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5112-5117:フローニンゲンからの便り 2019年10月31日(木)

November 2, 2019

本日生まれた6曲

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タイトル一覧

5112. 空気の綺麗な場所での生活について

5113. 「先生」と呼べる人物を持つことの有り難さと大切さ:人間関係のフラットランド化に抗って

5114. 不幸が続くフローニンゲン:生と死の存在と非在について

5115. 今朝方の夢

5116. 飛行機を用いた長旅に関する実験

5117. 楽しみで始まり、楽しみで進行し、楽しみで終わる日々

 

5112. 空気の綺麗な場所での生活について

 

現在の時刻は午前7時半を迎え、気温はマイナス1度である。30分ぐらい前に太陽が昇り始め、今ほのかな光を地上に届けている。

 

つい先ほどゴミ捨てのために外に出てみたのだが、マイナス1度の世界はとても寒く感じられた。だが不思議と、それが嫌な寒さではなく、凛とした寒さとして知覚された。

 

気がつけば、10月も今日が最後だ。自分の誕生月が去り、また新しい月がやってくる。

 

今日はマイナス1度まで気温が下がるが、明日からはもう少し暖かくなるようだ。おそらくそれは、明日から1週間小雨が断続的に降ることと関係しているかもしれない。

 

昨日と今日は特に快晴であったが、明日からはあまり太陽の姿を拝むことができないかもしれない。ヴェネチアに旅行に出かける直前まで天気が悪そうだが、なんとか前日ぐらいは快晴であって欲しいと思う。

 

先ほどゴミ捨てのために外に出た時、早朝の朝の空気は新鮮で美味く感じられた。ところが先日ふとインターネット上で目にしたフローニンゲンに関するニュースによると、オランダは国全体として空気がそれほど綺麗ではなく、フローニンゲンもその例外ではないそうだ。

 

正直なところ、これまで世界の様々な場所に住んだり旅行に出かけたりした経験をもとにすると、オランダの空気は綺麗な方である。しかしそのニュースで取り上げられていた測定結果をもとにすると、それほど綺麗ではないことがわかり、だとすると、その他の国々空気は相当に汚染されていると思われた。

 

もちろん、その測定はオランダの大都市のしかもゴミゴミとした場所でなされたものだと思われるため、オランダの全ての場所の空気が一様に綺麗ではないと言えるわけではないと思う。そのニュースの記事では、「高速道路の周りやゴミゴミとした街の中心部を避け、公園の近くの家に住みましょう」とあまり現実的ではない解決策を提示していたが、確かに道路や人が密集する場所を避け、自然がある公園のような場所の近くであれば空気はそれほど汚染されていないのだろう。

 

いずれにせよ、このニュースを見て、以前から考えていたように、できるだけ空気が澄んだ場所で生活を営みたいという思いが現れてきた。そのニュースが伝えているほどにはフローニンゲンの空気は汚染されているとは思えないのだが、確かにより空気が美味い場所がこの世界にはあるはずである。

 

オランダとは別にもう一つ生活拠点を設けようかと考えているフィンランドなどの北欧諸国は、特に自然の近くであれば相当に空気が澄んでいるのではないかという印象がある。ノルウェーのベルゲンの岬の上にあるグリーグの元邸宅兼博物館を訪れた際、そしてフィンランドのアイノラの森の中にあるシベリウスの元邸宅兼博物館を訪れた際にそれを感じた。

 

今から5年前に東京に1年間ほど住んでいた時に、知人の方々と一緒に長野に小旅行に出かけた。そこは知人のうちの一人の方の地元であり、とてもローカルな駅に降り立った瞬間、東京とは比べ物にならないほどの空気の美味さに仰天したのを覚えている。

 

現在106歳を迎えておられる美術家の篠田桃紅さんは、健康で長い生きをする秘訣として、自分の好きなことに従事して、ストレスを溜めずに自由に生きることと、空気の綺麗な場所で生活することを挙げておられたように思う。篠田さんは、普段は東京で生活を営まれているようだが、空気の澄んだ富士山の麓の近くにアトリエ兼別荘があり、そこで過ごすことも多いようだ。

