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4338-4344:フローニンゲンからの便り 2019年5月10日(金)

May 12, 2019

タイトル一覧

4338. バルセロナ・リスボン旅行を終えての三日目の朝

4339. 今朝方の夢

4340. みずみずしい新緑に満ちた世界の中で

4341. 腸内環境の観察:キウイフルーツ・オリーブオイル・ココア

4342. 腸内環境の再考:家畜的人間にまみれた現代社会の中で

4343. 仮眠中のビジョンと今朝方の夢の続き

4344. 腸内環境の重要性

 

4338. バルセロナ・リスボン旅行を終えての三日目の朝

 

バルセロナ・リスボンの旅を終えてから三日が経った。旅の最中は、早朝の3時から4時の間に目覚めていることが多く、時には2時あたりに起床することもあった。

 

だが、フローニンゲンに戻ってきてからは、就寝時間は10時と変わらないにもかかわらず、起床時間は5時か5時半あたりになっている。今朝の起床は5時半であった。

 

旅行中においては、時に深夜に目覚めることがあったが、フローニンゲンにおいてはそれはなく、就寝から起床までの時間を熟睡できているのは良いことかと思う。ただし、睡眠時間が旅行中よりも長いのは一体なぜなのかが気になるところである。

 

体を動かす量に関して言えば、間違いなく旅行中の方が多いだろう。確かに、フローニンゲンの自宅においては、早朝にヨガの実践をし、日中書斎にいる時間はバランスボールに座りっぱなしだが、その運動量は旅行中のそれと比較しても多くはない。

 

そのようなことを考えてみると、運動による疲労を回復させるために睡眠が長時間化されているわけではなさそうだ。また、食事に関しても、旅行中もフローニンゲンで生活している最中も、午前中に果物を食べることはあっても、一日に一食の生活を送っており、消化にエネルギーを使う量も両者ほとんど同じであるように思える。

 

考えられる条件はどちらもほぼ同じなのだが、睡眠時間が延びているという変化が明らかになっているため、その背後には何かしらの要因があるのだと思う。

 

旅に出かける前のことを思い出してみると、そういえば旅に出かける前から睡眠時間が短くなっていたのを思い出す。旅から帰ってきて睡眠時間が延びているというのは、もしかしたら、旅を通じて蓄積された見えない疲労を回復させるためであったり、旅で得られた経験を消化するためなのかもしれないと思う。

 

確かに、旅から戻ってきてからの翌日と翌々日においては、それほど高い集中力を発揮することができず、無理のない範囲で探究活動と創造活動を進めていた。

 

昨夜は少し早めに21:45には寝室に入り、起床時間は5:30であった。途中に目覚めることなく快眠であったため、今日からはまた旅の前や旅の最中のような集中力を持って日々の活動に取り組めるのではないかと期待する。

 

時刻は午前6時を迎えた。今日のフローニンゲン上空は、灰色の薄い雨雲で覆われている。夜中にも少し雨が降ったようであり、今この瞬間は雨が降っていないが、午前中のどこかで雨がぱらつき、午後からは止むようだ。

 

小鳥の鳴き声がいつもより遠くに感じる。普段は、一階の庭に植えられた木々に小鳥が止まりにやってくるのだが、今日は少し遠くの街路樹に止まっているようだ。そこから発せられる声に今耳を傾けている。

 

早朝はいつもこのようにして、小鳥たちの歌声に耳を傾けるようになった。すぐにPCを通してピアノ曲を聴くのではなく、まずは自然の音を聞き、黙想的な気分の中で早朝の諸々の実践を行っている。今の自分には、それが合っているのだろう。

 

5月も第2週が終わりに近づいているが、昨夜も湯たんぽを使いながら寝た。今日の最高気温は12度、最低気温は2度とのこであるから、今夜もまた湯たんぽが必要だろう。明日以降も気温は似たようなものであるが、晴れの日が続くことは喜ばしい。

 

今日もまた、落ち着いた環境の中で、自分にできる取り組みを少しずつ前に進めていこうと思う。フローニンゲン:2019/5/10(金)06:25

 

