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5178-5183:ヴェネチアからの便り 2019年11月12日(月)

November 14, 2019

 

 

本日生まれた4曲

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タイトル一覧

5178.【ヴェネチア旅行記】幻想的な音による目覚めとヴェネチア滞在4日目の過ごし方

5179.【ヴェネチア旅行記】イタリアのオーガニック食品事情:「産みの苦しみ」を示唆する今朝方の夢

5180.【ヴェネチア旅行記】ヴェネチアの街から滲み出るもの:ペギー·グッゲンハイム·コレクションを訪れて

5181.【ヴェネチア旅行記】ヴェネチアの商人Andrea Odoni:昨夜のコンサートを振り返って

5182.【ヴェネチア旅行記】不思議な時間感覚:旅行後の断食について

5183.【ヴェネチア旅行記】ヴェネチアで死を覚悟した経験〜自然の脅威

 

5178.【ヴェネチア旅行記】幻想的な音による目覚めとヴェネチア滞在4日目の

過ごし方

 

時刻はゆっくりと午前6時を迎えた。ヴェネチア滞在の4日目が静かに始まった。

 

今朝の起床時間は5時半であり、ここ数日間の起床よりも1時間ほど遅かったが、目覚めた時の心身の状態の良さはいつも通りである。その日が充実し、快眠を取れることほど幸せなことはないのかもしれない。

 

目覚めた時刻と同時に、外からクリスタルボウルのような音が鳴り始めた。それは教会の鐘の音とも異なっており、とても幻想的な響きだった。

 

もしかすると、あれは大道芸人が、朝早く近くでガラスコップを用いて奏でていた音なのかもしれないと思った。いずれにせよ、優しさのある美しい音色だった。その音色は1分ほど奏でられた後に消えていった。

 

起床直後にシャワーを浴びていると、昨夜のことが思い出された。昨夜もまた様々な感動的な体験をしていたように思う。自分の内側に美的体験がゆっくりと蓄積され、それがゆっくりと自分の肥やしになっているのを実感する。

 

天気予報に基けば、昨日は一日中雨の予報だったのだが、雨が降っていない時間帯も随分とあり、非常に助かった。また、雨が降っていたとしてもそれは小降りであり、時にオランダで見るような激しい横殴りの雨ではなかった。しとしとと天からヴェネチアの街に降り注ぐ雨は、大変趣き深いものがあった。

 

どうやら今日もまた一日中雨のようだ。窓の外に広がる世界に耳を傾けてみても、雨の音は聞こえない。どうやら今は雨が降っていないのか、降っていたとしても小雨なのだろう。

 

数日前に、小松美羽さんの作品を見にサン·マルコ広場のギャラリーを訪れたが、広場が浸水し切っていた光景がとても懐かしい。あの出来事は、もうすでに自分の中の思い出の一つになっている。

 

その日はギャラリーが急遽閉まっていたため、その代わりに本日訪れる予定だったアカデミア美術館に足を運んだ。当初の計画では、今日はその美術館だけを訪れようと思っており、そこはすでに訪問したため、今日は夜のコンサートまで自室でゆっくり過ごそうかと思う。

 

この数日間の間に書き留めた日記や曲を編集したり、いくつかの美術館を訪れた際に購入した美術館のガイドブックなどを読み進めたい。また、今滞在している部屋には立派な画集が二冊ほどあり、それにはまだ目を通していなかったので、今日はのんびりと部屋でくつろぎながら、思い思いに画集を眺めたいと思う。

 

今夜のコンサートは、一昨日に訪れた場所で開催される。今回もまた演奏者や会場のスタッフたちがバロック時代の衣装に身を包んで私たちを出迎えてくれるそうだ。

 

一昨日と今日は、ヴィヴァルディの曲を中心とした室内楽を聴いた。一方今日は、オペラを鑑賞する。オペラをコンサートホールで鑑賞するのは生まれて初めてのことであり、とても楽しみだ。

 

演奏目録としては下記の通りであり、イタリアに縁のある人物がずらりと並んでいる。このコンサートに参加した感想は、また後ほど書き留めておきたい。今日もまた、様々な感動が詰まった充実した一日になるだろう。

 

