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4119-4130:フローニンゲンからの便り 2019年4月10日(水)

April 12, 2019

タイトル一覧

4119. 小鳥たちよりも早く目覚めた朝に

4120. 味噌汁→ヘンプパウダー&ココナッツオイル→ココアパウダー

4121. くるみとしいたけ

4122. 学士再入学に関する夢

4123. 自分の関心領域に没頭する学生たちとブラックバスの切り身に関する夢

4124. 不思議な宿泊施設で奮闘する夢

4125. ココアと味噌

4126. 五日間の断食に向けて

4127. 超越的な馬鹿

4128. 八丁味噌を食べてみて

4129. ハーブの栽培と抹茶をたてることに向けて

4130. コテージに宿泊してのオーロラ観測の旅

 

4119. 小鳥たちよりも早く目覚めた朝に

 

時刻は午前五時半を迎えた。今日は四時半過ぎに起床し、その時は辺りが無音の静寂に包まれていた。

 

どうやら今日は、小鳥たちよりも私の方が早く目覚めたようであった。起床してすぐに洗面を済ませ、書斎のフロアを軽く掃除し、そこにヨガマットを敷いて、いつものようにバランスボールで背中全体をほぐしてから、ヨガのアーサナを幾つか行った。

 

それをする頃には五時を回っており、小鳥たちの鳴き声が聞こえ始めてきた。今日の観察から、やはり小鳥たちも睡眠を取っていることがわかり、彼らの目覚めは午前五時あたりなのだと知る。

 

五時を過ぎてから、ようやく一羽の小鳥が鳴き声を上げ始め、今もまだその小鳥が中心になって鳴き声を上げている。他の小鳥たちが続くのはもう少し後になるだろうか。

 

いつもは起床直後に水を飲むようにしている。先日までは常温の水ではなく、一杯の白湯を飲むようにしていたのだが、やはりこれまで通り、常温の水を二杯弱飲む習慣に戻った。

 

今朝はなぜだか味噌汁を朝一番に飲みたくなり、コップ二杯分の水を容器に入れ、それを温めて白湯にした中に玄米味噌を加え、今それを飲んでいる。朝一番の味噌汁の香りを嗅いでいると、どこか幸せな感じがする。

 

一口飲んでみると、体が温まる感じがし、体全体の細胞が活性化するような感覚になる。調べてみると、やはり朝の味噌汁は健康に良く、様々な効能があるらしい。

 

以前から述べているように、味噌汁というのは、日本が誇る酵母ドリンクなのだから、今後は朝一番に飲んでいきたいと思う。

 

今の気温はわずか1度であり、今朝は起床してすぐに窓を開けて換気をすることができなかった。だが、味噌汁を飲んだ今であれば、体が温まり、換気のために窓を少し開けることができるのではないかと思う。

 

今、実際に寝室と書斎の窓を開け、換気をし始めた。寝室の方の窓を開けた時、とても冷たい風が部屋の中に流れ込んできた。

 

だが、味噌汁を飲んで体が温まっていることを考えると、このくらいの冷たさであればなんとか大丈夫そうだ。もうしばらく窓を開け、新鮮な空気を家全体に通したいと思う。

 

書斎の窓を開けてみると、小鳥たちの鳴き声がより鮮明に聞こえ始めた。今のところ、二羽の小鳥が鳴いているように思う。

 

彼らは五時ぐらいに目覚め、そこから鳴き声を上げ始める。一体、何を目的として彼らはあのように美しい鳴き声を上げているのだろうか。決して人に聞かせるために鳴いているわけではないと思うが、その鳴き声に癒しと励ましをもらっている人間がここにいることを思うと、彼らの鳴き声には比類ない価値がある。

 

ふと天気予報を確認すると、何と明後日の金曜日には、最低気温がマイナス1度となる。もう四月も第二週目だというのに、まさかマイナスの世界が再度やってくるとは思ってもみなかった。

 

その日は最高気温もそれほど上がらず、7度とのことである。今日の最高気温は9度、最低気温は1度であるが、幸いにも今日は快晴のようであるから、午前中の取り組みがひと段落したところで、昼食前に街の市場に足を運び、そこで果物と野菜を購入したい。

 

午後から一件ほどオンラインミーティングが入っているので、自宅を出発するのは午前11時頃を目処にする。フローニンゲン:2019/4/10(水)05:55

 

No.1845: The “Ingenuous” Weather

 

Today’s weather seems “ingenuous,” which facilitates my energy to act something important. Groningen, 09:31, Thursday, 4/11/2019

 

4120. 味噌汁→ヘンプパウダー&ココナッツオイル→ココアパウダー

 

寒くなってきたので、早朝に20分ほど室内を喚起したところで窓を閉めた。時刻が午前六時を迎えようとしている時に、遠くの空がオレンジ色に照らされ始め、手前の空はダークブルーであり、そのコントラストが美しかった。

 

朝焼けの美しさをしばらく眺めた後、私は食についてあれこれと考えていた。今から二週間ほど前に三日間の断食をしたのだが、再び断食がしたいという思いが湧き上がっている。身体が断食を欲しているのだろうか。

 

この現象を命名するならば、「断食欲求」と呼べるかもしれない。断食を通じて得られる心身の調子の良さを一度味わい、それを思い出すと、再び断食を行いたくなるのかもしれない。

 

今月末にバルセロナとリスボンに行った旅先で断食を行おうかと思ったほどである。しかし私は、その土地で取れる果物や野菜の味に関心があったため、やはり当初計画していたオーガニックレストランで夕食を撮ろうと思う。あるいは、数日間は果物だけを摂るようにして過ごすのも悪くない。

 

これは実際に両都市に訪れてみて判断したいと思う。そうなってくると、当初はこの旅行の後に断食を行おうと思っていたのだが、来週の土曜日から三日間ほどまた断食を行ってみてもいいかもしれないと思った。

 

スケジュール的にそれであれば全く問題なさそうだ。普段の食事から果物と野菜を多めにしているため、それはほぼ回復食の二日目から食べていいようなものである。そうした点を考慮に入れると、今日市場に買い物に出かけ、そこで購入した果物と野菜を食べ切ったタイミングで再度三日間の断食を行ってみようと思う。