 

空気の綺麗さという観点で世界を意識的に見てみようと思うのと共に、この点についても食と同様に、何か美化に向けた試みや実践ができないかと考える。フローニンゲン:2019/10/31(木)08:03

 

5113. 「先生」と呼べる人物を持つことの有り難さと大切さ:

人間関係のフラットランド化に抗って

 

時刻は午前8時を迎え、辺りには優しい朝日が降り注いでいる。外気はすこぶる冷たく、今の気温はまだマイナス1度だが、それでも人々は各々の活動場所に向けて通勤通学をしている。

 

通りに止まっている車の上には白い霜が降りており、昨晩からの冷え込み具合いを静かに物語っている。

 

先ほど、空気の澄んだ場所で生活をするということに関して、美術家の篠田桃紅さんの話を出したと思う。実は先日日本に一時帰国した主たる目的というのは、篠田さんの作品が収められた岐阜県の美術館に行くことと、画家の小松美羽さんの作品が収められた群馬県の美術館に行くことであった。

 

先日までの一時帰国では、篠田さんの作品を直に見る幸運に恵まれただけではなく、美術館で画集を購入したり、4~5冊ほど篠田さんのエッセイ集を購入することができ、そのうちの一冊はオランダに持って帰ることにした。それぐらい篠田さんは私に影響を与えてくれているのだが、篠田さんに関して実は前々から違和感があった。実は今もその違和感を感じながらこの文章を書いている。

 

確か、以前の日記のどこかの中では、篠田さんのことを「篠田先生」と表現していたように思う。私は篠田さんに直接お会いさせていただいたこともなく、全く面識はないのだが、実のところ、篠田さんのことを「篠田さん」と呼ぶことに相当強い抵抗感があった。そしてそれは今この瞬間もある。

 

やはり私にとって篠田さんは、先生と呼ぶにふさわしい師のような方なのだと思う。一度もお会いしたことはないのだが、勝手ながらそのようなことを思う。そうしたことから、今後は篠田先生と表記することにしたい。

 

篠田先生と同様に、面識が全くない方で先生と呼んでいるのは、森有正先生、辻邦生先生、井筒俊彦先生ぐらいだろうか。私がそうした先生方の存在を知った時には、皆すでにお亡くなりになられていた。

 

一度も会ったことがない故人に対して「先生」と呼んでいる自分の姿を見るにつけ、彼らがどれほど自分にとって大切な存在であり、どれほど大きな影響を与えてくれたかを思う。

 

「先生」と呼べる人物を持てることの有り難さ。フラットな人間関係を良しとしようとするこの現代社会にあって、私は改めて、フラットではない、垂直的な人間関係の価値に光を当てている。

 

この現代社会は、人間関係までをもフラットランド化させようとしているのではないだろうか。確かに平等を重じて活動や生活を営んでいくことは大切だが、平等を重んじるばかりに、本来そこにあるはずの質的な差異を蔑ろにしていないだろうか。

 

私は、人間関係にも質的な差異があると考えている。ある人とまた別の人と付き合う際には、そこにはやはり人間関係の水平的な種類の違いだけではなく、垂直的な違いというものが内包されているように思う。

 

ここで言っている垂直的な人間関係とは、日本で未だに根強く残っているような歪な年功序列型の人間関係ではなく、相手を抑圧する形で働くものとは全く違う次元のものである。むしろそれは、健全な発達を私たちにもたらすものだ。

 

「この方の前では妙に緊張してしまう」あるいは「この方の前では背筋を正される」といったような表現で代表される師匠のような存在がどれほど身近にいるだろうか。それは何も実際に生きている方だけを指すのではなく、上述のように、私の場合であれば幾人かの先人たちが該当する。

 

自分を緊張させてくれる人、自分の背筋を正してくれる人というのは、真の意味で自己を育んでくれる人なのではないかと思う。それは成熟に必要な「発達的緊張」をもたらす人と言い換えることができるだろし、「発達的背筋」を伸ばしてくれる人だと言い換えることもできるだろう。

 