No.1930: A Lonely Return of the Brave

 

The brave returned lonely. Groningen, 16:34, Friday, 5/10/2019

 

4339. 今朝方の夢

 

先ほどまで見えていた雨雲が、どんどんと晴れていき、今は薄い雨雲程度のものが空に浮かんでいる。地上にはそよ風が吹いているが、上空に吹く風は少し強いのか、雲が流れゆく速さは比較的速い。

 

みずみずしい新緑の葉が揺れるのを眺めながら、そして小鳥たちの澄み渡る鳴き声を聞きながら、今朝方の夢について振り返っておきたい。

 

夢の中で私は、古代遺跡と学校の運動場が融合したような場所にいた。そこの古代遺跡は、その作りから判断すると、古代ギリシャの遺跡だと思う。

 

学校の運動場に関しては、それは実際に通っていた小学校のものだと思われる。私は何人かの友人たちと一緒に、運動場でキックベースをしていた。

 

友人たちは皆、小中学校時代の知り合いであり、彼らと和気藹々とした雰囲気の中で行うキックベースは非常に楽しく、そして盛り上がった。左利きのサッカーと野球のうまかった友人(MS)が、転がってくるボールを思いっきり蹴った時、私は彼がボールを蹴った方向がおかしいことに気づいた。

 

暗黙のルールとして、グラウンドの隅から、グラウンドの真ん中に向かって蹴ることになっていたのだが、なぜだか彼はグラウンドの真ん中に向かってではなく、背後にあるプールの方に向かってボールを蹴った。蹴られたボールは大きな放物線を描きながら、プールの中に着水した。

 

私はその光景を見ており、いったい誰がプールの中に飛び込んでそのボールを拾いに行くのだろうかと思った。すると、あまり運動神経の良くなかった親友の一人(KF)がプールの中に勇敢にも飛び込んでいった。

 

そこには一切の迷いがなく、彼が勇敢にプールに飛び込んでいく姿はとても頼もしく映った。しかし、そこで私はあることに気づいた。

 

ボールが着水したのも、親友が飛び込んだのも、プールではなくて、沼であるということだった。幸いにも、その沼は底なし沼ではなく、浅い沼であり、飛び込んだ親友はボールのところまで比較的楽に辿り着き、ボールを岸の方に投げ、それを別の友人(AF)が拾い上げた。

 

その一部始終を私は傍観者のように眺めているだけであり、まだキックベースを行っているという実感はそれほどなかった。それにもかかわらず、私はその場を離れ、古代遺跡の方に向かった。

 

ちょうど先ほど沼に飛び込んだ友人が岸に投げたボールを拾った友人もキックベースをやめて、古代遺跡の方に向かおうとしていたので、私は彼と一緒にその場を散策し始めた。遺跡内の石畳の道は歴史を感じさせ、道には苔や雑草が繁茂していた。

 

遺跡の中においても同様であり、壁や天井には苔や雑草が生い茂っていた。私は時々天井に生い茂っている雑草、あるいは絡まった木のつるを眺めていた。そこにはハチのようなアリのような生き物がたくさんいたが、こちらに危害を加えてくることはないようだった。

 

生い茂る草によって、少々鬱蒼とした古代遺跡の中を歩いていると、光の差し込む部屋があった。そこに到着すると、一人の見知らぬ外国人が日本語を使って私たちに話しかけてきた。

 

私には空を飛ぶ能力があり、実は遺跡の中を歩いている最後の方においては空を飛んで移動していた。その様子を見ていたその外国人は私を諭すように、「下手に空を飛ばないほうがいい。歩いて移動したほうが望ましい」という旨のことを私に述べた。

 

私も歩いたほうが良いことに薄々気づいていたため、特に問題もなく、その外国人の述べたことを受け入れた。遺跡のその部屋に一つ筋の光が天から差し込んでおり、その光の筋を再度眺めた時、夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/5/10(金)06:53

 

No.1931: A Wind Blowing in the Defunct Memorable Place

 

A fresh breeze is blowing through Groningen. 