 

本来であれば、五日か七日ほどの断食を行いたいところだが、旅行の前に回復食を食べておく必要があるであろうから、スケジュール的に無理のないようにしていく。ただし、今日購入する野菜を来週の半ばあたりで食べ切ることができれば、そこから断食を始める。そうすれば、五日間ほどであれば断食ができるかもしれない。

 

今朝断食を再度行いたいという思いが生まれたのは、やはり自分の心身がそれを欲しているからであり、自分の体の中には長年蓄積された毒素がまだまだ溜まっているのだと思う。もちろん、ここ最近は豊富な食物繊維を含んだ野菜を積極的に取り、水溶性の食物繊維が含まれた昆布を食べることも増えたので、随分とデトックスは進んでいるが、それはこまめな掃除を毎日行っているようなものであり、やはり断食という大掃除がまだ必要のように感じる。

 

今朝起床して一杯の水を飲んだ後に、すぐに味噌汁を飲んだ。それによって、体が温かくなり、活動に向けた準備が整っていくのを実感した。明日からも、起床直後には常温の水を飲み、その後ヨガの実践をした後に、白湯二杯に玄米味噌を溶かした味噌汁を飲むようにしたい。

 

味噌汁をゆっくりと飲んだ後には、ヘンプパウダーとココナッツオイルを混ぜたものをゆっくりと飲むようにする。今もそれをゆっくりと飲んでいる。

 

調べてみると、ココナッツオイルが体に吸収されてケトン体になるまでは、食後およそ三時間ほどかかるらしい。そうしたことを考えると、味噌汁の後に、ゆっくりとヘンプパウダーとココナッツオイルを混ぜたものを飲んでいくのが良いだろう。

 

一日一食生活を始めたことによって、コーヒーを飲むことはやめたが、“神様の食べ物”と太古から呼ばれるココアを摂取したいと思うようになり、良質なココアを毎日一杯ほど飲みたいと思う。そのため、今日は市場に行く前に、街の中心部にあるオーガニック食品専門店に立ち寄り、そこでココアパウダーを購入しようと思う。最初にこの店に訪れた時に気になっていたココアパウダーがあったのだ。

 

明日からは、ヘンプパウダーとココナッツオイルを白湯に溶かしたものを飲んだ後に、一杯のココアを飲むようにする。そこからは午前中はもう色の濃い飲み物を飲むのではなく水にして、午後になってから、ハーブティーを飲むようにして過ごしたい。フローニンゲン:2019/4/10(水)07:23

 

No.1846: Endless Reality

 

It is true that there is a discontinuous layer between today’s reality and that of tomorrow, but both of them are continuous, which is also endless. Groningen, 12:27, Thursday, 4/11/2019

 

4121. くるみとしいたけ

 

時刻は午前七時半を迎えた。赤レンガの家々に反射している朝日の色が濃くなり、一日の始まりを実感する。

 

今日もまた早朝から、雲一つない快晴に恵まれている。今日は幾分冷えるが、太陽の暖かい光がその寒さを和らげてくれるだろう。

 

二週間後の金曜から始まる旅行で訪れるバルセロナやリスボンは、フローニンゲンよりも暖かいようなので、冬用のジャケットではなく、春秋用のジャケットを持って行こうかと考えている。

 

昨夜もまたルイボスティーを夕食後に味わい、その味には改めて感銘を受けた。今日はまだココアパウダーがないので、ハーブティーを飲むのは午後からではなく、午前中から飲んでもいいかもしれない。

 

早朝にあれこれと食について調べ物をしたが、現在の食生活をさらに見直し、自分の心身が欲するものに真に合致した食べ物を取ろうと思う。以前の日記の中で、ナッツ類が身体に良い影響を知っていながらも、やはりナッツ類を控えようと思うという話を書いていたように思う。

 

今朝方に改めてナッツ類について調べていると、これまで食べていたマカダミアナッツは、これまで食べていた他のナッツや野菜類の栄養と重なるものが多く、それはもうあまり食べる必要性を感じていない。だが、くるみとアーモンドはやはり継続して食べて行こうと思った。

 

特に、くるみについては改めてその効果に驚かされたので、サラダに入れて食べるようにする。これまでもくるみの栄養については知っていたつもりなのだが、今朝調べた情報によると、毎日ひとつかみのくるみ(およそ10粒程度)を食べることによって、腸内フローラが改善するとのことである。

 

つまりくるみを食べることによって。善玉菌を増やし、悪玉菌を減らせるらしいのだ。腸内環境をより良いものにしていくというのは、今の私が掲げている食生活上の目標であるから、くるみを摂取しない手はないと思うに至った。また、くるみには、青魚と同じ脂肪酸が含まれている点も見逃すことができない。

 

くるみは最古のナッツと呼ばれており、日本においては、縄文時代から食べられていたという歴史がある。そうしたことを考えてみると、味噌と同様に、くるみは日本人にとって馴染み深く、くるみを食すDNAが私たちの中に含まれていると言えるかもしれない。

 

その他にくるみの面白い特徴として、砕いて粉にしたものはスタッドレスタイヤに利用されることもあるそうだ。そうした強さを持つくるみを身体に取り入れることで、外側からの異物の攻撃に対する防衛的な役割を果たしてくれるのではないかと想像する。

 

今日の気温は相変わらず低いが、天気自体はとても良いとのことなので、昼前に市場で購入したしいたけを早速天日干しにしたい。調べてみると、鮮度の良いしいたけは生でも食べられないことはないそうだが、「しいたけ皮膚炎」を引き起こす有害な菌も微量に含まれているようなので、加熱して食べることが勧められていた。

 

そうしたこともあり、日光を十分に浴びせたしいたけをスライスし、それに醤油を少し垂らしてから、電子レンジで2分ほど加熱したものを今夜の夕食のサラダに入れたいと思う。時刻はまだ朝の七時半なのだが、今日の夕食に対する楽しみが膨らんでいる。

 

食というのは、仮にその外見が質素であったとしても、その人の心身に合致するものであれば、その人の人生を豊かにするものなのだ。フローニンゲン:2019/4/10(水)07:47