いずれにせよ、そうした垂直的な人間関係を蔑ろにし、全ての人間関係をフラットにして行こうとする社会的な流れは、人が成熟するための歩みを止めてしまうのではないかと思われる。

 

水平的な、つまり対等な人間関係というのは聞こえがいい。そして確かにそうした関係性が多くの場合推奨されるのは理解できるが、垂直的な関係を持たせてくれる人たちがどれだけ周りにいるのかは、人間関係のフラットランド化が進行し、人間関係がますます希薄になる社会にあって、自己を育む上でとても大切なことのように思える。

 

そしてそれは単に自己を育むだけではなく、私たちの社会を育む上でも大切なことのように思えるのは私だけだろうか。フローニンゲン:2019/10/31(木)08:39

 

5114. 不幸が続くフローニンゲン:生と死の存在と非在について

 

昨日ボルダリングと10kmほどのジョギングを楽しんだからか、昨夜は熟睡ができた。熟睡のしすぎで今朝目覚めた時には、すでに辺りが明るくなろうとしていて、なんと時計は6:56を指していた!

 

昨日は午前3時過ぎに目覚めたことを考えると、今朝の起床はあまりにも遅すぎた。だが、それもまた自然の流れだと受け取っている。

 

もう十数年も目覚ましなど使ったことがなく、特に欧米で暮らし始めてからは、起きたい時間に起きるということが習慣になっている。心と体が欲するまで睡眠を取るという、本当に自然な睡眠だ。

 

決して人工的にこちらから睡眠時間に手を加えることをせず、心と体が求める適量の睡眠を取ることが長年の習慣になっている。

 

これは昨夜日記に書き留めるか迷ったのだが、実は昨日もまた悲劇的な出来事がフローニンゲンの街であった。ちょうどボルダリングジムから帰ってくる最中には、ノーダープラントソン公園という憩いの場所があり、そこを通り抜けて自宅に帰ろうとしていた。

 

すると、その公園と目と鼻の先の道路で一台の大きなバスが止まっており、その周りには多くの人が集まっていた。そのバスは、FCフローニンゲンのロゴが貼られ、チームカラーの緑に塗られたバスであり、市内を走っている姿をよく見かける。

 

停車したバスに群がる人たちの姿を見て、「何かあったのだろうか?」と私は思った。その時はジムからの帰りであり、軽くジョギングをしており、バスの近くまでやってくると、誰かがバスの下で倒れている姿を目撃した。

 

それはどうやら若い女性のようであり、頭はバスの下にあり、足だけがこちら側に見えてきた。その女性の横には救護隊が駆けつけ、何か応急処置をこれから施そうとしているようだった。

 

後から知ったが、ちょうど私がその場所に居合わせたのは、その事故が起こって数分後のことだったようだ。その時私はサングラスをしていたのではっきりとは見えなかったが、バスの下で倒れている女性は身動きをしておらず、地面にただ横たわっていた。そして、黒い血のようなものが流れているように見えたのである。

 

そのような事故が昨日にあった。平穏なフローニンゲンの街に、ここのところ悲劇が続いている。少しばかり不穏な感じがする。

 

先日の殺人事件しかり、昨日の事故しかり、私たちはいつどのような形でこの世を去るか分からず、そして人間とはかくも脆く儚い存在なのだということを改めて思った。

 

私たちは普段、もしかしたら、自宅に入り込んだ小さな虫を何気なく殺してしまうことがあるかもしれないが、この社会には、それと全く同じ感覚で人を殺す人間たちがいるのである。そして私たちは、そうした虫たちと同じくらいに脆く、いともたやすく死んでしまう生き物だということを改めて思う。

 

以前にも言及したように、私たち一人一人の存在は、本当に神であり仏であり、同時に一匹の虫けらなのだ。そうした相矛盾した特性を内包しているのが私たち人間存在なのだ。

 

いやひょっとすると、神や仏と虫けらはそもそも相矛盾などしていないのかもしれない。またそもそも、生や死という現象そのものの存在もあやふやなように感じられてくる。

 

