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3860. 曲の形式について


時刻は午後の七時半を迎えた。つい今しがた夕食を摂り終えた。

夕食を摂る前に入浴をしていた時、「明日から週も折り返しか」ということを何気なく思った。本当に時間の流れが速い。

気がつけば今週も週末に近づいてきており、何と来週の金曜日からは三月を迎える。来週の木曜日からパリにぶらりと足を運ぶ予定であるため、その期間は、もっと時の流れが速く感じられるかもしれない。そのようなことを先ほど思っていた。

今日はこれから、諸井三郎氏が執筆した『ベートーヴェンピアノソナタ:作曲学的研究』の続きを読み、そこから本日を締めくくる作曲実践を行いたい。今日は午後に二件ほど仕事が入っていたため、今日は合計で三曲を作ることに留まりそうだ。

毎日一曲でも作ることができれば、それは幸福感をもたらしてくれるのだから、今の状況は有り難いと思う。これからも、毎日少しずつでいいので作曲実践を継続していく。

上述の書籍を読んでいると、執筆者の諸井氏は作曲家であることを知り、彼の曲が気になった。すぐに調べてみて、午前中には、諸井氏が作曲した交響曲3番を聴いていた。

私は普段、あまり交響曲を聴くことはないのだが、この作品は何らかの境地に至った人が作ったものだという印象を受けた。表現は実に稚拙であるが、幽玄な感覚がもたらされたということをメモとして残しておきたい。

ピアノソナタというのは、形式が非常にしっかりしており、そうした特性を持つピアノソナタに対して、ベートーヴェンが認識を変化させていったことが興味深い。言い換えると、ベートーヴェンは、ピアノソナタという形式と向き合う中で、形式そのものに対する認識を深めていったのである。

具体的には、形式というものを、楽想を流し込むための枠とみなしていたことから脱却して、それをあくまでも楽想を完全に表現するためのものだとみなしたのである。それはとても大きな認識上の変化だと思う。

私はまだピアノソナタのようなしっかりした形式の曲を作ったことはないが、それでも何らかの形式に則って日々作曲をしていることは確かである。その際には、まだ形式というものへの認識が浅く、やはり自分の内側の感覚——それは楽想と呼ばれるものかもしれない——を形式に流し込もうとしている様子に気づく。

作曲技術の発達は、この段階から始まり、徐々に形式というものを自らの内的感覚を自由自在に表現するための器として活用し始めるのだろう。

もう一つは、ベートーヴェンがソナタ形式の各楽章を通じて、曲の重心をどこに配置するのか、さらには曲の重心を移動させることによって、曲の構成を変化させていった点も注目に価する。改めて、曲が持つ形式というのは実に奥が深いのだと思わされた。

どうりで、形式に関するトピックだけで一冊の独立した専門書が存在するわけである。これからは曲の形式についても理解を深めていき、型としての形式をいかに活用していくのかについても実験を繰り返したい。フローニンゲン:2019/2/20(水)19:43

No.1704: The Departure Time

I guess that the departure time for various things in my life is now approaching. Groningen, 16:14, Thursday, 2/21/2019

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