 

4122. 学士再入学に関する夢

 

そういえば、今日はまだ今朝方の夢について振り返っていなかった。実は今朝方も印象に残る夢を見ていたため、それらを書き留めておく。

 

夢の中で私は、すでに大学を卒業し、大学院までも卒業していたのだが、なぜか再び日本で卒業した大学を再受験し、学部から学び直すことにしていた。しかし、大学受験の勉強に対する資質が良かれ悪しかれなくなっており、すでに二回ほど不合格になっているようだった。

 

今回が三回目の挑戦であったが、勉強は思うように進んでおらず、本来得意であるはずの数学に不安を抱えていた。母校は確かに文科系の大学なのだが、二次試験の数学は良く練られた難問が多く、今の状態ではほとんど問題が解けないと思った。

 

二次試験に向けた勉強がままならない状態のまま、気がつけばセンター試験の時期になっており、二次試験の対策に時間を割くことはもうできず、そこからはセンター試験の対策をし始めた。だが、選択肢から回答を選ぶ形式の試験は、私が最も毛嫌いしているものであり、勉強が全く手につかない。

 

そもそも、私は一度大学を卒業しており、大学院も卒業しているのだから、再び学部から勉強し直すことが馬鹿らしいことに思えてきてしまった。そのような思いが湧き上がった瞬間に、私は東京大学のキャンパスの中にいた。

 

都心部に流れる目には見えない重苦しい抑圧的なエネルギーを好まないはずなのに、都心部に近い東京大学に通っている自分がそこにいた。

 

私は赤茶色の建物の中にある一つの教室に入っていた。そこでは、学部一年生向けの金融の授業が行われることになっていた。

 

教授と博士課程に在籍していると思われる若いティーチングアシスタントの女性が教室に入ってきて、早速授業が始まった。よくよく教授の顔を見ると、母校に在学していた時にお世話になっていた先生かと思ったが、違う人のようだった。

 

授業が始まってみると、思った通りにつまらない。複利計算のメカニズムに関する話を聞いている最中、中学生でも分かりそうな計算式を熱心に解説する教授に対して、とても冷ややかな気持ちになった。

 

本来であれば、自分が学びたいものを再度学部から学び直すために学士入学をしたはずなのだが、その選択が間違っていたのではないかと早くも思った。一応この授業にはもう少し参加するが、この授業が終わったら、即大学を中退しようと思った。一日通えばもう十分な大学に入ってしまった自分の愚かさを思った。

 

そのような考えを持ったまま授業を上の空で聞いていると、後ろの方の学生から一つ興味深い質問が出た。「金融の研究領域においては、なぜ男性の研究者ばかりなのですか?」という質問だった。

 

先ほどまで複利の計算式が話題になっていたはずであり、その質問は突飛なものであったが、私はそれは面白い質問だと思った。壇上の教授がどのように回答するのかに私の意識は向かった。

 

すると、教授は苦笑いを浮かべた後、横に座っていたアシスタントの女性に手で合図をし、その女性に回答を促した。すると、女性のアシスタントが立ち上がり、照れ笑いを浮かべながら、「そうですね、確かに金融を研究している方は男性ばかりですね。私は本当に例外なんです」と述べた。

 

それは学生が質問した「なぜ」に対しては答えていなかったが、私はその回答で十分な気がしていた。実際に、質問をした学生もうなづいており、そこからさらに質問を重ねるようなことはしなかった。

 

そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/4/10(水)08:09

 

4123. 自分の関心領域に没頭する学生たちとブラックバスの切り身に関する夢

 

今朝方の夢にはまだ続きがあり、それについても忘れないうちに書き留めておきたい。先ほど書き留めたように、夢の中の私は東京大学に学士再入学をしていた。

 

金融の授業を履修しており、そのクラスが終わりに差し掛かる頃、教室に異変が起きた。それまでは何の変哲も無い教室が、教室の空間はそのままに、机が全て仕切りのある学習机に変わったのである。

 

この光景は少し異様であった。というのも、大教室に個別ブースのような学習机が綺麗に並べられており、そのような場所をこれまで一度も見たことがなかったからである。

 

しかも、私が座っている机は自分のものではなく、誰かわからぬ女子学生のものであった。私はその生徒の机を借りてそこで勉強をしているようだった。

 

私の机には、洋画のDVDが本立てにびっしり置かれており、その横に何かの専門分野の専門書が何冊が並べられていた。周りを見渡すと、それぞれの机には学生の個性が出ており、自分の関心領域に関する書籍がどの机の本立てにもびっしりと並べられていた。

 

私の前に座っている女性は、RPG愛好家のようであり、私が幼少期にやっていたゲームの最新版を単に遊ぶのではなく、深く研究しているようだった。それぞれの学生が学問のみならず、趣味の世界を深く探究していることに対して、私は大変好感を持った。

 

すると、個別ブースのような学習机が形を変え、大きな本棚になり、その場は教室ではなく、大型書店に変わった。ちょうど私が立っている目の前にある本棚には、落語と能に関する書籍が置かれていた。

 

私は興味がある書籍を手に取っては中身を少し確認し、それを戻すということを繰り返していた。その後、その棚を離れて絵画の書籍が置かれている棚に移動した。

 

すると、その棚の後ろに、不思議なコーナーを見つけた。この場所は書店であるはずなのだが、なんとブラックバスがパックに入って売られていたのである。

 

もちろん、バス釣り用のルアーやロッドなども置かれているのだが、何よりも私の目を引いたのは、ブラックバスの切り身がパックに入ったものであった。最初それを目にした時、少し気持ち悪さを感じた。

 

ブラックバスは食べると意外と美味しいという話は聞いていたが、そこに陳列されている切り身は少々不気味であった。私が驚いたのは、バスの切り身の中で、360ドルで売られているものがあったことである。

 

量はそれほど多くないにもかかわらず、そのような値段が付けられていることに私は驚いた。いったい誰がそれを購入するのだろうかと疑問が湧き、売れる前に腐らないかが心配になった。

 

そのようなことを考えていると、そのコーナーに、偶然にも予備校時代の友人がいた。彼とは久しぶりの再会であり、私たちは再会を喜んだ。

 

