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5306-5309:フローニンゲンからの便り 2019年12月7日(土)

December 9, 2019

本日生まれた10曲

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タイトル一覧

5306. シュタイナーの政治経済思想の探究に向けて

5307. 世界を「聴く」耳の開発に向けて

5308. 早朝の仮眠中のビジョン

5309. 祈りと感謝の念が持つ力

 

5306. シュタイナーの政治経済思想の探究に向けて

 

「とてもよく寝た」と思って時計を確認したら、午後10時半であり、就寝してから30分しか経っていなかった。確かによく寝たという感覚があり、心身が十分に回復していたように思えたのだが、さすがに30分の睡眠では短いかと思って再度眠りについた。今度もまた「随分と深く眠ったな」と思って時計を確認したところ、明け方の12時半だった。

 

結局今日はその時間帯に起床することにした。昨夜ベッドに入ったのが午後10時前であったから、2時間半ほどの睡眠時間である。

 

時刻は午前1時を迎え、今この時間帯の心身の状態はすこぶるいい。いつもと何も変わらずに、オイルプリングをし、ヨガを行って、白湯を飲んだ。そこから今は、チアシード入りの小麦若葉のドリンクをゆっくりと飲んでいる。

 

今は夜中の1時であるから、書斎の窓から見える赤レンガの家々の電気は大抵消えている。電気は消えていながらも、テレビの光がチカチカしている家があり、その家の住人は私とは全く違う生活をしているのだと思って微笑ましく思った。私はこの時間帯に起き、その住人はこれから寝るのだと思うと、幾分笑みが溢れてきたのである。

 

人の生き方というのは本当に人それぞれだ。毎日の時間の過ごし方も本当に人それぞれなのだと改めて思う。

 

昨日の夜に、イギリスの書店より2冊の書籍が届けられた。1冊は、“The World Is Sound: Nada Brahma: Music and the Landscape of Consciousness (1983)”という書籍だ。こちらの書籍はタイトルから推察できるように、音楽、とりわけ音と人間の意識の関係性をトランスパーソナル心理学の観点から考察している興味深い書籍である。

 

こちらの書籍に関しては、昨夜ざっと全体を眺め、特に目次などを入念に確認していた。今日から早速本書を読み進めていこうと思う。

 

もう1冊は、12音技法を開拓したアーノルド·ショーンバーグが執筆した“Style and Idea: Selected Writings of Arnold Schoenberg (2010)”である。こちらの書籍は分量が多く、600ページ弱ある。

 

こちらの書籍に関しても内容をざっと確認してみたところ、自分の作曲実践に活かせることがたくさんあることにすぐに気づき、上記の書籍を読んでからすぐにこちらの書籍も読み始めたいと思う。ショーンバーグの思想に触れながら、彼が開拓した技術に関してゆっくりと学びを深め、それを自分の作曲実践の中で活用したいと思う。とにかく実用に足る形で学びを深めていこう。

 

上記の2冊の書籍に加え、もう2冊ほど音楽関係の書籍が届く予定になっており、詩と神秘主義に関する書籍も近々届くであろうから、5冊ほどを年末年始にかけてじっくり読み進めていこうと思う。音楽と詩に関する探究を進めていくことに並行して、年明けには、ルドルフ·シュタイナーが執筆したバイオダナミック農法に関する3冊の書籍(“Agriculture Course: The Birth of the Biodynamic Method”、"Nutrition: Food, Health and Spiritual Development”、“What is Biodynamics?: A Way to Heal and Revitalize the Earth”)を購入しようと思う。

 

また、シュタイナーの政治経済思想にも最近関心を寄せており——シュタイナーは教育のみならず、芸術、経済、農業、医療と実に幅広い探究を行っていたことに改めて感銘を受ける——、数冊ほどそのテーマの書籍を購入しようと考えている。具体的には、下記の4冊を購入する予定だ。

 

