3840. 芸術の社会的な意義
- 2019年2月18日
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時刻は午後の八時に近づきつつある。早朝に確信を持っていた通り、今日もまた充実した一日であった。
実際のところは、早朝にそうした確信を抱いたというよりも、自分が充実感という感覚エネルギーの中に絶えずいることに気づき、その状態のまま一日が流れていくであろうことを実感していたと言った方が正確だろう。
いずれにせよ、今日も自分の人生のある一日が、様々な創造物を伴いながら進行していき、そして確かに今日という一日が終わろうとしている。自分の人生における一日は全て尊いものであり、今日という日が始まったこと、進行したこと、終わりに向かっていくことの全てを絶えず意識していたいと思う。
それは明日からも意識し続けていく。自分の人生に絶えず気づいていること。最重要なことはおそらくそれであろう。
先ほど夕食を食べている時に、最後まで人間であること、そして人間であることは何かを最後まで突き詰めていくことを全うしていくことについて改めて考えていた。もう自分にはそれしかないのだと思う。
最後まで人間であることをやめず、人間であることはいかなることなのかを最後の最後まで突き詰めていくこと。自分の人生に託されたことはそれであり、それを全うしていくために明日からも生きて行く。
今日は、冬を打ち破ろうとする春が、活力溢れる踊りを踊っていた。そのような雰囲気に満ち溢れていたのが、今日のフローニンゲンである。
春の力強さに改めて驚かされる。その力強さに触発されて、夕方に一曲ほど作った。今日はこれから、教会旋法に関する書籍を再読し、その後、モーツァルトに範を求めて作曲実践を行いたい。
夕食を摂りながら考えていたことの二つ目は、芸術の持つ社会的な意義についてである。自分が日々、日記を書くことや曲を作っていくことの意義について考えていると、それらは共に、何らかの社会的な意義を持っているということが見え始めたのである。
それは端的には、新しいリアリティの創出に寄与するということである。日々の創造行為は、新しい製品やサービスを世に送り出すことと同様に、新しいリアリティの創出につながっていることに気づかされたのである。
対象を音楽だけに絞るのではなく、このことは、絵画、小説、詩など、あらゆる芸術領域について当てはまることだろう。芸術、ないしは個人の創造行為は、その芸術表現でしか生み出しようのない新しい世界認識をこの世界に生み出す。そこに芸術の価値があるのではないかとはたと気づかされたのである。
このリアリティは、私たち一人一人の仕事によって、絶えず生まれ変わっている。芸術を通じた創造活動は、他の領域の仕事と同様に、新たなリアリティを生成することに寄与しているのである。
音楽、絵画、小説、詩が開示する固有のリアリティ、ないしはそれらが生み出す固有のリアリティに意識を向けるとき、それらの価値が自ずと見えてくるだろう。それがなければ決して知覚することのできなかったリアリティの創出に向けて、明日もまた自らの創造活動に従事していこうと思う。フローニンゲン:2019/2/16(土)19:57
No.1689: An Affectionate Sunday Afternoon
I feel as if I came to be dissolved in the affection of a Sunday afternoon. Groningen, 15:51, Sunday, 2/17/2019


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