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4024-4030:フローニンゲンからの便り 2019年3月24日(日)

March 26, 2019

タイトル一覧

4024. 今朝方の夢

4025. 空き巣現場を目撃する夢

4026. 自然治癒力の目に見える回復

4027. 三つの天命

4028. 素数を活用した作曲:ココナッツオイルの多目的利用

4029. 心身魂のデトックス

4030. ココナッツオイルを使った入浴と野菜スープについて

 

4024. 今朝方の夢

 

今朝はゆっくりと七時前に起床した。静かな日曜日が始まった。

 

今、書斎と寝室の窓を開け、新鮮な空気を部屋の中に取り入れている。身体の血液および気の流れを良くするのと同じように、換気をするというシンプルな行為は、部屋の気の流れを良くすることに一役買ってくれる。

 

今朝は珍しく、起床してすぐに音楽をかけるのではなく、窓の外から聞こえて来る小鳥の鳴き声だけを楽しむようにしている。人間が作る音楽には、もちろん素晴らしい点が多々あるが、自然が生み出す音の前にそれは屈してしまうかもしれない。

 

それほどまでに、今聞こえて来る小鳥たちの鳴き声は美しい。それは心地よい瞑想的な意識状態に誘ってくれ、その状態のまま日記を書いていくことにした。

 

まずは今朝方の夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、小中学校時代の友人二人と砂浜を歩いていた。一人は男性の友人(YK)であり、もう一人は女性の友人(YY)である。

 

海岸線にある松林を抜けて、早速裸足になり、一歩砂浜に足を踏み入れた時、私は何かに足を取られてしまった。右足を見ると、砂の山がそこにあり、私はその山に足を踏み入れてしまったようだった。

 

そこに砂山があることに気づかなかったというのは妙だが、それはとても小さな山であり、一方で、ひとたび足を踏み入れると、足がどんどんと下に沈んでしまうようなものだった。右足を完全に取られてしまったが、自分の足があるところまで下に沈み込んで見ると、右足がなんとも言えない快感を感じており、私はしばらくそこに留まっておくことにした。

 

二人の友人も全く平然とした表情を浮かべており、私の横に立ち止まり、海の方を見ながら会話を続けていた。すると、女性の友人が一言、「回遊魚がどこにいるのかを見つけるにはどうしたいいの?」と述べた。

 

彼女に話を聞いてみると、その質問を小さな子供にされたとのことであった。厳密には、その質問の他にも子供から、「回遊魚はなぜ回遊しているのか?」「回遊魚とそうではない魚がいるのはどうしてか?」というような質問も持ちかけられたそうだ。

 

最初の質問に対してなんと答えたか覚えていないが、一応自分の回答を彼女に伝えたことを覚えている。彼女の質問がひと段落したところで、私はようやく右足を砂山から抜く決心をした。

 

いざ足を引っこ抜いてみると、足の親指から三本分の指に、紫色の砂の塊が引っ付いていた。それは団子のように丸い形をしており、私はその色と形を不思議に思った。不思議には思ったが、特に気にすることもなく、私は右足の三本の指に紫色の団子のような塊を付けたまま砂浜を歩くことにした。

 

しばらくすると、団子状のものが消えており、いつの間にか私たち三人は靴を履いていた。すると、砂浜を歩いていたはずだったのだが、長く続く空き地の中を私たちはゆっくり歩いていた。

 

文字どおり、この空き地には何もなく、ただ雑草が少しばかり生えているだけであった。だがところどころに、背の高い杭が綺麗に並べられていた。

 

私は少しばかり先に歩いており、最初その杭を見たとき、杭と杭の間にガラスの壁があるように錯覚した。そこで私は冗談交じりに、後ろを歩く二人に対して、「そこ危ないよ。杭と杭の間にガラスが張ってあるから気をつけて」と述べた。

 

すると、男性の友人の方がそれを信じ、とても慎重に歩き始め、杭と杭の間を通ることを避けていた。私は彼が本当に私の言ったことを信じたことが面白かったが、どうやら彼にもガラスのようなものが知覚されたらしかった。

 

最後に私は、「杭と杭の間にあるのはガラスではなく、実は空気さ」と種明かしをした。すると彼は拍子抜けしたような表情を浮かべながら笑った。フローニンゲン:2019/3/24(日)07:55

 

No.1789: An Earthy Ground

 

Today was a peaceful day, too. 

