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3922-3925:フローニンゲンからの便り 2019年3月6日(水)


タイトル一覧

3922. 欧州の駅と親友の再会に関する夢

3923. 解放と苦悩

3924. 目覚めと真の教育

3925. 形象化と自我の自己否定

3922. 欧州の駅と親友の再会に関する夢

今朝は六時半過ぎに起床し、七時を少し回ったところで一日の活動を始めた。パリから戻ってきての三日目の朝は、小雨が少々降っている。今日は一日を通して、小雨が降ることが多いようだ。

パリから戻ってきて数日が経つが、フローニンゲンという町が自分にとって欧州での故郷となっているためか、ここでの生活を再開させることは非常にズムーズだ。今、一羽の鳥が大きな鳴き声を上げながらどこかに飛び去っていった。

そう、このように鳥の鳴き声を聞きながら、時には雨音に耳を傾けながら、自然と町が見事に調和したこの街で落ち着いた生活を送ることができている。そうした環境の中で、今日も自らのライフワークに従事していく。

パリの旅行の最中は、一日ほど全く夢を見ない日があったことが記憶に新しい。フローニンゲンに戻ってきてからは、これまで通り夢を見ている。

まずは今朝方の夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、欧州のどこかの国の駅にいた。そこは、先日訪れたパリ北駅のように思えたし、あるいはロンドンのセントパンクラス駅のように思えた。

辺りは少し薄暗く、私は駅構内を何気なく歩いており、これから自分が乗る列車のプラットホームに向かっていた。すると、電光掲示板の下に、小中高時代の親友(SI)がいることに気づいた。

私は彼と本当に仲が良かったので、このような場所で再会できたことが嬉しく、私は彼に話しかけた。だが、残念ながら、彼に話しかけた後にどのようなやり取りがなされ、その後私たちはどこに向かったのかは覚えていない。

彼との会話から得られた感覚だけが、今自分の内側に残っている。それは友との再会に伴う喜びであり、嬉しさというシンプルな感情であった。

再会の瞬間に感じた喜びは黄色をしており、そこから徐々に嬉しさの感覚に移行するに従って、感情の色がオレンジ色になっていったような印象がある。

次の夢の場面では、これまた私は、欧州のどこかの国の別の駅にいた。今度は、小中高時代の別の親友(SS)と再会を果たすことになった。そこでも私は、彼との再会を喜ぶ感情に包まれていたのだが、彼は何やら今クイズの問題を解いている最中とのことであり、その話を聞いた瞬間に、私の内側は喜びというよりも、好奇心に満たされた。

なぜだかその好奇心は、明るい色ではなく、知性を司る銀色を帯びていた。私の内側は銀色の好奇心で満たされており、その状態で彼の話を聞くことにした。

どのような問題が出題されているのかに関心があり、それについて詳しく話を聞いてみると、それは一筋縄ではいかないような問題であった。この夢に関しても、そこからどのような展開が見られたのかは覚えていない。

二つの夢は共通して、欧州の駅が舞台になっており、親友との再会が主題になっていた。欧州の駅は何を象徴しており、親友との再会は何を意味しているのだろうか。それらの点に関心の矢が向かう。

そういえば、昨日にかかりつけの美容師のメルヴィンに髪を切ってもらっている最中に、「明晰夢」に関する話題となったことを思い出す。今から十年以上も前に、メルヴィンが十代の後半だった時に、フローニンゲンの隣町であるアッセンで、車を修理している中国人に何気なく話しかけたことがあったそうだ。

そこで彼は、その中国人から、明晰夢を見る方法について伝授されたという話を昨日聞いた。それ以降、メルヴィンは頻繁に明晰夢を見るようになったと言う。さらには、現在自分の店を開くことになったアイデアは、ある明晰夢が元になっているそうだ。

メルヴィンが見知らぬ中国人から教わった明晰夢を見る方法は、チベットに伝わる「ドリームヨガ」の手法に似ているように思えた。メルヴィンからその方法のエッセンスを教えてもらい、何気なく昨夜の就寝前に実践してみたところ、今朝方の夢から覚める直前あたりに、夢の中で夢を見ていることに自覚的な自分が存在していた。

本当にここ数年以内の話だが、夢の中で自覚的な意識を保つことが徐々にでき始めていることは興味深い。フローニンゲン:2019/3/6(水)07:41

3923. 解放と苦悩

私は毎日、自分の人生を新たにやり直している感覚がする。そのようなことを突然思った。

日々を新たに生きるというのは、このやり直しの感覚を伴うものなのかもしれない。私はあえて、この感覚を「やり直し」と表現したが、もう少し適切なものがありそうな気がする。

