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4842-4848:フローニンゲンからの便り 2019年8月15日(木)

August 17, 2019

(エクスカリバー・タワー@フローニンゲン)

 

8月15日(木)に生まれた7曲

15日の7曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

 

タイトル一覧

4842. ボルダリングに向けた簡単なトレーニングの開始

4843. 抜本的な食生活の改善の後に待っていた抜本的な肉体改造の試み

4844. 全く違う次元に行こうとする肉体

4845. 掃除の大切さ:環境が心身に与える影響を改めて実感して

4846. 身体及び身体を取り巻く環境を整えること

4847. 昨日の朝方の夢

4848. 今朝方の不気味な夢

 

4842. ボルダリングに向けた簡単なトレーニングの開始

 

今朝は午前4時に起床し、4時半過ぎから一日の活動を始めた。起床直後から何やら不思議な感じがする。

 

昨日はズヴォレに日帰り旅行に行き、わずか半日しか家を空けていないのに、随分と家から離れているような感覚である。半日間の日帰り旅行が、どこか永遠に感じられるかのような旅の感覚が今もここにある。

 

この時間の流れは不思議である。ズヴォレの街の時間の流れもフローニンゲンと同様に緩やかであるが、何か質が異なっており、質の異なる時空間を行き来することによって、そのような感覚がもたらされたのかもしれない。

 

全く異なる時空間に身を置くことによって、間違いなく自分の心身の状態が別の状態に移行し、そこに微細かつ適度な揺れが生じていたように思う。こうした揺れが自己を深める際に不可欠なのだということを改めて体験したかのようである。

 

昨日は本当によく歩き、素晴らしい全身運動を行ったように思う。家に帰ってきてからボルダリングについて少し調べ、特にボルダリングに関する動画を視聴していた。その中で、ボルダリングに必要とされる筋肉についての説明があり、それをどう鍛えるかのトレーニング方法が紹介されていた。それは大変興味深く、確かに普段あまり使わない筋肉だと思ったので、早速そのトレーニング方法を実践してみた。

 

方法は至ってシンプルであり、机の下に入り込み、足を地面につけ、背中がつかないようにしながら机に手をかけてしがみつく(あるいはぶら下がる)というトレーニングである。手をかけてしがみつきながら、懸垂のように自分の上半身を上げたり下げたりすることをまず行ってみた。

 

それは思っていたよりもハードであり、確かにこの上下動の動きはボルダリングをしている最中に行うものだということを思い出した。そこから上下に体を動かすだけではなく、ボルダリングでは横歩行の動きも大切であることを思い出し、今日から隙間時間にこのトレーニングを行う際は、机にぶら下がりながら横に動いていくことも行なっていきたい。

 

机の上を毎回綺麗にするのは面倒であるため、机の空いているスペースを活用して、縦方向の動きと横方向の動きを行いたいと思う。このトレーニングを習慣化させたいため、数日間に一回行うというよりも、毎日日記を一つ書くごとにそのトレーニングを行うか、一曲作るごとに数分間ほどこのトレーニングをしたい。

 

あるいは、日記と曲のいずれかではなく、どちらもというルールにしてしまい、何か言葉や音を生み出し、一つ形を作った都度、少しばかりこのトレーニングを行なって、自分の身体に意識をフォーカスさせてみるのもいいかもしれない。

 

早速この日記を書いたら、机の下に潜り込み、上下動の動きと横方向に進む動きを伴うトレーニングを行う。そのために、今朝は起床してルーチンを行った後に、机の下を含めて床を掃除したのだ。今後はこのトレーニングをするために、床の掃除をよりこまめに行うことになるだろう。フローニンゲン:2019/8/15(木)04:53

 

No.2527: Dulcet Tones from the Sky after the Rain

Dulcet tones fall down from the evening sky after the rain. Groningen, 16:21, Thursday, 8/15/2019

 

4843. 抜本的な食生活の改善の後に待っていた抜本的な肉体改造の試み

 

先ほどの日記で書き留めた通り、一つ日記を書いた後に、すぐさま書斎の机の下に潜り込み、ボルダリング用の筋肉を鍛えるためのトレーニングを行ってみた。改めて行うと、昨夜よりも楽に行えたように思うが、それでも10回ほど上半身を上げ下げするだけでもかなりきつい。

