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4564-4569:フローニンゲンからの便り 2019年6月16日(日)

June 18, 2019

 

タイトル一覧

4564. 『インテグラル理論』の出版から一夜が明けて:出版記念オンラインゼミナールに向けた準備

4565. 出版記念オンラインゼミナールの準備:独学と協働学習

4566. 新たな始まりを暗示する今朝方の夢

4567. 印象的な二つのビジョン

4568. 「多福さ」を示す今朝方の夢のシンボルとビジョンの続き

4569. 五度圏上の発見

 

4564. 『インテグラル理論』の出版から一夜が明けて:出版記念オンラインゼミナールに向けた準備

 

時刻は午前5時を迎えた。日曜日のこの時間帯は、いつも以上に平穏であり、早朝が醸し出す幸福さに満ち溢れている。

 

今この瞬間のフローニンゲンの空はライトブルーであり、これから太陽が本格的に昇るに応じて、空の明るさはより増すだろう。

 

寝室と書斎の窓を開けてみると、いつものように小鳥たちの清らかな鳴き声が聞こえて来る。この清らかな鳴き声を聞けることの幸せを、今噛み締めている。

 

毎朝毎晩、彼らの鳴き声に耳を傾け、多大なる癒しを得ている。実際には日中にも彼らは鳴き声を上げており、ふとした瞬間に彼らの鳴き声に意識を向けると、そこでもまたくつろぎと治癒がもたらされる。

 

くつろぎと治癒をもたらす存在がいつもそばにいてくれるということ、そしてそうした存在に意識を向けることができる自己そのものに対する感謝の念が尽きない。

 

監訳書『インテグラル理論』が出版されて一夜が経った。4冊目となる今回の出版書籍の当日は、随分と落ち着いたものであった。

 

最初の書籍を出版した時には、ちょうど一年間ほど日本に滞在している時であり、それ以降の書籍は全てオランダで生活をしている時に出版したものである。2冊目以降の書籍を出版する頃からは、徐々に落ち着いた精神状態で出版日を迎えることになったが、それは慣れもあるだろうし、日本とオランダで物理的な距離があるということも理由の一つとして挙げることができるだろう。

 

とにかく余計な干渉や無駄な誘惑から逃れ、平穏な生活の中で自分のライフワークにただ打ち込んでいくこと。それをこれからも継続させていき、そのための仕組みや環境造りを今後はより徹底させていく。特に、人との付き合い方に関しては大きく変えていこうと思う。そのようなことを改めて思う。

 

昨日は昼前から夕方にかけて少々雨が降っていた。今日は幸いにも一日中晴れのようである。昨日雨上がりにジョギングに出かけたのと同じぐらいの時間帯に、今日もジョギングに出かけようと思う。

 

適切な食習慣と適度な運動が完全なる習慣となり、それによって日々の生活の質が一変した。そのおかげで、ライフワークに打ち込む自らのエネルギーの絶対量と種類が変化したのを強く実感する。

 

今日は早朝の作曲実践を十分に行った後に、午前中のうちから出版記念オンラインゼミナールに向けた準備を行いたい。今回のゼミナールでは「反転学習」の考え方を採用し、事前に受講生から書籍の各章に対する質問を受け付け、それに対して音声ファイルを通じて回答し、それを補助教材として共有したい。

 

まずはそもそも、今回のゼミナールではそうした音声ファイルを共有していくことを受講生に伝えるための音声ファイルを作成しようと思う。「自己紹介プロフィール」の書き方に関する音声ファイル、「質問Box」の活用に関する音声ファイルをまずは作成していく。

 

希望としては、今回ご参加いただく多様なバックグラウンドを持った受講生の方々から数多くの質問を受け、充実した量と質の音声ファイルを数多く作り、それを共有していくことである。

 

昨日の書籍の出版を受けて、『インテグラル理論』という書籍がどのように日本社会に受け入れられるのか、そして出版記念オンラインゼミナールの開始に期待を寄せる。フローニンゲン:2019/6/16(日)05:18

 

No.2072: The Pleasant Flow of Time

 