 

I’ll go to bed shortly, feeling a tender wind. Groningen, 21:42, Sunday, 3/24/2019

 

4025. 空き巣現場を目撃する夢

 

つい先ほど今朝方の夢について振り返ったばかりだが、あの夢にはまだ続きがあったことを思い出した。空き地を抜けた後、目の前に現れたのは、公民館のような建物だった。

 

二人の友人と一緒に、私たちはその中に入った。すると、二人の友人はすっとどこかに消えてしまい、私だけがその建物の中にいた。

 

そこは、日本人のある学者の書斎のようなのだが、部屋があまりにも広く、そこに置かれている蔵書の数がおびただしいこともあって、図書館のように思えた。本棚は天井高くまで伸びており、梯子がなければ上の方の書籍を取ることなどできないように思われた。高さにして、およそ6~7mほどあったように思う。

 

本棚に置かれている蔵書を見ると、それらは全て和書のようだった。書籍の背表紙を見ると、漢字で書かれたタイトルのものが多く、出版年も古い印象を受けた。

 

そして印象的だったのは、そこに置かれている書籍のほぼ全てが、箱のケースにしまわれていたことである。作りとしても非常に立派な本をこれだけの数所蔵していることに私はとても感銘を受けた。

 

四方八方に置かれている書籍を眺めながら、毎日少しずつ書籍を読み進めていったとして、自分がこれだけの書籍を所蔵するようになるにはどれほどの年月がかかるかを計算している自分がいた。そこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私はあるマンションの一室にいた。そこはホテルのようなマンションであり、ヨーロッパの国のどこかにある。

 

私がいたのは一階だが、それはイギリス式の数え方のため、日本で言えば二階に相当する。私は部屋の窓辺にあったテーブルで仕事をしていた。

 

すると、一階のはずの自分の部屋が、なぜだか急に地上階に移動しており、窓から見える景色の高さが低くなったことに気づいた。そして、窓の向こうには、20歳未満の一人の若い外国人の青年が立っていた。

 

彼は私の部屋の窓の前に立っていたのではなく、ちょうど隣の部屋の窓の前に立っていた。隣の部屋の住人は、今は長い旅に出かけており、不在である。

 

私は目の前の青年を何気なく観察していると、どこか様子がおかしいことに気づいた。案の定、その青年は手に持っていた三つの木の棒を隣の部屋の窓に向かって投げつけ、窓を割って中に侵入した。

 

すると同時に、隣の部屋のドアからも二人ほど誰か侵入したようであった。私はすぐさま彼らは空き巣だと気づいた。

 

気づいた時にはもう時すでに遅しであり、彼ら三人は手に様々なものを抱えて、その場から一目散に逃げていった。私のほぼ目の前で窓ガラスを割った青年の顔を鮮明に覚えており、逃げている最中の三人の背格好、年齢、そしてもう一人に関しても後ろを振り返った瞬間があったので、顔を覚えていた。

 

私はすぐに警察に通報しようと思ったが、その国で警察を呼ぶ番号が何なのかわからず、少し時間を食ったが、すぐに警察を呼び、彼らもまたすぐに現場に駆けつけた。私は部屋から一旦外に出て、警察官が現場調査をしている様子を見にいくことにした。

 

その場を取り仕切っている警察官に挨拶に行こうとし、調査中の現場に足を踏み入れた瞬間に、「開始!」という大きな声が聞こえた。最初私は、自分が現場に足を踏み入れたことに対して怒られたのかと思ったが、そうではなく、今から調査が本格的に開始されることを示す合図のようだった。

