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3821. 春の予感:死を暗示させる夢


時刻は午前七時を迎えた。今日も嬉しいことに、起床直後に小鳥の鳴き声が聞こえた。

真冬の時代には、起床直後に小鳥の鳴き声を聞くことはできず、静寂さに包まれた闇の世界しかなかった。確かに今もまだ外は暗いのだが、視覚的な暗さに光を与えるかのように、小鳥たちの鳴き声がそこにある。

もしかすると、音は光になれるのかもしれない。それは内側を明るく照らす光になれるのだ。

今もまだ小鳥たちが小さく鳴いている。

昨日の日記で書き留めたように、今週一週間は雨マークがなく、気温も暖かい。とりわけ、雨が一週間を通じて降らないというのは、いつ以来のことだろうか。

下手をすると、昨年の夏の時期にそうした一週間があったぐらいだろうか。晴れの日が続くというのはそれぐらいに珍しいことだ。少しずつ春の到来を感じており、それが今から待ち遠しい。

計画通りに、三月のどこかでパリを訪れ、国立ピカソ美術館に足を運びたい。また、パリの街にある楽譜専門店を巡ることにする。

フローニンゲンからパリへはそれほど遠くないので、パリへの足取りはとても軽い。以前はパリに行く前にベルギーのアントワープを訪れ、帰りにブリュッセルに訪れようと思っていたが、今回は仕事の都合上、それは難しいかもしれない。

どちらか片方の都市に訪れるぐらいに留めるか、どちらの都市もまた次回にするかもしれない。とにかく今回の旅の目的は、パリにある国立ピカソ美術館と、ドビュッシー記念館とラヴェル博物館に行くことであるから、それを最優先にしたい。

先ほど、今朝方の夢について振り返っていたが、あの夢の前後にはまだ別の夢があったように覚えている。だが、それらの記憶はもはやどこかに行ってしまったようだ。

ただし、あの夢について再度思い出してみたとき、もう少し覚えている事柄がある。一つは、以前働いていた塾の同僚の女性と全く同じ名字の若く小さな男性があの場にいたことである。

また、その彼と私は仲が良かったようであり、お互いに気さくに話し合っていたのを覚えている。彼と話をしているときに、もう二人別の男性が私たちの話に入ってきた。

二人とも同じ塾で働いている人であった。二人のうちの一人の方は、見た目がとても若く、私はてっきり自分と同じぐらいの年だと思っていた。すると、その方はなんと44歳だという。

私が想像していた年齢よりも10歳から15歳ほど上であり、それを聞いた時には驚いた。その方の話を聞きながら、彼の年齢が二つの「4」という数字で構成されていることに関心を持った。

4という数字は、死を暗示させるようなものであり、日本の社会では不吉なものだと見なされているかもしれない。だが私は、そうした不吉さよりも、幾分異常な好奇心を持って、44という数字とその人について色々と考えていた。

その場で話されていることに相槌を打ちながらも、私は44という数字とその男性の特性について考えを巡らせていた。すると、先ほどまで一対一で話をしていた若い男性が、私が以前とんでもない剣幕でその44歳の男性に罵りの言葉を浴びせたことがあると述べ、「いや〜、あの時は本当に驚きましたよ」とつぶやいた。

私は身に覚えのないことだったので、「そのようなことありましたっけ?」と述べると、どうやらそれは本当にあった出来事のようであり、しばらくその件に関する話となった。そのような場面があったことを覚えている。

ここ最近、人間の死に対する関心が高まってきており、それが夢の中にも現れ始めたようだ。いやむしろ逆に、すでに無意識の中ではそうした関心が高まっていたがゆえに、顕在意識下の私は、死に関する探究を行い始めたと言えるかもしれない。

いずれにせよ、死という現象を探究するプロセスが始まったことは確かなようだ。人は内面が変容すれば関心が変わり、新たな課題と探究項目に直面することになるというのは本当のようだ。フローニンゲン:2019/2/13(水)07:31

No.1676: Coming Spring

I notice that spiring will come soon.

The weather has recently been wonderful, which makes me feel coming spiring.

Today is fine, too. Groningen, 12:00, Thursday, 2/14/2019

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