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5034-5036:フローニンゲンからの便り 2019年10月12日(土)


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本日の6曲

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タイトル一覧

5034.【日本滞在記】直筆に込められた不思議な力を感じる夢

5035.【日本滞在記】瀬戸内海というモチーフ:感覚的未分化の世界の中へ

5036.【日本滞在記】ヌミノーゼ(聖なるもの)との触れ合い

5034.【日本滞在記】直筆に込められた不思議な力を感じる夢

時刻は午前5時半に近づきつつある。今朝もいつもの通り、4時半過ぎに起床した。

両親は私よりも少し早く起床しており、二人の活動する音が聞こえ始めた頃に私も目覚めた。起床してみると、父はすでに海の様子をチェックするために自宅を出発していた。もう少ししたら海から戻ってきて、母と私のために、野菜と果物をジューサーにかけた酵素ジュースを作ってくれるだろう。それを飲むのが毎朝大体6時半頃である。

実家に帰ってきてからも生活リズムは規則正しい。生活リズムの安定は、日々の生活に充実感と幸福感を安定的にもたらしてくれている。

台風が関東地方に近づいているというニュースが数日前から流れている。今日は関東地方に台風が上陸するかもしれないとのことである。

関東から遠く離れた山口県は穏やかであり、瀬戸内海は昨日よりも穏やかだ。寄せては返す平穏な波の音に耳を傾けながら、今朝方の夢について振り返っている。

夢の中で私は、大学時代のゼミのメンバーの中でも一際仲の良かった友人とメールでやり取りをしていた。今度どこかで会ってゆっくり話をしようというのが趣旨であった。

そのメールの中で、会う日時を決め、当日を迎えたところ、待ち合わせ場所に彼はやってこなかった。その代わりに、突然私は小中学校時代を過ごしたアパートの郵便受けの前に立っており、郵便受けを開けてみると、彼から手紙が届いていた。そしてその他にも、私宛の手紙が別の人たちからたくさん送られていたのである。

手紙には不思議な力がある。直筆で書かれた言葉には、メールなどの電子化されてしまった言葉にはない不思議な力がある。

電子化されてしまった言葉にもある種の霊力のようなものは宿るが、直筆の手紙に込められているそれには叶わない。直筆には言霊の力が真に宿る。手紙の書き手の魂がそこに宿る。そのようなことを思わせてくれる手紙がたくさん届いていた。

私は、郵便受けから大量の手紙を取り出し、それを3階の自宅まで持って帰ろうとした。そこで夢の場面が変わった。

今朝方はその他にも夢を見ていたことを覚えている。だがそれらの夢は、瀬戸内海の波の泡沫のように、どこかに消えてしまった。そんな夢たちは、再び寄せては返すを繰り返す。

今日という日がやってきたことに感謝の念を持って十全に生きることができれば、その夢はまたやってくるだろう。しかもその時には、一段深い真実を開示してくれるに違いない。山口県光市:2019/10/12(土)05:34

5035.【日本滞在記】瀬戸内海というモチーフ:感覚的未分化の世界の中へ

瀬戸内海。かくも自分の心を安らかにしてくれる海はないだろう。そのようなことをバルコニーでくつろぎながら思った。

バルコニーに設置されている木製のテーブルの上にスタンディングデスクを置き、それを用いて読書を行っていた。

午前中に豆を挽いて入れたコーヒーはとてもうまく、瀬戸内海の海風の香りと調和する。父と先日オーガニックのコーヒー豆を選んで本当に良かったと思う。

瀬戸内海の波の音はとても心地良く、そして太陽に照らされた海面の動きの美しさについつい見入ってしまう。瀬戸内海は、いつか自分の作曲上のモチーフになるだろう。

少なくとも実家に戻ってきた際には、それを継続的なモチーフにしたい。実家はすでに創作のための別荘となった。それはとても有り難いことである。

今日はこれから本日5度目の作曲実践を行おう。そのまま6度目の作曲実践をした後に、バナナを食べようかと思う。

言葉によって世界が文節化される前の世界に没入一体化することを可能にしてくれる作曲。作曲の魅力の一つはそこにある。

日記を書きながら、世界を分節化しながらにしてそれと同一化していく方向性と、曲を作りながら、分節化を逃れた感覚的未分化の世界の中に入り込んでいく方向性の双方を大切にしていく。