 

現場を取り仕切っている警察官は白人のスリムな中年男性だった。とても優しそうな表情をしており、彼が警察官だとにわかに信じることができなかった。

 

私は彼に挨拶をして、彼にいろいろなことを報告した。また、彼の方からもいくつか質問があり、同時に私も聞いてみたいことがあったので、いくつか質問をした。

 

:「このマンションの各部屋は全てオートロックのはずであり、マンションの玄関にもセキュリティーのしっかりとしたドアがあるのですが、犯人のうち二人はどのようにしてそもそもマンション内に侵入したのでしょうか?」

 

現場を取り仕切る警察官:「ええ、それは私も不思議に思いました。なんと驚いたことに、犬が吠える声に鍵があったんです」

 

:「犬の吠える声に鍵が?」

 

現場を取り仕切る警察官:「ええ、文字どおり、「鍵」なんですよそれが。つまり、彼ら二人は犬の吠える声を録音し、それをセキュリティーのドアにかざすことによって中に侵入したんです」

 

:「そんなことが可能なんですか・・・」

 

現場を取り仕切る警察官:「可能なようですね」

 

そこから警察官と私は、マンションのホールにあるテーブル席に腰掛けて、犯人の特徴について詳しく話をした。彼ら三人とも白人であり、背はそれほど高くなく、私と同じぐらいか、私よりも身長が低い者がいた。

 

また年齢に関しては、全員が20歳未満であったことを伝えた。私が犯人の特徴を伝えると、その警察官は日本語を書くことがあまりうまくないはずなのだが、なぜだか懸命に日本語でメモを取ろうとしていた。

 

それに対して私は、「日本語でメモをしなくてもいいんじゃないでしょうか?」と笑いながら述べた。するとその警察官も、「それもそうですね」という日本語を述べながら笑った。

 

犯人の特徴を話し終えると、私たちは再び犯行現場の様子を窺いに行った。現場に到着すると、なぜだか私の手には、ファーストフードのハンバーガー屋の紙袋があり、中にはハンバーガーが三つ入っていた。

 

私はその一つを取り出し、中身を見てみると、いかにも体に悪そうなものに見えた。特に、使われている肉が非常に劣悪だと感じたが、試しに一口かじってみると、もどしそうになってしまった。そこで夢から覚めた。フローニンゲン:2019/3/24(日)08:30

 

No.1790: Herbal Tea

 

My interest in herbal tea has increased since a couple of days ago. 

 

I’ll start to study it seriously, so I’ll purchase a book. Groningen, 12:17, Monday, 3/25/2019

 

4026. 自然治癒力の目に見える回復

 

時刻は午後の二時を迎えた。ここ数日間は果物だけの食事をしており、特に空腹感に悩まされることもなく、水のみで行う本格的な断食を行うための体が徐々に出来上がっているように思う。

 

ただし、水だけの断食を行うのはまだ早いのではないかと直感的に思っており、あと二週間ほどは、果物と野菜中心の食事を送り、四月の二週目ぐらいから水のみの断食を行う予定である。その時も、まずは断食に体を慣らすために、三日間から四日間ぐらいの短めの断食を行う。

 

最初はこの程度の断食から始め、長年蓄積されてきた毒素をまずは幾分か排出したい。その後も、三日か四日ぐらいの短い断食をこまめに繰り返し、それに慣れてきたら七日間か十日間ぐらいの断食を行うようにする。

 

“Prof. Arnold Ehret's Rational Fasting for Physical, Mental and Spiritual Rejuvenation: Introduced and Edited by Prof. Spira (2014)”を数日前に読み終え、一昨日からは“The Transformational Power of Fasting: The Way to Spiritual, Physical, and Emotional Rejuvenation (2012)”を読み始めている。今日も午前中は集中的に本書を読み進めており、今日か明日中には初読が終わるだろう。