 

そういえば、起床してすぐに右手の指にワセリンを塗っていたことを忘れており、机を持つ手が若干すべり、それがトレーニングを難しくさせた。このトレーニングをするに際して、手にはあまりワセリンを塗らないほうがいいだろう。そのためには、手が乾燥しないように色々とその他の心がけを行っていく。

 

6年前にサンフランシスコでボルダリングをした際には、手と足のグリップ力のようなものが重要であったと感じたことを思い出す。当時の私は、ボルダリングに初めて挑戦したため、単に体の使い方が誤っていたのかもしれないが、ホールドと呼ばれる突起物を手でつかんだり、足のつま先部分で踏んでおくような動作が求められるため、特に指先と足先が筋肉痛になったのを覚えている。

 

もちろん、上腕二頭筋やその他の主要な部位についても筋肉痛になったのだが、ボルダリングをした後とその翌日は、ものがうまく掴めないほどに指先の筋肉を使っていたように思う。これは自分の指先や足先の使い方が間違っていた可能性もあるが、ボルダリングをすることによって、私にとっては普段なかなか使わない指先や足先を鍛える良いトレーニングになるような気がしている。

 

指先のワセリンを乾かし、またこの記事を書いたら再度トレーニングをしてみよう。毎回日記を書くごとに、さらには曲を作るごとにこのトレーニングを少しばかり行うというルールにすると、毎日10回以上はこのトレーニングをすることになる。

 

一回あたりのトレーニング時間と回数が短いのが現状だが、今後は少しそれを伸ばし、逆に10回もトレーニングするのではなく、新たなルールを付与することによって、朝、昼、午後、夕方、夜ぐらいの合計5回ぐらいの回数にしてもいいかもしれない。今はとりあえずこのトレーニングを習慣化するために、毎回言葉や音を一つの形にした都度それを行っていく。

 

メルヴィンが述べていたように、ボルダリングは壁を前にして、自己と向き合うことを要求され、マインドフルネスの状態になることが重要である。逆に言えば、こうした状態にならなければ、上手く壁を登っていくことは難しい。心技体を総動員するボルダリングは実に深いと思い、単なるスポーツではなく、武道にも相通じるものがあるように思う。

 

机にぶら下がるトレーニングをこまめに行うことによって、自分の意識の状態がシフトすることに既に気づいており、これが今後の自分の創造活動に少なからぬ影響を与えるように思う。それは非常に良い影響となるだろう。

 

言葉や音を一つの形にした後の休息方法については何がいいのか依然として模索しているような状態であり、あまり良い休息方法ないしは気分転換の方法を見出していなかった。机にぶら下がり、左右上下に動くトレーニングをすることは、間違いなく自分にとって良い気分転換となり、その後文章を今このようにして書いてみると、随分と集中した状態で文章を書いているように思う。

 

心身のつながりをこれからはより強く意識し、食生活を抜本的に見直したように、トレーニングを通じた自分の身体作りも抜本的に見直したい。

 

今突然閃きのように降ってきたが、もしかすると、自分がこの5か月間食生活を改善し続けていたのは、ボルダリングをするためにあったのではないかと思う。あるいは、ボルダリングや作曲により集中力を持って取り組むための強靭かつしなやかな身体を構築するために、この5か月間の抜本的な食生活の改善があったのではなかろうかと思うのである。

 

何をするにも身体が重要である。とりわけ、集中力を持って取り組む活動においては、どのような身体を持っているかが重要となる。

 

食生活の見直しを終えた後に待っていたのは、トレーニングを通じて抜本的に身体を作り変えることだったのだ。ここからは、身体構造を作り変えることを楽しみながら取り組んでみたい。

 

それによって、創造活動への取り組みの質がどのように変わるのか、そして日々の生活そのものの質がどのように変わるのかを観察してみたい。その質がいかに変わっていくのかについては、もう予想ができている。

 

それはとても肯定的なものになるであろう。トレーニングをして、今このように文章を書いている自分がもうそれを実感している。フローニンゲン:2019/8/15(木)05:15