とにかく毎日が、恐るべきほどに全く新しく始まる。表面的かつ外観的には、日々は全く変わりないように思えるかもしれない。

だが、ひとたび日常の深層的な部分に意識を向けると、そこには驚くべきほどの目新しさで溢れていることがわかる。そして、そうした新しさは独特な輝きを放っている。

時に私は、そうした輝きに目がくらんでしまうことがある。今は徐々にではあるが、そうした輝きを伴う日々が常態化し、それを自然なものだとみなし始めることができている。

もちろんそうしたことが可能になり始めているからといって、日常の新しさを蔑ろにしているわけでは決してない。むしろ全く逆であり、日常の新しさに気がつけば気がつくほど、それに対する畏怖の念が生まれる。

そうした畏怖の念に基づいて生きることが、もしかすると敬虔な生き方なのかもしれない。敬虔な生き方をするためには、この何気ない日常の深層に絶えず生起している新しさに気づく必要があるのではないか。そのようなことを思う。

昨日の日記の中で、人間の変容過程に伴う解放と苦悩に関する話題を取り上げていたように思う。昨夜も随分と一人で笑っていた。

おそらく笑いというのは、対象を客体化し、対象から適切な距離を置けた時に生まれるのだと思う。私が笑っていたのは、変容を遂げていく過程で得られる解放感と、どうしようも無いほどの苦悩の双方が、絶えず自分の内側に存在していることに関してである。

この相反するものに対して笑いが生じたということを考えてみると、笑いが発生する条件としては、上述の通り、対象の客体化と対象との距離のみならず、実は対象そのもの性質としては、それが相矛盾するものを含んでいる必要があるのではないだろうか。

数日前に、日本人の知人の方の日記を拝読させていただいた時に、「私たちは楽になるために生かされているわけではない」という趣旨のことが書かれており、大変共感するものがあった。人間が生きることの本質には、楽になるという目的だけが存在しているわけでは決してないだろう。

上述の通り、生きることは確かに解放のプロセスではあるが、それだけでは片手落ちの生である。生きることは、解放を伴いながら楽になっていくという側面を持ちながらも、同時に苦悩が伴う。

しかもその苦悩はひょっとすると、ある解放からもたらされたものであるかもしれないのだ。そのようなことを考えていると、今から半年ほど前か、あるいはそれ以上前に見た夢について突然思い出した。

それは、ナチスの強制収容所に収容される夢だった。そこでの光景を今でも鮮明に覚えている。

中でもとりわけ印象的なのは、夢の最後に、収容所の全域にアナウンスが流れ、収容されている人たちが一斉に解放されたことだ。だが、私がそこで見たのは、解放されたことによって束の間の喜びを人々は味わいながらも、解放後にどうすればいいのかわからず、途方に暮れている姿だった。

これは、解放に伴う苦悩の一つの形、ないしは原形だと言えないだろうか。このように私たちの人生は、絶えず解放と苦悩が入れ子状に伴うプロセスなのかもしれない。

人間の発達とは、様々な点において螺旋を描くように進んでいく。まさに、人生の発達過程は、解放と苦悩の二軸を行ったり来たりしながら進んでいくものなのかもしれない。

そして忘れてはならないのは、一つのコインにおいて、解放とは苦悩の反対の面であり、苦悩とは解放の反対の面であるということだ。つまり、私たちは解放と苦悩の二つの対極的な軸を行ったり来たりしながらも、解放を感じている瞬間にも実はそこには苦悩があり、苦悩を感じている瞬間にも解放が存在しているということだ。

目の前の通りを、水しぶきを上げながら走る車の音が聞こえて来る。フローニンゲン:2019/3/6(水)08:02

3924. 目覚めと真の教育

つい今しがた、一日分のコーヒーを入れ始めた。見ると缶に入っているコーヒーが随分と減っており、次回近所のスーパーに行った際には、新しいコーヒーを購入しておこうと思う。

先ほどまで、夢についての振り返りをしていたように思う。そういえば、昨夜の就寝前に、全ての人が現実世界における夢から覚めるのは不可能なのだから、むしろ良い夢を見させたままにすることも大切なのではないか、ということを考えていた。

このテーマは、先ほど日記に書き留めていた、解放と苦悩に関する話題とも繋がってくる。パリの旅行中に感じていたこととして、パリの街中を歩く人たちがことごとく夢の中で生きているということであった。

そこから私は、仮にこうした人々が現在の夢から目覚めてしまった時、途轍もない苦悩に苛まれるだろうと容易に想像できたのである。解放を謳うこと、目覚めることを謳うことは、世間においてよく見かけることではあるが、それは多分に偽善的なのではないかと思う。

いや、それを謳う人たちは、心から解放と目覚めを促しているのかもしれないが、解放と目覚めに伴う苦悩については無知であるように思えてしまう。

一つの解放をもたらし、それに伴う苦悩をまた解放させる試みに従事すること、あるいは解放と苦悩の永続的なプロセスに継続的に寄り添うことができないのであれば、人々に解放と目覚めを促すのは純朴すぎる行為なのではないかと思えてくる。昨夜はそのようなことを考えていた。

それともう一つ昨夜考えていたことがある。それは、昨日の日記の中でも書き留めていたように、これまで無縁であったが強い関心を持っていた領域に関与していこうというものである。