生も死も、現象を超えたものとしてそこにあると述べたほうがいいのだろうか、それともそれらは最初からないものとして捉えたらいいのだろうか。生も死も存在かつ非存在のものなのだろうか。フローニンゲン:2019/10/31(木)09:03

 

5115. 今朝方の夢

 

ハエのように両手をこすりながら自転車を運転する若い男性の姿が見える。その後ろを、暖かい手袋をはめた小さな男の子が自転車で走っている。前者の男性には手袋を貸してあげたい気分になるし、後者の男の子とは未来について一緒に話したい気分だ。

 

時刻は午前9時を迎えた。いつもであれば、この時間になるまでにすでに数曲ほど曲を作っているが、今日はまだ一曲も作っていない。

 

昨日はボルダリングの調子がとても良かったのに対して、作曲の方の調子はそれほどでもなかった。端的には、創造活動に取り組むための集中力と、凝縮されたエネルギーが少しばかり不足しているようだった。

 

そんな日から一夜が明けた今日は、作曲に関してはすこぶる集中できるような感覚がある。とはいえまだ何一つ曲を作っていないのだが、そのような予感があることは喜ばしい。

 

こうした状態を生んでいるのは、昨日ボルダリングを通じて全身運動をしたことと、10kmほどの軽いジョギングをしたことのおかげだろう。足腰を使い、全身を活用すること。そして脳に新鮮な酸素を送る運動は、本当に自分の集中力と創造活動に向かわせるエネルギーを高めてくれる。そのようなことを実感する。

 

それでは早朝の作曲実践に取り掛かる前に、今朝方の夢について簡単に振り返っておきたい。夢の中で私は、父が運転する車の後部座席に座っていた。

 

車の中にはその他にも私の友人が乗り込んでいて、お互いの食生活について話をしていた。夢の中の父も現実世界と同様に、食事に気を遣い始めているようであった。何やら先日は断食をしてデトックスをしたらしく、今朝はまだ何も食べ物を口にしていないようだった。

 

ちょうど時刻は昼時を迎えようとしており、これからみんなで何か食べに行こうかという話になった。そこで父はラーメンを食べたいということを述べ、私はそれを聞いた時、それは馬鹿だと明確に述べた。

 

せっかく食事に気を遣い、数日前に断食をしたばかりなのに、そこでラーメンを食べるというのは、せっかく綺麗にした胃腸に泥を塗るようなものだと思われたのである。だから私は、父に対して、それは馬鹿だと明確に伝えたのである。

 

実の息子から馬鹿だと言われた父は怒る様子もなく、親に怒られた子供のように小さくなっているように思われた。仮に父が反論をしてきたら、食生活を整えている最中に、その辺の店でラーメンを食べることがどれだけ馬鹿な行為なのかについて延々と説明するつもりでいた。

 

しばらくすると、車が停車し、私たちは車から降りた。すると、父を含め、友人たちの姿がフッと消えた。その代わりに、私の目の前には、小中高時代の女性友達(MH)がいて、何やら喜んだ表情を浮かべていた。

 

どうやら、ビンゴ大会で景品をもらったようだった。どういうわけか、私はそのビンゴ大会の運営者の一人であり、彼女はもらった景品を少し預かっておいて欲しいと私に述べた。

 

どうやらこれから街に観光に出掛けたいとのことであった。私は彼女の申し出を快諾した。

 

すると、もう二、三人、私に景品を預かっておいて欲しいという人が現れた。彼らはいずれも私の友人だった。

 

私は預かった景品をどこに置いておこうかと考えた。ちょうど目の前に学校らしき建物があったので、学校の教室の机の上に置いておこうと思った。ただし、それらは貴重な景品であったから、誰かに盗まれたりしないようにする必要があると思っていた。

 

その教室の横から何か人の声がしたので教室を覗いてみると、そこには高齢の女性が一人と小さな男の子がいた。男の子の方をよく見ると、彼は今サッカー日本代表で注目を集めている若手選手(TK)だった。

 

現実世界における記憶と夢の中の光景が錯綜し、現実世界においてスペインにやって来た彼のことを私は応援しているのだが、そんな彼が今目の前では幼児の姿であることが不思議に思えた。

 

