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4260-4264:バルセロナからの便り 2019年4月28日(日)

April 30, 2019

タイトル一覧

4260.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在三日目の早朝に

4261.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナにもいた友との再会の喜び

4262.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在の三日目の計画

4263.【バルセロナ・リスボン旅行記】今朝方の夢

4264.【バルセロナ・リスボン旅行記】ピカソ美術館を訪れて

 

4260.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在三日目の早朝に

 

バルセロナ三日目の朝が静かに始まろうとしている。今日はゆっくりと四時半に起床し、早朝の目覚めはすこぶる良かった。

 

昨夜の就寝前に湯船に浸かったからか、睡眠は深く、熟睡ができた。これまでの数日間の旅の疲れも吹き飛び、完全回復がなされた自己がそこにいた。

 

少し寝汗をかいていたようだったので、起床してすぐにシャワーを浴びた。つい先ほど自室のバルコニーにつながるドアを開け、空気を入れ替えることにした。

 

午前五時を迎えようとしているバルセロナは肌寒く、とてもひんやりとした清々しい朝だ。今日は日中の最高気温が16度までしか上がらないようであるが、最低気温は11度とのことなので、両者の間にそれほど差がないため、身体が気温に調節していくことは容易であろう。

 

今朝の目覚めの良さが象徴するように、バルセロナの旅もこれまでのところ非常に充実している。とにかく自分を呼ぶ場所だけに足を運び、そこでゆったりとした時間を過ごすという旅の姿勢を崩さずに過ごすことができているのがその一因だろうか。

 

今日もまたゆっくりとした時の流れを味わいながら、バルセロナという風光明媚な街で一日を過ごす。確かにバルセロナの中心街は、世界の他の都市と同様に人が多いのだが、この街の底に流れる陽気さ、街全体を包む陽気さが、この街を訪れる人たちの心を自然とくつろがせているように思う。

 

人は、緊張と弛緩によって成熟の道を歩んでいく。心身及び魂がこわばっていてばかりでは、それらの発達はありえず、同様に、緩んでばかりいてもならない。

 

私たちは、緊張と弛緩という二つの極を揺れ動きながら成熟の歩みを進めていく。そのようなことを考えてみた場合、この人生の成熟過程において、弛緩が必要だと思う場合には、是非またバルセロナに足を運び、この街でゆっくりとした時間を過ごしたいと思う。

 

逆に自己が緊張を求めている場合には、この街はあまり望ましくない場所であるように思えるぐらいに、この街の性格は陽気さとくつろぎに満ちているということが言えるだろう。

 

早朝の五時を迎えたバルセロナは、まだ薄暗く、太陽が昇り始めるのはもう少し後のことになるだろう。ただし、この街はもう動き出しているようであり、近くのバルセロナ・サンツという大きな駅の周りから、ちらほらと行き交う車の音が聞こえ、駅に向かっていく人々の姿が見える。

 

私も今日もゆっくりと一日を始動させていきたい。今日は昨日に軌道修正させた計画に従い、午前中はホテルの自室にて、自分のライフワークに従事していく。

 

主には日記の執筆と作曲実践、及び作曲上の写経実践を行っていく。昨日は午前二時に起床してしまい、そこから一日の活動を始めてみたところ、やはり睡眠時間が不足していたためか、午前と午後にそれぞれ一回ずつ仮眠を取ることになった。今日の目覚めは四時半であるから、午前中に仮眠を取る必要は全くないだろう。

 

上述の実践に並行して、今日もまた時間を見つけて、ウィルバーの監訳書の再校に対するレビューを進めていきたい。編集者の方からは十分なレビュー時間をもらっているが、私は一度仕事に取り組むとのめり込んでしまう傾向があり、昨日からレビューを始めたところ、隙間時間を使ったこのレビューが順調に進んでいき、すでに本文の2/5ほどのレビューを終えた。

 

今日は正午を迎えるまでホテルの自室でゆっくりしようと思っているため、レビューを少しばかり前に進めたい。複数の実践の合間合間にレビューを地道に進めていくことによって、着実にレビューが進んでいることを実感している。

 

やはり物事の基本は、地道な積み重ねなのだ。いや、人生の本質は、地道な積み重ねなのだ。そのようなことをバルセロナ滞在三日目の早朝に思う。バルセロナ:2019/4/28(日)05:11

 

No.1896: Spanish Metaphysics

 

I noticed that the city of Barcelona embodied unique metaphysics. 

