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4361-4368:フローニンゲンからの便り 2019年5月14日(火)

May 16, 2019

タイトル一覧

4361. 食生活のさらなる見直し

4362. 幸福感と腸内環境との関係性

4363. 今朝方の印象的な夢

4364. 夢が教えてくれること

4365. この夏の旅について

4366. 空気の澄んだ場所へ還ること

4367. 友人との交換セッションを終えて

4368. 夕方の美:腸内環境を育む責任

 

4361. 食生活のさらなる見直し

 

今朝は5時前に起床し、現在の時刻は5時半を迎えた。辺りは随分と明るくなっており、遠くの空がほのかに紫色の表情を見せている。

 

静かな世界の湖面に反射するかのように、小鳥たちの鳴き声が辺りにこだましている。早朝のこの時間帯は、やはり風がほとんどなく、とても穏やかである。

 

現在の気温は4度であり、本日の最高気温は14度まで上がるとのことだ。今日も天気が良いようであるから、正午前にでも、街の中心部のオーガニックスーパーに足を運び、果物類を購入したい。

 

今日から徐々に、果物中心の食生活に変えていく。今の自分の腸内環境では、果物だけではまかなえない栄養素があるので、そうしたものはカカオパウダー、ヘンプパウダー、さらには各種のオイルと味噌によって補っていこうと思う。

 

昨夜も、人間が生命活動を維持していくときに必要な栄養素について考えていた。体の構成成分として重要なのは、炭水化物(糖質)、タンパク質、脂質の三種類であり、体の機能維持に必要なのは、ビタミンとミネラルである。

 

それらの栄養素の摂取量について考えてみたときに、現在摂取しているものの量を調節していけば、十分に必要な量の栄養素を摂ることができることが見えてきた。しかもそれは、固形物をほとんど摂らなくてもいい形で実現できそうだということがわかってきたのである。

 

おそらく現代人は、何かを食べていなければ口が寂しくなったり、物足りなさを感じてしまうように調教されているのだと思うが、そうした調教によって知らず知らず身についてしまった自分の思い込みを解体していく必要があるだろう。

 

今のところは、固形物に関してはフルーツだけを摂るようにしていき、あとはカカオ、ヘンプ、チアシードなどの栄養価の高いものを飲み物として摂取していく。それと重要なのは、人体の多くは水分で成り立っているが、その中には脂が含まれていることだ。

 

私たちの脳は、水と脂で構成されていると言われているように、どのような脂質を取り入れるかは本当に重要であり、現在試している各種の油に加えて、ヘンプオイルも近々試してみたいと思う。

 

固形物の摂取に関して、現在はナッツ類を摂取している。だが、最近ふと、ナッツ類も摂る必要がないのではないかと思い始めている。

 

現在摂取しているのは、オーガニックのアーモンドとくるみであるが、ひょっとすると、それらの消化があまり良くない可能性もあることに気づき始めている。自分の胃腸にとって、ナッツがどれほど消化に良いのか悪いのかを判断し、今後は摂取量を減らしていき、もはや食べなくなるかもしれない。

 

もちろん、ナッツには良質な脂質やミネラルが豊富に含まれている。脂質については、良質な各種オイルによって十分に摂取することができるだろうし、ミネラルに関しては、フルーツでまかなうことができるだろう。

 

当面は、ミネラル豊富なフルーツが何かを探し、それを見つけることができたら、徐々にナッツ類でさえも控えていくことができるだろう。

 

食生活の根本的な見直しを始め、自分の腸内環境に真に良いものを求め始めてから、徐々にフルーツ以外の固形物を食べる必要性を感じなくなり、フルーツ以外のものを食べる欲求が一気になくなってしまった。

 

今後は、フルーツ、カカオ、ヘンプ、チアシード、味噌、幾つかのオイル(アマニ油、エゴマ油、オリーブオイル、ココナッツオイル、ヘンプオイル:ヘンプオイルの方がアマニ油やエゴマ油よりもオメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸の割合に関して優れているとわかり、ヘンプオイルでは摂取できないオメガ9脂肪酸に関しては、オリーブオイルを活用していこうと思う。ココナッツオイルは飽和脂肪酸が多く含まれており、それは人体で合成することも可能であるため、ココナッツオイルを体内に取り入れるというよりも、オイルプリングとして活用していく予定である)を中心に食生活を組み立てていこうと思う。フローニンゲン:2019/5/14(火)06:04

 

No.1945: I Thank God for the Sunset

 

The sunset from this time period is very beautiful.

