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5086-5090:フローニンゲンからの便り 2019年10月26日(土)

October 28, 2019

本日生まれた8曲

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タイトル一覧

5086. サマータイム終了の前日を迎えて:今朝方の夢

5087. 体に悪いものを口にしてしまう夢と呼吸を止める夢

5088. 今朝方の夢の続き

5089. 寂寞たる世界の中で

5090. 人知れず枯れていく木々や花々を想って

 

5086. サマータイム終了の前日を迎えて:今朝方の夢

 

金曜日が終わり、今日から週末となった。昨日に引き続き、今朝もゆったりと5時過ぎに起床した。5時に起床することが随分と遅く感じられる今日この頃である。

 

日本に滞在中は、4時頃に起床しており、それは両親の起床リズムと同じであった。就寝時間が10時前であることを考えると、本当は4時ぐらいに起きることが理想であるが、目覚まし時計などを一切使わない私にとってみれば、自分の身体が目覚めた時を起床時間とするのが自然に適った生き方であろう。

 

明日からはいよいよ(ようやく?)、サマータイムが終了する。いつも時間がどちらに進められるのか迷ってしまうが、時間が1時間早くなると考えて間違い無いだろう。

 

日没の時間から考えると、7時頃に沈んでいた夕日が6時頃に沈み、日の出の時間から考えると、7時半頃に現れていた朝日が6時半頃に現れるようになると考えていいだろうか。そうなると、サマータイムの終了は、やはり時間が1時間巻き戻されることになる。

 

いつもはそんなことを考えず、サマータイムが始まる時も終了する時も、勝手に合わせられるパソコンの時計に従って過ごしていたのだが、今回はふとサマータイムの終了について考えていた。明日の朝目覚める頃は時間がもう巻き戻っている。

 

仮に今朝のように5時に起床したとすると、明日は4時に目覚めていることになる。サマータイムの終了に特に影響をされずに、明日からもまた自分なりのペースで生活を形作って行こうと思う。

 

静まり返った世界の中で、今朝方の夢について振り返っている。今朝はいくつもの夢を見ていた。

 

夢の中で私は、日本のどこかのサッカーグラウンドで行われているサッカーの試合を観戦していた。それはプロの試合ではなく、高校生同士の試合であった。

 

左から右に攻めている方のチームの中に、高校時代の友人(HH)がいた。そのチームにはその他にも、高校のサッカー部のメンバーがいた。それを確認した時、左から右に攻めているのはうちの高校かと思った。

 

試合には同学年のメンバーと一つ下の学年のメンバーが出場していた。私は特にフォワードを務めるその友人の動きを熱心に目で追っていた。彼はとにかくハードワークをし、守備も攻撃も、コートの中を縦横無尽に走り回っていた。

 

うちのチームが相手にカウンターを喰らった時、自陣まで戻ってカウンターを防いだのは彼だった。相手にスライディングをし、見事にボールを奪った彼は、そこから逆にカウンターを仕掛けた。

 

一度中央のポジションを取っていた後輩にパスを出し、その後輩は再び彼にスルーパスの形でリターンパスを送った。彼は足が早かったので、そのスルーパスをもらうと一気に抜け出し、ゴールキーパーとの一対一を慌てることなく制し、冷静にボールをゴールに流し込んだ。

 

その瞬間、彼を含め、チームは歓喜に沸いていた。ちょうどそこで試合終了のホイッスルが鳴ったので、私もゴール裏に駆け寄り、彼のゴールを祝い、そしてチームの勝利を祝した。

 

すると、彼は喜びのあまり涙を流し始めた。それはとても清々しく、感動的な涙だった。

 

私も思わずもらい泣きしそうになった時、そう言えば、うちのチームに見慣れない選手がいたなと思った。その選手は10番を付けていたのだが、髪の毛が長く、うちにあのような選手はいたかなと不思議に思っていた。

 

すると、その選手がサッカーグラウンドから離れようとしている時にその選手と目が合った。そこで気づいたのだが、結局彼はうちのチームのエースであり、実際に10番を背負っていた友人であった。

 