1. Rethinking Economics: Lectures and Seminars on World Economics (Collected Works of Rudolf Steiner)

2. Social Threefolding: Rebalancing Culture, Politics & Economics - An Introductory Reader

3. The Fundamental Social Law: Rudolf Steiner on the Work of the Individual and the Spirit of Community

4. The Social Question: A Series of Six Lectures by Rudolf Steiner given at Zurich, 3 February through 8 March 1919

 

元々私は大学時代に経済学·経営学を学んでおり、当時学んでいたテーマが幾分形を変えて再び自分の中で立ち現れ始めたのは興味深い。探究というのはどうやら円環構造をなしているのかもしれない。

 

シュタイナーの経済思想の中でも、とりわけソーシャルファイナンスに近しい考え方を学んでいこうと思う。そこから、ブロックチェーン技術(暗号資産)がもたらす新たな経済活動とシュタイナーの経済思想との関係を模索したり、シュタイナーの経済思想がそうした新たな経済活動にどのような貢献を果たしうるのかを考えていく。

 

上記の4冊を年明けに購入し、ミラノの旅から帰ってきたら、本格的にそのテーマの探究を始めていこう。また昨日は、久しぶりに意識の形而上学的な書籍でも読んでみようかと思い、シュタイナーの書籍を探しているときに偶然見つけた“Meditation as Contemplative Inquiry: When Knowing Becomes Love”の購入も検討している。フローニンゲン:2019/12/7(土)01:37

 

5307. 世界を「聴く」耳の開発に向けて

 

時刻は午前1時半を過ぎ、もう間も無くすると、午前2時を迎える。今日は早めに起床したため、朝の創造的な時間を思う存分に活用することができるだろう。そのようなことを考えると、気分が自ずから高揚していく。

 

昨日は、水を欲する植物の根が、水を一気に吸収しようとするような姿勢で、ハーモニーや対位法に関する理論書を読んでいた。その読書体験から得られるものは多く、今日もまた理論書を読み進めていく。先ほどの日記で書き留めた、音と意識に関する書籍と合わせて、作曲実践を豊にしてくれる理論書を並行して読んでいこうと思う。

 

音の響きに関して、グロス次元の音をより詳細に聴き分けられるようになるだけではなく、サトルやコーザル次元の音を聴き取れるような耳を開発していこうという思いが昨日芽生えた。おそらく、今後自分が納得するような曲を生み出すためには、そうした耳が必要になってくる。

 

世界を認識する新たな眼を獲得して日々を十全に生きることに加え、世界を「見る」だけではなく、世界を「聴く」ための新たな耳の獲得が求められる。詩人のリルケはかつて、「見る」ことの次に待っているのは「感じる」ことだと述べていた。対象を凝視する術を得た後に獲得するべきものは、対象を真に深く感じる術なのだ。おそらくリルケは、この世界の実相を眼で深く捉えていただけではなく、世界を「聴く」ことを通じて、世界を深く感じていたのだと思う。

 

サトルやコーザル次元の音を聴き取るような耳を開発していく手段に関して、何か具体的なものがあるか言われると答えに窮するが、実践の方向性は見えている。具体的な実践内容については、シュタイナーの種々の思想からヒントを得ることが可能だろう。そうしたことも踏まえて、シュタイナーの音と色彩に関する書籍を改めて読んでいこうかと思う。

 

今日は一昨日と比べて、比較的暖かい。最低気温が7度もあるので本当に助かる。ただし、ここ最近の天気は悪く、今朝方に天気予報を確認したら、今日から7日間は雨マークが付されている。

 

一日中雨が降ることはないのだが、今日から7日間は太陽の姿を拝むことは難しそうだ。そうであれば、少なくとも、自分の内側の太陽をしっかりと拝もうと思う。

 

今日はこれから早朝の作曲実践をし、それに並行して読書を行っていく。午後には雨が降っていないタイミングを見計らって、街の中心部のオーガニックスーパーに気分転換がてら足を運び、椎茸とバイオダイナミック農法で作られた4種類の麦のフレーク、そして豆乳を2本ほど購入したい。

 