 

I recollect the wind blowing in the defunct memorable place. Groningen, 17:15, Friday, 5/10/2019

 

4340. みずみずしい新緑に満ちた世界の中で

 

時刻は午前7時を迎えた。つい先ほど、換気のために開けていた書斎と寝室の窓を閉めた。

 

やはり今日も朝は冷える。まだヒーターをつけて朝と夜を過ごすことが多く、日中の最も気温が上がる時以外は昼間でもヒーターをつけているように思う。

 

5月の2週目においてもそうした寒さが残っているのがフローニンゲンという場所である。こうした寒さにもかかわらず、いやこうした寒があるからこそ、私はこの場所が気に入っているのかもしれない。

 

そして同様の理由から、今後の生活地の候補としてノルウェーやフィンランドの郊外を考えているのだと思われる。

 

新緑をつけた街路樹の葉が、早朝のそよ風に揺れる姿は落ち着きを与える。葉が揺れる姿そのものがどこか音楽的である。

 

まさに葉の揺れにはリズムがあり、そこにメロディーを聞き取ることも不可能ではない。目の前の世界に音楽が満ち溢れていることに気づかされる。

 

先ほど、八丁味噌を白湯に溶かした具なしの味噌汁を飲んだ。早朝の味噌汁は身体全体、および自己の存在に染み渡っていく。

 

味噌汁を飲み終えた今、ゆっくりと飲み始めているのは、カカオパウダーとカカオニブを白湯に溶かし、そこにスプーン一杯のハチミツを溶かした飲み物だ。いつもはこれを飲む前に、ヘンプパウダーを白湯に溶かしたものを飲んでいたのだが、それよりも食物繊維が豊富な上述の飲み物を先に飲むことにした。

 

午前中に飲む色の濃い飲み物はこれが最後であり、あとは水やハーブティーを飲む。午後に散歩やヨガなどをして身体を動かした後に、プロテインが豊富なヘンプパウダーを摂るようにする。

 

もちろん、それは摂らない日があってもいい。身体が欲するものを必要な量だけ取り入れていくようにする。

 

今日はこれから早朝の作曲実践を行い、その後、今日の午後から行われるミーティングに向けて資料を読み返す。資料のレビューが終わり次第、今度は作曲上の写経実践に入っていく。

 

幸いにも昨夜、音楽記号・音楽用語事典に掲載されている譜例の写経が全て終わったので、今日からは計画通り、ウォルター・ピストンの“Harmony (1978)”を取り上げ、解説を読み、その内容を理解しながら写経実践を進めていく。

 

本書は600ページ近い大著であるため、一回転させるのに時間がかかりそうだが、焦らず着実に毎日本書の内容を進めていく。その分厚さと豊富な事例から、やはり本書は、大学受験数学の『青チャート』に喩えられるように思う。

 

『青チャート』をやり込めば、入試問題を解くという観点においては、知らないようなパターンがほとんどないという状態になるのと同じように、ピストンの書籍を読み込んでいけば、ハーモニーに関するパターンで知らないものは無くなるというような状態になるのではないかと思う。

 

もちろん、知らないようなパターンが無くなるという状態になることが目的なのではなく、獲得されたパターンを活用し、実際の曲を作っていくことが目的となる。さらに言えば、そうした無数のパターンを今後は自由自在に組み合わせながら、自分の内的感覚に肉薄する色を持つハーモニーを創出していくことが目的になる。

 

そうした目的に向けての一歩を今日から踏み出そうと思う。フローニンゲン:2019/5/10(金)07:33

 

No.1932: A Dance of Flora

 

A street tree is dancing with a gentle breeze.

