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5337-5338:フローニンゲンからの便り 2019年12月13日(金)

December 15, 2019

本日生まれた9曲

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5337. 今朝方の夢

5338. 心身の調律とシャドーワークについて

 

5337. 今朝方の夢

 

起床直後から小雨が降っており、午前7時を迎えようとしている今もまだ雨は降り続けている。今日の最高気温は3度、最低気温は2度とのことであり、両者の間に差がほとんどない。午前中から昼過ぎにかけては雨が止むとのことなので、そのタイミングを見計らって、近所のスーパーに行こうかと思う。

 

それではいつものように、今朝方の夢について振り返ってから、早朝の作曲実践を始めたい。夢の中で私は、小中学校時代を過ごした社宅にいた。時間帯は朝であり、これから小学校に向かう必要があった。それは別に小学校で生徒として授業を受けるためではなく、何か別の用事があるようだった。

 

すると、社宅の下から誰かの声が聞こえてきた。窓の方に近寄ってみると、それは小中学校時代の2人の親友(HS & SI)だった。彼らと一緒に小学校に行く約束をしていたことを思い出し、身支度を済ませてからすぐに降りていく旨を彼らに伝えた。もう準備はほぼ完了していたので、あとはカバンに詰め忘れた物がないかを確認するだけだった。

 

時計をふと確認すると、午前8:55を指していた。1人の親友は、どうしても9:30までに学校に到着したいとのことであり、少し焦っているようだった。しかしうちから学校まで自転車に乗っていけば、30分以内で到着できてしまうため、なんら問題ないと私は思った。

 

念のため、9:25までに到着するようなペースで学校に行こうかと私は彼に提案した。すると、その親友は安堵の表情を浮かべ、「ぜひ」と述べた。自転車の走る速度を少し上げれば、9:25と言わず、9:20までに着くことも可能だと思ったが、そこまで飛ばなさなくても大丈夫かと思い、2人に自分の後ろについてきてもらう形でいざ出発した。

 

すると、あるところから突然、私たち3人は自転車ではなく、父が運転する車の中にいた。どうやら父が私たちを学校まで送り届けてくれるようだった。自転車ではなく車であれば、もっと早く学校に着けてしまうため、とても有り難いと思った。

 

車はしばらく順調に走っていた。だがあるところから、見慣れない山道に車が入っていき、沼地周辺の行き止まりにぶつかった。途中、国道から左折して山道に入っていこうとした時に、私は何かおかしいと感じており、それが的中する形となった。確かに、カーナビではその山道に進むように表示されていたのだが、そのまま国道を走っていくのが正しいルートなのであった。

 

沼地の行き止まりにぶつかった時、父は落胆の表情を浮かべていた。そこで私は、すぐさま正しいルートに戻れば問題ないということを父に伝えた。そこから車は来た道を引き返して行った。

 

国道に戻る直前に、小さな小川が流れている箇所があった。その小川の上を通る形で、一本の橋のような道が作られていた。その道にはガードレールも何もなく、そして細かったため、ちょっと運転を誤ると、小川に落ちてしまう危険性があった。

 

どういうわけか父はその道を通るのではなく、山道から下りてくる力を利用して車を宙に浮かし、車を飛ばす形で対岸に到着しようとした。それはかなりのスリルであり、本当に無事に対岸に到着できるのか少し不安があったが、なんとか無事に対岸に着陸した時に夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、様々な施設が合併した宿泊施設の中にいた。そこには温泉があり、セミナールームがあり、映画館があり、レストランなどがあった。

 

最初私は温泉に入っていた。しばらくすると、見たことのある男女が温泉の更衣室にやってきた。その後ろに撮影用の器具を持った人たちが大勢いて、どうやら2人は俳優のようであり、これからドラマの撮影があることを知った。

 

どのようなドラマか気になったので、温泉から上がった私は、湯冷ましも兼ねて、ドラマの一つのシーンの撮影を見届けた。温泉を出た後に向かったのはセミナールームである。それは自分の意思で向かったというよりも、その時の私は研修か何かでこの施設を訪れているようであり、今から行われるセミナーに参加することが義務付けられていた。