そこで少しばかり立ち話をした後に、私は本来目的にしていた音楽の書籍の棚に移動することにした。すると突然、私の体は足元から崩れ落ち、全く立てなくなってしまった。

 

足そのものは全く悪くないのだが、精神的な問題と足が繋がっているらしく、その瞬間は精神が何かに取り憑かれ、突然立てなくなってしまったのである。立ち上がると揺らめき、また崩れ去って地面に倒れ込んでしまうということが続いた。

 

特に、膝に力が一切入らず、膝から崩れてしまうような感じであった。先ほど再会した友人は、そんな私の姿を見てとても心配してくれ、肩を貸してくれることになった。

 

音楽の書籍を探すことは一旦諦め、書店から出て、友人の肩を借りながらゆっくりと自宅に帰ろうと思った。フローニンゲン:2019/4/10(水)08:28

 

4124. 不思議な宿泊施設で奮闘する夢

 

時刻は午前八時半を迎え、辺りはすっかりと明るくなった。早朝の活き活きとした表情が外の世界に広がっている。

 

空はスカイブルーの一色で染められており、とても清々しい。今日はこれから作曲実践をして、午前中には二曲ほど曲を作りたい。それと並行して、今日は教会旋法に関する専門書を読んでいこうと思う。

 

昨日まではトランスパーソナル心理学に関する書籍を読んでいたが、今日は作曲理論書を読む。明日か明後日には、ハイデガーの主著“Being and Time”を読み始め、存在と時間について考察を深めていきたい。

 

作曲実践と読書を少々したら、買い物に出かけるのに丁度良い時間になっているのではないかと思う。今日は目当ての野菜が市場で売られていることを期待する。

 

買い物から帰ってきて少し休憩をしたら、午後から一件のオンラインミーティングを行う。ミーティング後は、再び作曲実践と読書に励む。今日はそのような活動に従事する日となるだろう。

 

先ほどから幾つかの日記に分けて、今朝方の夢について振り返っていたが、書けば書くだけ夢について思い出すという状態になっている。まだ書き留めていない夢の内容があるので、それについても書き留めておく。

 

夢の中で私は、父のブログ記事を読んでいた。これまでも、愛犬との旅行に関するブログは定期的に読んでいたのだが、それ以外にも父は趣味に関するブログを作っているらしく、夢の中の私は偶然それを見つけ、それを熱心に読んでいた。

 

どうやら、そちらのブログの方が更新頻度が高く、最初の記事から現在の記事に至るまで、すでに随分の数の記事を書いているようだった。私は、最初の記事から読み進めていくことにし、幾つかの記事を読み進めていった。

 

すると突然、場面が変わり、私は両親と宿泊している宿に帰ろうとしていた。とはいえ、帰る手段はほとんどなく、私は一台のバスに乗った。

 

そのバスの運転手は、あまり運転に慣れていないようであり、途中、大きなカーブを左に曲がる箇所があったのだが、そこでカーブを曲がりきれず、道から外れて芝生の中に入ってしまう時があった。それを見て、私はこのバスから早く降りようと思った。

 

すると、丁度良いタイミングでバスが停車し、私はそこで降りた。すると、先ほどのバス停と全く同じ場所であり、宿に近づいていないことに少々落胆した。

 

すると、一つ前の夢の中で現れた、予備校時代の友人がそばにいて、彼が車を運転して送ってくれると述べてくれた。見ると、なぜだか私の母の軽自動車がそこにあり、彼はそれを運転して私を宿まで連れて行ってくれると言う。

 

私は彼の有り難い申し出を受け、車に乗り込んだ。12:15までに戻って一緒に昼食を食べようと両親に約束したが、ギリギリ間に合うかどうかの時間だった。仮にその時間を過ぎたら、父が怒っているかもしれないと不安に思う自分がいた。

 

車を走らせている場所は山道であり、道が入り組んでいる上に、時々整備されていない道を走ることはあったが、なんとか無事に宿に辿り着いた。だが、この宿はあまりにも豪華な造りになっていて、中には様々なレストランや娯楽施設が入っており、両親が泊まっている部屋に時間通りに辿り着けるかまだ不安であった。

 

というよりも、宿の入り口から部屋までの経路があまりにも複雑すぎで、私はその経路を覚えていなかった。すると、車で送ってくれた友人も一緒に部屋を探してくれると述べてくれたので、私たちはとりあえず宿の入り口に入り、そこから部屋を探し始めた。

 

館内に入ってすぐ目に付いたのは、とても豪華な中華料理屋である。その料理屋は全室個室になっており、暖簾をくぐってから、お洒落に薄明るく照らされた通路を通って個室に案内されるような仕組みになっていた。

 

私たちは、その通路を抜けていく必要があり、そこで食事を摂るわけではないのだが、暖簾をくぐって通路を抜けた。するとその先には、また薄暗い空間が広がっていて、竹の香りがしてきた。

 

そこでは、二人組の漫才グループの一人が、何か漫才をやっていた。私はそのグループについて知らず、また今は漫才を見ている場合ではないと思い、その人の漫才を素通りした。

 

すると友人が、「あっちに行けば部屋に辿り着けると思う」と述べて、向かって右側の通路に向けて走り出した。しかし、私は直感的にそちらの道ではないと思い、左側の通路に向かうことを決めた。

 

そこで友人とは別れることになった。相変わらず施設内は複雑な作りになっていると感じており、次に目の前に現れたのは、アスレチックジムのような場所だった。

 

入り組んだ巨大なジャングルジムがそこにあり、私はそれを登って上の階に行こうとした。すると、上の方のジャングルジムに登っている三人の男性の姿が目に入った。

 

彼らは、私が間違った場所にいることをやや攻撃的な口調で伝えてきた。だが私は彼らの言葉を信じようとはせず、自分が正しいと思ったように、ジャングルジムの上に登って行くことにした。

 

すると、上から私を見下ろしていた一人の男性と自分の身体の位置が突然入れ替わり、私はジャングルジムの上にすんなりと移動できた。それは運が良かったが、いざジャングルジムの上に登ってみて、そこに開けている通路を見たときに、その通路はあまり見覚えがなく、そっちに進んでも両親が待つ部屋はないと思ったため、再度下に降りることにした。

