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4915-4918:フローニンゲンからの便り 2019年9月2日(月)

September 4, 2019

お知らせ

・成人発達理論やインテグラル理論の観点を交えながら、楽しく一緒にボルダリングを体験するためのYoutubeチャンネル「ライフ・イズ・ボルダリング」を始めました!

 

・成人発達理論やインテグラル理論の観点を交えながら、楽しく一緒に音楽理論や作曲について学ぶためのYoutubeチャンネル「ライフ・イズ・ミュージックコンポジション」を始めました!

 

本日の2曲

本日の2曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

 

タイトル一覧

4915. めっきり秋めいたフローニンゲンの朝より

4916. 到来の共振と共振の到来

4917. 「生きる活動」と今朝方の夢

4918. 今朝方の夢の続き:博士論文のような修士論文を執筆した自分

 

4915. めっきり秋めいたフローニンゲンの朝より

 

時刻は午前7時半を迎えた。今朝方起きてすぐに気づいたが、フローニンゲンはもう完全に秋に入ったようである。窓から流れ込んでくる冷たい風がそれを知らせてくれた。また、窓の外に広がる街路樹の表情が、夏のそれではなく、秋のそれになっていることからも秋の訪れがわかる。

 

昨夜も10時前に就寝したがのだが、今朝は6時半まで寝ていた。それはおそらく、昨日第3回目のボルダリングを行ったことが関係しているだろう。

 

昨日のトレーニングも非常に充実しており、第2回目のとき以上に筋肉痛になるようなトレーニングを自らに課してみた。腕の前側の部分が随分と筋肉痛となり、握力もだいぶ低下するほどのトレーニングであった。

 

自宅に帰ってきてからの笑い話としては、夕食の準備のために包丁を握ろうとしても握力の低下のためにうまく握れなかったり、なんとトイレの蓋を上に上げることすらもままならないような状態であった。そこから一夜が明け、今は握力に関してはだいぶ回復したが、それでも腕全体の筋肉はまだ完全に回復したとは言えない。

 

十分な睡眠を取ることになったのは、身体的な回復を図るためだろう。そのおかげもあって身体全体が休息をした感覚はあるが、今日は無理をせず、街の中心部のオーガニックスーパーまでジョギングをするのではなく、今日は近所のスーパーまでジョギングかウォーキングをすることに留めたいと思う。ボルダリングに必要とされる筋力は、無理をせず徐々につけていきたい。

 

早いもので昨日から9月を迎えた。昨日は、2ヶ月弱の期間にわたって開催していたオンラインゼミナールが終了した。

 

今回のゼミナールを通じて得られたことは計り知れない。今回のゼミナールがなければ、私は決して音声動画を世に共有することはなかっただろう。Youtubeのチャンネル運営を始めるきっかけを与えてくれたのが今回のゼミナールであった。

 

何か一つのアクションを起こせば、また別のアクションが生まれる可能性がある。逆に言えば、何もアクションを起こさなければ、次のアクションなど生まれないのではないかと思われる。そのようなことに改めて気付かせてくれるような体験であった。

 

昨日にゼミナールのクラスは全て終了したが、受講生の方々からいただいている質問にまだ全て答え切れていないので、今週中にはできるだけ全て回答したいと思う。ゼミナールが終了した昨日までの質問には回答するということを受講生に伝えているため、昨日までの質問にはできるだけ全て回答し、もう少しばかり音声教材を作成していきたい。

 

秋めいた朝日が地上に降り注ぎ、フローニンゲンの街を優しく抱擁している。今日もまた充実した一日になるだろう。フローニンゲン:2019/9/2(月)07:46

 

4916. 到来の共振と共振の到来

 

気がつけば、時刻は午前8時を迎えていた。つい先ほどまで、昨日に終了したオンラインゼミナールの受講生の方々から頂いたメッセージを読んでいた。一人一人のメッセージを読んでいると、とても感慨深いものがあり、時間を忘れてメッセージの世界の中に入っていた。

 

文章というのは、インテグラル理論の言葉で言えば、右象限に分類されるものかもしれないが、文章には4象限全てが内包されており、それは私の内側を大きく動かす。特に、文章に内包される書き手の感覚質なるものは、読み手である自分の感覚質と共振する。そのようなことを感じさせてくれたのが、ゼミナールの受講生の方々から頂いたメッセージであった。

 

本当に何かが終わりを迎え、本当に何かが新たに始まった感覚がする。そうした感覚に寄り添うかのごとく、フローニンゲンの街には秋がやってきた。

 

秋がやってきた。秋がやってきたのである。ついに秋がやってきたのである。

 

秋の到来に伴って、自分の内側にも何かが確実にやってきた。外面世界における到来と、内面世界における到来。しかもそれら二つの到来は共振し合っているではないか。

 

到来の共振。共振の到来。

 