チームは勝利したのだが、その彼はどうも不機嫌な様子であり、私の顔を見ても挨拶をすることなく、何か独り言をぶつぶつと述べてその場を去ってしまった。その直後、小中学校時代から付き合いのある友人(YU)がやってきて、そのエースと私のトラップの仕方が似ており、時々二人を間違えてしまう、ということを述べていた。

 

私から見ると、彼のトラップの仕方やボールコントロールは、一昔前の日本代表の10番の選手のプレーと似ていると思っており、彼のプレーと似ているのであれば、私のプレーはその元日本代表の選手のプレーと似ているということになるのかと、少しばかり嬉しい気持ちに包まれていた。そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/10/26(土)06:19

 

5087. 体に悪いものを口にしてしまう夢と呼吸を止める夢

 

つい今し方振り返っていた夢の続きが、外の闇の世界にぼんやりと浮かぶ街灯の光のように、おぼろげにその記憶が蘇ってくる。サッカー場を後にした私は、その試合に出場していた高校時代の友人(HH)と、小中高時代の友人(SI)と一緒にご飯を食べに行っていた。そこは庶民的なレストランであり、高校生でも利用できるようなレストランだった。

 

私はまだ自分で何も注文していなかったのだが、席に着くや否や、料理が出された。そこには肉が入ったスープがあり、肉類を一切食べないはずの私は、二人との話に熱中するあまり、思わず肉を口に入れてしまった。

 

その瞬間にやはり違和感があり、肉を食べたことによって腸内環境が悪化してしまうという懸念が生まれた。一口肉を食べた時にそこでスープを飲むのを止めればよかったのだが、なぜか私はそれを止めることができず、せっかくのスープがもったいないと思った。

 

自分の腸内環境が崩れることは心配だったが、そこからも引き続きスープを飲んでいった。すると、そういえばこの食事の前に、友人たちと一緒にポテトチップスをつまんでいたことを思い出した。しかもそれは、スーパーによく売られている劣悪な油とジャガイモの屑を使ったポテトチップスであり、食に関する知識があれば、体に悪いことがすぐにわかるものであった。

 

そのようなポテトチップスをなぜ自分はつまんでいたのだろうか。そのような疑問をスープを飲みながら考えている自分がいた。

 

この夢の場面について振り返ってみると、夢の中の自分が夢の中の時間をさらに遡って思考している点が興味深い。夢の中の自分も、今このようにして日記を書いている自分と同じように、時間感覚があり、過去に思考を及ぼせるようだった。

 

今回の夢の中では、それをかなり意識的に行なっている自分がいて、ポテトチップスを食べている自分を冷静に眺めており、その行為に対する明確な反省の意識がそこにあった。さて、この夢と同じような場面に遭遇したら、この私はどうするだろうか?

 

間違っても一般的なスーパーで売られているようなポテトチップスを口にすることはないだろうが、スープを飲んでいる時に、そこに肉が入っていると知らずに口に入ってきた肉を吐き出すことはないかもしれないと考えていた。

 

そのままその肉を食べてしまうことは十分に考えられる。ただし、夢の中の自分とは異なり、そこからスープを飲み進めていくことはないだろう。

 

肉類を食べないことによって腸内環境が良好なものとなり、その結果として身体の調子、さらには精神の働きまでもが良好になっているのであるから、肉の入ったスープはこの私であれば飲み進めないであろう、というような考えが今の私の中にある。

 

この夢とは別に、まだいくつかの夢を見ていた。夢の中で私は、学校の体育館ではなく、どこかの街の市民体育館にいた。その場所は日本のどこかにある。

 

体育館の中には大勢の人がいたが、綺麗に列をなして、彼らは全員フロアに座っていた。私はある列の前の方に座っていた。すると、一人の係員らしき女性がやってきて、「今から何秒息を止めることができるかを測定します」と述べた。

 

私は何のことかさっぱりわからなかったが、その場にいた全員は変てこな呼吸器を付けられており、タイムを測定する変な空気入れのようなものを手に握らされていた。私もその変てこな呼吸器を付け、空気入れのような測定器を左手で握った。

 

