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5526-5528:フローニンゲンからの便り 2020年2月9日(日)


本日の言葉

All people are my children. Ashoka

本日生まれた10曲

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タイトル一覧

5526. 旅の計画と内外のリズム

5527. 身体を動かすことの喜びと大切さを教えてくれた今朝方の夢

5528. 今朝方の夢の続き:"path awareness"の作用や集団的トランス

5526. 旅の計画と内外のリズム

起床直後、今日は風が強いことを実感した。起きてすぐに寝室と書斎の窓を開け、空気の入れ替えをしてみたところ、強風が外の世界に吹いていることがわかった。

天気予報を確認すると、今日は昼前から雨が降り始め、強い風が吹くとのことであった。明日からの1週間においても、雨マークが付されており、1日の中で断続的に雨が降る日が続く。今年は雪がほとんど降らず、気温が大して下がらない代わりに、雨が降る日が多い印象だ。

先日の日記で書き留めたように、エジプトに足を運ぶことは先延ばしにした。その時の日記では、ベルギーに行くことも先延ばしにしようと考えていたことを書き留めたいように思う。だが、今朝改めてそれについて自分の内側の声に耳を傾けてみた時に、どうやら自分はベルギーに行きたがっているような印象を受けた。

前回の旅からすでに1ヶ月以上が経ち、仮に今月末にベルギーに行くのであれば、2ヶ月弱ほど時間が空いているので良いタイミングかもしれない。この2ヶ月の間に、随分と読書や創造活動を続け、自分の中に蓄積されるべきものが蓄積されている印象だ。それを新たな次元で咀嚼するために、旅は良い刺激になるかもしれない。

今夜にでも、ベルギーの主要3都市で訪れたい場所があるかどうかを確認したい。とりわけ美術館や博物館を確認してみよう。

また、チェコのプラハにも近々足を運んでみたいと思っている。プラハ市内にはいくつか訪れたい美術館があり、スメタナやドヴォルザークの博物館などもある。プラハについても色々と調べてみて、近い将来に足を運んでみよう。

ここ最近は内外のリズムを意識して日々を過ごしている。クラニオセイクラル·バイオダイナミクスの実践の原理と同じく、日常生活において、様々な現象のリズムを感じている。それは自分の呼吸のリズムに始まり、季節のリズム、さらには金融市場のリズムなどにも及ぶ。そうしたリズムを敏感に察知し、それらのリズムに呼応するような形で日々を過ごしている。

作曲においても自己を生命の大きな流れに委ねていく。その流れには固有のリズムがある。そのリズムを曲という形にしていこうと思う。

先週を振り返ってみると、クラニオの一連の書籍を読み通した。全ての書籍を合わせると、合計で3500ページぐらいあったように思う。

改めて、クラニオの背景にある知識体系及び技術体系の堆積に驚いた。そこには、身体心理学や脳科学の膨大な知見が織り込まれている。さらには、トランスパーソナル心理学などの知見も盛り込まれている。

その体系は顕教として書籍からある程度学ぶことはできるが、究極的にはそうした体系は実践を通して獲得される密教的なものなのだと思う。3500ページほど書籍を読んで思った素朴な事柄は、「やってみなければ何もわからず、何も身につかない」ということと、「とはいえ顕教的な体系を書物を通じてしっかりと学習していくことを蔑ろにすることもできない」ということだった。

端的には、実践と理論的学習を積み重ねることの大切さを改めて思ったというだけなのだが、こうした気づきを定期的に得ることは重要なことのように思う。そうした気づきは、実践と学習に対する自分の姿勢を正してくれるのだから。フローニンゲン:2020/2/9(日)06:32

5527. 身体を動かすことの喜びと大切さを教えてくれた今朝方の夢

今朝は幾分感動的な夢を見ていた。夢の中の光景が感動的だったというよりも、夢の中での行動が感動を呼び起こしたのだと思う。

夢の中で私は、アメフトの競技場にいた。私はスタンドではなく、実際にコートの上にいた。

見ると自分の頭にはアメフトをするためのヘルメットのようなヘッドギアが取り付けられており、周りを見ると、顔のよく見えない選手たちが激しく動き回っていた。「どうやら私は、今アメフトの試合をしているらしい」そのようなことを思った。

