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4265-4275:バルセロナからの便り 2019年4月29日(月)


タイトル一覧

4265.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在四日目の早朝に

4266.【バルセロナ・リスボン旅行記】食生活の見直しによる心身の充実

4267.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在四日目の朝に見た夢

4268.【バルセロナ・リスボン旅行記】サッカーの街バルセロナで思う昔のこと

4269.【バルセロナ・リスボン旅行記】フィゲラスにあるダリ劇場美術館に向けて

4270.【バルセロナ・リスボン旅行記】ピカソ美術館での体験を振り返って

4271.【バルセロナ・リスボン旅行記】カサ・ビセンスを訪れて:アントニ・ガウディとの邂逅

4272.【バルセロナ・リスボン旅行記】サグラダ・ファミリア教会の外観を見て

4273.【バルセロナ・リスボン旅行記】今日の夕食の感動:久しぶりにコーヒーを飲むことについて

4274.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナの旅の空の下で進むウィルバーの監訳書のレビュー

4275.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在四日目の正午に見たビジョン

4265.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在四日目の早朝に

今朝はつい先ほど起床した。時刻を確認してみると、午前三時過ぎであった。

フローニンゲンで生活をしていた時もそうであるが、ここ最近は起床する時間が早くなった。たいてい三時から四時ぐらいのどこかで起床するようになっている。

就寝時間は夜の10時であり、これまでと変わらないのだが、睡眠時間が減少している現象は興味深い。それでいて、質の高い睡眠が取れているのであるから心配する必要はなく、むしろ日中の活動時間の量と質がそれによって高められていることを歓迎するべきであろう。

一日一食生活が板についてきたと思い始めてからこの現象が起こり、それはバルセロナの旅の空の下でも続いている。昨夜は10時まで日記を書いており、そこからピカソの画集を少し眺めていたためにいつもより15分ほど就寝が遅れたように思うが、それでも今朝の目覚めは早く、しかも心身の状態が良好であるのは喜ばしい。

今日はバルセロナ滞在の四日目であり、四日目の今日はゆっくりと過ごそうと思う。実はまだ、ガウディが建築したカサ・ビセンスとサグラダ・ファミリア教会を見ておらず、今日は美術館や博物館巡りをすることはないが、それらの建築物を眺める散歩には出かけたい。

ホテルからの距離を考えると、まずカサ・ビサンスを見に行って、その後にサグラダ・ファミリア教会に足を運ぶ。それらを見に行くのは午後からであり、午前中は完全にホテルの自室にこもって自分の取り組みと仕事を進めていく。

正午前にホテルの隣にあるスーパーに行き、1.5Lの水を2本、500mlの水を1本購入し、その後仮眠を少し取ってから散歩に出かける。カサ・ビサンス、サグラダ・ファミリア教会を見たら、その足で目をつけていたオーガニックレストランの近くのカフェに行き、そのカフェで数時間ほど作曲上の写経実践とウィルバーの監訳書の再校のレビューに取り組む。

レビューに関しては、実はこの数日間少しずつ進めており、今日中に本文に関するレビューを仕上げることができるのでははないかと期待する。注釈のレビューに関しても、リスボンに行く前に、バルセロナ滞在期間中に仕上げることができそうだ。

今回の監訳書の出版に向けての仕事は、フローニンゲンのみならず、バルセロナでも行ってきたことは良い思い出になるだろう。そうした点においても、本書は思い入れがあり、自分にとって特別な一冊になりそうだ。

今、ホテルからカサ・ビセンスまでの地図を調べてみたところ、まだ歩いたことのない道を通っていくことになるようだ。まだ一度も通ったことのない道を歩く時は、常に刺激で満ちており、脳全体が、いや存在全体が好奇心という電気のような養分によって刺激されるから不思議だ。

好奇心というのは私たちを成長させてくれる貴重な養分であり、それが歩いたことのない道を歩くだけで分泌していくるというのは興味深い。

ホテルから北西方向に40分ほど歩くとカサ・ビセンスに到着し、そこからサグラダ・ファミリア教会までは歩いて35分ほどとのことである。それだけで十分良い散歩になるだろうが、サグラダ・ファミリア教会を見物したら、そこから25分ほど歩いたところにあるカフェに行き、くつろぎながら自分の取り組みに従事していく。

数時間ほどカフェでゆっくりとしたら、その真向かいにあるオーガニックレストランで夕食を持ち帰りで購入し、オーガニックスーパーに寄ってホテルに戻ってきたい。ホテルを出るのは12時半あたりをめどにして、ホテルに戻ってくるのは午後の6時あたりになるだろうか。

今日は散歩を楽しみ、カフェでゆっくりするという、それはそれで充実した一日をバルセロナで過ごすことになるだろう。バルセロナ:2019/4/29(月)03:46

4266.【バルセロナ・リスボン旅行記】食生活の見直しによる心身の充実

時刻は午前四時に向かいつつある。バルセロナ滞在の四日目が静かに幕を開け、今はまだ辺りは闇に包まれている。

昨日の日記で書き留めていたように、ホテルの周りにも小鳥たちがいるようであり、昨日の早朝には小鳥が少しばかり鳴き声を上げているのを聞いた。ただし、フローニンゲンの自宅の周りとは異なり、今いるホテルの周りが随分と開発されているからか、人々が活動を始めると、小鳥たちはどこかに行ってしまったかのように、突然鳴き声を上げなくなる。