 

まずはこれらの二冊を読むことによって、断食のメカニズムと注意点に関する知識が随分と増えたように思う。断食の効果について初めて耳にしたのは、もう随分と前のことになるが、その時の私は、「一日三食しっかり食べることが健康につながる」という誤った考え方を盲信していたため、断食の実践に対してかなり懐疑的であった。

 

しかし、先日のパリでの体験がきっかけとなって、食べ過ぎは健康を害するということに直感的に気づき、そこからあれこれ調べ、まずは一日一食の生活を始めてみることになったのである。すると、驚いたことに、一日三食食べていた時よりも圧倒的に心身の状態が良く、これまで以上に活動エネルギーが湧き上がってくることに驚いている。

 

上記の二冊の書籍を読めば、それが驚くべきことでもなく、断食の当たり前な効果の一部だとわかる。また、私は24時間に一回固形物を食べており、朝目覚めて水を飲んだ後には、ハチミツをお湯に溶かしたものを飲んでいるため、まだ水だけの厳密な断食を行ってはない。

 

およそ二週間ほど現在のような食生活を続けていくことにより、水だけの断食を実践するための準備が着々と整いつつあるのを実感している。ここ数日間は果物だけを夕食に摂るようにしていたところ、デトックスが進み、身体の自然治癒力が向上したためか、二年間悩まされていた手荒れがほぼ完治している。

 

まだ幾分赤みが残っているが、これも後数日間ほどしたら消えるだろう。これまではなぜか(一日三食食べるという過食による内臓機能の低下が大きな原因であり、その次の原因はそれらの食事に含まれる有害物質を挙げることができるだろう)手の指の皮膚の再生機能がめっきり落ちており、新しい皮膚が再生することなく、あかぎれの状態が続いていた。

 

そうした状態の指にいくら良質なハンドクリームを塗っても効かず、ここ数日間で気づいたのは、そうしたハンドクリームに含まれる化学物質が逆に炎症を引き起こしていたということだった。いくつか実験をしてみたのだが、世間一般に言われるように、「寝る前にハンドクリームをたっぷり塗る」というようなことをして就寝すると、寝ている間に無意識に指をかきむしっていることがあり、起きたら指から出血していたことも何度かあった。

 

何回かこれを経験するうちに、ハンドクリームを夜寝る前に塗るのは逆効果であることがわかり、ワセリンを塗って寝ることにしてみた。不純な化学物質が極力少ないワセリンであれば、寝ている間に指をかくことはほとんどなかったが、それでもワセリンを塗りすぎると、かきむしっていることがあった。ここから過剰に保湿することの問題を実感することになった。

 

ここ何日か行っているのは、寝る前には一切何も手につけないということであり、何と私にとってはこれが最も効果的であり、一日一食の生活によるデトックスと相まって、見る見るうちに手荒れが治ってきたのである。それは目に見えてわかる回復であり、新しい皮膚が指に生まれてきていることに純粋な感動があった。

 

ハンドクリームなどを塗るよりも先に、まずは内側から有害物質を排出していくことが大事であり、仮に手に何かをつけるとしても無添加のワセリンに留め——寝る前は控えているが、朝晩と無添加のワセリンは今でも塗っている——、手に有害な化学物質を塗りこまないことにすることが賢明だということを身を持って教えてもらった。

 

例えば、手がとても綺麗なサルに、「何を食べたらそんなに手が綺麗になるの?」「ハンドクリームは何を使っているの?」と尋ねたら、「別に何も特別なものは食べてないよ。ハンドクリーム?そんなもの僕たちの世界にはないよ」と答えるだろう。フローニンゲン:2019/3/24(日)14:46

 

No.1791: The Shimmer in Coldness

 

It is very chilly today. 

