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4086-4090:フローニンゲンからの便り 2019年4月4日(木)


タイトル一覧

4086. 今朝の目覚め

4087. バランスボールと書見台の効用

4088. 今朝方の夢

4089. 監訳書の「はじめに」の加筆修正に向けて

4090. 夕食後に思い出す今朝方の夢の断片

4086. 今朝の目覚め​

今朝は七時に起床し、ゆっくりと一日の活動を始めた。三日間の断食をしている最中は、早く起床する日も何日かあったが、ここ二日はまた七時に起床するという遅い起床になっている。

確かに、一度四時ぐらいに眼が覚めるのだが、そこで起床する意思はあまりなかった。毎日夜の10時には床に入っているため、四時に起床しても問題はないのではないかと思う。明日からは目覚めた瞬間の心身の状態を確認し、七時に目覚めた時とほぼ同じであれば、そのまま起床したいと思う。

ちょうど三日前に欧州はサマータイムに入ったこともあり、そのあたりの調整も必要なのだろう。早朝に起床してからは、二杯ほど水を飲み、いつものようにヨギティーを作り、ヨガの実践をした。

このところ、ヨギティーの量が少し多いと感じており、今日からはコップ一、二杯分少なく作ることにした。また、断食の最後の日と昨日は飲むのを控えていた、ヘンプパウダーとココナッツオイルを白湯に溶かしたものをヨガの実践後に飲み始めた。

早朝はこれをゆっくりと飲みながら過ごし、それを飲み終えたら、白湯に玄米味噌を溶かした酵素ドリンクとしての味噌汁を飲みたい。午前中にそれら二つの飲み物を飲むと、夕食まで空腹感を感じることはない。

もちろんお腹が鳴ることはあるが、それは腸の運動の一種であって、空腹とはまた別であり、食欲などというのともまた別だ。ヘンプパウダー、ココナッツオイル、そして味噌を取り入れてから、これまで不足しがちであった栄養素を十分に摂ることができ始め、腸内環境がますます整っていくのを実感している。

そして夕食時に食べる果物と有機野菜のおかげで、身体の状態がますます良好になっている。ひとまず現在の食生活を確立させ、今後は食に関する学習を続けながら微調整を行っていけばいいだろう。

近いうちにテコ入れする箇所は、スパイスとお茶の部分である。今は市販のオーガニックヨギティーを飲んでいるが、それはティーバッグに入ったものであり、自分でお茶を淹れたいという思いがあり、ハーブティーや日本茶に関する学習をして、自分にあったお茶を選び、自らそれを淹れたいと思う。

また、昨日試してみて正解だったのは、玄米味噌を野菜に塗りながら食べるというものであり、味噌の味によって野菜の味がさらに引き立つことだった。おそらく夕食は味噌と野菜の組み合わせが中心になるが、時にスパイスを用いて野菜を食べてみるのもいいだろうと思う。

そうした際に、どのようなスパイスを選択するのかに関しても知識が必要になるため、スパイスの勉強を進めていく。先日イギリスとドイツの書店に注文した、“The Herbalist’s Bible: John Parkinson’s Lost Classic Rediscovered (2014)” “Encyclopedia Of Herbal Medicine: 550 Herbs and Remedies for Common Ailments (2016)” “The Science of Spice: Understand Flavour Connections and Revolutionize Your Cooking (2018)”の三冊が届いたため、それらを今日明日あたりからゆっくりと読み進めていこうと思う。

これら三冊はオールフルカラーの図鑑のような書籍であり、幼少時代に恐竜や昆虫の図鑑を食い入るように眺めていた自分をふと思い出す。いずれにせよ、スパイスとハーブには奥深い歴史があるようであり、それら二つを通じて様々な国の文化や歴史を学ぶことも併せて行っていきたい。フローニンゲン:2019/4/4(木)08:11

No.1826: A Lonely Night

Today is now approaching the end as usual. Groningen, 20:45, Thursday, 4/4/2019

4087. バランスボールと書見台の効用

昨日は午後から随分と寒さを感じていたが、今日もそのような気温になるかもしれない。あるいは、午後から雨が降るようであるから、昨日とは体感温度が変化することも考えられる。いずれにせよ、今日の最高気温は10度、最低気温は4度であるから、温かさを感じることはないだろう。

今日も書斎で粛々と探究活動と創造活動に励んでいく。昨日改めて、ずっと座っていることの問題について考えていた。

私はこの四年間椅子に座って仕事をしたことがない。書斎にいる間中はずっとバランスボールに座るという生活をこの四年間続けてきた。

バランスボールを使い始めたのは、社会人になった年であるから、もうかれこれ八年前のことだが、それをエクササイズの補助具として用いるのではなく、机に向かって作業や読書をする際に常に座り始めるようになったのは、四年前に一年ほど日本で生活をしていた時のことだ。

