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5062-5065:フローニンゲンからの便り 2019年10月20日(日)

October 22, 2019

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本日生まれた曲

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タイトル一覧

5062. 「足」:深い闇の朝より

5063. フローニンゲンとの真の適合同化:ビザの申請が無事に下りて

5064. 近未来都市と雲でできた不思議な島に関する夢

5065. 曲からの励ましと治癒:バイオダイナミクス農法で作られた麦類を食べ始めて

 

5062. 「足」:深い闇の朝より

 

時刻は午前5時を迎えた。朝晩のフローニンゲンはぐっと冷え込んでおり、昨日は日中に暖房をつけるほどであった。

 

昨日の早朝の日記では、暖房をつけるのはサマータイムが終了してからにしようと述べていたのだが、そうは言っていられないほどの寒さを感じ、思わず暖房をつけた。だが、靴下を履いたり、暖かい格好をすることによって寒さが和らいだために、すぐに暖房を切った。

 

「頭寒足熱(ずかんそくねつ)」という言葉があるように、暖房を利かせ過ぎて頭に熱が行ってしまうことを防ぎ、腸から下の下半身を温めていくように心がけていく。寒さが厳しくなるこれからの季節において、そうした心がけはより大切になってくるだろう。

 

「足」についてもう少し考えを巡らせている。幸いにも、私は日々どこか満たされた感覚がある。日々が充実感と幸福感で満たされている幸せ。そうした状態を、「満足」と表現できるかもしれない。

 

一方で、そうではない状態は、「不満足」あるいは「不足」と表現できるかもしれない。そうしたことを考えてみると、足というのがいかに重要かが見えてくる。足と心の何らかの繋がりを見て取ることができる。

 

先日実家に滞在している時に、足が悪くなると一気に生命力が失われるという話を母としていた。まさにその通りである。足を健康に保ち、足を使って歩くことが、満ち足りた日々の実現に不可欠のように思えてくる。

 

昨日、雲がいつもとは逆向きに流れていた。それを私は不思議そうに眺めていた。

 

雲がいつもとは違う方向に流れることは、一年を通して数回ほどある。昨日は、ちょうどそのうちの一回だった。

 

普段見慣れた方向とは逆に雲が流れていくものだから、最初はとても違和感があった。しばらく雲の動きを眺めていると、逆向きだと思っていた方向がどこかあるべき向きのように思え始めてきたのである。

 

人生にもそうした側面があるのではないだろうか。人が当たり前と思っている流れとは逆向きに流れていくことによって見えてくる何か。そうした流れの存在を思う。

 

待ち焦がれた深い闇の世界。昨日は、午前7時半になっても真っ暗だった。今日もまだあと2時間ほど暗闇の世界が続くだろう。

 

サマータイムが今月末に終わるのも納得がいく。それほどまでに朝の闇は深く長い。

 

闇と静寂さの中で、私はこうした環境でしか涵養し得ぬ感覚を養っていく。そして、こうした環境でしか向き合えない自己の側面と向き合っていく。

 

環境。それは本当に大事なものである。

 

環境と自己は深く結びついており、環境は即自己であり、自己は即環境足り得るということを、今回の一時帰国を通じて改めて思った。

 

これから始まる長い冬。欧州で迎える4度目の冬は、自己をより一段と深めるのみならず、固有の充実感と幸福感を深めることに貢献してくれるだろう。フローニンゲン:2019/10/20(日)05:25

 

5063. フローニンゲンとの真の適合同化:ビザの申請が無事に下りて

 

時差ボケの影響で日中活動がままならないということはなく、日中に眠気も全くない。とはいえ、夜の時間帯、とりわけ夕食を摂り終えた直後にはどっと眠気が押し寄せてくることを昨日体験した。

 

色々と事務手続きがあったので、夕食後にそれらをこなしていこうと思っていたのだが、夕食を食べた後に睡魔が襲ってきて、バランスボールではなく椅子に腰掛けて目を閉じたところ、すぐさま睡眠の世界の中にいざなわれた。

 

必要な事務手続きもそれほど急ぎのものではなかったので、もうこのままベッドに横になろうと思ったのは午後の7時半頃だった。実際にベッドに横たわるとすぐに寝ることができ、一度23時半あたりに目覚めたが、そこからまた睡眠を取って、今朝方は午前4時過ぎに目覚めた。

 

今の身体の状態を観察していると、今日からはもう夕食後に眠くなることはないように思われる。身体が徐々に欧州時間と欧州の環境に適応しているのを感じる。

 

それを無理に押し進めるのではなく、身体が望むままにしてあげよう。それは身体の健康のみならず、心の健康にも繋がってくるはずだ。

 

欧州に戻ってきてまもないためか、自分の内側の感覚がまだ非日常的な状態にある。あるいは、これまでの感覚とはまた別種の感覚が自分の内側に渦巻いていると述べてもいいかもしれない。

 

その具体例としては、昨日の午後に仮眠を取った際に、25分間の仮眠があっという間に感じられたことがある。私は普段、20分から25分程度の仮眠を取るのだが、昨日は仮眠中の時間感覚が変容していることに気づいた。

