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4309-4314:リスボンからの便り 2019年5月4日(土)

May 6, 2019

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4309.【バルセロナ・リスボン旅行記】リスボン滞在三日目の早朝に想うこと:旅の意義とその性質

4310.【バルセロナ・リスボン旅行記】リスボンの早朝の雰囲気と今朝方の夢

4311.【バルセロナ・リスボン旅行記】形を音に・音を形に

4312.【バルセロナ・リスボン旅行記】仮眠中のビジョン:「ありがとう」の発音

4313.【バルセロナ・リスボン旅行記】リスボン海洋水族館を訪れて

4314.【バルセロナ・リスボン旅行記】抑圧された後悔と作曲実践

 

4309.【バルセロナ・リスボン旅行記】リスボン滞在三日目の早朝に想うこと:   旅の意義とその性質

 

リスボン滞在の三日目の朝を迎えた。辺りは静寂と闇に包まれており、その中に自己が一つの光の点のように浮かんでいる感覚がする。起床直後の今の感覚を表現すると、そのように言える。

 

今朝は午前二時半に起床し、今はまだ三時前である。どうやら一日一食生活を始めたことにより、胃腸がたった一度しか働かなくて済むことによって、無駄に睡眠を取る必要がなくなったらしい。

 

そのおかげで私はこれまで以上に早起きができるようになり、それでいて睡眠の質も申し分ないために、一日の活動を十二分に行うことが可能になっている。リスボン滞在の三日目の今日もとことん充実したものになることが、起床して間も無くの今この瞬間にわかることが嬉しい。

 

今回の旅を通じて、旅の意義を改めて実感している。それは間違いなく既存の自己を押し広げ、時の発酵過程の中に自己を置き直し、自己を深めていくことを促していく。

 

そうしたことを実感しながら、今後の旅はこの世界のどのような場所に、そしてどのようにそこへ行き、いかようにそこで過ごすかについても考え直している最中である。

 

自らの旅は自らの旅を通じて発達を遂げていく。己の旅というのは、旅を通じて変貌していくのである。

 

そうした変貌が起こらないのであれば、それは本当の旅をしていないのだろう。自らの旅は、それが真なるものであればあるほどに、旅を通じて自ずから発達していくものなのだ。

 

自分の旅が発達し、変貌を遂げ、深まっていけばいくほどに、旅の意義が同じであることはありえない。また、旅先や旅先での過ごし方が変容していくのもしかるべき事柄である。

 

旅は、旅をすることを通じて自発的に深まっていくものであるということを今回の旅を通じて実感している。その点において、今回バルセロナとリスボンを訪れることができた幸運に感謝しなければならない。

 

バルセロナとリスボンに滞在することができたことが幸運であっただけではなく、それらの都市が自分に幸運そのものを運んできてくれたとも見ることができる。ここにおいても旅と同様に、幸運が幸運を運んでくるというプロセスを見出すことができる。

 

幸運の連続の中に差異があるというのは、まさに発達の本質ではないだろうか。発達というのは、連続と差異によって成り立っているというのは周知の通りであり、それは発達の原理の一つである。

 

ある旅が次の旅に向かって連続的に流れていく中で、二つの旅の間には差異が生まれる。その差異は、さらに次の旅への連続性を生む潤滑油でありながら、同時に全体としての旅を変容させていく根源でもありうる。

 

旅が進行し、旅が深まっていく過程の中で、旅をする主体としての自己が変容し、深まっていくというのは本当に興味深い事柄である。

 

この世界に世界があるというのは、いや、この世界に様々な場所があるというのは、その人にふさわしい旅というものへ私たちを誘うためなのかもしれない。この世界に様々な場所があり、様々な土着神がいて、様々な風土と文化が存在しているのは、私たちを旅に誘い、私たちに変容を経験させるためなのかもしれない。

 

リスボン滞在三日目の今日は、まさにそうした経験の一端を担うものになるだろう。リスボン:2019/5/4(土)02:59

 

4310.【バルセロナ・リスボン旅行記】リスボンの早朝の雰囲気と今朝方の夢

 

時刻は今早朝の三時を迎えた。換気のために今窓を開け、少しばかり外の景色を眺めてみた。

 

空を見上げると、早朝の空に星々が輝いている姿を見た。目の前に見える美しい輝きは、星が死滅した瞬間に発せられた光であることをにわかに信じることはできないが、そうした事実を知って星を眺めてみると、また違った感動がそこにある。

