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5628-5630:フローニンゲンからの便り 2020年3月17日(火)

March 19, 2020

本日の言葉

Life is an elusive reality that transcends both the words and concepts of existence and nonexistence. Nichiren Daishonin
 

本日生まれた10曲

本日生まれた曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

本日生まれた曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

 

タイトル一覧

5625. 小鳥たちの美しい鳴き声を聞きながら

5626. 今朝方の夢

5627. 模倣と学習

 

5628. 宇宙定数と幾何学を活用した作曲:秘教的思想に影響を受けていた種々の作曲家

 

時刻は午前7時を迎えた。今朝は6時半を過ぎた頃にはもう辺りが随分明るくなっており、この時間帯はとても明るい。

 

幸にも今日もまた晴天のようであり、午後に太陽の光が十分にあれば日光浴をしたいと思う。ここ最近は読書や作曲実践に力を入れていることもあり、日記の執筆量が少し落ち着いているように思える。それでもこのようにして朝に日記を書くことは続けており、夜にも再度日記を書くことを行っている。

 

時折夜に日記を書くことをしない日もあるが、今後は朝に日記を書く習慣と同様に、夜に日記を書くことも完全なる習慣としてみようかと思う。毎朝日記を書くことによって、「自己充足的予言」を行うかのように、その日1日が充実したものになるという予感の元にその日の活動の予定について書き留めると、本当にその日1日が充実したものになるから不思議である。

 

それと同様に、例えば夕食後に短くていいのでその日の振り返りをし、明日の活動について書くことは、次の日をまた充実したものにしてくれるだろう。今日という日に区切りを付け、明日を楽しみに1日を終えるためにも夜に日記を綴っていこう。

 

一昨日、音楽理論と宇宙論を架橋した書籍を読む中で、アインシュタインの「宇宙定数(cosmological constant)」という概念に出会い、その定数の値を参考にして曲を作ろうと思った。書籍の中では、その値が「1.053497888425332」と記載されていたのだが、インターネット経由でざっと調べてみたところ、そのような値がすぐに出てこなかった。いずれにせよ、まずはこの数列を用いて曲を作ってみようと思う。

 

バッハが数秘術を活用したのと同様に、数字を活用した作曲にも関心があり、それに加えて、シューベルトやバルトークが幾何学的な発想から曲を作っていったことにも関心を持っている。つまり、幾何学を作曲に活かすことに関心がある。

 

数学の様々な分野の中で、ここ最近は幾何学を改めて学習したいと思うようになっている。初等幾何学のテキストを何か購入しようかと思ったが、その場ですぐにそれを購入するのは控えた。

 

数学の学術書を読むよりも、他の分野の学術書を読みたいと思ったからである。また、そうした数学の本格的なテキストを読むことがどれだけ作曲実践につながるのかが未知であったことも購入を控えた理由である。

 

とはいえ、今後も幾何学には関心を持ち続けていこうと思う。とりあえずは黄金比の探究をし、それを曲に活用していく。

 

昨日は音楽と密教に関する書籍を読んでいた。その中で、ベートーヴェンは、バガヴァッド·ギーターをはじめ、ペルシャやインドの秘教的思想に関心を持っていたことを知った。

 

また、スクリャービンはマダム·ブラヴァツキーやルドルフ·シュタイナーの思想体系に触れ、音と色の認識を見直し、それを深めていったと述べていたことが大変興味深い。スクリャービンは、ピアノソナタ第9番に関して、「自分は魔術を使っている」と告白した。

 

特に、複雑なトライトーンの関係性を活用していたスクリャービンは、その魔術的な効果に着目をしていたのである。さらには、トリルが持つピッチの曖昧性によって、特殊な心理的効果を生み出していたこともスクリャービンの特徴である。

 

スクリャービンがトリルを活用していたかあまり記憶に残っていないので、実際に楽譜を確かめてみようと思う。そして、実際に該当する曲を聞いてみようと思う。

 

その他の作曲家についても言及があり、ドビュッシーはタロットカードを活用した曲を作っていたことを知った。ちょうど先日の日記で書き留めたように、フローニンゲンの街の中心部のYantraという店でタロットカードとそれに関する書籍が売られており、タロットカードを使って作曲ができないかを考えていたところだったので、ドビュッシーが先駆的にそのような形で曲を作っていたことを知り、大変興味を持った。この点に関して、ドビュッシーがどのようにタロットカードを活用したのかを探究してみよう。