 

 All I can do is thank god for it.  Groningen, 17:37, Tuesday, 5/14/2019

 

4362. 幸福感と腸内環境との関係性

 

時刻は午前7時を迎えようとしている。今、朝日が近くの赤レンガの家の窓に眩しく反射している。

 

この時間帯はまだ風がなく、小鳥たちの鳴き声が風に流されてしまうのではなく、より直接的に耳に運ばれてくるように思える。

 

今日も朝から何とも言えない満たされた感覚がある。欧州での生活を始めて以降、この満たされた感覚、すなわち幸福感に包まれた形で毎日を生きることができている。

 

さらに最近は、腸内環境が徐々に整ってきたことに合わせて、幸福感も増しているような気がする。この観点について調べてみると、やはり腸内環境と幸福感には密接な関係があることがわかった。

 

幸福感をもたらすといわれている神経伝達物質の一つに、セロトニンというものがある。実はセロトニンは脳に多くあるのではなく、多くは腸にあるのだ。

 

より具体的には、セロトニンの約90%は腸にあり、脳には約2%しかないそうだ。腸にあるセロトニンはそのまま脳に届くのではなく、セロトニンの前駆体が作られてそれが脳に届き、合成されてセロトニンになると考えられている。

 

ここでセロトニンの前駆体を作るために必要となるのが腸内細菌なのである。腸内環境が悪化している場合、セロトニンの前駆体をうまく作ることができなくなってしまい、その結果としてセロトニンがうまく合成されず、日常生活の中で幸福感を感じることが難しくなってしまう。

 

現代病のひとつである鬱というのも、確かにそれは精神病のひとつとして精神的な面から治癒をしていくことが重要だが、セロトニンが不足してしまう鬱というのも、実は腸内環境と密接に関係しているため、腸内環境を整えることが大切だとわかる。

 

ケン・ウィルバーが提唱したインテグラル理論の最も根幹的な考え方である、内と外の視点を持って事象を考えることの大切さがここでも明らかとなる。少なくとも四つの象限、さらに応用的には8つのゾーンから事象を分析し、それにアプローチをすることが大切になる。

 

鬱に関しては、内側からのアプローチと外側からのアプローチ、より細分化するならば、内側の内からのアプローチ、内側の外からのアプローチ、外側の内からのアプローチ、外側の外からのアプローチを行っていく必要があるだろう——今はそれぞれのアプローチの具体的な内容について言及はせず、その枠組みのみ提示しておく。冒頭にあった幸福感というのも、そうした複合的な観点から捉えていくのが良いだろう。

 

今日はこれから作曲実践と写経実践に力を入れていき、来月から提供することになっているプログラムに向けて、課題図書をこちらの方でも読み込んでいく。課題図書のうちの一冊である“Reflective Practice: Writing and Professional Development (2018)”が、昨日イギリスより届けられ、昨夜の段階で第1章を読んだ。

 

本書は、自分でもこの機会に内省実践というものをもう一度深く考察しておきたいと思って、課題図書に入れさせてもらったものであり、第1章を読んでみると、いろいろと発見や考えさせられることがあり、続きを読むことが楽しみだ。

 

どれだけ読書に時間を充てることができるかはわからないが、今日中に本書の初読を終えるか、大半を読み終えることができるだろう。昼前には散歩及びジョギングがてら、街の中心部のオーガニックスーパーに行き、そこでアボカド、バナナ、キウイ、リンゴ、グレープフルーツ、それと何かしらのベリー類を購入し、果物中心の食生活の準備をする。

 

今日も本当に幸福感に満ちた一日になりそうだ。フローニンゲン:2019/5/14(火)07:14

 

No.1946: Meditation at Night

 

Today was also filled with blissfulness. 