今書きながら考えていたのだが、音は確かに言葉にならないものを形にしてくれるのだが、これもある種の分節化なのだろうか。今の私の中では、それは言葉のように世界を分節するというよりも、自己と世界との感覚的な出会いを浮き上がらせるような働きをしているのではないかと考える。

ひょっとすると、言葉でもそれが可能なのかもしれない。詩的言語というのはそうした手段なのではないだろうか。

世界を冷徹に切り取るのではなく、世界と自己との出会いを温かく浮き上がらせていくような形で言葉を紡ぎ出していきたい。そのような考えが芽生える。

日記の執筆にせよ作曲にせよ、それらを通じて伝えたいことなど事前に決まっているわけではない。そもそも何かを伝えようと思って言葉や音を紡ぎ出しているわけでもないように思う。

ただ純粋に、この瞬間に自己と世界との出会いによって喚起される感覚を形にしているだけなのだ。そのようなスタンスで言葉と音を通じた創造活動に励んでいきたい。

正午に向かう瀬戸内海は穏やかな歌を歌っている。山口県光市:2019/10/12(土)11:02

5036.【日本滞在記】ヌミノーゼ(聖なるもの)との触れ合い

――なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる――西行法師

今、父が立ててくれた抹茶を飲み終えた。時刻は午後7時半を迎え、満月の前を雲が素早く通り抜けていく。

満月が見え隠れする夜の世界の中で、ぼんやりといろいろなことを考えていた。本日は、記録的な台風が関東圏に上陸し、ニュースはその件で持ちきりである。

増水し、荒れ狂う川の様子や災害の状況を見ていると、それは自然が私たちに警鐘を鳴らすような激しい声のように思えてくる。

現代人の生き方やあり方に対する警鐘の声。それは怒号のようであり、多分に戒めの意図が込められているように感じるのは私だけだろうか。

今日の夕方、雲間から差し込む光の筋を見た。それは天から地上にかかる光のレースのようであり、天に続く輝く道のようにも思えた。

雲間を縫って天から地上に降り注ぐ光を眺めながら、ドイツの神学者ルドルフ・オットーの『聖なるもの』を読んでいた。本書は偶然にも父の書棚にあったものであり、これは父が購入したものなのか、私が購入したものなのかよくわからない。いずれにせよ、本書に自然と手が伸びた自分がいたことは確かである。

本書の中でオットーは、「聖なるもの」を「ヌミノーゼ」という言葉で表現している。こうした聖なるものへの畏怖の念が魂の成長に不可欠な養分になる、ということをルドルフ・シュタイナーが述べていたことを思い出す。

今回の実家の滞在期間中に、オットーの書籍やシュタイナーの書籍を読み返している自分がいたのは、偶然かつ必然のように思えてくる。

本当に最近はよくヌミノーゼを知覚する体験を多くする。それは覚醒意識の中だけではなく、夢を含めた無意識の中でも起こる。

オットーは、「予覚(divination)」という興味深い能力を提唱している。これは、聖なるものが出来事や人物などを通して自己表現したもの、すなわち顕在化した聖なるものを真なるものとして認識し、承認することのできる能力である。

私の中でこの能力が開発され、さらに大きく発現されているのを日々感じる。ヌミノーゼに触れる体験、すなわち聖なるものに触れる体験を頻繁にしている自分に気付いている。

まで行われていたオンラインゼミナールと先日に大阪で行ったセミナーに参加してくださったある方と、一昨日ボルダリングを山口県で楽しんだ際に、その方は私がよく感極まって涙を流す理由について尋ねてくださった。

その答えはまさに、聖なるものに触れる体験にあるように思う。おそらくそれ以外には考えられない。

冒頭の西行の言葉は、「なんだかよくわからないが、大変有り難いという思いが湧き上がり、自ずから涙がこぼれてくる」というような意味だろう。まさに、日常の些細なことに対してこうした体験をしているのが今の自分である。

理性的に全く理解できないが、逆にそうだからこそ自分の内側の奥深いところに触れる何かがあり、それによって感涙する。そんな体験が寄せては返す波のように日々の生活の中で絶えず起こっている。

家族との会話、愛犬との戯れ、家族との夕食など、そうしたありふれた事柄を通じて聖なるものがやってくる。明日もまた聖なるものとの出会いが待っている。山口県光市:2019/10/12(土)19:39

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