 

ジャングルジムを降りると、目の前に映画館のスペースが広がっていた。ちょうど今から何か流行りの映画が上映されるらしく、チケットを係員に見せようとする人たちの列ができていた。

 

私は映画を見るつもりはなかったが、両親が待つ部屋は、この映画館の先にあるエレベーターを上がったところにあると思い、物理的なチケットを見せるのではなく、代わりに電子マネーで支払うことによってそこを通過していこうと思った。

 

物理的なチケットを見せるカウンターは混んでいたが、電子マネーの方は空いており、私は有り難く思った。ただし、電子マネーの方のカウンターの周りには、チアリーディングで使うような赤いボンボンが草のようにたくさん置かれており、それを振り払いながら進むのが厄介であった。

 

そして私の手元にはなぜだか、赤いボールがあり、草のようなボンボンの素材にぶつかってしまい、ボールを地面に落としてしまった。両親との約束の12:15まであとわずかであり、ただでさえ時間がないのに、ボールが地面に転がってしまったことに一瞬戸惑った。

 

すると親切にも、家族連れの外国人の男性がそのボールを拾ってくれ、私に渡してくれた。私はお礼を述べ、カウンターの向こう側に抜けることができた。

 

しかし私は、電子マネーを機械にかざしていないことを思い出し、再び数歩戻って、電子マネーを活用できるキーを機械にかざした。そこでようやく私はほっとし、目的のエレベーターに向かっていった。

 

映画館の先にあるそのエレベーターは、二階に行く専用のものである。すぐにエレベーターがやってきて、いざ中に乗り込むと、5人ぐらいの中年女性が続けざまに乗ってきた。

 

エレベーターの扉が閉じるや否や、彼女たちは私に話しかけてきて、最近流行の漫才師がよく使っている言葉を発し始めた。私は、彼女たちの言葉を理解することができず、唖然としていると、五人は不思議そうな顔を浮かべた。

 

そして一人の女性が、「今流行りの漫才師の言葉じゃない。知らないの?」と笑いながら述べ、他の五人もニヤニヤしていた。そこから次々と他の女性も口を開いたが、彼女たちは一様にとても不快な口臭を発しており、私は「八年間日本にいないのでわかりません」と答えて、二階に到着したエレベーターから飛び出すように外に出た。

 

そこで時刻を見ると、12:18になっており、数分遅れたが、何とか12:20までには両親のいる部屋に辿り着けると思った。エレベーターの向こうに見える通路を左に曲がったところに部屋があるはずだと確信し、そこから最後の力を振り絞って走り始め、汗がにじみ出したところで夢から覚めた。フローニンゲン:2019/4/10(水)09:16

 

4125. ココアと味噌

 

つい先ほど、午前中の買い物から自宅に戻ってきた。今日の天気は申し分なく、確かに外は肌寒く、マフラーと手袋が必要であったが、早朝の散歩は大変気持ち良かった。

 

街の中心部のオーガニック食品店で購入したココアパウダーを白湯に溶かして、早速ココアを一杯飲んでいる。今から一ヶ月ほど前に一日一食生活を始め、それに伴ってコーヒーを飲むことをやめた。

 

その背景には、一日一食生活を始めると、胃が空っぽの状態が続くため、コーヒーによって胃酸の分泌を促してしまい、胃腸が荒れるのを防ぐためである。この一ヶ月間、コーヒーが飲みたくなることは特になかったが、ふと午前中の飲み物の中にココアを取り入れたいと思ったのが昨日のことであった。

 

そこで先ほど上述の店に行き、目当てのココアパウダーを購入したのである。先ほどの一杯が初めての一杯であったため、適量が分からず、少し濃く作ってみた。

 

すると、ローフードのココアパウダーであるから、砂糖が一切入っておらず、なんとも言えない苦味があった。そこで少し甘みを足す意味で、ココナッツオイルを小さじ一杯入れてみたところ、非常にまろやかな味となった。

 

今後は、午前中にココアとココナッツオイルを混ぜたものを一杯ほど飲むようにしたい。ココアには食物繊維やポリフェノールが豊富に含まれており、ミネラルも幾分含まれているようであり、さすがスーパーフードの一つである。

 

今後もし今飲んでいるものよりも甘みが欲しい時があれば、はちみつを入れてみるというのも一つの手のようである。これは近日中に試してみたい。

 

ココア以外には、今使っている玄米味噌がなくなりかけていたので、今度は八丁味噌を試してみることにした。ここ最近毎日食べている玄米味噌は、一年発酵させたものであり、今日購入した八丁味噌は二年発酵されたものである。

 

発酵期間が倍になっており、その差が味にどのような形で出てくるのかを確かめてみたいと思う。少しばかり整理をすると、玄米味噌は大豆に米麹を加えた米味噌であり、一方八丁味噌は大豆に豆麹を加えた豆味噌という理解で間違ってないだろうか。この点については再度調べておきたい。

 

先日知人とも話をしていたのだが、調味料の質が食事の質を決定すると言っても過言ではなく、私の場合は味噌を毎日食べており、そうした毎日体に取り入れるものについてはとにかくこだわる必要がある。

 

食べ物も情報も、ゴミを取り入れば知性も体もゴミのようになり、良質なものを取り入れれば、知性と体の土台が出来上がることを肝に銘じておく。

 

オーガニック食品店を後にした私は、街の中心部の市場に向かった。市場の石畳が見え始めた時、少し様子がおかしいことに気づいた。

 

この市場は、今日は朝の八時から開いているはずなのだが、その時の時刻は11時を過ぎていたにもかかわらず、出店がほとんど出ていなかった。出ていた店は、魚のフライチップスを売る店ぐらいである。

 

どの店もなんとも商売っ気がないと少し微笑ましく思った私は、少し計画が狂ったので、その場で立ち止まってどうするかを考えた。食品店に戻って野菜を買い直すこともできたが、明日また時間をより遅めて市場に来ればいいと思った。

 