 

I wish tomorrow will be the same as today. Groningen, 21:36, Tuesday, 5/14/2019

 

4363. 今朝方の印象的な夢

 

今朝方の夢についてまだ振り返っていないので、夢の振り返りを終えてから作曲実践を行いたい。このところはそうした流れが生まれている。

 

今後の理想としては、夢の中のイメージや内的感覚を曲として形にしていきたい。これは以前から気付いていることではあるが、一日のうちのどの時間帯に曲を作るのかによって、その時の内的感覚が異なるため、必然的に曲として形に現れるものも変化する。

 

早朝にうまく夢の振り返りをすれば、夢の世界のイメージと内的感覚を曲として具現化することができるのではないかと思う。そうしたことも今後の作曲実践の一つの課題及び楽しみにしたい。

 

夢の中で私は、米国で最も安全な街と言われるカリフォルニアのアーバインのような街にいた。アーバインには実際に一年ほど住んでいたことがあり、そこは気候面に関して言えば、楽園のような場所であった。

 

街の所得・教育水準は全米でもトップクラスであり、治安も極めてよかった。夢の中の街の道路は、アーバインの道路のように、道路脇に南国風の植物がたくさん植えられていた。

 

私はその道を車で気分良く走っていた。実際には、運転していたのは私ではなく、その車はAIか何かで動く無人の自動運転車だった。

 

後部座席に座っていた私は、車の窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。太陽は燦然と輝いており、次々と通り過ぎていく南国風の植物ばかりを私は眺めていた。

 

しばらく車で走っていると、高級コンドミニアムが集まった場所に辿り着いた。そこは私がアーバインで生活をしていたコンドミニアム住宅地よりもさらに高級であり、確かにそこも一つ一つの家にプールがついているのではなく、共有のプールがいくつかあるだけだったのだが、その一つ一つにはレジャープールのような大きさと様々な形のプールがあった。

 

私は車から降りて、プールの方に向かおうとしたところ、そこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私は実際に通っていた高校のグラウンドにいた。そこではこれから、体育の授業の一環としてサッカーが行われることになっていた。

 

高校に通う中で面白い授業はほとんどなかったが、体育の時間のサッカーは唯一の楽しみであった。グラウンドには、ちょうど11対11の試合ができる人数の生徒がおり、高校時代の体育の先生もそこにいた。

 

先生は普段はとても厳しい人であったが、根は優しいということを生徒たちは知っていた。厳しい表情を浮かべながら先生は、これから行う試合の目標について話を始めた。

 

その話がひと段落したところで試合をしようということになった。ところが、11対11の試合にぴったりの人数だと思っていたところ、少し人数が多かったようである。

 

私は先生の話を聞きながら数学の問題を頭の中で解いていたところ、解法が突如として思いついたので、試合をするのに人数が余分なのであれば、一旦教室に戻ろうと思った。先生はそれに快諾をしてくれ、後半から私を呼んでくれるとのことであった。

 

教室に戻り、思いついた数学の解法をノートにメモしていると、先生から早速呼び出しがあり、それをテレパシーのような形で受け取った。先生は相変わらず、つっけんどんな口調で呼び出しのメッセージを送ってきたが、その内容が少しばかり興味深かった。

 

先生:「加藤、後半が始まるから早く来い。お前、この間の河合塾の全統記述模試の数学の偏差値が78だったらしいな。この試合の後半で活躍しないと、偏差値が下がるぞ」

 

:「了解です。ですが先生、厳密には僕の偏差値は77.5でした」

 

先生:「そんなのは誤差のうちだ!早く来ないと体育の成績も下げるぞ」

 

そのようなやり取りをテレパシーのような形で行い、先生が急かすので、私は急いでグラウンドに戻った。グラウンドに戻る最中に、先ほどの数学の解法パターンと同様に、得点を決める理想のパターンを頭の中で想像しており、私のチームにはアシストが極めてうまい友人がいたので、彼にイメージ通りのパスを出すことをお願いしようと考えていた。

 

得点パターンの一つとして、私が相手のマークを外しながら比較的長い距離をランニングし、センターサークル付近から友人にロングパスをペナルティーエリアの隅に蹴ってもらい、それをダイレクトで右足でボレーシュートし、相手のゴールの左隅に蹴り込むというものである。

 

そのイメージを友人に共有したところで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/5/14(火)07:45

 

No.1947: A Pleasant Small Eruption of the Self

 

I’m feeling a pleasant small eruption of the self in the early morning, which is very euphoric. Groningen, 08:42, Wednesday, 5/15/2019

 

4364. 夢が教えてくれること

 

つい今しがた、今朝方の夢について書き留めた。改めて夢の内容を振り返ってみると、夢の中で出てきた河合塾の全統記述模試の数学の偏差値の値や、頭の中でイメージしていたボレーシュートの得点パターンは、リアルなものであった。