どうやら彼はまだ言葉を覚えたてのようであり、しかも生まれてからすぐに日本を離れているようだったので、日本語はおぼつかないようだった。そんな彼が突然愛らしい笑顔を浮かべ、「マタオコシクダサイマセ~(またお越しくださいませ〜)」という日本語を喋った時には、思わず笑ってしまった。

 

どうやら両親と一緒に日本食レストランかどこかに行き、そこでそのような日本語を耳にしていたのだろう。そこから私は彼の方に近づいて行き、彼と少しばかり遊んだ。

 

彼が大事にしている物にこちらが指を近づけ、彼がそれを見事に防ぐというようなゲームだった。まだ言葉はあまり話せないような年齢だったが、彼には優れた運動能力が備わっていることが、そのゲームをしているとぐにわかった。とにかく反射神経が優れていると思ったのである。

 

そのようなゲームをして彼と戯れていると、近くにいた高齢の女性がゆっくりと笑顔で歩み寄って来た。その方に挨拶をすると、その方のお年は94歳とのことであり、今もまだ現役の英語教師として学校で教えているとのことだった。「まだまだ楽しく子供たちと英語を学んでいますよ」とその方は満面の笑みで述べていたことが印象に残っている。

 

次の夢の場面では、私は高校の文化祭の出し物の準備に向けてあれこれと動き回っていた。そのように書くと仕事を熱心にしていたように受け取られるかもしれないが、実際のところは、私は出し物のまとめ役を務めており、自分が手を動かすことはほとんどなかった。

 

小中学校時代の友人二人(HY & KS)がボルダリングの出し物に向けて、課題のデザインをすることになっていた。彼らの役割は、壁に色を塗るようなデザインではなく、文字通り、どのようなルートを設定するのかという課題設定だった。

 

私は彼らがどのような課題を設定するのかに関心があり、その進捗を尋ねてみた。すると、まだ何も決まっていないとのことであり、これから真剣に課題の設定を考えていくとのことであった。それを聞いた時、どこからともなく盛大な花火が上がった。辺りはもう暗くなっており、盛大に打ち上げられた花火はとても綺麗だった。

 

花火が打ち上げられると、遠くの方で、小中学校時代から付き合いのある親友(YU)がはしゃぎ始め、その声が聞こえて来た。彼がはしゃぐのも無理はないと思いながら、私はそこからしばらく、星々のように輝く美しい花火をぼんやりと眺めていた。フローニンゲン:2019/10/31(木)09:42

 

5116. 飛行機を用いた長旅に関する実験

 

午前中、静かな環境の中で、小鳥のさえずりを聴きながら作曲をしていた。だが今日は音を生み出すよりも、言葉を生み出したい日なのかもしれない。

 

ちょっと作曲の手を緩めて、文章をしたためることにしたい。そんなことを思わせてくれる穏やかな午後の光が街に降り注いでいる。

 

午前中に曲を作っていると、私は自分の心を穏やかに宥めるために曲を作っているのかもしれないと思った。あるいは、さらに深く心の静けさや激しさを味わうために曲を作っているのかもしれないと思ったのである。

 

曲を作っていると、曲を生み出すという行為そのものと音の中に浄化作用があるかのようであり、治癒的な効能を感じる。そして、曲はその時の自分の内面世界を克明に描き出す。それは言葉よりも正確で確かな実感を持っているものだと言えるかもしれない。

 

今日もこれから午後の作曲実践に取りかかっていく。夕方頃まで作曲を行い、そこで一度作曲の手を止めて、そこからは近所の運河沿いにジョギングを兼ねて出掛けて行き、その足でスーパーに立ち寄る。スーパーでは、ジャガイモ、サツマイモ、トマト、ニンニク、そしてサランラップを購入したいと思う。

 

今午後の穏やかな光が書斎に差し込んでおり、それは食卓にも差し込んでいる。日本からオランダに戻って来てからは、私は毎日シイタケを食べており、午後から数時間ほど日光に当てて天日干しをしている。それによって、ビタミンDが何倍にもなるからである。

 