今日は残っている野菜を使って、質素な夕食を楽しもうと思う。毎日食べているリンゴが切れてしまっているため、果物代わりにトマトを食べ、玄米味噌を使った味噌汁に刻んだ昆布を入れ、そこに水菜も加えようと思う。

 

今日は野菜がトマトと水菜しかないので、今日の夕食はその味噌汁一杯に留めようと思う。今後は街の市場に行く際は、正午を過ぎてからにする。フローニンゲン:2019/4/10(水)12:24

 

4126. 五日間の断食に向けて

 

時刻はいつの間にか正午を過ぎ、午後1時に向かいつつある。ココアを飲むとやはり落ち着く。

 

どうやらココアには、精神を安定させる効果があるようだ。また、集中力も高まっている実感がある。

 

一日一食生活を始めたことに伴い、日中に何を飲むのかということもやはり大事になる。

 

当初の予定では、今日は街の市場で果物と野菜を購入する予定だった。しかし私が市場に足を運んだ時には、まだ出店がほとんどなく、結局目当ての品を購入することができなかった。

 

私はそれを受けて、このタイミングがまた断食をするのにふさわしいのではないかと思った。今日で野菜のほぼ全てが切れ、明日はトマトと豆腐が残っているだけの状態になる。今手元にある食糧が切れたタイミングで、五日ほどの断食を行ってみようと思う。

 

少しばかり今日の夕食の計画を変更し、残りのパスタがちょうど一回分あるため、今日それを食べ切ってしまおうと思う。ちょうどトマトソースも一回分残っているので、これにてパスタを全て食べ終えることができる。

 

パスタに使うソースがトマトであるから、野菜としてのトマトはほどほどにして、明日に多くトマトを食べようと思う。果物と野菜を買えなかったことに含まれるメッセージを断食のきっかけと受け取ったが、その他にも、この二、三日の日記で書き留めていたように、やはり自分の身体が断食を必要としているように思えて仕方ない。

 

そうしたことから、今日と明日に全ての食材を食べ切り、明後日からは固形物を一切食べないことにする。明後日は金曜日であるから、そこから五日間ほど断食をして、断食を止めるのは17日の(水)にしたい。

 

そこでまた梅流しを作り、デトックスを行う。もちろん、さらにもう一日、二日であれば断食をしてもいいだろう。

 

その判断は、その時の心身の状態を見て考えることにし、さらには26日からのバルセロナ・リスボン旅行との兼ね合いも考える必要がある。断食を終えて野菜を購入し、それを25日の夜までに食べきることを考えなければならない。このあたりは、断食の進行に応じて計画を詰めていく。

 

前回三日間の断食を行った際に、固形物を三日間一切摂らなくても全く問題がなかった。身体のエネルギーが減退することとは逆に、むしろ身体エネルギーが湧き上がり、身体エネルギーが目覚める体験があったことを過去の日記に書き留めていた。

 

また、精神的な面に関しては、その期間に得られる集中力は高く、断食というものがいくつかの宗教の中で神秘体験を得るために用いられていることに納得がいく。

 

今回五日間ほどの断食をするに際しては、毎朝酵素ドリンクとしての味噌汁を一杯飲み、白湯にヘンプパウダーを溶かしたものとは別に、ココアパウダーを溶かしたものを午前中に飲む。そこからはさっぱりとハーブティーを飲んでいき、夕方にまたココアを飲み、夜は再度味噌汁を飲む。

 

こうした飲み物さえあれば、十分な栄養を取りながら五日ほどの断食が行えるだろう。今回の断食を通じて心身にいかような変化が生まれるのかをまた観察し、それを記録しておきたい。フローニンゲン:2019/4/10(水)13:02

 

4127. 超越的な馬鹿

 

時刻は午後三時に近づいてきている。今朝は四時半あたりに起床したため、これまでのところ、非常に充実した活動がなされている。

 

つい今しがた仮眠から目覚めた。普段は20分ほどの仮眠を取っているのだが、今日は15分にしてみた。

 

すると興味深いことに、ちょうど意識が深いサトル状態になり、少しばかりビジョンが立ち現れ始めたところで、目覚まし代わりに設定しているバッハのゴルトベルク変奏曲が鳴り始めた。どうやら私の場合、シャバーサナのポーズで横になっていると、意識が深まり始めるのは15分経ってからなのだとわかった。

 

ちなみに、そこで立ち現れつつあったビジョンは、見知らぬ人たちが会社の会議室でビジネスミーティングを行っているところであり、「君、遅刻だぞ」と述べている上司のような人物の姿が印象に残っている。

 

私としては、その後このビジョンがどのように展開していくのか関心があったが、目覚めしのゴルトベルク変奏曲が鳴り始めてしまったので、そこでビジョンが消え、目覚めることにした。目覚めは非常にすっきりしており、ビジョンが現れてからその深みに行くと、時に目覚めてから再度活動するまでに少々意識を整える必要がある場合がある。

 

そうしたことを考えると、ビジョンをもう少し先まで見つつも、仮眠後の活動に支障をきたさないようにするためには、20分の仮眠がちょうど良いのだと思う。

 

午前中に買い物から帰ってきた時に、あえて「馬鹿」という言葉を用いながら、この世界に存在する超越的な馬鹿について考えていた。これには、インテグラル理論で言うところの様々なタイプがあるのだが、代表的なものは、絶えず意識や知性の発達を希求し、上昇の道を歩き続けて高度な段階に到達したはいいものの、とりわけ自らの身体を蔑ろにしてきたことによって、意識も知性も結局なし崩れ、最悪の場合は早死に至るという馬鹿が一例だ。

 

極端な話、四年ないし、五年間ほどの激しい修行によって、超越的な悟りの段階に到達したのはいいものの、身体の不摂生のためにその翌日にぽっくり死んでしまうケースを考えることができる。ここまで極端ではないが、私は西海岸で生活をしていた時に、そうした人たちの姿を何人も見かけてきた。

 

彼らにとっては、肉体は忌避すべき対象になっており、精神的な鍛錬こそ全てであるという極端な発想の元に、上昇の道を歩もうとする傾向があったのを覚えている。確かに彼らも身体のケアをしているといえばしているのだが、サトルボディやコーザルボディにばかり関心が向きがちであり、食生活と適度な運動に関する知識と実践が欠落しており、結果としてグロスボディが劣悪なものになっている傾向にあった。

