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5592-5594:フローニンゲンからの便り 2020年3月4日(水)

March 6, 2020

本日の言葉

Do appreciate the past, anticipate the future, and most importantly seize the present. Cheng-Yen

 

本日生まれた10曲

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タイトル一覧

5592. 志向性を持つ心身:組織や社会の病理に関する探究の新たな方向性

5593. リアリティを構成するリズム:ダンスセラピーと個人と集団のサイコダイナミクスに関する書籍

5594. 今日のダンス実践と作曲実践:パターン認識に適した意識状態の生成とコラージュ的作曲実践

 

5592. 志向性を持つ心身:組織や社会の病理に関する探究の新たな方向性

 

時刻は午前5時半を迎えた。今朝の起床は午前4時半だった。

 

昨日の日記には、早朝のヨガの代わりに、何かしらのピアノ曲に合わせてダンスを踊ることをしようと書き留めていたが、やはりヨガの実践は心身をゆっくりと目覚めさせる効果があるため、ヨガをまず行うことにした。厳密には、バランスボールで背中を中心に筋肉をほぐした後、火の呼吸をしながら瞑想を少々行い、そこからいつものアーサナを行うということをした。

 

その後、先日見つけた和を感じられるピアノ曲に合わせてゆっくりとダンスを踊った。それはさながらユーリズミーの動きであり、同時に私が以前ヨガスタジオで教えていたマインドフルネス·ムーブメントのようでもあった。さらには、太極拳のような動きも多少なりともあったと思う。

 

踊ってみてすぐに感じたのは、自分の内側に意識を向け、身体の望む方向に、つまり身体意識の声を聴き、身体エネルギーの向かいたい方向に体を動かすことによって、身体の調整と治癒が行われたように思う。時間としては短かったが、それでもそうした効果を実感することができた。

 

昨日、美容師かつダンサーでもある親友のメルヴィンとの会話でも話題になったが、踊りにはインナーロジックというものがある。メルヴィンはそれを「フロー」という言葉で表現していたように思うが、私たちの身体には内在的な流れがあり、それには固有のリズムがある。そしてそのリズムを生成しているのが目には見えないインナーロジックと呼べるものだと思う。

 

インナーロジックと呼ぶとわかりにくいかもしれないが、漢字表記をすれば、それは「内的法則性」とでも呼べるものだろうか。いずれにせよ、音楽を聴きながら踊りを踊ろうとすると、頭で考えるよりも先に体が向かいたい方向に動いていく。身体が動きたい方向に、身体エネルギーが流れたい方向に流れていく様は大変興味深い。

 

内的法則性というのは何も踊りの中だけに現れるのではなく、他の実践で言えば、作曲中においてもそれを感じる。曲を作っている最中には、ある音を楽譜上に配置すると、その音が向かいたい方向性、ないしは志向性というものを持っており、それに応じて曲を作っている。そしてそれは作曲に留まらず、私は自分の人生を歩む上においても、固有の志向性に沿っているように思う。

 

先日、オックスフォード大学出版から出版された現代現象学に関する書籍を読んだ時、「志向性」という言葉と出会い、それが今このようにしてダンスや作曲、そして人生に紐付き始めた。

 

私たちの意識には、どうやら何かに向かおうとする性質があるらしい。そのような性質を考えてみた時に、精神的な病や身体の不調の背後には、こうした志向性の歪みがあるように思えてくる。

 

当然ながらそうした病理の原因は多岐にわたり、そしてそれらは錯綜した形で結びつきあっている。だが、根幹には身体があるべき方向に自由に動けなくなることや、精神が何かにがんじがらめにされてしまい、精神が望む方向に動けないことが心身の病を引き起こすことにつながるように感じる。

 

先ほど、自分の体が動きたい方向に体を動かし、エネルギーが向かいたい方向にエネルギーを流すように踊ってみると、心身に調和がもたらされた。表現の形式はなんでもいいが、このように、自分の内側の内的法則性を感じながら、自由に身体意識とエネルギーを動かしていくことは、心身の治癒において重要だろう。