 

 This world is rife with dances of various types of flora. Groningen, 06:38, Saturday, 5/11/2019

 

4341. 腸内環境の観察:キウイフルーツ・オリーブオイル・ココア

 

天気予報に若干誤りがあり、先ほど小雨が降っていた。今は小雨が止み、再び穏やかな朝の世界が広がっている。

 

今日は昼前に、近所のスーパーに散歩がてら買い物に出かけようと思う。トイレットペーパーなどの生活必需品と果物を買い足しておきたい。

 

先日までの旅行中においても、私は自分の腸内環境を観察していた。やはり自分の腸にとっては、夜ではなく、朝にフルーツを食べることが望ましいことがわかってきた。

 

一日一食生活を始めた頃は、朝にフルーツを食べることさえ控えており、バナナを食べることをやめて、リンゴだけを夕食前の夕方に食べていた。しかし、これだと朝の排泄が思っているほどうまくいかないという状況が生まれた。

 

もちろん、朝には起床時の一杯の水、ココナッツオイルを白湯に溶かしたもの、食物繊維が豊富なカカオパウダーを白湯に溶かしたものを飲んでいたのだが、それでも排泄は理想のものではなかった。実験として旅行中においては、カカオパウダーを白湯に溶かしたものの代わりに、朝は99%ないしは100%のカカオチョコレートを一パックの三分の一ほど食べるようにし、それに加えて、リンゴを午前7時から8時の間ぐらいに一個食べ、バナナを10時から11時の間に食べていた。

 

そうすることによって、排泄がかなり理想的に行われていた。もちろん、夜にビュッフェ形式のレストランに行き、野菜をかなり多く食べていたこともあり、多い時には午前中に四回ほど排便があった日もある。

 

旅行中は午前2時や3時に起床していたため、そこから昼までの時間は随分とあるが、それでも四回の排便は多いほうだろう。先日までの旅行中には、少ない時には午前中に二回、平均して三回ほど排便があった。

 

旅行から帰ってきて、夜に野菜を多く摂っていることに変わりはなく、午前中に果物を食べるということも引き続き行っていきたいと思う。

 

ここ何年間もリンゴとバナナを毎日食べていたが、もう一種類フルーツを追加することを身体が求めているような気がしており、何を加えようかと考えていたところ、キウイを加えることにした。調べてみると、キウイには食物繊維が豊富であり、グリーンキウイ一個に含まれる食物繊維の量は、何とバナナ3本分と同じだそうだ。

 

また、食物繊維というのは量だけではなく、その種類が重要であり、キウイには不溶性食物繊維と水溶性食物繊維の両方が含まれており、さらには両者のバランスが良いらしい。とはいえ、午前中にリンゴとバナナを食べることが今の自分の身体に合っていることを考えると、そこにキウイをさらに追加することは過剰ではないかと思い、キウイを食べるタイミングについても調べてみると、幸いにも、朝よりも夜に摂取する方が効果的であることがわかった。

 

どうやら、睡眠中に分泌される成長ホルモンとキウイに含まれるビタミンCが一緒になってコラーゲンの生成が促進される効果があり、さらには、キウイに含まれる食物繊維が腸の働きを助け、副交感神経を優位にするため、自律神経のバランスを整えて快眠が取れるとのことである。そうしたことから、夕食の30分から一時間を前に、キウイを食べる食生活を始めてみようと思う。

 

それと、エクストラ・ヴァージンオリーブオイルの使い方に関して、これまでは夕食時のサラダに和えて用いているだけだったが、その整腸効果を考えてみた場合、朝にそれを摂取することはできないかと考えていたところ、カカオパウダーを白湯に溶かしたココアにそれを混ぜて飲むと効果的であることがわかった。

 

先ほどさっそく小さじ2杯ほどのオリーブオイルをココアに混ぜてみたところ、味に変化はほとんどなく、むしろオリーブの香りが少々引き立つような形で美味であった。明日からはハチミツとオリーブオイルをココアに溶かしたものを飲んでいこうと思う。フローニンゲン:2019/5/10(金)09:54

 

No.1933: Recuperation

 

The condition of my intestines is good today, and I can see a sign of recuperation. Groningen, 07:44, Saturday, 5/11/2019

 

4342. 腸内環境の再考:家畜的人間にまみれた現代社会の中で

 