ひょっとすると、小鳥たちは近くにいて鳴き続けているのだが、人間が活動し始めてから発する騒音によって、その鳴き声がかき消されてしまっているのかもしれない。そのどちらの可能性も考えられるが、そう考えてみると、人間が開発しすぎてしまった場所に暮らすこと、人々の活動の開始と共に小鳥たちの鳴き声が聞こえなくなってしまうような場所で生活をするのは不幸である。そのようなことを思う。

今朝は三時過ぎに起床したが、心身の状態は本当に良い。私は完全なベジタリアンでもなく、ヴィーガンでもないが、日常生活においては、自ら肉類や加工食品を選んで食べることは一切なくなった。そのおかげか、心身の状態がこれまでの人生の中で最も良いと言える。

心身の状態が極めて良好であることが、日々の充実感に直結していることは言うまでもない。食生活の抜本的な見直しと、それに基づく正しい食実践は、本当に自分の人生を変えてくれた。

私は諸々の意味において、これから人生を始めていこうと思っている。人生の絶え間ない出発に向けて、心身の状態を健全なものにすること、その維持と増強に努めることほど大切なことはない。それをここ最近はひしひしと痛感している。

今日このようにバルセロナの朝を充実感を持って迎えることができているのは、間違いなく意識的な食実践によるものだと言える。今日は午前中に果物を食べるが、果物以外の固形物を摂るのは夕食のみである。

今日は始めて訪れるオーガニックレストランに行く予定であり、そこは基本的に朝食とランチを専門としているためか、店が閉まるのは午後の五時と早い。そこの店では持ち帰りのメニューが充実しているため、今日の夕食はホテルに持ち帰ることにしたい。

ここ二日間連続して、Petit Brotというオーガニックレストランにお世話になっていた。この店の店内は非常に落ち着いており、店の雰囲気からその店がどのような思想を持っているのか、そしてそうした思想をもとにどのような質の料理を提供しているのか、そしてその料理にどれだけエネルギーが込められているのかがわかる。

このレストランはそれら全てが申し分なく、この二日間お世話になったことを有り難く思う。このレストランは非常にお勧めであり、今日もまた行きたいところだが、今日からは新しいレストランを試すという意味と、今日の多くの時間を過ごす場所との兼ね合いから、このレストランには今日は足を運ばない。

明日は、バルセロナから列車で二時間ほど北上したところにあるフィゲラスという街に行き、そこにあるダリ劇場美術館に行く。私はつい先ほどまで列車で20-25分程度だと思っていたが、予想をはるかに上回り、二時間ほどかかるようだ。

幸いにも、現在宿泊しているホテルの最寄り駅であるバルセロナ・サンツ駅からは、フィゲラスまで一本で行ける列車が30分おきに出ている。明日は午前中の比較的早い時間にホテルを出発し、10時か11時ぐらいからダリ劇場美術館での鑑賞を始めることができればと思う。そうすれば、午後三時半過ぎぐらいの列車に乗ってバルセロナに帰ることができるだろう。

明日の夕食は、美術館からバルセロナに戻ってくる時間帯によりけりだが、仮に早めに市内に戻ることができたら、本日足を運ぶレストランに行く。もし閉店に間に合いそうになければ、フィゲラスのオーガニックレストランで早めの夕食を食べてから帰ってきてもいいだろう。バルセロナ:2019/4/29(月)04:17

4267.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在四日目の朝に見た夢

時刻は午前五時を迎えた。バルセロナの街に太陽はまだ昇らない。

今朝方見ていた夢についてまだ振り返りをしていなかったので、夢の内容を走り書きした裏紙を見ながら、今朝方の夢について書き留めておきたい。夢は常に、明日訪れる美術館で深く出会うであろうサルバドール・ダリの描く世界のように謎めいている。

夢の中で私は、私と歳の近いある知人の方(MK)と不思議なゲームをしていた。それは、幾つかの種類のサラダを食べ、サラダに含まれている野菜の種類を特定し、さらには一番良い条件の中で育った野菜を使っているサラダはどれかを当てるものだった。

合計で10種類ほどサラダがあり、そのうちの3種類ほどが最良の条件で育てられた野菜を使ったサラダのようであった。このゲームの難しいところは、10種類のサラダを全て試食することができないことにある。

試食できるのは4種類までであり、10種類から4種類に絞るには、味覚ではなく、基本的には視覚と嗅覚を用いなければならない。そうした条件のゲームを行ってみると、偶然にも、その知人の方と私は、同じ4種類のサラダを候補に絞っていた。

そこからいざ試食をしてみようとしたところ、私の手元にはフォークがなく、試食したくでもできない状況にあった。そこで私は、知人の方にフォークを借りようとしたのだが、その方は今自分が使っているため、貸すことはできないと述べた。

申し出が断られたことは残念だったが、私は気を取り直し、そこからはなんとか視覚と嗅覚だけを頼りに、正解の3種類を絞り込めないかに挑戦しようと思った。そこで夢の場面が変わった。

次の夢の場面では、私は実際に通った小学校のグラウンドの上にいた。私は、最初一人でポツリとグラウンドにいたのだが、見ると私の近くに、身長130cmほどの小人のようなホスト風の男性がいた。