 

命の連鎖がそこにあるように思うのだ。星は星としての役割を終え、役割を全うした際に発せられる光をその瞬間の自分に届けてくれている。

 

そのようなことを思って星を眺めると、これまでとは違った感覚や感情が自分の内側から滲み出す。

 

リスボンの時間の流れはバルセロナよりも緩やかである。その緩やかさはフローニンゲンともまた異なる。フローニンゲンはオランダの首都ではないし、政治経済的な発達はそれほどではない。

 

一方リスボンはポルトガルの首都であり、政治経済的な機能の中心を担っている。そうした街でありながらも、こうした落ち着きとゆとりを持っているというのは立派なことである。

 

ホテルの自室から外を眺めると、早朝の三時であるにもかかわらず、遠くの大通りには車が随分と走っている姿を目にする。また、ホテルから斜め前方にある大きなビルを眺めると、電気が明々と灯っており、数名のビジネスパーソンがスーツ姿で働いている光景を見る。

 

こんな時間に働いていることに驚かされるが、彼らは夜勤か何かなのか、それとも投資銀行の株式部門で働いている人たちなのだろうか。いや、そもそも今日は土曜日のはずなのだが。

 

窓を開け、再びデスクの前に向かっていると、このホテルの部屋の香りが、母方の祖母の家の香りと非常に似ていることに改めて気づいた。それはとても懐かしい香りであり、記憶に定着した忘れることのできない香りでもある。

 

香りというのも音楽と同じであり、私たちの深層にまで染み渡っていくものであり、思い出深い香りというのは消えることはないのだろう。母方の祖母の家の香りを思い出しながら、今朝方の夢について振り返っている。

 

今朝の夢も随分と断片的であり、それほど鮮明なものではないのだが、覚えている範囲のことを書き留めておきたい。夢の中で私は、大学入試の数学に向けた勉強をしており、問題を嬉々としながら解いていた。

 

数学の多種多様な分野を行き来しながら、様々な問題に触れることそのものが面白く、難問を考えながらそれが解けたときの喜びにしばしば浸っていた。現実世界の私は、実は昨夜に、大学入試で出題される整数及び数列の分野を、今後気分転換に学習するのも悪くないと思っていた。

 

それは悪くないというよりも、整数と数列の分野に関する理解を深めることは、どこか作曲につながるものがあると感じ、近々本格的にそれらの分野の勉強を始めるかもしれない。以前であれば、発達科学の研究と密接に関係している微積分が、私にとって最も面白い分野であったのだが、今は発達現象の科学的な研究を学術機関で自ら行うことに対する関心は薄れ、微積分をさらに学ぼうという意欲はほとんど無い。

 

一方で今は、作曲をするという観点から整数と数列、さらにはそこに幾何学を加え、三つの分野を自分なりのペースで学びたいという思いが芽生えている。そうした学習はフローニンゲンに帰ってから開始するかもしれない。

 

数学に関する夢を見た後、次の夢の場面では、ロシアに出かけていく夢を見ていた。実際にロシアの大地に足を踏み入れていたわけではなく、これからロシアに向かっていくための準備をフローニンゲンの自宅で行っていた。今朝方はそのような夢を見ていた。リスボン:2019/5/4(土)03:25

 

4311.【バルセロナ・リスボン旅行記】形を音に・音を形に

 

気がつけば起床した午前二時半から四時間半が経っていた。それでもだ今は午前七時前である。

 

ホテルの自室の窓を再び開け、再度早朝の新鮮な空気を取り入れている。辺りはすっかり明るくなり、リスボンの街もこれから本格的に動き出すであろう。

 

昨日までは金曜日であったこともあり、今日からの土日の休日は、また違ったリスボンの表情を見せてくれるのではないかと思う。バルセロナのホテルに宿泊していた時には、小鳥の鳴き声がほとんど聞こえなかったのだが、幸いにもリスボンの今のホテルでは早朝に小鳥の鳴き声が聞こえる。

 

フローニンゲンの自宅の周りにいる小鳥とは種類が異なるようであり、彼らの鳴き声に耳を傾けていると面白い発見がある。

 

今日は午前三時半ぐらいから小鳥たちが澄み渡る鳴き声を上げ始めた。今も同じ種類の小鳥たちが鳴いており、リスボンの早朝に音の花を添えている。

 

今朝早朝の二時半に起床した際に、初等幾何を学んで作曲に活かそうとふと思った。こうした考えが突然芽生えたのは、昨日訪れた国立古美術館での体験が根源にあるかもしれない。