Baroque and Opera

前半

D. CIMAROSA – Sinfonia in re maggiore per Orchestra

W. A. MOZART – “Le Nozze di Figaro”

“Farfallone amoroso” per Baritono

G. ROSSINI – “Il Barbiere di Siviglia”

“Una voce poco fa” per Soprano

J. OFFENBACH – “I Racconti di Hoffman”

“Barcarola” per Orchestra

G. VERDI – “I Lombardi alla prima crociata”

”La mia letizia infondere” per Tenore

G. ROSSINI – “Il Barbiere di Siviglia”

“Il factotum della città” per Baritono

G. ROSSINI – “Il Barbiere di Siviglia”

“Temporale” per Orchestra

W. A. MOZART – “Don Giovanni”

 

後半

G. VERDI – “La Traviata”

“Preludio al primo atto” per Orchestra

G. PUCCINI “La Bohème”

”O Mimì tu più non torni” Duetto per Tenore e Baritono

G. PUCCINI “La Bohème”

”Quando men vò” per Soprano

G. PUCCINI “Tosca”

”E lucean le stelle” per Tenore

G. VERDI “La Traviata”

“Di Provenza il mar, il suol” per Baritono

G. PUCCINI “Gianni Schicchi”

”O mio babbino caro” per Soprano

G. VERDI “Rigoletto”

“La donna è mobile” per Tenore

G. VERDI “La Traviata”

 

ヴェネチア:2019/11/12(火)06:35

 

5179.【ヴェネチア旅行記】イタリアのオーガニック食品事情:「産みの苦しみ」を

示唆する今朝方の夢

 

今、宿泊先の近くにあるオーガニック専門店で購入した八丁味噌を食べている。フローニンゲンの自宅にいる時も、この濃厚な八丁味噌を毎朝スプーン一杯すくって食べることが一つの楽しみになっている。今口の中でゆっくりと溶かしながら食べている八丁味噌もまた美味であり、こうしたものが旅先でも食べられることに改めて感謝の念を持つ。

 

昨日は夕方に、街の中心部のオーガニックスーパーにも足を運んだ。そこは果物や野菜が比較的充実していたが、近所の店と同様に、イタリアのオーガニックな食材の値段は、オランダに比べて随分と高い印象を受けた。日本に比べるとそれはまだ安いと言えるのかもしれないが、日本と同様に、オーガニックなものが一般市民に広く普及するのは、イタリアにおいてもまだこれからなのだろう。

 

随分と昔の話だが、2002年にイタリア·リラが廃止され、ユーロが導入されてから、イタリアの物価は随分と上がってしまったらしい。そのあたりの事情もあって、オーガニックなものが高くなってしまっているのかもしれないと思う。

 

時刻は午前6時半を過ぎた。今、今朝方に見ていた夢の断片をふと思い出した。夢の中で私は、人間の出産現場に立ち会っていた。

 

なんと今から出産をしようとしているのは1歳の女の子であった。まだ言葉も十分に話せないような女の子がこれから出産をするというのは信じられなかったが、周りの人たちは着実にその準備を始めていた。

 

出産の場所は病院ではなく、小川の脇であった。その小川の水深は低く、ほんの少し水が流れていた。

 

出産の準備に向けて動いている人以外に、私の周りには何人もの知人がいた。およそ10名ぐらいの知人がそこにいて、彼らの関係はみんなバラバラであった。協働関係の知人、大学時代の先輩、そして小中高時代の友人など、本当にお互いに繋がりが全くないような人たちがそこにいた。

 

出産の準備が整ったのか、1歳の女の子が和式便所で用を足すような姿勢になり、きばり始めた。隣にいた助産婦のような女性が掛け声をかけ、応援をしているのだが、なかなか赤ちゃんが生まれてこなかった。

 

きばれども赤ちゃんが生まれてこない状態が続けば続くほど、その女の子の疲弊が明らかになっていった。するとあるところで、何かが小川に産み落とされた音が聞こえた。見るとそれは、小さいピアノのおもちゃであった。

 

それが女の子の体から生み落とされた時には心底驚いた。だが、周りの人たちはそれほど驚いておらず、引き続き女の子に応援の声をかけ続けている。

 

そこからも懸命にきばっても赤ちゃんが生まれてこない状態が続き、女の子はまさに生みの苦しみを味わっているようだった。すると、周りの大人たちが各人思い思いに話し始め、気がつけばいくつかの小さなグループができていた。端的に言えば、先ほどまでは一丸となって女の子を応援していた私たちがバラバラになってしまったのである。

