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5126-5130:フローニンゲンからの便り 2019年11月3日(日)

November 5, 2019

本日生まれた8曲

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タイトル一覧

5126. 来週の今頃は:ウィーン再訪計画

5127. 民族音楽の探究と今朝方の夢

5128. 今朝方の夢

5129. 今朝方の夢の続き

5130. 自然音を聞きながらの夕食:言葉を超えた世界の認識と生命の流れとしてのメロディーの創出

 

5126. 来週の今頃は:ウィーン再訪計画

 

時刻は午前6時を迎えた。静けさと闇に包まれた日曜日が静かに始まった。

 

今、換気のために書斎の窓を開けていて、開かれた窓から小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

どうやら昨夜は雨が降ったようであり、地面が濡れている。おそらく街路樹もまだ雨で濡れているのではないかと思う。

 

そんな木々に立ち止まりながら音楽を奏でている小鳥たち。そうだ、音楽はどのような場所でもどのような環境においても奏でることができる。そんなことを小鳥たちは教えてくれている。

 

来週の今頃はもうヴェネチアにいる。ヴェネチアに到着するのは土曜日の夕方で、ちょうど来週の今日から本格的にヴェネチア観光を始める。

 

観光初日は、ヴェネチアを代表するサン·マルコ広場近くにあるギャラリーで小松美羽さんの作品を見る。その後、音楽博物館に立ち寄る。そのような計画を立てている。

 

今回のヴェネチア滞在も、先日の日本滞在と同じようにゆったりとした時間を過ごして行こうと思う。一日に巡る場所は最小限にして、ぶらぶらと街を歩いて様々なものを見て、様々なことを感じよう。

 

今小鳥たちが雨に濡れた世界の中で音楽を奏でているのと同じように、ヴェネチアにいてもどこにいても、日記の執筆と作曲実践を行なっていこう。

 

いついかなる時にも創造の手を止めないこと。絶え間ない創造によって作られ、そして彩られていくのが自分の人生だ。

 

ここ数日間、クリムトとシーレに関する芸術雑誌をよく眺めていた。それは就寝前の一つの楽しみであり、二人が芸術家としてどのような道を歩いてきたのかということや彼らの作品、そして二人の関係について色々と知ることができた。

 

またどこかのタイミングでウィーンに足を運びたい。今度は、ウィーンの美術館でクリムトとシーレの作品を鑑賞したいと思う。

 

前回ウィーンを訪れたときには、もっぱら作曲家の博物館を巡っていた。もちろん美術館にも足を運んだのだが、その時にはクリムトとシーレの作品を意識的には見ておらず、作品を見たかどうかの記憶さえない。

 

仮に見ていたとしても、その時の自分には響かなかったのだろう。だがおそらく、今なら彼らの作品が何かしら自分に響いてくるだろうと思われる。だからウィーンに再度足を運ぼうと思う。

 

次回ウィーンを訪れる際には、クリムトとシーレの作品が所蔵されてる美術館をいくつか巡り、そしてハイドンの博物館に立ち寄りたい。前回は、モーツァルト、ベートーヴェン、シューヴェルトの博物館には立ち寄っていたが、ハイドンの博物館には立ち寄っていなかった。ハイドンも自分に影響を与えてくれた大切な作曲家である。フローニンゲン:2019/11/3(日)06:24

 

5127. 民族音楽の探究と今朝方の夢

 

小鳥たちの清澄な鳴き声が依然として外の世界に響き渡っている。そんな中を先ほど、先日実家に帰った際に父から教えてもらったルーマニアのロマ族のバンド「タラフ·ドゥ·ハイドゥークス」について調べ、彼らの演奏を少しばかり聴いていた。

 

このジプシーバンドは、ルーマニア·クレジャニ村という場所で結成されたらしい。この村で生活をする人たち、いやロマ人にとって音楽は本当に生活に根付いたもの、さらには人生に根付いたものとなっていることがわかる。

 

彼らの演奏にしばし耳を傾けていると、今後はより一層民族音楽のリズムやメロディーに関心を持ってみようと思った。以前にポルトガルのリスボンを訪れた際に、そこでファドという民族音楽の博物館に足を運んだように、今後の旅を通じて、民族音楽に関する博物館には積極的に足を運びたい。

 

そうした民族音楽との出会いを通じて、そこでしか育まれない感性や感覚を自分の中に少しでも取り入れていき、作曲の幅を広げていきたい。世界の様々な場所に、多種多様な音楽が存在していることに改めて驚き、そこに人間の多様性を見る。