 

自分の関心が受験勉強ではなく、司法試験に向かっていった高校二年生からは、河合塾の全統記述模試の数学で偏差値が75を超えることはなかったように思うが、高校一年生の最初の記述模試では確かに77.5を取ったのを覚えている。ただし、夢の中で体育の先生がなぜその件に触れたのかは定かではない。

 

夢の中でイメージしていたボレーシュートに関しては、大学三、四年の時に、学内のフットサルチームだけではなく、同じ大学のOBが集まる社会人フットサルチームに所属していた時に、そこでの練習試合の中で決めたゴールと重なっていた。

 

あの時は、フットサルというコートが小さい競技でありながらも、キックの精度が非常に高いOBからロングフィードを受け、それをトラップせずに走りながらボレーシュートをしたのを覚えている。今朝方の夢は、どうやら現実世界で実際に体験したことが題材となっているようである。

 

今朝方の夢の内容を振り返っていると、私の夢は、やはり小中学校時代の記憶や体験に関するものが多く、時に高校時代や大学時代のものが現れることに気づく。出現頻度に関して言えば、これはひょっとすると、自分の中で学校生活の充実度と重なっているのではないかと思わされた。

 

端的には、私の中で小中学校時代が最も楽しかった時期であり、充実していた時期であった。高校に関しては、正直なところ、高校に通う必要は全くなかったのではないかと思わされるほどに退屈でつまらなかったことを覚えている。

 

また大学に関しては、大学で学問を学ぶための知力と人間性のないままに早く入学しすぎてしまったと、私は大学を卒業して社会人になってから気づいた。確かに、知力と人間性を涵養する場として大学が存在していると言えなくもないが、それにしても大学に入学した時の私は、大学で学問を修めるのにはあまりにも未熟であった。

 

実際に、社会人二年目を迎えた時に、アメリカの大学院に入学するのか、母校の大学の学士課程に再入学するのかを考えていたことがあった。やはり今でも、自分の知力や人間性などを考えると、大学に入って深く学問を修めるには25歳ぐらいからの入学がちょうど良かったのではないかと思っている。

 

そうしたことを考えてみると、高校時代も大学時代も何かしらの不満を抱えたまま過ごしていたことがわかり、それが心理的な抑圧として自分の無意識の世界の奥底に沈んでいるような気がする。それらの抑圧されたものが小出しになって現れてきているのが、今の自分の夢の特徴の一つだと言えるかもしれない。

 

高校時代や大学時代において、自分がどのような感情を抑圧していたのかはなんとなくわかっているが、それらをより明瞭なものにするためにも、高校時代や大学時代に関する夢が現れた都度、それらについて考察を深めていきたいと思う。

 

そうしたことを考えていると、今朝方の夢の続きを思い出した。それらは断片的なものであるが、一つには、私はバスに乗ってどこかに向かっていた。

 

どこのバス停で降りるのかは不明であり、しばらくバスに乗っていると、運転手が突然、「チャンスエピソードをご紹介ください」と私に述べた。それが意味することは全く不明であったため、私は運転手に「チャンスエピソード」なるものがどのようなものなのかについて質問した。

 

すると、そこで夢の場面が変わった。もう一つ覚えている夢の断片は、私が作曲上の写経実践をしている光景である。

 

構造的にすっきりとした、シューベルトのピアノ曲のような譜例を写経していた私は、それを元に一曲作ってみようと思い、嬉々とした表情で曲作りを始めようとしていたのを覚えている。こうした断片的な夢も、己を深く知るための貴重な材料になる。フローニンゲン:2019/5/14(火)08:09

 

No.1948: Toward the Voice of the Blue Sky

 

The blue sky encourages me to go to a certain place in this reality. 