Today’s weather is fine. I’m feeling the pleasant flow of time at this moment. Groningen, 07:04, Sunday, 6/16/2019

 

4565. 出版記念オンラインゼミナールの準備:独学と協働学習

 

意識を落ち着かせ、そして意識を高揚させてくれるような両性質を合わせて持つ小鳥たちの鳴き声が辺りに響き渡っている。とりわけ今の彼らの鳴き声は近くから聞こえて来る。

 

そういえば、一昨日あたりには、一羽の小鳥が誤って書斎の窓ガラスに激突することがあり、私は小鳥の安否をひどく心配した出来事があったのを思い出した。

 

小鳥たちがいつもそばにいてくれること。彼らの存在は、私にとって大きな支えになっている。

 

早朝の作曲実践を行い、今日は遅くとも昼前に、『インテグラル理論』の出版を記念したオンラインゼミナールに向けた準備をしていく。先ほどの日記で書き留めたように、ゼミナールが始まってから本格的に学習を始めるのではなく、ゼミナールが始まる頃には書籍に関する基礎的な理解を得ていただくために、今回のゼミナールでは、音声ファイルを積極的に作成し、それを事前に共有していこうと思う。

 

一つ一つの章に対して受講生から質問を受け付け、それに対して音声ファイルを通じて回答していく。この音声ファイルによって、実際のクラスの前に基礎的な知識を全員が共有していることによって、当日のクラスの場ではより応用的・実践的な話題や論点を取り上げることができるだろう。そうした「反転学習」の考え方を今回のゼミナールでは採用し、クラスを通じて学びを深めるのみならず、クラスの外でも学びを深められるようにしていきたい。

 

確かに今回の書籍は、インテグラル理論の入門書として位置付けることができるが、そうだとしても、本書を一人で読み解いていくことはそれほど容易ではない。

 

ちょうど一昨日、事前の音声ファイルの一環として、今回のゼミナールの受講者でもある友人に本書及び本ゼミナールに関するインタビューをしてもらった時に、10年前の自分が本書を一人で読み解いていくことに苦労したという話をしていた。

 

今でも覚えているが、10年前の私にとっては、入門書としての本書が難しく感じられたのである。おそらくそうした経験があったがゆえに今回のゼミナールを開講したのだと思う。

 

もちろん、独学をするというのも一つの学びのあり方であり、事実私は独学を何よりも好んでいるのだが、そうした一人称的な学びのみならず、協働学習という二人称的な学びを行っていくことの意義は計り知れない。

 

今回のゼミナールでは、まずは受講生の方々に、ある意味独学のよう方たちで一度書籍を読んでいただき、そこから生まれてきた質問や疑問点などを事前に教えていただき、それらに対して音声ファイルを作成していく。そして、実際のクラスの場では、独学ではなく、協働学習の良さが十分に発揮された対話ができればと思う。

 

何はともあれ、今日はそうしたゼミナールを運営していくための準備として、早速いくつかの音声ファイルを作成していこう。フローニンゲン:2019/6/16(日)05:35

 

No.2073: On a Shining Morning

 

There are no clouds today. This morning is shining. Groningen, 08:13, Sunday, 6/16/2019

 

4566. 新たな始まりを暗示する今朝方の夢

 

毎朝の大きな楽しみである早朝の作曲実践の前に、今朝方の夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、見知らぬ街のアパレルショップの店の前で、高校時代の友人と立ち話をしていた。

 

彼は遠くの町から自分が通う高校にやってきて、入学当初はそれほど友達がいないようであった。偶然にも彼と私は放課後の掃除の場所が同じであり、そこで初めて彼と出会ったのを覚えている。

 

彼はサッカーが非常にうまく、のちにうちの高校を辞めて、サッカーの強い他県の高校に編入した。そんな彼と私は、アパレルショップの店の前で、大学受験に関する話をしていた。

 

どうやら彼は、これから受験勉強を開始し、私大を受験するようだった。彼曰く、今からでは複数の科目を学習するのは難しく、国立大学を受験することは得策ではないとのことであった。