その男性は、その身長であるにもかかわらず、プロのサッカー選手とのことであった。私はそれを聞き、その男性と一緒にボールを蹴りたいと思った。

偶然にも、私たちの近くにはサッカーボールがあったので、今から少しボールを蹴ろうということになった。ただし、そのボールは通常のものではなく、特殊なものだった。

見た目がガラスの水晶玉のようになっており、蹴り心地は普通のボールと全く同じなのだが、とにかく外観が異様であった。私たちは単にパス交換をするのではなく、まずはグラウンドに散らばっている幾つかのサッカーボールにぶつける遊びをすることにした。

フランス発祥の球技であるペタンクをするようなイメージ、あるいはゲートボールをするようなイメージで、その水晶玉のようなサッカーボールを地面に這うように転がして、グラウンドに散らばったサッカーボールにぶつける遊びを行い始めた。

やはりその方はプロサッカー選手ということもあって、キックの精度は高かった。私たちは、終始和やかにそのゲームを楽しんだ。そして、次に行ったのは、実際のパス交換であった。

この時も、ボールを空中に浮かすのではなく、グラウンドを這うようにする形でパス交換をするようにした。その際に、単にストレートのパスを交換しても面白くないと私たちは判断し、足のアウトサイドを積極的に使う形で、コマを回すようなイメージでアウトサイドをボールに擦り当て、強烈なスピンがかかるようにしてボールを地面上でカーブさせながら相手に届くような遊びを行い始めた。

これは私が小学校時代に親友の一人(HO)とよく行っていたものであり、普段の練習や試合前のパス練習の際にも行っていたものである。その男性はプロのサッカー選手であったが、あまりこうしたパス練習をしたことがなかったらしく、このパス交換の練習の面白さに喜んでいた。

グラウンドの鉄棒側から、その男性が立っている場所に向かって、最後に思いっきり地面を這っていくようなカーブボールを蹴った時、私の左横に、サッカーのうまかった小柄な友人(TK)が立っていることに気づいた。それに気づいた時、夢から覚めた。バルセロナ:2019/4/29(月)05:25

No.1898: In the Morning on the Fifth Day in Barcelona

I’ll leave the hotel in two hours for the Dalí Theatre and Museum in Figures close to Barcelona.

I encountered the world of Picasso the day before yesterday and that of Gaudi yesterday.

I look forward to the deep encounter with the world of Dali today. Barcelona, 06:37, Tuesday, 4/30/2019

4268.【バルセロナ・リスボン旅行記】サッカーの街バルセロナで思う昔のこと

つい今しがた、今朝方の夢について書き留めていた。夢について書き始める前に、ダリについて触れていたように思う。

明日は、フィゲラスにあるダリ劇場美術館にぜひ足を運ぼうと思っているが、私がダリに興味を抱いたのは中学生の頃だったのではないかと思う。美術の時間中に、手元にある資料集をパラパラとめくっている時に、ダリの主要な作品がそこに掲載されていることに気づき、とても面白い作品群だと思ったことを覚えている。

それ以降、しばらくダリの存在を忘れていたのだが、大学時代になってから再びダリに関心を持ち始めた。そこからは、ダリは私の好きな画家の一人となった。

これはあまり褒め言葉ではないかもしれないが、大学を卒業し、経営コンサルタントとして最初のキャリアを始めた時に、プレゼン用の資料をパワーポイントを用いて作っていると、色使いと構図がダリのようだと上司から言われたのを覚えている。

ビジネス用のプレゼンにおいては、ダリの作品のような資料を作っては困るのだが、ダリ好きの私にとっては褒め言葉ではないはずのその言葉が、どこか褒め言葉のように聞こえた。私はオフィスの自分の机にダリの画集を置いていたこともあり、その上司の方も私がダリのことが好きだと知っていたのだろう。そのような懐かしい思い出がふと甦ってきた。

先ほど夢について振り返っていた時に、夢の中で小人のようなホスト風のプロサッカー選手と一緒に行っていたパス交換をペタンクのようだと表現したことも興味深く思えた。フランス発祥の球技であるペタンクは、手で鉄製のボールを投げて転がし、目標地点への近さを競うものである。

その際に、相手の球に自分の球をぶつけることなども可能であり、私はこの球技を中学生の頃に知った——もしかすると初めて知ったのは、小学校時代に学校のクラブとして入っていた「昔遊びクラブ」でのことだったかもしれない。

中学校に入学した際に、学校の行事の一環として、地元のお年寄りの方たちと何らかの形で交流する機会があり、私はその中からペタンクを通じて交流する方法を選んだ。実際にこの球技をお年寄りの方たちと行ってみると、意外に面白く、その日は随分と熱中してこの球技を楽しんだのを懐かしく覚えている。

そのような記憶から、ふと「ペタンク」というあまり聞きなれない球技名を出したのかもしれない。また、夢の中で行っていたパス交換は、実際に私が親友と行っていたものであった。

その親友とは、地元のサッカークラブに在籍していた時は、常にパス練習を一緒に行っていた。クラブのない日にサッカーをして遊ぶ際にも、似た様なパス練習をして遊ぶことがあった。

そのうちの一つがまさに夢の中で行っていたものであり、私たちはそのパス練習のことを「すげゴマ」と呼んでいた。私たちが幼少の頃に、実際に同じ名前の玩具が売られていたが、私たちはそのパス練習を通じて行うキックによって生み出されるボールが、「コマのようにすごく回転する」という意味からそのように名付けた。

親友と私は共に右利きであったから、お互いの右足のアウトサイドでボールをこすり、パスを交換すればするほどに、地面上のボールが尋常ではないほどに回転するようになり、私たちはボールが高速で回転している様子を眺めるのが好きだった。