 

I’ll just follow the encouragement. Groningen, 11:16, Wednesday, 5/15/2019

 

4365. この夏の旅について

 

時刻は午前10時半を迎えた。フローニンゲンを歩くそよ風は、愛情に満ちている。そんな感じがする。

 

書斎の窓から外の世界を眺めてみると、やはり起床した時とは異なり、風が生じている。街も私たちと同じように、いやこの世界も私たちと同じように呼吸しているのだ。

 

フローニンゲンの街の今の呼吸はとても穏やかだ。ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐き出す。その息は街路樹の葉を撫でてゆき、道ゆく人たちの頬を撫でる。

 

今日も目の前の世界が輝いて見える。空の青さと新緑の輝き。そして、フローニンゲンの街が持つ固有の輝きが、今この瞬間の目の前の世界に溢れている。その輝きに目がくらむというよりも、その輝きが自己と握手して、自己と同化しているような感覚がする。

 

バルセロナとリスボンの旅から戻ってきた私は、フローニンゲンでまた新たに日々を生きている。旅から旅へと急ぎ足に移っていくのは、私の生き方ではないが、次の旅について思いが膨らむ。

 

次は6月の中旬あたりにジョージアに足を運んでみようかと思う。今の私は、年間を通して幾つかの日本企業や個人の方と協働プロジェクトを進めているため、10日以上の旅に出かけることはあまり望ましくない。

 

もちろん、10日以上どこかの国に滞在したとしても、大抵の国のホテルにはインターネットがつながっているため、仕事上問題になることはない。だが、フローニンゲンの自宅にあるヨガマットやバランスボールを持って旅行に出かけられない都合上、そして日々摂取しているオイルなどを全て持っていけない都合上、旅先に長く滞在すればするほどに、身体の調整が難しくなる。

 

もちろん、旅先でそれらの点に関する工夫をすることはいくらでもできるが、やはり慣れ親しんだ自宅にあるものを活用した方が身体の状態を整えやすい。そうしたことから、旅の期間は7日から10日をめどにしている。

 

そうした観点からすると、先日の旅行は、12日間と比較的長いものであった。とはいえ、一拠点には5-6日間ほどの滞在であり、それはちょうどよく感じられたため、今後も一つの拠点に滞在するのはそれぐらいの期間にする。

 

この秋に日本に一時帰国する際には、おそらく合計で2週間ほどの長さになるだろうが、東京、岐阜、大阪、山口に数日間ずつ滞在する予定であり、一つの拠点に長く滞在して鬱血状態にならないようにする。

 

確かに一つの拠点に長く留まることによって、その土地に慣れたり、その土地の真の肯定的・否定的な側面が見てきたりするのだが、私の場合は上述の通り、自分の内側の何かが滞ってしまう感覚があるため、今のところは一つの拠点に最大で7日間から10日間を目安に滞在するようにしたい。

 

そのようなことを考えながら、6月のジョージア旅行について思いを馳せていた。そろそろ6月のどのタイミングで何日間トビリシに滞在するのかを決めていきたい。

 

それに合わせて、トビリシで何を見て回るのかを調べていく。また、7月末か8月に足を運ぶ予定のモスクワ旅行についても、少しずつ計画を立てていこうと思う。

 

それ以降の旅行については、無意識の中に計画を投げ込んでおき、それが熟成されるのを待つことにする。フローニンゲン:2019/5/14(火)11:02

 

No.1949: Life Energy of Flora

 

While taking a walk, I was thinking about the strength of the life energy of plants. Groningen, 16:40, Wednesday, 5/15/2019

 

4366. 空気の澄んだ場所へ還ること

 

厭人的かつ厭世的な性質を持っているにもかかわらず、人間が作り出した文明に関心を持ち、文明の歴史を辿るような旅を未だ行っている自分がいることに気づく。ジョージアのトビリシに訪れるのも、ロシアのモスクワに訪れるのも、人間が築き上げた文明を辿ることの一環である。

 

私の存在の奥底では、自然の中に還っていくことを最善のものだとする自己が存在しているのだが、今はそれが行動を伴うような形ではそれほど出てきておらず、旅の主眼は文明の歴史を辿ることに置かれている。もちろん、そうした旅を連続して行うその合間の旅として、自然の中に還っていくような旅を挟むことはある。

 

欧州に来てからは、オランダのデ・ホーヘ・フェルウェ国立公園に数日間宿泊して自然の中で過ごすということをすでに二回も行っている。今後もまだ、人類の文明史を辿る旅を継続していくことになるだろうが、自然に還る割合は増えるだろうと予想している。そして、それを望む自分がいる。

 

その際には、おそらく北欧の自然に還ることが多くなるのではないかと思う。ひょっとすると、そこに定住する形で完全に還るということもありうる。そのようなことを、そよ風に揺れる新緑の街路樹を見ながら思う。

 

