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5501-5503:フローニンゲンからの便り 2020年1月31日(金)


本日の言葉

It is one of the glories of Buddhism always to appeal to reason and science and not to blind faith or authority. Alexandra David-Neel

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タイトル一覧

5501. ベルギー・エジプト・ギリシャの旅に向けて:作曲上のスタイルについて

5502. 今朝方の夢:呼吸を続けるダ・ヴィンチのノート

5503. 購入予定の書籍の選定を終えて:今日の学びと昨夜の知覚体験

5501. ベルギー・エジプト・ギリシャの旅に向けて:作曲上のスタイルについて

時刻は午前5時半を迎えた。いつもながら目覚めの状態はすこぶる良く、起きた瞬間に今日1日が充実感と幸福感に包まれたものになるという確信がある。毎朝そうした確信で目覚める。

毎晩寝る前にある特定の他者に遠隔ヒーリングを行っているだけではなく、自己ヒーリングを施していることの効果も現れているようだ。とりわけ脳の働きが良好であり、身体全体の働きも良い。

今月末にはベルギーの主要3都市に旅に出かけ、その旅から帰ってきたら、また短い断食をしようと思う。それは1日から2日ぐらいのものでいい。

3月末にはいよいよエジプトに足を運んでみようと思う。以前の夢に出てきたシンボルの意味を探求する上でもその時の旅は重要なものになるだろう。そして4月末にはギリシャに出かけ、そこでもまた自分のテーマに沿った観光をしようと思う。

ちょうど今朝、以前にフローニンゲンの街の古書店で購入したオックスフォード大学出版から出されている“Ancient Greek Music (1994)”という書籍の背表紙に目が止まり、ギリシャに旅行に行くイメージが再度湧いてきた。また、ここ最近は哲学のいくつかの領域を探究しようと思っており、そうした哲学領域の根幹にはギリシャ哲学が横たわっているため、その源流に触れる意味でもギリシャには是非とも足を運んでおきたい。そのようなことを先ほど考えていた。

昨晩、クラニオセイクラル·バイオダイナミクスも他の実践と同様に、とにかく実践経験を積むことが大切だということを改めて思っていた。それは作曲と同様に、実践が物を言う。

目の前に施術をする他者がいなければ、日々自分に対してそれを適用して実践経験を積んでいこう。創始者のウィリアム·サザーランドがそうしたように。

そこから私は、作曲上のスタイルについて考えていた。先日、ミラノでキリコ展を観賞した際に、館内のフロアの壁にキリコの言葉が引用されていた。それは、「自分独自のスタイルを望むことは、それを獲得できなくさせる唯一の道である。自分のスタイルについて考えなければ考えなくなるほど、スタイルがあなたを求めるようになる」というものだった。

作曲上のスタイルを求めていた自分にとって、この言葉の意味することは大きい。自らのスタイルを確立しようと望むのではなく、実践経験を日々積む中でスタイルが自ずから立ち現れてくるのを待つ方が賢明なのかもしれない。

今日も過去の偉大な作曲家の曲を参考にしながら、作曲実践を積んでいく。マルタ共和国とミラノへの旅に出かける前と同様に、ここ最近は毎日10曲ほど短い曲を作っている。小節で言えば、160から200小節ぐらいになるだろうか。これくらいの量の実践を毎日積んでいこう。

今のところは1日に10曲ほど作るだけに留め、その他の時間は関心領域の読書に充てようと思う。ちょうど明日には、先日と同様に、まとまった書籍をイギリスやドイツの書店に注文する予定だ。

物理的現実世界の旅を通じて、物理的な世界に身体及び精神を安置させる中で探求を行っていく。そして書物を通じて、知的情報世界に身体及び精神を安置させる中で自分の関心テーマの探究を進めていこう。フローニンゲン:2020/1/31(金)05:54

5502. 今朝方の夢:呼吸を続けるダ・ヴィンチのノート

今、波の音が入ったヒーリング音楽を聴いている。ここ最近はピアノ曲ではなく、森の中で小鳥がさえずるヒーリング音楽や波の音が入ったヒーリング音楽を聴いてばかりである。日中の活動中にはそれらの音楽を絶えず流し、そうした自然音の中に自分がいる。

今の私は、そうした自然音が持つ治癒的な力を求めているのかもしれない。この力を享受することによって、自分の作曲実践やヒーリング実践に良い影響が見られるのではないかと思う。

昨日、少しばかり脳の部位と機能を調べており、そのおかげで自己ヒーリングを脳に行う際により具体的なイメージが描けるようになった。昨日に発見した脳の解剖学的·神経脳科学的な数冊の書籍については追って購入したい。それらを読むことによって、細部を具体的にイメージすることが可能になり、ヒーリングによる働きかけがより行いやすくなるだろう。

ここで今朝方の夢をふっと思い出した。夢の中で私は、2人の親友(NK & YU)と一緒に、人類の起源に関する話をしていた。

話の中で私は、人類の根っこは共通しており、私たちは皆、共通の祖先を持っていることを述べていた。元々は共通の根を持っていたのであるが、そこから人間の小さな自我による諸問題によって根が分岐していき、現在のように無数の人間に分岐していった、というストーリーを語っていたのを覚えている。

今朝方の夢で覚えているのはそのぐらいだろうか。一昨日と昨日は印象に残る夢を随分と見ていたのだが、今朝方は夢の世界が落ち着いていた。今夜の夢の世界はいかほどだろうか。

