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5607-5608:フローニンゲンからの便り 2020年3月9日(月)

March 11, 2020

本日の言葉

Whether one speaks or is silent, whether one moves or stays still, the body always remains in peace. Yoka Daishi

 

本日生まれた10曲

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タイトル一覧

5607. 脱力・集中・チェンバロ :今朝方の夢

5608. 新型コロナウイルスの欧州における状況:視覚・聴覚と意識変容

 

5607. 脱力・集中・チェンバロ :今朝方の夢

 

時刻は午前6時を迎えた。今朝も小鳥たちが澄み渡る鳴き声を上げていて、それが外の世界に響き渡っている。世界に反響する彼らの鳴き声を聞いていると、自ずから瞑想的な意識になる。

 

現在読み進めている、音とトランスに関する書籍に記述がある通り、音には意識状態を変容させる力が強くある。今日もまた、脱力と集中を意識して自分の取り組みに取り組んでいこうと思う。その際には特に呼吸を意識していく。

 

呼吸は意識状態の調整と変容のドアである。呼吸については、先ほどの踊りの際にも意識をしていた。

 

起床直後のヨガの後に音楽をかけながら踊りを踊ることが習慣になった。時間としては短いが、身体の内側に入っていくような形で意識を内面に向け、音楽に合わせて踊っている。その際にはレオンハルトが演奏するチェンバロ(ハープシコード)の曲を聴いている。

 

初めて意識的にチェンバロの音を聴いてみた時、それまではピアノ曲ばかり聴いていたので、チェンバロの音に慣れないものを感じていた。だが今となっては、チェンバロが生み出す倍音豊かな音をとても気に入っている。

 

現在聴いているレオンハルトのアルバムは、5時間ほどの長さなので、当分はレオンハルトのチェンバロ演奏に合わせて踊りを踊ることにしたい。

 

それでは今日も今朝方の夢について振り返り、早朝の作曲実践を楽しみながら行いたい。現在用いている2冊の理論書を一通り参考にしてコラージュ的な曲を作ったら、再度その書籍を最初から読み返し、その際には解説を理解しながら解説項目を曲に応用していこう。

 

今は解説をさっと読み、それほど深く理解することなく曲を作っている。頭で解説項目を理解するのではなく、とにかくまずは音を実際に鳴らしてみて、身体感覚を通じて解説項目を捉えるようにしている。

 

実際のところは、概念を捉えるというよりも、まずは内的感覚を通じて概念に触れるということを意識している。目には見えない概念に触れてみて、そこから徐々に頭での理解につなげていくという流れが理想的である。

 

夢の中で私は、日本のどこかの県にいた。より具体的には、警察署の駐輪場にいた。

 

自転車を漕いで駐輪場に向かい、駐輪場に到着すると、そこで小中高時代の友人(SS)と出会った。彼は何やら警察署で働いているようであり、ちょうど勤務日のようだった。

 

私はこれから1週間ほどの旅行に出かける予定であり、駐輪場のどこに止めれば安全かを彼に尋ねた。そこは警察署の駐輪場であったから、誰もそこで盗難を働くことはないだろうと考えがちだが、灯台下暗しを狙って盗難をする者がいるかもしれないと私は思った。

 

すると友人は、彼が安全だと思われる場所を指差してその場所を教えてくれた。そこは日向になっており、周りから見えやすい場所であった。そこであれば大丈夫だろうと私も思ったが、アメリカのように自転車の盗難が日常茶飯事に行われるような場所で暮らしていた私にとっては、友人が教えてくれたその場所でさえも不安に思えた。

 

その場所に行き、実際に自転車を止めようとすると、やはり不安だったので、もっといい場所はないかを探してみたところ、なんと駐輪場一体に洗濯機が列を成していることに気づいた。大型の洗濯機の中に自転車を入れ、洗濯機をロックしておけば大丈夫かもしれないと思った私は、早速一台の洗濯機に自転車を入れてみた。

 