 

体感では、ほんの数分のように感じられたのである。それはまるで宇宙飛行士が体験しているであろう感覚であった。

 

こうした時間感覚の変容は、日中にも間接的な影響をもたらしている。昨日の午後に街の中心部のオーガニックスーパーに向かって散歩している最中に、突如としてフローニンゲンの街の景色が自分の中に入り込んできた。それは入り込んできたというよりも、溶け込んできたと表現した方がいいだろう。

 

落ち葉が雨に濡れた香りと、紅葉した街路樹の姿が、自分の内側に自然な形で入り込んできたのである。私はそれをもって、自分という存在が真にこの街と適合同化し、この街で暮らすことが真のくつろぎを自分にもたらすことを感知したのである。そのようなことが昨日にあった。

 

それともう一つ、一時帰国から自宅に戻ってくると、郵便受けに自分宛の郵便物が多く届けられていた。そのうちのいくつかは移民局からのものであった。

 

封を開け、そこに同封されているオランダ語で書かれた手紙を辞書を頼りに読み進めていくと、無事に起業家ビザの申請が通ったとの連絡があった。具体的には、8/14/2019から8/14/2021までビザが下りることになった。

 

このビザはさらに期限を伸ばすことが可能であり、次の更新では滞在期間が5年間延ばされる。2021年の更新の際には、ちょうどオランダ永住権と欧州永住権の申請要件を満たすことができそうなので、ビザの更新手続きを行うか、オランダ永住権の申請をその時に行ってしまってもいいかもしれない。

 

もはやオランダは永住先の一つの候補となり、これからも自分の生活拠点の一つになるだろう。欧州域内でのその他の生活拠点については、焦らずに吟味をしていこうと思う。それを兼ねた旅行を継続していく。

 

無事にビザの申請許可が下りたので、来週にでもズヴォレの移民局に足を運ぼうと思う。フローニンゲンに住む私は、ズヴォレの移民局がビザ受け取りの指定場所になっている。

 

ビザの申請の際には、ズヴォレの美術館に立ち寄り、そこで素晴らしい絵画作品を見ることができ、日本語の配色辞典をショップで購入することもできた良い思い出があるので、ビザを受け取る日にはズヴォレの美術館にまた立ち寄ろうと思う。フローニンゲン:2019/10/20(日)05:50

 

5064. 近未来都市と雲でできた不思議な島に関する夢

 

闇に包まれた静寂な日曜日の朝。今日はこれから作曲実践をして、昨夜予定していた各種の事務手続きをしようと思う。

 

具体的には、ビザの受け取りのため、ズヴォレの移民局に予約をしておく。それともう一つは、税務申告の手続きをしておきたい。

 

ちょうど昨日に、お世話になっているオランダ人の会計士からメールが届き、四半期分の収支がわかるエクセルを送って欲しいとのことだったので、夕方か今夜にでも、収支の抜け漏れがないかを確認して、そのエクセルを会計士に送る。

 

今日中に行っておきたいのはその2つであり、その他には、一時帰国中に届いていた郵便物の中で、あと2つほどまだ内容を精査していないものがある。それらに関しては、明日にでも、辞書を使いながら内容を理解しようと思う。それらの一連の事務作業が終われば、またこれまで通りの生活がやってくるだろう。

 

それでは作曲実践の前に、今朝方の夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、近未来的な都市の中にいた。そこは日本なのか欧州なのか、はたまた別の地域なのかよくわからない。いずれにせよ、私は機械化の進んだ街にいた。

 

極度に機械化が進んだその街は、予想外に悪い印象をもたらさなかった。どちらかというと、その街はユートピアに思えたのである。

 

街を包む空気感ないしは雰囲気が、柔らかいピンク色を放っているかのように知覚された。形の観点で言えば、その街の空気感は丸みを帯びていたのである。端的に言えば、その街はとても優しい感覚をもたらしてくれていた。

 

街を走る車はことごとく自動運転であり、私が乗ろうとしていたバスもまた自動運転だった。運転手のいない完全な自動運転のバスに乗って、私はどこかに行こうとしていた。ところが、バス停が思いの外複雑であり、どこにどこ行きのバスが来るのかすぐに把握することができなかった。

 

ようやく目的地に向かうバス停を見つけた時には、乗車するべきバスが行ってしまったところであり、思わず「あっ!」と声が漏れた。バスに乗ることを諦め、私は空を飛んで目的地に向かおうとした。

 

体を宙に浮かべてみたところ、体が一気に雲の上まで突き抜けた。そこには太陽の光を存分に浴びた輝かしいばかりの雲がいくつかあって、雲の下に先ほどの街が見えた。

 

空を飛び始めた直後、前方に大きな積乱雲があった。よくよくその積乱雲を見てみると、それは一つの島のようになっていた。

 

島のような積乱雲に近づいてみると、そこに一人の見慣れない女性がいた。何をしているのか眺めてみたところ、彼女は雲の上にある線路の上で、雑巾掛けをするかのように前後行ったり来たりしていたのである。