昨日改めて調べてみると、やはり長時間同じ姿勢で椅子に座ることは身体にかなり大きな負荷をかけていることがわかった。それは心身に負の影響を与えるのみならず、どうやら寿命にも負の影響を与えるようだ。

椅子に座ることをやめて、バランスボールに座るようにすれば、随分とその負の影響は和らぐように思える。むしろ、バランスボールに座ることによって鍛えられる筋肉の部位が様々あることを考えると、正の影響があるのではないかと思う。

とはいえ、これまでの私は書斎で机に向かってい最中は、常にバランスボールに座っており、その時間はかなりのものになるため、昨日からパソコンを使わない読書などは、立って行うことにし始めた。

読書というのも、仮に机に書籍を置くような形で行っているのであれば、それは特に首や肩に大きな負担をかけているため、避けた方が良いように思う。ヨガのインストラクターをしていた頃のことを思い出すと、机に書籍を置く形で読書を長時間行っているクライアントは、やはり首や肩の筋肉が硬直している場合が多かった。

机に書籍を置き、頭を下げながら読書を行うことの危険性にふと気づいた私は、バランスボールを使い始めたのと同様に、書見台を使って読書をするようになった。書見台というのは、書籍をを置く専用の台であり、それを使うことによって、頭を極度に下げる必要がなく、首や肩への負担が相当に軽減されているのを実感する。

書見台を使い始めてからは、もうそれを手放すことができず、飛行機の中で読書をする際にも書見台を使うようになっているほどだ。現在使っている書見台は便利なのだが、もう少し高さと幅があると有り難いと思っており、次回一時帰国した際には、大工の親友に特注の物を作ってもらえないか依頼してみようと思う。

今日はこれからアンリ・ルモワンヌに範を求めて作曲実践を行う。いつもは大抵一曲を参考にしているが、曲の長さを考慮すると、今日は二曲続けて参考にしようと思う。

その後、森有正先生の日記を少々読み、スパイスかハーブに関する図鑑を少し読み進めていく。正午あたりにまた作曲実践を行っていきたいと思う。

音楽理論や作曲理論の学習は、作曲実践の際に書籍を参照し、ほんの少しずつ進めているような状況である。おそらくそれはそれで正しい学習方法であるが、スパイスやハーブに関する書籍、そして現在読みたいと思っている和書を読み終えたら、再び音楽に関する理論書を読み進めていくことにする。フローニンゲン:2019/4/4(木)08:31

No.1827: An Imagined Landscape in the Morning

Although it is cloudy right now, my imagined landscape is almost bright. Groningen, 08:31, Friday, 4/5/2019

4088. 今朝方の夢

時刻は午前九時を迎えた。空には薄い雲がかかっていて、午後から雨が降るという予報の確からしさを匂わせている。

今日もまた風が一切なく、外の世界は穏やかだ。そういえば、今朝方の夢についてまだ振り返っていなかったので、覚えている範囲のことを書き留めておきたい。

夢の中で私は、空を飛ぶ人型のロボットの中にいた。そのコクピットのスペースは四、五人ほどが入れるほどであり、私はコクピットの後部座席にいた。

前の座席には二人の外国人がいて、彼らが主な操縦を担当しているようだった。そして、後部座席には、私以外に二、三人の外国人がいた。彼らは皆日本語が話せるため、コクピットの中の会話は全て日本語でなされていた。

順調に飛行を進めていると、目的地周辺に辿り着いたらしく、今から着陸態勢に入るとのことであった。そのための準備を私たちは各人行い始めた。

とはいえ、私にとっての準備というのは気持ちの準備でしかなく、特にやることはなかった。この人型のロボットがどのように着陸するのかに関心があったため、その様子をつぶさに観察しておこうと思った。

すると、このロボットの着陸方法は非常に大胆であり、特に速度を落とす方法がユニークであった。具体的には、目の前に現れた高さ500m以上のビルに向かっていき、そのビルの表面に背中を摩擦させる形で減速させていき、地上まで降りていくというものだった。

ロボットとビルの接する際の勢いが強すぎると、ロボットもビルも破損してしまう。そのためか、ロボットの背中からは何かオイルかワックスのようなものが吹き出る仕組みになっているようであり、それを噴出しながらビルの壁伝いに徐々に速度を減速させていく光景は圧巻だった。

ロボットが無事に地面に着地した瞬間には、もう私はコクピットの中におらず、外にいた。見ると正面に、城のような邸宅があり、私は門の外側にいたのである。

すると、一台の白い高級車が門の前にやってきた。どうやらその邸宅の住人は、日本人の著名な芸能人のようだった。

その車の運転手は、邸宅の主人のようだったが、なぜか主人の友人の振りをして敷地内に入ろうとしていた。その入り方もまたユニークであり、主人のモノマネを管理モニター越しにするというものだった。