 

私はそうした状況と、そこで醸し出されている雰囲気があまり良くないと思った。各人が勝手なことを言い出しており、収拾がつかないような状態に見かねた私は、全員を再度集めて、大きな声で一言述べた。

 

それはその女の子から生まれてこようとしている赤ちゃんの代弁であり、「てんでバラバラなこの状況の中で、誰が生まれてくるか!全員が一つになれ!」というものだった。それを伝えた私の声は荒々しく、ほぼ怒鳴り声のようだった。

 

しかしそれは、私が生まれてこようとしている赤ちゃんから感じ取ったことをそっくりそのまま表現したに過ぎなかった。その何かを訴える願いにも似た声を全員が聞いたとき、その場にいた私たちはまた一つになろうとしていた。そこで夢から覚めた。

 

この夢の場面は大変印象に残っている。新しい生命が持つ固有の願いや想い。そして新たな生命を生み出す苦しみのようなものが象徴されていたように思えた。

 

そして、新たな生命を生み出す時には、様々な人たちの助けが必要であり、しかもそれらはバラバラなものではなく、何か一つに結晶化される形の支援が必要なのだと思わされた。逆に言えば、何かを生み出そうとする者への支援というのは、バラバラなものではダメであり、統合的になされる必要があると言えるかもしれない。

 

個人的には、女の子が最初に産み落としたのがピアノのおもちゃであったことが興味深い。それは、音楽を生み出すことの苦しみを示唆しているのだろうか。

 

一昨日、そして昨日に聴いた作曲家たちの曲は、そのような産みの苦しみを伴ったものだったのかもしれない。その他にも色々と思うところのある夢であり、それらについてはまた思いつく都度、文章を書き留めておきたい。ヴェネチア:2019/11/12(火)07:04

 

5180.【ヴェネチア旅行記】ヴェネチアの街から滲み出るもの:ペギー·グッゲンハイム·コレクションを訪れて

 

リビングルームの窓のカーテンを開けると、そこにはしとしとと小雨が降り注ぐ世界があった。幾分侘しげな灰色の空が広がっていて、ある一つの世界がそこに静かに佇んでいる。

 

ヴェネチアの持つ硬質感は、パリやコペンハーゲンの持つものとはまた異なるように感じられる。パリやコペンハーゲンと同様に、ヴェネチアに堆積されているものの密度はほぼ同じように感じられるが、パリやコペンハーゲンのように、こちらの存在を圧縮してしまうような重々しい感じではない。

 

長大な歴史の風に吹かれてもなお残った、悠久さのある静かな重さがここにある。それは街という一つの生命の魂の重みと言ってもいいかもしれない。街にも魂があり、それには固有の重さがあったのだ。

 

今、近くの教会の鐘の音が鳴り始めた。今日は、今夜のコンサートに出かけていくまでは外に出ず、自室の中でゆったりとした時間を過ごしたい。そのための食料や飲み物は揃っている。暖かいカカオドリンクでも作って、それを片手に思い思いに時間を過ごしていく。

 

旅をすること、日記を書くこと、曲を作ること。それらはやはり自分の人生に与えられた役割なのだろう。

 

旅をすることもまた本当に一つの役割だと実感している。旅によって自己が涵養され、涵養された自己を通じて新たな言葉や音が生み出される。

 

創造と涵養は表裏一体の関係にある。自己を深めていく必要性と必然性が、そのあたりに見出される。

 

昨日、ペギー·グッゲンハイム·コレクションという美術館を訪れた際に、いくつかの素晴らしい作品を見た。ピカソやブラック、そしてバルセロナで深いつながりを持ったミロの作品なども確かに素晴らしかったが、昨日私を捉えたのは、カンディンスキー、クレー、マレーヴィチの作品だった。

 

とりわけ、カンディンスキーの『赤い斑点のある風景 No.2』は実に見事であった。その色使いに魅了され、それはどこかシュタイナー教育における滲み絵のような幻想さを醸し出していた。

 

クレーの『魔法の庭園』にもそうした幻想さがあった。マレーヴィチの作品では、1916年頃に制作された無題の作品が印象に残っている。

 

