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3935-3939:フローニンゲンからの便り 2019年3月9日(土)

March 11, 2019

タイトル一覧

3935. 早朝に思う今後の旅先

3936. 今朝方の夢

3937. 友人との対話より

3938. 創造物と時空間の奥行き

3939. デン・ハーグとの縁および客死について

 

3935. 早朝に思う今後の旅先

 

パリ旅行から戻ってきての最初の土曜日が始まった。時刻は午前七時半を迎えようとしており、青空の中をちぎれ雲が比較的早い速度で動いている。

 

今日は、デン・ハーグに住む友人がフローニンゲンまで来てくれることになっており、ランチを共にし、夕方までカフェで話をする計画になっている。デン・ハーグでの生活や起業家ビザの申請などについて色々と話を聞きたいと思う。

 

欧州での四年目の生活では、以前の日記で書き留めたように、オランダを起点にして、まだ訪れていない国や地域に旅行に出かけたい。これから長くオランダで生活をしていこうと考えているため、四年目に旅行を詰め込む必要は全くない。

 

その時の自分が求める場所にぶらりと足を運ぶようなスタンスで、気ままな旅を楽しみたいと思う。いくつか関心のある国や地域を列挙してみると、西ヨーロッパにおいては、スペイン、ポルトガル、イタリアに足を運び、幾つか代表的な美術館を巡ってみたい。

 

その他のヨーロッパ地域における国としては、ギリシャ、トルコ、グルジア、そしてロシアに足を運んでみたいと思う。今、書斎にはスクリャービンのピアノ曲が流れており、モスクワにあるスクリャービン博物館と、モスクワ郊外にあるチャイコフスキー博物館には是非いつか訪れてみたいと思う。

 

アフリカ諸国に関しては、エジプトとモロッコにまずは足を伸ばしてみようかと考えている。改めて地球儀を眺めると、地球というのは小さいようでいて大きく、まだまだ訪れたことのない場所が数多くあり、その中には私の関心を引く場所が多々あることに気づかされる。

 

昨日、メールを確認していた際に、ベートーヴェンが生まれたドイツの街ボンに関する旅案内を見つけた。2020年は、ベートーヴェンが生誕してから250年を記念する年のようであり、来年の一月の中旬から二月の初旬まで、ボンではベートーヴェン週間が開催され、街をあげて祝うイベントが行われるようである。

 

もちろん、その時期のボンは混むことが予想されるが、デン・ハーグからボンまでは、列車で三時間半ほどの距離なので、それほど遠くなく、その時期にボンを訪れてみてもいいかもしれない。

 

今日は朝から今後の旅についてつらつらと書き留めていた。先日までパリに旅行をしていたが、今後の旅行では、できるだけ街の中心部ではなく、自然を感じられる落ちついた場所に宿泊したいと思う。仮に街の中心部に滞在せざるをえなかったとしても、喧騒とした場所は避けるようにしたい。

 

今後の旅においては、美術館を訪れることがメインになり、標準化された都市部を見ていてもその地域の真の生活風景はわからないであろうから、郊外の街を散歩するようなことをして、その国や地域の生活の様子を少しでも感じることができればと思う。

 

それと、欧州での四年目以降の生活では、ぜひともオーロラ観測クルーズに乗ってみたいと思う。結局今年の冬は色々なことが重なり、それを実現させることができなかった。

 

オーロラ観測クルーズを含め、欧州において実現させたいと思う旅がいくつもある。フローニンゲン:2019/3/9(土)07:46

 

3936. 今朝方の夢

 

時刻はゆっくりと午前八時に向かっている。フローニンゲンの街は、今日もまたとても穏やかな雰囲気を発している。

 

先ほどまで見えていたちぎれ雲はどこかに行き、今は青空が広がっている。天気予報を見ると、昼食の前後で雨が降るようなのだが、この空を見ている限りだと、それを信じることができない。とはいえ、友人とのランチに向けて出かけていく際には、折りたたみ傘を持っていきたいと思う。

 

今日はまだ今朝方の夢について振り返っていなかったので、少しばかり夢の振り返りを行っておきたい。夢の中で私は、駅のプラットホームにいた。厳密には、駅構内からプラットホームに向かうところから夢が始まった。

 

列車の到着時刻まであまり時間がなかったので、私はプラットホームにつながる階段を急いで上った。駆け足でプラットホームに向かったことが功を奏してか、列車はまだ到着しておらず、プラットホームに自分が到着して二、三分後に列車がやってきた。

 

列車がゆっくりとプラットホームに到着し、ドアが開いた。そこで私はなぜだか列車に乗るのを躊躇してしまった。

 

