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4746-4749:フローニンゲンからの便り 2019年7月25日(木)


タイトル一覧

4746. 夢の奥にある夢を記録しようとする夢

4747. 起床時間に対する思い込みの檻から抜けて

4748. 書物から離れ、魂の躍動感を獲得すること:自己との深層的な出会いをもたらす作曲実践

4749. 灼熱のフローニンゲンより

4746. 夢の奥にある夢を記録しようとする夢

時刻はゆっくりと午前4時を迎えようとしている。今朝は午前3時に起床し、そこから一日をスタートさせた。

昨日は、最高気温が38度に到達する真夏日であり、今日もそれに近い気温になるとのことである。しかし、明日から再び気温が下がり始め、来週の月曜日には再び20度前半の気温に戻る。さすがに最高気温が10度台になることはないようだが、今日や昨日と比べて15度ほど最高気温に差があるというのはなかなか激しい変化だ。

今日は午前中に1件ほど協働プロジェクト関係のミーティングがある。それ以外の時間はいつも通り、自分のライフワークに専心したいと思う。

午後からは確かに気温が上がってくるが、そのような中を散歩に出かけたい。街の中心部に出かけて行き、まずは雑貨屋でBritaの交換カートリッジと衣服の消臭スプレーを購入する。そしてそこからオーガニックスーパーに立ち寄り、八丁味噌、有機豆腐、サツマイモ、バナナ、コーヒーを購入しようと思う。

出かける際には気温が高くなっているであろうから、できるだけ涼しい格好で出かけたい。また、夏日和の中、街の中心部の雰囲気がどのようなものかを確認し、その雰囲気の中に自己を委ねてみたいと思う。

今朝方は、印象に残っている夢を見なかった。ただし、夢の中で夢を見ていて、それを書き留めている自分がいたことを覚えている。

意識には無限の階層構造があり、夢の中にはさらに深い夢の層がいくつも存在している。夢の中の私は、さらに一つ深い夢の階層に向かって降りて行き、そこでの体験を書き留めようとしていた。目覚めた直後に、それは面白い試みだと思った。

夢の中の自分も夢を書き留める実践をし、そこでの自分もまた、一段深い夢から発見や啓示を得ようとしているようだった。夢のさらに奥にある夢がどのようなものであったかはわからない。だが、夢の中のさらに深くにある夢をより鮮明に覚えておきたいという意欲が芽生え、そこでの体験がいかなるものなのかについても関心が高まる。

夢の奥にある夢を記憶に残し、そこでの体験から学びを汲み取っていくこと。それを今後しばらくの課題として設定してみよう。

その課題と向き合えば向き合うだけ、いつか夢の奥の夢の奥にある夢にさえアクセスできるようになっているかもしれない。人間の内面宇宙はかくも深い。フローニンゲン:2019/7/25(木)04:16

No.2356: A Flowery Aroma of the Early Morning

A flowery aroma of the early morning spreads. Groningen, 05:16, Thursday, 7/25/2019

No.2357: For the Clear Morning Sky

I express gratitude to the clear morning sky. Groningen, 06:12, Thursday, 7/25/2019

4747. 起床時間に対する思い込みの檻から抜けて

昨日の暑さで小鳥たちも少しばかり休憩が必要なのか、午前4時半を迎えた今になってようやく鳴き声を上げ始めた。しかも、彼らの鳴き声は幾分小さく聞こえる。

ここ最近は時に午前2時半、大抵は午前3時から4時に起きることが習慣になっているが、数ヶ月前の自分ではこうした起床時間はあまり考えられなかった。そもそも午前3時や4時というものが早い時間帯という思い込みのようなものがあり、仮に4時に起床したとしても二度寝を貪ってしまう自分がいた。

食習慣を抜本的に変えてからしばらくして大きな変化がやってきた。そこでもたらされた直接体験は、まさに起床時間の変化であった。

この変化が起こるには時間がかかるのだとわかり、さらにはこの変化が起きた時に初めて、何かがようやく新しく始まったような気がした。腸内環境を含め、自分の身体が完全に新たなものになった時、早朝にスッキリとかつ活力のある形で目覚める自分が誕生したのである。

繰り返しになるが、自分の場合、この変化はすぐにもたらされたわけではなかった。食事の内容と量を絶えず検証し、自分の身体に合ったものを適量取り入れることを数ヶ月続けて初めてもたらされた変化だった。

この変化の恩恵は計り知れ得ず、午前中の創造活動に多くの時間を充てることが可能になり、さらにはこれまでには見られなかった高い集中力を発揮することが可能になった。今日のように午前3時に起床すれば、正午の時間までおよそ9時間ほどの時間があり、もちろんそれらの全ての時間を創造活動に充てているわけではないが、正午までに一般的な勤務時間の長さとほぼ同じ時間が確保されていることに改めて驚く。

