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4470-4474:フローニンゲンからの便り 2019年5月31日(金)

June 2, 2019

タイトル一覧

4470. 今朝方の夢

4471. スピノザとデカルトが住んでいた町ライデンでの生活について

4472. 早朝のホットカカオで一息つきながら:今後の生活のあり方について

4473. 仮眠中の二つのビジョン

4474. セミリタイア的生活の先へ:スクリャービンの音楽

 

4470. 今朝方の夢

 

時刻は午前3時半を迎え、小鳥の第一声が聞こえ始めた。今朝は3時に起床し、幾分早い一日のスタートとなった。

 

昨夜も少し冷えているように感じたため、湯たんぽを使って就寝したのだが、今朝は起床直前に暑さを感じ、寝汗によって目覚めた。起床してすぐにシャワーを浴び、シャワーの湯圧によって身体全体と特に腸を活性化させた。起床直後のシャワーも悪くないものである。

 

冬の時代においては、シャワーだけだとすぐに体が冷えてしまうので、朝は浴槽に浸かり、ゆっくりと体を温めるようにしていたことを思い出す。湯船のないホテルに宿泊することはできず、湯船のない家に住むことはできないという点にも日本人気質を見る——最近は湯船に浸らない日本人も多いと聞くが。

 

今朝はまず最初に、今朝方の夢について振り返っておきたい。実はこの夢によって、一度深夜12時に目が覚めた。幾分自己の攻撃的な側面が顔を覗かせる夢であった。

 

夢の中で私は、実際に通っていた中学校の教室にいた。教室の雰囲気から察するに、中学校二年生の時に使っていた教室にいたのだと思う。

 

ちょうど国語の授業が終わったようであり、私は先生に呼ばれ、先生のところに行った。すると先生は、私に何か言いがかりをつけてきた。

 

最初は、それとなしに言いがかりをつけてきていたのだが、徐々にそれがエスカレートし始めて、私は大変理不尽な思いになった。先生の話を聞きながら絶えず自分の頭にあった言葉は、「阿呆な国語教師」というものだった。

 

そうした言葉が絶えず自分の頭の中にあり、さらには先生の言いがかりに対してこちらも少々我慢ができなくなってきたので、私はついに口を開いた。

 

:「先生、「阿呆な国語教師」の授業を受けて、阿呆が移ったらどう責任を取ってくれますか?僕はそれが一番心配なんです」

 

先生:「ど、どういう意味だ?」

 

:「あぁ、まさにそれです。先生から阿呆さが移ったらどうしてくれますか?という簡単な話です」

 

先生:「なんだと〜。お前のカバンの中を見せろ。教科書は全て没収だ!」

 

:「阿呆な教師にはいないと思うのですが、僕には優秀な弁護士の友達が何人もいて、彼らに話を持ちかけたら、それは窃盗罪に該当すると述べるかもしれませんよ。それでもよければどうぞ、僕の教科書をカバンから抜き取ってください」

 

私がそのように述べると、先生の表情はみるみる恐れの混じったものになっていき、私のカバンから教科書を抜き取ることをせず、その場から逃げるように去っていった。そこから私は、ぶらりと体育館に行き、バスケの練習でもしようと思った。

 

体育館の扉を開けると、そこには多くの生徒がいて、体育の授業を行っているようだった。ちょうど授業が終わった時に、体育の先生が私の姿を見て、整理体操をリードしてほしいとお願いをしてきた。特に断る理由もなかったので、私はそれを引き受けた。

 

一般的な体操ではなく、私は幾つかのヨガのアーサナを組み合わせる形で、生徒たちの整理体操をリードしていった。およそ40人ぐらいの生徒を相手にしていたため、なかなか一人一人の動きを細かく把握することは難しかったが、あるアーサナを行ってもらうことを全員に伝えた時、一人だけ違う動きをしている女子生徒がいた。

 

彼女の方を見ると、彼女は日本人ではなく、ヨーロッパのどこかの出身である風貌をしており、お互いに目が合い、彼女は笑みを浮かべた後、周りの生徒と同じ動きをし始めた。

 