私はアメフトをプレーしたこともなければルールもあまりわかない。そんな素人ながらも、周りの選手たちの動きからルールを類推し、自分なりに懸命にプレーしていた。

すると、ある時間帯から要領を掴み、次々と得点を入れ始める自分がいた。その時に気づいたが、私はアメフトの動きというよりも、ラグビーの動きをしており、トライを重ねるような形で得点を次々と重ねていった。気がつけば、自分の独壇場になっており、相手チームとの得点差は、もはや埋めようのないものになっていた。そこでハーフタイムを告げるホイッスルが鳴った。

ロッカールームに引き上げる前に、選手入場用の入り口付近に監督が立っており、誰かと話をしていた。どうやらそれはこちらの選手の誰かのようだった。

監督はその選手に、今の流れはとても良いからこの調子で行け、というようなことを述べており、その選手に励ましの言葉をかけていた。私はその場で立ち止まり、ロッカールームに引き上げる前に、競技場の雰囲気を改めて感じていた。

なんとも言えない熱気が競技場全体を包んでいた。そして自分の内側の感覚に意識を向けてみると、自分の身体全体の細胞がまるで喜びのダンスを踊っているかのように、全細胞が活性化されているのを感じたのである。それはもう生きることに伴う爆発的な喜びだった。身体を動かすことがこれほどまでに喜びをもたらすものであることを忘れていた自分がいたようだった。

前半を終えた段階で、私はもう自分の力を出し尽くしたような感覚があった。そして、野生的に身体を動かすことを通じて得られた生きることの原初的な喜びに浸っている自分がいたのである。

私は監督から言われることもなく、自分からハーフタイムで交代しようと思っていた。監督は私が何も言わずともそれを察してくれたようであり、前半に積み重ねた大量得点の労をねぎらうかのように、後半からは私の代わりに他の選手が出場することになった。

実は私は、選手入場の入り口付近に立って生きる喜びを感じていた際に、感極まって涙を流していた。その涙が治まるまでに時間がかかり、ロッカールームに向かう道にはすでに選手たちが整列をしていて、後半開始に向けて準備をしていた。

私たちのチームはもう一度心を一つにするために一斉に声を出し、その後、監督からの励ましの言葉を聞いていた。私はそんな様子を眺めながらロッカールームに戻り、着替えをしようとした。

ロッカールームに到着すると、そこには若い選手たちが数名ほどいて、その他にもマネージャーらしき人が数名いた。私はマネージャーの一人から、チーム専用のウェアを手渡された。それは私の好みに合うようなデザインであり、嬉しく思った。

日々の生活で使っている下のウェアが洗濯によって少し縮んでいたので、下のウェアを新しくもらえたことは嬉しかった。一応マネージャーの方に、このウェアは洗濯しても縮まないかを確認した。そこで夢の場面が変わった。

普段私はサッカーやバスケの夢をよくみるが、アメフトの夢を見たのは初めてのことだったかもしれない。そう言えば昨日は、現在進行している協働プロジェクトの準備として、アメフトのコーチに関する記事を読んでいた。

来週の月曜日に、アメフトのコーチを招いた講演会が現在進行している協働プロジェクトのプログラムの一貫としてある。アメフトに関する記事を読んでいたことが、すぐさまその日の夜の夢に影響を与えたのだろう。

それともう一つ、やはり今朝方の夢で感じられた生きる喜びを忘れることができない。あの爆発的な歓喜。全細胞が原初のダンスを嬉々として踊っているかのような感覚。その感覚と自己が究極的に合致し、自分はそのダンスの振動によって究極的な癒しと変容作用を得ているようだった。

それを思い出してみると、改めて食実践だけでは治癒や変容を実現するためには足りないと思わされた。身体を作ること、とりわけ運動を通じて身体意識を涵養していくことが大事であるという再度の認識。身体を実際に動かして身体意識を涵養することがなければ、脳の状態や意識状態を整えることや様々な状態を行き来することが困難になってしまう。