 

所蔵されている形ある作品を鑑賞している時に、自分の内側に音楽的な何かが絶えず芽生えており、形から音を汲み取り、音から形を造形したいという自分の無意識的な衝動が存在していることに気づいたのである。

 

そこから初等幾何に行き着くところまでは飛躍があるが、そうした飛躍を直感的に埋める何かがあり、今後は幾何学を自分なりに学んでいき、それを独自の方法で作曲実践に活かそうと思う。実はこれまでも、整数や数列に関する考え方は作曲の中で応用しており、素数やフィボナッチ数列を活用した曲をすでに何回か作っている。

 

ただし私は、完全に数学に基づいた作曲実践をしようとは考えおらず、数学を活用しながらも、絶えず数学を超えたもの、ないしは数学とは相容れないものを曲として表現したいと思う。

 

今日はこれから再び作曲実践を行い、作曲上の写経実践を行っていく。今日は昼過ぎからリスボン海洋水族館に行く。事前にチケットをオンラインで購入しておきたい。

 

今日も気温が高く、最高気温は27度まで上がるとのことなので、水族館でくつろぐのは名案だろう。明日は最高気温が23度であり、最低気温は14度になり、比較的過ごしやすいため、明日は予定通り、ファド博物館とシアード美術館に足を箱ぶ。

 

幸いにも明後日も気温が快適であり、最高気温は21度、最低気温は14度であるから、午前中にグルベンキアン美術館に足を運び、午後からは世界遺産巡りとして、ジェロニモス修道院やベレンの塔に足を運ぼうと思う。

 

今日も適度な空腹感を抱えながら、それを幸福感として感じながらリスボンの街で過ごす。昨日美術館で鑑賞した、一人の飢えたキリスト教者の恍惚とした表情を思い出す。

 

あれは空腹を通り越し、脳と意識の変容により、一種の超越的認識世界にいるかのような表情であった。あの絵のモチーフの人物の顔を時々思い浮かべながら、今日もリスボンの街を歩くことになるのだろうか。

 

雲ひとつないリスボンの空に太陽が昇り、一日が本格的に始まろうとしている。リスボン:2019/5/4(土)07:09

 

No.1914: Serenity on a Sunday Morning in Lisbon

 

The morning on the fourth day in Lisbon came. 

 

The weather is also fine today, which makes me have a feeling that today will be fulfilled. Lisbon, 07:59, Sunday, 5/5/2019

 

4312.【バルセロナ・リスボン旅行記】仮眠中のビジョン:「ありがとう」の発音

 

今日もまた本当に天気が良い。リスボンの街は、ただでさえその本質に陽気さを持っているのに、雲ひとつない晴天となれば、その陽気さは極限を迎える。

 

つい今しがた仮眠を取り終え、これから着替えてリスボン海洋水族館に向かいたい。最寄り駅からは7分間隔で水族館の近くの駅までの地下鉄がやってくるため、全く焦る必要もなく、準備ができたら出発すればいい。

 

仮眠を取っている最中に、目覚める直前の数分間において夢のようなビジョンを見ていた。その中で私は、リスボンのような街にいて、ポルトガル語に囲まれながらスーパーで買い物をしていた。

 

必要なものを購入するためにスーパーの中を歩いて回っていると、場所がスーパーではなく、レストランに変わった。先ほどまではポルトガル語が行き交うスーパーだったのだが、今度のレストランでは日本語が飛び交っていた。

 

店員も客も、多くは日本人のようであり、そこにポルトガル語が行き交う余地はほとんどないように思えた。私は通りかかった店員に声をかけ、注文をお願いした。

 

何を注文したのかは覚えていないが、軽めの食事だったように思う。その他にも、ビジョンの中に友人が現れ、彼らと何かについて意見交換をしていたのを覚えている。

 

意見を交換していたテーマは大したものではないように思えたが、私はできるだけ真剣にそのテーマについて考え、自分の考えを友人に伝えていた。それともう一つ覚えているのは、そういえばスーパーの中で、前職時代の三人の女性の上司が買い物をしており、三人に後ろから声をかけたのを覚えている。

 

三人は、一つのカートを引きながら、野菜か何かを購入しようとしていた。私が三人に声をかけると、私がその場にいることを上司たちは一瞬驚いていたが、そこからは少しばかり立ち話をして別れた。そのような断片的なビジョンを見ていたことを覚えている。