最後に私は、全員が円になって呼吸法を行うことをしようと思った。円になったのはいいものの、生徒と生徒の間隔が広すぎる箇所があり、私からすると、それは美しい円ではなかった。

 

それについて私が指摘すると、ちょうど生徒の中に同学年の気の強い女子生徒の友人がいて、「そんなん気にしなくてええやん」とため息まじりに述べた。やはり私は円の形にこだわっていたので、間隔が広い箇所に私が立つことにし、そこから呼吸法の実践を始めた。

 

だが、私のガイダンスがあまり良くなかったのか、私が思っているような呼吸法の動作を行っている生徒は少なかった。今朝方はそのような夢を見ていた。フローニンゲン:2019/5/31(金)04:13

 

No.2005: The Blithe Morning Glow

 

The morning glow makes a blithe smile. Groningen, 07:02, Friday, 5/31/2019

 

4471. スピノザとデカルトが住んでいた町ライデンでの生活について

 

いよいよ今日で5月も最後となる。明日からは新たな月が始まり、来月からはもう少し暖かくなるのではないかと期待する。

 

フローニンゲンの夏は大変過ごしやすく、6月の平均最高気温は20度、平均最低気温は9度である。7月は22度と12度、8月は22度と11度であり、改めてそれらの数字を眺めてみると、やはり随分と涼しい。

 

オランダ南部の都市だと数度ほど異なるかもしれないが、オランダは緯度の高い国であるから、総じて夏は過ごしやすい。

 

昨日の日記でも述べたように、私はフローニンゲンというオランダ北部の北欧に限りなく近い街がとても気に入っている。この春に一つの分岐点を迎え、アメリカに戻るのではなく、オランダに留まることを決断した際に、フローニンゲンから引っ越すことを一度考えたが、結局フローニンゲンでの落ちついた生活を手放すことはできず、今に至る。

 

来年の夏からは気分を変えて、オランダ国内の新たな都市で生活をしようとこれまで考えていたが、もしかすると、それは来年よりも先のことになるかもしれない。

 

引っ越しをする際には、今以上に落ち着いた場所に居を構えようと思っており、その他にも設けている諸々の条件に合致した物件が、国際空港に近い南部の主要都市にあればと思う。だが調べてみると、国際空港に近い南部の主要都市、例えば、アムステルダム、ロッテルダム、デン・ハーグというのは、オランダ国内の犯罪件数でワースト5に毎年入っていることを知った。

 

もちろん、それらの町全体が危険なのではなく、犯罪が集中するエリアはだいたい決まっているらしいが、それでも町全体の治安が良くないというのはあまり好ましくない。調査結果を見ると、フローニンゲン以上に安全な街としてライデンが入っていた。

 

ライデンには、かつてスピノザが生活をしており、当時の家が今では博物館となっていて、二年前にライデンを訪れた際に、その博物館に足を運んだのを覚えている。また、デカルトもフランスからオランダに移住し、哲学的な探究をライデン大学を拠点として行っていた。

 

ちょうどデカルトがこの地にやってきたのは今の私と同じぐらいの年齢であり、デカルトが自己の使命を自覚し、哲学探究に開眼した後にこの地を生活拠点に選んだというのは、とても納得がいく。

 

スピノザやデカルトが選んだ街ライデンで新たな暮らしを始めるのも悪くない。そんなことを思う。

 

デカルトは若くから才能を発揮していた哲学者かつ数学者であったが、その仕事が深まりを見せたのは、オランダにやってきてからであった。デカルトの最も著名な書籍『方法序説』は、オランダに渡ってから書かれたものである。

 

ここ最近思うのは、ライフワークのみに専心する生活を数年以内に始めようというものだ。その生活においては、今のようにメールを使うこともないだろうし、人に会うのは数年に一回ぐらいになるだろうか。

 

実験として、4年間は集中的にライフワークのみに打ち込む生活を行ってみて、どのようなことが起こるのかを確かめてみたい。そうした生活をするにあたっての準備を少しずつ進めており、そうした生活を送る最中は、今とは全く違った形でこの世界に関与していくことになるのではないかと思っている。