 

No.2528: Celebration for the End

The evening sky is shrouded in clouds. I can hear a song of celebration for the end of today. Groningen, 20:36, Thursday, 8/15/2019

 

4844. 全く違う次元に行こうとする肉体

 

闇夜が明けない現在のフローニンゲンは小雨が降っている。今日はどうやら一日中小雨が降るようであり、そのため今日は、ジョギングやウォーキングに出かけていくことはできないだろう。

 

天が私の味方になってくれていることを実感する。なぜかというと、今日雨を降らせてくれている天は、私に室内でできるトレーニングに従事せよというメッセージを送ってくれているように思えるからだ。

 

天は私に味方し、ボルダリング用の、いや創造活動の質と日々の生活の質を一段違う次元に運んでいくための抜本的な肉体改造を実現させるためのトレーニングを行うように私を促しているかのようだ。その促しに抗うことなく、素直にそれに従いたい。

 

抜本的な肉体改造を行おうと決意したのだから、それを行う過程についてまた色々と書き留めていきたい。食生活を抜本的に見直したのと同様に、自分の身体とここで真剣に向き合い、この現実世界を生きるための物理的な肉体を全く違う次元に作り変えていく。

 

一日一食生活を始め、食生活を見直すことによって、以前とは比べものにならないほどの健康な身体がここにある。だが一方で、明らかに体重が落ち、極度に痩せているのも事実だ。痩せていることそのものが悪いわけではないが、ここからはより強靭かつしなやかな身体を作り、この人生を柔軟かつ激しく生き切るための身体を作っていく。

 

漆黒の闇の中、パラパラと窓ガラスに雨がぶつかる音が聞こえて来る。天はいつだって私の味方だ。

 

今日このようにして雨が降っていること、そして今日は一日中雨が降り続けることに本当に感謝しなければならない。自己及び自分の人生を大きく変容させるであろうトレーニングに十二分に打ち込むことができるのだから。

 

とにかく現在行い始めたトレーニングを習慣にさせよう。実はこの日記を書く前にも、机の下に潜り込み、机にぶら下がって上下動するトレーニングを行っていた。

 

今はまだ机の上の至るところに書籍類が積まれているため、左右に動く運動は行えなかったが、これを機に机の上を一度整理してみるのもいいかもしれない。特に机の右に積まれている書籍は、毎日それを見るかというと全くそうではなく、単にそこに積まれている状態になっている。まさに積読状態である。

 

そうしたこともあり、机の右のスペースを一気に綺麗にし、基本的にはそこにものを置かないようにして、上下の運動のみならず、左右の運動にも耐えうるだけの身体を作るためのトレーニングを行えるようにしたい。この日記を書いたら、早速書籍と物を片付けてしまおうと思う。

 

思い立ったらすぐアクションなのだ。何事も試してみなければ、動いてみなければ、挑戦してみなければ何も始まらない。

 

自らが動くことによって、自己及び人生が動いていくのである。願わくば、それが多少なりとも世界が動くことにもつながってくれていればと思う。

 

昨日も考えていたが、何よりも重要なのはこの社会とのつながりであり、今後もそれを大切にしていきたい。確かに、今の私は食生活や肉体の抜本的な改善のみならず、人間関係についても抜本的な改善を行っており、それはかなりのところまで進んだ。

 

確かに親友と呼べる以外の人と会うことやご飯を食べることなどはもう年に一回あるかないか、あるいは数年に一度あるかないかになるだろうが、そうだからと言って、社会とのつながりを断つかというとそうではない。むしろ正反対だ。

 

正反対すぎるぐらいに正反対なのだが、その正反対性についてはあまり理解されないかもしれない。私が人間関係を徹底的に見直したのは、社会とのつながりをより一層深めるためである。

 

その背後には、人間関係の見直しによって自分の時間を作り、その貴重な生命時間を活用する形で自らのライフワークに打ち込み、形となった物がこの社会に何らかのつながりと影響を生み出すであろうという考えがある。

 

