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4532-4538:フローニンゲンからの便り 2019年6月10日(月)

June 12, 2019

タイトル一覧

4532. 睡眠時間と睡眠の質について

4533. アイノラの地を思い出しながら:集中と休息

4534. 今朝方の夢

4535. 今朝方の夢の続き

4536. 有限な時間とライフワーク:今朝方の夢の続き(続編)

4537. 死の先取りと究極のくつろぎをもたらすシャバーサナ

4538. 明日からの夢の振り返りについて:今後の人生のための備忘録

 

4532. 睡眠時間と睡眠の質について

 

時刻は午前5時半を迎えた。今この瞬間のフローニンゲン上空には、少しばかり灰色の雲が浮かんでいる。だが幸いにも、今日は晴れのようであり、気温も寒くも暑くもないという快適な日になるようだ。

 

小鳥たちの鳴き声が、早朝のそよ風の背中に乗りながらこの街を横断していく。

 

今日は月曜日だが、オランダの祝日のためか、昨日のように辺りは静かである。フローニンゲンの平日も実に落ち着きがあるが、休日の雰囲気はさらにゆったりとしており、まろやかな時間が流れる。

 

時のまろやかさ。今まさに感じているのはそれだろう。

 

今朝はいつもよりゆっくりと4時半過ぎに起床した。ここ最近は夜の10時よりも早くに就寝しており、睡眠の質はいつもすこぶる高い。

 

昨夜の入眠も速やかであり、一度12時に目を覚ました時、そこからもう起きて活動できるぐらいに十分な睡眠を取った感覚があったのだが、さすがに睡眠時間が2時間では短いかと思い、もう一度寝ることにした。次に目を覚ましたのは、やはり2時間後の午前2時であった。

 

今となっては時すでに遅しであるが、その時間帯に起床して一日の活動を始めれば良かったと思っている。その時間帯に目覚めた時には、もう十分すぎるほどの睡眠を取っている感覚があり、4時半過ぎまで寝る必要など全くなかったのだ。

 

食生活を抜本的に見直し、固形物をできるだけ摂取せず、とにかく腸内環境を良くする食実践を続けることによって、身体がますます軽く、そして身体エネルギーが力強いものになっているのを実感する。

 

ここ最近は、朝食の果物を除いて、唯一固形物を取る夕食——玉ねぎとニンニクを入れた味噌汁、茹でたサツマイモ、トマト、有機豆腐が毎日の決まった夕食なので、それらが固形物と真に呼べるようなものかは不確かだが——においても、腹4分ぐらいで十分になっており、それが睡眠の質の向上と短眠をもたらしているのだと思う。

 

現在の私のエネルギー源になっているのは、もちろん夕食もそうだが、より栄養素が凝縮した各種の植物性のパウダーや朝や昼の味噌汁にあると言えるだろう。そうしたものを積極的に摂取することにより、腸内環境が今の自分にとって最適なものとなり、とにかく心身の状態がいい。

 

昨夜は就寝前に、ベッドの上でヨガのシャバーサナのポーズをしながら、腸をゆっくりとマッサージしていた。毎晩これが習慣となっており、これもまた腸の調子を整えることにつながっているように思う。

 

日中の集中力や思考力、そして睡眠の時間と質は、本当に腸の状態に左右されると強く実感する日々である。

 

ヨガのシャバーサナは、究極のリラックスのポーズと呼ばれており、それを15分行うと、2〜3時間ほどの睡眠に匹敵すると言われている。いつも私は、このポーズを午後の仮眠中と夜の就寝前に行っている。

 

特に20分から25分間の午後の仮眠の最中は、常にシャバーサナのポーズをしているため、これによって夜の睡眠を補完する効果が生まれているのかもしれない。また、就寝前にもおよそ15分はこのポーズを取っているため、その後の睡眠時間が短くても問題ないのは、このポーズの恩恵かもしれない。

 