 

今のような形で日記の執筆や作曲をしていたのでは埒があかず、質を云々する前に、その絶対量があまりにも不足しているようにしか見えない。

 

スピノザやデカルトが送ったような生活を、私もオランダの地で、しかもひょっとすると、彼らと同じくライデンの地で送り始めるかもしれない。そうなったら、それはもう運命として受け入れようと思う。フローニンゲン:2019/5/31(金)04:52

 

No.2006: A Cold Wind Passing Through My Heart

 

A cold wind is passing through my heart. I feel so this morning. Groningen, 08:30, Friday, 5/31/2019

 

4472. 早朝のホットカカオで一息つきながら:今後の生活のあり方について

 

時刻は午前5時を迎えた。まだ朝日は昇っていないが、辺りは薄明るくなり始めている。小鳥たちの鳴き声も、私が起床した3時よりも活発になっているように思う。

 

起床してから2時間ほどが経ち、その間に、大麦若葉とチアシードで作ったドリンク、ベジブロスとスパイスをもとに作った味噌汁を飲んだ。そして、今、ココアを飲んでいる。それらの飲み物の流れはいつもと同じである。

 

味噌汁の後に飲むのはココアなのだが、市販で売られているような、精白された害悪のある砂糖が含まれているようなココアではない。この飲み物は、カカオ100%のパウダー、カカオニブ、ヘンプパウダーを混ぜて作ったものであり、ヘンプのおかげでかろうじて甘さを感じるぐらいのため、そこにハチミツを加えている。

 

以前までの私は、コーヒーを一日に数杯ほど飲んでいたが、コーヒーを飲むことをやめ、今はホットカカオを毎日飲むようになっている。早朝に一杯、午前中の後半に一杯、午後に一杯と合計で三回ほどそれを飲んでいる。

 

午前中の後半に飲む一杯においてはヘンプパウダーとハチミツは入れず、その代わりにココナッツオイルを入れている。カカオパウダー、カカオニブとココナッツオイルの相性は大変良く、その飲み物もまた日々重宝している。

 

カカオがもたらす効能を考えてみると、古代アステカ文明やマヤ文明において、カカオが「神の食べ物」として大切にされていたのもうなづける。私も日々その恩恵を受けている。

 

先ほどの日記の中で、ライデンで新たな生活を送り始める可能性について言及をしていた。もちろん、今の私は当面はフローニンゲンに残ろうと思っているが、来年の夏以降またどうなるかはわからない。

 

仮にオランダ国内で引っ越すのであれば、今のところはライデンが最も自分に合致している街ではないかと思う。オランダ国際空港までIntercityの電車に乗れば、一駅の15分で到着できてしまう。

 

確かに、現在行っている国外旅行は月に一度程度、あるいは一ヶ月半に一度の程度であり、今後それ以上の頻度で国外旅行に出かけることはないかと思うが、旅に伴う移動の疲労を考えると、今後はフローニンゲンよりも、やはり国際空港の近い都市に住むのが望ましいかと思う。

 

そうしたことを考えると、ライデンはなおさら魅力的な都市に映る。もちろん、国外旅行のためにライデンで生活をしようと思っているわけでは決してなく、端的には、スピノザ的・デカルト的な生活を送るためである。本当にこれを実現させようと思う。

 

社会に真に関与していくためには、社会といかに距離を取るかが重要であると常々痛感させられており、仮に自分がこの現代社会に真に、かつ深く関与していこうと思うのであれば、社会から今以上に徹底した形で距離を取る必要がある。

 

そうした距離を取る生活を可能にしてくれる場所の一つとしてライデンを位置付けており、まさにスピノザやデカルトがそうした生活をその地で送っていたことからも、ライデンには何かあるのだろう。

 

だが、よくよく考えてみると、社会と距離を置くというのは実にシンプルなものであって、どこで生活をしようが可能といえば可能なのである。私の場合で言えば、メールを使わないことと人に会わないこと、この二点をより極端に推し進めていけば、そうした生活が実現されていくだろう。

 

