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5054-5058:フローニンゲンからの便り 2019年10月18日(金)

October 20, 2019

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本日生まれた曲

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タイトル一覧

5054. 世界の適当さを歓迎して

5055. 魂の始動

5056. 魂の安息地としてのフローニンゲン:今朝方の夢

5057. 生の歓喜:魂が天に帰る夢

5058. 光の絵筆

 

5054. 世界の適当さを歓迎して

 

世界はほどほどに適当だから良い。ユトレヒト駅のプラットフォームでそんなことをふと思った。

 

ようやく私はフローニンゲン行きの列車に乗り込んだ。今日は成田からヘルシンキまでのフライトが遅れ、ヘルシンキからアムステルダムまでのフライトも出発が遅れた。そしてなんと、スキポール空港からフローニンゲンまでの列車が急遽ことごとくキャンセルになるという事態に見舞われたのである。

 

大抵の人はこの状況を踏んだり蹴ったりだと表現するかもしれないが、私はむしろ逆に、この世界の適当さに一安心した。確かに世界はますます機械化が進んでいるのだが、こうして様々な予想不可能な遅延が生じることを私は嬉しく思ったし、多いに歓迎した。

 

とはいえ、スキポール空港からフローニンゲンに向かう列車がことごとくキャンセルになっているのを見た瞬間は、「どうやってフローニンゲンに戻る?」と自問した。

 

今朝もまた午前4時に起き、機内では20分ぐらいの睡眠を何回か取っていただけであり、今は日本時間で午前3時だから随分と起きていることになる。眠気の峠を越えたのだが、さすがに通常の状態ほど頭が働かない中で、なんとか機転を利かせ、スキポール空港からユトレヒトに行き、そこからフローニンゲンに一本で行ける列車に乗ることにした。

 

最初私は、面倒なのでアムステルダムで急遽ホテルに宿泊し、翌日の朝に帰ろうかと考えたが、一刻も早くフローニンゲンの自宅でくつろぎたいという思いが自ずから生まれた。私が帰るべき場所はフローニンゲンであり、最も落ち着けるのはフローニンゲンの自宅なのだ。

 

ユトレヒトの夜は肌寒く、大抵のオランダ人はもうコートを羽織っている。私は銀座で購入したセーター一枚だったが、これを購入しておいて正解だった。

 

思わぬ形でユトレヒトの駅に降りた時、そこの空気が旨く感じられた。オランダの空気を味わう自分。オランダの夜空を味わう自分がそこにいた。

 

いかなる状況に置かれても、このような心のゆとりを忘れたくはない。こうしたゆとりがありさえすれば、世界との関係性を変えることができる。それは巡り巡って自分を変えることにもつながり、自分の人生がより豊かなものに変化して行くことにもつながる。

 

今、列車の中で顔を上げると、若い女性が英語の書籍を熱心に読んでいた。タイトルを見ると、「コカインマフィア」という英語が表記されており、実にオランダらしいと思った。

 

あの書籍にはどのようなことが書かれているのだろうか。そこには固有の文字世界があり、その文字世界に浸っているその女性と私が住んでいるオランダには、固有の文化世界が広がっている。それは自ら直接体験してみないと見えない世界である。

 

直接体験。そう、その大切さを改めて知ったのは、スキポール空港駅で機転を利かせ、ユトレヒトに向かうという意思決定をした時だ。

 

以前にも何度かユトレヒトを訪れており、フローニンゲンからユトレヒトまで一本で行けることを知っていたのだ。この直接体験がなければ、私は今頃まだスキポール空港で右往左往していたかもしれない。

 

Google Mapで検索などするよりも早く意思決定を行なった自分を見るにつけ、これまで積み重ねてきた直接体験の重要性を知る。

 

フローニンゲンまであと1時間半ほど列車に揺られ、そこから20分ほど歩いて自宅まで戻る。今日は少し遅くなったとしても、浴槽に浸かってゆっくりし、その後に就寝したいと思う。フローニンゲンに向かう列車の中:2019/10/18(金)03:04(日本時間)

 

5055. 魂の始動

 

フローニンゲンに無事に戻ってきてから一夜が明けた。3週間に及ぶ日本滞在が静かに終わりを告げ、今はまだその余韻の中にいる。今回の一時帰国を通じて考えさせられたことや感じたことについては、また追々日記に書き留めておきたい。

 

昨夜は、スキポール空港からフローニンゲン行きの列車がまさかのキャンセルであり、ユトレヒトを経由して何とか自宅に帰ってきた頃にはすでに夜の10時であった。そこからゆっくりと浴槽に浸かり、11時に就寝した。