 

別のケースとしては、ヒッピー崩れの超越的な馬鹿の種類がある。前述の例とは対照的に、こちらの種類の馬鹿は、身体のケアには余念がない。

 

それこそ、ベジタリアンの食事を始めたり、極度な食事制限を自らに課す傾向にある。精神や魂の宿る身体を適切にケアしながら超越の道を歩もうとする人もまた、私は西海岸で数多く見てきた。

 

だが、そうした人たちも仮に超越的な段階に至ったとしても、馬鹿性が垣間見える。彼らの馬鹿性は、自らの身体・精神・魂さえ健全であればそれでいいという極度に自閉的な認識を持っており、外側の世界の政治・経済的なことに一切無関心であることが多い点にある。

 

どちらのケースにおいても、確かに超越的な境地に至ることはあるのだが、結局それがいかに低い次元での超越かがわかるだろう。いつも私が「発達することよりも重要なことが人間の人生にはある」と述べているのは、この点と関係している。

 

とにかく健全な身体を維持し、さらにそれを育みながら、健全な身体を持って他者と会話を楽しんだり、この社会に関与していくこと、あるいは散歩をしながら自然を感じることなどが人生の充実感や幸福感を生み出すのであって、上述のような超越的馬鹿が行うような行為を続けていても、この世界で生きることの真の充実感や幸福感を感じられることは決してないだろう。

 

買い物から帰ってきた後、そのようなことをしばらく考えていた。フローニンゲン:2019/4/10(水)15:04

 

4128. 八丁味噌を食べてみて

 

今日は残っている野菜を食べるという軽めの夕食だったため、六時半過ぎに夕食を摂り終えた。今、食後のルイボスティーを楽しむために、急須にお茶とお湯を注ぎ、その完成を待っているところだ。

 

ルイボスティーのパックを開けると、いつもなんとも言えない甘美な香りが漂ってくる。これが人工的に生み出されたものではなく、自然が生み出したものだということに驚きと感謝の念を持つ。

 

もう少し蒸らしてから、食後のルイボスティーを楽しみたい。

 

今日の夕食はとても軽く、ミニトマトを8つほど食べ、その後に昆布をかじりながら、生姜を乗せた有機豆腐を食べた。そして、水菜のサラダを今日購入した八丁味噌に和えながら食べ、茹でたニンニクを入れたパスタを食べた。

 

今日中にトマトソースを使い切りたかったため、残っているソースをすべて入れたところ、トマトスープにパスタを入れているような格好となったが、味は美味しかった。このトマトソースもオーガニックなものなのだが、トマトソースを通じてトマトの栄養素を摂るのではなく、実際のトマトを食べてその栄養素を摂りたいという思いがあり、今後はトマトソースを使ったパスタはあまり作らないだろうと思う。

 

先日オーガニック食品店で購入した購入したカレースープの元があり、それは今後パスタと和えて食べてみようと思う。

 

本日購入した八丁味噌の味は実に濃厚で驚いた。現在毎日食べている玄米味噌とは随分と味が違い、どちらにも良さがあることがわかった。

 

八丁味噌の方が固さがあり、サラダに和えるよりも、早朝の味噌汁としてそれを活用していこうと思う。サラダと和えないのであれば、今日トマトソースをかける前にパスタと和えてみたところ、相当に美味しかったため、パスタと和えるという方法もある。

 

一応パスタも今日で食べ切ることができたため、八丁味噌は朝の味噌汁として飲み、玄米味噌はサラダと和えるという方向でしばらく付き合っていこうと思う。

 

そもそも八丁味噌の名前の由来が何なのかが知りたくなり、午前中に少しばかり調べていた。歴史を遡ること江戸時代に、徳川家康が生誕した岡崎城の近くに八丁村という場所があったそうだ。岡崎城から西に八丁(およそ900m)のところにこの村があり、そこで味噌作りが始まったため八丁味噌という名前になったそうだ。

 

この濃厚な味噌は今後も活用していこうと思う。今日訪れた店の最後の一個をちょうど手に入れることができのは、きっと何かの縁だろう。

 

その他にも味噌についてあれこれと調べていると、ヴィヴァルディの音楽を聴かせて熟成させた味噌があることに驚いた。その効果は明確に記載されていなかったが、何かしらの効果があるのだと思う。

 

というのも、そもそも麹菌は生きており、音楽によって生命の内側の何かが活性化されることは十分考えられるからである。よくクラシック音楽を植物に聴かせることによって、その植物の成長が促進されるという話を聞くが、やはり音楽には生命を躍動させる内在的な力があるのだと思う。

 

味噌の麹菌に音楽を聴かせるというのはかなり斬新に思えたため、そうした味噌があることが非常に強く印象に残っている。

 

今日の夕食をもって、食材のほぼ全てを食べ切った。明日はミニトマトの残りと豆腐を食べれば、食材は何もなくなる。

 

計画通り、明後日から固形物を一切摂らない断食を始めることができそうだ。断食を開始する楽しみは、二週間後にバルセロナとリスボンに旅行する楽しみと同等である。フローニンゲン:2019/4/10(水)18:55

 

4129. ハーブの栽培と抹茶をたてることに向けて

 

たった今、蒸らし終えたルイボスティーの一口目を飲んだ。その爽やかかつフルティーな味わいに、心地良さを感じる。

 

調味料を良質な味噌に変えたことによって、夕食の味が大きく変貌を遂げたのと同様に、ハーブティーを生活の中に取り入れたことによって、より彩りと平穏さが生活の中にもたらされたように思う。

 

やはりお茶は自らの手で淹れるに限ると思った。もちろん、さらに本格的な方向に向かうのであれば、お茶をたてるというところに行き着くのだろうが、今のところはハーブティーを中心に飲んでいこうと思っているため、すり鉢でお茶をたてたりする必要はない。

 