何か忘れ物をしたのか、それとも駅構内で購入しておくべきものがあったのか定かではないが、とにかく、列車に乗ることを躊躇われる要因があった。もしかすると、そうした個人的な要因以外にも、誰かを待って、その人と一緒に列車に乗る必要があったのかもしれない。

 

いずれにせよ、そうした躊躇があったせいで、列車の扉が閉まってしまった。しかし私はそこで再び躊躇を振り切り、列車に乗ることが最も賢明なことのように思ったので、緊急時にドアを開けることができる赤いボタンが、なぜか列車の外側に取り付けられていたので、私はそれを押した。

 

列車はもう出発しようとしていたところだが、幸いにもドアが開き、私は列車に飛び乗ることができた。そこは四号車であり、大して混んでおらず、そこで席を確保することは容易であったが、私は三号車の方に向かって歩き出した。そこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、実際に通っていた中学校の体育館にいた。時刻は昼あたりであり、昼の優しい太陽光が体育館に差し込んでいた。

 

体育館に設置されている四つの扉はすべて空いており、風が通るようになっていた。体育館にはバスケ部の同学年のメンバーがほぼ全員いて、今からバスケの練習をしようと思っていた矢先、部活の顧問ではない先生が体育館に入ってきた。

 

どのようなわけかわからなかったが、先生は私たちを整列させ、なにやら話を始めた。私たちは説教を食らうかと思ったが、ちょっとした雑談のような話を先生はして、すぐに体育館から消えた。

 

私のみならず、他のメンバーも、なぜ先生が体育館にやってきたのか定かではなく、全員が不思議そうな顔を浮かべていた。そこから私たちは気を取り直して練習を開始しようとした。

 

すると、メンバーの一人、かつ小中高と長い付き合いのある友人(YU)が私の方に近づいてきて、足のツボをマッサージしてくれるという。マッサージを通じて、体に異変がある場所を特定してくれるとのことだったので、私は彼にマッサージを依頼した。

 

彼はすぐさま、左足をマッサージする必要はないと判断したようであり、私の右足の足の裏のツボをマッサージし始めた。足の裏に関しては特に痛みを覚える場所はなかったが、右足の中指か小指のところに痛みを若干感じた。

 

その痛みを通じて、身体のどこに異常があるのかを彼は教えてくれた。マッサージが終わり、いざ練習を始めようとすると、今度は同じくメンバーの一人、かつ小中学校時代の別の友人(KM)が、巨大な計量カップに入った牛乳を私に持ってきてくれた。

 

彼はココアか何かが入った茶色をした牛乳を飲んでおり、私に手渡したのは普通の白い牛乳だった。幾分喉が渇いていたこともあり、私はそれを有り難く受け取り、牛乳を飲もうとしたところで夢から覚めた。

 

今朝はそのような夢を見ていた。実際には、各場面において、もう少し細かな情景描写があり、そこで喚起される固有の思考や感覚があったように思う。ただし、それらについてはもう忘れてしまっている。

 

とりあえず、夢の中で現れた主要なシンボルについて書き留めることはできたと思う。朝の時間においては、もう少し夢の内容を思い出すように意識してみようと思う。フローニンゲン:2019/3/9(土)08:17

 

3937. 友人との対話より

 

つい先ほど夕食を摂り終えた。一時間半ほど前までフローニンゲンの街の中心部に外出をしており、今ゆっくりと日記を書き留める時間が生まれた。

 

今日は正午より、デン・ハーグに住んでいる友人とランチを共にし、その後、六時半過ぎまで話をしていた。久しぶりにこのように長く会話を楽しんだように思う。

 

ランチの最中の会話、そしてカフェでの会話を含め、今日はその方から多くの気づきを得、多くのことを学ばせてもらったように思う。正直なところ、先日のパリ旅行の際に得られた気づきや発見以上のものがあったように思う。

 

それらは多岐に渡っており、今全てを書き留めることはできない。明日以降の生活の中で、徐々に今日の気づきと発見を咀嚼していき、その過程で得られたものを文章として書き留めていきたいと思う。

 

仮に今この瞬間に書き留めておきたいと思うものを選定するのであれば、それは間(あわい)の話になるだろうか。間とは、文字どおり、何かと何かのあいだの空間のことを指す。

 

私たちが今日取り上げていたのは、言葉や芸術作品を含め、形と呼ばれるものはこの間から生み出されるのではないかというものだった。いや、それは多分に私の解釈かもしれない。しかし、友人の方も同じような認識を持って話を進めていたように思う。

 

この話題を自分に引きつけて考えてみると、自分の場合においては、言葉や音楽がいかように生まれるかを考えてみたときに、それは確かに自分の内側から生まれるという側面もあるのだが、実はそれらは純粋に自分の内側から生まれているのではなく、間から生まれていると言えるのではないかと考えていた。