 

彼は文系であり、私立の文系大学を受験するのではあれば、数学はほとんど必要ないのだが、なぜだか彼は私に、数学の問題について質問をしてきた。それは図形と代数に関する問題であり、私が得意とする分野であった。

 

彼が困っていたのは、原点対称ではなく、原点以外の点を対称にした移動により、元の方程式がどのように変化するのかを考えさせる問題であった。正直なところ、それは相当に基礎的な問題であったが、彼の理解がどこで滞っているのかを対話を通じて明らかにしていき、その問題の解き方、いやその個別問題だけではなく、その類似問題に対処できるような原理的な部分についても説明をしていった。

 

すると彼は非常に納得したような表情を浮かべ、私にお礼を述べ、今度は英語の参考書や問題集について話し始めた。彼は数冊の書籍に絞り、それらを徹底的にやり込んでいく方針を持っているようであり、私もそれに賛同した。

 

彼が選んだ参考書や問題集も質の良いものであったため、それらを繰り返し活用していくことを私は薦めた。英語の学習方法についても少しばかり話をすると、彼は自宅に戻ってすぐにでも勉強したいと述べ、その場を去っていった。

 

アパレルショップの店の前で一人になった私は、店のガラス越しに店内を覗いた。すると、店には様々なジーンズが置かれていることに気づいた。よくよく店内を見ると、前職時代の上司がジーンズを熱心に選んでいた。

 

次の夢の場面で私は、学校の教室にいた。それはおそらく、実際に通っていた中学校の教室だと思う。見慣れない若い女性の教師が教壇に立っており、今から授業が始まるようであった。

 

私は授業開始間際に教室に入り、自分の席がある場所に向かった。私の席は、最前列、教壇の真ん前にあった。

 

自分の席に到着してみると、なぜだか知らないが、私の机の隅におたふくソースが置かれていた。「いったい誰がこんなものを置いたのだろうか?」と思いながら、私はそれを手に取り、不思議そうに眺めた。

 

そんな私を見て、後ろの席の女性友達(AS)が笑いながら何か一言述べ、教師もまた笑いながら何か一言述べた。

 

今朝方はそのような二つの夢を見ていた。確か昨日か一昨日の夢の中では、高校時代のヨット部の友人が登場したのを覚えている。

 

その友人と同様に、今朝方の夢に出てきた友人もまた、これまでの夢には一度も登場しなかった友人である。そこからふと、自分の無意識の中で、また何か新しいものが生まれ始めているのではないかと思った。あるいは、ここからの人生において、何か新しいことがまた始まるのではないかという予感がするのである。

 

夢の中で見慣れない新たなシンボルが登場するということ。ここ数日間においては、それは人の形を伴ったシンボルであった。

 

監訳書の出版をきっかけとして、また何か自分の人生が大きく動き出すことになるかもしれない。フローニンゲン:2019/6/16(日)06:09

 

No.2074: The Decisive Afternoon

 

It is the afternoon at this moment that I have the decisive mind. Groningen, 14:36, Sunday, 6/16/2019

 

4567. 印象的な二つのビジョン

 

時刻は午後の1時を迎えた。日曜日の昼下がり、辺りはとても穏やかである。

 

今日は天気がとても良く、気温も暖かい。「今日外出しなくていつ外出する」というような天気であるため、これから午後の仕事に取り組んだら、気分転換がてら近所の河川敷にジョギングに出かけたい。

 

つい先ほどまで20分ほど仮眠を取っていたのであるが、とても鮮明なビジョンを二つ見たので忘れないうちに書き留めておきたい。ビジョンの中で私は、日本の新幹線に乗っていた。

 

車窓からの景色から察するに、東京名古屋間を移動しており、もうまもなく名古屋に到着する辺りに私はいた。新幹線の中は混んでおらず、スペースの広さから、自分がいた場所はグリーン車なのかもしれない。

 

とても快適な時間を車内の中で過ごしていた私は、パソコンを広げて仕事をするわけでもなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。すると、静かな車内の中で、一人の男性が私に話しかけてきた。