タイムの測定は二人1組で行われるとのことであり、私の後ろには誰か見知らぬ人がいて、その方がサポートしてくれるようだった。これまた係員と思われる別の女性か私の方に近づいてきて、彼女から呼吸器を受け取った瞬間に測定が始まった。

 

私は大きく息を吸い、息を止めた。生後数ヶ月で水泳を始め、そこから10年以上も水泳をやっていたことから、呼吸を止めるのには慣れており、2分近く息を止めることができるかと思っていたら、意外とすぐに苦しくなり、1分にも満たないのではと思われるところで、空気入れのような測定器を握りしめ、測定を終えた。

 

タイムを見ると、一応1分は超えており、1分20秒という結果が表示されていた。私はそのタイムにあまり納得がいかなかったが、特に気にすることはないと開き直っていた。

 

すると、ちょうど右斜前に、小中学校時代の友人(TF)がいて、彼もタイムの測定をしていたようだった。斜め後ろから彼のタイムがちょうど見え、彼のタイムはなんと2分14秒だった。

 

そこで私はふと、「進化の過程上、サルは人間よりも呼吸が長いのか」と思った。彼には失礼かもしれないが、彼の顔は——私の顔よりも——チンパンジーのようであり、チンパンジーのような彼なら2分を超えて息を止めても何ら不思議ではないと思った。そのような妙な納得感が芽生えたところで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/10/26(土)06:51

 

5088. 今朝方の夢の続き

 

今朝は早朝から冷たい風が吹いている。起床してすぐに窓を開けた時に、冷たい風が部屋に流れ込んできた。

 

今、書斎の中で外の音に耳を傾けていると、葉のない街路樹の枝が風で揺れる音が聞こえてくる。フローニンゲンは最近随分と冷えてきており、来週には最低気温が2度まで下がる日が何日かある。

 

2週間後に訪れるヴェネチアの気温を確認してみると、フローニンゲンよりも暖かいようではあるが、来週以降に関してはそれほど変わらない気温のようである。ヴェネチア旅行にしばし思いを巡らせながら、今朝方の夢の続きについて再度振り返っていた。

 

夢の中で私は、夢の中の世界を見る者としてそこにいた。名前のわからないある女性アナウンサーがボルダリングジムに取材に行く様子が映像としてそこにあり、私はその映像を眺めていた。

 

厳密には、その映像を単に外から眺めるのではなく、映像そのものの中に入って、映像の世界の中で観察者としての自己がいたのである。その女性アナウンサーは、住宅地の中にあるボルダリングジムを訪れようとしていた。それはおそらく都内のどこかである。

 

ジムの近くに到着すると、その入り口がどこなのかすぐにはわからず、そのアナウンサーは少し困っていた。しかし、後ろから客らしき男性がやってきて、スッと階段の下に降りていく姿が見えて、階段の下にジムの受付があるのだと推測された。

 

女性アナウンサーは男性の後を追うようにして階段の下に降りていくと、そこにはこ綺麗なボルダリングジムがあった。彼女はジムの入り口に入り、受付にいくのかと思いきや、真っ先に向かったのは、待合場所にある本棚だった。

 

彼女はそこで、本棚の中に置かれている一冊の書籍を手にとった。本棚に置かれている書籍はどれもボルダリングや山登りに関するものなのだが、その一冊は数学の積分に関する書籍だった。

 

何やら積分計算を使ってボルダリング技術の向上を目指すことを意図して書かれた書籍らしい。夢の世界を眺めている私は、興味本位で本棚のその他の書籍の背表紙を眺めていった。

 

すると、その他にもいくつか興味深い書籍があり、もう一冊印象に残っているのは、あるプログラミング言語を活用してボルダリング技術を高めることを意図して書かれた実践書だ。そのような書籍に意識が向かっていると、ジムのスタッフの男性が女性アナウンサーに声をかけ、「初めてジムに来られましたか?」と尋ねた。

 

その質問に対して彼女は、「はいそうです。でも今日はボルダリングをしに来たのではなく、ジムの様子を見せてもらうために来ました」と述べた。すると、そのスタッフの近くにいた小学生ぐらいの男の子がおやつを食べ始め、その男性スタッフは、「おやつは向こうの部屋で食べてね」と優しい言葉で注意をした。そこで夢の場面が変わった。