 

最後に、現代において魂に響くような曲を書く巨匠が少ないのは、現代社会において秘教的な叡智が忘れ去れてしまっているからかとふと思った。それは完全に忘れ去れてしまっているというよりも、抑圧されていると述べた方が正確かもしれない。

 

音楽の分野のみならず、どの分野においても人間が小粒になっている感が否めず、そうした背後には秘教的な叡智の喪失と抑圧が社会規模で起こっているからなのではないかということを考えていた。フローニンゲン:2020/3/17(火)07:29

 

5629. 今朝方の夢

 

今朝も小鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。今日は風がほとんどなく、とても穏やかだ。朝日が優しく地上に降り注いでおり、世界が安堵の表情を浮かべているかのようだ。

 

今朝方もいくつか夢を見ていた。自分の無意識の領域を探り、無意識の世界そのものを育み、拡張させていくために、夢を通じた探究を行っていきたいと思う。

 

夢の中で私は、現在協働中のある組織の方々とバスケの大会に出場することになっていた。それは3-on-3の形式のものであり、屋外コートで開催される大会だった。

 

参加者たちは全員社会人であるという条件が課された大会でもあった。私は大会会場に向かうために空を飛んでいた。

 

大会に参加する前に少し野暮用があり、その用事を済ませるのに予定よりも時間がかかってしまい、本来は空を飛んで会場に行く計画はなかったのだが、仕方なくその能力を活用した。

 

夢の中の私は、自分が空を飛べる能力を持っていながらも、極力それを使わないように生きていた。その能力を発揮してしまうと、多くの人たちを驚かせてしまうと思っていたからである。

 

しかし、その大会は私も楽しみにしていたものだったので、なんとか試合開始に間に合いたいという思いから、空を飛ぶ能力を解禁したのである。

 

宙に浮かび、飛ぶ高さを調節したところで、一気に空を飛んで行った。すると、眼下に海を眺めることができた。そこは湾のような形になっていて、湾と道路の境目には防波堤がずらりと並んでいた。

 

海沿いの車道は入り組んでいて、湾の形に沿って作られたものだと想像できた。海の様子から察すると、そこは日本の中国地方のようだと思った。

 

海に落ちる心配はほとんどなかったが、風の影響で高度が下がってしまうことも考えられたので、少し高度を上げて海上を通り抜けていくことにした。

 

海を通り過ぎたあたりから街の雰囲気になり始めた。ただ、その街は少し雑多な感じがあった。そして文字通り、ガラクタの山と遭遇し、その上を飛び越えていこうと思ったのだが、そこを飛び越えていくよりも、ガラクタの中にあるポッカリ空いた筒状の空間を通り抜けていこうと思った。

 

するとその空間の奥に扉が見え、私は扉の向こうに吸い込まれていった。扉の向こうには、とても神聖な雰囲気を放っている教会があった。そこには誰もおらず、静寂さと神聖さだけがあった。

 

教会内の椅子に腰掛けて、少しばかりお祈りをしたい気分になっていたが、バスケの大会のことが脳裏をよぎり、その場を後にすることにした。教会を出てみると、なぜか私の体はもう大会会場のすぐ近くだった。そして、その時はもう空を飛んでおらず、足は地面に着地していた。

 

地上を走って移動していると、後ろから小型犬が走ってきて、私にじゃれつき始めた。その犬とじゃれ合っている時間がなかったため、最初は無視して走り続けていたのだが、するとその小型犬が人間の言葉を話し始め、私に何かメッセージを伝えようとしていることに気づいた。

 

私はその場で立ち止まり、小型犬の話を聞くと、どうやら会場とは逆の方向に自分が走っているらしいことを知った。また、その小型犬は最後に叡智の詰まった言葉を私に授けた。

 

小型犬に教えてもらった通り、私は反対方向に進んでいたようなので、すぐに逆方向に向かって走り始めた。すると、会場の目印にしていた建物が見えてきて、無事に会場に到着することができた。

 

幸にも、まだ試合は始まっておらず、会場まで走っていたことが良いウォーミングアップになったと思った。会場にはすでに協働者の方たちがいて、思い思いにウォーミングアップをしていた。