そのようなパス交換の他にも、もう一つ高度なパス交換として、すげゴマのパス交換をするよりもお互いの距離を取り、ひたすらハーフボレーでお互いにパスをするという遊びにも熱中していた。正直なところ、この遊びができるほどのキックの技術を持ち、自分と以心伝心でボールを蹴り合うことができたのは彼ぐらいであり、彼とは本当にサッカーのパス交換を通じて深い交流を図っていたのだと改めて思う。

現在宿泊中のホテルからは、FCバルセロナの本拠地のカンプ・ノウが近く、バルセロナはサッカーの街でもあるため、ふと昔のことが懐かしく思って今朝のような夢を見たのかもしれない。今もまだ、バルセロナの街やオランダの街でサッカーボールを見ると、やはりボールが蹴りたくなってくる。

上記のパス交換を、是非ともまた親友の彼としたいと強く願う。だが、そんな彼はもうこの世にはいない。

彼はきっと天国で元気にやっているだろうし、私もバルセロナの旅の空の下、今日も充実した一日を送りたいと思う。私にできることは、自分の人生を最後の最後まで生きることだけだ。バルセロナ:2019/4/29(月)05:48

4269.【バルセロナ・リスボン旅行記】フィゲラスにあるダリ劇場美術館に向けて

時刻は午前六時半を迎えた。バルセロナのこの時間帯はまだ薄暗く、日の出の時間までもう少しありそうだ。

今朝は三時過ぎに起床したこともあり、起床からすでに三時間半ほどが経っている。今この瞬間まで日記を書き留めたり、明日に訪れる予定のダリ劇場美術館について色々と調べていた。

念入りに調べる前に先ほど簡単に行き道をGoogle Map上で調べてみると、現在の宿泊先の最寄り駅のバルセロナ・サンツ駅から、ダリ劇場美術館のあるフィゲラスの街までは、列車で二時間ほどかかると表示された。

それを見たとき、思っていた以上に時間がかかるなと思い、以前調べたときはそこまで時間がかからないと感じていたことを思い出し、実際に自分が明日訪れる時間帯をきちんと入力して調べ直してにると、二時間かかる各駅列車ではなく、一時間の特急列車が運行していることを発見した。

以前調べていたときには、この列車を見ていたのだ。片道で二時間もかかるというのはかなり時間がかかると思っていたが、停車駅二つの片道一時間であればなんら問題はない。

ダリ劇場美術館はシーズンだと非常に混み、チケットを購入するのに並ぶことがあるとのことだったので、事前にウェブサイトを通じてチケットを購入しておこうと思った。ところが、ウェブ上のチケットは、時間枠が非常に限定的であり、午前中は09:00-09:20の間に入館しなければならないものしかなく、午後は昼以降の時間の枠しかなかったため、オンライン上でチケットを購入するのをやめ、現地で購入することにした。

調べてみると、この時期はさほど混まないとのことであり、なおかつ午前中の比較的早い時間帯に美術館に到着しようと思っているため、仮にチケット購入の際に並んだとしてもたかが知れているだろう。

バルセロナ・サンツ駅からフィゲラス・ヴァリファント駅に向かう往復チケットを先ほどオンラインで購入した。一番の理想は、ダリ劇場美術館の開館に合わせて駅に到着するぐらいの早い便であったが、それがすでに予約で一杯であったため、一つ遅い列車に乗ることにした。

明日は、バルセロナ・サンツ駅を09:25に出発する列車に乗りフィゲラス・ヴァリファント駅には10:20に到着する。駅から15分ほど歩けばダリ劇場美術館に到着する。調べてみると、美術館をゆっくり回ったとしても所要時間は多くて三時間ほどだろうと判断したが、念のため余裕をもたせて、帰りはフィゲラス・ヴァリファント駅を14:55に出発し、バルセロナ・サンツ駅に15:50に到着する列車に乗ることにした。

ダリ劇場美術館を見た後に、列車の時間まで余裕があれば、ダリ劇場美術館の目と鼻の先にあるダリ宝石美術館にも立ち寄りたい。ダリ劇場美術館で購入したチケットがあれば、この宝石美術館には無料で入れるようなので、時間があれば是非立ち寄っておきたい。

調べてみると、美術館の周りにはあまり良いレストランがなく、オーガニックレストランはほぼ皆無であった。そうしたこともあり、この街でゆっくりするのではなく、美術館を見学したらバルセロナに戻り、夕食は市内のオーガニックレストランで食べることにした。

列車のチケットを購入したこともあり、明日の準備は今日の早朝の段階で整ったと言える。これから作曲実践を行い、バルセロナ滞在の四日目のスタートを本格的に切りたい。バルセロナ:2019/4/29(月)06:46

4270.【バルセロナ・リスボン旅行記】ピカソ美術館での体験を振り返って

時刻は午前10時を迎えた。今日もまだホテルの自室でくつろいでいる。

私は旅の最中によく歩く方であるから、一日観光をしたら、その次の日はホテルでゆっくりし、外出を最低限にとどめるということを繰り返すような形で今後の旅を行っていくのも良いかもしれないとふと思う。この案については、また今後の旅で検討してみたいと思う。

正午前にホテルの横にあるスーパーで、バルセロナ滞在の残りの日用の水を購入し、自室に持って帰って、少し仮眠を取る。仮眠から目覚めたら、それほど気乗りはしないがガウディの建築物を見に行く。

