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5484-5486:フローニンゲンからの便り 2020年1月25日(土)

January 27, 2020

本日の言葉

If your compassion does not include yourself, it is incomplete. Jack Kornfield

 

本日生まれた8曲

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タイトル一覧

5484. 今朝方の夢

5485. 時の流れが緩やかな場所の中で

5486. クラニオセイクラル‧バイオダイナミクスの書籍の到着:時間的制約の超越

 

5484. 今朝方の夢

 

時刻は午前6時半を迎えた。今日もまた新たな1日が始まった。

 

今日という日もまた自分として生きる1日だ。こうした日々が現れては消え、現れては消えを繰り返していく。私は毎朝、この事実に直面して驚く。

 

新たな1日がやってきたことの驚き。しかもそれを再び自分として生きることができることの驚きがある。

 

闇からの便り。早朝の闇はいつも自分に何かを語りかけている。

 

静寂さに浸り、闇の声に耳を澄ませてみると、いろいろなことが聞こえてくる。それらは全て、自分にとってとても大切なことである。

 

ここ数日間は印象に残る夢を見ていなかったが、今朝方は印象に残る夢を見ていた。夢の中で私は、小学校時代に所属していたサッカークラブが使っていたグラウンドにいた。

 

砂利で出来たグラウンドの上を歩くと、当時のことが思い出され、とても懐かしい気分になった。するとそこでタイムトラベルが突然起こり、グラウンドの上には小学校時代のチームメイトたちがたくさんいた。

 

そこから私たちは、ハーフコートのサッカーの試合を始めた。しばらくサッカーを楽しんだのち、いったん休憩を取ることにした。

 

みんな水筒にお茶を入れてきていたらしく、グラウンド脇のフェンスにぶら下げていた水筒を取りに行き、そこで話をしながらお茶を飲んだ。その光景は、当時のものとそっくりだった。

 

休憩後、今度はせっかくなのでフルコートで試合をしようということになった。すると、グラウンドの半分が闇に包まれ、反対側は太陽の光で満ちていた。

 

私は右ハーフのポジションで試合に臨んでおり、私が立っている場所は太陽の光で照らされていた。私は明るい場所から、ちょうど闇と光で半々に覆われた相手のゴール前にクロスを上げることを何度か行なっていた。そこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私はサッカー日本代表の黄金世代の試合をベンチで観戦していた。その試合は、ワールドユースの決勝であり、どういうわけか、私は監督の横に座って試合を観戦していた。

 

決勝の相手はスペインだったが、なぜだか相手のチームにはブラジル人らしき選手が混じっていた。試合が始まると、日本は前半早々に先制点を奪った。左サイドからのクロスをある選手が見事なボレーシュートでゴールを決めた。しかし、審判はそのゴールを取り消し、結局、それは先制点にはならなかった。

 

そこからはお互いに硬直状態が続き、私はベンチから戦況を見守っていた。相手国のスペインの選手の中には、後に大スターとなる選手がいて、私はその選手の動きを見ていた。しかし、その選手は思ったほどの動きはしておらず、それを不思議に思っている自分がいた。

 

すると、私の横に父がいて、父にその選手の動きが思っていたほどではないことを伝え、2人であれこれと意見交換をしていた。そこで夢の場面が変わった。

 

覚えている範囲の夢は以上のものとなる。今朝方見ていたのはどちらもサッカーに関する夢である。

 

私の夢にはサッカーやバスケが登場することが多く、それらは自分が親しんできたスポーツであるから、夢に登場するのもおかしくはないのだが、その頻度が高いことに思わず注目してしまう。サッカーやバスケそのものが象徴していること、そしてそれらを夢の中で行なっている自分が象徴していることはなんなのだろうか。フローニンゲン:2020/1/25(土)06:52

 

5485. 時の流れが緩やかな場所の中で

 

今朝は少しばかり冷えている。今夜は0度まで気温が下がるそうだ。明日からはまた気温が少し上がり、日中に断続的な雨が降る日が1週間続くとのことである。

 

早朝のこの時間は、特に書くことを決めないままに筆を取り、その瞬間に出てきた言葉を形にしている。毎日の作曲実践も同様の形で進んでいく。

 

その瞬間に生起する感覚、そしてその感覚がもとになって生まれた言葉や音は、その瞬間における縁起の産物である。今こうして書き綴っている言葉もまた、この瞬間における縁起の産物であり、唯一無二のものである。

 

2度と同じ言葉や音は生まれないということ。その不思議さに改めて考えを巡らせる。

 

改めて考えると、それは凄いことである。またとない言葉と音がこの世に生まれ落ちるということ。それを考えると、自ずから黙り込んでしまう。そして、敬虔な気持ちになる。

 

今日はどのような言葉や音が生まれるだろうか。それを楽しみに毎日生きているかのようだ。

 

それを楽しみに1日が始まり、明日の言葉と音を思って1日が終わる。そんな日々が続いている。こうした日々そのものも縁起の産物なのだろう。

 

先ほど夢について振り返っているときに、タイムトラベルという言葉が出てきた。「タイムトリップ」が正しいのか、「タイムスリップ」が正しいのか迷った結果、「タイムトラベル」という言葉を使うに至った。結論から述べると、それらは全て正しい言葉のようだ。

