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5388-5392:フローニンゲンからの便り 2019年12月25日(水)

December 27, 2019

本日生まれた8曲

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タイトル一覧

5388. 睡眠の質と睡眠時間の変化

5389. 音声教材の作成に向けた創造エネルギーの高まり

5390. 創造と休息·休養の円環の中で:鳥人間が登場する不思議な夢

5391. エジプトに行ってみる〜今朝方の夢による導き

5392. 死と復活の神・生産の神オシリスとの出会い

 

5388. 睡眠の質と睡眠時間の変化

 

時刻はゆっくりと午前3時半に向かおうとしている。今朝の起床は午前2:37であった。一度午前2:20に目を覚まし、そこからもう少し眠ろうかと思ったが、もう十分に眠れている感覚があったので、目覚めてから15分後に起床することにした。

 

前回の14日間の断食の効果がまだ持続しているというか、あるいは断食によって細胞の生まれ変わりがようやく完成を迎えたというか、とにかく身体の調子が良い。入眠に関しても、ベッドの上に横たわり、わずか数分以内で夢を見ない深い眠りの意識に落ちていく自分がいる。

 

このあたり、様々な意識の状態を行き来する鍛錬を知らず知らずのうちにこれまで行ってきたことも影響しているだろうが、とりわけ断食によって身体が大きくデトックスされたことにより、意識までもがクリアになり、それが入眠を速やかなものにしていると思う。しかも深い眠りに至るまでの速度が早くなっただけではなく、睡眠の質が見違えるほどに上がっていることを実感する。

 

それこそ数年前まで、例えばアメリカで4年間生活していた時や、その後日本で1年間ほど生活していた時などは、夜10時に寝るものの、起床時間は6時や7時であったりと、随分と長い睡眠時間を取っていた。その頃とは食生活を変え、断食を定期的に行うことによって、身体のデトックスが進み、身体が浄化されたことに伴って意識までもが浄化されて行ったように思う。その結果として付随的にもたらされたのが、高い質かつ短い時間の睡眠であった。

 

当時8時間や9時間ぐらい睡眠を取っていたのだが、今はその半分ぐらいの睡眠時間である。しかし、8時間や9時間ぐらい睡眠を取ったのと同じくらいかそれ以上に寝た感覚があるのが不思議である。

 

身体というのは本当に生まれ変わり、思わぬ力を発揮し始めるのだと実感する。それは意識に関しても同じだ。つくづく人間の可能性は未知なものだと体験的に思わされる次第である。

 

今年もクリスマスを迎えた。オランダは数日前からもうクリスマスムードになっており、今日は大半の店が休みとなる。

 

早朝のこの時間帯は雨が降っているが、今日は晴れとのことである。そうしたこともあり、午後か夕方には気分転換に、近くの運河沿いのサイクリングロードにジョギングをしに出かけようと思う。

 

嬉しいことに今日からはそれほど雨が降らず、晴天の日が増えてくる。マルタ共和国に向けて出発する大晦日も幸いなことに晴れだ。

 

マルタ共和国の天気を見ると、フローニンゲンよりも最高気温·最低気温共に10度ほど高く、そして晴天が続きそうなので、滞在中は快適に過ごせそうだ。マルタ共和国に滞在した後に訪れるミラノの天気を見ると、どうやらフローニンゲンよりも寒いらしいことがわかった。

 

今年のフローニンゲンは今のところ、例年以上に暖かい。だがおそらく、こうした年こそ本格的な冬がやってきたときに大雪に見舞われるような気がしている。いずれにせよ、マルタ共和国では快適な年越しができそうであり、ミラノ滞在中も天気が良さそうなので、大いに観光を楽しむことができそうだ。フローニンゲン:2019/12/25(水)03:34

 

5389. 音声教材の作成に向けた創造エネルギーの高まり

 

時刻は午前3時半を迎えた。今、起床直後より降り始めた雨が止み、静かな世界が再びやってきた。

 

今日はこれから午前9時過ぎまでをめどに、楽しみながら作曲実践に没頭しようと思う。その後、現在進行している協働プロジェクトの一つの仕事に取り掛かる。具体的には、起業家や40代以降の能力の成長に関する音声教材を作っていく。

 

拙書『能力の成長』の内容に沿いながら、書籍に書かれていることをさらによりわかりやすく、そして書籍に書かれていないことを音声教材にしていく。この書籍が出版されてから早いものでもう2年以上経つ。ここで改めて本書を再読し、書籍の内容に対して音声教材を作成していくというのはどこか感慨深い。

 

