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4560-4563:フローニンゲンからの便り 2019年6月15日(土)

June 17, 2019

 

タイトル一覧

4560. 『インテグラル理論』出版の朝に:成人発達理論やインテグラル理論の背後にある隠れた前提

4561. 個人・集合のバイオフィールドに働きかける音楽

4562. 今朝方の夢

4563. これまでの学びと今とこれから:短期投資に関するビジョン

 

4560. 『インテグラル理論』出版の朝に:成人発達理論やインテグラル理論の背後にある隠れた前提

 

時刻は午前4時を迎えた。今朝は午前3時半過ぎに起床した。

 

本日より、いよいよ『インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル』が出版されることになった。日本においてどのようにこの書籍が受け入れられていくのは未知なところが多く、その動向については日本の外から観察を続けていきたいと思う。

 

昨日、インテグラル理論が真価を発揮するためには、個別具体的な理論を学ぶこと、個別具体的な実践を継続していくことが大切であることについて書き留めていたように思う。本書が出版された朝にも同じことを思うが、少し別の観点からインテグラル理論を学ぶ際や活用する際に注意しなければならないことを書き留めておきたい。

 

インテグラル理論に造詣の深い教育哲学者のザカリー・スタインが指摘しているように、現在日本で知られている成人発達理論にせよ、インテグラル理論にせよ、それらは目的論的な観点で人間の発達を捉えている点には注意が必要である。

 

ここで言う目的論的な観点というのは、人間発達には目的があり、私たちはその目的を実現するためにより高度な段階へと発達していくという発想のことを指す。そもそも成人発達理論やインテグラル理論が立脚している西洋哲学と西洋心理学の根底には、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの古代ギリシャの哲学者から続く、目的論的な発想が連綿と受け継がれており、人間の発達というものを、ある目的に向かって進んで行く高度化のプロセスだと捉える発想が根強く——ほぼ対象化されない形で——存在しているのである。

 

例えばプラトンは、人間の発達を天上界への帰還として捉えていた。ソクラテスに関しても、人間の魂を可能な限り向上させることの大切さを説き、アリストテレスも最高善の実現に向けて人間は向かっていくことを説いていた。

 

こうした目的論的な発想の根幹には、以前の日記でも指摘した、「発達は良きものであるという前提(growth to goodness assumption)」が存在しているのである。この前提が持つ危険性については、様々な観点から一連の日記の中で言及してきたのでここではあえて書くことをしないが、日本のみならず、欧米で研究が進んでいる成人発達理論やインテグラル理論には、そうした隠れた前提が存在しており、そうした前提が人々を発達に駆り立てる力として働いてしまっていることを見逃してはならないように思う。

 

私たちがそうした力に盲目な時、個人や社会の健全な発達は実現しえないだろう。フローニンゲン:2019/6/15(土)04:49

 

No.2068: Celebration of the Rain

 

Although it is still drizzling, little birds continue to sing a song. The outside world is rife with celebration. Groningen, 09:20, Saturday, 6/15/2019

 

4561. 個人・集合のバイオフィールドに働きかける音楽

 

時刻は午前6時に近づきつつある。監訳を担当させていただいた書籍『インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル』が、本日発売開始となった。

 

ちょうど今頃は日本時間の夕方であり、すでに本書を手に取ってくださった方たちはどれくらいいるのだろうかと想像する。

 

今朝のフローニンゲンは、少々雲に覆われている。どうやら午前中いっぱい雨が降るらしい。幸いにも午後からは天気が回復するようなので、午後にジョギングに出かけたいと思う。

 

今日もまた自分の取り組みに集中する一日としたい。日記の執筆、作曲、そして読書に集中し、それらと並行して、今日は協働プロジェクト関係のアセスメント結果の最終レビューを行う予定だ。

 

創造活動と学習に従事するというのは、自分のライフワークであり、それらのみに邁進するような日々を送っていきたい。そのためには、自分の時間が何よりも大切であり、自分の時間を生み出すために様々な工夫と心がけをしていく。

 

自分のライフワークに従事し続けることそのものが人生と不可分になるまで、自らの時間を生み出す工夫を徹底し、習慣化していく。

 

今日はこれから早朝の作曲実践を行う。昨日に読み終えた”Tuning the Human Biofield: Healing with Vibrational Sound Therapy (2014)”を、本日から再読する。

 

本書の内容に触発されて、可能であれば、自分だけではなく、集合的なバイオフィールドに働きかける曲を作っていきたいという思いを持った。日々私が生み出す曲は、間違いなく自分のバイオフィールドに働きかけている。

 

そもそも一つ一つの曲というものが、バイオフィールドの産物であるという見方もできるため、そうした働きかけが自分のバイオフィールドに起こるというのは当然のことのように思える。自分が作った曲が集合的なバイオフィールドにどのように働きかけるのか、あるいは、どのようにすれば集合的なバイオフィールドの治癒と変容に働きかけることができるのかを深く探究していきたい。

 