 

見ると、まだ相手チームは会場に姿を表していないようだった。試合開始の時間が迫ってきてようやく相手チームのメンバーらしき人物が現れた。だがその人は1人であり、よくよく見ると、その人は私の小中学校時代の親友の1人(HS)だった。

 

彼は中学校時代のバスケ部の仲間であり、今日このような形で対戦できることを嬉しく思った。どうやら彼のチームは、彼だけがバスケの経験者らしく、1回戦は難なく突破できるような予感があった。

 

すると、その場がバスケコートからフットサルコートに変わった。そこでは試合が行われており、試合はとても白熱していた。

 

どうやら私はその試合に参加することになっていたらしいが、遅刻をしてしまっているようだった。試合そのものは白熱した雰囲気だったが、意外と点差がついていて、残り時間を考えると、こちらのチームは負けてしまうように思えた。

 

残り時間がほとんどなくなったところで私は試合に出場し、試合終了間際に大量得点を奪うことによって、こちらのチームが逆転勝利を収めた。直感的に私は、このチームであれば3回戦ぐらいまでは勝ち上がれるような気がした。フローニンゲン:2020/3/17(火)08:04

 

5630. 散歩を楽しみながら:複数の永住地

 

時刻は午後7時半を迎えようとしている。つい先ほど、夕食を摂り終えた。

 

良質な食材を少量いただく日々が続いており、このように適量食物を食べることが心身に良い影響を与えている。そして、その好影響は日増しに強まっていく。

 

今日もまた1日を通して天気が良かった。午後には書斎の窓辺で日光浴をしながら読書をしていた。そして夕方には、買い物がてら近所の公園を少々散歩した。

 

今日は祝日ではないはずなのだが、公園では楽しそうに遊んでいる親子や学生が多かった。平日の夕方にこのようにしてリラックスして遊びに興じる心と時間の余裕があることは良いことである。そのようなことを思いながら、彼らが楽しそうに遊んでいる姿を眺めていた。

 

今、フローニンゲンの夜空はエメルラルド色に輝いていて、後少しで日が沈みそうである。今日1日を振り返ってみると、本日もまた充実感と幸福感に満ち溢れていた。

 

それは深い呼吸をするかのようなとても静かな感覚である。呼吸をするのと同じように、充実感と幸福感が自分の存在の奥深くへと日々染み込んでいき、そして内奥からそれが外側へと滲み出してくる。

 

この地で生活をする日が積み重なっていけばいくほどに、その充実感と幸福感は存在の最奥と同一化し、そこからそれらの感覚が溢れ出してくるようになるだろう。

 

夕方に散歩から帰ってくる最中、これまで通ったことのない道を歩いていた。すると、不動産屋を発見し、店の窓ガラスに貼られている物件の写真を眺めていた。

 

フローニンゲンの不動産相場はおそらく東京の3分の1ぐらいであり、当然ながら物件によって値段はピンキリであるが、実家のある山口県ぐらいの不動産相場の印象である。今のところオランダを永住拠点の1つとしており、いつかフローニンゲンで居住用の不動産を購入することも選択肢に入れておこうと思う。

 

南オランダは確かにアムステルダム空港に近くで旅行の際は便利なのだが、今年からの遠距離旅行の際の工夫をすれば、北オランダでも問題なく遠距離の旅行に行けそうだと期待している。そうであればフローニンゲンは今のところ自分にとって最良の街である。

 

永住の地を今決める必要は全くなく、さらに現代において1つの居住地に縛られる必要は全くない。永住する居住地は複数あって良いのである。

 

それではこれから、作りかけの曲を完成させ、その後にラモーの曲を参考に原型モデルをいくつか作ろう。それが終われば、ハズラット·イナヤット·カーンの書籍の続きを読もう。

 

彼の”The Music of Life: The Inner Nature and Effects of Sound”という書籍は思っていた以上に素晴らしく、音楽に関する自分の思想を深める上で、本書は今後も肥やしになってくれるだろう。初読を終えたら、音楽を聴きながら踊りを踊り、就寝に向けて準備をしたい。明日もまた素晴らしい1日になるだろう。フローニンゲン:2020/3/17(火)19:41

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