 

I’ll not go sightseeing anywhere today, but instead, I’ll just relax in a cafe in Barcelona.  Barcelona, 07:43, Monday, 4/29/2019

 

4261.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナにもいた友との再会の喜び

 

今日もまた、スペインが生んだ偉大な作曲家たちが産み出したピアノ曲集を聞いている。昨日までは六時間にわたるアルバムを聞いていたが、今朝からは七時間にわたるアルバムをかけ始めた。

 

今、ホテルの自室のバルコニーにつながるドアを開けているのだが、なんと嬉しいことに、小鳥の鳴き声が聞こえ始めた。ここ数日間は、バルセロナの街では小鳥の鳴き声を聞くことができないのかと少々落胆していたが、ドアを開けて外の世界の音に耳を傾けてみると、小鳥たちの清澄な鳴き声が聞こえてきたのである。

 

ひょっとすると、フローニンゲンで毎朝鳴き声を上げている小鳥たちと同じ種類のものかもしれない。いつも私が関心を持っているのは、一見すると(一聴すると?)同じ種類に思える小鳥たちも、生活する場所によって、その鳴き声の質が違うだけではなく、小鳥自身の性格も随分と異なるのではないかということだ。

 

そもそもフローニンゲンとバルセロナは気候が違い、環境が私たちの心身に及ぼす多大な影響のことを考慮すると、どのような外面的環境に身を置くかは、個の外面的身体に影響を及ぼすのみならず、個の内面的精神にも影響を及ぼすことがすぐにわかる。

 

この原理を小鳥たちに当てはめてみると、やはりどこで生活をするかによって、小鳥たちの身体は微妙に変化し、それが鳴き声の違いに現れたり、生活場所が小鳥たちの精神を変化させることによって、それが性格上の違いを生んで鳴き声の違いに現れたりすることも十分に起こり得るだろう。

 

今美しい鳴き声を響かせている小鳥たちの性格はどのようなものだろうか。バルセロナの根底に流れる陽気さに促されて、彼らもまた陽気な性格を持っていると言えるかもしれない。

 

ただ、今鳴き声を上げている彼らの歌は静かであり、まだ薄暗い爽やかな早朝にふさわしい鳴き声である。彼らは静謐な陽気さを兼ね備えていると言えるかもしれない。

 

バルセロナにもいた友との再会を今は純粋に喜んでいる自分がいる。

 

昨夜は10時に就寝し、しばらくすると、突然花火が盛大に上がり始めた。それが何を祝って打ち上げられたものなのかわからず、最初私は不思議に思った。

 

少し考えてみたところ、もしかすると欧州チャンピオンズリーグの準決勝の試合が近くのカンプノウであり、バルセロナが勝ったことを祝う花火かと思った。だが準決勝が行われるのは、明後日のことであり、どうもそれが理由で花火が打ち上げられたわけではないようだった。

 

私はベットの上で横になりながら、どのような花火が打ち上げられているのか見ようか迷ったが、その時の私はそれほど関心を示さなかったため、そのまま横になることにした。すると、花火は数分間上がっただけで終わった。

 

バルセロナの街を歩いているとすぐに気づくことであるが、カタルーニャ自治州の旗を掲げている家がよく目につく。スペインにおいて、バルセロナが独特な街だと言われているのは、バルセロナがあるカタルーニャ州は、独自の歴史・伝統、さらには独自の言語を持っており、カタルーニャ人としての民族意識を持っているからである。