 

I ended up being in my room all day long. Groningen, 17:25, Monday, 3/25/2019

 

4027. 三つの天命

 

とにかく自らで調べ、自ら考え、自ら実験し、体験したことをこれからも書き続けていく。人が見ていようがいまいが関係なく、自分が学んだことをできる限り書き留めておく。

 

一日一食生活の進め方とその効果、時に失敗体験などを書いていきたい。また、これから本格的に始めていく、24時間以上の断食についても体験記として文章を書き留めていく。

 

断食に関しては、発達理論やインテグラル理論の観点からあれこれと書きたいことはあるが、まずはそうした記述をする前に、断食に関する基礎的な知識事項を知るたびに、それらついて書き留めていく。また、断食を実践してみての各種の変化についても書き留めていく。

 

その際には、身体的な変化、感情的な変化、認知的な変化、霊性的な変化などの様々な軸がある。また、身体的な変化だけを取ってみても、そこには物理的な身体としてのグロスボディの変化なのか、微細なエネルギー的な身体としてのサトルボディなのか、はたまたより高次元の身体なのかによって変化が異なるだろう。

 

さらには、変化の本質として、そこにはプロセスを見て取ることができるのであるから、仮に物理的な身体一つとってみても、断食の初日と二日目では当然ながら物理的身体レベルでの変化が異なってしかるべきである。そうした変化をつぶさに観察し、それをできるだけ書き留めておきたい。

 

おそらく、私が一日一食生活と断食に出会ったことには大きな意味があり、それら二つの実践を通じて得られた知見を共有することが、自分に与えられた役割の一つなのだと思う。

 

私は欧州での生活を始めることによって、なんとも奇妙な役割を三つほどこの人生に与えてもらった。どれも昔の自分にとっては馬鹿げたものであり、今の私にとっては真剣などという言葉では到底及ばないほどに真剣な事柄、つまり天命以上の天命になりつつある。

 

一つ目は日記を執筆すること、二つ目は作曲すること、三つ目は一日一食ないし断食することである。数年前の自分であれば、このうちの一つも信じることも実践することもできなかっただろう。

 

実際に、四年前に日本にいた時の私は、日記ですら毎日書いていなかったのだ——毎日書かずして「日記」などと呼べるだろうか。決して呼べないだろう——。欧州で生活を始めることによって、日記は毎日書かれるものになった。

 

一日に一回書くというのも今の私にとってみれば、厳密な意味での日記には該当しない。確かに四六時中日記を書くというのは馬鹿げているが、仮に真に自分の人生を生きていれば、感謝と発見が絶え間なく生まれるはずであり、それらを対象にすれば、少なくとも朝昼晩の三回ごとに何かしら書くことがあるだろう。そうしたことからも、一日に三回以上日記を書いているように思う。

 

日記の執筆を通じて得られたことは何だったのだろうか。それは短時間で驚くべき変容を私にもたらしたわけでは決してなく、毎日絶え間なく執筆を進めていくことによって、気がつかない間に以前の自分はいなくなっており、新しい自分が誕生していたという自然な意味での発達をもたらしてくれたのだと思う。

 

私はそのような発達的効果よりも、とにかく日々、自分及び自分を取り巻く世界について新しい発見をすること、そしてそれと相まって自分の無知性を深く知らされることの方が意味深いと思っている。いやそれら以上に、日記を執筆することを通じて、一日一日を自分にできる限りの深さで生きることができているという実感があるのだ。

 

それが日々の充実感と幸福感の根元にあり、おそらくそれなくしては健全な発達もなしえないだろう。

 

ただ書くだけ。長年の悪しき教育によって躾けられた、外面的な知識を正しく報告するような馬鹿げた文章を書くのではなく、とにかく自分にとって重要なことを書けばいいのである。自分の血の通った文章とはそのようにして生まれるものではないだろうか。フローニンゲン:2019/3/24(日)15:12

 

4028. 素数を活用した作曲:ココナッツオイルの多目的利用

 

日記を執筆すること、作曲すること、一日一食ないし断食すること。この三つの天命を日々着実に全うしたいと思う。

 