どうやら、管理モニターの向こう側にいるのは、主人の娘のようであり、主人のモノマネがあまり上手くないため、「お父さんでしょ」と言いながら、主人の正体を見破っているようであった。しかし、主人は頑なにそれを否定し、変装までしていたのになぜ正体がすぐにバレてしまうのか不思議に思っているようであった。

そのような親子のやり取りを眺めていると、なぜか私はその屋敷内の一室にいて、そこでその親子と話をしていた。しばらくたわいのない話をしていると、夢の場面が変わった。

次の夢の場面では、私は実際に通っていた小学校にいた。うちの小学校は、低学年と五年生以上の高学年では校舎が分かれており、私は低学年の校舎にいた。

一階にある保健室の左横にはトイレがあり、そのさらに左横に階段と靴箱がある。そして靴箱の左横に二つの教室があった。

私は何気なく靴箱の方に向かって歩いており、そこに到着した際に、左の教室の廊下に飾ってある生徒たちの絵に目がいった。せっかくなので、生徒たちがどのような絵を描いているのかを見ていこうと思い、一つ一つの絵を眺めていくと、二、三枚驚くべき絵に出くわした。

それは、小学校低学年の生徒が描いたとは思えない見事な絵であり、私は大いに感激した。その絵は確かに技術的に巧いことは巧いが、それ以上に何かが込められた風景画だった。

小さな湖に白鳥のような鳥がいて、空気が黄色く輝いているような絵があったのを覚えている。私はしばらく、数枚の絵に感動しながらその場に佇んでいた。フローニンゲン:2019/4/4(木)09:24

No.1828: Joy of the Gut Flora

I’m responsible for my gut flora.

No one except me assumes responsibility for keeping my intestinal bacteria in a good condition. Groningen, 09:29, Friday, 4/5/2019

4089. 監訳書の「はじめに」の加筆修正に向けて

時刻は午後の二時半を迎えた。もう四月を迎えたが、この寒さは春のそれとは思われない。

そのようなことを考えていると、小雨が降ってきたのは昼前のことであった。今は雨は降っていないが、薄い雨雲が空を覆い続けている。とにかく寒さが残る厳しい季節が続く。

今日はこれから、監訳中の書籍の「はじめに」の加筆修正を行いたい。現在、原稿を編集者の方にレビューしていただいており、その進捗度合いを確認するメールを数日前に送った。

初校が出来上がるのは来週あたりという連絡を受け、それに合わせて、「はじめに」の追加案をいただいた。それを元に今から集中して加筆修正を行いたい。遅くても今日の夕食までには仕上がるのではないかと思う。

執筆した文章は一旦寝かせ、来週に初校をいただくタイミングで再度読み返すことにしたい。加筆修正するポイントは、原著が出版されたのは今からもう20年前のことであり、読者の方からすると古いと思われる方もいるかもしれないため、それを配慮して、今なぜこの書籍を読む必要があるのか、その意義についてもう少し文章を付け加えることが一つである。

また、特に本書は個人の内面世界の発達に関心を持たれる方が読者になると予想されるが、ウィルバーの思想は個人の内面にとどまらず、内と外の双方を深く認識していくことを大切なものとして掲げており、内面ばかりではなく外面を見ていく必要性についても説明をしておいた方がいい。

とりわけ、内面の発達ばかりに関心を持つ人たちは、ある種の還元主義者であり、得てして内面世界にばかり焦点を当てがちである。だが、私たちが包括的な発達を遂げていく際には、自己を取り巻く生存状況を冷静に見つめ、内面世界と外面世界が絶えず相互作用していることを把握している必要がある。この点に関しては、特に内面世界に焦点を当てがちな傾向を指摘しながら、自己及び世界に対して包括的な視点を持つことの大切さを説明しておきたい。

三つ目としては、本書のガイド役を果たすような文章を「はじめに」の中に入れておくことである。本書は、ウィルバーが示す世界の見取り図であり、それは非常に奥が深いものなのだが、ウィルバーの思想に馴染みのない人にとっては、見取り図の中で迷子になってしまう可能性がある。

そうした状況を避けるために、見取り図に対する見取り図のような解説文を付けてあげた方が親切だと編集者の方から指摘があった。まさにその通りだと思うため、各章のポイントと全体における位置付けなどを紹介し、本書全体の読み方についても解説を加えたい。

後者については、ウィルバーの書籍のみならず、良著というのは繰り返し読むことによって理解が増し、新たな発見が得られる点についても触れておく。仮に自分が真に変化しているかどうかを知りたいのであれば、同じ書籍を繰り返し読むことが有益である点などを紹介しておきたい。

初読の際に、新たな気づきや発見を自分の言葉としてノートやワードに書き出し、再読の際にも同様のことをやってみて、両者を見比べてみれば、自分の変化に気づくことができるだろう。本書で扱っているテーマは多岐にわたるため、自分の関心や専門以外のことにも目を向けてもらえるようなガイドとなる文章を執筆したいと思う。今から集中してそうした文章を執筆していく。フローニンゲン:2019/4/4(木)14:55

No.1829: Diffident Musical Notes

Musical notes are stepping forward with diffidence.

