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3784. 創造物の命とレンガ積み


時刻は午後の六時に近づいてきた。これから過去の日記を少しばかり編集し、その後入浴を行い、夕食を食べようと思う。

先ほどの日記では、これから再びバッハの四声のコラールを参考にして、諸々の実験を行うことについて書き留めていた。そうした実験をする際には、Cメジャーを中心にして、転調を色々と行ってみて、様々な音色を塗ってみる鍛錬も行っていきたい。

そしてそれとは別に、明日あたりにでも、教会旋法の中の一つの旋法を活用してコラールを作ってみようと思う。アイオニアンは従来の調性である長調を感じさせるため、当面はその旋法は避けたいと思う。

もし仮に、単純に教会旋法に慣れることを主眼に置くのであれば、四声のコラールよりも、二声のコラールで実験をした方が良いかもしれない。まずは課題レベルを下げてみるのが実践上のコツであるから、今夜にでも早速二声のコラールを用いて、教会旋法の曲を作ってみようと思う。

また、実際に曲を作るだけではなく、それぞれの教会旋法がどのような響きを持つものなのかを確認するためにも、手持ちのMIDIキーボードを用いて、実際に自分でそれらの音を鳴らしてみることも行っておきたい。兎にも角にも、認知的な側面のみならず、身体的にも音に慣れ親しんでいくことが重要であるから、これは是非とも行っておきたい。

午前中に改めて、過去の偉大な作曲家の曲を参考にすることは、彼らの魂に再度息を吹き込むことであり、それを通じて現代に生きる自己の魂を音の形に残していく実践でもある、と考えていた。過去の作曲家の残した仕事を頼りに、彼らが曲に具現化させた魂を感じながら、これからも彼らの曲を参考にしていく。

繰り返しになるが、一つの曲は小さな生命であり、貴重な命を宿している。これは音楽作品のみならず、どのような芸術作品にも言えることだろう。

いや、人間が生み出す創造物にはどれも命が宿っているのだと思う。私たちが創造物に接するというのは、それは一つの生命と接していることに他ならないのだ。

創造物から様々なことを喚起されるのは、まさに創造物の一つ一つが生きているからであり、そうした生命との触れ合いが、私たちに諸々の思考や感情を喚起させるのだろう。

時刻は午後の六時を迎えた。これから入浴を済ませ、夕食を摂った後には、ウォルター・ピストンの“Harmony (1978)”を紐解き、セカンダリードミナントに関する第16章を読んでいく。どうやら、前回セカンダリードミナントを適用した際には、いくつかうまく適用できていない箇所があったようであるから、改めて本章を読むことで、自分の理解を確かなものにしたい。

全ての実践に当てはまることだが、私は日々、本当に小さなレンガを少しずつ積み上げていっているのだと思う。しかもその際には、レンガだと思っていたものが、実はレンガではなかったことに気づいたり、レンガにひびが入っていたりすることもしばしばである。

積み上げては修正し、積み上げては修正し、というプロセスを通じて、少しずつ知識と技術を血肉化させているのが日々の自分の姿だろう。学習や発達とは、そのようにしてしか進んでいかない。フローニンゲン:2019/2/6(水)18:05

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