 

それでは自分と何との間なのかというと、端的には自分を取り巻く事物の全て、とりわけ自己が身を置いている環境との間だと言えるように思う。以前からの実験として見えてきていたのは、自分の生み出す言葉や音楽の質感が、自分がどのような環境にいるのかによって変化するということであった。

 

まさに直近の例で言えば、パリに旅行している最中の自分の言葉と音楽と、フローニンゲンで生活をしている時の言葉と音楽には質的な差があるということであった。その差そのものの優劣はつけられないのだが、明らかに差があるということを歴然と実感している自分がいた。

 

ここから私は、言葉や音楽を含めた創造物は、自分と自己を取り巻く環境との間から生まれるのだと考えるようになっている。このテーマは、自己の内側から何か形を生み出すことに関連しているのみならず、そもそも言葉を司る人間の精神生活および発達と密接に関係していることが見えてくる。

 

私たちは、絶えず自らの言葉を彫琢していく形で知性および精神を育んでいくという特徴を持っており、言葉そのものが自己を取り巻く関係性の産物であることを考えると、環境そのもののみならず、環境との関係の結び方に言葉の発達、さらには精神や知性の発達のカギがありそうだということが見えてくる。

 

自己と環境との関係性、自己が生み出す創造物と環境との関係性については、これからも考えを深めていきたい主題のひとつである。今この瞬間に書き綴っている自分の言葉も、今この瞬間の自己と取り巻く世界との関係性から生まれているものなのだろう。フローニンゲン:2019/3/9(土)20:29

 

3938. 創造物と時空間の奥行き

 

時刻は午後八時半を迎えようとしている。今日の早朝は青空が広がっていたが、昼食前に雲が出始め、風がとても強かった。

 

友人とランチを摂り終え、近くのカフェに到着してしばらくすると、風を伴う雨が降り始めた。しかし幸いにも、閉店までいたカフェを出るときには雨がすっかりやんでいた。また、今日は体感温度がとても低く、冬に逆戻りしたかのような一日でもあった。

 

実は、先日のパリ旅行の際に書き留めていたメモをまだ全て文章にすることができておらず、それは随分と溜まったままである。見方を変えれば、それは今寝かせている状態と言えなくもないが、近いうちにそれらについて文章を書き留めておきたいと思う。

 

その一方で、今日の友人との対話から考えさせられた論点が多岐にわたっており、それらの多くについてはしばらく寝かせることになるかもしれない。

 

その友人の方は、生け花、お茶、書道などを嗜んでおり、それらの話から得られる気づきや発見が非常に豊かであった。まさに、自分が日々行っている作曲実践と相通じるものが多々あり、逆に新しい観点に気づかせてもらったことも多々あった。

 

音楽に伴う時間と空間のテーマについては以前より関心を持っており、ぼんやりと考えることがあったが、今日の対話を通じて、いくつかまた気づきがあった。確かに作曲をしている最中は、楽譜という平面のものと向き合うことになるのだが、音楽というのは時間と切っても切れない関係になっているため、楽譜と向き合っている瞬間でさえも、それは二次元空間での実践ではなく、時間も含めた実践となる。

 

さらには、音に奥行きがあるように、曲を作る最中においては、ハーモニーの観点などから、必然的に三次元的な形で音を生み出していくような発想をこれまで無意識に持っていたことに気づかされた。また、興味深いのは、一つ一つの曲には固有の時間と空間が宿っているということである。

 

以前より、一つの曲には一つの命があるように感じられつつあったのだが、その明確な理由を掴んだように思う。そうした生命感を生み出す重要な要素として、その曲に固有の時間と空間を挙げることができるだろう。

 

そこから色々な話題に飛び移っていったが、「生け花の領域で卓越した人が作る作品と、そうではない素人が作る作品には決定的に何が違うのか?」という質問を私が友人の方に投げかけた時、その方の回答は上記の話題と密接に関係していた。

 

端的には、卓越した人の作品には、空間の奥行きがあるとのことであった。そこから対話を進めていくと、より厳密には、作品から汲み取ることのできる時間的かつ空間的な奥行きが決定的に深いとのことであり、それは作品に込められた意味の奥行きと言い換えることもできるだろう。

 

これは他の芸術作品にも多分に当てはまるように思う。例えば、なぜ音楽の傑作が、何十年、あるいは数百年にもわたって聴き続けられているのかというのも、そこに一つのヒントがありそうだ。

 

