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5040-5042:フローニンゲンからの便り 2019年10月14日(月)


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本日の9曲

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タイトル一覧

5040.【日本滞在記】今朝方の夢:親友たちとボルダリングを楽しんで

5041.【日本滞在記】体現されたくつろぎと美意識の深化

5042.【日本滞在記】永遠への道と魂の輝き

5040.【日本滞在記】今朝方の夢:親友たちとボルダリングを楽しんで

時刻は午前4時半を迎えようとしている。快眠のおかげもあり、今朝は4時に起床した。

今、列車が最寄りの駅を通過していく音が聞こえてきた。この時間帯の光市はまだ闇に包まれており、一日の始まりを静かに待っている雰囲気を発している。

幸いにも今日も天気に恵まれるようであるから、読書はできるだけバルコニーで行いたい。作曲と読書を交互に行うことは、二つの実践に相互作用をもたらし、両者が共に良い関係性の中で進められていくのを感じている。

オランダに戻ってからも、両者を往復することをより意識してみよう。その際には、まだ読みかけの和書を読むことを自分に許容してみよう。

オランダに戻ったからといって、和書を読むことに引け目を感じたり、それを禁止したりする必要はないのである。今回の一時帰国を通じて、もはや日本語空間との付き合い方の要諦を掴んだのだから、オランダで日本語に触れることに対して心配する必要はない。

今朝方は起床前に夢を見ていた。そこには、小中学校時代で一番背の高かった友人(YK)が現れていて、彼と何かを話していた。

彼はジョギングをしながら自分のところにやってきたのを覚えている。私の目の前で立ち止まり、笑顔で何かの話題について楽しそうに話しかけてきた。

その話題はスポーツ関係のものだったか、投資関係のものだったように思う。二つの分野は全く違うのだが、今の私にとっては両者の区別はさほどなく、夢の中でどちらの話題が取り上げられていたのかをうまく思い出せないのはそのためだろう。どちらかというと、スポーツの話題を彼は話していたように思える。

そこから何名かの女性友達も話に加わってきて、ボルダリングについて和気藹々と会話をしていた。そのような夢を今朝方見ていたのは、昨日に親友4人と一緒にボルダリングをしたからだろう。

私が幼少時代を過ごした室積にある「室積BASE(ベース)」さんに行き、そこでボルダリングを楽しんだ。一昨日は花火大会が近くで行われており、昨日も祭りが行われているようであったから、ジムのカフェは普通に利用できたが、ボルダリング施設の利用は15時からであった。

ちょうどみんなと待ち合わせをしていたのが13時であり、そこから2時間はお互いに積もり積もった話をして旧交を温めた。地元にあるジムだから贔屓目に見ているわけでは決してないが、今回の一時帰国の中で訪れたジムの中で一番雰囲気の良いジムであった。

課題がより多いジムはその他にもあったが、非常にお洒落なカフェがジムの中にあり、Meetupスペース(あるいはワーキングスペース)もあり、2階には瀬戸内海を眺めることのできるテラス席もある点がこのジムの良さである。カフェのテーブルや椅子、ボルダリングスペースの椅子のほとんどが木材で作られていることも、落ち着きを与えてくれることにつながっていたように思う。

私たちは2時間ほど会話を楽しみ、そこから2時間半近くボルダリングを楽しんだ。もうほとんどの友人には家族がおり、お互いに全く違う人生を歩んでいるが、こうしてゆっくりと話をし、一緒にスポーツを楽しんでいると、昔に戻ったかのような気持ちになるから不思議である。来年もまたこの時期に地元に戻ってこようと考えているため、ぜひまたみんなとボルダリングを楽しみたいと思う。山口県光市:2019/10/14(月)04:48

5041.【日本滞在記】体現されたくつろぎと美意識の深化

時刻は午後7時を迎えた。つい先ほど、夕食後の一杯の抹茶をいただいた。父が夕食後に入れてくれる抹茶は実に味わい深い。

今回の実家に滞在中には2種類の抹茶を飲んだが、ここ数日間飲んでいるものは、一保堂の「幾世の昔(いくよのむかし)」というお茶である。このお茶は、口当たりがまろやかであり、甘味のある味がする。家族三人で抹茶をゆっくりと味わい、幸せなひとときを過ごした。