 

それでは早朝の作曲実践の前に、今朝方の夢について振り返っておきたい。今朝はいくつか印象に残る夢を見ていた。

 

夢の中で私は、現在フローニンゲンで住んでいる家に近いアパートに住んでいた。そこでも三階に住んでいるらしく、ちょうどこれから引越しをすることになっていた。

 

母が引っ越しの手伝いに来てくれ、引っ越し業者の手配までしてくれた。もう少ししたら引っ越し業者が到着するという頃になって、段ボールを止めるテープがないと母が述べた。

 

普通であればガムテープで段ボールを止めると思うのだが、私たちは最初から小さい両面テープで段ボールを止めるつもりでいた。その両面テープが見つからなかったのである。

 

引っ越し業者が間も無く到着するのに、まだ段ボールが開いたままだとまずいとのことで、母はとても焦っているように見えた。一方私は、そんなことを焦ってもしょうがないという態度で、書籍の中身を確認しながら悠長に段ボールに書籍を詰めて行った。

 

すると今度は、靴がないと母が言い始めた。玄関で脱いだはずの靴がないとのことであった。私は「そんなはずはない」と思ったが、確かに玄関には見当たらなかった。

 

そのアパートは不思議な作りをしており、各部屋にトイレがあるだけではなく、一階にも共同トイレがあるようであり、そこに脱ぎ忘れたのではないかと母に述べた。トイレに母の靴がないかを確認するため、私は階段を降りて行った。

 

すると二階の部屋の扉が大きく開いたままになっていることに気づいた。すると中からポーランド人の比較的若い男性が出てきて、笑顔で何かを私に告げている。

 

私はポーランド語がわからなかったので英語で話しかけてみると、彼は英語があまり話せないようであり、結局何を言っているのかよくわからなかったが、どうやらどこかの国の大統領が今からここにやってくるとのことだった。そんなはずはないと私は思ったが、一階からそれらしき人が階段から上がってきた。

 

だがよくよく見ると、それは大柄な知り合いの日本人だった。その方に簡単に挨拶を済ませて一階に降りたとき、三階の自分の部屋から、「あった!」という母の声が聞こえ、どうやら両面テープが見つかったそうだった。「じゃあ後は靴だけか」と思いながら、私は一階に降りて母の靴を探し始めた。そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/11/3(日)07:07

 

5128. 今朝方の夢

 

つい先ほど今朝方の夢について振り返っていたが、まだ夢には続きがあるため、それらについても振り返りをしておきたい。起床直後に夢を裏紙に走り書きしていたおかげもあり、依然として鮮明な記憶として残っている。

 

夢の中で私は、山道を運転するトラックの助手席に座っていた。そのトラックを運転していたのは小中高時代の友人(SN)であった。

 

彼は穏やかな性格を持っているのだが、なぜか車の運転に関しては少々乱暴のように思えた。実際に、カーブがきついこの山道にあっても相当のスピードを出しており、私は冷や冷やしながら助手席に座っていた。

 

あるところで、さすがにスピードを出し過ぎだろうと思ったので、彼にその点を指摘した。本当に命の危険性を感じたため、なんとか彼にスピードを緩めてもらおうと私は説得したのである。

 

しかし彼はそれを聞こうともせず、引き続きスピードを出したまま運転を続け、大きなカーブに差し掛かったとき、それを曲がりきれず、私たちが乗っていたトラックはガードレールを突き抜けて、山の下の方に向けて転がり落ちてしまった。

 

なんとかトラックが止まり、幸いにも私たちには怪我はなかった。私は「あれだけ忠告したのに···」と友人にぼやくと、彼は血相を変えて、「車を運転しているのは自分なんだ!指図しないでくれ!!」と泣きながら述べた。

 

私は彼の表情と行動を見て、彼は人から何か言われることに対して心のトラウマがあるのだと察した。それに気づいたとき、夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私は実際に通っていた高校の教室の中にいた。教室は薄暗く、私以外に数人ほどしか人がいなかった。どうやらそれらの人は学校の生徒ではなく、部外者のようだった。

 

いったい誰かと思って近づいてみると、どうやら日本人のプロボクサーのようだった。彼はいつでも試合を始められるような格好をしており、上半身は裸だった。

 