いろいろと思うことがあり、少し前に人生を再出発しようと思い立ち、再出発に向けての準備を着実に進めてきた。そしてすでに出発を果たし、少しずつその歩みを前に進めていた。

 

二つの到来の共振は、人生の再出発を大いに後押ししてくれるだろう。人生は出発の連続である。人生は、ゴールに向かっていくプロセスなのではなく、無限に続く出発の連続過程なのだ。

 

秋めいたフローニンゲンの朝のそよ風がそのようなことを教えてくれる。

 

今から2年前に趣味で始めた作曲に関しても、再出発を行おうと思う。もう一度音楽理論の基礎から学び直し、その学習過程を通じて得られたものをYoutubeチャンネル「ライフ・イズ・ミュージックコンポジション」で共有しているのはそのためだ。

 

全ての学びは再出発へとつながり、学びの共有もまた再出発へと繋がっていく。本当に全てが再出発の流れの中に還っていく。いつか自分もその流れの中に還っていくのだろうか。

 

なるほど、自分という存在は、最初から最後まで再出発だったのだ。自己とは再出発の大河だったのだ。フローニンゲン:2019/9/2(月)08:28

 

4917. 「生きる活動」と今朝方の夢

 

ゆったりとした起床で始まった今日。夜の10時に就寝して6時半まで寝ているというのは、本当に久しぶりであった。

 

ボルダリングを始めたことにより、そしてボルダリングと作曲に関してYoutubeチャンネルを運営し始めたことにより、生活の密度がより一段と深まった。それはこれから深まりゆく秋の世界を先取りしているように思える。

 

今後はより自分の実際の声を通じて自らの声を形にしていく。日々の何気ない生活から得られる学びをできるだけ自分の声を通じて形にしていきたい。今は文章を執筆するよりも、自らの肉声を通じてそれを行う方により大きな価値と意義を見出している。

 

日記を通じた文章の執筆、作曲を通じた音楽の創出、音声動画を通じた声の表明。それらを今後長きにわたって継続していこう。

 

執筆された文章、創出された音楽、表明された声が、今この瞬間誰からも見向きされなくても一切関係ない。50年後の自分に向けて、100年後の誰かに向けてそれを継続していく。

 

今日も明日も明後日も、文章として、音楽として、声として形を残していく形象化実践に取り組んでいく。果たしてそれはもはや実践と呼べるようなものではないのかもしれない。

 

実践というよりもむしろ、もはやそれは生活そのものであり、人生そのものである。それは「生きる活動」なのだ。

 

今朝方の夢についてまだ振り返っていなかったので、振り返りを済ませてから、Youtubeチャンネルの「ライフ・イズ・ボルダリング」の音声動画を一つか二つ作成し、作曲実践に入っていきたい。

 

夢の中で私は、どこか東欧を思わせるような国の街にある学校の中にいた。そこは中学校のように思えた。

 

教室の中で私は、右列の一番後ろの席に座っていた。教壇には、予備校時代にお世話になっていた数学の先生がいて、数学ではなく算数の問題を一つほどクラス全体に出題した。

 

私はすでにその問題に解答していたようなのだが、どうやら先生が出題した問題とは数値の設定が異なっているようだった。設問文は全く同じなのだが、数値設定だけが違っていたのである。

 

先生は私を指名し、解答するように依頼をしてきたため、その際に、数値の設定が違うことを私は指摘した。先生は少し困ったような顔を浮かべていたが、解答プロセスに違いはないため、私の解答プロセスをもとに解説を進めてくれた。

 

そのような場面があった後、私の体は別の夢の場面に移動していた。そこでもまた同じ街が舞台になっているようだった。私はその街のバーでバイトをしており、そこへ向かっている最中だった。

 

時間を確認すると、店が開く時間まであと少しであり、開店時間に間に合わないのではないかと思われた。確かバーの店長が、遅刻をしたら時給を下げるというようなことを以前述べていたことを思い出し、私は急いでバーに向かった。

 

バーで働き始めてからしばらく経つのに、私はその街の地図をまだ完全に把握しておらず、携帯の地図を片手にバーに向かって走っていた。東欧風の街並みに心が奪われそうになることもあったが、それに心を奪われるのではなく、とにかく私は真っ先にバーに向かった。

 

なんとか無事にバーに到着すると、店の中の控え室に、小中高時代の友人(NI)がいた。そこでなんと、夢の中の私は昨日に見た夢について思い出すという奇妙なことが可能になっていた。

 

覚醒中の自分が昨日の夢について思い出すということはおかしなことではないが、夢の中の自分が過去の夢を思い出すというのは初めての体験であった。

 

昨日に見た夢。それは今目の前にいる友人がこの世を去り、彼女の葬式に参加する夢だった。

 

教会の棺桶に入った彼女の姿を私は覚えていたために、今バーの控え室に彼女がいることが不思議でならなかった。彼女はソファに腰掛けながら、目の前のソファに腰掛けている男性店員と会話をしていた。

 