 

そこからは二つほど断片的な夢が続いた。二つのうちの一つの夢は、「ランドセル爆発事件」を報道したニュースに関するものだった。

 

そのニュースによると、ある小学校低学年の子供が背負っていたランドセルが学校内で突然爆発し、周りにいた10人ほどの子供たちが巻き添いを食らって死んでしまったという悲惨な事件だった。ニュースの解説によると、小さい子供ほど長く燃える性質があるらしく、それを狙っての犯行だったのではないかということだった。

 

そのような解説を聞きながら、私はどこか違和感があり、この事件はある宗教団体によるものであり、爆死した子供はその団体に所属しており、洗脳か何かをかけられて、その子供が自発的に行なった事件のように思えたのである。

 

ニュースを見ていたはずの私は、その学校に瞬間移動しており、亡くなった子供たちの位牌と写真が飾られた場所にいた。そこには何本かの蝋燭があり、蝋燭の火は静かに揺れていた。

 

その次の夢の場面では、剣士をモチーフにした少年漫画の主人公と彼の宿敵が戦っている場面に出くわした。二人の力は拮抗している分、両者の斬り合いは激しかった。

 

お互いに斬り合い、両者随分と疲弊したところで、宿敵の方が漫画の主人公に対して、「なぜ内臓を狙ってこないのだ?」と尋ねた。すると主人公の方は、「それは自分の流儀ではない」と述べた。

 

宿敵の方は、絶えず相手を殺そうと考えているのに対し、主人公の方は、絶えず相手を生かしながら戦いに勝つということを考えているようだった。そこからも激しい斬り合いが続き、戦いがいよいよクライマックスを迎える時に、最後の瞬間に主人公はやはり相手の足を切りにかかり、宿敵の方は相手の内臓に剣を突き刺しにかかった。

 

二人が最後の斬り合いをした瞬間に雷が鳴り、結局どちらが勝ったのかわからないままに夢から覚めた。フローニンゲン:2019/10/26(土)07:45

 

5089. 寂寞たる世界の中で

 

時刻は午後の2時を迎えようとしている。つい先ほど仮眠から目覚め、これから午後の活動に取り掛かる。

 

今日も早いもので、もう折り返しの時間となった。ここからゆっくりと夕食まで創造活動や読書に従事し、夕方に外の空気を吸いに出かけようと思う。

 

今日は一日中曇りで天気は冴えず、さらには気温も低いが、毎日必ず外の空気を吸いに足を動かすことは継続させていく。身体は全ての活動の土台なのだから。

 

この寒空の下にあって、喜びの感情が芽生える。寂寥とした雰囲気の中にいることによって、特殊な感動が芽生える。

 

今日は午前中に、カカオドリンクを飲む幸せを味わっていた。カカオに含まれるアナンダミドは、本当に「幸福物質」と呼ばれるにふさわしい。

 

もうしばらくしたら、午後にも一杯のカカオドリンクを味わおうと思う。そこでもまた幸福感に浸ることになるだろうか。

 

暗闇から朝に向かっていく時間帯に、深海のようなダークブルーの空の美しさに息を呑んだ。本当に深海にいるかのような静寂な空間に身を包まれ、その中で黙想的に日記を書いたり作曲をしたりしていた。

 

これから寒さが厳しくなり、暗い時間が長くなればなるほどに、自分の内的感覚がどのように変化するのか楽しみである。それは毎年楽しみにしているものであり、一過性の変化を楽しんでいるのではなく、深まる自分の感覚を楽しみにしているのだ。

 

ある特殊な環境でしか育まれぬ特殊な感覚を研ぎ澄まし、それを深めていく。私がこの場所で生活をしているのは、この地でしか涵養し得ぬ感覚を深めていくためであり、深めた感覚を持ってしてこの世界に関与していくためなのだろう。

 

午前中にふと、人生の最後の最後まで、このような現代社会にあっていかに人間らしく生きれるのかに挑戦してみたいと思った。それは「挑戦」という言葉で表現して適切なのだろうか。もっとふさわしい言葉があるような気がする。

 