そう考えてみると、やはり今朝、12時に起床していたとしても全く問題なかったのではないかと思う。2時に目が覚めた時はいわんやである。

 

明日からは、2時よりも前に目が覚めた時に、その瞬間の状態を即座に見極め、量的な睡眠時間に惑わされず、十分に睡眠を取った感覚があれば、そこで目覚めて一日の活動を始めたいと思う。フローニンゲン:2019/6/10(月)05:53

 

No.2048: A Mutter at Dark

 

Although it will take more time for the sun to completely set in Groningen, I can already hear a mutter at dark. Groningen, 20:24, Monday, 6/10/2019

 

4533. アイノラの地を思い出しながら:集中と休息

 

30分前よりも雲の量が減り、遠くの空が少しずつ青くなってきた。時刻は午前6時を迎えようとしており、一日の始まりを感じる。

 

早朝に鳴り響く小鳥たちの鳴き声は本当に美しく、それに耳を傾けているだけで他に音楽はいらない。実際に、今は何も音楽をかけておらず、起床から数時間ほどは、いつも小鳥たちの鳴き声だけを聞くようにしている。

 

彼らの鳴き声に伴走してもらう形で、午前中の自らの取り組みが進んで行く。今日もいつものように、日記の執筆、作曲実践、読書、そして協働プロジェクトに十分に従事していきたい。

 

ここのところ、集中状態や没入状態を意図的に生み出す方法を模索しており、この数日間はそれがかなりうまくいっているように思う。自分なりの儀式を作ってみて、それを行った後に各種の取り組みを始めてみると、至って速やかにそれらの取り組みに従事することが可能になっている。

 

一つ一つの実践にどれだけの量従事するかも大切だが、それ以上に重要なのは質であり、そうした質を向上させるには、いかに集中した状態を作るかが肝となる。今、食生活を改めたのと同様に、一つ一つの実践への取り組み方も改めてみると、随分とその質が高まっているのを感じる。ここからは、集中状態や没入状態を生み出す儀式をより改善していき、自分なりのシンプルな儀式が完全に習慣になるようにしたい。

 

ふと、昨年夏に訪れたフィンランドのアイノラの地を思い出す。そこで私は、シベリウスが生涯を閉じるまで長く過ごした旧家を訪問し、彼の書斎を見学した。

 

シベリウスは、書斎の窓に面した形で机を配置し、毎日窓の外に広がるアイノラの自然を眺めていた。今現在フローニンゲンの街で過ごす私も、全く同じような形で日々を過ごしている。

 

書斎の机は、幅の広く大きな窓に面しており、絶えず窓の外の景色を背景にして諸々の活動に従事している。これもまた一つの良き習慣であるように思う。

 

コンクリートの壁に囲まれた部屋で自らの取り組みに従事するのではなく、外の世界が見える窓を背景にして仕事を進めていくこと。こうしたことをこの3年間毎日行っていた。

 

仮にいつかフローニンゲン地を離れることがあったとしても、今後の生活地では、今と同様に、外に面した開放的な窓を背景に書斎の机を配置したい。そのようなことをぼんやりと考えていた。

 

今日もまた、一つ一つの活動に集中し、それら一つ一つの活動に従事できる喜びを噛み締めながら一日を過ごしていこうと思う。とにかくカギは集中であり、そして適宜適当な休息をはさんでいくことである。

 

今後はおそらく、休息に関してもいかに休むのかを見直していく必要があるかもしれない。すぐに思いつくアイデアとしては、バランスボールで背中全体をほぐすことであったり、ヨガマットの上で数分ほどの短い時間で十分なので、身体全体をほぐすことであったり、そうした身体をくつろがせるようなことをより意識的に行うのが良いかもしれない。

 

ぼんやりと窓の外を眺めることも当然一つの選択肢だが、バランスボールで背中をほぐしながらぼんやりすることも可能であるし、ヨガをしながらでも似たような意識状態を作ることは可能だろう。ここでもやはり、「意識状態」というものがカギとなるようであり、上記のアイデアを実行に移してみて、自分の意識状態がどのように変化しているのかを観察していきたい。