昨日、ミラノで購入したレオナルド·ダ·ヴィンチに関する数冊の文献資料に目を通していた。ミラノで訪れたいくつかのダ·ヴィンチ展の一つの中で、ダ·ヴィンチの科学への取り組み方が独特であることに気づいた。

端的には、ダ·ヴィンチは観察を中心に、ある現象を理解するために詳細な記述と画像化を繰り返し、実験や理論は重視していなかったのである。それに気づいた時、自分の探究的取り組みについて考えを巡らせた。

作曲などの実践は、文字通り実験的な実践を大切にする必要があるかと思うが、意識現象の探究においては、より記述とイメージ化を大切にしてみようかと思う。

その他にダ·ヴィンチに関して知ったことと言えば、ダ·ヴィンチはラテン語や数学の正式な教育を受けておらず、独力でラテン語を習得したものの、当時の多くの学者からは科学者であるとは見なされていなかったということである。

そんなダ·ヴィンチは、学術用語を我ものにしていく努力を惜しまず、自らの語彙の体系を豊かにし、言語リアリティを開拓していくために、ラテン語の学術用語を手書きで書き写していくという実践を行っていた。私はその手書きのノートを見た。そのノートに書かれた文字がとても印象に残っている。

ダ·ヴィンチは、毎日様々なことを思いながら、一連のノートを書き留めていったに違いにない。今手元にある数冊の文献資料に掲載されているノートの断片からもそれが伝わる。ダ·ヴィンチのノートは、今ここで呼吸を続けている。フローニンゲン:2020/1/31(金)06:15

5503. 購入予定の書籍の選定を終えて:今日の学びと昨夜の知覚体験

時刻は午後9時を迎えた。つい先ほど、購入予定の書籍リストを再検討し、41冊まで絞り込むことができ、明日あたりにでもそれらを注文しようと思う。

特に今回は、アーノルド·ミンデル、チャールズ·タート、ルパート·シェルドレイク、アリス·ベイリー、ヴィルヘルム·ライヒ、スタニスラフ·グロフ、デイヴィド·ルイス 、ソール·クリプキ、ヤニス·クセナキス、ミルトン·エリクソンらの書籍を購入し、それらに加えてオックスフォード大学出版やケンブリッジ大学出版から出版されているいくつかの哲学領域の論文選集を購入する。

その他にも、ヒーリングや超心理学関係の書籍をいくつか購入する予定だ。とりあえず書籍の選定が終わったので、あとは注文するだけである。

午前中に状況認知や数理心理学の書籍を読んでいると、先人から学ぶことは、「認知的徒弟制」の実践でもあることに気づいた。学者にせよ、作曲家にせよ、今の自分の探究や実践を支えてくれる過去の偉人たちの仕事から学びを得ることは、認知的徒弟制に基づく歩みであることに気づかされる。

先人たちが苦労して積み上げてきたものを書籍や楽譜などから学べることの有り難さを思う。ただし、そこで展開されている知識や技術の使い方に関しては、全て密教的なものであるため、単に書籍や楽譜などから表面的に学ぶだけでは実践に足るところまで辿り着かない。

書籍や楽譜が開示する知識·技術空間にアクセスし、そこで自ら額に汗を流すように思考身体運動を行っていくことが少なくとも求められる。もちろん理想は、場を共有しながら先人から直接手取り足取り教えてもらうことだが、それは現実的にできない場合がほとんどである。

昼前にカート·レヴィンのトポロジカル心理学に関する書籍を読んでいた。心理場に対するレヴィンの定義と数式表現は、今後の自分の探究でも応用可能かもしれないというアイデアが芽生えた。

「現象学的なものは全て、幾ばくか心理的なものである」というレヴィンの言葉は、まさにここ最近自分が考えていたこととも合致する。物理次元において身体的に内的感覚を感じた時、心理的次元にもその感覚は投影ないしは写像として映し出されている。

実際のところ、身体と心の繋がりはそれ以上の事柄がある。それは何かというと、個人の身体と心の次元を超えた次元には集合的な意識場(エネルギー場と情報場)があり、個人の身体と心の次元の現象は、そうした集合的な意識場にも影響を与え、さらには影響を受けるというものである。

今、今朝方の夢をふと思い出した。小中学校時代に野球部に所属していた友人(YA)が夢に現れ、彼は便秘で悩んでいた。

彼は1日を通してほとんど水を飲んでいないようだったから、私は彼にもっと水を飲むことを勧めた。そんな夢を見ていたことを1日の最後に思い出す。

時間も時間なので、もう少ししたら就寝に向けて準備を始めよう。ここ数日間は、以前と同様に、午前4時台に起床することができており、とても良いリズムだ。

昨夜の就寝前には、無数のイマージュを知覚していた。今夜もそれを知覚するだろうか。

昨夜のその体験はとても興味深く、脳内に無数の音符が調和をなして現れ、明滅を繰り返していた。その後、音楽記号ではなく、サンスクリット語、英語、古代日本語の文字が脳内で飛び交っており、私はそれらの言語イメージに一切介入することなく、ただそれらを眺めていた。

それは特殊な意識状態において起こる何ら不思議でもない現象であり、随分と再現性を持って知覚できるようになってきている。今夜も意識状態を整え、通常とは異なる意識状態に参入することを試してみたいと思う。フローニンゲン:2020/1/31(金)21:19

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