 

その点を考えてみたときに、昨夜の花火はもしかすると、カタルーニャ州の何かを祝うものであった可能性もあるが、それもまた定かではない。いずれにせよ、花火が終わった後に、私はすぐさま眠りの世界に落ちていった。

 

早朝の一時に一度すっきりとした目覚めがあったが、さすがにその時間帯は早いと思い、もう一度寝ることにして四時半に目覚めたというのが今日の起床だ。一時に目が覚める直前に何やら夢を見ており、友人が述べた事柄に私は大いに賛成しており、彼が述べた説明か回答が非常に鋭いものだったのを覚えている。

 

私は夢の中で、「その通り!」と大きな声で叫び、知的な喜びを得た瞬間に目が覚めた。それが一時に目覚めた時の出来事である。バルセロナ:2019/4/28(日)05:30

 

No.1897: Spanish Spice

 

I can say that Barcelona has a unique spice, which stimulates my soul. Barcelona, 08:36, Monday, 4/29/2019

 

4262.【バルセロナ・リスボン旅行記】バルセロナ滞在の三日目の計画

 

時刻は午前五時半を迎えた。つい先ほど、私が友のように慕っている小鳥たちとこの街の早朝に再会できた喜びについて書き留めていた。

 

フローニンゲンいる友の小鳥たちは、驚くことに、朝から晩まで鳴き声を上げているという点において、意外にもおしゃべりなのだ。いや、彼らは絶えず慎ましく鳴き声を上げている点においては、落ち着いた語り部のようだと言ってもいいかもしれない。

 

この世界が絶えず新たな物語を生み出しながら進行していく流れの中に彼らは身を置き、彼らは自分たちの歌を生み出すことを通じて、物語の生成に寄与し続けていると言えるかもしれない。一方、バルセロナの小鳥たちは、陽気さを核に持ちながらも、気まぐれない性格を持っているのかもしれない。

 

先ほどまで聞こえていた彼らの鳴き声はピタリと止み、流れ込んでくる冷たい空気によって少し肌寒くなったので、バルコニーにつながるドアを閉めたところだ。

 

今日の計画について簡単に書き留めておきたい。午前中いっぱいはホテルの自室でゆっくりと過ごし、昼あたりに、ホテルに隣接しているスーパーで水のペットボトルを数本ほど購入する。昨日購入したのは炭酸入りのものであり、私はスペイン語が読めないため、炭酸水に少々甘みが加えられているものを購入してしまったのが残念だ。

 

ただの炭酸水ならまだいいのだが、こうした人工的な甘味料が加えられた水は望ましくない。スペイン語が読めなくても、もう少し慎重にボトルのデザインを見れば、それが炭酸水ではなく、完全に単なるミネラルウォーターかどうかというのは区別がつくはずである。

 

世界各地を旅行し、その街で様々な水を購入してきたという小さな経験の積み重ねをちゃんと活かしていかねばならない。スーパーで水を購入し、それをホテルの自室に置いてから、のんびりとピカソ美術館に向かいたい。

 

ホテルから美術館までは4km弱あり、歩いて40分ぐらいかかる。この美術館はそれほど大きなものではないそうなので、それほど長居することはないかもしれない。

 

そうしたことを見越して、正午にスーパーに行き、自室に水を置いてからホテルを出発するのは12:30ぐらいでいいだろう。13:15までをめどにピカソ美術館に行き、そこで二時間ぐらい鑑賞を楽しめればと思う。

 

美術館を楽しんだ後に向かうのは、時刻にもよるが仮に午後三時を過ぎていれば、早めの夕食を摂るために、昨日足を運んだオーガニックレストランのPetit Brotに行きたい。もう一度昨日の料理が堪能したいという思いと、美術館からこのレストランは近く、また夜に行われるコンサート会場にも近いということで、今日もそのレストランで夕食を摂る。

