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4984-4987:フローニンゲンからの便り 2019年9月26日(木)

September 28, 2019

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本日の2曲

本日の2曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

 

タイトル一覧

4984. 日本、日本、日本。

4985. 畜生と神や仏が同居するこの世界の中で:自己も世界も「開かれているもの」だということ

4986. 銀座滞在2日目の計画:外国人観光客のような私

4987.『ハロー・ワールド』と『天気の子』を見て:日本の食の危機に対して

 

4984. 日本、日本、日本。

 

時刻は午前2時を迎えた。今私は東京の銀座にいる。

 

麗らかな気持ち。なんとそのような気持ちで日本に一時帰国することになるとは思ってもいなかった。

 

確かに、東京の様子やこの街で生きる人の表情やエネルギーを見ていると、書きたいことは山ほどあるが、まずは今の自分の率直な気持ちを書いてみた。それは麗らかな気持ちであった。

 

落ち着きがあって、それでいて楽しそうであるこの気持ちは一体なんだろうか。欧米での生活が8年目を迎え、ようやく私は日本に対する印象が変容を迎えたことを知る。

 

これまでの8年間の中で一時帰国していた際に感じていたものとはまるっきり異なる感情と感覚を今この瞬間抱いている。それは瞬間的なものではなく、日本に到着した昨日からずっと抱き続けているものである。

 

ようやく自分は、自分の中で母国との関係性に折り合いをつけ、過去の自分と母国から超越したのだと思う。それをもってようやく始まったのだ。母国への関与がようやく始まったのである。

 

長かった。ここまで到達するのに8年もの時間を要した。

 

昨日成田から銀座に向かっている最中に、列車の中、そして街中で色々なことを感じ、そして考えていた。母国にあって異邦人であること。

 

異邦人であるからこそ分かること・気づけること、そして関与できることがある。具体的に母国に対してどのように関与していくのかについてはここでは明示的に述べない。

 

それは全く述べる必要がなく、自分の日々の行動と発言の節々に体現されたものだからである。具体的にそれらを語ることほど馬鹿馬鹿しいことはなく、ただ行動をもってのみそれが示されていく。

 

それでいい。それでいいのだ。

 

午前2時の銀座。銀座のエネルギーは不思議だ。

 

東京の都心部のエネルギーは不思議だと感じられるようになっている自分。正直なところ、東京を絶対に近づきたくない場所だとこれまでは考えていたのだが、あえてこのけばけばしい街に触れてみることによってしか得られないものがある。

 

確かにこの場所に長居をしてしまっては、その濃く深い闇の世界に飲み込まれてしまいそうだが、自分の内側には、そうした闇にかき消されない内側の光が宿っていることも分かる。

 

本当に、本当に、本当に、長かった。自分の内側にあった日本が外側に出て、外側に出た日本が内側に戻り、日本が内側に戻った自己から超越するのに8年もかかったのだ!

 

8年であれば早い方だったのだろうか?事の速さは関係ない。ただそれが自分の内面で確かに起こったということが大切なのだ。

 

自分はこれからどこへ行くのだろうか?どこへも行かない。ただいつもそこにあり続ける。

 

あり続けること。本当にこれしかないのである。

 

あり続けること。それだけがあるのである。

 

日本と自己との関係性が麗らかなものになったこと。それはなんと喜ばしいことだろうか。

 

自分の人生が今この瞬間にあるということ。不思議だ。不思議すぎるぐらいに不思議すぎる。今この瞬間にあるということがあることが不思議なのである。

 

もう一度確認しておいたほうがいい。今日この瞬間の私は、東京の銀座にいる。

 

雑居ビルが立ち並ぶ一角にある落ち着いたお洒落なホテルの一室で、この日記を書いている。この日記を書いているのは自分だ。自分のようではないが自分なのである。

 

ようやくまた新たなことが分かり始めている。分かり始めているということが分かり始め、分からないことがまた見え始めている。

 

世界。この世界。なんと既知かつ未知なものなのか!

 

日本、東京、銀座。日本、東京、銀座!