 

机に向かって行う仕事とは異なる意識状態を生み出すことができれば、それは良い休息と言えるかもしれない。意識状態の切り替え、それを今後の着眼点としてみる。フローニンゲン:2019/6/10(月)06:13

 

No.2049: For Tomorrow

 

Today shortly ends. When tomorrow comes, the new self will be there. Groningen, 21:00, Monday, 6/10/2019

 

4534. 今朝方の夢

 

時刻は午前6時半を迎えた。今日は昼過ぎに1件ほど協働プロジェクト関係の仕事が入っており、それを終えたら、街の中心部のオーガニックスーパーにジョギングがてら足を運びたい。

 

現時点では、植物性のパウダーのストックは十分にあるため、今日購入する必要があるのは、ハチミツと有機豆腐だけだろう。豆腐に関しては日持ちもするため、二パックほど購入してしまってもいいかもしれない。

 

午後からはより一層天気が良くなるようなので、ジョギングをすることが楽しみである。

 

今朝はまだ夢の振り返りをしていないため、今から少しばかり夢の振り返りをしておきたい。夢の中で私は、小中高時代の友人(SS)と彼の父が運転する車の中にいた。

 

その友人と父が現れた夢は、ちょうど一昨日にも見ており、このように連続して同じ人物が夢の中に現れることは珍しい。

 

車中で私たちは、特に何かを話していたわけではない。車が走っているのは地元の国道であり、そこは戦争中には飛行機の滑走路として使われていたことで有名である。そうしたこともあり、その国道の幅は広く、長い直線が続く。

 

友人の父が運転するその車に着目をしてみると、それは左ハンドルの車であった。左ハンドルの車に乗るというのは、私の地元では大変珍しい。

 

現実世界において、幼少期の頃、友人の父の車に乗せてもらったことが何度かあるが、その時の車は右ハンドルであった。最初私は、左ハンドルの運転席の後ろの席に座っていたが、国道をしばらく走っていると、突然友人の父が車の速度を緩め始めた。

 

バス停のようなものが見え、その先に軒先の木々がよく手入れされている一軒の家があった。車はゆっくりとその家の横に到着した。

 

そこで友人の父が、「席を代わってくれないか」と私に述べた。私の友人は私の横の後部座席に座っており、「席を代わる」という意味が最初すぐにわからなかったが、どうやら助手席に座ってくれというお願いだと気付いた。

 

そこで私は、停車した車から一旦降りて、助手席の方に回り、車のドアをさっと開け、助手席に腰掛けた。すると車は、手入れの行き届いた木々のある家からゆっくりと離れていき、再び国道に出た。

 

私は、なぜ自分が助手席に座らせられたのかイマイチ理解できずにいた。そこでふと、助手席に座ることが一番危険だということを思い出したのである。

 

車が事故に遭遇する瞬間、運転手は自分の身を本能的に守ろうとし、その結果、ハンドルを切った後に一番被害を被るのは助手席の人間だというのはよく知られたことである。私はそれを思い出し、自分が危険な場所に座らせられたのではないかという意識が芽生えた。

 

すると案の定、車の真正面から、巨大な観光バスがこちらに向かってきている姿が見えた。バスの運転手の姿がみるみるうちに見えてくると、なんとバスの運転手は不敵な笑みを浮かべていた。

 

その不気味な笑みを眺めているのも束の間のことであり、車とバスは正面衝突をした。だが、私は不思議な念力を発してお互いの車の速度を瞬時に和らげることを行っていたので、衝突の衝撃はほとんどなかった。そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/6/10(月)06:43

 

No.2050: A Greeting of the Cloudy Sky

 

It is raining again, but I feel very light at this moment. Groningen, 08:17, Tuesday, 6/11/2019

 

4535. 今朝方の夢の続き

 