 

今日も昨日に注文した特大サイズのサラダを注文し、今日はケールチップスの代わりに、スープを注文してみるのもいいかもしれない。ゆっくりと夕食を摂った後に、今回の旅の中でも非常に楽しみにしていた、カタルーニャ音楽堂でのクラシック音楽のコンサートに参加する。

 

ガウディの師匠でもあったリュイス・ドメネクが建築したこの音楽堂は、荘厳な美を持っているとのことであり、その美に触れることが今から非常に楽しみである。コンサートの開始は17:30であるから、30分前をめどに会場に到着しておこうと思う。

 

今日のコンサートは、夜遅くに行われるものではないことも嬉しい点である。コンサートが終わってホテルに戻ってきてからも日記を執筆する時間があるかもしれない。

 

今日もまた充実した一日になるだろう。バルセロナ:2019/4/28(日)05:51

 

4263.【バルセロナ・リスボン旅行記】今朝方の夢

 

時刻は午前六時を迎えた。もう一つだけ日記を書き留めたら、早朝の作曲実践を行いたい。

 

今朝は四時半に起床する前に、一つの印象的な夢を見ていた。夢の中で私は、実際に通っていた中学校の教室の中で授業を受けていた。

 

教壇に立っている先生を見ると、その男性は中学校時代の恩師ではなく、予備校時代にお世話になっていた数学の先生だった。その先生の専門は数学なのだが、なぜか授業では社会の歴史の授業が行われていた。

 

先生は、クラス全体に一つ質問を投げかけた。それは二択問題であり、私は問題の難易度はさほど高くないと思い、回答にも自信があったので、挙手をした。

 

すると先生は私を指名し、教壇に立って回答を説明してくれと私に述べた。私は意気揚々と教壇に立ち、自分の答えを述べた。

 

すると先生は、「残念ながら違うな」と述べた。私はまさか間違った回答を選ぶとは思っておらず、そんなはずはないと思い、そこから自分がなぜその回答を選んだかの説明をし始めた。

 

その説明の中で、人類がいつ火を使い始め、いつ頃から土器のようなものを使い始めたのかの説明をした。先生は、それらの説明は正しいものでありながらも、今回の問題の私の答えは正しいものではないと述べた。

 

確かに私は、回答が不正解だったことに少々落胆はしたものの、自分の説明を最後まで述べ切ったことに充実感を感じていた。説明を終え、教壇から降りて、私はあえて廊下を通って教室の後ろの扉から教室に入り、窓際から三列目の後ろから二番目の自分の席に着いた。

 

教壇から席に向かって私が歩いている間、先生は私のことを褒めてくれているようだった。「あいつの挑戦する意欲、そして何でもとことんまで考える姿勢が素晴らしい。あいつは違う」と先生が述べていた言葉がちらりと聞こえてきた。

 

それは問題に不正解になった私への慰めの言葉として受け取ることもできたが、間違いなくそれは私に対して先生が敬意を表してくれている言葉であった。

 

自分の席に座った瞬間に、問題に不正解になった悔しさのような感情がまだ残っていたが、問題に不正解になったことなどよりも、やはり自分の考えを最後まで述べ切ったということ、言葉を通じて自分を表現し切ったことによる清々しい感覚が自分の内側にあった。

 

そこで夢の場面が変わった。今朝はその他にも幾つか小さな夢を見ていた。

 

瀬戸内海のような穏やかな海の砂浜に私はいて、そこをゆっくりと歩いている場面があったのを覚えている。私の近くには、二、三人ほど小中高時代の友人がいて、彼らと何かを話しながら、目的もなく散歩を楽しんでいた。

 

残念ながら、その他の夢についてはもう忘れてしまっている。明日の朝方にはどのような夢を見るだろうか。

 