 

自己、世界。自己、世界!

 

朝の2時。朝の2時!

 

持参したカカオパウダーを白湯に溶かし、それを飲みながら落ち着いた気分の中で、また日記を執筆していこう。銀座:2019/9/26(木)02:20

 

4985. 畜生と神や仏が同居するこの世界の中で:自己も世界も「開かれているもの」だということ

 

先ほど日記を一つ書き終え、日付を記載した。すると、昨日書いた日記は欧州時間の24日のものであり、先ほどの日記は日本時間で表記したため、ちょうど25日には何も日記を書かなかったかのように見える形となった。

 

空白の一日。一見すると、それは空白の日のように思えるが、昨日はなんと濃密な一日だっただろうか。

 

日々が本当に濃密なのだ。どうかそれを知ってほしい。

 

知ってほしいのは、私たち人間はそのように日々を生きれるということだ。生きれるのだ。本当にそのように毎日を生きれるのだ。

 

この社会で生きていく上で外見上かつ表面上求められる馬鹿げたお勉強や仕事などはほどほどに、日々を豊かに深く生きていくこと。人間が人間として真に生きていくために必要なことは、それに尽きるのではないだろうか。

 

そうした形で生きられない個人が集まったところで何になるのか。そんな社会が何になるのか。

 

ダイヤモンドとゴミは異質かつ同質のものである。神や仏と畜生は異質かつ同質のものである。

 

私たち全ては、ゴミかつダイヤモンドであること。私たちは全ては畜生かつ神や仏であること。それを忘れてはならない。

 

昨日東京の街で驚き、目を輝かせて見ていたのはその点である。自分を含めて、この世界で生きる人間が全て畜生性と神性及び仏性を持っていることがそこに滲み出ていた。

 

本当に滲み出ていた。それは視覚的にも触覚的にもありありとしたものである。

 

自分が人間として生きている実感。その根源はそこにある。

 

時刻は早朝の2時半を迎えた。ホテルの窓の外から街を眺めると、運搬仕事をしている人の姿を見かけた。

 

びっくりだ。彼の中に畜生と神や仏が仲良く内在しているのである。しかもそれらが同時に外に出てきているではないか!

 

はて、私は何について日記を書こうとしていたのか。いつもながら、何も決めない形で日記を書いているのだからそんなことは思い出しようがない。作曲においてもそうである。

 

最初に何かを考えて日記や曲を書き始めたとしても、最終的には当初の予定とは違うところに進んでいるのである。それが形を生み出す創造活動の本質だ。

 

連れて行く。創造活動は私たちを連れて行く。未知なるところに連れて行ってくれるのである。

 

そう、連れて行ってくれるのである。本当に。本当に、創造活動の前と後ではもう自分が違う場所にいるのだ!

 

創造活動に伴う精神的な瞬間移動。だから言ったではないか。4年前に西海岸でシャーマニズムのリトリートに参加している際の体験の中で、肉体的な瞬間移動は不可能でも、精神的な瞬間移動は可能であると気付き、それを自分に言い聞かせていたではないか。

 

「言った通りだろう」と、4年前の自分は今日の自分に言うに違いない。そんな4年前の自分はもうおらず、ここにはまた新たな自己がいる。

 

そしてこの自己は、絶えず新たな自己に開かれている。開かれ続けているのである。世界も自己も開かれだったのだ。それらは共に、「開かれたもの(opened)」ではなく、「開かれているもの(open)」という状態形容詞的なものだったのだ。

 

今日も大いに学び、大いに活動に従事する。そして何より、今日という日を大いに謳歌する。

 

まただ。「謳歌」という言葉から明らかなように、人生はやはり音楽だったのだ。

 

その気付きが改めて湧いて出てくる銀座の朝。今日もまた自分の人生のある貴重な一日がここにある。

 

それはあったし、あるし、絶えずあり続ける。そして人生はやがて消える。消えた人生は再び姿を現し、それは永遠のものとなる。

 

「消えて永遠となる」。それは「超えて含む」という考え方に近しいかもしれない。

 