現在、夕食を食べ終え、一息ついてからしかメールを開かず、返信もしないようにしているのは、そうした生活の実現に向けた小さな一歩だと位置付けている。滅多な機会にしか人と会わないことに関しては、もう10年以上も続けていることであり、これ以上それを推し進める必要はないかもしれないが、今後も人に会うことは極力控えていく。

 

そして仕事に関しても、その活動領域は今後随分と様変わりするような予感がする。フローニンゲン:2019/5/31(金)05:25

 

No.2007: A Fragrant Green Breeze

 

The outside world is fragrant with a green breeze. The fragrance is passing through Groningen. Groningen, 10:05, Friday, 5/31/2019

 

4473. 仮眠中の二つのビジョン

 

時刻は午後の2時を迎えた。今日は思っていた以上に肌寒く、午前中はヒーターをつけて過ごしている時間が多かった。

 

今朝は、湯たんぽによる寝汗で起きたため、一日を通して暖かいと高を括っていたのだが、全くそうではなかった。朝には、冷たい風が心を通り過ぎていくような感覚があったほとである。

 

つい先ほどまで仮眠を取っていた。今朝は3時に起床していたこともあり、少し長めの仮眠を意図的に取った。

 

そこで二つほど興味深いビジョンを知覚していた。一つは、実家の食卓で母と会話をしているものである。

 

以前実家を訪れた時に、母がスーパーに出かける際にはヨーグルトを買ってきてもらうようにお願いをすることが多く、それが切れたらまたお願いをするということをしていた。今回実家を訪れた際に、以前に購入したヨーグルトがまだ残っているとのことであった。

 

以前というのは一体いつなのだろうかと思われるぐらい前であり、以前の私と同様に、両親もヨーグルトを食べる習慣があるのだから、以前購入したものはとっくの昔に食べ切っているはずだった。消費期限がとっくに切れているだろうヨーグルトを食べたくはないという気持ちと、そもそも私はヨーグルトを含めた乳製品を摂らない食生活を心がけているため、ヨーグルトはもういらないことを母に伝えた。

 

すると母は残念そうな表情を浮かべ、せっかくそれを購入したのにもったないと述べた。それが一つ目のビジョンである。

 

二つ目のビジョンもまた、実家での出来事だった。ただし、二つのビジョンは時間軸が違い、ビジョンの中の私も両親も含めて、最初のビジョンとは異なる時空間の世界にいた。

 

ビジョンの中で私は、実家の冷蔵庫を開け、そこで新鮮な野菜で作られたスープの残りを見つけた。夕方の時刻であり、夕食としては少し早かったが、今日はそれを夕食にしようと思った。

 

そこで冷蔵庫からそのスープを取り出し、電子レンジで2分ほど温めた。レンジからスープを取り出し、ラップを外すと、とても香ばしい香りが漂ってきて、それを食べずとも味の良さがわかった。

 

スプーンを食器棚から取り出し、いざスープを食べようと思ってスプーンをスープにつけた瞬間に、スープの中に赤い糸ミミズが入っていることに気づいた。厳密には、それがスープから一度ジャンプして跳ね上がり、再びスープの中に入っていて、器の下の方に潜っていったのである。

 

最初私は、糸ミミズが入っていることを若干気持ち悪く思ったが、それは食用ミミズなのかもしれないと思った。また、糸ミミズが生きていられるほどに新鮮な野菜を使っていたのだということを思うと、とても肯定的な気持ちになった。

 

とはいえ、糸ミミズを食べる気がしなかったので、糸ミミズをスープから取り出そうと思ったところでビジョンから目覚めた。

 

食生活を抜本的に見直してから、意識の状態がますますクリアなものになってきているためか、仮眠中にビジョンを見る頻度が増え、その鮮明さも増してきているように思う。きちんとした食事のようなものは相変わらず夜に一回だけ摂るようにし、リンゴとバナナは午前中のデトックスを促す意味でも朝に食べることが続いている。

 

昼に関しては何も固形物を口にせず、腹が空いていれば、具なしの味噌汁を飲んだり、ココナッツオイルを入れたカカオドリンクを飲むようにしている。こうした食生活を続けていくと、何か浄化作用が身体の中で生じているかのようだ。