ここ最近の大量の読書を通じて、自他の治癒と変容を支えるためには、自らの脳や意識の状態を整えることが極めて重要であると再認識しており、その第一歩はシンプルに身体を用いた適度な運動なのだと思う。今日もまたいつものように、雨が降っていない時間を見極めて、外に出かけて身体を動かす。フローニンゲン:2020/2/9(日)07:04

5528. 今朝方の夢の続き:"path awareness"の作用や集団的トランス

時刻は午後9時を迎えた。今、強風と共に雨が降っている。今夜から明日の朝にかけて、この状態が続くそうだ。

就寝時間が迫ってきた今になって、今朝方の夢の続きを少しばかり思い出した。夢の中で私は、バスケットコートに立っていた。そこは実際に通っていた中学校の体育館であった。

どうやら部活の最中のようであり、同じ学年同士で紅白戦のようなものを行なっていた。しかしよくよくメンバーを見ると、他の学校の生徒が混じっていて、しかも他校の1学年上の先輩たちも何人かいた。

そんな中紅白戦を行なっていると、試合はとても拮抗しており、程よい緊張感がコートの上にあった。試合の最後の最後までシーソーゲームであり、残り数分になったところで、私の放ったスリーポイントシュートが見事に決まったり、あり得ないジャンプ力を発揮してダンクシュートを決めたりと、終了間際に立て続けに得点を重ね、結果としてこちらのチームが勝利した。

今朝方はアメフトの夢に続いてバスケの夢を見ていたことになる。やはり自分にとって身体を動かすということは重要な意味を持っているようであり、夢の中の身体も運動を通じて調整を行なっており、無意識の世界のダイナミズムを確保しているようだ。そしてそれが覚醒意識におけるグロスボディに活動エネルギーを供給している。そのような構図を見て取ることができる。

今日も読書と作曲実践に明け暮れる1日だった。本当に朝から晩までそれらのことしか行なっていない。1週間のうちに、数時間ほど協働プロジェクトの関係の仕事があるだけであり、自分で進める探究や実践と協働のバランスが取れていてとても良い状態だと思う。

様々な領域の書籍を読む中で、超心理学関係の書籍を現在大量に読み進めているのは、ひょっとしたら近いうちに、超心理学の研究対象となっている体験をより鮮明にするからではないかと思われた。そうした体験に出会した際に、そこで驚くことなく体験を通過していくための準備として知識を得ているようなのだ。

これまで幾種類もの知覚体験をしてきているのだから、これ以上驚くようなものはもう残されていないようにも思われるが、自分の無意識は念には念を、今の自分の理解を超えた体験が残されている場合に備えて着実に準備をしているようだ。

今日はフィンランド人の物理学者が執筆したレイキと量子力学に関する書籍、スタニスラフ·グロフが執筆した書籍を読み終え、現在はアーノルド·ミンデルが執筆した“Earth Based Psychology: Path Awareness from the Teachings of Don Juan, Richard Feynman, and Lao Tse”を読み進めている。

本書の中でミンデルは、“path awareness”という概念を提唱しており、私はその意識に従って曲を作っていることに気づかされた。それは、数日前に無意識の流れに任せて音を生み出すと述べていたことと重なる。

私たちの意識には否応なしにある方向に向かわせる力が備わっており、それが身体や思考を方向付けていく。作曲においてもそうした働きが顕現しており、この作用を意識しながら明日からも作曲実践をしていきたい。

今日はアメリカの書店から、催眠に関する学術書“The Hypnotic Brain: Hypnotherapy and Social Communication”が届き、イギリスの書店からはアントン·ウェバーンの音楽に関する学術書“The Twelve-Note Music of Anton Webern: Old Forms in a New Language”が届いた。

前者に関して言えば、現在の私の関心事項は、日本は間違いなくオリンピックを開催するにあたって多かれ少なかれ集団的トランス状態になり、それが下手をすると集合的なトラウマにつながりうるということを危惧している。そうした可能性を帯びた社会問題を考察する際に、この書籍は有益だろうと思われる。フローニンゲン:2020/2/9(日)21:18

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