ただし、ハーブを実際に育ててみて、それをハーブティーにするということであれば近々実践してみるかもしれない。ハーブの種類によっては簡単に育てられるものもあるらしく、実際にフローニンゲンの街の市場でハーブの種や苗が売られている光景をよく目にするため、それを購入して実際に育ててみるというのも一つの手だ。

 

ただし、私は時々国外に旅行に出かけ、一週間か十日ほど不在の時があるため、その時でもきちんと生存してくれるようなハーブでなければならない。その点に注意して、ハーブに関する勉強をもう少し進めたら、ハーブを一種類ほど購入して育ててみようかと思う。

 

上記でお茶をたてることはしばらく先かもしれないと思ったが、そういえば先日街の中心部のお茶専門店に訪れた時、親切な店員の方と雑談をしている際に、私の出身国は日本であることを伝えると、幾つかの日本茶の香りを嗅がせてもらったことをふと思い出した。

 

やはり私にとって日本茶というのは、母国を思い出させる素晴らしい飲み物であり、それを飲んでいる最中は日本とのつながりを深く感じ、身も心も大いにくつろぐ。店内に置かれていた用具とお茶の種類をくまなく観察したためか、抹茶と抹茶をたてるための道具が置かれていたのが印象に残っている。

 

現在朝にはいろいろな飲み物を飲んでいるが、少しローテーションさせる形式を取り入れてもいいかもしれず、そうなればぜひ抹茶を朝に飲みたいと思う。味噌に負けず劣らず、抹茶も日本が誇るスーパーフードだと見なされているようであり、様々な栄養が含まれている。

 

また、カフェインも含まれているようであるから、夕方以降に飲むことは控えながらも、逆に午前中に心身を覚醒させるために飲むというのは一つの手だろう。調べてみると、抹茶をたてる方法もそれほど難しくないようであるから、今度街のお茶専門店に足を運んだ際には、抹茶をたてる道具を購入し、朝に抹茶を数杯飲むようにしてみようかと思う。

 

ここ最近は食について色々と調べることや学習することが多く、そのおかげで発見の連続である。これまでの私がいかに食について無知であったかを反省させられると共に、その被害を最も受けていた自分の身体には大変申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

だが幸いにも今この瞬間にそれに気づけたのであるから、ここからは身体を健全に保ち、さらに身体を育んでいくような意識を持って食についての探究を継続させていきたい。フローニンゲン:2019/4/10(水)19:27

 

4130. コテージに宿泊してのオーロラ観測の旅

 

時刻は午後の八時を迎えた。今、沈みゆく夕日を眺めている。

 

相変わらず寒さが厳しいフローニンゲンであるが、日は伸びていく一方であり、この時間もまだまだ明るさが残っている。完全に日が沈むのはもう30分ぐらいかかるのではないかと思う。

 

気温は相変わらず冬のままだが、日照時間は夏のようである。今週の金曜日は、最低気温がマイナス1度になるようであるから、気を付ける必要がある。

 

今年もフローニンゲンで生活できるおかげもあり、今年はフローニンゲンを拠点にして、色々と各地へ旅行ができそうである。これは今年だけに限ったことではなく、オランダに住み続けていれば、この地を拠点にして様々な国に出かけていくことができる。

 

最初の年の夏こそドイツ、スイス、フランスへ旅行へ出かけたが、直近の二年間の夏は、必ず北欧に出かけていた。今年の夏はどこに行こうかと考えていた時に、当初の予定通り、ロシアのモスクワに足を運びたいと改めて思った。

 

その足で、アイスランドに行ってみようかとも思っている。アイスランドは以前から注目をしていた国であり、その豊かな自然には魅せられるものがある。

 

夏に訪れることができれば、非常に涼しく、ほぼ一日中沈むまない太陽の中で生活をしてみるのも悪くない。レイキャビクか、あるいはその他の都市の郊外に出かけて行き、そこでコテージを借りて、自然の中でゆっくりと過ごすというのも一つの手だ。

 

仮にオーロラを見るのであれば、冬にアイスランドに訪れる必要がある。だが私としては、陸地からオーロラを観測するよりも、よりオーロラが鮮明に見えると言われている海上、つまり船の上からオーロラを観測したいという思いが以前からある。

 

先ほども少し調べてみると、一人でオーロラクルーズに乗るとどうしても部屋の質の割に値段が高くなってしまうため、悩ましいところである。幾つか良さそうなクルーズツアーを見つけているのだが、オーロラ観測についてはもう少し考えてみようと思う。

 

冬のアイスランドに訪れて、コテージを借りて、自然の中でオーロラを観測するというのも悪くない方法である。もし船の上からのオーロラ観測を数年後に先延ばしにするのであれば、年明けにアイスランドのどこかの地、あるいはノルウェーのどこかの地に行き、コテージを借りて、人工的な光の少ないところから気ままにオーロラが出現するのを待つという手もある。

 

今のところは、そちらの方が良いかもしれないと考えている。どちらの国にもコテージを借りられるサイトがあるので、それを活用して、良いコテージを探してみようと思う。

 

アイスランドもオランダに負けじと、大晦日は花火などで派手に祝うようであるから、大晦日と正月は訪問を避けたい。そうなってくると、当初の予定通り、この年末年始はマルタ共和国で過ごそうと思う。

 

バルセロナとリスボンへの旅行計画を立てたばかりだが、今の私には、訪れてみたい場所がやはり数多くあるようだ。何か、そうした場所で得られる固有の体験と感覚を強く求めている自分がいるように思う。

 

いずれにせよ、大まかな計画としては、再来週にバルセロナとリスボンを訪れ、その次にロシアのモスクワ、その間にジョージアのトビリシを挟むかどうかを考えており、秋には日本を訪れ、神保町の古書店巡り、岐阜県、山口県に訪れ、年末年始はマルタ共和国、年明け後の二月末ぐらいにはアイスランドかノルウェーのコテージに宿泊する形でオーロラを観測したいと思う。

 

そのような旅の計画が頭の中を漂い、その実現を楽しみにしている自分がいる。フローニンゲン:2019/4/10(水)20:25

 

4月10日(水)の曲一覧

Op.1035 青空への感謝の念

Op.1036 進行する一日

Op.1037 夕方の輝き

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