すると教室の前の扉から、またしてもプロボクサーらしい男性が入ってきた。その男性はどうやらタイ人のようであり、相当にがたいがよく、強そうに見えた。

 

これから二人が試合をするのかと思いきや、どうやらすでに試合は終わっていたようであり、あまり強そうに見えない日本人プロボクサーの圧勝だったそうだ。

 

タイ人のプロボクサーは最初はガンを飛ばしているように見えたのだが、どうやらその日本人選手に敬意を表しに来たらしかった。タイ人の選手は片言の日本語で、「ホントウニ、メッチャツヨカッタデス」とその日本人選手に笑顔で述べ、その日本人選手も笑顔で「ありがとう」とお礼を述べた。

 

二人はボクシンググローブをはめたまま、その場でもう一度拳を合わせ、お互いの健闘を称える意味で抱き合った。その光景は大変清々しいと思っていたところ、突然教室の前の扉から、高校時代の国語の先生が教室に入ってきた。

 

先生は185cmぐらい身長があり、柔道を長くやってきたこともあって、がたいが本当によかった。先生は、日本人プロボクサーを呼びつけ、廊下に出させ、彼のことをしかり始めた。

 

どうやらそのボクサーは先生の教え子のようだった。先生が何について叱っているのか気になったため、廊下に出てみると、「なんだその腹は!それがプロボクサーの腹か!」とプロボクサーの腹の脂肪について怒っているようだった。

 

今回は運良く試合に勝てたが、そのような体調管理ではもう次は勝てないということを伝えているようだった。

 

タイ人のボクサーが先生と負けないぐらいの身長であったため気づかなかったが、その日本人ボクサーも本当は180cmぐらいの身長があった。だが、先生の前に立つと身長が縮んでしまい、173cmぐらいになっていることに気づいた。そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/11/3(日)07:27

 

5129. 今朝方の夢の続き

 

昨日は午前中に雨が降り、午後からは晴れ間が広がっていたが、今日はどうやらその逆のようである。そうしたことから、近所のスーパーに昼前までには足を運んでおきたいと思う。そこでリンゴと玉ねぎを買う。

 

今、カラスのような鳴き声がどこからともなく響いてきた。そういえば、オランダには日本にいるようなカラスはいない。種類の違う小鳥のようなカラスならいる。それが今鳴き声を上げていたのだろう。

 

今朝方の夢について先ほどまで振り返っていたが、そういえばまだその他にも夢を見ていたことを思い出したので、それらについても書き留めておきたい。夢の中で私は、大きな湖の岸辺に立っていた。

 

湖には一艘の大きめなボートが浮かんでおり、そこに何人か人が乗っていた。遠くの方から目を凝らしてボートに乗っている人たちの顔を確認しようとすると、なぜかその瞬間に自分もボートの上にいた。

 

ボートには見知らぬ男女が乗っていて、何やら楽しげに話をしていた。ところが、突然湖に爆弾のようなものが投げ込まれ、湖の水がしぶきを上げ始めたのである。

 

私は一刻も早くこの場から逃げなければならないと思った。その瞬間に自分の身体が消え、意識だけの存在になった。そこからは、意識だけとなった自分の目を通してその続きを眺めていた。

 

ボートの上にはどこかの国の首相か大統領が乗っており、彼はボートから湖に飛び込み、潜水して逃げることを選択していた。その他の人たちは、手持ちの手榴弾で応戦しようとしていた。

 

どうやら爆弾を投下してきたのは機械ではなく、人間だったようであり、しかもその人間たちもボートに乗って現れた。二艘のボートが互いに近づき、そこからは手榴弾を含め、激しい戦いが始まった。

 

そうした光景から場面が切り替わり、私はあるレストランの中にいた。そこには小中学校時代の二人の友人(YU & KS)がいて、二人はパスタを食べていた。

 

すると、一人の友人がパスタのソースを服につけてしまったようだった。それを必死に拭き取ろうとする友人。

 

その傍ら、もう一方の友人は、現在休暇中とのことであり、休暇の期間に特製ジュースを作ると言って張り切っていた。どのようなジュースを作ろうとしているのか尋ねようと思ったところで場面が変わり、今度は雨の中の駐車場に私はいた。

 

そこで私は、一人雨に打たれながらリフティングの練習をしていた。もう少しすれば、友人たちがその場に現れることを知っていて、一緒に帰ろうと思っていた。

 