オランダでの4年目の生活は、本当に何かが大きく動き出すような気がしている。大蛇のような大きなうねりの背後では、常に天が私を見守ってくれている。そして、運と良縁が私を支えてくれているという絶対的な信頼感と安心感がここにある。フローニンゲン:2019/8/15(木)05:42

 

No.2529: A Cold Sky in the Early Morning

Although this morning is very chilly, I can feel warmth, hearing birds singing. Groningen, 07:16, Friday, 8/16/2019

 

4845. 掃除の大切さ:環境が心身に与える影響を改めて実感して

 

闇が明けぬ前から降っていた小雨が止み、今は小鳥たちの鳴き声が聞こえるほどに穏やかになった。

 

肉体がトレーニングを求め、別の次元に向かっていく衝動を抑えることができず、机周りを早速綺麗にした。実際のところ、テレビ台の周りやソファを綺麗にした。

 

テレビ台は随分と汚れており、汚れをまず拭き取った。テレビのコンセントを見ると、そもそも電源が入っていないことに今頃気づいた。以前は少々CNNを意識的に見ることがあったのだが、今はそれはもうしていない。

 

また、先ほどソファ周りを綺麗にしていて驚いたのだが、ソファとは何のために存在しているのかを改めて知ったことだ。ソファの存在意義。それは座るためにあるのだ。

 

この当たり前の事実に私はこの3年間気づいていたなかった。確か今の自宅にやってきた当初は、三人の大人がゆっくりと腰掛けれるような立派なソファに腰掛けることができたのだが、いざフローニンゲン大学での研究生活が始まってみると、あれよあれよと言うままに、本棚のみならず、ソファにも論文と書籍が山のように積み上がっていき、この3年間はソファに腰掛けることが一度もなかったように思う。

 

なんとかソファに腰掛けられるようにしたいと思った私は、ソファの掃除も行った。結局背もたれに寄りかかるスペースを作ることはできず、背もたれ側には依然として書籍の山を積み上げたままにしておいたが、ソファの椅子の部分の前側の部分にちょこんと座れるようなスペースを作った。

 

このおかげで、ソファに3年ぶりに腰掛けられるようになったことは嬉しい。また、これまではソファの前面の文献の山に隠れていた後ろの文献の背表紙が見えるようになり、それらに手が伸びやすくなった。

 

この際に、書斎の掃除をし、どこにどのような文献を置くのかの整理を一時間弱かけて行っていた。すると、今はもうとてもすっきりし、今日の天気の様子とは打って変わり、気分も爽快である。

 

先日、オンラインゼミナールの受講生の方から、掃除という外面事象の実践と私たちの内側が繋がっているという興味深い話を聞き、ひどく共感していた。自分の身の回りが乱れていれば、心も体も乱れるものである。また、運や良縁に恵まれる流れも減退してしまうように思う。そのような考えから、先ほど掃除を断行した次第である。

 

確かに、先ほどの掃除は書斎の全てを綺麗にできたわけではないので、これからは定期的に掃除をしたいと思う。特に、来月末に日本に一時帰国する前に思い切った断捨離をし、部屋を一度徹底的に綺麗にしたいと思う。部屋や風呂・トイレの掃除を今後はよりこまめに行なっていき、年末年始にマルタ共和國に行く前には、再度大規模な掃除をしようと思う。

 

書斎の机の上が見違えるように綺麗になり、十分なスペースができた。それによって何か物を置こうとしてはならず、そもそも机のスペースを空けたのは、ボルダリングのためのトレーニングを机を使って行うためである。

 

掃除を終えた私は、早速机のそのスペースを使ってトレーニングをしてみた。すると、トレーニングが行いやすく、これにてボルダリングの上下動の動きを行うための筋肉のみならず、左右の動きを行うための筋肉も鍛錬できるようになったことがわかった。今日は引き続き、休憩がてら机を用いたトレーニングを行なっていく。

 

もう一つ、先ほどの掃除で工夫したことは、音楽関係の書籍と絵画関係の書籍の置く位置を分けたことだ。画集ばかりを置いたコーナーを設け、音楽関係の書籍だけを置くコーナーに分けた。特に音楽関係においては、楽譜だけを集めたコーナー、学術的な音楽理論に関する書籍だけを集めたコーナー、作曲理論に関する実践書だけを集めたコーナー、作曲家の手紙や生い立ちに関する書籍だけを集めたコーナーに分けた。これによって、音楽に関する探究が一段と行いやすくなった。

