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5141-5145:フローニンゲンからの便り 2019年11月6日(水)

November 8, 2019

本日生まれた10曲

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タイトル一覧

5141. 辻邦生先生が残した『パリの手記』より

5142. 年末年始を過ごす場所の検討

5143. ヨーロッパの年越し:今朝方の夢

5144. 通り雨去りし輝く世界:三鷹市のフィッシャー幼稚園での記憶

5145. 魂の具現化としての夢中になれるもの

 

5141. 辻邦生先生が残した『パリの手記』より

 

今朝は5時過ぎに起床した。近頃はもう、最高気温は10度を下回り、最低気温は0度に近づいている。特に起床直後に気温が最も低くなっている。

 

そんな中、目覚めた自分を優しく迎えてくれるのは小鳥たちだ。これまでの経験上、朝の3時台に起床すると、自分の方が小鳥たちよりも早く目覚める形になるのだが、5時ぐらいに起床すると、小鳥たちが美しい鳴き声を上げながら自分を出迎えてくれる。それは開始の祝福だろうか。

 

自分の人生がまた新たな一日を迎えたことに対する祝福。そして私はまた新たな自己として誕生したということに対する祝福。そんな意味合いも含まれているのではないかと思う。

 

昨夜は就寝前に、辻邦生先生が書き残した日記を読んでいた。実際のところ、その日記は日中から作曲実践の合間合間に読み進めていた。

 

以前言及したことのある『パリの手記』というこの5巻にわたる膨大な日記には、いつも大きな励ましを得る。オランダで学術探究を始めた頃、確かにその時はあまり日本語の書籍を読む時間を取ることができなかったし、日本語を読む気力すら沸かないことの方が多かった。

 

しかし私は時折、辻先生のこの日記を食い入るように読むことがあった。この日記が書かれたパリ留学時代の辻先生とちょうどオランダで留学を始めた私の年齢は重なる。そうしたこともまた、この日記を読む上での一つのきっかけとなり、この日記に自分を惹きつけるものの一つになっていたように思う。

 

昨日もこの日記を読みながら、小説家としての辻先生のあり方は、すでにパリ留学時代の頃からあったのだということに改めて気づいた。より正確に言えば、パリ留学時代にその萌芽があり、小説家としてのあり方がその時期に堅牢に確立されたのだと感じた。

 

昨夜ちょうど私が目を通していた第4巻が執筆されたのは、1959年であった。今から60年前である。

 

しかも不思議なことに、60年前にこの日記を書いた辻先生と2019年における今の私の年齢は完全に合致するのである。それは1960年に書かれた最終巻についても同じである。

 

60年前に書かれた日記を手に取った私は、おもむろに日記が収められているケースと共に日記を撫でた。何かが自分をそうさせた。

 

60年も前である。自分のことを一切知らない人が書いた日記になぜこうも心が動かされるのか。

 

窓の外に広がる闇が浸食してきそうな薄暗い書斎の中で、私はこの日記との縁に対して感慨深い気持ちになっていた。

 

辻先生はパリの留学からこの世を去るまで絶えず描き続けた。書くことの意義は、この一連の日記の中に刻み込まれている。そして、書きながらにして人生を深め、人生を謳歌していく道も示されているように思う。

 

辻先生にとって、書くことがもたらす喜びと充実感、そして究極的な美とはいかなるものなのか、それを小説作品を通じて表現するというのはどういうことなのか、そうしたことの方向性というのはもうこの頃に芽生えていたのである。

 

自分は果たして書くことを通じて、それらの自分なりの方向性を見出しているだろうか。日々の瞬間瞬間を生きること、そして日記の執筆や作曲の意義とそれらに伴う喜びと充実感。美なるものと幸福など。

 

書くことそのものと書くことを通じて深めたいことが無数にある。早朝起床してまず思うのはそうしたことであり、今日も背筋を正して自分の取り組みと向き合っていく。フローニンゲン:2019/11/6(水)06:30

 

5142. 年末年始を過ごす場所の検討

 