 

車内にはその他の人はほとんどいなかったため、そこで話をすることもそれほど問題ないだろうと思い、私はその人と話をすることにした。なにやらその方は、不動産投資を考えているそうであり、私に助言を求めてきた。

 

確かに私は大学生の頃に金融を学んだことによって不動産投資に関心を持ったが、依然として不動産投資をまだしたことがなく、自分に助言などできるはずもないと思った。物事は何でもそうであるが、いかなる実践領域も、その領域における直接体験があるかないかが極めて重要であり、書籍をいくら読もうが、直接体験から得られるものを凌ぐことはないのである。

 

そうしたことから、「私のように不動産投資に関して書籍からしか知識を得ていない者に助言を求めるのは賢明ではない」というような旨の言葉をその方に伝えた。するとその方は残念そうな表情を浮かべ、「そうですか・・・」と一言ぼやき、再び自分の席に戻っていった。

 

そこで私はもう一度窓の外を見た。するとその瞬間に自分の体がワープし、私はバルセロナの街中にいた。

 

そこに広がっていた光景は、先日訪れたバルセロナの街並みそのままであり、自分が中心部のどの辺りにいるのかをすぐに把握することができた。私は、オーガニックレストランに行き、持ち帰りの大きなサラダを購入しようと思っており、その店に向かってジョギングをしようと思った。

 

一歩目を踏み出そうとした時、信号機に捕まってしまい、私はその場で準備運動がてら小刻みに足踏みを続け、信号機が変わるのを待っていた。すると、私の左横に、小柄なスペイン人男性が同じような動きをしながら信号機が変わるのを待っていた。

 

私たちは簡単に挨拶をし、信号機が変わった瞬間に走り出した。普段私はジョギングをする際に、鼻呼吸が維持できるほどの速度でしか走らないようにしているのだが、その時はなぜか、横にいるスペイン人が仮に自分と同じ方向に走り出したのであれば、必ず彼よりも前で走り続けようと思った。

 

だが繰り返しになるが、できれば私はマインドフルネス瞑想を走りながら行うかのようなペースで走りたいと思っており、そのスペイン人が同じ方向に走り始めることを望んでいなかった。その願いが通じたのか、そのスペイン人は私とは違う方向、具体的には東の方角に向かって走り出し、私は北に向かった走り出した。

 

ゆっくりと走り出したはずの自分は、なぜだかすでに汗をかきそうになっていた。先ほどはそのような二つのビジョンを見ていた。

 

一つ目のビジョンに関しては、なぜ自分が不動産投資に関する助言を求められたのかはわからない。もし仮に不動産投資をするとしても、私は日本の不動産市場にはあまり関心がなく、海外不動産の方により関心がある。

 

以前お世話になっていた美容師のロダニムから、オランダの不動産事情について興味深い話を何回か聞いていた。これはオランダに住んだことがある人であれば知っていることかもしれないが、オランダは不動産の価格が毎年微増を続けており、別にキャピタルゲインやインカムゲインをそれほど望んでいなくても、その場所に3年以上住むのであれば、賃貸よりも物件を購入してしまった方が賢明な場合が多いということをロダニムから聞いていた。

 

これはロダニム個人の意見というよりも、オランダの不動産市場を見ていると、確かにそのように思う。とはいえ、今の私はまだ賃貸を続けており、不動産購入や売却の手続きなどを考えてみたときに、やはり賃貸の方が楽なように思う。

 

やはり私は、居住用の持ち家として不動産を購入することは資産運用上得策ではないと考えており、今後も賃貸を続け、身軽な生活をしていきながらも、投資用としてであれば、不動産を購入するかもしれないと思う。そのようなことを考えさせてくれるビジョンであった。

 

そして、その次に見たビジョンに関して言えば、もちろんバルセロナの街が舞台として現れたことも興味深いのだが、それ以上に私が関心を持ったのは、私のそばに現れたスペイン人というシンボルの意味と、彼が東に向かった意味、そして私が北に向かった意味である。

 

