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5286-5288:フローニンゲンからの便り 2019年12月3日(火)

December 5, 2019

本日生まれた12曲

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タイトル一覧

 

5286. 少し早い目覚めの後に

5287. 目覚めのコーヒーを淹れながら:何かが憑依する体験

5288. 恒常的な幸福感に包まれながら

 

 

5286. 少し早い目覚めの後に

 

今朝は午前1時に起床した。実際のところは、よく寝たなと思って時間を確認したらまだ夜中の12時であり、さすがにそれは少し早いかと思い、一杯だけ水を飲んで再度寝たところ、その1時間後に起きた。

 

昨夜の就寝時間は10時前といつもと変わらず、今日は睡眠時間はそれほど長くないが、とても目覚めが良く、わずかの睡眠でも心身が十分に回復しているのを実感する。そうしたわけで、今時刻は午前1時半を回ったところだが、本日の活動をこの時間帯から始めることにする。午前中に少し休憩が必要だと思ったら、仮眠を取ろうかと思う。

 

睡眠時間は短かったが、今朝方はいくつかの断片的な夢を見ていた。夢の中で私は英検を受けていたらしく、その結果が封筒で届けられた。

 

今回受験したのは英検1級だったらしく、封筒を早速開けてみたところ、結果は合格であった。ただし結果が記載された文面をよくよく読んでみると、最後の方に、後日担当者から連絡があると書かれていた。

 

より厳密には、その文面は受験者に一括送信されたようなものではなく、私宛に個別に送り届けられたものだった。しかもここで言う「担当者」というのは、どうやら試験委員か誰かのようだった。

 

なぜ私に後日連絡が来ることになったのかと言うと、私の得点が合格ラインギリギリだったからだ。実際には、合格最低点の65点だったのである。

 

こうした試験においては、合格点のラインでで合否が真っ二つに分かれるだけなのだから、合格点さえ取ってしまえば別に問題はないと思われたのだが、どうやらその試験委員らしき人は、私の英語力を実際に電話で話すことによって確認したいらしかった。実はそこも定かではなく、私の英語力を確かめたいのか、それともどういう風に勉強したのかを知りたいのかよくわからなかった。

 

いずれにせよ、その人に改めて連絡し、話をしないといけないことが面倒だったので、私はその人に連絡することをやめにして、その葉書を捨ててしまおうと思った。そこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私は大学受験の数学の参考書として有名な「青チャート」の問題を解いていた。それは範囲で言うと、数学IIBであり、学習項目は二項定理に関する証明だった。今度学校でその定理の証明を扱うとのことであり、私がその証明について発表することになっていた。

 

特に準備をする必要はないかと思ったが、一応証明の流れを確認しておこうと思い、参考書の手順に従って再度証明のプロセスを辿った。するとそこで、そういえば大学受験の日が近づいて来ているなと思い、私が受験しようと思っている大学は、とにかく数学の問題が難しいため、数学の学力をより高めていく必要性を感じた。

 

青チャートを少なくともあと何周かしなければならないと思い、受験までの日数を数えてみると、それほど繰り返し問題を解けないかと思い、少々焦りの気持ちが芽生えた。だが私は少々楽観的に、これまで習得してきた自分の数学力であれば、なんとか受験は突破できるかと思った。そこで夢の場面が変わった。

 

今朝方の主な夢はその二つであり、あとはより小さな断片的な夢があった。12時に一度目覚め、その後再度眠りの世界に入っていこうとすると、頭の中に音符が大河のように流れ出し、瞬く間に音符の海が脳内に現れた。脳裏に浮かんだ音符の塊は、小さな楽想のようなものに思えた。そうした音符の流れを目撃していると、作曲がしたいという思いに駆られ、居ても立ってもいられなくなり起床することにした。フローニンゲン:2019/12/3(火)01:57

 

5287. 目覚めのコーヒーを淹れながら:何かが憑依する体験

 

ピヨピヨと小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。時刻は午前8時を迎えようとしており、ようやく少しずつ辺りが明るくなり始めた。

 

今、本日最初のコーヒーを淹れている最中である。今朝は午前1時から活動を始め、6時の段階で1時間ほど仮眠を取った。そこから目覚めて再び作曲をして今に至る。

 

自分の手で豆を挽くというのは一つの楽しみであり、それはどこか農作物を自らの手で作り上げるかのような作る楽しみと、自分が作ったものを味わう楽しみの二つがある。豆を挽いている最中からすでに幸福な気持ちになっていたのは、コーヒー豆が持つ独特の香ばしいアロマゆえだろう。

 

紙のフィルターを使わないでコーヒーを漉せる器具はとても便利であり、今それに挽いた豆を入れ、お湯を注いで少し蒸らしている。この待っている間がなんとも言えない至福の時であり、それもまた空間に漂うアロマゆえだと思われる。

 

昨日、自分の生活に新たな彩りを加えてくれたコーヒーミルたちを購入した店に、コーヒーに関するカラーの図鑑のようなものが置かれていた。それを眺めると、コーヒーの世界もハーブティーやワインの世界と同様に、とても奥深いのだと改めて思った。豆の品種から産地、豆を取り巻く歴史、そしてコーヒーの淹れ方を含め、そこには自分の知らない世界が広がっていた。

 