つい今しがた、本日二回目の排便を済ませた。調べてみた通り、オリーブオイルとオリゴ糖の組み合わせは排便を促す働きがあるらしく、エキストラ・ヴァージンオリーブオイルを混ぜたココアを飲む前にリンゴ一個を食べ、ココアをゆっくりと飲んだ後に二度目の便意を催した。

 

排便中に改めて考えていたのは、腸というのは本当に第二の脳と呼ばれるにふさわしく、腸内環境が身体の状態と脳の状態を決定すると言っても過言ではないということだった。

 

リスボンからフローニンゲンに戻る日、私は一つ危険な実験をした。それは、空港ラウンジで提供されているサンドイッチを昼食として食べるというものだった。

 

普段の私は昼食に固形物を摂ることはない。訪れたラウンジはプレミアムラウンジということもあり、そこで提供されている食べ物や飲み物の質は悪くなかった。

 

サンドイッチに関してもそうであり、とはいえ、もはやハムやソーセージなどの加工肉がどれだけ身体に悪影響を及ぼすか(それはもはや被害と言えるほどである)ということを疑いようのないほどに実感しているため、ハムやソーセージが入ったサンドイッチを避け、野菜サンドを試しに食べてみた。

 

確かにその味は、現代人の麻痺した舌を喜ばせるような美味しさであり、まだ私の舌も完全に純化されていないため、そのサンドイッチの味を美味しいと思った。野菜サンドを幾つか食べ後にフライトに乗り、機内で機内食が出された。

 

二時間半ほどの短いフライトであっても、KLMは軽食を出してくれ、アムステルダムからバルセロナ、バルセロナからリスボンに向かった際の航空会社は機内食はおろか、飲み物も出してくれなかったことを覚えている。

 

KLMの心遣いはありがたいが、私は一旦機内食を受け取ったものの、その質に疑問を覚え、お礼を述べながら返却した。乗客の中、機内食のピザを食べなかったのは私だけであった。

 

親切なCAの方が、その代わりにナッツ類はどうかと尋ねてくれ、私はそれをもらうことにした。受け取ったのはアーモンドだったが、それに塩が振りかけられており、いつも食べている無塩のオーガニックのアーモンドとはやはり質が違った。

 

このように、リスボンからフローニンゲンに帰る日に、少々質の悪いものを食べてしまった結果、一昨日と昨日に身体の若干の重さ、および思考の鈍重さを招くことになったのだと、先ほど排便をしながら気づいた。

 

何を食べるかが身体の状態と脳の状態にこれほどまでに影響を与えるのかと思うと怖くなるほどである。それほどまでに如実に食べ物の影響がわかる。

 

おそらくそれがわからないのであれば、実験用のマウスのように成り果てているのだと思う。あるいは、現代人はマウスとして飼いならされており、身体が本当に喜ぶものを日頃取り入れていないがゆえに、良質なものと悪質なものの比較ができないのだと思う。

 

ラウンジで平気でハムやソーセージなどの加工肉を食べている人や、機内で出された機内食を何の疑いようもなく食べる人は、まさにそうした飼いならされたマウスのような存在であろう。人生における充実感や幸福さを求める前に、現代人はまず最初に人間に戻るべきではないだろうか。

 

外界に出かけて人々を見たときに驚くのは、人間の姿をした人間ではない存在が溢れていることであり、自分自身もまた何かしらの感覚が麻痺させられており、家畜的側面を持っているということである。そうした側面に少しずつ気づき、自ら是正していくしか方法がないというところに現代社会の悲劇的側面があり、一方でそれに気づき、自らの意思で家畜から脱却していく方法が存在しているという点にわずかの希望が見出せる。フローニンゲン:2019/5/10(金)10:38

 

No.1934: Saturn’s Rings at Noon

 

I’m imagining what Saturn’s rings at noon look like. Groningen, 12:01, Saturday, 5/11/2019

 

4343. 仮眠中のビジョンと今朝方の夢の続き

 

時刻は午後の3時半を迎えた。今日は昼過ぎに、協働者の方とのオンラインミーティングがあった。

 