重要なことはそれら三つを連関させる形で実践していくことであり、例えば断食の実践を通じて得られたことは文章として曲として共有していく。他の実践に関してもそのようにして、三つの実践を統合的に行っていくことを大切にしたい。

 

私はそれら三つの奇妙な天命を担うことになり、これからは「3」という数字を大切にしたいと思う。幼少期の頃に、出席番号が3になることが多く、そういえば小さい頃は3という数字を密かに気に入っていた自分を思い出す。

 

3という数字が素数であることも何かしらの意味を感じさせる。3という数字の活かし方は難しいが、例えば作曲においては、調性のある曲の中であえてI度のトニックコードではなく、III度のトニックコードを用いてみたり、小節の数を3つずつ区切ってみることや、拍子を3が含まれるものにするなど、いろいろな工夫が考えられる。そうした工夫を少しずつ試してみようと思う。

 

上記で素数について少し触れたが、仮に調性のある曲を作る場合には、IからVIIまでのコードを使う際に、素数だけ、つまりII、III、V、VIIのコードだけを使って曲を作ってみるのは機能的に全く不可能でないし、少しばかり面白そうだと思った。この案についても近々実験してみようと思う。

 

今日の早朝は曇っていたが、時間が進むにつれてどんどん晴れ間が広がっていき、今の天気は快晴だ。相変わらず平穏な雰囲気が街を包んでいる。

 

これから一曲ほど曲を作ったら、近所のスーパーに行って、ココナッツオイルを購入したいと思う。ココナッツオイルは街の市場に売られていないため、スーパーで購入する必要がある。

 

ふと、ココナッツオイルとの付き合いも長いことを思った。遡ってみると、今から八年ほど前にジョン・エフ・ケネディ大学に留学していた際に、ホリスティック健康学科に所属する友人からココナッツオイルを勧めてもらったことを思い出す。それ以来、オーガニックのココナッツオイルを長年調理用に使ってきた。

 

今日新しいココナッツオイルを購入しようと思ったのは、もちろん、今使っているココナッツオイルが少なくなってきているからであり、同時に、これまでは調理にしか使っていなかったココナッツオイルを他の目的で使ってみようと思ったからである。

 

一日一食の生活を始めて二週間ほど経ったが、この間に、これまで眠っていた種々の感覚が目覚めた。それらを具体的に挙げればきりがないが、重要なものとしては、身体に取り入れる、ないしは身体に触れさせる異物を敏感に察知することができるようになったことだ。

 

その際たる例は、昨夜就寝前の歯磨きの最中に起こった。昨夜も何気なく、電動歯ブラシに歯磨き粉をつけ、歯を磨き、磨き終えた後には歯科医からの勧めもあり、歯茎を鍛えるためのスティックを使い、最後にマウスウォッシュを使った。

 

歯科医の助言によって、三年前から電動歯ブラシとスティックを使うことによって、歯と歯茎の状態が良くなり、半年に一度の定期検診では虫歯などは見られなくなった。昨夜私が何かおかしいと思ったのは、マウスウォッシュを使用することだ。

 

マウスウォッシュを口に含み、それを吐き出したあと、そのあとに水で口をすすぐ必要などないのだが、それをしたくなるぐらいに、舌及び口全体に異物が残っている感覚がしたのである。今朝方それについて調べてみると、どうやらマウスウォッシュに含まれる化学物質が違和感の原因ではないかと思ったのである。

 

そこから私は、「マウスウォッシュの化学物質に違和感を感じたのであれば、マウスウォッシュを使わなかった場合には、そもそも歯磨き粉に含まれる化学物質にも何かしらの違和感を感じていたのではないか?」という疑問が生まれた。

 

そこから歯磨き粉について調べてみると、予想通り、従来の練り歯磨き粉には、身体に有害な化学物質がかなり含まれていることがわかった。私たちは知らないところで、本当に化学物質まみれになっているようだ。