もう冬のような気温が訪れているフローニンゲン。週間的予報を見ると、明日は夜に雨が降るようだが、それ以外の日は晴れのようだ。幸いにも、今日だけでなく、ヴェネチア旅行前日や当日は晴れのようである。

 

旅行の前日にはボルダリングジムに行って全身を動かし、心身の調整を図りたい。旅行の当日は晴れとのことであり、フローニンゲン駅まで歩くのは清々しいだろう。

 

当初の予定通り、当日は午前10時ぐらいの列車に乗って、列車に揺られながら窓の外の景色を眺めたり、車中で日記を執筆したり作曲をしたりしながら過ごしたいと思う。それはいつも旅に出かける時の列車の中で行っていることなのだが、そうした同じことを通じて新たなものが生み出されることを興味深く思う。

 

今回の旅を通じて生み出される新たな言葉や音との出会いを楽しみにしている。きっとそれらは、今回の旅がなければこの世に産み落とされてくることのなかったものたちなのだ。

 

フローニンゲン駅を10時ぐらいに出発すれば、スキポール空港には昼過ぎに到着できるだろう。そしたらすぐにセキュリティーを通過し、ラウンジに向かいたい。

 

今回はヴェネチアへの旅行であり、イタリアはEU圏内なのでパスポートコントロールもなく、行きも帰りも楽だろう。空港ラウンジは、いつも使うラウンジであり、そこで2時間か2時間半ぐらいの時間をゆったり過ごそうと思う。ちょうど昼時であるため、サラダをいただき、毎回旅行の際に楽しみにしているエスプレッソを片手に日記を執筆したり、作曲をしたりする。

 

いつでもどこでも日記を書き、作曲をすること。それはもうあえて書くことでもないのだが、いついかなる場所でも絶えず自分の言葉と音を生み出すことをやめはしない。

 

とにかくこれを継続していくこと。一生涯にわたってそれを継続していくことが、自分にとって何よりも大切である。

 

ヴェネチア旅行はそれとして大いに楽しみたいと思うが、気がつけば来月はもう12月であり、今年最後の年となる。年末年始の過ごし方についてそろそろ考えておいた方が良さそうだ。

 

昨年私は初めてオランダで年越しを迎えた。いつもは大抵日本で年越しを祝っているのだが、去年からはもう年末年始に日本に帰ることをやめた。

 

オランダの年越しは、想像以上に騒々しく、静かに年越しをしたいと思っている私にとっては、年末年始にオランダにいることはあまり望ましくない。そうしたことから、今年はマルタ共和国で年末年始を過ごそうと以前から考えていたのだが、マルタ共和国の年越しについても近々調べておいた方が良さそうである。そこでも花火などで盛大に年越しを祝うようであれば、静かな年越しをする国の辺境な場所で年を越そうかと思っている。

 

フィンランドがどのような形で年越しを祝うのか定かではないが、例えばフィンランドの北部の自然の中の静かなロッジがホテルで年末年始を過ごすのも良さそうだと考えている。暖炉のあるようなロッジかホテルで、外に広がる白銀世界を眺めながらゆったりと過ごしたいという思い。

 

あわよくばオーロラが見えるかもしれないということに期待する自分。そうしたことを含めて、そろそろ年末年始にどこで過ごすかを決めていこうと思う。フローニンゲン:2019/11/6(水)06:51

 

5143. ヨーロッパの年越し:今朝方の夢

 

先ほどの日記を書き終えた後、今年の年末年始を過ごす候補先であるマルタ共和国の年越しについて調べていた。ついでに、フィンランドの年越しについても調べてみた。

 

すると、どうやらヨーロッパの国々はどこも共通なのか、マルタ共和国もフィンランドも年越しに花火を打ち上げるらしい。大晦日の日も普段と何も変わらずに午後10時前に就寝し、元旦もいつもと同じ時間に起床したいと思っている私にとっては、大晦日の夜の12時まで——下手をするとそこからさらに数時間ほど——花火が上がるのは好ましくない。

 