 

毎回ホテルに宿泊するたびに思うが、毎日部屋を綺麗にしてもらう必要はなく、多くても二日に一回で十分である。だが、サービスのハーブティーと日本茶のティーバッグや、トイレットペーパーなどを貰いたかったため、清掃員の方が隣の部屋で働き始めたタイミングを見計らって部屋のドアを開けたところ、偶然にその方と目があったので、ティーバッグとトイレットペーパーを受け取り、一応タオルを交換してもらい、さらにはゴミを捨ててもらった。ベッドメイキングに関しては不要だったので、その旨を伝えた。

 

現在リスボンに滞在している最中は、最低限の挨拶だけはポルトガル語で行うようにしている。だが私は滞在三日目にして、清掃員の方とのやり取りを通じて、ポルトガル語の「ありがとう」という言葉を間違えて発音していることに気づいたのである。

 

「ありがとう」を、音楽用語の「オブリガート」のように、“t”の音で発声していたことにようやく気付いた。正しくは、「オブリガード」と“d”の音で発音しなければならない。今日はこれから水族館やレストランを訪れる機会があるので、そこで早速正しい発音で「ありがとう」をポルトガル語で伝えたい。

 

今から着替えて、いざリスボン海洋水族館に向けて出発だ。リスボン:2019/5/4(土)12:16

 

No.1915: A Pure Flow

 

The temperature is gradually increasing. 

 

I’m thankful that I can do some sightseeing in this beautiful weather. Lisbon, 10:08, Sunday, 5/5/2019

 

4313.【バルセロナ・リスボン旅行記】リスボン海洋水族館を訪れて

 

つい先ほどホテルの自室に戻ってきた。時刻は夕方の六時半を迎え、リスボンの空に夕暮れの太陽が輝いている。

 

この三日間連続して、ビュッフェ形式の同じレストランに通い、様々な野菜を大量に食べている。今日も満足の行く量を食べて、腹ごなしにゆっくりと30分ほど歩いてホテルに戻ってきた。

 

明日は少しレストランを変えてみて、近くのオーガニックスーパーに併設されているレストランに行き、そこで持ち帰りができれば二つの種類のサラダを二人前注文しようと思う。

 

今日は土曜日だからか、ホテルの周りが平日以上に静かであり、リスボンの町全体も休日の良き雰囲気を醸し出している。休日のバルセロナの街も落ち着きと趣があったが、私はリスボンの落ち着きの方がさらに好きである。

 

今日は昼前に仮眠を取って、正午過ぎにホテルを出発し、リスボン海洋水族館に足を運んだ。ホテルの最寄駅から水族館の最寄駅までは電車で10分ちょっとであり、駅から10分ほど歩いたところに水族館がある。

 

水族館は、ポルトガルを代表する大河であるテージョ川のほとりに建設されている。駅から水族館までの道のりは大変心地よく、海の上を架ける橋を渡っていく時の潮風がなんとも言えなく心地よかった。

 

また、私は潮風の香りを嗅ぎながら、地元の瀬戸内海の海を思い出した。リスボンの海も実に穏やかであり、瀬戸内海の穏やかさを彷彿とさせ、磯の香りはなんとも言えず心を落ち着かせてくれた。

 

水族館を訪れたのは本当に久しぶりであり、前回訪れたのがいつか覚えていないほどである。大阪に勤務していた時に、海遊館に行ったような気がするが、それ以来だろうか。

 

結論から述べると、リスボン海洋水族館を訪れて大正解であった。多様な海洋生物たちを眺めることがこれほどまでに癒しをもたらすとは思ってもいなかった。

 

それは想像以上の癒しであり、生命をじっと観察することによって、その生命と同化するかのような感覚があり、目の前の生命の時間の流れを追体験するかのような感覚があった。

 

サメやマンボウなどの大きな魚、タツノオトシゴなどの珍しい生物、愛らしいラッコ、多彩な色をした熱帯魚など、実に多様な生物がそこにいて、それぞれの生物が各々の人生を生きていた。その姿をぼんやりと私は眺めながら、時に自己を忘れるかのように生物たちを食い入るように見つめ、時に彼らの生き方から自らの人生を省察する機会を与えてもらい、実に多くのことを彼らから享受したように思う。

 

今回水族館の良さ、あるいは生物を眺めることの魅力を改めて実感したため、今後の旅においては水族館やたまには動物園に行ってみるのも良いと思った。美術館や博物館だけではなく、生命に触れ、生命を観察する機会を今後の旅には意識的に取り入れていこうと思う。

 

様々な海洋生物から得られた恩恵は、明日以降の旅をさらに充実したものにさせてくれるだろうし、フローニンゲンに戻ってからの私にも継続的な影響を与えてくれるように思う。生命は本当に偉大な存在だ。リスボン:2019/5/4(土)18:45

 

No.1916: I Want to Say “Obrigado”

 

The fifth day to stay in Lisbon began. 