 

特に市販の歯磨き粉に含まれる成分では、フッ素が有名である。フッ素は、微量であっても人体にとって毒性があるとのことであった。

 

フッ素の名前の由来が興味深く、フッ素の語源はギリシア語の「破壊的な」という言葉にあるようだ。確かに歯の表面の汚れや菌など破壊する力があるのだろうが、それを体の中に取り込んでしまうと、その破壊的な力が悪い影響を身体に及ぼすのだろう。

 

こうした発見事項を得て、偶然にも残りが少なくなっていたマウスウォッシュと歯磨き粉を捨てることにした。これまで当たり前に使っていたものを徐々にやめて行き、自然なもので代替していくことにする。

 

歯磨き粉は使わず、その代わりに、今日からココナッツオイルをマウスウォッシュ代わりにする。具体的には、ココナッツオイルを口に20分以上含んだ状態にし、その後歯ブラシで磨くことを行っていく。

 

これによって口内環境が良くなるばかりか、歯石が落ちていき、歯が白くなっていく効果があるらしい。ただしいくつか注意点があり、一つはココナッツオイルを20分以上口に含んだ後に、それを飲み込まないことである。

 

これはオイルによって浮かび上がった歯や口の中の細菌が体内に入らないようにするためである。そしてそれを吐き出す際には、ココナッツオイルが排水管につまらないようにするために、トイレなどに吐き出すことである。

 

今日からココナッツオイルを口に含んでゆすぎ、その後にブラッシングをしたいと思う。フローニンゲン:2019/3/24(日)15:41

 

4029. 心身魂のデトックス

 

つい今しがた、買い物から帰ってきた。まだ太陽の光が降り注いでいる暖かい時に外出したと思ったのだが、自宅を出てすぐに気づいたのは、とても肌寒いということだった。

 

やはり、最高気温が11度というのは寒く感じられるようだった。フローニンゲンはここからまだしばらく最高気温が10度少しの日々が続く。

 

フローニンゲンの街の中心部の市場で良い店を見つけたことにより、もう近所のスーパーで購入する食品はほとんどなくなった。購入するものがあるとすれば、今日購入したオーガニックのココナッツオイルと有機豆腐ぐらいだろう。その他には、オーガニックのオリーブオイルぐらいしかもうないと思う。

 

近所のスーパーには、二種類のオーガニックのココナッツオイルが置かれており、二つとも試してみたところ、価格が二倍ほど高いバージンココナッツオイルの方が圧倒的に味がいい。以前購入したものはそちらではない安い方であり、今日からその残りは入浴時に浴槽に入れてみたいと思う。

 

調べてみると、ココナッツオイルをスプーン1杯ほど浴槽に入れると、肌にとても良い入浴剤代わりになるとのことであった。また、お湯も冷めにくくなるという効果もあるようだ。

 

今朝方の日記で書き留めていたように、これからは化学物質が含まれた食べ物を食べないだけではなく、化学物質が含まれた製品を体に触れさせないようにしていきたい。例えば、シャンプーや洗顔、化粧水や乳液の類などである。

 

今使っているそれらの製品は、それなりに真っ当なものを選んでいるが、それらを全て消費したら、今後はそうした製品ですらも使用することをやめてみようと思う。ココナッツオイルの入った浴槽に入浴することによって、体の汚れは十分に落ちるだろうし、そのお湯で顔や髪の毛を洗うことも可能だろう。とりあえず、今日からはココナッツオイルを入れた浴槽に浸かってみて、どのような効果があるかを実感してみたい。

 

本日購入したバージンココナッツオイルについては、味が良いため、起床直後に、白湯に溶かして飲むようにしたい。また、今夜から試すマウスウォッシュとして使うのもこちらのオイルにする。

 