近所のスーパーでもオーガニックの豆乳が売られており、以前までは砂糖が一切含まれていない豆乳があったのだが、ここ最近はそれが入荷されなくなっているため、街の中心部のオーガニックスーパーでこれからは入手することになるだろうか。いずれにせよ今日もまた、今日にしか吹かない風を感じながら一日を十全に過ごしていこうと思う。フローニンゲン:2019/12/7(土)02:04

 

5308. 早朝の仮眠中のビジョン

 

時刻は午前9時半を迎えた。今朝は深夜未明の12時半に起床したこともあり、さすがに先ほど30分ほど仮眠を取った。

 

つい今し方仮眠から目覚めたばかりであり、不思議な意識状態にある。まだ夢と現実の境にいるかのような感覚だ。

 

仮眠から目覚めてみると、辺りはすっかり明るくなっていた。明るくなっていたと言っても、今日は曇り空なのだが、ようやく一日が始まった感覚がある。

 

深夜未明の12時半から活動を開始したおかげか、仮眠を取る時点ですでに6曲ほど短い俳句的な曲を作り、さらには今朝から読み始めたばかりの“The World Is Sound: Nada Brahma: Music and the Landscape of Consciousness (1983)”を全て読み終えてしまった。本書から得たことは随分と多く、近々それほど時間をおかずに再読をしたいと思う。

 

まさか本日中に、しかも朝の時間帯に読み終わるとは思っていなかった。そのおかげで、ここからは作曲理論に関する書籍を読むことに時間を充てることができる。

 

明日からは、アーノルド·ショーンバーグが執筆した“Style and Idea: Selected Writings of Arnold Schoenberg (2010)”を読み進めていこう。こちらは600ページほどの分量があるので、1日で読めるとは思えないが、初読にそれほど時間をかけるのではなく、何度も繰り返し読む中で理解を深めていきたいと思う。

 

仮眠から目覚めたとき、目覚めの一杯としてのコーヒーが心底欲しくなり、先ほど豆を挽いた。ちょうど今、ドリップ仕立てのコーヒーができたところである。

 

早速一口飲んでみたところ、その美味さには自画自賛してしまう。いや、それはコーヒーの淹れ方よりも、豆の質がそもそもいいからだと思った方がいいかもしれない。いずれにせよ、自分が心を込めて作ったことには間違いなく、それがこうした美味を生み出すことに一役買っていたのだろう。

 

先ほど仮眠を取っている最中に、二つほど興味深いビジョンを見ていた。一つには、中学校時代にお世話になっていた個人塾がビジョンとして現れていた。

 

その塾は、小中高時代の友人の父が先生をしている塾であり、先生の指導は厳しいことで有名だったが、私は先生から学ぶことが好きだった。家の一室が塾のスペースになっていて、改築をしたためなのか、私が塾に通い出した頃からすでに、生徒は15人以上は部屋に入れた。私はその部屋にいて、他のみんなが来るのを待っていた。

 

左隣を見ると、先生の息子であり、なおかつ私の友人がいた。彼と少しばかり雑談をしていると、先生が私たち2人にプリントを渡してくれた。

 

見るとそれは、音楽理論に関する問題のようだった。「待っている間にそれを解いておくといい」と言われ、友人と私は問題に取り掛かった。

 

問題は予想外に難しく、そもそも学校で音楽理論など習ったことがないのであるから、それらの問題など解きようがないように思われた。問題を解くことに対して諦めの気持ちと、あまり楽しさも感じられなかったため、何か自分の好きな勉強をしようと思ったところで場面が変わった。

 

次のビジョンの中で私は、友人2人と一緒に、町の小学校の体育館に向かっていた。そこで大学のフットサルサークルの練習をすることになっており、友人2人は違う大学に通っていたが、今日の練習に2人を誘うことにした。

 

体育館に到着してみると、そこにはまだ誰もおらず、私たちは3人でウォーミングアップがてら軽くボールを蹴って遊んでいた。しばらくすると、同学年で後にサークルのキャプテンになった友人(SO)と、一学年上の文武両道の優秀な先輩(TK)がやってきた。

 