時刻は午前六時半を迎えたが、まだ朝日が昇っていない。バルセロナの朝の始まりはとてもゆっくりだ。バルセロナ:2019/4/28(日)06:27

 

4264.【バルセロナ・リスボン旅行記】ピカソ美術館を訪れて

 

時刻は夜の十時に近づき、そろそろ就寝の時刻を迎える。いつもであれば、この時間帯に日記を書くことはないのだが、先ほどホテルに戻ってきたため、本日の午後に訪れたピカソ美術館について書き留めておきたい。

 

ホテルから街の中心部に向かって40分ほど歩いたところにあるこの美術館の道すがら、バルセロナの街が持つ新たな表情をいくつも見出した。それは肯定的なもの、否定的なものの双方を含んでいる。

 

両者についても様々に細分化することが可能であるため、あえてそれらの事柄を一つ一つ取り上げることはしない。ただし、それらの様々な点を総合的に眺めてみると、バルセロナは旅行として訪れるには興味深い街だが、市内に住むことは自分にとっては難しいということがわかる。

 

バルセロナの郊外がどのような場所なのかについてはなかなか確かめるチャンスはないが、明後日にはバルセロナから列車で数十分ほどのところにあるフィゲラスという街に行き、その街のダリ劇場美術館に脚を運ぶ予定なので、バルセロナ郊外の様子をわずかばかり掴むことができるだろう。

 

今日は正午過ぎにホテルを出発し、ピカソ美術館に訪れることができて本当に良かったと思う。今から二ヶ月前に、私はパリにある国立ピカソ美術館に訪れたが、そこに所蔵されている作品は正直なところ自分に響くものはそれほどなかったが、今日訪れたバルセロナのピカソ美術館に所蔵されている作品には随分と感銘を受け、創造活動に関して大いに感化された。

 

この美術館は、一見するとわかりづらい路地の中にあるのだが、その周辺は観光客がチケットを購入するための列をなしているので、わかりやすいといえばわかりやすい。

 

昨日、カタルーニャ美術館で美術館パスポートを購入して本当に良かったと思う。受付の方が述べていたように、チケットの購入の際に列に並ぶことなく、特別の受付でパスポートを提示するだけで速やかに館内に入ることができた。おそらくこのパスポートがなければ、少なくとも20-30分ぐらいは列に並んでいなければならなかったように思う。

 

オーディオガイドを借り、基本的に全てのオーディオ解説を聞きながら、絵を単に見るだけでは得られない情報を耳から得ることによって、絵に対する理解を深めながら、少しずつ作品を見ていった。

 

この美術館内に所蔵されている作品の中で私が注目をしたのは、ピカソの数々のスケッチ、ハトをモチーフにした一連の絵、巨匠ベラスケスの『ラス・メニーナス』を参考にして作った連作である。

 

ピカソが残した無数のスケッチを眺めながら、詩人がいついかなる場所にいても詩を詠むのと同じように、ピカソは絵画をいつどこでも描いていた人なのだと知り、まさにそれは自分が作曲において実現していきたいことと重なっていた。

 

また、ピカソがベラスケスの『ラス・メニーナス』を参考しながら、まるで変奏曲をいくつも作っていくかのように、様々な作品を残していたことにも注目をした。この一連の作品を残したのは、ピカソが晩年になってからなのだが、晩年になってもピカソは過去の巨匠から絶えず学びを得て、絶えず自分の絵画技術を脱構築しながらより高度なものにしていく努力を惜しまなかったことを知る。

 

その他にも、ピカソの作品を眺めながら考えていたこと、感じていたことは多岐にわたる。今日はもう就寝の時間となったので、明日の朝にまた今日の体験について日記を書き留めておきたい。バルセロナ:2019/4/28(日)22:03

 

4月28日(日)に生まれた曲たち

Op.1086 バルセロナの爽やかな朝に

Op.1087 小鳥の挨拶

Op.1088 初夏のバルセロナ

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