 

以前から感じていたことではあるが、個人や集合の病理は、エネルギーの歪みや停滞と密接に関係している。そうした歪みを治癒する上でも、今行っている実践や関心は重要だと思われる。

 

まずは作曲とダンスを切り口にして、個人の心身のエネルギーの歪みを治癒する道を探求していこう。これまでダンスセラピーの枠組みを参照することはなかったので、昨日リストアップした購入予定の書籍リストに、ダンスセラピーの書籍も何冊か追加しよう。

 

また、個人を超えて、依然として組織や社会の精神的病理にも関心がある。これまであまり気がつかなかったが、組織や社会が集合意識を持つということは、それに対応させて、何かしらの身体的なものを組織や社会も持っていると考えられるのではないだろうか。つまり、集合的な身体、ないしは社会的な身体といものである。

 

インテグラル理論で言うところの、右下、つまり制度的な歪みや病理にも関心はあるが、今はとりわけ左下の集合の精神的な次元における歪みや病理に関心がある。ただし、集合的·社会的な身体という概念を用いれば、右下象限にも関心があることになる。

 

このあたりも何か参考文献がないか調べ、現代精神分析の観点を用いた組織·社会の病理に対する探究に合わせて、組織·社会の身体的な歪みについても探究をし、現在関わっている組織に対して何かしらの処方箋を提供できるようになればと思う。フローニンゲン:2020/3/4(水)05:53

 

5593. リアリティを構成するリズム:ダンスセラピーと個人と集団の

サイコダイナミクスに関する書籍

 

時刻は午前7時を迎えようとしている。今、小鳥たちが清澄な鳴き声を上げていて、それに耳を澄ませている。

 

小鳥たちも鳴き声を上げたい時に鳴き声を上げ、体が動きたい方向に体を自発的に動かしている。それが彼らにとって自然体なのだろう。

 

はて、私たちにとっての自然体とはなんであろうか。自分自身の自然体というのはどのようなものであり、それを喪失してしまってはないだろうか。そのような問いが浮かぶ。

 

感情という英単語が“emotion”と表記されているように、感情というのはエネルギー(energy)の動き(motion)であることが見えてくる。また、感動が“moving”という言葉で表現されるように、感動の背後には動きがある。

 

先日は、クラニオセイクラル·バイオダイナミクスの書籍を随分と読んでおり、身体の内側、物質次元においては脳や臓器には固有の動き、ないしはリズムというものがあることがわかる。呼吸にも固有のリズムがあるのだ。

 

そうしたことを考えていると、このリアリティは動き、あるいはリズムで構成されているのかもしれないと思うほどだ。そしてリズムの背後には絶えず音楽的な何かが存在しているであろうから、このリアリティは音楽であるとすら言えるかもしれない。昨日、親友のメルヴィンとそのようなテーマについても話をしていた。

 

起床直後のヨガの後に、和を感じさせるピアノ曲を聴きながら自己表現的なマインドフルネスダンスをした。一通りそのCDの曲に対して踊りを踊ったら、今度はベートーヴェンのピアノソナタの第1番から32番までに対して踊りを踊ってみる。その後、バッハの平均律クラヴィーア曲集の全曲に対しても同様に踊ってみる。

 

ピアノ曲に合わせて無心で踊るというのはなかなかに楽しい。左脳的な思考を抑え、逆に右脳的な感覚を活性化させる形で無心で踊ることの効能を早くも感じている。

 

日々の実践の合間合間には、ぼんやりと景色を眺める休憩を取るだけではなく、音楽に合わせて無心で踊るということも加えたい。今日から早速それを実践する。

 

早朝の日記の中で、ダンスセラピーの理論的な枠組みを学ぶために、そのテーマの書籍を購入する予定だと書いていたように思う。早速調べてみたところ、いくつか興味深い書籍を見つけた。

 

下記の書籍は、アテネ旅行から帰ってきてから注文したいと思う。実際に踊ることが何よりも重要なのだが、踊りの効果やメカニズム、背景にある理論を他者に説明する必要性も今後出てくるであろから、あまり多くはないが、少なくとも下記の書籍はすぐさま目を通しておこうと思う。