先日訪れたバルセロナやリスボンの景観は確かに素晴らしかったが、落ち着きに関してはリスボンの方に軍配が上がることを書き留めていたように思う。そのリスボンよりもさらに落ち着きがあるのがフローニンゲンであり、何よりも空気の鮮度が違うことは注目に価する。特に、今私が住んでいる自宅周辺の空気はとても澄んでいる。

 

そしてこの世界には、もっと空気が澄んだ場所があることを知っている。人が生活をしていけるような場所で言えば、昨年の夏に訪れたフィンランドのアイノラは、実に新鮮な空気がそこにあった。シベリウスがこの場所を拠点にして死ぬまで生活を送り続けた気持ちがわかるような気がする。

 

来年の夏にデン・ハーグに引っ越すことになれば、街の中心部からは少し離れて、ただしそこへ歩ける距離でありながらも公園が近く、空気が澄んだ場所で生活を営みたいと思う。

 

今日はこれから、本日二度目の作曲実践を行う。その際には、ハイドンに範を求める。そこでは教会旋法を一種類か二種類活用しながら、その音色を確かめていく。

 

作曲実践がひと段落したら、街の中心部のオーガニックスーパーにジョギングとウォーキングを兼ねて足を運ぶ。そこで幾つかの種類の果物を購入したい。

 

自宅に戻ってきてからは、おそらく仮眠の時間になるだろうから、仮眠を取り、何かしらのビジョンをそこで見たらそれを書き留める。そのようにして時間を過ごしていると、午後からの友人との交換セッションの時間になるだろう。

 

今回で三回目を迎えるセッションにおいて、どのような対話がなされ、そこでどのような気づきや発見が得られるかまた楽しみである。フローニンゲン:2019/5/14(火)11:16

 

4367. 友人との交換セッションを終えて

 

時刻は午後の4時半を迎えた。先ほど、オランダ在住の友人と交換セッションを終えた。

 

今日の交換セッションも非常に実りのあるものであり、多くの重要な気づきを得させてもらった。それは友人の話を聞く過程の中で、そして自分が話をする過程の中で、対話を通じて得られたものである。

 

いつも友人から、その瞬間の自分の状態をフィードバックしてもらえるのが有り難く、今日は自分でも感じていたが、内側からの爆発を抑えるのが難しいような、生命力に満ちた自分がいた。その背景には、今日の腸内環境が良く、さらには今朝にチアシード(マヤ族において「力」を意味するチアの種)を摂取しており、またセッションの前には筋トレをしてジョギングがてら近所のスーパーに行き、セッションが始まる少し前まで仮眠を取っていたことも関係しているだろう。

 

自分が話をする番のセッションの時にも話題になったが、自己の中心に爆発があり、爆発が自己の中心さえも爆発させ、自己が爆発全体の中に溶解し、そこからさらに大きな自己及び爆発に還っていくという感覚があった。

 

自分が幸福感や充実感を感じる背後には、絶えずこうした「爆発」が存在している。そうした爆発によって自己がひとたび溶解したら、対象との完全なる合一の世界に参入することになり、それが創造活動であろうが他の仕事であろうが、いつまでもその活動に従事できるかのような感覚になる。そうした力強い状態で今日のセッションが進行していった。

 

今日のセッションで話題にも挙がったが、食に関する実験は現在も試行錯誤の連続であり、変数設定と変数操作を絶えず見直しており、それによっていかなる結果が出るのかを観察し、その後再び変数の種類及び値を変化させた実験をするという繰り返しを続けている。

 

先日のバルセロナ・リスボン滞在中に、変数の設定と操作を誤ることがあり、旅行から帰ってきた次の日から昨日まで、腸内環境が少し悪化していることに気づいた。それは便と肌を観察すればすぐに分かることであり、変数の見直しをすることによって、今日の調子は随分と良くなっていた。

 

今朝方の日記で、腸内環境と幸福感の関係性について書き留めていた通り、腸内環境を整えることによって、今というその瞬間を生きることに対する幸福感が増大する。増大するというよりもむしろ、そうした幸福感になることができる。まさに自己が幸福感になる、幸福感が自己になるのである。

 

本日のセッションの中で得られた個別具体的な気づきについては、ここに書き留めることをあえてしない。だが本質的な気づきを書き留めておくとすれば、自分は無限に続く無限の階層構造を持った入れ組んだ円環の中を生きているということだろう。