オーディオガイドの解説を聞いていると、この画家は多次元空間を愛し、超越的な世界に対する希求が強くあったことを知った。その作品で描かれている空間上に浮かぶ幾何学的なモチーフは、キュービズムの影響が見られながらも、独特の世界観が現れている。それは彼が考案した、抽象性を徹底した「シュプレマティスム」の精神を体現したものだと言える。

 

その他にも強い印象が残っている作品は、マックス·エルンスト(1891-1976)が自身の無意識の世界から生み出したであろう悪魔的な雰囲気を醸し出す『花嫁の化粧』、ジャクソン·ポロック(1912-1956)の神話的な雰囲気を喚起する『月の女性』である。

 

ポロックは偶然にも、先日日本に一時帰国した際に購入した美術家の篠田桃紅先生のエッセイの中で言及されており、そこからひと月足らずの期間に実際にポロックの作品群を鑑賞できる機会に恵まれるとは思っても見なかった。何より、この美術館の創始者であるペギー·グッゲンハイムは、ポロックの最大の支援者の一人であり、この美術館にはポロックの多くの作品が所蔵されている。

 

また、篠田先生の書籍の中で言及されていた洋画家の岡田謙三氏(1902-1982)の作品もまさかこの美術館で鑑賞できるとは思ってもおらず、それは大変嬉しい出会いであった。ありきたりな表現になってしまうかもしれないが、抽象的な絵画世界の中に日本的な感性、とりわけ自然を愛でる心が作品の中に滲み出ている点に、大きな共感の念を持った。

 

岡田氏の“I find myself in nature and nature in my self.(私は自然の中に自分自身を見出し、自分自身の中に自然を見出す)”という言葉は、まさに自分が実感していること、そして大切にしていることを言い表しており、岡田氏の思想にも大変強い共感の念を持った。

 

この美術館で感じられたことはその他にもたくさんあるであろうから、それらが言葉の形として現れようとし始めたら、また何か書き留めておきたい。ヴェネチア:2019/11/12(火)07:44

 

5181.【ヴェネチア旅行記】ヴェネチアの商人Andrea Odoni:昨夜のコンサートを

振り返って

 

今、本日一杯目のカカオドリンクを飲んでいる。自室に備え付けられているカップの大きさは品があり、今日はこのカップで何杯かのカカオドリンクを味わうことになるだろう。自室に広がるカカオの香りは香ばしく、それは活動に向けた精神を高めてくれながらにして大いにくつろがせてくれる。

 

ヴェネチアの静かな時と空間の中で、自然と筆を走らせている自分がいる。言葉が生まれようとするその流れは、怒涛の流れというよりも、絶え間なく湧き上がる山水のようである。

 

現在宿泊している場所については、ここ数日間の日記の中でも何度も言及しているように思う。現在宿泊しているのは、Palazzo Odoniという宮殿のようなホテルであり、この建築物が建てられのは1400年代である。

 

最初にこの建物を所有したオーナーは、ヴェネチアの歴史上においても重要人物であったAndrea Odoni(1488-1545)であることが一昨日わかった。今宿泊している部屋から外に出て、廊下を歩いている最中に、壁にかかっているいくつかの絵画を眺めていたところ、彼の肖像画があったのである。

 

その肖像画は“Portrait of Andrea Odoni”という名前で知られており、原画は英国のロイヤル·コレクションが所有しており、今年の初旬にはロンドンのナショナル·ギャラリーで展示されていたそうだ。Odoniは、ヴェネチアで成功した商人として有名であり、肖像画を見ると、その凛とした佇まいと表情から、彼の性格を窺い知ることができる。

 

昨夜のコンサートについて、今改めて振り返っている。昨夜の室内楽のコンサートにおいては、ヴィヴァルディ、メンデルスゾーン、そしてタルティーニ(ヴェネチア生まれのバロック時代の作曲家)の曲が演奏された。演奏目録は下記の通りである。

 

ANTONIO VIVALDI

Concerto violino, archi e cembalo RV. 211

violino, Luca Ranzato

- allegro non molto

- larghetto

- allegro

Concerto per ottavino, archi e cembalo RV. 443

ottavino, Andrea Dainese

- allegro non molto

- largo

- allegro

Concerto per 2 violini, archi e cembalo RV. 514

violino, Giuliano Fontanella, Nicola Granillo

- allegro non molto

- adagio

- allegro non molto

Concerto per flauto, archi e cembalo op. 10 n. 3

"il Cardellino" 

flauto, Andrea Dainese 

- allegro

- cantabile

- allegro

 