 

·Dance Therapy and Depth Psychology: The Moving Imagination

·Soul and Spirit in Dance Movement Psychotherapy: A Transpersonal Approach

·Essentials of Dance Movement Psychotherapy

·The Art and Science of Dance/Movement Therapy

·An Introduction to Medical Dance/Movement Therapy: Health Care in Motion

·The Expressive Body in Life, Art, and Therapy: Working with Movement, Metaphor and Meaning

·The Embodied Self: Movement and Psychoanalysis 

·Beyond Dance

·Making Connections: Total Body Integration Through Bartenieff Fundamentals

 

上記の書籍に関して興味深いのは、これらのいくつかの書籍が、学術書として定評のあるRoutledgeという出版社から出されている点だ。私は、オックスフォード大学出版、ケンブリッジ大学出版の書籍を好む傾向にあり、分野によってはMIT出版にもこれまで随分とお世話になっていた。哲学書や思想書に関して、時に音楽に関してはイェール大学出版にお世話になることもある。

 

Routledge出版に関しては、フローニンゲン大学で発達研究をしている時に随分とお世話になっていたように思う。もちろん、発達現象に関する書籍も出版していながら、教育などの分野においてもこの出版社は良書を出している。まさかダンスセラピーに関しても興味深い書籍を随分と出しているとは思わなかった。

 

上記の書籍に加え、先ほど、組織と社会の精神病理に関する書籍も購入予定のリストにいくつか加えた。私が以前師事をしていたオットー·ラスキー博士は晩年に、意識構造への関心よりも、精神分析学的なサイコダイナミクスに関心を持っていたことをふと思い出した。今の私もまさにそちらに関心がシフトしている。

 

しかも個人の精神病理やサイコダイナミクスだけではなく、組織や社会にまで視野を広げた関心が自分の中に芽生えている。その背景には、自分自身が学校や組織、そして社会の中で随分と精神的なトラウマのようなものを患ってきたことがある。端的には、自分のシャドーがそうした領域に関心の矢を向けているのだと思われるが、同時に、やはりこの社会の歪みや病理へ介入していくことが自分の一つの役割であるという認識もある。

 

この社会には、政治や経済による犠牲者で溢れており、自然災害だけではなく、オリンピックの開催などを含む社会的なイベントによっていとも簡単に精神的なトラウマが引き起こされてしまう社会に私たちが生きているという認識と危機意識のようなものがある。この領域における探究と関与を行っていくこともまた自分に与えられた役割のように思えてくる。

 

このテーマについては、昨日列挙した書籍以外にも、下記の書籍も購入してみようと思う(この分野においては、やはりタヴィストック研究所出版が強いようだ)。

 

·Culture and Psychopathology: The Anthropology of Mental Illness

·The Routledge International Handbook of Military Psychology and Mental Health (Routledge International Handbooks) 

·Workplace Trauma: Concepts, Assessment and Interventions 

·Managing Trauma in the Workplace

·Psychopathology: A Social Neuropsychological Perspective 

·Trauma and Recovery: The Aftermath of Violence--From Domestic Abuse to Political Terror

·Thought Paralysis: The Virtues of Discrimination (Exploring Psycho-Social Studies)

·Trauma and Organizations (The New International Library of Group Analysis)

·Leaders, Fools and Impostors: Essays on the Psychology of Leadership 

·Organizations in Depth: The Psychoanalysis of Organizations

·The Psychoanalysis of Organizations: Psychoanalytic Approach to Behaviour in Groups and Organizations

·The Good Society and the Inner World: Psychoanalysis, Politics and Culture 

·Ideology, Conflict, and Leadership in Groups and Organizations

·Psychoanalytic Studies of Organizations: Contributions from the International Society for the Psychoanalytic Study of Organizations (ISPSO)

 

フローニンゲン:2020/3/4(水)05:53

 

5594. 今日のダンス実践と作曲実践:パターン認識に適した意識状態の生成と

コラージュ的作曲実践

 