そのように生きることは、おそらく自分の「役割」であり、「天命」なのだろう。絶えず美しいものを見て、絶えず幸福感を感じながら生きること。そうした最もシンプルな生き方を今後も貫いていく。自分はもう美と幸福感に貫かれてしまったのだから。

 

それを示すかのように、午前中には突然に、幸福感の中にとろけてしまいそうな体験をした。この世界の中に自分が溶けていく感覚である。

 

美なるものの中に溶解していこう。毎日美を感じ、美を通じて日々を生きよう。

 

これからも引き続き、美しい画集や美しい楽譜をたくさん眺めよう。それらが顕現する美的世界に浸り切り、自分独自の美的世界を育んでいこう。

 

その過程の中で言葉を紡ぎ出し、音を紡ぎ出していくことが、自分に課せられた役割なのだ。寂寞たる雰囲気を醸し出す外の世界を眺めながら、そのようなことを考えていた。フローニンゲン:2019/10/26(土)14:06

 

5090. 人知れず枯れていく木々や花々を想って

 

深まる秋に応じて、人知れず枯れていく木々や花々。新たな季節を迎えるにあたって、人知れず誕生する木々や花々。

 

儚さの持つ美と価値、そして尊さ。そのようなことを夕方の散歩の最中に思った。

 

今日もまた近くの運河沿いを散歩した。最初に軽くジョギングをし、その後散歩を楽しんだ。

 

散歩してから近所のスーパーに立ち寄ることはほぼ日課になっており、スーパーまでの運河沿いの道は、紅葉した落ち葉で美しく彩られていた。今日は誰かが落ち葉を掃除したのか、昨日まで歩道に敷き詰められていた落ち葉が片付いており、道の片隅に落ち葉の絨毯が広がっていた。

 

落ち葉の絨毯と紅葉した木々を眺めていると、自然が生み出す絵画的な美しさに息を呑んだ。いや、自然の美はやはり絵画を超えてしまっているのだろうか。そのようなことを思う。

 

スーパーに立ち寄った後も雑多なことを考えていた。モネやルドンの絵画作品に思いを馳せている最中に、心眼あるいはそれを超えて魂眼を用いて把握した世界を絶対的な美として具現化させた画家には誰がいるだろうかと考えていた。西洋の画家において、それはすぐには思いつかなかったが、きっと誰かいるに違いない。

 

自宅の近くまで戻ってきた時、冒頭のような思いに駆られた。この深まりゆく秋に応じて、人知れず枯れていく木々や花々があることに気づき、それはなんとも儚い感情を抱かせた。だがそれは哀しみの混じった儚さではなく、どこか高貴さを身に纏う儚さであった。

 

私たち人間もまたそのような存在なのではないだろうか。私たちは人知れず働き、そして人知れずこの世での役割を終えていく。

 

今この瞬間にも、この世界のどこかで新たな生命が誕生し、人知れず消えていく生命がある。生きとし生けるものは、そうした意味において平等なのかも知れない。

 

自分もいつか、人知れず還る時がやってくるのだろう。その時を迎えるまで、人知れず自分の役割を全うしていこう。そのような気持ちを改めて持った。

 

深まる闇。時刻は午後の7時を迎え、もう辺りは真っ暗である。

 

ちょうど今夜眠っている最中にサマータイムが終わる。明日起床した頃には、1時間早まった世界が存在している。

 

欧米での生活も8年年目を迎え、サマータイムの始まりと終わりは特に目新しくはないのだが、いつもそれを不思議な感覚で迎える。宇宙から地球に帰還する際には、この不思議な感覚が増長させるとイメージしたらいいのだろうか。そうかも知れない。

 

今日はこれから一日を締め括る作曲実践を行う。その後、メンデルスゾーンの無言歌集の楽譜を目で追いながら曲を聴いていこうと思う。

 

楽譜から音を聴き取り、そして音を読み取る力を身につけるために、楽譜を眺めながら意識的に曲を聴いていく。それをしばらく行ったら、今日もまた楽譜を眺めてから就寝しよう。音楽と絵画が夢の世界の中にも溢れ出てくれることを願う。フローニンゲン:2019/10/26(土)19:10

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