これから行う早朝の作曲実践では、リスボンのチャド博物館で購入した楽譜を参考にしようと思う。この博物館で購入した楽譜に掲載されている曲には、どれもポルトガル的な何かが流れている。

 

それは独特なリズムとなって顕現しており、自分の内側の何かを刺激している。今から作る曲にもそうした何かが体現されることになるだろう。

 

「一音一会」「一音成仏」の境地に近づいていくために、今日もまた自分にできる範囲の学習と実践を進めていく。フローニンゲン:2019/6/15(土)06:11

 

No.2069: A Gracious Saturday Afternoon

 

It is the Saturday afternoon that I can feel gracious. Groningen, 14:11, Saturday, 6/15/2019

 

4562. 今朝方の夢

 

時刻は午前11時を迎えた。今、小雨がシトシトと天から垂れてくる音と小鳥の鳴き声の双方が聞こえてくる。

 

静かな音に溢れた世界の中で、ぼんやりと考え事をしていた。自分の体と真に良好な関係を築けているだろうか、自分の心と真に良好な関係を築けているだろうか、自分の時間と真に良好な関係を築けているだろうか。そのような問いと向き合っていた。

 

他人やこの世界と向き合う前に、最も身近な存在である自分の身体と心と私は正しく向き合えているのだろうか。自分の時間というものと私は正しく向き合えているのだろうか。

 

これらの問いはとてもシンプルなものでありながらも、シンプルゆえに、普段なかなか意識されないものなのではないかと思う。自分の身体・心・時間と向き合い、それらを何よりも大切にしていくこと。

 

あえて極端な極に振り、自分の身体・心・時間とより真剣に向き合っていくことをここからしばらくの間意識し、それに関連する実践を進めていく。

 

今日はまだ今朝方の夢について振り返っていなかった。その振り返りをした後に、バッハのコラールに範を求めて作曲実践をしようと思う。その際には、同主短調からの借用和音を積極的に活用することを試す。

 

頭の中だけで自由自在にそれを行うのはまだまだ難しいため、スキャフォールディングとして、ノートに五度圏を書き出し、和音の構成音まで書き出す。そうすることによって、借用和音の活用がより楽になるだろう。

 

今朝方の夢について覚えているのは、まずは高校時代にヨット部に所属していた友人が夢の中に出てきたことだ。さすがヨット部に所属しているだけあって、彼の日焼けは非常に目立っていた。

 

その友人と私は、街のフットサルコートのコート脇で立ち話をしていた。すると突然、彼が半ズボンをめくり上げ、ハムストリングを見せながら、その鍛え方について教えてくれた。

 

なにやら、意識の力を使って、鍛錬する部位の細部に集中し、そこを小刻みに動かしていくことが筋力増強につながるらしかった。私もその場で早速それを試してみたところで夢の場面が変わった。

 

この夢について何か述べることがあるとするならば、夢に登場したヨット部の友人は、今回初めて私の夢の中に現れたのではないかということである。サッカー部ではなくヨット部に所属していた彼となぜフットサルコートの脇で出会ったのか、そしてなぜハムストリングの鍛え方に関する話になったのか興味深い。

 

今この文章を書きながら、両足のハムストリングに意識が向かい、夢の中の彼が述べたように、ハムストリングの部位を意識的に動かしている自分がいる。夢の中の些細なことを振り返るだけで、それが現実世界の自分の行動に影響を与える点もまた興味深いことである。

 

その次に見ていた夢の中で私は、渓谷を走る列車の中にいた。車窓からの景色を考えてみると、それは山口県のどこかの渓谷を走る列車の中だと思われる。

 

私は高校時代の友人(HH)と一緒に数両編成の列車に乗っており、これから彼の故郷に向かうことになっていた。現実世界においては、彼と私が住んでいた場所は同じ市であり、お互いの家には自転車で十分に行けてしまう距離なのだが、夢の中では、列車を使わなければならない距離であった。

 

渓谷を走る列車からの眺めは素晴らしく、豊かな緑と美しい川を眺めることができた。しばらくすると、友人の家の近くの駅に到着し、私たち二人はそこで降りた。

 

駅の直ぐ近くには公園があり、それは先ほど列車に乗っている時にも目に入っていたものだった。友人と私は公園に行き、そこでひと休憩しようとした。

 

すると、高校一年生の時には同学年だったが、二年に上がる際に留年をした友人が公園でバスケを一人で練習していた。彼は野球部に所属していたはずであり、彼がバスケをしている姿はあまりしっくりこなかったが、私たち三人はバスケをして遊ぶことにした。

 

その公園にはその他にもサッカーゴールがあるのだが、バスケのゴールにせよ、サッカーのゴールにせよ、どれもが粗大ゴミで作られたものであった。そうした環境の中でも、私たち三人は何も気にせずバスケに興じていた。

 

そこで夢から覚めた。この夢について印象に残っているのは、渓谷を走る列車の車窓から見えた美しい景色である。それは山口県の錦川あたりの景色と似ていると言えるかもしれない。

 