 

環境をいかに整えるのかが実践に大きな影響を与えることを身を持って知る形となった。楽譜だけを集めたコーナーに関しては、過去に全てを参照し終えた楽譜をテレビ台の左に積み重ねていき、まだ参照していないものをテレビ台の真ん中と右に積み重ねていった。

 

これからも日々少しずつ作曲実践を重ねていくことによって、いつか全ての楽譜が参照済みとなり、テレビ台の左に積み重なっていくであろう。そんな期待感が今の自分の内側を流れている。フローニンゲン:2019/8/15(木)07:48

 

No.2530: In Hermosa Pink Time

The flow of time at this moment is slow and gentle. Groningen, 07:58, Friday, 8/16/2019

 

4846. 身体及び身体を取り巻く環境を整えること

 

つい今しがた、先ほど部屋を掃除して出たゴミを捨てに外に出た。先ほどまで雨が降っていたが、今は雨が止み、とてもひんやりとした世界がそこに広がっていた。

 

そうした中、私は自宅からすぐそばにあるゴミ捨て場に口笛を吹きながら向かっていた。自分の内側の変化が、思わず口笛を吹かせたのだと思う。

 

掃除というのは実にいいものである。これからは、食実践や身体のトレーニングだけに意識を向けるのではなく、絶えず家の中を綺麗にしておくという意識を持っておきたい。

 

不要なものはその都度捨てていき、家に物を不必要に溜めないようにする。キッチンの掃除はこれまでもこまめにできていたが、浴室の掃除はもう少しこまめにしてもいいだろう。また、床の掃除に関しては、これまでも毎朝ヨガの実践をするために床にヨガマットを引く必要があり、その部分に関しては比較的綺麗であった。

 

これからは、ボルダリング用のトレーニングをするための机の下を含め、床全般の掃除をこまめに行っていきたいと思う。このようにこまめに掃除をすることを続けていき、そして定期的に大きな掃除と断捨離を行っていければと思う。今日は夕方にも浴槽の掃除をし、洗面台も綺麗にしたいと思う。

 

食生活の見直しによって自分の身体の内側を整え、身体トレーニングによって身体の外側を鍛えていくことは大切だが、そうした身体を取り巻く環境そのものを整えていくことも重要だろう。視点を自分の身体だけに向けるのではなく、それを取り巻く環境全体にまで視点を広げ、自己及び環境を整えていくことを意識していく。

 

時刻はまだ午前8時なのだが、先ほど掃除を終えて、再度トレーニングを少々行っていた。そこで気づいたが、トレーニングのしすぎには注意が必要であり、ボルダリングに必要となるであろう指先と足先の筋肉、さらには腕を含めた上半身の筋肉は緩やかに鍛えていこうと思った。ペースとしては無理をせず、日記を書く都度や作曲をする都度ではなく、朝、昼、午後、夕方、夜の5回ぐらいにトレーニングを留める方が懸命だとわかった。

 

今日はこれから作曲実践に集中していく。昨日は、ズヴォレの街に観光に出かけていたこともあり——本来の目的は、移民局に行き、ビザを申請することなのだが——、結局新しい曲を一つも作ることはなかった。

 

今日はその分も作曲実践に打ち込みたいと思う。午後2時から1件ほどオンラインミーティングが入っているが、それ以外の時間は全て自分の取り組みに充てることができる。今日も集中して作曲実践に励んでいきたい。フローニンゲン:2019/8/15(木)08:09

 

No.2531: Full of Autumn Light

The ground in Groningen is full of light which has been already that of autumn. Groningen, 08:52, Friday, 8/16/2019

 

4847. 昨日の朝方の夢

 

時刻は昼の12時を迎えた。先ほど雨が激しくなり、冷たい雨が地上に降り注いでいる。

 