協働者の方々との打ち合わせを通じて、50個から60個ぐらいの音声ファイル数を目安にしようと思っていたが、いざ音声を撮り始めていくと、その数を遥かに超えていくような感覚がある。監訳書『インテグラル理論』を取り上げた前回のオンラインゼミナールや、現在進行中の今回の実践編のゼミナールでも音声ファイルを補助教材として作成しており、そこでかなりの数の音声教材を作ったこともあり、今回の協働プロジェクトにおける音声教材も随分と多くの音声教材を作ることになるような予感がしている。それはとても自然な衝動であり、内側からの働きかけのようだ。

 

今週末の金曜日と日曜日にはオンラインゼミナールのクラスがあり、平日にはまた別件で1つオンラインミーティングがある。また、来週の今日はもうすでにマルタ共和国にいることもあり、ここから集中して音声教材を作成していきたい。

 

音声教材の完成は1月の第3週までで良いのだが、自分の心は年内に完成させておくことを求めているようだ。また、過去の書籍の執筆やレビューの際と同様に、何かが降ってきている感覚があるため、ここから毎日まとまった量の音声教材を作ることになるだろう。そうしたことが予感される。

 

ここから朝の9時か9時半まで作曲実践をして、そこから昼まで音声教材を作っていく。もし9時に音声教材を作成し始めるのであれば、昼食前に再び息抜きとして作曲実践をしてもいいだろう。

 

いつものようにバイオダイナミック農法で作られた4種類の麦のフレークを豆乳に浸したものを昼食に食べてしばらく他の作業をしたら仮眠を取り、仮眠後もまた音声教材を作っていきたい。それを夕方まで行うのか、夕食後も行うのかはその時になって判断しようと思う。いずれにせよ、音声教材の作成に向けて創造エネルギーが高まっていることを実感できていることは有り難く、湧き上がるような、あるいは降ってきたようなそうしたエネルギーの恩恵を受けながら、教材の作成を楽しみながら没頭していこうと思う。

 

昨日はふとしたきっかけで、「インテグラルアート」という言葉が自分の内側から芽生えた。それは、芸術的に生きること、芸術的に学ぶこと、芸術的に他者や社会に関与することを意味する言葉である。

 

日々を生きることと人生の全てが芸術的なものとなり、そこにインテグラル理論の考え方と実践が含まれているようなイメージが自分の中にあった。今日の音声教材の作成も、そうしたインテグラルアートの一環であるように思えてくる。フローニンゲン:2019/12/25(水)03:57

 

5390. 創造と休息·休養の円環の中で:鳥人間が登場する不思議な夢

 

静けさに満ち溢れた書斎の中で、まだぼんやりと振り返りを行っている。「静けさが満ちる」というのは、まさにここ最近自分が考えている諸々のことにつながってくる。それこそ、有音から無音へ、無音から有音へという発想を持った作曲実践の話と深く関係している。

 

絶対的な静寂さが持つ無音が有音となり、音に満ち溢れた世界が無音に帰っていく。有りや無しやの自己の実現に向けての歩みのみならず、有りや無しやの作曲実践を行っていこう。

 

言葉というのはやはり面白いものであり、これまで何気なく使っていた言葉から様々な発見が得られることが多い。昨日もふと、「レクリエーション」という単語が頭の中に浮かび、それは一般的には、気晴らしや休息·休養を意味する。

 

ところが、その英単語の構成を改めて眺めると、“re-creation”であり、休息·休養は自己を再創造することにつながるだけではなく、絶え間ない創造活動が自己に休息·休養をもたらすのではないかと思ったのである。

 

今の私は、日々創造活動に十全に打ち込めており、それはどこか自己を深く休息·休養させていることをもたらしているように思える。活動が休息·休養をもたらしているというのは不思議に思うかもしれないが、実際にそうなのだ。

 

今朝のように午前2時半から夜の9時半過ぎまで活動に従事していても、一向に疲れる気配はなく、むしろ気力や創造エネルギーが有り余っているように感じられる。そうした状態を生み出しているのはまさに、自分が心から望む活動、いや望むことすらも超越した活動に絶えず従事できているからだと思われる。

 

創造と休息·休養が一体となった形で生み出される巨大な円環運動の中で日々が過ぎていく。今日もそうした1日になるだろう。

 

それでは早朝の作曲実践に入る前に、今朝方の夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、実際に通っていた中学校の体育館の中にいた。今から部活が始まるようであり、バスケコートにはすでにメンバーたちが揃っていた。

 

練習が始まってみると、早速試合形式の練習となった。ただしフルコートではなく、ハーフコートでそれは行われた。

 

私はいつものようにガードのポジションを務めており、メンバーにパスを配給しながらも、時に積極的にゴールに向かって行った。ところが私だけではなく、他のメンバーもシュートは打つものの、全くゴールに入らない状態が続いていた。それは相手チームに関しても同じであった。

 