現在読み進めている“The Transformational Power of Fasting: The Way to Spiritual, Physical, and Emotional Rejuvenation (2012)”の著者が大変面白いことを述べていた。それは、「私たちは人生の最初の二十年で学んだ間違ったことを矯正するために残りの人生を生きなければならない」という言葉である。

 

私たちは学校教育、親の言葉、社会の言説などを通じて、誤った知識を蓄積しながら成人になっていく。私たちは、身体的なデトックスが必要なだけではなく、誤った知識を排出するという精神的なデトックスも必要なのだろう。

 

それらのどちらも容易な実践ではないが、そうした毒が私たちの心身を蝕み、人生の質を劣悪なものにしている様子が見て取れる。身体と精神の次元のみならず、魂の次元まで含めると、私たちはデトックスしなければならない事柄が目の前に随分と高く積み上がっていることに気づくだろう。

 

そうしたデトックスをどのように実践していくのか、そして実践していく過程の中でどのようなことが発見されるのか、心身魂の次元においていかなる変化が見られるのかについてこれからも書き留めていきたいと思う。フローニンゲン:2019/3/24(日)17:04

 

4030. ココナッツオイルを使った入浴と野菜スープについて

 

時刻は午後の九時に近づきつつある。本日最後の日記を書き留めたら、一日を締め括る作曲実践をして就寝に向かいたい。

 

本日の日記で書き留めているように、夕食前の入浴の際に、早速ココナッツオイルを浴槽にスプーン一杯ほど入れてみた。結論から述べると、これはとても良いことがわかった。

 

まず身体的には、保湿効果が非常に高く、入浴後にわざわざ保湿クリームを顔や体に塗る必要が一切ないことがわかった。風呂に入っている時点で、顔や体、さらには髪までも一気に保湿できるのであるからとても手軽であり、各種クリームのような化学物質が入ったものを身体に触れさせる必要が一切ない点において非常に良いように思えた。

 

また、ココナッツオイルが水面を覆うことによって、お湯の保温効果があったことも見逃せない。フローニンゲンは五月まで肌寒く、夏も毎日浴槽に浸かっているため、この効果は嬉しい。

 

現在、シャンプー、洗顔、ボディーソープについては化粧品会社の製品を使っているが、これから徐々にその消費量を減らしていき、ココナッツオイルでそれらを全て代用していこうと思う。

 

今日は数日ぶりに果物以外の食べ物を食べた。具体的には、有機豆腐を少々と、茹でた野菜をふんだんに食べた。

 

特に今日試してみて正解だったのは、以前協働者の方に日本からプレゼントしていただいた和風のだし汁に野菜を入れてみると、非常に美味いスープになったことだ。茹でた野菜をそのまま食べることによって、確かに野菜の旨味を実感できるのだが、どうしてもそれは途中で味に飽きてしまうことが起こりやすい。

 

今日も途中までは茹でたままで野菜を食べていたのだが、玉ねぎだけが入ったスープに次から次へと茹でた野菜を入れていくと、そのスープが非常に美味しかったのである。これからは、果物以外の食べ物を食べる日は、野菜をふんだんに使ったスープを食べたいと思う。

 

おそらく、手持ちのだし汁の素は後数週間分ほどあるだろうが、それがなくなった際にはスープの素を何にするかを決めなくてはならない。夕食時にふと思いついたのは、街の中心部の市場で売られているスパイスを使ってスープを作ってみるのはどうかという案である。

 

街の市場には、スパイスだけを取り扱った店があり、そこの店員に、野菜スープを作る際にお勧めのスパイスを尋ねてみたいと思う。スパイスにも様々な健康効果があるであろうから、そうしたものを調べながら、また野菜との組み合わせなどを考えながら、野菜スープを作っていきたい。

 

ここからまた色々と調べ、自分の身体に合ったスープを作ることが楽しみになってきた。フローニンゲン:2019/3/24(日)20:56

 

3月23日(土)の曲一覧

Op.980 一筋の太陽光

Op.981 おどけた太陽

Op.982 土の風

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過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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