心臓から飛び出した魂が大爆笑している。自分の魂は、本当に明るい性格を持っているのだとつくづく感心させられる。銀座:2019/9/26(木)02:47

 

4986. 銀座滞在2日目の計画:外国人観光客のような私

 

日本に戻ってきてからの2日目が産声を上げ、時刻は午前8時を迎えようとしている。今日の東京は快晴であり、昨日も気づいたが、オランダと比べて日本はやはりまだまだ暑い。半袖で生活をしている人の方が多数であり、長袖を着るにはまだ暑い。

 

昨日の今頃はまだ東京に向かう機内の中にいて、ヘルシンキの最低気温1度に耐えうるような格好をしていた。本日の東京の最低気温と比較すると、およそ20度ほどの開きがある。

 

昨日は銀座のホテルまでは仕方なく長袖で移動していた。幸いにもまだ午前中だったこともあり、手で持っていくと皺になるであろうスーツのジャケットを羽織っていてもなんとか耐えられる暑さだった。

 

成田空港からホテルには程なくして到着し、チェックインの時間にはまだ早かったので、荷物だけ預けて銀座の街の散策に出かけたのが昨日だった。半袖に着替え、ズボンもスーツからカジュアルなものに履き替え、とても清々しい気持ちで街に繰り出したのを覚えている。

 

銀座の街を歩く人と同じような格好をしており、顔も日本人のはずなのだが、時折行き交う人が私の方を好奇な目で眺めているような気がした。オランダでの生活の癖か、口笛を吹いて歩いていたり、キョロキョロと銀座の建物を眺めたり、ブツブツと独り言を述べていたことが原因かもしれない。

 

こうした行動に共感を持ってくれたり、同じようなことをしている人も少なからず銀座の街にいた。だが彼らは一様に外国人観光客だった。

 

いつものように、今回の一時帰国もJALさんにお世話になった。行きの機内の中で、最初の食事が出される時、他の日本人の乗客には日本語を使っていたCAの方が、私には英語で話しかけてきた。

 

搭乗しているクラスの中、私だけがヒンドゥー教のベジタリアン食を選んだからかもしれない。成田に到着し、列車を待っている時にも、ある外国人旅行客が他の日本人には目もくれず、私に英語で新橋までの行き道を尋ねてきた。

 

残念ながら私も観光客の一人であり、その質問は成人発達理論やインテグラル理論などの私の専門領域の質問よりもはるかに難しかったため、駅員さんに尋ねてくれと回答した。結果として、私が乗っていた列車に乗り、私が乗り換えたのと同じ押上で乗り換え、浅草線に乗れば新橋に到着することが後からわかった。

 

その外国人旅行客も最初の列車に関しては同じものに乗り、ちゃんと押上で降りていたのを確認していたため、少しばかりホッとしている。そのようなことをぼんやりと思い出しながら、今日の計画について考えていた。

 

今日は当初の予定通り、朝一番にTOHOシネマズ日比谷に行き、映画を見る。最初は朝から晩まで映画館にいて、3つの作品を見てから近所のボルダリングジムに行こうと思っていたが、そうすると、ボルダリングジムに行く時間帯が遅くなってしまうため、最後に見る予定だった「アド・アストラ」は日曜日の朝に見ることにした。

 

今日は結果として、午前中から午後にかけて2つのアニメ映画を見る。09:25-11:15に上映される「ハロー・ワールド」を見て、次に見る予定の「天気の子」の上映開始の12:45までは時間があるので、有楽町イトシアに行き、そこにあるオーガニック食品店のナチュラルハウスに足を運ぶ。そこで果物と今夜の夕食用のサラダか何かを購入できたらと思う。

 

明日は、群馬県の富岡市立美術博物館に行き、小松美羽さんの作品を鑑賞しに行く予定であり、東京からは程よい旅になるかと思うので、プロテイン豊富な食べ物をナチュラルハウスで調達しておこう。ナチュラルハウスに行ってもまだ時間が余っていれば、イトシアの裏手にある三省堂書店に行きたいと思う。