やはり早朝は少しばかり肌寒いので、今、書斎の窓を閉めた。窓を閉めてしまうと、小鳥たちの鳴き声がほとんど聞こえなくなってしまうため、モーツァルトのピアノ曲をかけることにした。

 

今日から6月も第2週目を迎えたが、午後の一部の時間帯を除いては、まだまだ肌寒い日が続く。

 

先ほど今朝方の夢について振り返っていた。実はあの夢の後にもまだ別の夢が続いていたため、それを振り返ってから早朝の作曲実践に取り掛かりたいと思う。

 

夢の中で私は、全国高校サッカーの決勝戦を観戦するために、スタジアムにいた。そのスタジアムは、プロのクラブチームが公式戦で使っているものであり、グラウンドの芝のみならず、スタジアム全体の設備は素晴らしかった。

 

スタジアムの一席に腰掛けていた私がハッとした時には、試合はすでに終了間際となっていた。そして、今目の前で、片方のチームのエースが空中に浮いたボールをボレーシュートすると見せかけてトラップし、その選手についていた相手チームの選手を交わすために切り返し、シュートを放った光景を目撃した。

 

そのシュートは力強いものではなく、ゴールに流し込むような優しいシュートであり、コロコロと転がるボールの先には相手チームのキャプテンでもあるディフェンダーがいた。私はシュートの威力を見たときに、「あぁ、簡単に止められたな」と思った。

 

だが、相手チームで最も技術が高く、一番信頼をされていたキャプテンのディフェンダーは、なんとそのボールの処理を誤り、自分の足のおかしなところに当ててしまい、ボールはゴールラインを割った。

 

その瞬間に、そのキャプテンは地面にうずくまり、無情にもそこで試合終了のホイッスルがなり、今ゴールを決めた方のチームが1-0で勝利を収め、優勝を飾った。ゴールが入った瞬間と試合終了の瞬間は、ほとんど差がなく、観客席は歓喜と悲哀の双方に満ちていた。

 

次の夢の場面で私は、ビジネス街にある大型書店にいた。そこは書店だけが入っているタワーのような書店であり、私はそこの3階か4階にいた。

 

何か特定の本を探していたわけではなく、最近の日本でどのような書籍が売れているのかをチェックするために、ぶらぶらとフロアを歩いていた。すると、遠くの方に、小中学校時代の友人(YK)がいるのを見つけた。彼は学年の中で最も背が高く、小学校を卒業する時に、すでに180cmを超えており、今は190cm近くあるのではないかと思う。

 

彼に近寄り、話しかけてみると、彼は本を探していたのではなく、同じ小中学校に通っていた友人を集めて、本屋で宝探しをしようと考えているらしかった。

 

:「本屋で宝探し?どういうこと?」

 

友人:「この本屋にはお宝が眠ってるんだよ。それを今からみんなで協力して見つけよう」

 

彼はそのように述べた。それを聞いた時、こんなビジネス街にある大型書店のどこにお宝が眠っているのか、最初私は強い疑念を持っていた。しかし、彼にお宝が眠っていなくても、彼の話は何やら面白そうだったので、この本屋に散らばっている友人たちを集めて宝探しをすることにした。

 

本を探すという意識ではなく、友人を探すという意識を持って本屋の各階を歩いてみると、驚くほどに当時の友人たちがそこにいた。私は友人を見つけた都度、片っ端から宝探しの話を持ちかけていった。

 

しばらくそうしたことを続けていると、30人ほどの友人を集めることができ、宝探しを持ちかけてきた友人が待つ地下に向かった。地下に向かっている最中に、同じ小中学校に通っていた女性友達の一人と遭遇し、彼女は私たちを見て、「あなたたちは彼に騙されているのよ」と述べた。

 

私はその言葉を聞いて、ハッとした。確かに、彼は私たちを騙し、宝のありかがわかったら、私たちを使い捨てるのではないかと思ったのである。

 