 

セミナールームに到着すると、そこはだだっ広い畳部屋だった。すでにそこには多くの人がいて、見ると彼らは全員、小中学校時代の友達たちだった。部屋の半分を男子が座り、もう半分に女子が座る形となっていた。

 

一体誰がこれからセミナーをするのだろうと待っていたところ、1人の浴衣を着たスキンヘッドの中年男性がやってきた。その人は見るからに柄の悪そうな風貌をしていたが、実際に話始めてみると、確かにストレートな物言いではあるものの、それほど柄が悪い人でもなかった。

 

その人の話のテーマは投資であり、私たちから出てきた一つ一つの質問に対して、その人が回答していく形でセミナーが進められていった。どの質問にも、簡潔でありながらも誠実に答えようとする姿勢がその人から伝わってきた。

 

ある質問に回答し終えた後、窓際の一番端の列に座っていた友人(TF)が突然拍手を始めた。彼にとって、その男性が今行った回答に何か響くものがあったのだろうか。

 

友人のその拍手は、周りの男子たちの拍手を誘い、彼らも一様に拍手をし始めた。そして、女子たちもそれに応じるう形で拍手を始めた。しかし、女子たちはその回答に対して拍手が起きていることを理解していないようであり、講演が終わったと思い込んで拍手をしているようだった。

 

盛大な拍手によって、講演を行った男性は照れ笑いを浮かべていた。しかしその中で私だけは拍手をしておらず、手に持っていた何か筒状のものを左右の掌の上で転がしながら沈黙していた。すると、その男性は私に声を掛けてきた。その瞬間に私の体はもうセミナールームの外にいた。

 

ちょうど夕食どきが近づいていたため、施設内のレストランのどこかで夕食を撮ろうかと思った。しばらくフロアを歩いていると、小中高時代の女性友達の1人(YY)ともう2人ほど見知らぬ女性たちと遭遇した。ちょうど彼女たちもどこかいいレストランがないかを探しているようだった。

 

私たちは一緒に夕食を摂ることにし、フロアをまた歩き始めると、いつの間にか私たちの体はあるレストランの厨房の中にいた。その厨房には、何人かの男女の調理人が料理を作っていた。

 

私の友人はそこでなんと、出来上がった料理の皿を一つ手に取り、それを厨房の外に持って行って食べようとしていた。見ると、一緒に歩いていたその他の女性たちも同様に、各自皿を勝手にとって厨房の外に出ていこうとしていた。私は少し唖然としながら引き続き彼女たちとレストランの中を歩いていた。

 

厨房を抜け、支払いカウンターのところまでやってくると、そこでも彼女たちは驚くべきことに、一切お金を払わずにレストランの外に出て行った。支払いカウンターを見ると、そこには認知症を患っているかのような老女がいて、私たちの方を見て微笑んでいた。

 

勝手に食べ物を持ち出して大丈夫なのかを友人に尋ねてみたところ、大丈夫とのことであり、友人はレジを担当する老女が認知症を患っていることを知っており、私たちが何を持ち出しても気づかれることはないと述べた。すると私の体は突然、またしてもセミナールームにいた。

 

今度は先ほどとはまた違うセミナールームのようだったが、畳部屋であることには変わりなく、そこまたとても広い空間だった。そこでは、友人たちが代わる代わる壇上に上がり、自分の思いを1人で発表することが行われていた。

 

私は畳の上に座りながら、彼らの発表を楽しく聞いていた。ある友人の発表が終わり、今度の発表は高校時代に仲の良かった友人(HH)が行うことになっていた。

 

彼の発表が楽しみであり、何を話すのか期待していたところ、彼は壇上に上がるやいなや、私の方を一瞬見るかのようにして、「ヨウヘイ、明日からお前は来なくていい!」と大声で叫んだのである。そして彼はそれだけを述べて壇上から降りた。

 

私は少し唖然としてしまった。その場には、私以外にも「ヨウヘイ」という名前の友人がいたし、今壇上で発表した彼は、普段私のことを「加藤君」と呼んでいたので、彼が述べた「ヨウヘイ」が一体誰を指しているのかよくわからなかった。彼とのこれまでの関係性を考えると、私のことではないと思ったが、発表の前に彼は私の方をちらりと見たような気がしたので、もしかしたら自分のことなのではないかと思ってしまった。