昼時にふと、来年日本に一時帰国する時には、これまでよりもゆとりのある旅をしようと思った。以前の日記にも書き留めているように、日本に帰る際には諸々の理由からJALを活用している。

 

CAの方から話を伺ったところによると、一昔前であれば、日本からアムステルダムまで一本のフライトがあったそうなのだが、今はもうそうしたフライトはなく、必ずどこかの国で乗り継ぎをする必要がある。前々から気づいていたのだが、特に日本へ帰る際の身体的な負担は見過ごすことができない。飛行機での長距離移動は、気をつけないと寿命が縮まる気がする。

 

飛行機での長旅は、見えないところで身体的にも精神的にも疲労を蓄積させてしまう。仮にビジネスクラスに乗っていても、乗り継ぎがあると疲れてしまうものである。そうしたことから、来年はフィンランドで数日間前泊した上で日本に帰り、オランダに戻ってくる際にはヘルシンキの空港近くのホテルに宿泊し、翌日にオランダに戻ってこようと思う。

 

行きに関していえば、以前訪れたフィンランドのアイノラの地は、緑豊かで湖などもあり、そこで2泊ほどした後に日本に戻ることが良いかと思う。アイノラの地にはシベリウスが住んでいた元邸宅があり、また足を運んでみたい。

 

先ほど改めてアイノラ近郊を調べてみると、良さそうなホテルを見つけ、その近くに小さな美術館があることに気づいた。そこに所蔵されている絵画作品を写真で眺めてみると、是非とも実際に足を運んで現物を見たいと思った。

 

計画としては、来年はヘルシンキと日本のどこかの空港を行き来するフライトを予約し、アムステルダムからヘルシンキまでのフライトは別途予約しようと思う。行きに関しては、アムステルダムからアイノラまで行き、そこで2泊してから日本に向かう。

 

アイノラからヘルシンキの国際空港までは電車で近くの距離にあるため、大抵ヘルシンキを出発するフライトは夕方のものに乗っているため、昼前にホテルを出発すれば、ヘルシンキのラウンジでくつろげるだろう。

 

いつもヘルシンキのラウンジではあまりくつろぐ時間がないことは残念であった。というのも、ヘルシンキの空港のラウンジは、他の国のラウンジに比べて落ち着きがあるように感じられ、中にはサウナのあるラウンジもあるほどにゆったりと過ごせる空間となっているからだ。

 

気は早いが、来年日本に一時帰国する際には、アムステルダムを昼過ぎ頃に出発し、アイノラのホテルに夕方か遅くそも午後6時頃に到着するようにする。翌日は近所の観光に当て、その翌日に日本に戻るようにする。

 

来年はもう成田空港を使うのではなく、別の空港を使おうかと考えている。来年は東京に立ち寄る予定はなさそうであり、であればわざわざ成田空港を使う必要もない。

 

来年は、父方の加藤家にゆかりのある石川県と、母方の加藤家にゆかりのある福井県に足を運びたいと考えているため、関空を活用しようかと思っている。これまで成田空港を使って日本を出発する際には、常に近くの日航ホテル成田に前泊をしていた。

 

仮に今回関空を使うのであれば、日本に戻ったその日と、日本から出発する前日は、関空内の日航ホテルか、関空から程近い場所にある温泉付きかつロボットが働いている近未来的な面白そうなホテル(その名は「変なホテル:開店は2019年11月1日」)に宿泊しようかと考えている。

 

飛行機での長旅の疲れをすぐに癒したいという考えから、日本に戻った際には空港近くのホテルに一泊しよう。それぐらいに移動の疲れには気をつけたいと思う。

 

高齢になってくれば、目には見えない疲労が身体の中で何かボタンを掛け違えさせ、それによって死に至ることは十分に考えられるし、実際にそのような形でこの世を去っている人が身近にいる。私たちの身体の細胞は複雑なネットワーク構造を成しており、ネットワークには自然回復力を持つネットワークの堅牢性がある一方で、ちょっとしたことでネットワークが全て破壊されてしまうというネットワークの脆弱性もある。

 