FELIX MENDELSSOHN

Sinfonia per archi n. 10

 

GIUSEPPE TARTINI

"Il Trillo del Diavolo" per violini e archi

violino, Nicola Granillo

 

コンサートを聞きながら、改めて創造主になることの大切さを思った。私たち一人一人は、自分の人生の創造主であり、かつ自分の内側から何かを創造していくことを宿命づけられている。それは私にとっては、言葉と音の創造として現れてくる。

 

一昨日や昨日にコンサートで演奏される曲はどれもそれほど長くないのだが、改めて私は、音を通じた俳句のような曲を作っていきたいと思った。冗長さを避け、それでいて自分の感覚を全て表現できるような曲を作っていきたいという思い。

 

私が日本人だからなのか、そして今、日本的な感性や霊性が開かれようとしているからなのか、俳句的な曲を作っていきたいという思いが高まっていく。

 

ヴェネチアの街に降り注ぐ小雨の音に耳を傾けながら、今日は自室でゆっくりと曲でも作ろう。ヴェネチア:2019/11/12(火)08:28

 コンサート会場のChiesa San Vidal

 

5182.【ヴェネチア旅行記】不思議な時間感覚:旅行後の断食について

 

午後に仮眠を取った時、とても不思議な体験をした。それはヴェネチア旅行を通じて自分の時間感覚が大きく変容していることを示すようなものだった。あるいは、時間感覚のみならず、その他の諸々の感覚が変容していることを示すものだったように思う。

 

20分ほど仮眠を取ろうとしてタイマーを設定すると、その20分がごくわずかの時間に感じられた。体感覚としては、時間が10分の1ほどに縮小されたような感覚であった。

 

そこから再度実験的に15分ほど目を閉じてみようと思って、再びタイマーを設定してみると、タイマーが鳴ったのは確かに15分後だったのだが、やはりほんのわずかな時間に感じられた。この感覚をうまく表現することは難しい。

 

半年ほど前に数日間の断食を行った際に、知覚が鋭敏なものとなり、時間感覚が変容する体験をした。強いて挙げるならば、その時の体験と似ているだろうか。

 

ヴェネチアに滞在している最中にふと、旅から戻ったら断食をしようかと思った。旅行から戻った次の日は金曜日であり、自宅の冷蔵庫にはちょうど食べ物などが一切ない状態なので、この機会に数日間の断食をしてみようかと思う。

 

少し前までの計画では、年末に断食をする予定だったが、自分の心身がどうも断食を欲しているように思われる。それは身体的にデトックスをすることのみならず、心の面におけるデトックスにもつながるだろう。

 

昨日、ペギー·グッゲンハイム·コレクションでミロの作品を見た時、バルセロナで訪れたミロ美術館のことを思い出した。この美術館は、ミロの作品が非常に充実しており、そこでミロから様々なものを受け取った。

 

展示作品を眺めていると、ミロもまた空腹を通じて意識を変容させて絵を描いていたことを思い出す。ミロは断食をしようと思って行ったわけではなく、若かりしミロはまだ画家として成功しておらず、食うものに困ってのことだった。

 

だがそれが幸いしてか、ミロは断食状態の中で、異常な集中力と異常な知覚力を獲得し、その力を元に独創的な絵を描いていった経験を持っている。そのようなエピソードをふと思い出した。

 

このエピソードに幾分触発される形で、フローニンゲンに戻ったら数日間の断食を行おう。それは年末の断食の代わりとして行う。

 

今日は本当に外出しなくて正解だった。今の宿泊先には受付がなく、受付担当の世話人にメールをし、新しいタオルとトイレットペーパーだけをもらい、今日は自室にこもってゆっくりしていた。

 

部屋に備え付けられた画集を眺めてみると、ターナー、モネ、ルノワールなどがヴェネチアをテーマにして描いている絵がいくつかあることに気づいた。モネに関しては、昨年にロンドンのナショナルギャラリーでそれらの絵を見ていたのだが、そのモチーフがヴェネチアであることに気づいていなかった。

 

画集をゆっくり眺めたり、過去の日記や曲を編集することを行なって、気づけば時刻は午後の5時を迎えた。今日は午前中に、一昨日よりも激しく運河が氾濫していた。ホテルの前は完全に浸水しており、人々は長靴を履いて運河沿いの通りをジャブジャブと音を立てながら歩いていた。