 

何を目的にそれを行っているのか定かではないが、面白そうだったので、私は彼女に声をかけてみた。

 

見知らぬ女性:「一緒にやってみますか?」

 

私:「ええ、やってみます」

 

見知らぬ女性:「これは真剣なレースですよ」

 

そのように述べた女性は笑顔でありながらも、目は真剣だった。何やら、雲の上にできた線路を雑巾掛けのように行ったり来たりしながらそのタイムを競うらしい。何回か往復したところでレースが終了となるとのことだった。

 

私たちは位置につき、いざスタートしてみると、その女性は経験者のためか、明らかに私よりも速い速度で動けることがわかった。彼女はうまく手を抜いており、あたかも私とせっているかのような演出をしていた。

 

私は、彼女が手を抜いているのもわかったし、気を遣ってそのような演出をしていることもわかっていた。なんとか彼女に全力を出してもらおうと、速度を目一杯上げたところ、右手に大きな檻が見えた。

 

私はその場でレースを止め、彼女と一緒にその檻を見にいくことにした。檻の中を見ると、可愛らしい子犬が何匹かいた。

 

子犬たちの様子を見ると、一見すると彼らは元気そうなのだが、どうやら何かしらの怪我や病気を持っているようだった。私は彼らに治癒を施そうと思い、檻の中に入った。

 

すると、子犬たちは尻尾を振りながら嬉しそうに私に近づいてきた。彼らのそうした姿を見て、とても微笑ましく思い、同時に幸せな気持ちになった。

 

その幸せな気持ちを治癒のエネルギーに転換しようと私は考え、一匹一匹の犬に手をかざしながら、彼らの治癒を始めた。すると、どの犬も順調に調子が良くなり、調子が良くなった犬から順番に檻の外に出してあげた。

 

彼らはこの雲でできた島の上で、また元気に生きることができることを喜んでいるように思えた。フローニンゲン:2019/10/20(日)06:47

 

5065. 曲からの励ましと治癒:バイオダイナミクス農法で作られた麦類を食べ始めて

 

時刻は午後4時半を迎えた。フローニンゲンに戻ってきてからの最初の日曜日がゆっくりと終わりに近づいている。

 

先ほど、数日前に作曲した一連の曲を聴いていた。過去の日記を読み返すかのようにそれらの曲を聴き直してみると、自分の曲に励まされたような感覚を得た。さらには、なんとも言えないカタルシスを感じた。

 

自分が作った曲に自分が励まされ、癒しを得るというのはとても不思議なことである。自己を励ますのはとことん自己であり、自己を癒すのはとことん自己だということを示唆しているのだろうか。また、自己を育むのはとことん自己であるということも暗示しているように思われる。

 

数日前に作った曲は、どれも自分が意識的かつ無意識的に生み出したものである。そうなのだ。作曲プロセスには絶えず自分の意識と無意識が関与しているのである。

 

曲を作った後のなんとも言えない解放感。それに加えて、自分が治癒され、また一歩変容の足取りを前に進めたかのような感覚がある。

 

作曲によって得られる感覚と、夢日記を執筆して得られる感覚はどことなく似ている。多々ある相違点に目が向かうのではなく、今は共通点及び共通感覚に意識が向かっている。

 

今日はこれから少々仕事をする。協働プロジェクトに関するレビュー業務を行い、その後に移民局にビザ受け取りのアポイントメントを取る。そして、第3四半期の収支をエクセルでまとめたものを最終版にし、お世話になっている会計士に送る。夕食前と夕食後に行うのはそれぐらいだ。

 

実家に滞在している最中に、オーガニックのオートミールを食べて、それが美味しかったため、オランダに戻ってきてからも麦類を食べるようになった。近所のオーガニックスーパーに行き、オーツ麦、大麦、スペルト小麦、ライ麦の4種類の穀物が混ざったものを購入し、それをオーガニックの豆乳にかけて昼食として食べている。

 

ここ最近は、味噌汁、芋類、豆腐、トマトなどを食べるしっかりとした食事は夕食のみであり、午前中に果物を食べ、昼にはその4種類の麦類を食べている。それらの麦類は、以前紹介したように、バイオダイナミクス農法で作られているため「demeter」という表示がなされている。

 

それらの麦類に注目をしたのは、その凄まじいまでの生命力である。4種類の中には、厳しい環境の中でもそれを物ともせずに発育するものがある。

 

どの麦も栄養豊富であり、そうした生命力の強い食べ物を食べていると、腸内細菌も生命力を得るかのようである。実際に、こうした麦類、さらには植物性食品を中心に食生活を変えてみると、生命力が溢れる感覚が絶えずある。

 

植物というのは動物よりも先に誕生し、古代から現代にかけて生き残っているほどにその生命の連鎖は太く長い。植物に対する関心がより一層高まり、その恩恵を日々享受している自分がここにいる。フローニンゲン:2019/10/20(日)16:50

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