2人は同じ授業を履修しているらしく、私たちがボールを蹴っている場所にやってくるまで経済学の話をしていた。2人がやって来たところで、早速練習を始めることになったが、先輩がカバンからパソコンを取り出し、サークル専用のオフィシャルサイトにいくつか歴史的建造物の写真が無許可でアップされていることを指摘し始めた。

 

これは著作権の都合上、あまり望ましくないとのことであった。そして、今すぐにそれを削除しようと先輩は持ちかけてきたのである。

 

私はそれをアップしたのは同じ学年のあるメンバーだと知っていたが、彼の名前を出すことなく、その場で写真を削除することに同意した。写真を削除している間に、先輩に商社での仕事の様子について尋ねてみた。

 

するとそこで、一学年上のこれまた親しくさせてもらっていた2人の先輩(MN & TT)が体育館に笑顔を浮かべながら入ってきた。そこから先もストーリーが展開されていったが、細かくは覚えていない。商社に勤めている先輩が一度どこかで朝食を取ってから、午前9時になったらまた体育館にやってきて練習をするというようなことを述べていたように思う。フローニンゲン:2019/12/7(土)09:48

 

5309. 祈りと感謝の念が持つ力

 

時刻は午後1時半を迎えた。今朝の起床は自分でも笑ってしまうぐらいに早く、夜中の12時半だった。その出来事は今日なのだが、2時間半ほど寝ただけで十分な睡眠を取った感覚があったことを懐かしく思う。

 

先ほど嬉しい出来事があった。朝方に、太陽の姿を拝めることを祈るような気持ちで短い曲を作ったら、午後にわずかばかり太陽が顔を覗かせたのである。

 

時間にして数分ほどの時間であったが、曲に込めた願いが届いたのかと思った。願うような、あるいは何か祈りを捧げるかのような気持ちで作った曲には何か力があったのだろうか。

 

祈りについて思いを馳せていると、今から数年前に訪れたコペンハーゲンの美術館で見た、祈りを捧げる老女の彫像を思い出した。その彫像のモチーフは、祈りを捧げる年老いた修道女であった。

 

その修道女は架空の人物なのだろうか、それとも実際の人物なのだろうか。それは当時の自分にはわからず、今の自分にもわからない。

 

だが、おそらくその修道女が絶えず祈りを捧げるような日々を過ごしてきたのだということは、その彫像に刻印されていた。いや、それは刻印されていただけではなく、それが外側に放射していたのだ。

 

祈りの尊さとその力を感じる。昔ロサンゼルスに住んでいた頃にお世話になっていた合気道の師がかつて、「ヨウヘイさん、祈りには不思議な力があるんですよ」ということを述べていたことをふと思い出す。

 

午前中、感謝の気持ちを失ったら本当にダメなのだということを強く実感する出来事があった。それは太陽が顔を覗かせたのはまた違う出来事だった。

 

この社会で生きていく上で、この世界で生きていく上で、様々な人や諸々の事柄に感謝の念を忘れてはらない。感謝の念には、きっと祈りに似た何か特別なエネルギーが内包されているのだろう。

 

祈りを捧げることと感謝の念を持つこと。それらを絶えず行っていこう。そしてそれらの行為を通じて、自分の言葉と音を生み出していこう。

 

今、午後の楽しみの一つであるコーヒーが出来上がるのを待っている。挽き立ての豆が生み出す豊穣なアロマが部屋の中に広がっている。アロマが書斎の中に満たされていけば行くほどに、自分の心も満たされていく。

 

今日は昨日に比べると、風が穏やかである。今から1、2曲ほど曲を作ったら、軽くジョギングをしながら街の中心部のオーガニックスーパーに買い物に行く。購入するべきものは、豆乳2本、椎茸、そしてバイオダイナミック農法で作られた4種類の麦のフレークである。

 

冷たく寂しげな外の世界が、どこか穏やかな表情で微笑みかけてきているかのように感じる。そんな感覚をもたらしてくれる土曜日の午後だ。フローニンゲン:2019/12/7(土)13:48

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