最初の意味ついては不明だが、東に向かうというのは、今の私にとってみれば日本がある方角だ。私は東に向かわずに北に向かったというのは、やはり日本へは帰らないという意思の表れのだろうか。

 

また、自分が力強い足取りで北に向かって行ったというのは、今よりもさらに環境的に厳しい地域に向かっていこうとする自分の姿を暗示しているのかもしれない。もちろんここでは、単純に北欧に住むというようなことを意味していない。

 

意味しているのは、精神的により厳しい環境という意味である。それは今住んでいるフローニンゲンの中でも作り出すことができる。

 

厳密に言えば、それは厳しい環境というよりも、自分にとって必要不可欠な静かな環境のことを指しているようにも思える。他者や社会との無駄な接点を可能限り削ぎ落とし、北の極致にあるような、落ち着きのある孤高な環境の中で自分のライフワークに打ち込みたいという今の思いを代弁しているかのようなビジョンであった。フローニンゲン:2019/6/16(日)13:46

 

No.2075: A Flash in the Twilight

 

The evening twilight time came. Now today is approaching the end. Groningen, 19:39, Sunday, 6/16/2019

 

4568. 「多福さ」を示す今朝方の夢のシンボルとビジョンの続き

 

午後の2時を迎えても、早朝と同じように小鳥たちがチュンチュンとした鳴き声を上げている。彼らの鳴き声は、どの時間帯にあっても私を心からくつろがせてくれる。

 

絶えず癒しのある環境の中で自らの取り組みに従事できていることほどに有り難いことはない。私がオランダのフローニンゲンにしばらく落ち着くことに決めたのも、こうしたことに理由がある。

 

そういえば今朝方は、おたふくソースが自分の机の上に置かれている夢を見ていた。おたふくソースという奇妙なシンボルが暗示していることは何なのだろうか?

 

私はこの数年間ソースを使ったことがないように思う。少なくともオランダの自宅でソースを口にしたことはない。

 

そうしたことからも、ソースが何を表しているのかを探っていくよりも、「おたふく」が何を象徴しているのかを考えていく方が得策かもしれない。そのようなことを考えていると、今、「おたふく」という言葉が「お多福」という形に変換されそうになった。

 

これは誤変換なのか定かではないが、確かに今の私は有り難いことに、毎日が多福な状態にあると言える。あの一本のソースが暗示していたことはそれなのだろうか。

 

いずれにせよ、今の自分が日々感じている多福さには本当に感謝しなければならない。そこには、一つ一つの福を呼び込むものが必ず存在しているのだから、そうした福をもたらしてくれる一つ一つの存在に感謝の念を捧げて日々を生きていこうと思う。

 

先ほどは、午後の仮眠の際に知覚していた二つのビジョンについて書き留めていた。実際には、最後にもう一つ印象に残るビジョンを見ていたことを思い出した。

 

最後のビジョンの中で私は、フローニンゲン郊外の道端を自転車を押しながら歩いていた。それは別に自転車が故障したからではなく、歩きたい気分だったのでそのようにしていただけである。

 

しばらく歩くと、前方に、二人の大柄なオランダ人女性の姿が目に入った。一人の女性は白っぽい愛猫を抱きかかえており、もう一人の女性はベビーカーを押しており、二人は何やら楽しげに話をしていた。

 

私の歩く速度の方が早かったため、私は二人に追いついた。すると二人はその場で立ち止まり、私に話しかけてきた。

 

おそらく私の外見から察してか、二人はオランダ語ではなく、すぐに英語を話し始め、そこで私たちは立ち話を始めた。立ち話を始めた途端、飼い主に抱きかかえられていた猫が私の自転車のカゴに突然噛み付いた。

 

その猫の歯は、どこか獰猛なヘビが持っているような鋭い牙のように見え、私は恐ろしくなった。なぜだか私の洋服が自転車のカゴに引っかかっており、猫は私の服ごとカゴにかじりついていた。

 