ここ最近はその時間の前に仮眠を取ることが多かったが、今日はミーティングの準備を直前まで行っていたこともあり、仮眠はつい先ほど取った。仮眠中、今日もまたビジョンを見ていた。

 

レストランのような場所にいて、そこで食事を摂るわけではなく、誰かと話をしていた。レストランの中は薄暗かったが、それは不快になるような暗さではなかった。

 

レストランがあった街について思い出してみると、それはヨーロッパの国のどこかであった。今ふと気づいたが、私の夢やビジョンで現れる街というのは、ヨーロッパの街のどこかであるか、幼少期に日本で過ごしたどこかの街であるのかの二つに分けられ、大学時代以降に過ごした街は夢やビジョンの中で現れることはほとんどない。

 

やはり幼少期の頃の体験や、今現在欧州で過ごしている体験の意味が濃密なのだろうか。そのようなことをふと考える。

 

ビジョンについてはその他にも断片的なイメージを見ていたように思う。今年度の協働が昨年度のそれよりもさらに充実しており、自らの仕事に意義を感じながら日々を過ごしているイメージがビジョンの中で現れていた。

 

仮眠から覚めてみると、そこには穏やかな午後のフローニンゲンがあった。仮眠から覚めただけなのだが、新しく生まれ変わった感じがするから不思議である。

 

また、その短い時間の中で世界が大きく変わったはずはないのだが、世界が根本から新しくなったかのように知覚される。世界も自己も全く新たなものとして知覚されているというのが、仮眠後の今の自分の認識である。

 

仮眠に関する気づきを書き留めたところで、今朝方の夢について今頃になって思い出したことがあった。夢の中で私は、高校二年生の時に初めてクラスが一緒になった女子生徒(YS)と話をしていた。

 

彼女とは中学校が違い、初めて話をしたのは高校二年生の時であり、高校三年生の時もクラスが同じであった。夢の中で何について話をしていたのかというと、その話題は勉強に関するものであり、私は彼女に数学を教えていた。

 

分野については定かではないが、二次関数か数列だったように思う。その場面が終わりを迎えると、次の夢の場面では、私はある有名なNBA選手とダンクシュートの遊びに興じていた。

 

そのアフリカ系アメリカ人のバスケ選手は、本来210cmほど身長があるはずなのだが、なぜか165cmぐらいしか身長がなく、随分と小さく感じられた。しかもその選手は流暢な日本語を話し、その点についても私を驚かせた。

 

だが私を一番驚かせたのは、彼が日本語を見事に話せることではなく、165cmほどの身長しかないのにダンクシュートができることだった。尋常ではないジャンプ力をその選手は持っており、いとも簡単にダンクをする姿は圧巻であった。

 

一度練習がてらダンクをするところを見せてもらった後に、その選手は私にもダンクをしてみることを促してきた。だが私にはダンクができるほどの身長も能力も無かったので、隣にいた小中学校時代の友人(KM)と協力してダンクをしてもいいかとその選手に尋ねてみた。

 

すると、その選手は全く問題ないと言わんばかりに快諾をしてくれた。最初私は、友人の背中に乗ってダンクシュートをしようと思ったが、むしろ逆に、私が土台になって、友人にダンクシュートをしてもらった方がいいと直感的に判断した。

 

そこで私は、前屈をして、背中を跳び箱のような状態にして、友人が私の背中を使ってダンクシュートができるように準備した。そこで夢の場面が変わったことを覚えている。

 

起床してからすでに10時間ほどが経ったが、今朝方の夢について比較的鮮明に思い出すことができた。今回は仮眠中のビジョンを振り返ることをきっかけにして夢を思い出した。

 

このように、夢は何かをきっかけとしてふと思い出される特徴を持っているようだ。それにしても、仮眠から覚めた今の自分は、自己及び世界が新しく生まれ変わったと感じ続けている。フローニンゲン:2019/5/10(金)15:45

 

No.1935: In the Irreversible Flow of Time

 

Today is also approaching the end slowly. 

 

Considering the irreversible nature of time, today will never come again. 