また、そうした景色とは対照的に、粗大ゴミで作られたバスケットリングとサッカーゴールも印象に残っている。この世界はやはり、そうした美醜の対極性を絶えず内包するものであり、同時に美の中には醜が入り込む余地があり、醜の中には美が入り込む余地があるのだと考えさせられる。フローニンゲン:2019/6/15(土)11:45

 

No.2070: A Cradle after the Rain

 

I’m seeing passing clouds. I’m embraced by a cradle after the rain here at this moment. Groningen, 15:36, Saturday, 6/15/2019

 

4563. これまでの学びと今とこれから:短期投資に関するビジョン

 

たった今、ハッとさせられることがあった。大学時代に私がなぜ会計と金融を専攻し、最初のキャリアが税に関するものだったのかが、何か一つの線で結ばれるような直感的感覚があった。

 

それらを学んできたこと、及びそれらの領域に関する実務経験を積んできたことは、今、そしてこれから自らのライフワークのみに専心するためだったのではないかと思わされたのである。

 

確かに会計や税に関して言えば、それは個人を相手にしたものではなく、企業を相手にし、企業会計や国際税務に関するものであった。だが、大学で学んできたこと、及びコンサルティングファームで培ってきた経験というのは、今の自分の生活における会計・金融・税務的側面で極めて大きな支えになっていることに気づかされたのである。

 

とりわけ家計の収支管理や金融資産への投資、及び税金関係の各種手続きに関して、過去に学んできたことが今に活きている。そしてそれは、これから自分が創造活動に真に打ち込んでいくための不可欠な基盤になっていることに気づかされたのである。

 

なぜ自分が大学で会計と金融をあれほどまでに熱中して学び、最初のキャリアを国際税務コンサルタントとして始めたのかの理由が今腑に落ちたような感覚がある。

 

すべてはこの日のため、そしてこれからの創造的日々のためにあったのだということ。それを知った時、人生には本当に無駄な学びなどないことを思わされる。

 

先ほどまで降っていた雨が止み、伸びやかさを感じさせてくれる午後の世界が広がっている。

 

確かに今はまだ曇っているが、もうしばらくしたら雲が晴れ、気持ち良くジョギングに出かけることができるかもしれない。仮に雲が晴れなくても、あと1時間半か2時間ほどしたら、近所の河川敷にジョギングに出かけ、その足で近所のスーパーに立ち寄りたいと思う。

 

1時間前に仮眠を取っていた時、そこでは一つのビジョンを見ていた。

 

今日は午前中に二曲ほど曲を作った後に、オランダに拠点を置くヘッジファンドとプライベートバンクについて調べていた。数は多くないが、幾つかのファンドとプライベートバンクを見つけ、今後それらの一つ一つを精査して行こうと思う。

 

そうした調べ物を午前中に行っていたからか、ビジョンの中で私は、短期投資に関するオンラインセミナー講師をしていた。現実世界においては、短期投資というのは私のスタンスではなく、モニター画面に毎日張り付くことに時間を割きたくない自分がいる。

 

だがビジョンの中の私は、テクニカル分析の種々の理論と手法を熱心に解説していた。セミナー中に、チェコから参加している日本人の受講者の一人が私に質問をした。

 

その方は、東欧諸国の企業の株を購入したいらしく、候補先企業を教えてくれた。私はそれらの企業の財務諸表をざっと読み、ファンダメンタルズ分析を行い、自分の分析をその方に共有した。

 

すると、その方は私が分析を行っている間に他の受講生と話をしており、投資に全く関係のない話をしていた。それは、その方がオンラインで今参加している家の近所にある遊園地の話だった。

 

二人の受講生が一向に話を止めようとしないので、私は「何の話をしているんですか?」と話に割って入り、セミナーの本題に戻るように促したところでビジョンから覚めた。

 

このビジョンも大変興味深く、私が大学時代に行っていた企業価値評価や最初のキャリアで行っていた国際税務リスク分析は、どれも有価証券報告書を用いたものであり、ファンダメンタルズ分析に該当する。私はテクニカル分析よりもファンダメンタルズ分析を好んでいるはずなのに、テクニカル分析に関するセミナーを行っていたのは興味深い。

 

確かに、短期投資においては、もちろんファンダメンタルズ分析の重要性もあるが、それ以上にテクニカル分析をしなければ話にならない側面がある。現実世界における私は短期投資には関心がないのだが、無意識的にはそちらにも関心があるということなのだろうか。ビジョンについてぼんやりと振り返っていると、雲が徐々に晴れてきた。フローニンゲン:2019/6/15(土)14:41

 

No.2071: My Feeling in the Twilight

 

I’m witnessing my feeling in the twilight, having the peaceful mind. Groningen, 20:55, Saturday, 6/15/2019

 

6月15日(土)に生まれた曲たち

Op.1260 雨降りのダンス

Op.1261 雨の祝祭

Op.1262 伸びやかな土曜日の午後

Op.1263 雨上がりのゆりかご

Op.1264 夕暮れ時の気持ち

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