すると、すっぽりと自転車が入った。だが、果たして自転車を洗濯機に入れていいものかと思った私は、すぐに自転車を取り出そうとしたところ、洗濯機が自動でロックされ、そしてなんと洗濯機から水が出て回り始めた。

 

私は慌てて洗濯機のストップボタンを押し、洗濯機の扉を開けた。すると、中から自分の洗濯物が大量に出てきた。

 

私はそれらを入れた覚えがなく、なぜそこから出てきたのか不可解であった。しかし今日は良い天気だったので、そのままそこに干して旅行に出かけようかと思ったが、さすがに1週間も洗濯物を干しっぱなしにすることはできないと思った。

 

すると突然、洗濯物が全てどこかに消えた。洗濯機を離れ、再び駐輪場をぶらついていると、小中高時代の友人(RS)が自転車に乗ってやってくる姿が見えた。どうやら彼もこれから旅行に行くらしく、自転車を駐輪場に止めて行くとのことだった。

 

話を聞いてみると、彼は数日間ほどの旅行をするとのことであり、数日間であればそこに駐輪しても全く問題ないかと思った。結局私はどこにも安心して駐輪できないと思い、何か打ち手はないかと考えていたところで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私は新幹線の中にいた。しかし、その新幹線は一般的なそれではなく、内装が随分と変わっていた。

 

私は母と一緒にどこかに向かっているようであり、個室のような空間で話をしていた。しばらく話をしていると、自分の専門分野の1つに関する話となり、その話題について話をしていると、母は何か侮辱されているように思われたのか、少し機嫌が悪くなった。

 

すると、そこにいる人物が母ではなく、見知らぬ女性に変わった。そして私自身も消え、別の男性がそこにいた。どうやらその見知らぬ男女は姉と弟の関係のようだった。

 

姿は消えたが、意識だけはそこにあった私は、彼らの話を聞いていた。すると、新幹線チケットの請求に関して2人は話し合っており、姉の方が代わりに払うということになった。

 

:「私が払うからいいわよ。心配しないで」

 

:「ありがとう。そういえば姉ちゃん、今どれくらい収入得てるの?」

 

:「う~ん、89億円ぐらいかな」

 

:「えっ、そんなにもらってるの!すごい年収だな」

 

:「いや、それは年収じゃなく月収(笑)」

 

:「月収89億かぁ~。俺なんか月収たったの400万円だよ···」

 

:「それでも十分立派よ。頑張っていると思うわ」

 

そのようなやりとりを聞いた時、私は姉の方がどのようなビジネスをしているのかに関心があり、おそらく何かしらの会社を経営しているのだろうと思った。一方で、弟の方はおそらく、それぐらいの月収であれば、単なる個人事業主なのだと思った。

 

そのような推論が立ったところで夢から覚めた。目覚めると、時刻は午前4時だった。フローニンゲン:2020/3/9(月)06:46

 

5608. 新型コロナウイルスの欧州における状況:視覚・聴覚と意識変容

 

現在、新型コロナウイルスが世界的に蔓延しているようだ。かかりつけの美容師かつ親友でもあるメルヴィンから先日話を聞く限りだと、オランダ南部でも感染者が出ているようであり、調べてみると、欧州諸国の中で、オランダは感染者が多い方だということを知った。

 

一番被害が多いのはイタリアであり、それに続く形で近隣諸国のフランスやドイツ、スペインなどにおいて感染が広がっている。オランダはフランスやドイツと近いため、オランダでも感染者が出ていることはおかしなことではない。

 

幸にもオランダ北部にはそれほど感染被害は出ていないが、このウィルスはもう場所を選ばず世界規模で拡大していることを見ると、十分な予防と対策が必要だ。人が多いところには行かず、とにかく免疫力を高めるように努めることが重要だろう。

 

3月の最終週にはアテネ旅行が控えており、ギリシャの様子を確認したところ、ギリシャでも感染者が出ているとのことである。オランダと比べれば、感染者の数は微々たるものだが、それでもアテネ市内の学校は休校になり、博物館や美術館も2週間ほど閉館となるようだ。