 

それがビジョンの鮮明さに影響を与えているのだろう。今後も夢と同様に、ビジョンの観察をしていこうと思う。フローニンゲン:2019/5/31(金)14:25

 

No.2008: An Authentic Jewel

 

Today is a day as if it were filled with authentic jewels. Groningen, 11:27, Friday, 5/31/2019

 

4474. セミリタイア的生活の先へ:スクリャービンの音楽

 

時刻はゆっくりと午後の3時に近づいている。もう一つだけ日記を書いたら、スクリャービンに範を求めて作曲をし、その後、近くの河川敷にジョギングに出かけたい。

 

先ほどまでは曇り空だったが、少し晴れ間が見え始め、外出をそっと後押しするような天気になった。

 

今日も早朝3時の起床から今にかけて、日記の執筆、作曲実践、そして読書など、自分の取り組みに十分に従事することができている。とにかく自分が最も優先させて取り組むべきことを夕食までの時間に行い、夕食後にメールの確認や返信などの雑務を行う。

 

ふと、こうした生活の有り様は、ウィルバーの日々の過ごし方と似ていると思った。ウィルバーの日記『ワンテイスト』の内容を思い出す。

 

ちょうど私がロサンゼルス(厳密にはアーバイン)に住んでいた頃、もはや生活のためにカネを得る労働をするのは止めようと思い立ち、以後そうした類の労働に従事することはなくなった。現在においてもそれは一貫して続けられており、最初のうちはどうしても生活費を確保するために各種の仕事を引き受けていたが、今はそうではなくなった。

 

本当に共感し、意義を感じるプロジェクトにだけ参画させていただく形で仕事を行なっている。そうした観点において、今の私は、全く仕事をしないというリタイアではなく、セミリタイアと呼ばれる生活を送っているのかもしれないと午前中に思った。

 

セミリタイアの生活は、28歳頃から始まり、そこから5年を経た今になっては、生活の質がかなり向上しているように思う。自分なりの働き方というものを自ら模索し、それを実現させるアクションを小さく積み重ねてきたことが今の働き方と生活の送り方につながっているのだと思う。

 

今後も、共感と意義を感じさせてくれる協働プロジェクトには参画させていただきながら、それでいて、自分の真のライフワークを着実に進めていく。

 

今後数年以内に、ライフワークのみに従事するような生活に移行させる計画を立てており、計画の実現に向けて少しずつ動き出している。今日の一つの考えが、そしてアクションが、そうした生活を引き寄せてくれるだろう。

 

今からスクリャービンの曲に範を求めるが、“The Music of Alexander Scriabin (1986)”を読んでいると、スクリャービンの魅力というものを再発見し、その魅力がより深まっていく。私がスクリャービンに惹きつけられているのはおそらく、スクリャービンが、ヘレナ・ブラヴァツキーの思想を含め、神智学的な神秘主義的思想に影響を受けていたからだろう。

 

また、彼の音楽に詩的なものを感じるというのは、スクリャービンがロシアの詩からも霊感を得ていたことに起因するであろう。

 

上記の書籍を読むと、スクリャービンは、神秘主義的な思想から霊感を得ながらも、直感に依存するのではなく、数学的な正確さで曲を構築していったという考察がなされている。神秘主義的思想の系譜を汲み、なおかつ数学的な厳密さで作曲実践を行っていったスクリャービンから得るものは多いだろう。

 

今後もスクリャービンの思想及び彼の音楽について探究を深めていこうと思う。フローニンゲン:2019/5/31(金)14:56

 

No.2009: Toward the Direction of a Gentle Breeze

 

I’ll go jogging shortly in order to find out the direction of a gentle breeze. Groningen, 15:30, Friday, 5/31/2019

 

5月31日(金)に生まれた曲たち

Op.1198 楽しげな朝焼け

Op.1199 心を通り過ぎていく冷風

Op.1200 香る緑のそよ風

Op.1201 純真な宝石

Op.1202 そよ風の向かう先へ

Op.1203 夕方の流れ

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