飛行機での長旅は、ネットワーク脆弱性を誘発し、身体の構造を破壊してしまうことすらある。そうしたことを考えると、ただでさえ飛行機というのは長距離を高速に移動させてしまう手段なのだから、それを使う前後はできるだけゆったりと過ごすようにし、フライトの疲れを極小化させるように努めたい。

 

日本からオランダに戻る際にも、空港の近くで前泊し、仮にフィンランドを経由してオランダに戻るのであれば、帰りに関してはアイノラではなく、ヘルシンキ空港の近くのホテルに宿泊し、その次の日の昼あたりの便でアムステルダムに戻ってこようと思う。

 

いつもアムステルダムに戻ってからフローニンゲンまでの2時間半の列車移動がかなり疲れるため、それを考えるとヘルシンキで前泊するのが賢明のようだ。

 

飛行機を用いた長旅をする際には、こうした形で身体のケアをするようにしておけば、高齢になってもなんとか飛行機を使った旅に出かけていけるかもしれないという光が見えて来た。来年からは実験がてらそうした旅をしていこうと思う。フローニンゲン:2019/10/31(木)14:36

 

5117. 楽しみで始まり、楽しみで進行し、楽しみで終わる日々

 

時刻は午後7時を迎えようとしている。辺りは真っ暗闇に包まれ、一日が終わりに向かっていることを実感している。

 

夕方に近所のスーパーに買い物に出かけ、自宅に戻って書斎の机に着くと、夕方の澄み渡った空に美しく輝く幾筋かの飛行機雲が見えた。それはまるで絵筆のようであり、薄赤紫色に輝く飛行機雲の絵筆の跡が、夕方の空に輝いていた。

 

日記を書くことから一日が始まり、そして曲を作り、また日記を書いて曲を作る。そのようにして一日の時間が静かに流れていく。そして、毎月世界のどこかに旅に出かける形で人生が緩やかに進行し、深耕していく。

 

自分の内側にある言葉と音に向き合う形で、この人生が緩やかに前に進んでいく。今日もまたそうした一日であった。

 

夕方に作曲をしている時にふと、西洋音楽の音感に慣らされた自分の聴覚をより一層開拓していこうと思った。端的には、西洋音楽に慣らされた感性を冷静に吟味し、西洋音楽固有の音感によって閉ざされてしまった自らの音感を開いていこうと考えていたのである。

 

ここからは、自分の耳に心地良いと思える感覚の幅を広げていこうと思う。また、無意識に音を予想するその感覚の領域を拡張させていく。それらを意識しながら日々の作曲実践に取り組んでいこう。

 

このあたりの話については、シュタイナーの思想をもとにして書かれた“Expanding Tonal Awareness: A Musical Exploration of the Evolution of Consciousness (2014)”が参考になるであろうから、それを近々再読しよう。

 

今日はこれから就寝までの時間を使って、コード理論に関する書籍を読み進め、初読が無事に終われば、リハーモナイゼーションに関する理論書か転調に関する理論書を読んでいく。明日もそれらの書籍を読み進めていこうと思う。そして就寝前にはいつものように、画集を眺める。

 

日本からオランダに戻って以降は、午後9時以降はパソコンを閉じ、画集を眺めることが習慣になっている。これはとても良い習慣だ。

 

新しいMacを購入してみると、それは以前よりも目に優しい光を発するような作りになっていた。さらに私は、ブルーライトをより削減するシートを画面にかけることによって、睡眠の質を下げるような光を極力浴びないように心掛けるようになった。

 

画集を眺めることに加えてこうした工夫によって、入眠が以前よりもさらに速やかになり、質の高い睡眠がもたらされ、以前よりも朝早く起きることが自然となされているように思う。

 

今日は誰の画集を眺めながら就寝までの時間を過ごそうか。その時の気分に合致する画家の画集を選ぶ楽しみと、実際に画集を眺める楽しみの双方が、一日の最後に待っている。

 

毎日は日記を書くという楽しみで始まり、日記と曲を書くという楽しみで進行し、画集や楽譜を眺めるという楽しみで締め括られていく。こうした日々を淡々と過ごしていこう。フローニンゲン:2019/10/31(木)19:11

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