以前、森有正先生の日記を読んでいた時に、「私が取り組むべき自らの真の仕事は、早朝の数時間のうちに終わっている」と述べていたことが印象に残っている。私もほぼ同じようなことを思う。

早起きをし、午前中の時間帯に自分のライフワークに取り組むこと。午前中の段階でほぼその日の自分の取り組みは終わっている。

今の私は、そこからさらに午後の時間帯も自分のライフワークに打ち込む幸運な状態にある。そうした状態をもたらしてくれたのは、やはり食習慣の抜本的な改善であり、それに伴う睡眠の質と量の変化だった。

今となっては午前3時や4時に起きることが当たり前になっており、それを早起きだと思わなくなったという認識上の変化も興味深い。人間はいつまでも自らの思い込みに縛られた生き物であり、起床時間というのもその対象である。

一つ一つ今の自分を縛る思い込みに気づいていき、そこから解放されていくことが、真の自由に近づいていく道なのだと思う。

いつの間にか、小鳥たちの鳴き声がより近くに聞こえてきた。ここからしばらくは、彼らとの対話を楽しむかのように、彼らの鳴き声にそっと耳を傾けたい。フローニンゲン:2019/7/25(木)04:41

No.2358: A Serene Flow in the Morning

I’m fully feeling a serene flow in the morning, which consists of morning sunshine and a gentle breeze. Groningen, 07:33, Thursday, 7/25/2019

No.2359: A Cathedral of Internal Sounds

I can see a cathedral of my internal sounds. Groningen, 08:55, Thursday, 7/25/2019

4748. 書物から離れ、魂の躍動感を獲得すること:自己との深層的な出会いをもたらす作曲実践

小鳥鳴き、華やかな香り立つ早朝のフローニンゲン。

時刻は午前6時半を迎えた。早朝の穏やかな朝日が産声を上げ、光の通り道を作り出している。早朝の爽快な空に感謝の念を捧げたい気持ちになる。

書斎の窓からぼんやりと街路樹を眺めていると、ここ最近は書物から距離を取っている自分がいることに気づく。読みたい本がほとんどなく、それは非常に喜ばしいことである。

自分はようやく自らの人生という巨大な書物の執筆に取り掛かり始めたのだ。そのようなことを思う。

以前の日記にも書き留めたが、人生において私が書物を読み始めたのは非常に遅かった。大学生になるまでは本などほとんど読んだことがなかったように思う。

記憶に残る限り、大学生を迎えるまで一冊も最初から最後まで読み通した本などなかったように思う。そもそも日本語が自分なりに読めるようになってきたなと思ったのは、20代の半ばに米国の大学院に留学してからであった。

厳密には、英語空間での鍛錬を経て、大学院を修了した後にふと和書を手に取ってみたときに、そこで初めて日本語が読める感覚を得たことを覚えている。それ以降も和書との付き合いはそれほど多くはないが、幾分読書体験を積んできたことは確かである。

ここに来て、和書のみならず、洋書を含めた書物全般から距離を置き始めている自分がいる。それは多分に無意識的な行為であり、魂の求めに応じた行為であるとも言える。

書物は確かに魂の養分になり得る。だが逆に、魂の躍動感を抑圧する毒物にもなり得る。

今私の魂がも求めているのは、書物を通じて得られる他者の声ではなく、自らの声なのだと思う。それが自己を励まし、自己を深めていく。

今のところ、読みたい書物というのは音楽関係のものに限定されるが、作曲理論や音楽理論の書籍でさえも、ここ最近はほとんど目を通していない。目を通したとしても一日に数分ほどである。

30分以上の読書をしなくなったのはもう何年振りだろうか。書物から得られることは非常に多いが、まるでそれが食べ物の過剰摂取と同様に、自らの内面世界に不要に蓄積していたことを反省する。

ここからは食生活の継続的な見直しだけではなく、読書という実践に関しても見直しが必要になるだろう。良質な食べ物を適切な量食べるのと同様に、良質な書物を厳選し、それを少量味わえばいい。

ここからは身体の解放のみならず、精神の解放を実現させていく。身体がより軽くなり、本来の躍動性を獲得し始めたように、精神にも同様のことが起こるだろう。

午前6時半の段階ですでに二曲ほど曲を作った。新しい曲を作ることは、新しい自分に出会うことである。そんなことを先ほどふと思った。

私にとって作曲は、単に自己表現を行う実践なのではなく、自己発見をもたらし、自己との深層的な出会いをもたらすものである。作曲実践をしていてたまらない気持ちに毎回なるのは、そこに新たな自分との出会いがあり、そうした出会いに伴う喜びと充実感があるからだろう。