そこで私は冷静な意識となり、一応多くの友人を引き連れて地下に向かったが、その時の私はすでに宝探しへの関心は薄れていた。すると案の定、宝探しを提案した友人は甘い言葉を投げかけながら、多くの友人たちに、地下のフロアを掘り起こす作業をさせ始めた。

 

私がその作業に加わらなかったため、友人は、「宝が見つかったら、1億円か2億円分の宝は洋平のものだぞ」と述べた。私はその金額を聞いても一切心が動かされず、今目の前で行なわれているくだらない宝探しから離脱しようと思った。

 

実際に私はおもむろにその場を離れ、地下から地上階に上がり、2階に向かった。宝探しを提唱した友人は、間も無く発見されるであろうお宝に目がなかったのか、その場を離れていく私には一切無関心のようであり、私を止めることはなかった。フローニンゲン:2019/6/10(月)07:18

 

4536. 有限な時間とライフワーク:今朝方の夢の続き(続編)

 

今日はこれから早朝の作曲実践に取り掛かる。その際には、今の自分の心の中がゆったりとしていることもあり、ゆったりとした曲が生まれるのではないかと予想している。

 

もちろん、毎回の作曲は未知なるものとの出会いであり、何が生み出されるのか全くわからない側面はあるが、曲は概ねその瞬間の自己を如実に映し出すということは確かであろう。

 

先ほども考えていたが、今後はより一層自分の時間というものを大切にしたい。有限な人生において、何にどれだけの時間を充てるのかを真剣に考えていくのは大切であり、もうすでに私は自分のライフワークが何なのかが明確なのだから、仮に今後もライフワークの種類や質に変化があったとしても、ライフワークだと思える事柄に十分な時間を充てるようにしていく。

 

むしろ、ライフワークだと思えないものに時間を少しでも充ててしまうことは賢明なことではないとさえ思えてくる。今はとにかく、自分の時間を確保することを大切にし、今後はそれをさらに推し進めていくための方針の明確化と具体的なアクションを取っていこうと思う。

 

そのようなことを考えながら、現在従事している協働プロジェクトについても再度考えていた。ここ数年と同じように、今年も幾つかの協働プロジェクトに従事しているが、今後はその数をより少なくしていきたいと思う。

 

自分のライフワークと合致したごく限られた協働プロジェクトにのみ集中していきたい。それは今後実現していくことというよりも、今年度からそうした方針で協働プロジェクトに関与していこうと思う。

 

自分の時間も含めて、そうしたことを考えると、今年はこれ以上プロジェクトを増やすことはできないかもしれない。時間的にゆとりのない中で複数のプロジェクトを進めていくのではなく、とにかく精神的・時間的にゆとりのある日々を送ることを最も重要なことに掲げ、それを妨げない範囲で協働プロジェクトに従事していこうと思う。

 

この件については、まだまだ考える余地、具体的なアクションを取っていく余地が多分にあるため、引き続き考え続けていく。

 

先ほどの日記までで、今朝方の夢の全てを書き留めたと思っていたが、まだ書き留めていない夢の断片を今ふと思い出した。ビジネス街にある大型書店を訪れ、そこで宝探しをしている場面について先ほど書き留めた。

 

宝探しをすることを放棄した私は、書店の2階に上って行った後、長い不思議なエスカレーターに乗って、外の世界に出て行った。エスカレーターの前には、ちょうど小中高校時代の友人(TK)がいて、彼と私が向かう方向は同じようだった。

 

エスカレーターはうねりながら長くどこかに続いていた。ちょうど1階に到着すると、友人は私に別れを告げた。

 

私はてっきり、最後まで友人は私と同じ目的地に向かっていくと思っていたので、そこで別れを告げられるのは意外であった。どうやら彼は、1階と直結している駅に向かい、列車を使ってこれからどこかに行くようであった。

 

友人と別れた私は、書店に併設されているフットサル場に向かった。一つのコート脇を見ると、そこには小中学校時代の友人が何人かいて、準備運動を行っていた。私は彼らに話しかけ、フットサルに混ぜてもらうことにした。