随分と昔のことになるが、米国西海岸に住んでいた頃は、時折ワインを飲むことがあり、ワインの勉強を少しばかり進めていた。また半年ほど前にはハーブティーにも凝り始め、それは今は継続していないが、そこでもハーブティーに関する学習を行っていた。やはり自分が好きなのはワインやハーブティーよりもコーヒーなのだという気づきが芽生え、コーヒーに関する理解をより深めていこうかと思う。

 

まずは色々飲み比べをしてみるという直接体験を積み、それに並行して図鑑のようなものを1冊ほど購入してもいいかもしれない。そのようなことを考えていると、今後世界の美術館を巡る際には、カフェでコーヒーを楽しむことをより意識したいと思った。さらには、旅先の街で美味しいコーヒー屋を見つけることも旅の楽しみの一つとしたい。今月末にはマルタ共和国に行き、そこから年明けにはミラノにも滞在するため、両都市で早速この新たな楽しみを実現させたいと思う。

 

先ほど1時間ほど仮眠を取った時、実は悪夢のようなものにうなされていた。最初に光を伴うビジョンのようなものが知覚され、その後、身体の中を電流のようなものが走った。

 

そこからビジョンはほぼ夢のような形態を取り、私は森の中にいて、そこで自分の専門領域に関する講義を行っていた。そこから少しばかり離れたところに講義の受講者がいた。

 

私は、パソコンのテレビ電話システムを用いて講義を行っており、森の中でWifiがつながっていることに驚き、それを有り難く思った。すると、場面が変わり、私は現代的なビルの中にいて、うねった複雑なエスカレーターに乗って、上の階に向かっていた。

 

エスカレーターは止まっているように思えたが、私が近づくとそれは突然動き出し、予想以上の速度で動き始めた。それに乗って一つ上の階に行く最中には、下の階を見下ろすことができ、自分が随分と上の階にいるのだということを知った。

 

目的階に到着してそのフロアを歩いていると、各部屋から人の声が聞こえてくるのだが、彼らの姿は見えなかった。大抵は外国人の声がして、日本人の声も時々聞こえてくる部屋があった。

 

部屋の外には、軽食と飲み物が置かれており、ちょうどお腹が空いている頃だったが、私はそれらの質をみたときに、あまり飲み食いしない方が良さそうだと直感的に思った。そこから夢が終わりに近づいてくると、私の体に何かが憑依してくるような感覚があり、そこで恐怖を感じ眼を強引に開けた。フローニンゲン:2019/12/3(火)08:18

 

5288. 恒常的な幸福感に包まれながら

 

とても幻想的な夕焼け空。くれない色の花々が咲き誇っているかのような空だった。今日の夕方の空を思い出しながら、ふとそのようなことを思った。

 

この季節のフローニンゲンは寒さが厳しいが、冬の楽しみの一つは、何と言っても夕焼け空の美しさである。その日の天候状態に応じて、その表情は変化し、毎日異なる絵画の傑作を眺めているような気持ちになる。今日の生きた絵画もまたひどく美しかった。

 

昨日に引き続き、今日も幸福感のうちに始まり、幸福感の中で一日が終わりに向かっている。今朝の起床は午前1時であり、随分と早かった。一度午前6時に1時間ほど仮眠を取ったとは言え、随分と集中して創造活動や読書に勤しむことができた。明日もまた今朝ほどまでとはいかないまでも、早起きをして、朝の創造的な時間を有効に活用したいと思う。

 

自分の至福さの源泉は朝の時間帯にある。その時間帯が幸福であればあるほどに、それに続く時間全てが幸福に彩られる。

 

幸福感を覚えるというのは、インテグラル理論の観点から言えば、確かに一種の状態と言えるかもしれない。だがそれはもはや一時的なものではなく、恒常的なものになりつつある。

 

その背景には、絶えず目撃者の意識状態が継続していることが挙げられる。この小さな自我から外に出て、自我そのものとこの世界全体を外から眺めるような意識の状態が強固なものとして確立されつつあり、そのおかげで私は日々の生活の中で恒常的に幸福感を覚えることができているのかもしれない。

 

夕方に近所のスーパーに買い物に出かけた時、やはり自分は歌を大切にする形で曲作りをしていきたいと思った。とりわけ最近は、複数の歌を組み合わせていく対位法の技術を集中的に学んでいる。また、人間の歌を元にして作られたと言われる教会旋法についても学習と実践を進めている。

 

そのような学習と実践の中で、日々小さな気づきを得ており、それら一つ一つの気づきを大切にしていると、自分の内側に確かに何かが徐々に堆積していくのを感じる。それは学習の進展であり、発達現象に他ならない。

 

松尾芭蕉のように、旅をしながら俳句的な曲を作っていくことへの憧れ。今日もそのような憧れが芽生えていた。

 

現在も旅に出かける際には絶えず曲を作っている。列車の中、ラウンジの中、飛行機の中、旅先のホテルやカフェの中で曲を作っている自分がいる。

 

本当にいつでもどこでも曲を作り、それらがより自由自在の境地で行えるようになりたいと心底願う。今は諸々の理想と現実とのギャップがあまりにも大きいが、絶えず理想に向けて日々の学習と実践を継続していきたい。明日もまた充実した一日になるだろう。フローニンゲン:2019/12/3(火)19:19

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