 

それが私をスペインとポルトガルに運び、そこで様々な芸術家と出会わせたのだ。そして重要なのは、それは新たな出会いというよりもむしろ、「再会」であるということだ。これは友人が言葉を与えてくれるまで気がつかなかった観点である。

 

今日のセッションの中では、随分と自分の幼少期について振り返り、例えばダリ劇場美術館に足を運んだことは、ダリとの出会いではなく、ダリとの再会だったことがわかったことは大きな意味を持つ。今日はこれからまた作曲実践をして、写経実践をしようと思う。フローニンゲン:2019/5/14(火)16:55

 

4368. 夕方の美:腸内環境を育む責任

 

時刻は午後の7時を迎えた。今日もいつもの通り夕食を早めに摂り終えた。今日はまだ野菜の残りを食べており、腹六分ぐらいの夕食となった。

 

この時間帯からのフローニンゲンの夕日は本当に美しい。創造主にありがとうと伝えることしか今の私にはできない。

 

早朝のように小鳥たちが美しい鳴き声を上げており、私の代わりに創造主に感謝の意を伝えているように思う。感謝の意を捧げる行為として私にできるのは、この瞬間の世界の美しさを目撃すること、そしてそれに包まれながら味わうことなのだと思う。

 

まさに夕食を味わいながらいただいたように、それと同じことを今目の前に見える景色に対して行うのである。

 

今日は正午過ぎに街の中心部のオーガニックスーパーに買い物に出かけ、種々のフルーツを購入した。スーパーに行く際には、ジョギングとウォーキングを織り交ぜており、これが適度な運動になっていることに気づく。

 

往復でおよそ4kmとそれほど長い距離ではないが、買い物に行く際には、この距離を走ったり歩いたりして適度な運動を行っていきたい。

 

買い物から帰ってきた後に少々仮眠を取った。その際に、わずかばかり記憶に残るビジョンを見ていた。

 

先日のバルセロナ滞在中にはバスに乗っていないのだが、ビジョンの中ではバルセロナの街を走るバスが現れており、それを眺めている自分がいた。ビジョンを眺めている自分の身体感覚は穏やかであり、心地よく、ビジョンの中のバルセロナの街は、水色に輝く水玉のように知覚されていた。

 

明日も天気が良いようなので、明日は近くの河川敷に出かけて行き、そこでジョギングとウォーキングを楽しむ。その前後には筋力トレーニングを行う。

 

午前中とトレーニング後に飲んでいるヘンプココアは大変美味であり、ヘンプパウダーとカカオパウダーの組み合わせを見つけることができて嬉しく思う。オーガニックのカカオパウダーを単独で白湯に溶かすと甘さが一切ないが、ヘンプパウダーと混ぜ、そこにハチミツを加えると非常に美味しくなる。

 

現在は動物性たんぱく質を一切摂っておらず、ヘンプパウダーに含まれているたんぱく質の方が、肉や魚を摂るよりも良質なたんぱく質をより多く摂ることができるため、ヘンプパウダーは欠かせない。やはり自分の身体には、間違いなく動物の肉や魚を摂る必要がなく、それらを消化するにふさわしい腸内環境がないことが見えてきている。

 

少しばかり数値計算と感覚上の計算を継続して行っているのだが、そうした動物性たんぱく質を摂ることなく、さらには肉類よりもマシだが、消化に時間がかかる野菜やナッツ類でさえも摂ることなくして、フルーツと幾つかのスーパーフード、および良質なオイルで生命活動を維持・促進するための食材の種類と量を測定している。

 

おおよそその最適解が算出されつつあり、今はそれを自らの身体を使って検証するフェーズに入っている。自分に最適な腸内環境を見つけること、そしてそれを育むことは自らの責任であり、その責任を全うしようと思って日々の食実践を行っている。

 

おそらくこの責任を全うできない者に、他の責任を全うすることなどできない。人間として肉体を持ち、心身を持ちながら活動に営み、深く社会関与していくことを担うために、とにかく徹底的な食実践を自らに課そうと思う。フローニンゲン:2019/5/14(火)19:20

 

5月14日(火)に生まれた曲たち

Op.1136 愛情に満ちたそよ風

Op.1137 日光の波

Op.1138 夕日へのありがとう

Op.1139 夜の瞑想

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