そういえば、今朝方と昨日の朝方に見ていた夢について、それらをメモしていたのだが、まだ日記として書き留めていなかった。順番に、まずは昨日の朝方に見ていた夢について振り返っておきたい。

 

夢の中で私は、実際に通っていた高校の教室にいた。どうやら今から授業が始まるらしく、教壇には英語の先生がいた。その女性の先生は当時から、小さな宇宙人のような不思議なオーラを放っていた。

 

私はその先生に教えてもらったことはないのだが、いつもどこか不思議な雰囲気を発しているその先生の存在が気になっていた。

 

私の席は教室から見て左から二番目の列にあり、自分の机の上を見ると、コーヒーカップが置かれていた。先ほどまでそのカップを使ってコーヒーを飲んでいたからなのか、コーヒーカップが汚れていた。

 

そうしたこともあり、チャイムが鳴って授業が始まる時間になったにもかかわらず、私は教室を出てカップを洗いに行った。教室を出た瞬間に、小中高時代の親友(HO)が目の前に現れ、そこで少し会話を交わした。

 

すると、階段からその友人の母の声が聞こえ、どうやら彼の忘れ物を届けに来たようだった。私はそこで彼と別れ、流しに行き、カップを洗いに行った。

 

流しでカップを洗っていると、今度は別の友人(KM)が私に声をかけてきた。そこでも彼と少し話をして、カップを洗い終えたと思ったら、自分の服に何やらシミができていることに気づいた。

 

最初そのシミはコーヒーかと思ったが、よくよく見ると、どうやらココアのようだった。私は、そのシミを落とそうと一生懸命になったが、手持ちのタオルではなかなか汚れが落ちず、結局シミを落とすことを諦めた。

 

シミを落とすことよりも、すでに授業が始まっているために早く教室に戻る必要があると思ったのである。教室の前の廊下まで戻ってくると、すでに先生と生徒たちとの挨拶が終わっており、授業が始まっているようだった。

 

教室に遅れて入ることは少し気が引けたが、遅刻してしまったのはもう仕方ないので、そうした気持ちを抑えながら教室に入ろうとした。しかしその前に、きれいに洗ったコップに一杯コーヒーを注ぎたいという思いが湧き上がり、廊下側のカバン置き場を見ると、ちょうどいいことに、そこにコーヒーマシーンが3台ぐらい置かれていたので、コーヒーを入れてから教室に入ろうと思った。

 

私は一番左のコーヒーマシーンを選び、一杯ほど熱いコーヒーを入れた。それを持って教室に入ると、先生から少しばかり小言を言われた。

 

どういうわけか、先生は私と目を合わさず、さらには私のことを名指しするわけでもなく、遅刻する生徒の問題について小言を述べていた。次回誰かが授業に遅刻したら、連帯責任として、クラス全員がグラウンドに出て、グラウンドを10周しなければならないと先生は述べた。

 

私はそれを聞いて大変喜んだ。思わず、あるいは意図的に私は、「それじゃあ、今からグラウンドに走りに行こう。退屈な授業を聞かなくて済むのは最高だ」とクラスメートに述べた。

 

するとクラス全体は静まり返っており、私だけとても高揚した気分になっているようだった。どうやら他のクラスメートは先生の目が気になるらしい。

 

本当に自分の言いたいことを表明できないこと、自分の気持ちを純粋に表現できないことが彼らにとっての日常になっているかのようだった。フローニンゲン:2019/8/15(木)12:15

 

No.2532: A Road to Autumn

A road to autumn is manifest in the world. Groningen, 10:18, Friday, 8/16/2019

 

4848. 今朝方の不気味な夢

 

時刻は午後の3時半に近づきつつある。つい先ほど、協働者の方とのオンラインミーティングを終えた。

 

空は相変わらず曇っているが、少し晴れ間も見え始めた。午後4時を過ぎれば、もう雨が降ることはなさそうなので、近所の河川敷にジョギングに出かけ、その足でスーパーに立ち寄り、バナナ、玉ねぎ、サツマイモを購入したいと思う。

 

今朝方の日記で書き留めていたように、今日はこれまでのところ、休憩がてら机の下から机にぶら下がるトレーニングを何度か行っていた。このトレーニングによって、随分と腕と上半身が鍛えられる。