 

Neither will tomorrow. Groningen, 16:58, Saturday, 5/11/2019

 

4344. 腸内環境の重要性

 

今日は午前中に数十分ほど小雨が降ったが、それ以降は空が晴れ渡り、午後8時を迎えた今は、素晴らしい夕日が地上に降り注いでいる。

 

この時間帯のフローニンゲンはまだまだ明るく、昨夜観察してみたところ、ベッドに横になった21:45の時点でも完全に暗くなってはいなかった。フローニンゲンの気温は相変わらず低いままだが、日の長さは夏のようである。

 

今日もまた、生きることは綴ることであり、生きることは創造することであると実感するような日だった。自らの言葉を綴り、自らの音を奏でる中で日々が確かに進行していく。

 

その歩みが向かって行く先は不確かだが、それは間違いなくどこかに向かって進んでいる。そして、その外見上の終わりはいつか必ずやってくるが、外見上を超えた地点にある本当のその歩みは終わることを知らない。

 

そうだと確実に言える。それは自分にとって疑いようのない真実である。

 

振り返ってみると、一昨日と昨日に比べて、今日は本当に調子が良かった。旅から戻ってきての二日間は、心身がまだ本調子ではなかった。

 

これは別に旅の疲れによってもたらされたわけではないと思う。要因はおそらくシンプルであり、私の愚行にあったのだと思う。

 

具体的には、旅の最終日にリスボンのラウンジで食べてしまったサンドイッチや、機内で出された人工調味料まみれのナッツ類を食べてしまったことに原因があるように思う。一見すると、それらの食べ物はそれほど害はないように思うのだが、ここのところ本当に良質の天然素材・有機食材しか食べていなかったため、少しでも体に害のある毒物が入っていると、それを敏感に察知するようになっているようだ。

 

本来であれば、そうした毒物が身体に入ってくる前にそれらが毒物であることを察知したいところである。

 

救いだったのは、ラウンジで提供されているサンドイッチのうち、加工肉のハムが入ったものを食べなかったことであり、機内で出された機内食としての小さなピザを食べなかったことだ。そのピザにはおそらく、加工肉のベーコンかソーセージという毒物が含まれていたことだろう。

 

確かに本当に良質のハム、ベーコン、ソーセージはこの世界に存在しているのだが、それはそこらへんにあるスーパーでは手に入らないものである。大抵近くのスーパーで売られているそうした加工肉は、劣悪な環境下で育てられた家畜の肉から作られたものであったり、化学肥料をあたえられた家畜から作られたものであり、さらにはそうして作られた肉に保存料などの食品添加物が大量に加えられたものだろう。

 

日本では身体に害のあるマーガリンがスーパーなどでまだ売られているようだが、加工肉というのもマーガリンと同じぐらいに身体に害のあるものだとみなしていいように思う。色々と調べてみると、加工肉は腸内環境を悪化させることがわかっており、マーガリンのように血管を詰まらせるような毒性とは異なるが、身体に毒であることには変わりないように思う。

 

この二日間の体調が本調子でなかったのは、サンドイッチのパンやナッツ類の人工調味料が腸内環境を悪くさせていたからであろう。一昨日と昨日、珍しく下痢のような便が出ていたのはその証のように思う。

 

一方で、今日の調子の良さは間違い無く、腸の調子の良さのおかげである。今日は結局、3回ほど排便をし、腸が掃除され、再びこれまで通りの調子の良い腸に戻ったと感じる。

 

本当に身体の調子は腸に強く依存しているのだとわかる。また、それに伴って、自らの思考や集中力も腸に大きく依存しているのだとわかる。

 

意識の発達について云々する前に、脳の機能について云々する前に、まずもって腸内環境がいかほどかを観察し、それを整えていくことから始めなければ話にならないということはもはや自明である。そうしたことを改めて実感させてくれるのがこの三日間の体験であった。フローニンゲン:2019/5/10(金)20:18

 

5月10日(金)に生まれた曲たち

Op.1122 心地よい流れ

Op.1123 勇者の侘しげな帰還

Op.1124 今は無き思い出の場所に吹く風

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