不思議なことに、思っていたほどにガウディから何か促しを受けることはなく、彼の建築物を見たいという意欲もそれほど高まらない。とはいえ、せっかくなので一応二つの建築物を午後から散歩がてら見に行こうと思う。その後は、市内のカフェでくつろぐことにしたい。

昨日の午後にピカソ美術館を訪れた時のことについて再度振り返っている。昨夜の日記で書き留めたように、この美術館は、パリの国立ピカソ美術館を圧倒的に凌ぐ刺激を私にもたらしてくれた。

昨夜に書き留めていた観点と重複するものもあると思うが、幾つか再び書き留めておきたい。やはり最も印象に残っているのは、晩年のピカソが古典的な名画の再解釈を始め、晩年においても絶えず絵画の思想と技術を高めるために精進をしていたことである。

具体的には、ピカソは、幼少期の頃から敬意を払っていたベラスケスに再び原点回帰する形でベラスケスの作品に範を求めたのである。それがまさに、ベラスケスの『ラス・メニーナス』に範を求めた一連の作品群として結実した。

こうしたピカソの姿勢を見たとき、私自身もやはり、バロック音楽の至宝であるバッハの音楽に範を求め、特にリズム、メロディー、音色の色彩感覚、フォルムなどを研究する形で自分の作曲技術と思想を深めていきたいと思うようになった。この点については、今後も絶えず意識しておこうと思う。

ピカソの作風を時系列で追ってみると、そこに技術の発達過程を見ることができるのは有名な話である。若い頃の古典主義的な作風、そこから青の時代とバラの時代を経て、キュビズムの世界を切り開き、そこから再び古典主義に回帰しながらも「ピカソ主義」とも呼べるような独自の画風を打ち立てていったという発達プロセスを見て取ることができる。

こうしたプロセスの中において、私が感銘を受けるのは、ピカソは、晩年において最も多作であったことだ。年を重ね、晩年を迎えると、創造エネルギーが枯渇してしまう芸術家は数多くいるが、ピカソは全く逆であり、晩年において創造エネルギーが頂点を迎え、その時期に最も多くの作品を残していった。

しかも、一つ一つの作品は、それまで積み重ねた思想と技術が具現化したものであり、実に豊かなものであった。少なからず創造に携わる者として、ピカソのような晩年を過ごすことを願うのは自然なことだろう。

晩年において創造エネルギーを頂点に持って行き、最も多作かつ充実した時期を晩年に過ごすために、日々の探究と精進がある。そのようなことを改めて思わせてくれたのが、昨日のピカソ美術館での体験であった。バルセロナ:2019/4/29(月)10:30

No.1899: The Expression of Barcelona in the Early Morning

I’m feeling and seeing the expression of Barcelona in the early morning.

I’ll change my cloths from now to leave the hotel for the Dalí Theatre and Museum in Figures.

I want to buy a cup of coffee at a cafe in the Barcelona Sants station. Barcelona, 07:29, Tuesday, 4/30/2019

4271.【バルセロナ・リスボン旅行記】カサ・ビセンスを訪れて:アントニ・ガウディとの邂逅

たった今、三時間ほどの散歩から帰ってきた。今日も結局よく歩いた。

ホテルを出発した際に、これから向かうガウディの建築物に対して正直なところほとんど期待していなかった。より語弊を恐れずに言うと、ホテルからまずカサ・ビセンスを見に行くのがとても面倒くさくなり、オーガニックレストランで夕食をテイクアウトするだけにしようかと思っていたぐらいだった。

だが、いざ歩き出してみると、気分が高揚し始め、まだ歩いたことのない道が刺激となり、せっかくなのでカサ・ビセンスを見に行くことにした。ホテルからカサ・ビサンスまでは歩いておよそ40分ほどの距離であり、幾分歩いた方だが、途中の街並みがなんとも言えず美しく、疲労感をほとんど感じさせなかった。

バルセロナの街も当然ながら都市化されており、正直なところ空気は他の主要都市と同様に綺麗ではない。バルセロナの空気を汚いと述べてしまったら、世界の他の主要都市の空気など毒ガスのようなものに近いと喩えられてしまうかもしれないが、やはり人間が集まる都市の空気はダメだ。全くもって新鮮さが足りず、こうした空気を毎日吸うことなど私にはできない。

一日一食生活を始めることによって、感覚がかなり鋭敏かつ敏感になっているためか、吸ってはならない空気というものも、単に鼻や耳などから入ってくる空気に対して感じているだけではなく、皮膚全体を通して感じている。

世界の主要都市は観光で数日ほど訪れるのにはまだいいが、決して長期滞在をしたり、住むような場所ではないとつくづく思う。今のところ、世界の主要都市にやむなく旅行しているのは、そうした場所に大きな美術館と博物館があるからであり、仮に世界の主要な都市の美術館や博物館を十分に巡ったら、私はもうそうした都市には近づかないようにしようと思っている。

これから年齢を重ねるごとに、徐々に都市からは離れていき、旅行する場合は自然が溢れている場所にする。そのようなことを考えながら散歩をしていると、カサ・ビセンスに到着した。

外見を見た瞬間に、ユニークな建物だと思ったが、中に入ろうとはあまり思わなかった。ただせっかくなので、建物に近づいてみると、意外と興味をそそられ、結局チケットを購入して中に入ってみることにした。