 

筋トレをする場合においては、回復させる日を設けることによって筋肉を肥大化させていくのだが、私は筋肉を肥大化させたいとは思っておらず、むしろ筋肉は柔軟なものが程よく付くぐらいで良いと考えている。

 

また、筋肉を回復させるために日を空けてしまうと、ついついトレーニングを怠ってしまうことにもつながりかねないため、毎日作曲をしたり、日記を執筆する感覚でこのトレーニングを継続させていきたい。

 

夕方近くこの時間帯になって、今朝方の夢について振り返っておきたい。今朝方の夢は、若干不気味な内容であった。

 

夢の中で私は、地元の山奥の宿泊施設に泊まっていた。小中高校時代の友人も何人かそこに宿泊していて、最初はとても楽しい形で時間を過ごしていた。

 

ある時、高校時代に知り合った友人(SK)が、断食をして4kgほど体重が減ったと述べた。見ると、確かに彼の顔は引き締まっており、精悍な顔つきになっていた。

 

そんな彼の話を聞いた直後に、宿泊施設の外に出てみると、山道の脇に見慣れないドラム缶が置いてあった。その中を見ると、お湯のようなものが入っており、それはなんと、小中高時代から付き合いのある親友(SI)の胃液であるとわかった。

 

厳密には、そのドラム缶そのものが彼の胃を表しており、中の液体は彼の胃液だったのだ。私はドラム缶の底の方まで眺めた後、その友人に対して、胃の状態があまり良くないことをフィードバックした。

 

一方で、先ほど断食をして痩せたと述べた友人の胃を表すドラム缶も近くに置かれており、その中を確認すると、彼の胃は綺麗であることがわかった。その点について友人に報告すると、山道の上の方から鉄パイプが転がってきた。

 

危なかったので私はそれを拾い、山道の脇にどけておこうと思ったのだが、手が滑ってしまい、その鉄パイプは再び地面を転がりだした。地面を転げ落ちるに応じて、鉄パイプの先がどんどんと鋭利なものになっていき、槍のような武器に変わっていった。

 

すると、山道の麓にいた白い子猫にそのパイプが突き刺さった。その瞬間、私は猫は即死したと思った。

 

だがよくよく見てみると、猫はまだ生きており、さらに奇妙なことに、鉄パイプが大蛇に変化していた。その大蛇は、猫に激しく噛みつき、白い猫の体は血だらけとなった。

 

もう確実に死んだだろうと思っていたところ、猫はまだ生きているようであり、ふらふらとしながら山道を登ってきた。すると山の上の方から、今度は獰猛な犬が駆け下りてきて、その猫に思い切り噛み付いた。今度こそ猫はもう死んだに違いないと思った。

 

だが猫はまだ生きており、しかしもはや猫は原型をとどめておらず、血の色をしたゼリー状の生物になっていた。そのゼリー状の生き物がぴょんぴょんと跳び跳ねながら、私の方に向かってきた。

 

なんと人間の声を発しながら、私に助けを求めてきたのである。それをとても気持ち悪く思った私は、その場からすぐに走り去ろうとしたが、その不気味なゼリー状の生き物は必死になって追いかけてきた。

 

走って逃げても振り切れないと思った私は、そこで宙に浮かび上がり、飛んで逃げることにした。地面を見ると、そのゼリー状の生き物は、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね続けており、その背後には大蛇と犬がまた迫ってきていた。

 

ズヴォレの街を観光した日の夜には、そのような夢を見ていた。その夢の前には、実はまた別の場面で空を飛んでいる自分がいた。

 

ビルの屋上から空に飛び立ち、友人たちの活動の様子を空から眺めている自分がいたのである。ある時、一人の友人が、空を飛んでいる私の存在に気付き、私を捕まえようとしてきたが、私は捕まらないようにさらに高度を上げて飛ぶことを決意した。そうした場面があったことも覚えている。フローニンゲン:2019/8/15(木)15:45

 

No.2533: Autumn Will Begin

Autumn will begin shortly, or it might have already begun. Groningen, 11:18, Friday, 8/16/2019

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