I’ll go to the market at the center of the city in a while. Groningen, 14:05, Friday, 4/5/2019

4090. 夕食後に思い出す今朝方の夢の断片

時刻は午後七時を迎えた。昼前に降っていた小雨が止み、今は小鳥の鳴き声が聞こえるような穏やかな雰囲気を放っている。

つい先ほど夕食を摂り終えた。今日は野菜を摂り終えた後に、ナッツ類を食べたのだが、それらが体に良い栄養素を豊富に含んでいるとはいえ、少し脂っこいように感じてしまった。

これは断食後二日目だからかもしれないが、ナッツに含まれる脂でさえ脂っこく感じてしまうような味覚になっている。以前の日記で書き留めたように、ナッツ類を食べ始めたのはオランダに来てからであり、これまでナッツ類をずっと食べずに生きていた際に不都合を感じなかった点、そしてナッツ類の栄養素は他の食材で補えそうだという見通しが立っているため、残っているナッツ類を食べ終えたら、今後は購入を控えようと思う。また体が欲した時に少量購入すればいい。

断食が明けて二日目の今日から、今後の断食の最中に筋力が落ちないように、筋力トレーニング量を少しばかり増やした。増やした量は微量であるが、より身体に意識を向け、なおかつ効果的に筋力が鍛えられるようなトレーニングを導入することにした。

私は普段、毎朝起床してすぐにヨガの実践をし、その中で軽く筋力トレーニングをしている。それに加えて、今日からは、午後の仮眠後に数種類の筋力トレーニングを実践し始めることにした。これにより、今後断食をしたとしても、筋力量を減らすことなく断食を進めていくことができるだろう。

夕方には予定通り、現在監訳中のケン・ウィルバーの書籍の「はじめに」の加筆修正が完了した。編集者の方にご指摘いただいた三点を全て盛り込み、およそ四千字ほど加筆をした。

特に、本書を読み進めるためのガイドとなる文章を執筆することは改めて重要であったと思い、そうした文章を執筆していなかった当初の自分の無配慮さを反省させられる。追加したガイドによって、本書を迷うことなく、いや仮に迷ったとしてもガイドに立ち返ることによって、本書を最後まで読み進めていくことができるのではないかと期待する。

今日執筆した文章はしばらく寝かせ、来週に初校をいただくタイミングで再度文章を読み返し、そこでまた追加修正を施したいと思う。とりあえず計画通りに文章を執筆することができて嬉しく思う。

夜に向かっていくこの時間の小鳥の鳴き声に耳を傾けていると、朝とはまた違った意識の状態に誘われる。それは今日という一日を感謝の念を持って終えることにふさわしい意識状態だ。

そのような意識状態に浸っていると、まだ書き留めていなかった今朝方の夢をふと思い出した。夢の中で私は、実際に通っていた中学校の教室にいた。しかもそこは中学校一年生時代に使っていた教室だった。

夢の中の私は教室の窓際の後ろの席に座っていて、実際に私はその席に座っていたことがあった。ちょうど教室では数学の授業が行われていた。

数学の先生は、まだ大学を卒業したばかりの若い女性の先生であり、とても元気があった。そこで行われていたのは数学の授業なのだが、先生が私を指名し、ある質問を出した。

その質問の答えは、ハイデガーの主著の名前なのだが、私はどういうわけかそれを思い出すことができずにいた。なかなか思い出すことができない私は、とりあえずハイデガーの名前だけを答え、過去に読んだことのある書籍のタイトルを忘れてしまっていることをおかしく思った。

すると先生は、その本をちゃんと読んだのかと尋ねた。それを受けて私は、そういえばこの書籍をしっかりと読んでいなかったかもしれないと反省させられた。

私が質問に答えることができなくても、クラスの雰囲気は相変わらず明るいままであり、私の気分も依然として明るかった。ただし、ハイデガーの主著をもう一度きちんと読もうと思った。そのような夢を見ていた。

夢の中でなぜハイデガーの主著が登場したのかわからないが、本棚に置かれている“Being and Time”は、作曲上の観点から一度しっかりと読みたいと前々から思っていた。この夢は、ひょっとすると今がその書籍を読む最適なタイミングだということを示唆しているのかもしれない。フローニンゲン:2019/4/4(木)19:36

4月4日(木)の曲一覧

Op.1017 支流

Op.1018 初春の嘆き

Op.1019 佗しげな夜

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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