 

日本に滞在中は、基本的に午前4時に起床していたのだが、今朝は午前8時まで寝ていた。本当につい先ほどまで寝ていたことになる。

 

目覚めてみると、そこには見慣れた景色があった。寝室の天井や窓から見える景色は大変懐かしく、大きな安堵感を私にもたらした。

 

3週間もフローニンゲンから離れていると、窓の外の世界はすっかり秋らしくなっている。何よりも紅葉が進んでいる。オランダの国色であるオレンジ色の世界が今広がり始めている。

 

この瞬間の私は書斎の中にいて、書斎の窓から外を眺めている。いつの間にか裸になってしまった街路樹や、オレンジ色を帯び始めた街路樹をぼんやりと眺めている。

 

目の前に広がっている景色は本当に美しく、自己の深層を落ち着かせてくれる。こうした景色をぼんやりと眺めていると、心の深層部分に波など立ちようがない。自ずから、明鏡止水の心持ちになっていく。

 

今回の日本滞在で体得したゆとりを、オランダで始まる新たな生活でも持っていこう。とにかくゆっくりと歩みを前に進めていこう。

 

一日の間に何度もぼんやりと窓の外の世界を眺める時間を設けよう。最初は意識的にそれを行い、慣れてくれば、日本で無意識的に行なっていたように、それは習慣化されるだろう。

 

ふと視線を赤レンガの家々の方に向けると、何やら屋根を工事している。よくよく見ると、ソーラーパネルを取り付けようとしていることがわかる。

 

午前9時を迎えたばかりだが、工事現場から「カンカン」と高鳴る音が聞こえてくる。その音は天に向かって伸びて行く。

 

高鳴る音が自分の内側にもある。その音を育み、その音が天に上っていくように願ってやまない。

 

それでは今日も早速、早朝の作曲実践をして、午後あたりから荷ほどきを始め、夕方には買い物に出かけたいと思う。街の中心部の市場に行ってシイタケを購入し、オーガニックスーパーで味噌、豆腐、アーモンドペーストを購入する。その足で近所のスーパーに立ち寄り、オーガニックのバナナとリンゴ、そしてピーナッツペーストを購入しようと思う。

 

今の私の心はとても穏やかなのだが、静かな興奮がある。魂が次の場所に向けて、いや次の姿に向けて躍動し始めている。魂の興奮がここにある。フローニンゲン:2019/10/18(金)09:11

 

5056. 魂の安息地としてのフローニンゲン:今朝方の夢

 

ここが自分の活動拠点であり、ここが魂の安息地であるという感覚。それが今の自分を包んでいる。

 

圧倒的に独りにしてくれるこの素晴らしき環境。自己と向き合うことを自然と後押ししてくれる環境がここにある。

 

昨夜自宅に帰ってきたときに、自宅周辺の静けさに改めて感銘を受けた。自分の部屋に入った瞬間に、初めてこの部屋にやってきた3年前と同じような感覚に包まれていた。

 

部屋に入ると、そこには静けさだけがあった。その静けさはえらく黙想的であり、意識が自己の内側に向かっていくことを促す。しかもそれは強引な形での促しではなく、とことんまでに自然なのだ。

 

実家のバルコニーの目の前に広がるあの穏やかな瀬戸内海の景色には敵わないかもしれないが、書斎の窓から外の景色を眺めると、素晴らしい眺めがここにもある。オランダ上空に広がる空が見えて、街路樹や赤レンガの家々が見える。

 

こうした景観を眺めながら、私はまたオランダでの新しい生活を淡々と進めていく。心は明鏡止水の有り様でいて、生活は水の如く淡々と進めていく。日々の淡々とした営みの中に、絶対的な充実感と幸福感がある。

 

これから作曲実践を始める前に、今朝方に見た印象的な夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、両親と一緒に美術館を巡っていた。

 

その美術館は、おそらくヨーロッパ諸国のどこかのものだろう。ただし、館内には日本人だけがいた。その美術館はワンフロアで構成されていたのだが、そのワンフロアがかなり広かった。

 

最初私たちは一緒に絵画作品を鑑賞していた。その際に、私たちは絵からどのようなことを汲み取ったのかをお互いに話し合っていた。そういう形で家族一緒になって芸術作品を楽しんでいた。

 

すると、私はある一枚の絵の前でふと立ち止まった。その絵はとても大きなキャンバスに描かれており、私の内側の何かを鷲掴みにしていた。

 