 

準備運動をしている友人の一人(HO)は、サッカーが非常に上手かったのだが、彼はコートを指差しながら、「あのチームのメンバー全員はとんでもなく上手いよ。この前試合をした時には全く歯が立たなかったんだ」と述べた。

 

見るとそこには、確かにガタイがよく、それでいて機敏な動きをする、サッカーが上手そうな人たちが練習をしていた。なぜかその中に、若くしてサッカー界から引退をした元日本代表の選手がいて、彼の面影は高校生のようであった。

 

今朝方はそのような夢を見ていた。昨日はあまり夢を覚えていなかったが、今朝は比較的多くの夢を覚えていたように思う。睡眠の質と睡眠時間、およびそれらと夢との関係は、今後も考えていきたいテーマである。フローニンゲン:2019/6/10(月)07:55

 

4537. 死の先取りと究極のくつろぎをもたらすシャバーサナ

 

時刻は午後の7時半を迎えた。この時間帯は、穏やかな西日がフローニンゲンの街を照らしており、早朝と同じぐらいの平穏さが漂っている。今、そうした穏やかな世界の中で、静かさの向こう側を見つめている。

 

夕方のフローニンゲンの街を優しく吹き抜けていくそよ風が、街路樹をそっと撫でている。それはきっと、「明日の朝も撫でに来るよ」という挨拶のようにも見える。

 

今朝は諸事情により、朝の時間を使ってウェブサイトの編集を行っていたが、明日からはそれをしないようにする。兎にも角にも、私にとって朝は、創造活動に従事するための貴重な時間であり、そうした活動をする以外の時間ではない。

 

ここ最近大切にしている「集中」ということに関して言えば、朝は創造活動に集中するべきなのだ。創造活動を最優先にさせ、その次に読書を通じた学習が来る。それを再度肝に銘じておきたい。

 

今朝方の日記の中で、ヨガのシャバーサナについて何気なく言及していたように思う。以前より、というよりも、この8年間近く、このアーサナは毎日必ずどこかの時間帯に行っていたのだが、今日からは気持ちを改めて、それをより意識的に行うようになった。なぜなら、シャバーサナが持つ効能について改めて実感したからである。

 

ここ最近は、睡眠の質が一段良質なものとなり、睡眠を長く取る必要がなくなった。それをもたらしてくれた主要因は、食生活の抜本的な改善にあると思われるが、それと同時に、ここ最近はシャバーサナに従事する時間をこれまでよりも5分から10分ほど長くしていたことにもあるだろう。

 

もちろん、シャバーサナを長く行えばいいという単純なものではないだろうが、それを行う時間を長くした影響を見逃すことはできない。

 

今日からは、午後の仮眠中と夜寝る前のシャバーサナの質をさらに改善するために、日中から身体をより弛めるような意識を持っておいた。筋肉量を増やすというよりも、筋肉をより柔軟なものにしていく意識を持ちながら、朝と午後のヨガの実践を行っていった。これを継続していけばいくほどに、午後の仮眠中と夜寝る前のシャバーサナの質がさらに向上し、それは夜の睡眠の質も向上させてくれるだろう。

 

シャバーサナは、私たちがいつか必ず迎える死の先取りとも言われている。シャバーサナによって、重力の重さに身を委ね、自己が大地に還っていくような感覚を味わうことがあるのはそれを示唆している。また、シャバーサナは究極的な脱力を私たちにもたらし、それは確かに、役割を果たした魂が還るべき場所に還る感覚に近いとも言えるかもしれない。

 

シャバーサナ中は不思議と、眠っているようでいて覚醒しているという状態であり、脳と意識はくつろぎの大海の中にあり、そうであるがゆえに、私はしばしばこのアーサナを実践している最中に、鮮明なビジョンを見るのかもしれない。フローニンゲン:2019/6/10(月)19:39