 

In the early morning, I was captured by the feeling that I want to say “obrigado” to the world and to letting me live here and now at every moment in my life. Lisbon, 07:30, Monday, 5/6/2019

 

4314.【バルセロナ・リスボン旅行記】抑圧された後悔と作曲実践

 

つい今しがた入浴を終え、今日の疲れを癒した。実際には、今日はそれほど歩いたわけでもなく、疲れという疲れは溜まっておらず、むしろ今回の旅は一日に一食しか食べていないため、消化にエネルギーを使う必要がない分、疲れ知らずである。そんな中、今日も浴槽に浸かってゆったりとしていた。

 

時刻は午後十時を迎えようとしており、そろそろ就寝に向けて準備を始める。明日の予定としては、ファド博物館とシアード美術館の二つを訪れようと思っており、どちらも互いに近くにあり、両者間は歩いていける距離である。

 

まずは明日の正午過ぎに、ホテルからファド博物館まではバスを使って行く。ファド博物館とシアード美術館はそれほど大きな施設ではないとのことであり、どちらも所要時間を1.5時間ほど見積もっている。おそらくどちらかと言えば、シアード美術館の作品を鑑賞することの方により時間を充てるだろう。

 

本日にて、早いものでリスボン滞在目の三日目を終える。本日を終えるに際して、今日一日を大雑把に振り返っている。

 

今日も早朝の二時半から日記を執筆したり、作曲実践を行ったり、写経実践を行うことをしながら午前中を過ごしていた。その後仮眠を取ってから、リスボン海洋水族館に足を運んだ。

 

そうしたことを考えると、今日もやはり密度の濃い一日であったことを実感する。ただし、作曲実践と写経実践については、より密度を濃くしていきたいと思う。

 

その方法に関して、入浴をしながらあれこれと考えていた。今回の旅の最中、なぜだか私は、再び大学入試の数学の問題を解くことに関心を持っている。

 

これまで塾で高校生を相手に数学を教えていたこともあるし、発達科学の研究者になってからもとりわけ研究に微分の考え方を活用して、発達現象のモデリングを行うことがあった。また大学時代を振り返ってみると、私が卒業した大学は文系大学なのだが、大学二年生まで数学が必修となっており、大学数学の基礎を学んでいた。

 

今も当時大学で使っていたテキストが実家にあると思うのだが、改めて大学数学を学ぶというよりも、大学入試の問題を気晴らしに解きたいというような気分になっている。いやより厳密に言えば、私の無意識に抑圧された感情がそれを促している。

 

バルセロナの滞在中に気づき、そして今日リスボンのホテルで入浴中に改めて思ったのだが、どうやら私は、数学の入試問題を網羅的に解く形で青春をもう一度過ごしたいという気持ちが抑圧されているようなのだ。それは一つの後悔だと言えるかもしれない。

 

高校生の時に、もっとひたすらに数学と向き合っていたかったという思い、数学の問題をとことん考え抜き、問題を無数に解いていく快感の中で青春を過ごすことをしなかった自分に対する後悔がどうやら残っているらしい。

 

二年前にオーストリアのザルツブルグを訪れた時に得られた啓示的な体験によって、私は音楽知識がゼロの状態から作曲を始めた。実はその背後には、上述の抑圧された後悔の念が存在しているのではないかと思えてくる。

 

残念ながら、私たちは時計の針を巻き戻すことはできない。私の場合で言えば、高校の青春時代に数学ともっと真剣に向き合えたはずだという後悔の念がいくらあっても、あの時に戻ることはできない。

 

おそらく私はこの抑圧された後悔を作曲という芸術活動に昇華させ、抑圧された感情そのものと向き合い、作曲実践を日々前に進めていっているのだと思う。リスボン:2019/5/4(土)22:06

 

5月4日(土)に生まれた曲たち

Op.1104 初等幾何

Op.1105 リスボンの朝日を浴びて

Op.1106 日没後のリスボン

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