譜屋で掘り出し物の楽譜と出会う楽しみがある。楽譜屋に行くことも検討しよう。

より一層作曲実践に打ち込むために、日中の活動の中で時間を無駄にしていないかを検証し、幾つか削除できそうな行為を見つけた。そうした無駄を省くことによって、より作曲実践に打ち込む時間が生まれたことは望ましい。その他にも何か無駄な行為はないかを吟味していき、そうした行為を徹底的に日常生活から排除していく。

今日も大いに作曲実践に取り組むことができ、大変満足している。1日が終わるまでにまだもう少し時間があるので、就寝前に身体をほぐすための踊りの前に、曲の原型モデルをもう1つ作成できればと思う。

今日もまた大変充実した1日だった。明日もまた作曲実践に打ち込むことが今からすでに楽しみだ。フローニンゲン:2020/3/31(火)20:32

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