それがいかなる領域かについてはここでは取り上げないが、欧米での探究生活を通じて得られた知見を新しい領域に還元していくことに向けて前向きな自分がいる。

この夏からは、新しい生活地で生活を始めるのみならず、この世界から引き受けた自分の役割の発揮のされ方にも変化が見られるような予感がしている。役割そのものは以前と同じなのだが、その役割を果たす先がこれまでにはない領域である予感がする。

オランダでこれから長く生活をしていくのであるから、とりわけ関心を持っているオランダの教育については様々な角度から探究を進めていこうと思う。日常、その探究に割ける時間はもしかしたら少ないかもしれないが、絶えず関心を持っておこうと思う。

カント派の教育観として、「人間は教育を通じて人になる」というものがある。現在の我が国の教育は、果たして人間を人にする役割を果たしているだろうか。人間を機械や家畜にする方向に向かって教育が行われていないだろうか。

教育において最も重要なことは、人間を真の人に涵養していくことだと思うが、現代の教育の大半は、人間を機械や家畜に変えることに加担してしまっているのではないかと大いに懸念する。冒頭で取り上げていた話題と関連付けるのであれば、現代の教育は、ある種、一つの固定的な夢を押し付ける機能を担っているように思えてくる。

そして、人々はそこで見せさせられた夢を一生涯にわたって見続けていくのである。もし人間を真の人に涵養していく真の教育が施されていれば、人は自らの力で夢から覚め、解放と苦悩の永続的なプロセスをたくましく歩いていくのではないだろうか。フローニンゲン:2019/3/6(水)08:25

No.1737: Be Yourself Anytime

It is still raining outside.

This life tells me to be myself anytime. Groningen, 09:40, Thursday, 3/7/2019

3925. 形象化と自我の自己否定

時刻は午前11時を迎えた。これから昼食前に一曲ほど曲を作りたいと思う。

早朝の天気予報とは異なり、午前中においては小雨が降ることはなく、曇り空が広がっている。この様子であれば、午後に仮眠を取った後に散歩に出かけることができるかもしれないと思う。

数日前に、デン・ハーグの目星の物件に関して不動産屋に問い合わせの連絡をした。しかし、数日経ってもまだ連絡がなかったので、先ほど改めてメールを送った。

もちろん会社や組織によりけりだが、顧客の対応が実にゆったりとしているというのもオランダの仕事の進め方なのかもしれない。

オランダでの四年目の生活が始まるまでまだしばらく時間があるが、四年目以降の滞在においては、起業家ビザを取得する必要がある。四年目以降においては、学術機関に所属するのではなく、以前と同様に、学術機関の外で研究と実務に従事していければと思う。

この二年間において、学術機関に所属しながら研究をしてきたが、そこでなされる研究に意味を見出しながらも、それ以上に意義を感じるのは、企業などの外部の組織と協働研究を行っていくことである。

そうしたことから、四年目以降においては、人間発達に関する研究所を設立し、それを元にビザ申請をしようかと考えている。起業家ビザを取得するにあたり、移民局にビジネスプランを提出する必要がある。

特に私はこの研究所を大きくすることは考えていないが、ビザの申請の都合上、ビジネスプランなるものを立案する必要がある。研究所を設立して行う事業内容は、これまでと同様に、人間発達に関する研究とコンサルティング業務であるから、ビジネスプランの作成はそれほど難しいものではないだろう。

現在の滞在許可は今年の八月で切れる。起業家ビザに申し込むと、ビジネスプランの立案などに時間を割くための六ヶ月ほどの滞在許可がもらえるそうだ。

とはいえ、八月の間近になってビザの申請に向けた準備をするのではなく、六月頃からその準備を着々と進めていきたいと思う。幸いにも、オランダには数人ほど起業家ビザを取得している日本人の知人がいるので、これからいろいろと話を伺ってみたいと思う。

ビザの取得に関しては、弁護士を活用する方法もあるが、Search Yearの申請をすでに独力で行っていることもあり、今回もわざわざ弁護士を活用する必要はないだろうと思われる。

今日はこれから、昼食前に作曲実践を行う。先ほど、森有正先生の随筆文を読んでいると、大変興味深い記述に出くわした。

それは以前読んでいた際にも印をつけていた箇所なのだが、改めて気づきをもたらしてくれるものであった。端的には、形を生み出すことは、実は自我の深い否定であるという指摘である。

発達には健全な自己否定が必要であり、自我は形を生み出しながら自己を否定していく性質を持っているのかもしれない。興味深いのは、自我は形を生み出しながら、それそのものを刻みだし、そして変容を遂げていくという点だ。

形を生み出すというのは、自我の表現手段の一つでありながらも、それは自我が自らを否定することの表れであり、同時に自我を変容していくことでもあるのだ。そのようなことを思いながら、これから作曲実践に取り組む。フローニンゲン:2019/3/6(水)11:22

No.1738: From a Break in the Ominous Clouds

The sky is covered by ominous clouds.

Yet, I can see a light from the break. Groningen, 14:44, Thursday, 3/7/2019

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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