そんな状況にやきもきしていると、突然私の身体能力が尋常ではないほどに高まり、垂直跳びが通常の2倍ほどの120cmほどの高さになった。すると、ダンクシュートが容易に行えるようになり、私はメンバーの友人が放って外れたシュートをそのままゴールに向かってダンクした。それが最初の得点となり、シュートを決めた後に私は、みんなを鼓舞し、もっと集中して練習しようと持ちかけた。そこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私の目の前にいきなり不思議な生物がいた。それは、古代エジプトの絵画で描かれているような鳥人間だった。

 

その鳥人間は人間の言葉を流暢に話すことができる。どういうわけか日本語も話すことができ、私たちは日本語で話をしていた。そのやり取りは興味深いものだった。

 

鳥人間:「これさ」

 

:「えっ、これは?」

 

鳥人間:「これはある植物だよ」

 

:「これは食べれるの?」

 

鳥人間:「あぁ、食べられる。だけど、それをそのまま食べてはダメだ」

 

:「どういうこと?」

 

鳥人間:「これは確かに栄養満点な食べ物だが、ポイントがある」

 

:「ポイント?」

 

鳥人間:「そうさ。日本人はこれを 物質として全て食べようとするが、それをしちゃあダメだ。中国の仙人でかすみを食べる人がいたことを知ってるかい?」

 

:「あぁ、知ってる。中国の仙人の中には、かすみを食べるだけで栄養を摂っていた人がいるという言い伝えを聞いたことがある」

 

鳥人間:「それと同じさ。この 物質も固形物として食べてはダメなんだ」

 

そのようなことを述べて鳥人間は、 物質の外側に覆われている目には見えないエネルギーを食べ始めた。どうやら日本人は、それを物体ごと全て食べてしまうがゆえに、心身がおかしくなっているとのことだった。

 

鳥人間は口をモグモグさせながら、私にその 物質を手渡してくれ、外側の目には見えないエネルギーだけを食べることを促した。それを食べてみたところ、自分の身体に溢れんばかりのエネルギーが宿った。

 

そこで夢から覚めた。目覚めると午前2時半前であり、そこには静かな活力に溢れる自分がいた。フローニンゲン:2019/12/25(水)04:29

 

5391. エジプトに行ってみる〜今朝方の夢による導き

 

今朝方の夢について振り返りを行ったら作曲実践に取り掛かろうと思っていたのだが、夢の中で現れた鳥人間と、鳥人間がくれた物質及びそのエネルギーを摂取した光景が忘れらず、自然とあれこれ考えている自分がいた。そこで咄嗟の思いつきなのだが、エジプトに行ってみようかと思った。

 

夢の中で登場した鳥人間は、古代エジプトの絵画でよく描かれているものだった。その鳥人間が私に差し出した物質については、その姿形は全く覚えていない。だが、その物質の周りを覆っているエネルギーを摂取した私の内側に、これまでにはないエネルギーが湧き上がってきたことは確かである。

 

夢というのは本当に不思議だ。それは夢の中の出来事なのだが、起床した後に自分の内側にまた新しく巨大なエネルギーが生み出されていることに気づき、実際に今このようにして文章を綴っている今もまだそのエネルギーを感じている。

 

自分の内側のエネルギーすらも生まれ変わるものなのだろうか。エネルギーにも質的差異があり、それは発達していくのだろうか。発達理論の考え方を用いれば、それは決しておかしなことではないように思えてくるし、よくよく考えてみれば、身体エネルギーの質的差異に関する段階モデルなどいくらでもあることに気づく。

 

夢の中の鳥人間が差し出してくれた物質が一体何だったのか気になる。確か鳥人間は、それは植物だと述べていた。それはエジプトでしか取れない植物なのだろうか。

 

エジプトと植物から即座に連想されたのは、パピルスだった。私が摂取したのは、パピルスの原料にあたる植物のエネルギーだったのだろうか。

 

パピルス、それは古代エジプトにおいて、パピルス草から作られた文字の記録媒体である。ひょっとすると、私はそれなのか。私自身がパピルス紙なのだろうか。

 

この世界あるいはこの世界を超えた何かを自己は媒介しており、自己を通じてそれを何らかの手段によって記録するような役割。もしかすると、自分が言葉や音を通じて日々創造活動に従事しているのはこのためなのだろうか?創造活動に向かわせるものの背後には、今朝方の夢が関係しているのかもしれないというつながりが見えてきた。そうなってくると、ますますエジプトに行ってみなければならない。

 

欧州にやってきてからしばらくして、エジプトに関心を持った。だがその時には、単に関心を持っただけであり、実際に足を運んでみるには至らなかった。

 

来年のどこかのタイミングでエジプトに行ってみよう。エジプトは季節によって随分と表情を変えるようであり、先日のヴェネチアでの体験を繰り返さないように、現地の自然状況は事前に調べておこう。できるだけ自分にとって望ましいシーズンにエジプトに行こう。