もちろん、その曲を聴き続ける社会的な条件付けなどの要因も考えられるが、一つ重要なものとしては、その作品が持つ時空間の豊かさ及び意味の豊かさを挙げることができるだろう。その作品にそうした豊かさがあるため、私たちは飽きることもなくその作品を繰り返し聴き、そして繰り返し聴くたびに新たな発見があるのだと思う。

 

そして、そうした創造物を生み出すにはどのようなことが必要かという点についても話題となり、それは先ほどの日記の中で書き留めたように、自己と自己を取り巻く環境との関係性をいかように結んでいくのかと共に、表現者自身の感性・感覚の深さが求められることは間違い無いだろう。

 

音楽のみならず、それを芸術一般に拡張する形で、引き続き時空間と芸術との関係について考えていきたいと思う。フローニンゲン:2019/3/9(土)20:48

 

No.1744: A Song for Wandering Souls

 

The outside world has a quiet atmosphere that looks as if it healed wandering souls. Groningen, 10:35, Sunday, 3/10/2019

 

3939. デン・ハーグとの縁および客死について

 

そもそも今日話をしていた友人の方とは、振り返ってみると、今から五年前に東京に一年ほど生活をしていた時に知り合ったのだということをふと思い出した。その後、その方は福岡とドイツのフランクフルトを経由してデン・ハーグに来られた。

 

今日話をしていて興味深かったのは、お互いの魂が遍歴性という性質を持っているためか、二人ともこれまでは引っ越しを繰り返す人生を送っていたのだが、ここ最近ある拠点でしばらく落ち着くことを考え始めたということであった。

 

私もつい最近までは、オランダを離れて別の国で生活をしようとしていたのだが、いろいろなことが重なり、しばらくはオランダで落ち着こうという考えを持ち始めている。

 

今日の会話の中でも出てきたが、私とデン・ハーグとの縁に関して言えば、小学校五年生の時の社会の授業中、資料集を何気なく眺めていたところ、デン・ハーグにある国際司法裁判所の写真を見つけ、自分はいつかそこで働くことになるということを直感的に感じた出来事がある。

 

確かに今私はまだフローニンゲンで生活をしているし、決して国際司法裁判所で働くわけではないのだが、国際司法裁判所のある平和宮の直ぐ近くに居を構え、そこで自分のライフワークに従事していこうと考えている。

 

社会の資料集を眺めたあの日から、気がつけば20年以上の月日が流れたが、今このようにしてデン・ハーグに居を構え、そこで長く生活をしようと決心している自分がいることを本当に不思議に思う。そして何より、これまでのように生活環境を変えることによって自己を深めようとしていた自分はもはや希薄な存在になっており、デン・ハーグで長く生活をすることによって、オランダ永住権と欧州永住権の双方を取得しようとすら考えている自分がいることには驚かされる。

 

これは自分のライフサイクル的な事柄とも関係しているだろうし、発達的な事柄とも関係しているだろう。デン・ハーグとの不思議な縁を大切にしながら、これからの人生を過ごしていきたいと思う。

 

友人との会話の中では、死についての話題も取り上げられた。生活環境が変わることそのものも死の体験であるということや、そもそも人が死ぬ直前の脳内現象や死に向かっていく際の感覚変容についても話題となった。

 

さらには、異国の地で死を迎える「客死」についても少しばかり話をした。この客死については以前より何度も考えさせられることがあった。

 

これは非常に個人的な話であり、全てを明確に語ることはできないが、私の中で一つ見えているのは、日本に何かしらの貢献を果たすことに意義を一切感じられなくなったら日本に戻り、日本と深く接点を持ち、日本に対して何かしらの貢献をしようという意思があるうちは日本に戻らないだろうということである。

 

これは一見すると逆のように思われるかもしれないが、自分の場合においては逆でありえない。母国に関与することを諦めた時、母国に帰るという決断をするであろうし、母国に関与することを継続させようという意思がある限りは母国には戻れない。

 

この主題については形を変え、扱う角度と論点を変えて何度も書き綴ってきたように思う。一つだけ繰り返すとするならば、自分にできるわずかばかりの関与の形を生み出しているもの、それは何も欧米の大学院で得られた知識的なものというよりも、国の外で生活をすることによって涵養されていった感覚そのもの、さらには経験そのものだと言えるだろう。

 

そうした感覚や経験を通じてでしか自分は母国と接点を持つことができず、母国に関与できないと知っている。国の外で生きざるをえないことを突きつけられたと以前は考えていたが、今はそれもまた自分の人生における一つの役割であり、それを率先して引き受けようと思っている。

 

その先には、やはり客死が待っているように思えて仕方ない。フローニンゲン:2019/3/9(土)21:11

 

No.1745: A Transient Life

 

It resumed to drizzle. 

 

I worry that a transient life might be washed away. Groningen, 12:19, Sunday, 3/10/2019

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