今回実家に戻ってきて、これまで以上にゆとりのある時間を過ごせたように思う。あえて何も考えないような余白の時間が自然と生み出されており、私のそうした時間の中にいることが多かった。

こうしたゆとりのある余白的時間の中から創造性や集中力が溢れてくる。日本で得られたこのくつろぎの感覚を、オランダの平穏さの中で濾過し、純化させていく。

自己がくつろぎに変貌するまでそれを続けていこう。もうそうした自己の背中が見え始めている。

くつろぎの中にとろけ出し、くつろぎと一体化した自己。そのような自己が誕生したとき、ようやく自分の創造性が鮮明に発露されるだろう。

先ほど、実家の食器棚にある数々の陶器や磁器を改めて眺めた。これまでの私は、絵画や音楽に関心はあれど、こうした焼き物関係にはあまり関心を持っていなかったように思う。しかし、先ほど食器棚に置かれている焼き物に関心を示した自分を見るにつけ、自分の中の美意識にも変化が起こったのだと思う。

早いもので明後日には再びヨーロッパに戻るが、そこでの新たな生活においても、自分の美意識をより一層育んで行こう。美的感覚を磨けば磨くほど、この世界に絶えず存在している様々な美を認識することができる。

しかも、単純に多様な美的存在を認識するにとどまらず、美的存在の深さも認識できるようになっていくだろう。来月にはヴェネツィアに旅行に出かけ、再来月の年末年始にはマルタ共和国に旅行に出かけていく。こうした旅行を通じて、自分の美意識はさらに磨かれ、さらに深まっていくだろう。

深まる秋の風に吹かれながら、そのようなことを思う。今日も満月がいと美しい。山口県光市:2019/10/14(月)19:19

5042.【日本滞在記】永遠への道と魂の輝き

——高貴なる芸術作品の享受は祈りに喩えられる——ヴッケンローデル

何かに対して祈りを捧げたい気持ち。そんな気持ちが今の私を包んでいる。

気がつけば、実家での滞在も明日までとなり、明後日には成田空港近くのホテル日航成田に宿泊し、明々後日にはオランダに戻る。今回の一時帰国を振り返るのはまだ早いかもしれないが、今回の滞在はこれまでとは比べものにならないほどに充実していた。それは日本各地の美術館に訪れたり、各地の風土に触れたり、親友たちと旧交を温め、家族と共に幸せな時間を過ごしたことの総体としてもたらされたものだろう。

この3週間の全てに対して感謝の意を捧げ、祈りを捧げたい。究極的には、生がもたらす充実感と幸福感に対しては、もはや感謝の言葉を捧げることと祈りを捧げることしかないのだと思う。

充実感と幸福感という感覚的感情を根源にして、感謝と祈りが円環的に自分の内側に循環し、それが同心円を描くように自己から拡散放射される。あぁ、これが永遠に向かっていく感覚なのだという気づき。

なるほど、永遠への道は、こうした循環的かつ円環的なものだったのだ。それがもうありありと知覚される。

こうした知覚体験は、永遠の道の一端を知るよすがとなった。ものを知るというのは、そのものを認識の光によって明らかにすることであり、それに応じて自己の存在に光が当てられる。

そう、それによって自己がより鮮明に明らかになることが、何らかの事物を知るということの本質にある。私たちが何かを本当に知るとき、それは事物そのものだけについて知ることになるのではなく、私たち自身を知ることになるのだ。ここに、知ることにまつわる主客未分の特性を見て取ることができる。

気がつけば、今日は10曲ほど曲を作っていた。どれも詩や短歌のように短い。いや、俳句のように短いと言っていいかもしれない。

だが、そうした長さに関係なく、そこには確かに自分らしさが滲み出ていることが興味深い。この一連の短い日記の中にも、言葉を通して自分らしさが滲み出ているに違いない。

それは魂の固有の味や香りとして立ち現れ、魂の固有の輝きとして顕現される。魂の輝きを通じて、明日もまた作曲実践を行なっていこう。

音楽宇宙という無限なるものを、有限なる我を通じていかに具象化していくか。それを一つのテーマに持ち、永遠なる魂を通じて、魂の輝きを音や言葉にしていこう。

明日もまた暗く、そして明日もまた明るい。山口県光市:2019/10/14(月)19:51

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