 

夢の中でエジプトの植物がシンボルとして現れたことをもってしてエジプトに行くというのも不思議なものだが、行くと決めたので行ってみよう。厳密には、そう思う前に自分はもうエジプトに向かっていたのだと思う。それはまさに、先日の日記で書き留めたように、言葉が生まれる前に言葉はすでにどこかに存在しているという状況と似ている。

 

夢の中で現れた植物の姿形は全く覚えていないので、エジプトに行ったとしても、それに出会うことはまずないだろうと思われる。夢の中で姿形を見ていないのだから、出会ったとしても気づきようがない。

 

今少しばかりエジプトの植物について調べてみると、エジプトの植物の神の名は「オシリス」ということがわかった。今から数年前に、ライデンの古代博物館を訪れた時に、妙にエジプト文明の芸術作品、とりわけミイラと棺に関心を持った自分がいた。また、彼らの死生観に共鳴するようなものがあったのを思い出す。

 

そして何より、そういえば博物館の一角に、オシリスを崇めた作品があったのを思い出した!その作品の解説を読みながら、オシリスについて理解しようとしている自分がいたのである。

 

これもまた偶然なのだろうか。そして何かの導きなのだろうか。

 

エジプトに行ってその植物に出会えなくても、オシリスにまつわる何かとは出会えそうな気がする。そしてその出会いを通じて、私は新たな自分に出会うような気がしている。フローニンゲン:2019/12/25(水)04:54

 

【追記】

今、はたと気付かされたが、上記のオシリスに関する一連の気づき、及びオシリスとの出会いは、聖なる日であるクリスマスにもたらされたものだったのだ。フローニンゲン:2019/12/27(金)19:16

 

5392. 死と復活の神・生産の神オシリスとの出会い

 

時刻は午後の7時を迎えた。つい先ほど夕食を摂り終えた。

 

今日はクリスマスということもあって、先ほど少しばかり花火が打ち上げられた。とても小さな花火が数回ほど打ち上げられたところを見ると、おそらく個人がそれを行ったのだろうと思われる。

 

今日は夕方に、とても美しいエメラルド色の空を見た。幸いにも本日は天気に恵まれ、太陽の光を存分に浴びることができた。この季節の太陽の光は優しく、それはほのかな光として感じられる。

 

午後5時半頃になっても真っ暗でない様子を見た時、随分と日が伸びたのだと感じた。日照時間が伸びたことは、これからますます寒さが厳しくなっていく状況において有り難い。

 

天気予報を確認すると、明後日にはマイナスの気温になるそうだ。そこからは予想通り、気温が低くなっていく。

 

この時間帯になって、今朝方の夢について思い出す。夢の中で出てきたシンボルをもとに、古代エジプトの復活再生の神「オシリス」に行き着いた。

 

オシリスはその他にも、「死と復活の神」あるいは「生産の神」とも呼ばれている。とりわけ今の私にとって、オシリスのそうした別名は心に響くものがある。

 

今、私はおそらく我の放伐に向けて、我の死を通して新たな自己を確立するプロセスを歩んでいる。そこには死があり、復活がある。

 

今朝方の夢から辿り着いたオシリスは、今の私の変容プロセスを見守ってくれている存在のように思えてくる。それともう一つ、今日もそうであったが、ここ最近は創造活動に十分に打ち込むことが実現されており、オシリスは生産の神、つまり創造を司る神でもあることが興味深い。ひょっとするとこの点においても、オシリスは私の創造活動を見守り、後ろから支えてくれているのかもしれないと思う。

 

オシリスについて調べてみればみるほどに、今の自分の活動や在り方に関連することが多々あり、驚きを伴った喜びがあった。ひょっとすると、死と復活の神さらには創造の神としてのオシリスが、自分の中に宿ったのではないかと思える。ここからは、自分に死と復活の神·創造の神が宿ったと思って我を超克していく道を歩み、日々の創造活動に取り組んでいこう。

 

もう一つ興味深いのは、オシリスはナイル川の増水の神とも見なされていた点である。先日訪れたヴェネチアでの水害は、オシリスの計らいだったのだろうか。それを通じてオシリスに出会わせようとしたのだろうか。ぜひ近いうちにエジプトに足を運び、オシリスに関する何かと出会いに行こう。

 

オシリスやエジプト文明に対する関心が高まり、数年前にライデンの古代博物館の近くにあった古書店で購入した“The Egyptian Book of the Dead: The Book of Going Forth by Day (2015)”という大型の書籍を再読しようと思う。その書籍にはオシリスの写真が掲載されている。それを眺めることを通じて、また何か発見があるかもしれない。フローニンゲン:2019/12/25(水)19:21

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