 

幸いにも私がアテネを訪れる時には再び博物館や美術館が開館されるようだが、ウイルスの蔓延状況によっては事態が変わる可能性がある。アテネに向かう際には、特にアムステルダム空港ではマスクを着けて予防をしようと思う。

 

2年前の年末に日本に一時帰国した際に、その時は日本でインフルエンザが流行っていたので、父がいくつかマスクを渡してくれ、その残りが自宅にある。それを持ってアテネに向かうことにする。

 

日本への一時帰国と比べて、欧州内の移動ではそれほど疲弊することがないが、体調にはとにかく気をつけよう。アテネ滞在中は、毎回の旅と同様に、よく歩いて身体を動かし、栄養の高いものを少量摂取し、よく睡眠を取る。博物館や美術館においては、周りの人の様子を見て、マスクを着用しようと思う。

 

ホテルの受付では、現状どれだけウイルスが市内で蔓延しているのかを確認し、最新情報を得ておこうと思う。ヴェネチア旅行の際に、歴史的な洪水被害に見舞われ、自らの身は自分で守ることの大切さを実感した経験があり、今回も自分の身は自分で守ろうと思う。そのためには、情報得ることと、その情報をもとにした賢明な行動が不可欠だ。

 

今日は、シカゴ大学出版から出版された“Music and Trance”という書籍を読んでいる。そう言えば、シカゴ大学出版も優れた学術書を数多く出版しており、時折お世話になっていることを思い出した。

 

本書もまさにそうした一冊であり、この書籍は出版年は古いが、音楽と変性意識について探究することに大いに役立つ。著者はフランス人の学者であり、緻密な調査と論考を重ねている。文章量が多いことを考えると、初読を終えるのは明日になるかもしれない。

 

音楽は文章のように、始まりから終わりに向けて線形的に流れていくため、そこで表現されている全体性を一挙に把握することはできない。一方で、絵画であればそれが可能である。

 

そのような差異が音楽と絵画にありそうだということを昨日の散歩中に思った。端的には、音楽は聴く過程の中で徐々にゲシュタルトが生成されていくが、絵画においてはそれを見た瞬間にゲシュタルトが生成される。

 

意識変容作用に視点を変えてみると、音楽はトランス状態を引き起こす作用(ないしは意識変容作用)を強く持ち得るが、絵画はどうなのだろうかと考えてみた。今のところ、例えばバッハの音楽を聴いて昇天してしまった(逝ってしまった)話などを聞くが、絵画を見て同様の体験をしたという話をまだ聞いたことがない。

 

自分自身の体験を振り返ってみると、絵画を鑑賞して、存在が鷲掴みにされるような体験はあるが、昇天や失禁を引き起こすような作用が果たしてどれだけ絵画にあるのかは気になるところだ。人間は視覚が高度に発達し、視覚からの情報を多く得ているが、むしろそうした発達が、視覚を入り口とした形で意識状態の変容が起こらないような抑制作用を引き起こしているのかもしれない。

 

仮に視覚を通じて意識変容作用が起こってしまうようだと、視覚情報に溢れた現代社会では困ったことになりかねない。だが、仏教における密教においては曼荼羅を用いたり、他の宗教における密教では視覚的なシンボルを用いて意識変容を起こすような技法があることも確かである。

 

また、現代社会においては、溢れた情報を視覚的に取り入れることによって、催眠状態·洗脳状態のような形で日々を過ごしている人が数多くいることを考えると、視覚を入り口として意識の変容を引き起こすことも不可能ではないことが見えてくる。

 

一方、人間は音に抗うことができないと言われているように、聴覚には意識状態と密接に関わった何かがありそうだ。この点については、聴覚そのものの探究と、聴覚と結びついた脳の部位及び機能を調査する必要があるだろう。フローニンゲン:2020/3/9(月)09:57

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