時刻は午後の7時半に近づきつつある。今日は、ほんの一瞬だけ小雨がぱらついたが、総じて晴れた1日だった。そのおかげで、室内で十分な日光浴を楽しむことができた。

 

昨夜からダンスの実践を始め、今日はパッヘルベルの「カノン」、リストの「無調のバガテル」をかけながら踊りを楽しんだ。言語を司る脳の活性化を抑え、まるで長時間の瞑想の後の深い意識状態、あるいはフローのような状態で、音の流れに身を委ね、純粋に身体を動かすことを楽しんでいた。

 

リストが先進的に作った「無調のバガテル」を聴きながら踊りを踊ってみると、無調の曲は独特な身体感覚を喚起することを発見した。それは調性の音楽にはない感覚であった。

 

その他の気づきとしては、曲を理解するというのはつくづく身体運動的な行為なのだということである。明日からも踊りを踊りながら一つ一つの曲を身体感覚を通じて掴んでいき、その感覚を作曲に活かしていこうと思う。

 

音楽を聴きながらその曲を内側から感じる力は、幾何学や数式をありありとした身体感覚を通じて把握する力と似ている。偉大な数学者はきっと、身体感覚を通じて数学宇宙を知覚し、自らの微細な身体を通じて数学宇宙で諸々の思考的操作を行っていたのだろう。

 

今週末の日曜日は、映画を見ることに加えて、ピアノ曲をかけながら長めに踊り、身体の調整とエネルギーの充填をしようかとふと思った。自分の身体がそれを欲しているらしい。

 

今日よりもさらに時間を多く取って踊りを踊ると、ほぼ間違いなくトランス状態に入っていくことが予想される。シャーマン的な意識状態に参入し、そこで自他ヒーリングの実践を行ってみようかと思う。踊りを純粋に楽しむことに加えて、自らの気の生成·エネルギーの涵養と、自他ヒーリングを組み合わせていく。

 

昨日、作曲技術を高める方法と将棋の棋力を高める方法は似ているかもしれないと思い、将棋の棋力を高める方法を参考にしてみることにした。記譜の分析を楽譜の分析と見立て、今の私は、序盤と終盤の打ち手を特に研究していく必要があると思った。中盤は音の選択と配置の可能性が爆発的に増えるため、とりあえずは置いておく。

 

まずは序盤と終盤に関して、自分なりの型を構築していこう。そして型を複数持ち、いずれはその型を手放す形でそれらを変容させていき、また新たな型を産んでいく。そのプロセスを延々と繰り返していく。

 

ここ最近は意識状態の探究と実践が進み、作曲をする際の意識状態が整っている。特に、パターン認識に適した意識状態を作ることがうまくできるようになってきている。構造的パターンの把握と、把握されたパターンを脳内で瞬時に組み合わせたり、新たなパターンを作っていく訓練を引き続き続けていこう。

 

数日前から作曲の理論書を改めて読み返している。ここからしばらくは、また理論書にお世話になる。

 

書籍に記載されている一つ一つの概念を活用するために、シンプルなCメジャーを選択し、実際にそれらの概念を適用する形で短い曲を数多く作っていこう。バッハの4声のコラールや2声のコラールはそうした実践にうってつけの題材だ。

 

実際に今日は、複調や複旋法を活用するために4声と2声のコラールを題材にして曲を作っていった。明日もまたこの実践を行ってみよう。

 

さらに、理論の学習をより深めていくために、理論書の譜例をコラージュ的に組み合わせて曲を作っていくことも明日から本格的に行い始める。本日届いたスケールとメロディーの百科事典に掲載されているスケールやメロディーをそこに散りばめていくかのように適用してみるのも面白いだろう。

 

コラージュ的な作曲のヒントとして、敬愛する故ニッサン·インゲル先生のコラージュ画の制作方法を参考にしていこう。

 

今日もまたとても充実した1日だった。今夜も就寝前に、リラックスしたピアノ曲をかけながらひと踊りしよう。フローニンゲン:2020/3/4(水)19:38

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