 

それに気づいた時、なぜか私は彼を2、3回殴り飛ばし、その発表を聞いて笑っていた数人の友人たちを2、3回蹴り飛ばしていた。彼らは全員畳にうずくまりながら悶えており、私が仮にあと数回ほど暴行を加えていたら、彼らは死んでいただろうと思った。そこで夢から覚めた。フローニンゲン:2019/12/13(金)07:36

 

5338. 心身の調律とシャドーワークについて

 

毎朝、あるいは活動の節目節目に、心身を落ち着かせ、心身を調律させていく。調律が歪むのは簡単であるが、調律を整えるのは難しい。

 

社会の中で生きていると、調律がいとも簡単に乱れてしまうのは不可避なのかもしれないが、少なくとも、調律の歪みにすぐさま気づき、それを整えていくということをしていきたい。そして少しずつ、弦をより強固かつしなやかなものにしていき、小さなことで調律が乱れないようにしていくことも大切だろう。

 

先ほど、今朝方の夢について書き留めていた。夢をメモした紙には、それほど多くのことが書き残されていなかったのだが、キーワードを拾っていくと、次々と夢の場面が映画のように映像を伴って思い出されていき、いつも以上に分量の多い振り返りだったと思う。

 

特に印象に残っているのは、やはり夢の最後の場面だろうか。仮に夢の中の友人が、あの発言を私に向かって行ったとしたのであれば、それは少々心が痛む。本音で言えば、彼は間違いなく、私に向かってあの発言をしていたのだと思う。

 

その後に取った私の行動もまた印象に残っている。表情は幾分笑みを浮かべ、頭は冷静でありながらも、やはり内側には怒りのような感情があり、それが別の感情に変容する形で生み出されたエネルギー、あるいは怒りの感情が歪むことによって新たに生まれた別の感情のエネルギーがあり、そのエネルギーの赴くままに、彼とその発言を笑った友人たちを瀕死の状態にまで殴打している自分がいた。

 

壇上で発言をした友人に対しては拳で2回ほど腹を殴り、肘で背中を叩き下ろした。彼の発言を聞いて笑っていた2、3人の友人に対しては、一様に腹に蹴りを入れた後、かかとで背中を叩き下ろした。その後私は、一応彼らが死んでいないことを確認し、うずくまりながら虫の息をしていて少しホッとし、後1回でも暴行を加えたら死んでしまうと思ったので、もうそこからは何もしないことにした。

 

その場にいた他の友人たちは一様に唖然としており、怯えた目で私の方を見ていた。そのような場面について改めて思い出す。

 

つい先日、自分の中にまだ眠っていた新たなシャドーの存在に気づく出来事があった。その出来事について色々と考えを巡らせてみたり、内面と向き合うことを続けていた。そのシャドーをすぐに自分の内側に統合できないだろうと思われたため、ある程度の真剣さを持ってそれについて考えるに留め、それほど深刻に考えることをしないようにした。

 

様々な人と社会生活を送っていると、それに伴ってシャドーが形成されていくのは必然であり、シャドーが姿を表すのも必然なのだと思う。ひょっとすると、私は今、改めてシャドーワークを真剣に行う時に差し掛かっているのかもしれない。その一つの手段として、今行っているように夢日記を書いていくことは有益だろう。

 

書かれた夢に対しても、実はそれを題材にしてあれこれとインナーワークを行っているのが、それについても書き留めてみるのもいいかもしれない。今はシャドーの最良の源泉である夢を題材にして、シャドーワークをより深いものにしていこうと思う。

 

際限なく存在するシャドーと向き合うことはおそらく一生続くのだと思われるため、焦ることなく、緩やかに、そして着実に自分の内側のシャドーを見つめていきたいと思う。そして、健全化されたシャドーを再所有することを通じて、自己の内面をさらに育んでいく必要があるように思われる。フローニンゲン:2019/12/13(金)08:08

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