静かな年越しをするという意味では、ひょっとすると日本が一番なのかもしれないと改めて思う。とは言え、昨年からはもう年末年始に日本に帰らないことにしているため、欧州内で静かに年を越せる場所を自分で発見しようと思う。

 

マルタ共和国やフィンランドも、場所を選べば静かな形で年を越せるかもしれない。どちらの国においても、盛大な花火が上がるのは大きな街であるから、そうした街を避ければいいかもしれない。

 

例えばフィンランドでは、普段は民間人が花火を上げることは許可されていないようなのだが、大晦日の日だけはそれが特別に許可されているようであり、そうなってくると、民間人が多く集まるような街は本当に避けた方が良さそうである。

 

マルタ共和国ではなく、仮にフィンランドで年を越すことにしたら、やはり自然の中のロッジか何かに宿泊し、そこで静かに年を越すようにしようかと考えている。冬でも暖かいマルタ共和国で年を越すのか、雪の降り積もるフィンランドの自然の中で年を越すのか、もう少し吟味してみようと思う。

 

それでは今朝方の夢を振り返り、そこから早朝の作曲実践に取り掛かりたい。夢の中で私は、瀬戸内海のように波の穏やかな海の中にいた。

 

その海は、本来は綺麗であると知っていたのだが、なぜかその時には海の中の視界が悪く、海中がほとんど見えないような状態であった。私は海中に潜りながら泳ぐことを少しばかり楽しんでいた。

 

すると、どこからともなく人の声が聞こえてきた。それは近くで泳いでいる人の声なのか、浜辺にいる人の声なのかわからない。

 

その声に耳を傾けると、「この海は人間の目には見ることができないもので溢れている」とのことだった。人間の目には見えないが、海洋生物であれば見える世界がそこに広がっているということ。その点にまた海の奥深さと偉大さを感じた。

 

そこで夢の場面が変わり、次の夢の中では、私は学校の体育館のような場所にいた。そこは体育館のはずなのだが、なぜかそこではサッカーの試合が行われていた。フットサルではなく、大きなコートで行われるサッカーの試合がそこでなされていたのである。

 

どうやら私もその試合に参加しているようであり、ポジションは右のサイドバックだった。そのポジションは自分にとって不慣れではあったが、相手が私の陣地に攻めてくることはほとんどなかった。

 

私はまるで観戦者のように、その試合に参加しており、こちらのチームの左サイドを務める二人の韓国人の息の合ったコンビプレーは見事であり、前半早々に2点ほど奪った。2点目を奪った時、チームは歓喜に沸いていたが、私は特に強い喜びの感情を抱くわけでもなく、試合の再開に向けて静かに自分の陣地に戻っていった。

 

すると突然、目の前のサッカーコートがバスケットコートに変わった。場所は相変わらず同じ体育館である。そこでは高校の体育の授業が行われており、バスケの試合が行われていた。

 

中学校時代にはバスケ部のキャプテンを務めていた私にとって、バスケは今でも好きなスポーツの一つであり、高校時代も休み時間にはよくバスケをしていた。そんな私であったから、体育の授業でもバスケを楽しんでいたのだが、試合の途中でなぜか自分が交代させられることになった。

 

最初私は、「交代?えっ、自分が?」という驚きがあった。自分の意思で誰かと交代することはあっても、人に交代を命じられたことはそれまでなく、まさか人に命じられて交代させられるとは思ってもいなかったのである。

 

私はまだ試合に出たかったのだが、とりあえず交代をして、コート脇に退いた。だが、コート脇から試合を眺めれば眺めるだけ、試合に出たいという気持ちを抑えることができず、体がうずき出した。

 

そうした衝動を抑えるために、コートの反対側にゆっくり歩いて移動することにした。するとそこには、試合に出られない友人たちが何人か集まっていた。彼らの姿を見た時、自分が交代を命じられたのは、試合に出られない選手の気持ちを、当事者になることによって理解させることにあったのかもしれないと思ったのである。

 