 

今夜はコンサートがあるため、浸水の状況が心配されたが、浸水がひどいのは満潮の時間帯だけであり、その時間帯が過ぎると徐々に水が引いていき、この時間帯はもう通りは普通に歩けるようになっている。今夜のコンサートに長靴を履いていかなければならないと思っていたが、今の状況であればそれは必要なく、とても有り難く思う。

 

これから少しばかり作曲実践をして、18時半あたりに軽く夕食を摂り、19時半過ぎにホテルを出発して、コンサート会場に向かいたい。今日は人生初めてのオペラ鑑賞となる。ヴェネチア:2019/11/12(火)16:58

 

5183.【ヴェネチア旅行記】ヴェネチアで死を覚悟した経験〜自然の脅威

 

なんとか生きて帰ってくることができた。本当に、意思決定を誤っていれば、死に至っていたかもしれない。そのような体験を先ほどした。

 

もう結論から述べると、数日前の浸水、昨日の朝や今朝の浸水とは比べ物にならないほど運河が大氾濫を起こし、しかも大雨と強風によって嵐のような状態に見舞われた。

 

今から数時間前、そう3時間半前の19時半に時計の針を戻すと、ちょうどその時間に私はホテルを出発し、ヴェネチアの一つの象徴でもあるリアルト橋を渡り、その近くにあるコンサート会場にオペラを聴きに行った。その時はまだ浸水しておらず、幸運だと私は思ったが、幾分強い雨風の状態が気になった。

 

とはいえ無事に会場に到着すると、一昨日よりも早めに到着することができたからか、人はそれほどおらず、バロック時代の衣装を着た係員にチケットを見せて、速やかに会場に入った。早く出発したことが功を奏してか、私は一等席の最前列に腰掛けることができた。

 

そこからは客が徐々に入ってきて、定刻通りに20時半にコンサートが開始された。一昨日と同じオーケストラの演奏を今日も聴くことになったが、今回は前回と異なり、室内楽ではなく、オペラであった。

 

私にとってオペラ鑑賞は今回が初めてであったから、開演前からとても楽しみな気持ちになっていた。実際にコンサートが始まると、やはりバロック時代の衣装のおかげか、その時代のオペラはなお一層のこと美しく聴こえた。

 

バス、テノール、ソプラノの三人の歌手の歌声は本当に見事であり、仕草の中には時に笑いを誘うものもあった。今日もまた夢見心地でコンサートを楽しんでいると、前半部分があっという間に終わった。

 

前半の最後の曲であるモーツァルトの『ドン·ジョヴァンニ』が終わりを告げ、休憩時間に入った時、異変が起こった。

 

宝石に彩られたバロック時代の衣装を着た係員の大柄な男性が観客席に近づいてきて、「大変な浸水になっています。もう今はこんなにも(手で水の深さを示しながら)水が浸水してしまっていて、今から30分後にはもう今の比ではないでしょう」と述べた。

 

一等席の最前列にもその係員がやってきて、私の方見て、「お客さんの格好だと、もう完全に足は浸水ですね」と述べた。最初それを聞いた時、長靴を持参していたからそれほど問題ないと思っていたが、妙な胸騒ぎがした。

 

係員の男性は、「このような天候状態ですが、後半の部も引き続き行います。ただし、これからますます浸水が激しくなってきますので、ご自身の判断で残るかどうかを決めてください」と述べた。私は、同じく最前列の隣に座っていた三人のアメリカ人家族と目を合わせて、「これは困った」という表情をお互いに浮かべた。

 

:「いや~、ひどいことになりましたね」

 

アメリカ人家族の奥さん:「そうですね、まだ後半があるというのに」

 

アメリカ人家族の旦那さん:「あなたはどうされますか?」

 

:「私は前半で失礼します。これ以上浸水が激しくなったら帰れなくなってしまうかもしれないので。とはいえ、ちょっと会場の外を見てきますよ。もし本当に浸水が激しかったら帰った方が良さそうですね」

 

私はそのように述べ、二階のコンサート会場から一階に降り、扉の方に向かっていった。するとそこには、信じられない光景が広がっていた。もう完全に運河の水が氾濫しており、膝の高さにまで水が迫ろうとしていたのである。

 