すると私は、ガウディの建築物を完全に見くびっていたことに気づき、ガウディの世界観と建築技術に一気に惹かれた。カサ・ビセンスは、地下階を合わせると四階ほどの建物だが、全てを見るのにそれほど時間はかからない。

最上階ですらも高さはたかが知れているため、眺めは良いとは言えないのだが、周りの家々がオランダのレンガ造りの家々とはまた趣のことなった雰囲気を発しており、なんとも言えない良さがあった。この良さを表現するうまい言葉が見つからない。

少なくともこれまでの私が見たことのないような趣のある家々が所狭しと並んでいる感じであり、バルセロナの良き路地裏の世界が広がっていたと表現できるだろう。

カサ・ビセンスの中に入って良かったとつくづく思ったのは、ガウディへの関心が一気に高まったことと、地下一階の売店で、ガウディに関する二冊の網羅的な資料を購入できたことである。私は、芸術関係の資料に関しては、美術館や博物館の売店で日本語のものが売られていれば、英語ではなく日本語のものをあえて購入するようにしている。

芸術は私の専門ではないということと、芸術に関してだけはできるだけ日本語でも理解をしたいという思いがあるため、美術館や博物館では例外的に日本語の資料を可能な限り購入するようにしている。

昨日もパブロ美術館を訪れた際に、日本語の資料を一冊購入し、昨日と今朝も合わせると、二回ほど最初から最後まで読んだ。今日購入したガウディに関する資料は非常に中身が充実しており、バルセロナ滞在期間中に熟読し、ガウディについて一気に深く知ろうと思う。

明日はダリ劇場美術館に訪れるが、その際にも売店で日本語の資料が売られていればそれを購入し、それも熟読をする。私は旅行に来て美術館を訪れると、ほぼ間違いなく文献を購入し、旅の最中にそれを熱心に読むようにしている。

体験と紐付いた知識ほど身になるものはなく、旅の最中に足を運んだ美術館で資料を購入し、体験の記憶が新しいうちに関連文献を熟読しておくと、知識の吸収率が格段に高まるように思える。こうした点からも、体験と紐付けて知識を習得することがいかに大切かがわかる。バルセロナ:2019/4/29(月)16:24

4272.【バルセロナ・リスボン旅行記】サグラダ・ファミリア教会の外観を見て

ガウディとの邂逅に対して、まだ興奮が収まらない。ホテルを出発するまでは、あれだけ気乗りがせず、わざわざ歩いてガウディの建築物を見に行くのが正直憂鬱だったほどのなのだが、それが嘘のように、今は晴れ晴れとした気持ちである。

ガウディに対して関心を狭めなかったことは本当に幸運であり、どれほど憂鬱であったとしても、結局私はガウディの建築物に足を運んだことが何か運命的なものを感じさせる。

時刻は午後の四時半を迎えたが、今日もこれまでのところ、果物しか食べておらず、この夕食は相当に栄養を補給しようと思っている。今日からは、バルセロナ・サンツ駅から歩いて20分ほどのところにあるオーガニックレストランのBONという店で、リサイクル可能な紙のボールに入った大きなサラダを二つ購入した。

一つがずっしりと重たいため、普通であれば一つで十分だと思うが、私は一日一食生活をしており、今日はとにかく栄養をたくさん摂りたいと体が強く訴えているため、種類の異なる大きなサラダを二つ購入し、それを入浴後に食べようと思う。

初日の夕食は果物とナッツ類だけであり、初日以外のここ数日間は、Petit Brotというオーガニックレストランで夕食を食べていたことはこれまでの日記に書き留めていた通りである。そこの一品一品は上質なものなのだが、量は少なく、それでいて程よくいい値段がする。

毎回30ユーロほどの夕食を食べていたが、今日はその時の夕食よりも量が多いであろう二つのサラダを購入しても15ユーロであった。今日、明日、明後日と残りのバルセロナ滞在中は、本日訪れたBONでサラダをテイクアウトしようと思う。これから入浴をし、その後に食べる夕食が楽しみでしょうがない。

ガウディの建築物カサ・ビセンスを訪れた後に、そこから35分ほど歩いたところにあるサグラダ・ファミリア教会に向かった。だがもうその時の私は、カサ・ビセンスを見れたことに大変満足しており、ガウディに関する二冊の網羅的な資料を購入できたことにも満足していたため、サグラダ・ファミリア教会に対する関心は薄れていた。

とはいえ、一応そこにも足を運んでみた。すると案の定、こちらの教会の方が圧倒的に有名であるためか、観光客でごった返しており、一気に関心が冷めた。中に入る気は元々なかったが、その場で完全にそうした気持ちが失せて、外観だけ少し見て、その場を後にすることにした。

他の芸術作品同様に、こうした建築物にも縁というものがあり、今回の私はサグラダ・ファミリア教会には縁がなかったのだと思う。そうした縁がないにもかかわらず無理に中に入っても何も得られるものがないであろうから、入らなくて正解であっと思う。

またいつかバルセロナに来ることがあり、その時にこの教会に関心を持っていれば、その時に中に入ればいいだろう。サグラダ・ファミリア教会に到着した時の私の頭の中は、ガウディに関する文献を読みたいという気持ちと、新鮮な野菜をふんだんに使ったオーガニックサラダをとにかく早く食べたいという気持ちの双方で満たされていた。