 

そこから少しばかりタイムトラベルについて調べていると、ヒンドゥー教の『マハーバーラタ』に、ある王様が天界で創造主ブラフマーと出会い、地上に戻ってくると、とんでもない時間が経過していたという神話があることを知った。また、時間の相対性を扱っている仏教の経典『パーリ仏典』には、天上界では時間の流れが人間界よりも遅く、そこの住人は地上の住人よりも長く生きるという説が展開されているそうだ。

 

年末年始にマルタ共和国を訪れた際に、神話に関する図鑑のような書籍を2冊ほど購入し、それらはまだ読めていない。各国の神話において、時間がどのように扱われているのかには大変興味がある。

 

上述の二大宗教における時間の考え方は大変興味深い。ここ最近読み進めている書籍の考え方を用いれば、階層性のある情報場とエネルギー場において、その高い場においては、時間の流れがより緩やかなのかもしれない。さらには、極度に高度な階層においては、もはや時間が流れていないのではないかと推測される。

 

そうした時間を超越した場について思いを馳せることがここ最近多い。身近な人を例にとってみると、年齢に比べて圧倒的に若い人たちは、ひょっとするとこうした場に知らず知らずアクセスし、その場を通じて生きているのかもしれないと思わされる。

 

時間の流れが緩やかな場所、そして究極的には時間が流れないような場所がどうやら存在しているようだという考えが色濃くなっていく。自分もまた極度に緩やかな時間の流れを持つ場の中で日々生きているように思う。

 

ここからは、さらに時間の流れが緩やかな場所に自分は向かっていくだろう。もしかすると、時間の流れない場所の中で生きることも起こり得るかもしれない。フローニンゲン:2020/1/25(土)07:16

 

5486. クラニオセイクラル‧バイオダイナミクスの書籍の到着:時間的制約の超越

 

時刻は午後の9時を迎えた。今日は珍しく、この時間帯に日記を執筆している。

 

午後に近所の郵便局に不在届けとして届いていた書籍を受け取りに行った。てっきりクラニオセイクラル‧バイオダイナミクスの書籍かと思っていたら、届いていたのは“Infinite Mind The Science of Human Vibrations (1989)”だった。そして郵便局から自宅に戻ってきたら、下の階の誰かが私の不在時に4冊の書籍を受け取ってくれていた。

 

それらは“Biodynamic Craniosacral Therapy”のVolume 2からVolume 5だった。これにてこのシリーズの全巻を入手した。5冊を合計すると2500ページぐらいの分量になり、これからクラニオセイクラル‧バイオダイナミクスを様々な観点から探究していく。

 

意識状態、身体意識の階層構造、情報場とエネルギー場、トランスパーソナル心理学など、それら5冊の書籍を用いれば幅広い探究が可能になる。実際に、それら5冊の書籍にはそうした領域に関する議論がなされている。

 

ちょうど先ほど全ての巻をざっと眺めていたところ、Volume 5は赤ちゃんに対してクラニオセイクラル‧バイオダイナミクスを施術する理論と実践方法が解説されている。それを読みながら、自分に子供が出来たら、出生児の脳の構造的な歪みを治癒する意味合いも含めて、ぜひ赤ん坊のときにこの手法を施術したいと思った。

 

明日からはこれら5冊に加え、"Foundations in Craniosacral Biodynamics, Volume One: The Breath of Life and Fundamental Skills”も読み進めていく。こちらの書籍については、Vouleme 2は後日届く予定だ。

 

オンラインゼミナールが終わって、明日でちょうど1週間になる。ここからは毎日の作曲実践に並行する形で、こうしたヒーリングに関する探究、それに加えてマルタ共和国で購入した神話に関する書籍を通じた神話学の探究、音楽理論に関する探究などを旺盛に行う。

 

午前中にふと、情報場とエネルギー場において、階層性の高い場所は、時間的制約の影響が弱いのではないかということについてぼんやりと考えていた。階層性が上がると、物理的な次元から離れていき、より微細な構造を持つことになるがゆえに、物理的な時間の制約が弱まるのだろうか。

 

そのようなことを考えていると、それに関係するような質問がオンラインゼミナールの質問Boxに上がっており、それについて午後に回答していた。

 

時間を超越して生きることはどうやら不可能ではなく、その鍵は情報場とエネルギー場における高い階層性の中で生きることにあるようだ。もちろん、そこはもう物理的な次元ではないので、肉体を持つ私たちは必ず物理的次元の制約を受けるし、肉体に意識が向かっていれば、当然ながら物理次元の時間の制約を受ける。

 

ただし、ひとたび意識が高い階層性の次元で運動を始めれば、そこでの時間的制約は弱まっていく。そして、その階層性が極度に高まってくると、時間の制約はほとんど働かないのではないかと思われる。

 

手持ちの書籍を通じて情報場とエネルギー場について探究をする際には、このテーマも念頭においておこう。また別途時間については、“The Oxford Handbook of Philosophy of Time (2011)”などの専門書を参考にしたいと思う。フローニンゲン:2020/1/25(土)21:19

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