その場で身動きができないほどに私はその絵に関心を示し、絵全体を眺めたり、細部を凝視したりしていた。その絵には、エジプトの絵画の中によく出てくるような、爬虫類の頭を持った人間が描かれていた。

 

体の部分は赤く、頭は黒であった。その人間の体の左右が見事な対称性を持っているような気がしたので、私は父にその点を指摘し、なぜそのような対称性になっているのかを質問した。父もその点に気づいていたようであるが、なぜ対称性を持っているのかについてはわからないとのことであった。

 

そこからもしばらく私はその絵画の前で足を止めていた。その後、この美術館にあまり長居ができないと父が述べたので、そこからは少し早足で作品を見ていった。

 

フロアの部屋の分岐点に差し掛かったとき、左側には現代アートの展示があり、右側には古典的なアートの展示があった。両親は現代アートの方に向かっていこうとしており、私は古典的なアートに関心があったので、そこで私たちは別れた。

 

古典的なアートが展示されている部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、そこは旅行代理店の中であり、きらびやかな旅行案内のパンフレットが陳列されていた。ヨーロッパの美しい街並みや、澄み渡る海がパンフレットの表紙に使われており、それらは一様に日本人客に向けたパンフレットであった。

 

私はその旅行代理店の中を通り抜けるようにして過ぎ去り、隣の部屋に行くと、そこもまた旅行代理店であった。そこには20代の半ばぐらいの若い女性がいて、携帯でお客か誰かと話をしている最中であった。

 

特に旅行代理店に用事のなかった私は、その部屋も足早に通過していき、隣の部屋に移ると、そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/10/18(金)09:42

 

5057. 生の歓喜:魂が天に帰る夢

 

バッハのフーガと前奏曲が交互に書斎に流れ、その音楽に耳を傾けていると、突然晴れ間が見えてきた。その瞬間に、思わず感動の涙が込み上げてきた。

 

生の歓喜!それは生の歓喜であった。

 

爆発!3週間前の自分は生の歓喜によって爆発し、散らばった自己の破片は歓喜が去った後の余韻的流れに浄化されていった。その後に残った私は、3週間前の自分ではもはやなかった。

 

冷たい風が吹き始めたフローニンゲン。昨夜フローニンゲン中央駅に降り立ったとき、いやユトレヒト駅に降り立ったときに感じていたのだが、オランダはもうすっかり秋が深まっている。

 

ヘルシンキほどの寒さはないが、それでも人々はコートを羽織り、暖かい格好をしている。そんな中、私はまだ日本の気候に影響を受ける形で長袖しか着ていなかった。

 

今日は曇りの予報であり、午後からは少々小雨が降るようだ。今、地上に太陽光が降り注いでおり、その光の美しさは見事である。

 

その光の筋を眺めていると、実家の目の前の瀬戸内海に煌く太陽の光を思い出した。ダイヤモンドよりも美しい光が、海面を煌めいていた。その光景を思い出すだけで、恍惚感を覚える。

 

こんな現代社会だが、本当に、この世界に生を受けて幸運であったと思う。瀬戸内海の素晴らしい光景、そして今この瞬間に見える朝日の輝きを拝むことができるのだから。

 

先ほど今朝方の夢を振り返っていたが、実はまだ続きがある。起床して2時間が経ったが、後半の夢についても書き留めておきたい。

 

夢の中で私は、小中高時代から付き合いのある友人(SN)とある著名な書道家の先生(TS)と一緒に街を歩いていた。その街は日本の城下町であり、大変趣があった。

 

しばらく道を歩いていると、二人は突然消えてしまい、私独りになった。すると、私の存在も消え、意識だけが夢を眺める状態になった。

 

すると突然時代が遡り、天安門橋事件の時代にまで時が巻き戻った。夢を眺めている意識としての自分は、それを「天安門橋事件」だと思っていたのだが、実際には日露戦争中の「柳条湖事件」か、「満州事変」が正しい。

 

夢を眺める意識としての自分は、薄暗いトンネルを眺めていた。そのトンネルには何人かの日本兵がいて、相手国を攻撃するためにトンネル内に爆薬を仕掛けているところだった。

 

ある一人の兵士が丁寧に爆薬を仕掛けていたところ、少し年上の別の兵士が彼に声をかけ、彼の仕事ぶりをねぎらっていた。それを受けた若い兵士は照れ笑いを浮かべ、より一層仕事に精を出し始めた。

 

しばらくすると、爆薬を仕掛ける仕事が全て完了した。だが、何かの手違いで、突然一つの爆薬が爆発をしてしまった。

 