 

No.2051: A Rainy Morning

 

It is drizzling right now, which makes me calm. The interior and exterior worlds are interacting with each other. Groningen, 09:47, Tuesday, 6/11/2019

 

4538. 明日からの夢の振り返りについて:今後の人生のための備忘録

 

時刻は午後の8時に近づきつつある。本日を振り返る最後の日記を書き留めた後に作曲実践を行い、ゆったりとした気持ちの中で就寝に向かいたい。

 

先ほどの日記で言及したように、就寝に向けたベッドの上では、深い呼吸を意識して、死の先取りとしてのシャバーサナを十分に行いたい。今日は日中にはあまり日記を書く余裕がなかった。

 

諸々の活動に従事していたことがその理由であり、特に出版記念ゼミナールに向けた準備に追われていた。幸いにも、それに関する準備もひと段落し、明日からは再び自分のライフワークに専心することができるようになるだろう。

 

今日は午後のオンラインミーティングを終えた後に、街の中心部のオーガニックスーパーにジョギングがてら出かけた。そこで、八丁味噌、玄米味噌、有機豆腐二パック、はちみつを購入した。

 

それらはどれも日持ちがするものであり、豆腐に関しては来週中には食べ切ってしまうが、それまではこのスーパーに立ち寄る必要も無くなるため、明日からのジョギングは、再び近所の運河沿いを走ることにしたい。

 

明日は幾分不確かな天気であるため、天気が悪くない時間帯を見て、河川敷に足を運ぶ。自分にふさわしい食実践が板につき、毎日適度な運動を行うことによって、自分の心身がさらに良い状態になっているのを実感する。これまでの状態も最良のものだと思っていたが、普段何気なく行っている習慣的行為を見直していけば、至るところに無知から生まれる改善点が見出されるものなのだと再認識する。

 

明日の朝から改善したいこととしては、夢の振り返りに関するものがある。これまでの私は基本的に、覚えている範囲の夢を書き留めることしかしていなかった。つまり、それは夢の単なる記録に留まっており、そこに自分なりの解釈や意味を汲み取ろうとする行為が希薄であった。

 

もちろん本音で言えば、いかようにも解釈を加えることや無数の意味を汲み取ることができてしまう自分に対して恐れを感じており、いや厳密にはそのようにして明るみになる解釈や意味そのものに恐れをなしていたと言ってもいいだろう。

 

当然明日からも、日記として書ける範囲の解釈や意味にしか言及しないが、自分が見ればその解釈や意味のその先にある解釈や意味に気づけるような書き方をしていきたいと思う。今後は一言二言でもいいので、夢に対する自分なりの気づきや洞察を書いていく。

 

そうしなければ、夢というせっかくの内省材料が単なる材料のままとなってしまい、その真価を発揮することができなくなってしまうだろう。夢は紐解かれて初めて私たちの変容に資するものになるということ。それを忘れないようにしたい。

 

最後に、今後の人生のための備忘録として一つ書き留めておきたいことがある。それは今日から、活動領域を大きく変えていこうと決心したことである。

 

これまでの活動領域を大きく手放し、全く未知な活動領域に自己を投げ出していく。それは複数にわたっており、ここで明示する必要はない。

 

これまでの活動領域についてもすぐには完全に手放せないが、一年後までにはほぼ全てを手放していこうと思う。それに応じて、付き合う人間関係が間違いなく大きく変わっていくだろうと思う。

 

そうであったとしても、この自己はこの自己のままである。フローニンゲン:2019/6/10(月)20:10

 

No.2052: After the Rain Before Noon

 

It stopped raining before noon. The atmosphere at this moment is somewhat solemn. Groningen, 11:43, Tuesday, 6/11/2019

 

6月10日(月)に生まれた曲たち

Op.1239 静かさの向こう側

Op.1240 正午前の小鳥たち

Op.1241 夕暮れ時のつぶやき

Op.1242 明日のために

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