何をどうやっても猫をカゴから離すことができず私はお手上げ状態になり、飼い主に何とかしてもらうようにお願いした。そのお願いをする際に、仮にカゴから猫を離すことができなければ、猫の歯をペンチか何かで思いっきり抜いてやろうと私は考えていた。その考えが芽生えた時に、ビジョンから覚めた。

 

最後のビジョンに関して言えば、やはり猫の凶暴な姿が印象に残っている。あのような鋭い歯で噛まれてしまってはひとたまりもないと今思い返してみても思う。

 

最後の場面において、私がペンチを使ってでも猫をカゴから引き離そうとした背後には、どこか自分の奥底の攻撃性が見えるように思う。フローニンゲン:2019/6/16(日)14:14

 

No.2076: A Feeling before Daybreak

 

I realized that a new day began as soon as it was daylight. Groningen, 05:09, Monday, 6/17/2019

 

4569. 五度圏上の発見

 

夕暮れ時を迎えた。日曜日が静かに終わりに向かっている。

 

今日もまた非常に充実した一日であった。確か今朝の起床時間はゆったりとしており、4時半あたりに起床したのではなかったかと思う。そこから午後の8時を迎えるまでの時間、自分の種々のライフワークを少しずつ前に進めていた。

 

今目の前に見えるフローニンゲンの夕暮れ空は、そうした自分へのご褒美なのかもしれない。こうした美を眺められること、そしてそうした余裕が自分の中にあるということが何よりも有り難い。

 

今日はもう一曲ほど曲を作りたい気分なので、就寝前の最後の一曲を後ほど作りたい。作曲が終わり次第、そこから就寝に向けてゆったりとする。

 

そういえば、今朝方の夢の中で、バッハの音楽の素晴らしさに触れていたのを思い出した。夢の中で現れていたのはバッハのどの曲か定かではないが、その曲の中の転調が見事であった。

 

それは非常に滑らかな転調であり、色彩的なグラデーションがかかった音色を持っていた。夢の中で私は、バッハのその曲を聴きながら恍惚的な感覚に陥り、その後、ベートーヴェンの曲について考えていた。

 

すると夢の中の私の脳内でベートーヴェンのピアノソナタが鳴り響き、その曲が持つ交響楽的な巨大な音楽的建築物に私は思わず息を呑んだ。先ほどのバッハの美とはまったく異質の美がそこにあった。

 

そのような夢を見ていたことを、夕暮れどきの今思い出した。夢の中の自分が感じていたように、バッハの音楽とベートーヴェンの音楽の双方に偉大さがあり、巨大な美の伽藍が存在しているように思う。

 

昨日はベートーヴェンのピアノソナタ全集を最初から最後まで聴いていたのだが、その時の印象を思い出してみると、やはり夢の中の自分が感じていたように、そこには交響楽的なスケールの大きさがあったように思う。ベートーヴェンのピアノソナタを参考にして曲を作る日はまだまだ遠い。

 

今日の早朝の作曲実践では、裏コードと平行調を活用した借用コードを積極的に活用していた。改めてそれら二つの手法について手を動かしながら考えていると、裏コードの活用においては、ある調の五度圏上の対角線にある調のドミナントコードを活用するために、二つの調の関係は五度圏上において180度の関係をなしていることに気づいた。

 

一方、平行調を活用した借用コードの活用においては、五度圏上の90度の関係にある調を選択することになることにふと気づいた。それぞれの手法を用いるために、ノートに五度圏の円を描いているとそれに気づくことができたのである。

 

このように図形的に二つの手法を理解すると、今後の活用がよりスムーズになり、また何か新しい発見にもつながるのではないかと思う。今後も手を動かしながら、作曲ノートに様々なことを書き出しながら作曲実践を継続させていこうと思う。フローニンゲン:2019/6/16(日)20:02

 

No.2077: Drifting

 

I feel that I’m drifting above the morning world. Groningen, 06:55, Monday, 6/17/2019

 

6月16日(日)に生まれた曲たち

Op.1265 心地良い時の流れ

Op.1266 輝く朝に

Op.1267 決然とした午後

Op.1268 夕暮れの閃光

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