そう思った時、試合に出られないこともまた大きな学びであり、試合を外から見ている最中にも様々な学びがあることに気づいた。そうした気づきを得た瞬間に、小中学校時代の友人であり、かつ中学校時代のバスケ部の仲間であった友人の一人(KM)が、豪快なダンクシュートを決めた。

 

彼の身長は現実世界よりも随分と高くなっており、ジャンプ力も相当に高くなっていた。その次のプレーでは、彼は10mほどジャンプをしながら体を回転させてボールを拾い、まるでそれは空中サーカスのようであった。

 

彼の派手なプレーをコート脇で目の当たりにした私は、またしても試合に出たい気持ちで一杯であったが、その気持ちはやり場のないものであった。しばらくすると試合が終わり、体育の授業が終わった。

 

その次の授業に向けてみんな移動を始めたが、私は体を動かしたらず、次の授業に出ることを放棄して、バスケの練習を一人でただひたすら行うことにした。フローニンゲン:2019/11/6(水)07:50

 

5144. 通り雨去りし輝く世界:三鷹市のフィッシャー幼稚園での記憶

 

先ほど、通り雨が数分間ほど降った。遠くの空は晴れていて、それは美しく輝く涙のようだった。

 

輝く涙のような雨を見ながら、ふと、幼稚園時代のことを思い出した。私はよく小中学校時代のことについて思い出すことがあるのだが、どういうわけか幼稚園時代についてはあまり思い出す習慣がなかった。

 

確かに、それはもう遠い記憶になっているからかもしれないが、自分の魂を形成する上で幼稚園時代はとても重要な時期だったように思う。

 

私は父の転勤の都合上、東京の吉祥寺の幼稚園から三鷹の幼稚園に移った。当時の私からしてみれば、単に隣の市に引っ越しただけでも大きな出来事だったように思う。当時の私は、どこか遠いところに来てしまったという感覚があったのを覚えている。それは別に否定的なものでも肯定的なものでもなく、純粋に随分と遠い場所に移り住むことになったという感覚があったのである。

 

吉祥寺と三鷹が目と鼻の先にあると知ったのは、実は大人になってからであり、大学時代は吉祥寺や三鷹から近い国立市に住んでいたのだが、その時でさえも二つの市があそこまで近いとは思っていなかった。

 

先ほど、三鷹でお世話になっていたフィッシャー幼稚園が今もあるか調べていた。それは今もあった。

 

特にうちはキリスト教などの特定の宗教を信仰しているわけではないが、その幼稚園はキリスト教に基づいた保育を行っていた。実際に、教会で祈ったり、聖書を読んだり、賛美歌を歌っていた記憶がある。

 

特に印象に残っているのは、聖書を読んでいたことかもしれない。聖書を読む時間は私にとって、友達たちとふざける格好の時間であり、教会でおそらく牧師さんのような人が聖書を読んでいる最中は、教会の一番後ろの席で友達たちとよくふざけていたのを覚えている。

 

ちょうど四日前には、教会と幼稚園でバザーが開催されていたようだ。このバザーに関しても、なんとなく記憶にある。また、よく取っていたダンゴムシがいた場所などについても記憶にあり、幼稚園の写真を眺めていると、とても懐かしくなった。

 

この幼稚園が大切にしている三つのことを読んでいると、何かその通りに自分は育ててもらったように感じられた。それらは順に、「イエス·キリストを通して示される神の愛の中で園児が育まれる保育」「神様によって使命を与えられた教師が園児ひとりひとりの個性を受けとめ愛する保育」「幼稚園で過ごすことが喜びとなるように日々の積み重ねを大切にし、見守る保育」である。

 

小学校一年生から高校までお世話になった先生の名前と顔は全て覚えているのだが、残念ながら幼稚園の先生に関しては記憶にない。しかし、愛情を持って育ててもらったということだけは確かな記憶と実感と共に今ここにある。

 

幼稚園や保育園の先生は、もしかしたら子供たちが大人になったら忘れられてしまう存在なのかもしれないが、そうであったとしても、紛れもなく一人一人の子供たちの魂の土台を形成し、大きく育んでいくための極めて大切な存在なのだということを改めて思っていた。