これからゆっくりと入浴し、その後待ちに待った夕食のサラダを二つ食べる。これから至福な時間がやってくる。バルセロナ:2019/4/29(月)16:41

4273.【バルセロナ・リスボン旅行記】今日の夕食の感動:久しぶりにコーヒーを飲むことについて

時刻は午後の六時半を迎えた。つい今しがた、今日の夕食を摂り終えた。

サグラダ・ファミリア教会に訪れた帰り道に立ち寄ったオーガニックレストランのBONという店で持ち帰ったサラダには本当に満足している。先ほどの日記で書き留めたように、本来であれば、一つの大きなサラダボールで十分なところを、一日一食生活をしている私の身体は二つ分のサラダを欲しており、実際に食べてみると、ペロリとそれを完食した。

朝と昼に外食していないことを考えると、二つのサラダを購入して15ユーロに満たなかった今日の夕食はとても安上がりであるし、そのサラダに使われていた種々の良質な素材のことを考えると、その割安感はさらに高まる。

ここ数日間足を運んでいたレストランも非常に良い質のメニューを提供してくれていたが、今日のレストランで購入したサラダをホテルの自室に持って帰ってくつろぎながら食べる方が満足感が大きかったように思う。

何にも増して、今日はサラダを腹七割五分ほど食べれたことに大満足であり、その中でも、ここ最近フローニンゲンでは手に入らない生のケールを食べれたことは幸せであった。

明日は早朝より、フィゲラスにあるダリ劇場美術館に訪れ、午後四時前にバルセロナ・サンツ駅に戻ってくる。その駅から今日訪れたレストランまでは、歩いて20分ほどであり、店が閉まる時間は午後五時であるから、明日も夕食をこのレストランで購入できるだろう。明日も今日と同様に、大きなサラダボールを二つ購入したいと思う。

今日は結局、カサ・ビセンスの外観だけを見るのではなく、中に入ってじっくりとその建築を見ていたため、カフェに行くことはしなかった。また、そもそもコーヒーを飲みたいという気持ちにもならなかった。

一日一食生活を始めてからは、胃に何も入っていない状況が長く続くため、コーヒーを飲むことを止めていた。現在の旅行中においては、朝に果物を食べることにしており、また久しぶりに朝はバナナと100%のカカオチョコレートを何切れか食べていることもあって、それにコーヒーが合いそうだという気持ちになっていた。

明日はダリ劇場美術館に行くために、バルセロナ・サンツ駅を09:25に出発する特急列車に乗る必要がある。列車に乗る前に、駅構内のカフェに行き、久しぶりにホットコーヒーでも購入しようかと思っている。

数日前にアムステルダム空港からバルセロナに来る前にも、空港のラウンジでふとエスプレッソを飲んでみたところ、まさにアルコールを控えている人がアルコールを飲むとすぐに酔ってしまうかのように、カフェインによる覚醒作用が強く働き、そこから数時間は諸々の仕事がはかどったのを覚えている。

別に明日もその作用を期待しているわけではなく、純粋に明日の朝ぐらいはコーヒーを楽しんでもいいだろうという気分になっているため、明日は一杯のコーヒーを持って列車に乗り込もうと思う。

アルコールを毎日飲む人はアルコール中毒であるように、コーヒーを毎日飲むのもカフェイン中毒であるという話をよく聞くが、今の私はコーヒーを飲まなくても大丈夫な体になっているため、カフェイン中毒からは脱したように思う。それも一日一食生活の効果と、特に断食の効果によるものだと思う。

カフェイン中毒から脱した後のコーヒー、しかも早朝の旅の友として飲むコーヒーは格別であろう。バルセロナ:2019/4/29(月)19:00

4274.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナの旅の空の下で進むウィルバーの 監訳書のレビュー

今日はこれから、過去の日記を少々読み返した後に、作曲上の写経実践をする。その実践に多くの時間を使い、就寝30分前にはパソコンの画面を見ることをやめ、そこからは、本日購入したガウディに関する資料を読んで就寝に向かいたい。

明日は、宿泊先のホテルと目と鼻の先にあるバルセロナ・サンツ駅を09:25に出発する列車に乗るが、あまり早い時間ではないことと、明日もおそらく四時前ぐらいに起床することを考えると、さほど心配する必要はない。

ただし、今回乗る高速鉄道のAVEに乗る前に、空港のセキュリティーのような持ち物検査があるらしいので、余裕を持たせて駅に行く。カフェでコーヒーを購入したらすぐにそのセキュリティーの場所に向かうようにしたい。

明日はこの特急列車に乗っている最中に、景色を見ることができればできるだけ景色を眺めるようにする。ただし、乗車中の一時間全てにおいて景色が見られるとは限らず、また景色が単調であることも考えられるので、PCを持参し、行きの車内では作曲上の写経実践を行う。

帰りの車内においては集中力を見て、写経実践を行うか、あるいは過去の日記を編集するかのどちらかを行いたいと思う。

今日は午前中いっぱいまでホテルの自室に閉じこもり、ウィルバーの監訳書の再校のレビューをしていた。そのおかげもあり、本文のレビューが本日完了した。

現在旅行中であるにもかかわらず、隙間時間をうまく活用して作業を進めていたためか、予想以上に早く本文のレビューを終えた。明日はちょっと時間が取れず、仮に取れたとしても、その時間は写経実践や過去の日記の編集に充てたいため、注釈のレビューは明後日に行う。