これからカカオドリンクを作り、それを飲みながら再び作曲実践に取り掛かりたい。フローニンゲン:2019/7/25(木)06:40

No.2360: A Walk of a Wind

Being enticed by a walk of a wind, I’ll go for a walk to the center of the city in the afternoon. Groningen, 11:43, Thursday, 7/25/2019

No.2361: The Summer Sun

The energy of the summer sun is active. Groningen, 12:32, Thursday, 7/25/2019

No.2362: A Vortex of Dreamy Visions

When I took a nap just a while ago, I was in a vortex of dreamy visions. Groningen, 14:05, Thursday, 7/25/2019

4749. 灼熱のフローニンゲンより

時刻は午後の7時を迎えた。つい今しがた夕食を摂り終えた。

それにしても今日は本当に暑い一日であった。確かに室内にいて、窓を開けながらもカーテンを閉めていれば暑さはしのげるのだが、外に出てみたときに強い熱気を感じた。

午後3時あたりに街の中心部に散歩がてら買い物に行った時は、もう最高気温に達するぐらいに気温が上がっており、日向ではさすがに暑さを感じた。日陰を歩いていれば暑さが気にならない点は救いだが、今日はやはり異常な暑さだったように思う。

顔や首には日焼け止めを塗り、スポーツができるような半袖半パンの格好で外出し、一年分の太陽光を浴びたような気分になった。今日のような暑い日は、フローニンゲンの涼しい夏にとってはなかなか刺激的なスパイスとなり、それはそれで味わい深かったように思う。

夕方の買い物では、アイスコーヒーの小瓶を1本ほど購入したが、結局オーガニックインスタントコーヒーを購入することはしなかった。まずはまだ残っているハーブティーを全て飲むことを優先させ、やはりコーヒーよりも栄養のあるカカオを日々の飲み物の中心にしていく。

コーヒーは、本当にたまに飲みたくなった時に飲めばいい。それこそ一ヶ月に一回は美容師のメルヴィンの店に行き、そこでエスプレッソを飲んでいるのだから、それで十分と言えなくもない。

天気予報を見ると、最高気温が30度を越すのは明後日までなので、再び暖かい飲み物を飲むのも悪くないだろう。

どこからともなく夕暮れ時のつぶやきが聞こえて来る。午後に散歩に出かけた時、神聖な太陽の呼吸を吸っていたことを思い出す。明日もまた、風の散歩に誘われて、午後から散歩とジョギングを楽しみたいと思う。

午後に仮眠を取った時、幻想的なビジョンの渦の中にいたことを思い出す。ここ最近は、鮮明に覚えているか否かは別として、毎回の仮眠中に必ずビジョンを知覚しているという感覚が残る。

食生活を変え、身体が浄化されていったことに伴い、精神も浄化されていることの表れだろうか。明日もまたビジョンを知覚するという不思議な体験を得ることになるだろう。

昨日に引き続き、今日もナポリの和音とsus4を積極的に活用して作曲実践を行った。和音の力を改めて知る。

種々様々な和音を活用することにより、多様な感情や感覚を表現できることを実感する。和音の学習、さらに拡張すればハーモニーの学習はやはり不可欠だ。あとはどこまで、そしてどのように理論書を参考にするかである。

今の私は、とにかく書物からはできるだけ離れたいと思っている。活字狂であった以前の自分からは想像できないが、今はできる限り活字から離れるようにしている。

無駄に活字を内側に取り入れないこと。それを常に強く心がけている日々が続く。

そうした最中にあって、ハーモニーに関する書籍とどのように付き合っていくかを考えていくことにしよう。学習のための学習に終わらせない意識を強く持ち、一つのページを読むごとに一つの曲を作るぐらいの実践を意識した形であれば、書物を読むことは害悪ではなく、むしろ有益なものになりうるかもしれない。

人は書物に慰めを求めようとするが、書物から真に促しを得て、そこから行動に移していく人が極めて少ないことを忘れてはなるまい。フローニンゲン:2019/7/25(木)19:21

No.2363: A Breath of the Sacred Sun

When I went for a walk a while ago, I inhaled a breath of the sacred sun. Groningen, 16:29, Thursday, 7/25/2019

No.2364: A Mutter in the Twilight

I can hear a mutter from somewhere in the twilight. Groningen, 16:53, Thursday, 7/25/2019

No.2365: 38 Degrees Celsius in Groningen

The highest temperature in Groningen today was 38 degrees celsius. My body totally melted in a positive and pleasant way. Groningen, 20:03, Thursday, 7/25/2019

7月25日(木)に生まれた曲

本日の曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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