 

通り雨が上がった世界は、聖なる世界のように輝いていた。多くの小鳥たちが讃美歌を歌うかのように空に向かって鳴き声を上げている。

 

自分の中の奥底に仕舞い込まれていた物語が、今徐々に紐解かれていることを感じる。人間の成熟過程とは、つまるところ「想い出すこと」であり、「遠くから中心に還ること」なのだということを思う。

 

今度またいつか東京を訪れることがあったら、三鷹のフィッシャー幼稚園に足を運んでみたいと思う。フローニンゲン:2019/11/6(水)13:00

 

5145. 魂の具現化としての夢中になれるもの

 

時刻は午後の7時を迎えた。今日もゆっくりと一日が終わりに近づいている。

 

今日の終わりは、ヴェネチア旅行への近接を意味する。ヴェネチア旅行に旅立つまであと3日程となった。

 

夕方、ヴェネチア旅行に向けて最後の買い物をしようと思った。街の中心部のオーガニックスーパーに到着すると、ドアに張り紙がしてあり、それはオランダ語で書かれていたため、よく意味がわからなかった。

 

ドアの前に立つと、いつものようにドアが開き、店内には店員を含め、客もいたため、休みの知らせをしているわけではないことがわかった。かろうじてわかるオランダ語の単語から類推するに、銀行のカードが使えないということなのだろうかと推測してたらまさにその通りだった。店員の女性曰く、レジが故障してしまい、今週末まではカードが使えないとのことであり、現金のみ対応しているとのことだった。

 

いつも買い物に出かけるときは、家の鍵とカード一枚だけを持って出かけるため、あいにく現金は一銭もなく、何も買わずにスーパーを後にすることになった。明日と明後日の夕食用のジャガイモをとりあえず購入したかったため、街の中心部の市場に行ってみると、市場はやっていなかった。水曜日は市場は休みであったか。

 

仕方ないので、帰宅途中に近所のスーパーに立ち寄り、そこでジャガイモを購入した。オーガニックのものだと二日分のジャガイモの分量が多いため、今日はオーガニックではないものを購入することになった。

 

帰り際、散歩しながらぼんやりと考え事をしていた。軽いジョギングやウォーキングをする時はいつも自分の内側の何かが刺激されるのか、書斎にいる時には思いつかないことがふと思いつく時がある。

 

もう少し正確に言えば、書斎にいるときの学習や実践が煮詰まり、それが濾過されることによってふと結晶が湧き出てくる瞬間に立ち会えるのが、軽いジョギングやウォーキング中だと言ったほうがいいだろうか。

 

赤レンガの家々の前の道に敷かれた落ち葉の絨毯を眺めていると、夢中になれるものというのは、自らの魂が具現化されたものなのではないか、あるいは魂がこの世界へ投影されたものなのではないかと思ったのである。

 

夢中になれる対象がなんであれ、それは自己の魂をありありと映すものなのである。そのような気づきが芽生えた。

 

そうした夢中になれるものへ没入し、一体化することを通じて、私たちは自己の魂を省みることができる。魂の現れとしての対象を通じて、魂そのものを内省していく。その過程で魂は深まっていくのではないだろうか。

        

自分にとって、魂が具現化された実践はなんであろうか。それはもう明確なものになっている。後はその実践を愚直に継続していくこと。これに尽きる。

 

そうした実践に没頭·没入することによって、魂を省みながらにして魂を育んでいく。

 

夢中になれるものを見つけ、それを大切にすることの尊さの本当の意味が見えてきた。夢中になれるものを見つけるというのは、自己の魂の発見だったのである。

 

そしてそれを大切にして夢中になり続けるというのは、魂と一体化して人生を生きていくことだったのである。それが魂と一致した生き方なのだろう。

 

自分の魂との寸分違わぬ一致。それが究極の自己一致なのかもしれない。そうした自己一致の中で明日からまた人生を歩んで行こう。フローニンゲン:2019/11/6(水)19:25

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