おそらく、明後日にレビューを行えば、注釈のレビューは明後日中に完成するだろう。なんとかリスボンに行く前に全てのレビューを完成させておきたいと思う。そうすれば、リスボンに滞在中は、本日購入したガウディに関する二冊の文献、そして明日訪れるダリ劇場美術館で購入するであろう何かしらの文献を読み進めることができる。

リスボンで過ごす五日間も、結局ほとんどの日は美術館に行くため、そこでまた何かしらの文献を購入することになるだろうが、それらもできるだけリスボンに滞在中の時に一度全て目を通しておきたいと思う。

バルセロナに滞在中のこれまでのところ、本当によく歩き回っている。歩くという行為が本当に全身運動なのだとわかるのは、ホテルの自室に戻り、風呂に入る前に自分の身体を確認すると、腹筋が一段と割れ、ふくらはぎの筋肉もさらに引き締まって見えることからもわかる。

一日中よく歩き、たんぱく質が豊富な野菜を積極的に摂ることによって、かなり筋肉質な肉体を獲得しつつある。それは即、自分の思考の働きを含めた精神活動に影響を及ぼしていることがわかる。

さすがに旅行にはヨガマットを持ってきていないため、旅の最中はヨガマットの上でヨガを行うことはないのだが、起床してすぐに、ヨガマットがなくてもできるアーサナを少し行い、身体をゆっくり目覚めさせるようにしている。

ヨガを行えない分、旅行中は歩くという全身運動が自分の身体を健全なものに保ってくれている。そして今は、それに加えて良質なものをきちんと食べるということが行われているため、これまでの旅にはない充実感が得られている。

二ヶ月前にパリに旅行をし、そこでの体験が元に食生活を抜本的に見直すことができて本当に幸運であった。そこからの実践で得られた知識と経験は、これからの実践を通してますます深められていき、それらを他者に共有していきたいと強く思う。バルセロナ:2019/4/29(月)19:23

4275.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在四日目の正午に見たビジョン

今日はよく歩き、良質な夕食をしっかりと摂ったためか、言葉が次々と生まれてくる。健全な肉体に健全な精神が宿るというのは本当のようであり、健全な身体を育むためには適切な食事と適度な運動がカギを握る。

今日のバルセロナは、これまでと同様に大変過ごしやすかった。暑くもなく、寒くもなく、春秋用のジャケットを着て動き回るのに丁度良い気候である。それは明日から滞在最終日まで続く。

ただし、バルセロナの後に訪れるリスボンは、相当に暖かいようである。なんとリスボンに到着するその日は、最高気温が28度まであがるらしく、それはもう夏日和である。

そうであっとしても雨よりはマシであり、リスボンに滞在している間は、幸いにも雲ひとつない晴天の日が続くらしい。最高気温は連日25度に近く、バルセロナに比べて随分と暖かいことがわかる。

おそらくリスボンでは、秋冬用のジャケットを日中に羽織る必要はなく、長袖だけて過ごせそうだ。今この瞬間に確認する必要はないのだが、興味を持ってフローニンゲンの週間天気予報を見てみたところ、最高気温・最低気温ともに、リスボンの半分ほどであることがわかった。

日によっては半分以下の日もあり、今週の金曜日に至っては、フローニンゲンの最高気温は9度であり、最低気温は3度である。やはりフローニンゲンはまだ冬のような気温である。

バルセロナやリスボンにいるとそれが信じられないぐらいだ。フローニンゲンに戻ったら、再び冬用のジャケットを着て、マフラーと手袋が必要になるだろう。

もう五月を迎えようとしているのにもかかわらず、それがフローニンゲンの気候であり、逆に私はフローニンゲンのそうした気候を好んでいる。

本日、ガウディの建築物を見に行く前に、30分ほど仮眠を取っていた。今朝何時に起きたのかも忘れてしまうぐらい、起床したのは前のことのように感じられ、念のために早朝の日記を確認してみると、今朝は午前三時過ぎに起床していたようだ。

そうしたこともあり、正午あたりに30分ほど仮眠を取った。その時にビジョンを見ていたのを覚えている。

興味深いことに、早速バルセロナの街に固有のあの路地裏の家々の景色がそこに現れた。その路地裏はそれほど暗くなく、私はその路地裏をゆっくりと歩いていた。

しばらく歩くと、比較的大きな通りに出た。空を見上げると、太陽が燦然と輝いていた。その通りには、露店がたくさん出ており、それらの店を眺めていると、実際に品を購入しなくても楽しい気分になってきた。

露店を眺めながら歩いていると、その先は下り坂になっており、坂の向こう側に光り輝く海が広がっている光景が目に入ってきた。すると私は、海をより見晴らせる神社の境内にいた。

その神社には大切な神様が祀られているようであるが、どのような神様なのか私にはわからなかった。神社の境内を進んでいくと、賽銭を投げる場所に行き着いた。そしてその向こう側はもうなんと海であった。

波が砂浜近くの岩にぶつかり、波しぶきが賽銭箱付近に飛び散っていた。その光景は荒々しいものではなく、とても清々しいものだった。

私がふと左に目をやると、私の横に、小中学校時代の友人(MS)が立っていた。彼とは随分と会っておらず、彼と会話をした瞬間に、私たちは同級生であるにもかかわらず、私はなぜだか彼の立派な成長ぶりに感激し、思わず涙を流した。

そこでビジョンが静かに消えていった。バルセロナ:2019/4/29(月)19:44

4月29日(月)に生まれた曲たち

Op.1089 スパニッシュ・メタフィジクス

Op.1090 スパニッシュ・スパイス

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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