 

午後から上映される「天気の子」が終わるのは14:55であり、その後は映画館の近くにある「グラビティリサーチ銀座」というボルダリングジムに行く。そこで2時間ほどボルダリングを思う存分楽しみ、ホテルに帰ってきたいと思う。今日の計画はそのようなところだ。銀座:2019/9/26(木)08:23

 

4987.『ハロー・ワールド』と『天気の子』を見て:日本の食の危機に対して

 

時刻は午後の6時半を迎えた。日本滞在の2日目が静かに終わりに向かっている。

 

世界のどこの国に行ってもそうだが、旅は必ず自分の意識状態を変えてくれ、それによって自己や世界の新たな側面が見えてくる。さらには自己に関して言えば、新たなものを育んでくれることもまた旅の意義である。

 

ふと気づけば、今日は木曜日であった。数年前から知らず知らずセミリタイアの生活に入り、直近の2年間ではそれを意識した生活となり、現在ではもはやセミリタイアの生活が板についた。

 

今日はその恩恵を受け、平日の朝から映画館に足を運んだ。平日朝6時半のTOHOシネマズ日比谷はとても空いており、人ごみにまみれるストレスなく『ハロー・ワールド』を午前中に楽しんだ。

 

端的に述べると、新海誠監督の最新作『天気の子』も午後に見たのだが、伊藤智彦監督が作った『ハロー・ワールド』の方が私にとって面白く、響くものが多大にあった。私には映画批評をする観点も能力もないので詳しく書けないのだが、『ハロー・ワールド』の世界観や物語展開を含め、諸々の完成度が極めて高く、心底感動した。

 

前回日本に一時帰国した際には新海監督の『君の名は。』を見て感銘を受けていたのだが、今回の作品から得られる感動は少なかった。とはいえ、帰りにはショップにて、『ハロー・ワールド』のプログラム——映画が面白かったので迷わず購入した——と合わせて、『君の名は。』の一つ前の作品である『言の葉の庭(ことのはのにわ)』のブルーレイを購入した。

 

ちょうど宿泊先のホテルでは、片渕須直監督の『この世界の片隅に』を見ることができるのだが、友人が勧めていたこともあり、アマゾン経由でこの作品もブルーレイを購入しようと思う。

 

『ハロー・ワールド』を見終えた後に時間があったので、必要な食品を購入しに、オーガニック食材を扱っているナチュラルハウス(有楽町イトシアB1)に行った。

 

今回日本に帰国してみて、やはり東京の街を歩いているたいていの老若男女の顔色が良くないことが目につく。それは精神的かつ身体的な事柄が要因——実際にはAQAL的に複雑多様な要因——になっているのだと思うが、もう見るからに良い食材を食べていないことが想像された。

 

正直なところ、彼らが摂取する栄養とエネルギーは壊滅的な質と量のではないかと思われる。でなければ、あんなに覇気のない顔などできないはずだ。

 

ナチュラルハウスの店員さんと少しばかり日本のオーガニック食材市場について話をした。感覚的に日本で入手できるオーガニック食材の価格は、オランダのものと2倍から3倍ほど違う。残念ながら安い方ではなく、日本の方が随分高い。

 

銀座という場所柄、もっとオーガニック食材専門店があっていいと思うのだが、価格的な面、それから食事に関する日本人のリテラシーの低さが影響してか、銀座にもそれほど多くの店はない。

 

その店員さん曰く、やはり若者ではなく、お金があり、健康に気を遣っている年配の方が店に足を運ぶことが多いようだ。

 

私たちの身体と精神を根本から支える食文化が劣化し、地盤沈下し始めているのを感じる。それはもう今に始まったことではないのかもしれないが、東京の街を歩く多くの人たちの顔色と身体から出ているエネルギーを見ている限りだと、食についてなんとかしないとまずいというレベルに本当に達していると痛切に感じる。

 

食に関しても何か関与できることはないだろうかと考える自分がいる。銀座:2019/9/26(木)18:56

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