「これはまずいかもしれない···。今ならまだ長靴の中に水が入らない高さだろう」と私は思った。すぐに二階に荷物を取りに行き、アメリカ人家族に状況を伝え、私は一足先に帰ることにした。

 

彼らは後半の部も最後まで聴くとのことだったので、「後半の部もお楽しみください。帰りはお気をつけて」と述べて会場を後にした。この時まだ救われたのは、コンサート会場に来る際に降っていた雨が止んでいたことである。

 

雨が止んでいたことが唯一の救いであり、そこからおよそ2kmほど、完全に浸水し切ったヴェネチアの入り組んだ道を歩み進むことになった。その時はまだ膝まで水が上がっていなかったが、およそ40cmぐらいまで浸水していた。

 

そうした水の中を歩く様子は、海上自衛隊の訓練かと思わせるものだった。最初私は、このような状態に見舞われることは滅多にないであろうから、そうした状況でさえも少しばかり楽しんでいた。

 

だが、そこからしばらくすると、事態は徐々に笑えないものになっていったのである。途中からはもう完全に膝まで水が浸水し、店やレストランの従業員たちが、ホースのようなチューブを使ったり、バケツを使ったりして、必死に店の中から水を外に出していた。

 

私が宿泊しているホテルの前は水が溜まりやすくなっており、そこに到着した際には、もう膝が完全に隠れてしまうぐらいに水が氾濫していた。一つ私が心配だったのは、浸水仕切った重い扉がちゃんと開くかどうかである。

 

恐る恐る鍵を差し込み、扉を押してみたところ、なんとか無事に扉が開いた。だが、扉を開けたために、一気に水が扉の中に流れ込んできて、水の強力な力に抵抗する形で扉を閉めることは相当に力が必要だった。

 

なんとか無事にホテルに到着できた私は、深い安堵感に包まれた。自室に戻り、ずぶ濡れになってしまったズボンと靴を乾かしていると、窓の外から、朝方に聴こえてきたクリスタルボウルのような音が聞こえてきたのである。

 

朝方はそれを幻想的で美しいと思ったが、私はその音の意味に気づいた。それは浸水や大雨を伝える警報だったのだ。

 

その警報音がなって数分すると、天候はとんでもない方向に悪化した。台風並みの雨と風が吹き始めたのである。

 

もし仮にコンサート会場の係員が述べたように、後半の部までを全て聴き、後30ほど会場を出発する時間が遅れていたら、私は台風のような雨風が吹く中を、腰近くにまで水が上がった道を帰ってこなければならなかっただろう。それを考えると、ゾッとする。

 

自然の力、特に水の力というのは本当にバカにできず、下手をすると、水というのは火よりも危険な力を持っているのではないかと思うのである。仮に欲を出して、後半の演奏を聴いていたら、私は無事にこの日記を書くことができただろうか。あの時、何かおかしいと危険を察知し、前半の演奏が終わった段階で帰ることを決意した自分の直感力に感謝したいと思う。

 

自室に戻ってからは、雨にずぶ濡れになった靴の乾かし方をインターネットで調べ、それを実行に移した。その最中も雨風はどんどんと強くなり、部屋の窓が風で激しく打ち付けられる音が聞こえてきた。

 

部屋の窓は二重窓の作りになっていて、外側の窓を閉めなければならなかった。1400年代に作られた窓は現代の窓とは作りが異なっており、最初どのように閉めればいいのかわからなかった。

 

部屋に吹きつけてくる大雨と風をなんとか避けながら、無事に扉を閉めるまでに少々時間を要した。なんとか窓の扉を閉め、冷え切った体を温めるためにシャワーを浴びることにして今に至る。

 

まさか旅先のヴェネチアでこのような体験をするとは思ってもみなかった。判断が少しでも狂っていたら、死の危険性を本当に感じていただろう。自然の脅威というのはこのようなことを言うに違いない。

 

今回の一件を通じて、自分の本能的な感覚が目覚めたように思う。明後日は無事にオランダに帰れるだろうか?ヴェネチア:2019/11/12(火)23:30

 

【追記】

私が体験したこの出来事は、ヴェネチアの1200年の歴史上、6度目の津波災害だったということが本日に判明した。ヴェネチア:2019/11/13(水)08:50

 高潮と嵐が去った後のヴェネチア(現在滞在中のヴェネチアの様子)

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