しばらくすると、小中高時代から付き合いのある一人の親友(NK)を含めて、何人かの友人が現れた。私は彼らと一緒に帰ろうと思っていたのだが、彼らは私に気づくことはなく、親友が運転する車で先に帰ってしまった。

 

一人駐車場に取り残された私は、この際もう少しリフティングの練習をしようと思い、雨の中引き続きリフティングの練習をしていた。しばらくすると、その親友の母親がやってきて、心配して車に乗せて家まで送ってくれると言う。

 

しかし私はその厚意に甘えることをせず、「一人で走って帰るから大丈夫です」と伝えた。すると親友のお母さんは、「あとでうちに寄ってね。渡したいものがあるから」と述べた。

 

「あとで」と言うのは今日中のどこかでという意味だと分かってはいたが、私は「後日また立ち寄らせていただきます」と述べた。そこで夢から覚めた。フローニンゲン:2019/11/3(日)08:03

 

5130. 自然音を聞きながらの夕食:言葉を超えた世界の認識と生命の流れとしての    メロディーの創出

 

音楽をかけることもなく、ただ食事を味わう形で夕食を摂ることをここ最近心掛けている。そのようにしていただく夕食は、以前に比べて遥かに美味い。

 

クラシック音楽をかけながら夕食を食べることも悪くはないが、音楽は実は相当の情報量を持っているように思え、そこに意識が向かうと、その情報を処理·咀嚼することにエネルギーが注がれてしまい、夕食を真に深く味わうことが難しくなってしまう。

 

夕食の時に耳に入れて良いのは、先ほど夕食を摂っていた時にも聞こえていた雨の音や風の音などの自然音だろうか。いずれにせよ、ここ最近は一つ一つの動作·行動を味わうことが習慣になっており、それはとても望ましい。

 

夕食を摂り終えた時にふと、アイドリングから覚めた意識が思いついたのは、言葉を紡ぎ出すことを継続し、言葉で表現できる限界まで近づくと、言葉にならない超越的な世界の一端が時に垣間見られるということだった。それは蛍の光のようであり、最初の光だけではそれが何か全くわからないのだが、二回、三回とその光を知覚すると、それがどうやら蛍だということがわかってくる。

 

日々このようにして取り留めもなく日記を書き続けていると、言葉の認識世界を超えた世界が突如として開けてくることがあり、その世界の知覚現象が何か一瞬の煌めきのように知覚されることがある。そうしたことが時折あるなということを先ほど考えていた。

 

ここから私は、言葉を超えた世界を把握するための直観的認識というのは、やはり言葉を通じて、言葉を超える形において発揮されるのだろうということを思った。端的には、言葉を超えた世界にアクセスするためには、やはり言葉を用いる必要があり、しかもそれを限界まで使用し、言葉の力が及ばなくなるところまで行かなければならないようなのだ。

 

それとは全く別の事柄についても先ほど考えを巡らせていた。その瞬間の生命の流れが如実に現れる墨絵を描くように、生命の一瞬かつ一度限りの流れをメロディーとして表現したいという思いが湧き上がってきた。

 

生命の流れとしてのメロディーを捉え、それを形にしていく試み。それを行っていこう。

 

それに加えて、引き続き優れた作曲家の楽譜を参考に、模写的な作曲実践を続けていく。過去に自分の言葉の感性を養うために、書籍や論文を写経していた地道な実践を思い出そう。

 

それを何年もやっていた自分がいたことを思い出そう。模写は、他者の生命の流れを理解するように努めることであり、そこから自分の生命の固有の流れに目覚め、それを形にしていくことにつながる。

 

来週の土曜日にはヴェネチアに旅行に出かけるのだが、その前日にボルダリングをしようかと考えている。ボルダリングを行うことそのものが楽しいのだが、それは創造活動を営むための身体作りづくりの意義もある。ボルダリングのような知的全身運動を行っていると、生命の流れが活発かつ円滑になることを実感している。

 

自分の内側から言葉と音をより自然な形で生み出したいのであれば、それを可能とする身体を育んでいこう。それは当たり前のことなのだが、それを常に自分に言い聞かせるようにしたい。私たちは自分にとって最も身近な存在であるはずの身体を蔑ろにしやすいのだから。

 

明日からは新たな週を迎える。明日からの新たな週もまた、この人生で一番充実した週になるだろう。新たな週、新たな日は、絶えずこれまでで最も充実したものになる。フローニンゲン:2019/11/3(日)19:26

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