ちょうど彼女の右隣のソファが空いていたため、そこに腰掛けようとしたのだが、あえてひとつ飛ばしで二つ横のソファに腰掛け、仕事用の服装に着替えることにした。

 

すると、バーのオーナーが店にやってきた。オーナーを見ると、彼はアフリカ系の欧米人だった。

 

オーナーは流暢な日本語を話しながら、その場を明るくさせる話をしてくれた。このオーナーは、バーを経営しているのみならず、街の大型書店も経営していた。

 

なにやらこの国の大型書店は、店に入る時に入店料が発生するらしいのだが、このオーナーは気前が良く、開店時間からしばらくの間は入店無料にしているようだった。

 

私はその書店に興味を持ち、ちょっと書店を覗いてみたいと思った瞬間に、バーからその書店に瞬間移動していた。ちょうど開店を迎えた店の地下一階の階段に私はいて、階段を上って一階のフロアに行こうとしていた。

 

すると、階段の上の方からなにやら口論が聞こえてきた。どうやら、店員の一人が客にある書籍を勧め、その書籍を読めば夫婦関係が良くなるということを伝えたらしいのだが、客がその書籍を購入して数時間後に離婚をしてしまったとのことだった。

 

その客は、40代半ばぐらいの女性であり、離婚という結果につながってしまったことを最初はひどく怒っていたが、店員が丁寧に対応したことが功を奏してか、客の怒りは速やかに収まった。

 

夫婦関係の改善の糸口を書籍に求めるぐらいにまで夫婦関係が悪かったのであれば、むしろ離婚という結果は良かったのではないかと私は思っていたが、それを口に出しては元も子もないと思い直し、私は階段の下でひっそりを身を潜めていた。店員と客の会話がひと段落したことを確認してから、日の当たる一階のフロアに向かって階段を上り始めた。フローニンゲン:2019/9/2(月)09:08

 

4918. 今朝方の夢の続き:博士論文のような修士論文を執筆した自分

 

時刻は午後の7時に近づきつつある。今日はいつもより少し早めに夕食を摂り終えた。

 

これから就寝に向けて、もう少しだけ活動に従事したい。具体的には、オンラインゼミナールの未回答の質問に対して音声を通じて回答していくことと、重要なメールにだけ返信をすること、そしてYoutubeチャンネルに幾つかの音声動画をアップロードすることである。

 

それにしても今日は、本当に秋に突入したかのような涼しさであった。日中も長袖長ズボンを着て室内で過ごしており、朝晩は特に冷える。本格的に冬がやってくるまではこのような気温が続くようだ。

 

この時間帯になって今朝方の夢の続きについて振り返っている。まだ書き留めていない夢の断片があったため、シャドーワークの一環としてそれを書き留めておきたい。

 

夢の中で私は、ヨーロッパのどこかの大学の教室の中にいた。私は教室の教壇の上に立っており、今から自分が執筆した修士論文の発表を行うことになっていた。

 

私の前に2名ほどの女性が発表を行い、そこからバトンを引き継いで私の発表となった。教室の後方を見ると、JFKU時代にお世話になっていた女性の教授が席に座っており、その教授が今回の一連の発表を受け持っていることがわかった。

 

この大学は確かにヨーロッパにあるが、クラスは全て英語で提供されており、発表に関しても英語で良かったので私にとっては気楽であった。いざ自分の発表の番となった時に気付いたことが二つあり、一つは発表時間がとても短く10分ほどであるということ、そしてもう一つは、私は自分の発表内容について一切知らないということだった。

 

自分で執筆したはずの修士論文なのだが、それはもう随分と前に執筆しているような感覚があり、何よりも私の関心事項はもはやその研究になく、過去の研究内容を一切忘れているような状態であった。そのような状態であったから、発表にもあまり気乗りがしなかった。

 

とはいえ、発表は義務付けられているため、私は教壇に立った瞬間にまずは目次を眺めた。すると目次に怒涛のように様々な項目がずらりと並べらており、論文は全部で400ページほどあった。

 

「これは修士論文ではなくて博士論文なのではないか・・・」そのようなことが脳裏をよぎり、私は間をつなぐためにも、教室全体に向かって冗談を述べた。

 

:「今から発表する論文は400ページほどあります。これはもう修士論文ではなくて博士論文のようですよね笑」

 

そのようなことを笑いながら述べると、教室全体からも笑いがこぼれた。そこから私は研究発表を進めていった。

 

ところがやはりボリュームが多いため、10分という短い時間内に全てを伝えきることは到底無理だと思い、そこからは早口で一気に重要な箇所だけ話すようにしていった。すると教授から、論文のテーマが難しい上に、ネイティヴでも聞き取れないぐらいの早口で困るといわれた。

 

その時私は、仮に研究内容についていくらわかりやすくゆっくりと話したところで、教授を含め、教室にいる人たちには理解できないだろうと思った。そこで夢から覚めた。フローニンゲン:2019/9/2(月)19:01

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