不幸にも、先ほどの若い兵士はその近くにいたため、爆発に巻き込まれてしまい、瀕死状態になった。そこに先ほど彼をねぎらっていた先輩の兵士が駆けつけ、彼に声をかけ、応急処置をしてなんとか彼の命を救おうとし始めた。だが、それはもう手遅れのようだった。

 

瀕死の状態で若い兵士は最後に、「あ、ありがとうございました・・・」と述べた。すると、先輩の兵士は目に涙を浮かべ、自らの手を腕ごと若い兵士の口に突っ込んだ。

 

すると、その腕を通って、若い兵士の魂が天高く上昇していった。白く輝く煙のような魂が天に上昇していく過程を私はただただ眺めていた。

 

そこで私は突然目を覚まして、ベッドの上でその夢についてぼんやりと回想していた。人間の魂を心の眼で捉えることができ、魂はこの地上での役目を終えるとあのように天に帰っていくのだろうか。フローニンゲン:2019/10/18(金)10:28

 

5058. 光の絵筆

 

魂がくつろぎ、魂が微笑んでいる。そんな感覚がする。

 

昨夜オランダに戻ってきたが、今のところ時差ボケはさほどない。欧州から日本に行く際の方が時差ボケがあるように思われる。

 

とはいえ、時差ボケの影響が全くないかというとそうでもなく、やはり体内リズムが少々狂っている感じがする。それがまさに今朝は8時まで寝ていたことに現れている。

 

午前中、せっかく晴れていたので、体内リズムを元に戻すために、軽くジョギングをしながら街の中心部の市場に向かった。その足取りのなんと軽かったことか。

 

身体に羽が生え、心に羽が生えたかのように、私の身も心も軽かった。そして何より、フローニンゲンで再び生活を始めることに大きな安堵感を覚えている自分がいたのである。

 

どこであってもいい。この世界のどこであってもいいのだが、私たちは、自分が本当に落ち着ける場所で生活を営んでいく必要があるように思う。

 

人や社会が素晴らしいと言ったからではなく、自分自身の心と体に聞いてみるのである。「どこで暮らすのが自分が最も幸せと感じられるのだろうか?」と。そのように問うてみよう。

 

自分の心と体はなんと答えるだろうか。その結果として大都市が選ばれても問題なく、自然が選ばれても問題ない。

 

問題なのは、この物質資本主義的な宣伝に踊らされた形で居住地を選ぶことである。その結果として選ばれば場所では、幸せなど感じようがない。感じられる幸せはまやかしのものである。

 

紅葉した落ち葉を眺め、赤レンガの家々の前を軽くジョギングしている私は、そのようなことを考えていた。自分の心と体が最も落ち着き、最も活き活きする場所、それがフローニンゲンという街である。

 

これから時間をかけて、私はまたこの世界の様々な場所に足を運んでみようと思う。当面はヨーロッパが中心となるだろう。

 

オランダは永住地の一つなったことは間違いない。これはもう覆しようのないことである。

 

天気予報の通り、買い物から帰ってきてしばらくすると、激しい雨が降った。それは枯れかかった街路樹の葉を地面に落とすには十分であった。

 

天から降ってくる雨を眺めていると、少しばかり恍惚的な気持ちになった。恍惚感。それは今日の午前中にもあった。

 

不謹慎な表現で言えば、向精神性の薬物を使用した後の感覚、別の表現で言えば宇宙から帰還した感覚があった。その感覚を持ったのは、雲間から朝日が地上に降りてきて、その光が地上を駆け抜けて、この世界が光の絵筆で撫でられるような光景を目撃した瞬間であった。

 

天から降り注ぐ光が絵筆であったことを知っていただろうか。あまりにも美しく、あまりにも恍惚的なその光に、私の目は溶けてしまいそうだった。身も心も全てが溶けてしまいそうだった。

 

実際に私の存在は溶けてしまい、感涙がこぼれてきた。そして私は笑った。

 

笑いながら泣き、泣きながら笑った。こんな笑いがあり、こんな涙があるのであれば、私はまだ生きたいと思った。そして、今生きていることに感謝の念を持ち、祈りを捧げたくなった。

 

先ほど近所のスーパーで購入したオーガニックのジャガイモとサツマイモが揺れながら笑っているように思える。彼らの存在さらには生命は輝いており、地上に降り注ぐ光と呼応している。それを眺めている私もまた、絶対的な至福さと呼応している。フローニンゲン:2019/10/18(金)14:08

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